『【緊急】本日14時。会見があるんだがカメラマンがいねェ!助けてくれ!』 ゾロが、LINEの文字と、何かのキャラクターが「たのむ!」と手を合わせているスタンプを見たのは 送信時刻から20分後の事だ。 送信者は大学時代からの友人ウソップ。 「14時って…あと1時間しかねェじゃねェか!」 吐きながら、ゾロはそのままLINE電話のアイコンをクリックした。 「ゾロ―――――っ!!ありがと――――――っ!!助かる!!今どこだ!?」 「品川だ。てか、おれでいいのか? おれァ趣味でやってただけの素人だぞ?今カメラも持ってねェ」 「カメラはある!お前、自分が思ってるよりいい写真撮るぞ! ともかく!実はおれも急に回された仕事なんだよ!ネットとか見たか? 女優のシンドリーが海外の大富豪と電撃結婚で、ライターもカメラマンも みんなそっちに持ってかれちまったらしくてよ!」 「興味ねェ…で?会見ってのは何の会見だ?どこに向かえばいい?」 会話を始めた時から歩き始めていた。歩調は速い。 「赤坂!内容は現地で話す!ホテルオービットだ! あ〜〜〜〜…来られるか!?なんならタクシー使ってくれていいぞ! てか使え!!迷子になられたら困る!」 「誰が迷子だ。ホテルオービット。赤坂だな?今ちょうど駅に着いた」 「お前ェだよ!!電車には乗るな!!絶対乗るな!!頼むから!タクシー乗ってくれェェェ!!」 不本意だが、自分がなかなか目的地に辿り着けない性癖がある事をゾロも自覚はしている。 電話を切り、ゾロは道路に向かって手を上げた。 タクシー代は出る。 ウソップの事だからおそらくギャラも払ってくれるだろう。 オレンジ色のタクシーが、ゾロに気付いたかウィンカーを点滅させ車線を変更した。 車が止まり後部のドアが開く。乗り込みながら 「赤坂。ホテルオービット」 と、告げると運転手は短く「はい」と答えた。 と、いきなり運転手が 「わぁっ!?」 と声を上げた。 ゾロも驚き顔を上げた瞬間、シートに座ったゾロに何かがぶつかってきた。 「あ!?」 勢いに上半身がかなり揺れたが、ぶつかってきたそれがすぐに人間だという事に気付いた。 運転手が 「お連れさんがいるなら言ってくださいよ!ドア閉めちゃうとこだ!」 と、ゾロに向かって叫んだが 「連れなんかいねェ!!おい!なんだてめェ!?」 強引に突っ込んできた相手の肩を掴み、顔を見てやろうとそのまま押し上げた。 「すまない!あんた、ホテルオービットへ行くんだろう!?連れてってくれ!!」 男の声。 「はァ!?」 「さっき電話で話してただろ!?連れてってくれ!!」 「…って、てめェ誰だ!?」 男は乱れた前髪を上げ、ようやく体を起こし、ゾロを見た。 青い瞳 金色の髪 白い肌 一見して外国人だとわかる。 だが、流暢な日本語。 髪の間から見える眉が渦を巻いている。ずいぶん面白い形だ。 「…あんたと同じホテルに行きたいんだ…そこで用事がある」 「だったらてめェで勝手に行け。降りろ。これはおれが捕まえたタクシーだ」 「…頼む…日本は初めてで道がよくわからない…」 「達者な日本語喋ってるじゃねェか。初めてとは思えねェぜ」 と、運転手が 「…お客さん、どうします?このまま行きますか?」 「………」 ゾロは腕時計に目をやった。 14時まで30分を切った。赤坂はそう遠くはないが、ゆとりのある時間ではない。 「たのむ…乗せてくれ!14時までに行かなきゃならないんだ!」 金の髪の男が言った。 「14時…お前も記者か?」 「キシャ?…あ…ああ…!そう!そうなんだ!記者会見!行かなきゃならない!」 「………」 眉を寄せ、その筋の人間さえ逃げ出すと友人たちが言う凶悪な目でゾロは男を見た。 だが、そんなケンカ腰の目に相手は怯む事も無く、むしろどこか媚びさえ含み 「…頼む。礼はする。必ず」 「…どうだかよ…悪ィ、出してくれ」 ゾロの言葉に男の表情が華やいだ。 「いいんですか?」 運転手の言葉にゾロは息をつき 「ああ。すまねェが急いでくれ」 「はい、かしこまりました」 40代と見える運転手はウィンカーを下げ、車を発車させた。 車の流れはスムーズだ。何とか間に合うだろう。 腕を組んだゾロの隣で金髪の男は大きく息をつき、襟を寛がせた。 心底ほっとしたという顔で、また息をつく。 だが、二度目のため息はどこか困ったような、何かを諦めたようなそんな表情を含んでいた。 「…あんた…名前は?」 男が尋ねた。 さっきまでの勢いとは打って変わり、穏やかな、心に沁みとおる様な優しい声だ。 「名乗る筋合いはねェ」 「礼をしたいと言っただろう?名前くらい教えてくれてもいいじゃねェか」 「別にしてもらおうとは思ってねェ。成り行きだ」 「日本じゃこういうんだろ?『袖摺りあうも多少の縁』」 「そんな言葉、今どき使う奴ァいねェよ」 男はシートに体を預け、小さく笑い 「嘆かわしい世になったもんだ」 「………」 「そうだ。相手に名を尋ねる時はこちらから名乗るのが礼儀だよな?悪かった。おれはサンジ」 「……ロロノア・ゾロだ」 「ゾロ。いい名前だ。雄々しい」 「…いちいち言葉のチョイスが古いなてめェ」 サンジは笑い 「仕方ない。おれに日本語を教えてくれた日本人は今年で70になる。今どきの言葉遣いはわからねェ」 「なるほど…」 すっきりとした身なり。 くつろぎながらもピンと伸びた背筋。 どこぞのいいトコのセガレ、という雰囲気が見て取れる。 そんなことを思った時、サンジが不意にこちらを向き尋ねた。 「…さっき『お前も記者か?』って言ったよな?ゾロも記者か?どこかのライターなのか?」 「………」 「…あ〜〜〜〜〜〜〜…ニートか」 「ちげーよ!!」 ゾロの剣幕にサンジは笑った。 初めて会った見ず知らずの相手に向ける笑顔としては屈託のなさすぎる、なんとも無防備な笑顔。 ゾロが、この奇妙な状況を受け入れたのには理由がある。 この先に何か不都合な事態に陥っても、彼にはそれを受容し対応できる能力と立場にあったからだ。 駅に向かってただ歩いていたわけではない。 仕事上がりでアパートに帰る途中だった。 職場は最寄りの駅から10分の場所にある警察署。 ロロノア・ゾロは、某警察署刑事課の巡査部長。 今日はある事案に対応して、勤務が36時間を超え帰宅がこの時間になった。 本当ならウソップの頼みも断りたいのが本音。 (警察官であるから本来ギャラの受け取りも許されないがそこは目をつむってもらう) 突然タクシーに押し入ってきたこの男を、意地で放り出すほどの気力が薄れていたのが本当の所だ。 雑誌記者のウソップに頼まれて、高校時代に多少かじっていたカメラの仕事をすることはたまにあった。 気分転換にもなるので好きだった。知らない世界を垣間見ることもできる。 思わぬ人脈も作る事が出来た。 「お客さん、ホテルオービットですが車寄せにつけてよろしいですか?」 運転手が尋ねると、ゾロが答えるより先に 「すまない!地下駐車場に行ってくれ!」 サンジが身を乗り出すように叫んだ。 運転手が苦笑いしながら 「どうします?」 「…好きにしてくれ」 「じゃ、駐車場に入りますね(笑)」 ロビー前の車寄せには幾人かのベルボーイと警備員。 慌ただしい雰囲気で、右へ左へと人がうごめいている。 駐車場に降り、タクシーは地下からのホテル入り口前で車を停めた。 ゾロで料金を払おうとした時、サンジの手がそれを止めた。 「なんの真似だ。放せ」 「払わせてくれ。おれの連れが来た」 ゾロが言ったとき、後部座席のドアが開いた。そして 「サンジ!あなた!」 女だ。 「…すまない。遅くなった」 女はチラとゾロを見て驚いた表情を見せたが 「…どうして戻ってきたの…!」 何? ゾロは思わず2人を見た。 「…その話は後だ。レイジュ、金貸してくれ」 「…もう…!」 すっと、黒い影が動いた。 よく見ると、女の後ろに黒服の男がいる。その男からレイジュと呼ばれた女は1万円札を受け取り、 運転席側に回ると窓を開けさせその札を丁寧に畳んで運転手に握らせた。 「ありがとう。どうぞこれで」 「や…!これじゃもらいすぎですよ!!」 「いいの。その代り、この子を乗せたことを口外しないで頂ける?」 運転手は合点し、会釈する。 ゾロも、運転手に 「騒がせた」 「いいえ。ありがとうございました」 中々に察しのいい運転手だ。 いろいろと場数を踏んでいるのかもしれない。 タクシーを降りたゾロが振り返るとすでに2人の姿はなく、黒服の男だけが残っていた。 「失礼ですが、名刺を頂けますか?後程、お2人がお礼を申し上げたいと」 「名刺は持ってねェ。別に礼など要らねぇよ」 「ですが…」 ゾロは歩き出しながら 「このことを黙ってろってんなら、誰にも何も言わねェよ。悪いがおれも急ぐんだ」 「お2人にお叱りを受けます。せめて連絡先を…」 「必要ねェって言ってんだろ!」 声を荒げた瞬間、男の手がゾロの胸の前に突き出された。―――が 間髪を入れず、ゾロの手が男の手を掴んでいた。 「――――」 「余計な事に首を突っ込むつもりはねェ。お互いこのままで終いにしようぜ」 手を解き、ゾロは足早に階段を飛び上がった。 エレベーターは、あの2人を乗せて上へ上がっていった。待っていてはさらに遅くなる。 平日の午後にしてはせわしなく人が行きかうロビー。 明らかに、ウソップの同業者と分かる集団があちこちにいる。 何台かテレビカメラも来ていた。 その間から、見慣れた長っ鼻がゾロを見つけて飛び出してくる。 「ああああああ!!ゾロ!よく来てくれたああああ!!ほい!カメラ! んで、会場はこっち!!急ぐぞ!場所は確保してる!」 カメラを受け取り、ゾロは小さく笑う 「…ニコンか。懐かしいな」 「お前が使ってたのよりはいい機種だろ?」 「まぁな。で?どこの誰のどういった記者会見だ?」 「ん〜〜〜とな、北欧のちっさい国の王子様だ」 「へー」 「あんま知られてなくて、1年の殆どを雪に覆われているような国なもんで、 そんなに豊かな国じゃないらしい。その国の王子が初めて公式に日本にやってきたんだと。 明日、皇居に行ってその後首相とも会談するって話なんだが… この王子様がな?ドエラいイケメンなんだ」 「ほー」 「ウチの編集長の好きそうなネタだろ?」 「まぁ、お前んとこはそういう雑誌だよな」 ウソップの勤める編集部は、俗にいう女性週刊誌を発行している。 女優の結婚、不倫離婚、アイドルイケメン、ついでにダイエット、どれも大好物だ。 本人はもっとアースティスティックな編集の仕事がしたいとぼやいているが、 なかなか部署の異動は叶わないらしい。 「王子様の写真をバシバシ撮ってくれ。とにかく写真がメインだからな!」 「ご期待に添えるかどうかだな」 「頼むよ〜〜〜〜〜〜!今度奢るから!!」 予め陣取っておいた位置にゾロを立たせ、バン!と背中を叩いてから、ウソップは記者席についた。 普段は結婚式などに使われる宴会場。 知名度が低いとはいえ、公式訪問で来日した一国の王子の記者会見。 それなりに取材陣が集まっている。 キョロ 会場内を見まわす。 ( いねェな ) さっきの、金髪男がいない。 記者会見に行かなきゃならないと言っていたが姿が見えない。 あのツラに金髪はかなり目立つはずだがどこにもいない。 ( 結局便乗されただけだな ) タクシー代は彼女だか何だかが払ってくれたから、ゾロが損をしたわけではない。 関係ねェ 心の中で呟いた時 「お待たせいたしました。ただいまより、ジェルマ王国特使公式訪問に関する記者会見を 始めさせて頂きます。」 進行役と思しきスーツの男が壇上で言った。そして 「ジェルマ王国、第1王女レイジュ殿下、第3王子サンジ殿下です」 拍手が起こる。 記者からではない。ホテルの関係者と政府関係者の間からパラパラと湧いた気の抜けたものだ。 だが …おお… そんなため息交じりの声から始まり、記者たちも思わず手を打っていた。 ドアの向こうから現れた王女と王子。 そのあまりの華やかさに、場内がざわめく。 「―――あ!?」 ざわめきの中で、ファインダーを覗きながらゾロは思わず声を挙げた。 カメラから目を離し、直に王女と王子を見る。 「…あいつ!!」 ほほえみながら、案内された席についたのは、ついさっき地下駐車場で別れたあの金髪男。 「サンジ…?」 タクシーの中で、確かにあいつはサンジと名乗っていた。 その隣であでやかな笑顔を浮かべているのも、ついさっき会ったあの女…。 なるほど姉弟か 言われてみりゃそっくりだ シャッター音が鳴り響きフラッシュが激しく焚かれ明滅する。 我に返り、ゾロもカメラを抱え直すと続けざまにシャッターを切る。 液晶の中の青い目が、不意にこちらを見、視線が合ったように思えた。 「―――――っ!」 「では、これより記者会見を行います。事前の通達通り、代表質問とさせていただきます」 代表質問とは、記者がそれぞれの質問をぶつけるのではなく、先方からの指定、 あるいは記者たちの中から任意に選ばれた代表の記者が各社の質問を取りまとめ、 それに対して相手が応答していく形式のことを言う。 珍しいことではない。 相手が独立国家である国家元首の王族であるなら普通の事だ。 ただ、ウソップが言っていたように、確かにこの姉弟は一幅の絵になる美しさだ。 一般大衆誌やファッション誌まで駆けつけるのも十分にわかる。 あの短い時間で、よく身なりを整えられるもんだ。 さっきまでのラフなデニム姿とは打って変わった紳士っぷりだ。 「はじめまして、ヴィンスモーク・サンジです。憧れていた国に来られて大変うれしく思います。 温かい歓迎をいただき、姉レイジュともども深く感謝いたします」 流ちょうな日本語に、「おお」と会場からどよめきが起きた。 同時にまたシャッターが鳴り響く。 隣にいる女性カメラマンが 「…うっわ…セクシーボイス…」 と、ぶるぶるっと犬のように身震いした。 記者席から1人の記者が立ち上がる。 「サンジ王子、レイジュ王女、ようこそ日本へ。 代表で質問させていただきますN●Kの高瀬と申します。よろしくお願いいたします」 サンジが 「はい。お願いします」 と答えた。すると高瀬は 「日本語で質問をしても?」 と尋ねた。サンジは笑い 「どうぞ」 と答え、また会場がどよめいた。 が、隣のレイジュには通訳がつき、会話を通訳している様子が見える。 ( 普通にタクシーの運転手と喋ってたじゃねェか ) 声に出さずゾロは眉を寄せた。 「日本語が堪能でいらっしゃいますが、どちらで?確か、殿下は今回の来日が初めてと伺っておりますが」 「幼い頃から私に仕えてくれている家庭教師が日本人なのです」 「ほう!それで…」 ウソップがタカタカとタブレットを叩いている。 会話はボイスレコーダーに録音しているから、会話の主要な部分を備忘録として打ち込んでいるのだろう。 代表質問者の高瀬はそれにも触れたい様子を見せたが、事前の約束事から反するのか触れず、 次に今回の来日の目的を訊ねた。 北欧のあまり豊かではない国と聞いた。 そんな国が、先進国にやってくる理由はひとつだ。 ジェルマは国を挙げて世界中の金融商品を扱うことで外貨を稼ぎ、国を成り立たせてきたのだそうだ(今、高瀬がしゃべっていた) ところが昨今の世界情勢の不安定で、ヨーロッパの主要な国は次々と経済破綻状態に陥った。 国債をはじめとする金融商品の価値がどんどん下がり、今までのように経済が成り立たなくなった ジェルマは、日本にその打開策を求めてきたのだ。 日本自身、経済の先行きにある程度の光が見え始めたとはいえ、相変わらずの先行き不透明感、 某国の軍事的挑発、領土問題、安保問題、与党議員のスキャンダルと、 足元がぐらぐらしている状況だが、それでも、国民がそこそこに豊かに暮らしていることには変わりない。 「…中でも、日本の半導体技術など…そういった面でのお話ができればと…」 わずかに場内がざわついた。 今、日本国内で大手電機事業会社が、最大の産業分野である半導体部門を切り離して 海外に売る話が持ち上がり経済界を駆け巡っている。 同社が行っている原子力事業の収益激減と行きづまりによる飛び火だ。 つまり、ジェルマ王国が国家プロジェクトとしてその買収に名乗りを上げるという事か? 北欧の小さな国が、なんとも分不相応の事を考えると、政治経済に詳しい記者はそう考えたのだろう。 しかしその後の質問はスムーズに進み、2人のプライベートな部分に触れた。 「今回、第3王子である殿下が来日するにあたり、国王ジャッジ陛下、皇太子イチジ殿下からのお言葉は何か?」 「父と兄からですか?」 サンジは笑った。 だが、隣にいるレイジュの目が一瞬曇ったのをゾロは見逃さない。 「私が家庭教師の影響で日本びいきなもので、ついでによい日本のお嬢さんを見つけてこい。 なんならそのまま帰って来なくてもよいぞと」 ドッと会場が沸いたが、ただひとり姉王女の目だけが笑っていない。 周囲のカメラがいたずらに笑う王子の笑顔を収めようとシャッターを切りまくる。 だが、ゾロはその笑顔にシャッターを切る気になれなかった。 「では、そろそろ時間ですのでこれにて両殿下は退出されます。 後、書記官からの質疑応答がございますので…」 進行役が言ったその時 「ジェルマーー!!」 怒号が響いた。 ゾロが反射的に振り返ると、黒い上下に身を包んだ男が西洋弓・ボウガンを壇上に向けていた。 明らかに、王子と王女を狙っている。 「国民の憎しみの矢だ!思い知るがいい!!」 実際に放たれたその言葉はジェルマの言語であったが、その罵声に恨みがこもっているのは誰にでもわかる。 記者会見場は修羅場と化した。 次の瞬間、ゾロの体が跳ねた。 ゾロがボウガンの男を殴り倒すのと、あの黒スーツの男達がレイジュとサンジの壁になり、外へ連れ出すのはほぼ同時。 そして、ゾロが床にたたきつけた男に、彼らの護衛が銃口を向けるまで30秒あるかないかだった。 引鉄にかかった男の男の指に力がこもるのがわかった。 ゾロは、襲撃者の体を押さえつけながらも庇うように覆いかぶさる。 「日本は銃所持は認められていねぇ。そっちの国じゃどうか知らんが、 この国じゃそのまま撃ったら過剰防衛だ。下ろせ」 「………」 「しまうな。そのまま床に置け」 男は銃を下ろさない。 「他社に命令される筋合いはない。私はジェルマの人間だ」 「………」 ゾロは片手でポケットを探った。 男が「動くな」と言うのと同時に、その目の前へ 「日本警察だ」 「――――!!」 「銃を捨てろ」 バッジを示すと、男はゆっくりと銃を下ろした。 その時 「…ぐぅっ…!!」 ゾロの下で襲撃者が呻いた。 見ると、男は口から泡を吹き、激しく痙攣を始めた。 「毒か!?」 ゾロは男の顎を押さえうつむかせ吐かせようとしたが、その瞬間に事切れた。 「………!」 わらわらと警備員と護衛官らが集まってくる。 メディアが集まっている場所でのこの騒ぎ。 眩むばかりのフラッシュ。彼らには大スクープだろう。 ゾロは立ち上がり 「下がれ!全員その場から動くな!警察だ!撮影を止めろ!」 男の口から溢れた泡に血が混じっている。 王族の暗殺に失敗し自決した、と見てよいのだろうか。 「ゾ、ゾロ〜〜〜〜…」 記者たちの隙間からウソップがゾロを呼んだ。 「なんなんだよなんなんだよぉぉぉぉ…こんな物騒な仕事だと思わなかったよぉぉぉぉ…」 「まったくだ…おい、警護の男はどうした?」 見ると男の姿も、床に置かせた銃も消えていた。 「え?あれ?…王子たちのトコに戻ったんじゃねぇのか?」 ゾロは軽く舌打ちする。 あの警護の男が外交官であったりしたら、もう銃携帯の追及は難しい。 油断した。 すぐに規制線が張られ、警察の現場検証が始まった。 その場に居合わせた記者や関係者の事情聴取のさなか 「おいおい…ロロノアじゃねェか」 「なんだ…今、ここの所轄か?フランキー」 巨大ともいえる体躯をはち切れんばかりのシャツに包み、白い手袋を外しながら ゾロに近づいてきた男にウソップは一瞬たじろいだ。 「なんだ、こいつを押さえた警察官ってのァお前ェかよ?なんで居合わせた? お前、よその所轄だろ?それに所轄の警察が呼ばれるわけもねェな」 「たまたまだ…おまけに非番だ」 「お、おれがちょこっと頼みごとを…」 ウソップが言うと、フランキーと呼ばれた刑事は「あ〜〜〜〜」とうなずき合点した。 「知り合いか?」 ウソップが小声で尋ねる。 「前の前の署でな。部署は違ったが。この図体だからよ、有名人だ」 「言ってくれるじゃねェか。お前こそ有名人じゃねェか。 警視庁期待の星が刑事局長ぶん殴って八丈島に島流しんなったバカってよ」 「昔の話だ」 ウソップが仰天して 「え!?あん時の八丈島転勤ってそういう理由だったのかよ!?」 声が笑っている。 フランキーが 「あん時の刑事局長、その後コレでコレもんで、おかげでこっちに戻ってこれたってワケよ」 小指を立て、そのまま親指で自分の首をキュッと引いてフランキーも笑った。 その時 「ロロノア様」 3人の後ろから声がした。 振り返ると、仕立ての良いスーツに身を包んだ欧米系の男が立っていた。 男は胸に手を当て、恭しく一礼すると 「ジェルマ王国大使館のものです。サンジ殿下とレイジュ殿下が、 貴殿にお礼を申し上げたいとおっしゃっておられます。ご同行いただけませんか?」 フランキーとウソップが思わず目を合わせた。同時にゾロを見ると予想通りの仏頂面で 「礼を言われるためにしたわけじゃねェ。職務だ」 非番真っ最中じゃん とウソップが心の中で言う。 「どうか…私がお叱りを受けてしまいます」 「おれには関係ねェ」 ゾロが背を向けようとした瞬間、ウソップがその腕をガシッと押さえた。 「なんだ!?放せ、ウソップ!」 ぐっと顔をゾロに近づけウソップは小声で言う。 「ゾロ君?ゾロ君?おれ、このままデスクに帰れないんだよ? 事件があったらあったでそれは仕方ない。けどな?お目当ての王子様がお前に、 命を助けてもらったお礼が言いたいって言ってんだよ!? 今回おれたちは何をしにここに来てんのか、よ〜〜〜〜〜く考えてくれねェか!? こんなチャンス、頼むから逃さないでくれよ!!」 「おれが知るか!!帰…!!」 「はァ―――――い!!伺います伺います!!どこへでも―――!!」 大使館員がホッと息をつき微笑んだ。 「では、こちらへ」 「は―――――――い!」 「…おい!ウソップ…!!って、なんでお前もついてくるんだ!?フランキー!?」 「狙われた当事者の話も聞かなきゃならねぇだろ?渡りに船だ」 ウソップにぐいぐい背中を押され、当たり前のようにフランキーが大使館員について先を歩いていく。 「………」 気が乗らない。 だが なぜ、あの男は狙われた? 狙われたのは確かにサンジ王子だ。 襲撃者のボウガンの先は、間違いなくサンジに向けられていた。 一体、あいつの国はどんな国で、どんな厄介事が起きているのか。 正直、この先関わることをしたくない。避けたい。 ホテルの、スイートルームに直行するエレベーターに案内された。 一般客が入らない奥まった場所にあるそこは、エレベーターの扉からすでに高級感に溢れていた。 「大使館とかに泊まるんじゃないんだなぁ…」 エレベーターを待ちながら、ウソップがぽつりと言った。 すると大使館員が 「日本のジェルマ大使館は赤坂見附にあるビルの一角です。 駐在員も大使を含め11人しかいません。大使の住いも賃貸マンションです。 両殿下をお迎えするにはあまりに…」 「へ!?そ、そうなんですか!?」 「広い敷地に広い大使館を持つ国の方が少ないと思いますよ?特に東京は家賃が高い…」 恥ずかしそうに笑いながら大使館員が言った。 チン、と音がして扉が開いた。 「ほー」とフランキーが呟く。 ふかふかのカーペット。美しい装飾の壁。まさにスイートだ。 箱を降りると、広い廊下が奥へ延びていた。 そこを進み、大使館員がドアをノックする。 ゾロたちにはわからない言葉でやり取りがあり、ドアが開いた。 そこに男がひとり。 ドアを開けてすぐに部屋ではなく、まるでレストランのエントランスのような空間があり、 その奥にも男がひとり。そこを進んでようやく 「ゾロ!」 カーテンを引いているために、昼間だというのに薄暗い。 窓の向こうからの狙撃を防ぐためだろう。灯りも落としている。 その窓辺から、サンジが足早にこちらに歩いてきた。 「…ありがとう…」 「…いや…」 サンジはゾロの手を取り、両手で強く握りしめた。 と 「本当にありがとうございました」 レイジュがソファから立ち上がり、サンジの手の上から自分の手を重ねる。 ウソップがボソッと 「王女様も日本語喋れるのかよ…」 レイジュはウソップにニコリと笑う。 美しいその笑顔にウソップの背筋がビン!と伸び、額から一気に冷や汗が吹き出し、 自分に向けられた笑顔に心臓がバクバクと高鳴る。 何かといえば「美しすぎる」という言葉を簡単につける世の中だが、 この姉弟にはまさにその言葉がぴったりだ。 狼狽えながら、ウソップはきょろきょろと周りを見回す。 いかつい男たちが部屋の各所に立っている。その目が全部こちらを向いていた。 その中に、さっきゾロに銃を突きつけた男もいる。 ハッキリ言って落ち着かない。 状況が状況、だがチャンスと思ったがこの雰囲気では取材など到底無理だ。 「襲撃者に心当たりは?」 いきなり、ゾロが尋ねた。 瞬間、周りの空気が凍りついた。だがサンジは悲しげに笑い 「いいえ…何も」 「本当に?」 「ええ」 と、レイジュの側に立っていた男が 「事情聴取なら我々が応じます。殿下は大変心を痛めておいでですので」 「………」 いつの間にか、室内の人間たちの輪が縮まっている。 だが、外への通路だけは開けていた。無言の圧力 「すまない…礼を言いたいとおれがわがままを言った」 「………」 ゾロは答えなかったが、わずかに唇の端を上げた。 その表情にサンジも笑う。 と、レイジュが、サンジの手からゾロの手を自分に引き寄せた。 「弟を助けてくれてありがとう…本当に…本当に…」 ギュッと、白く細い指に力がこもる。 「………」 レイジュの眉は寄せられ、唇は憂いの形に歪んでいた。 僅かに震える髪。 やはり、相当に恐ろしかったのだろう…。 「レイジュ様…そろそろ…」 「……ええ…」 名残惜しげに、レイジュの手が離れる。 「それでは…」 ゾロが一礼する。 サンジがうなずいた。 「あ〜〜…た、楽しんでください…東京の休日…って、休日じゃあねェか?」 ウソップが言うと、レイジュは笑って 「ありがとう」 と答えた。 フランキーが尋ねる。 「後程、大使館に連絡を通す形でよろしいですか?」 「はい、本日中にはこちらより」 先ほどの男が答え、フランキーも一礼した。 3人が背中を向け、部屋を出ようとした時、また 「ありがとう、ゾロ」 サンジの声に、ゾロは振り返った。 その 笑み ゾロは、黙って背を向けた。 スイートルームを出、現場に戻ってきた時にはすでに、死体は外へ運び出された後だった。 フランキーが同僚と言葉を交わした後、またゾロの元へやってきて 「…案の定、この事件警視庁と公安が持っていくようだ」 「…だろうな…」 「公式訪問中の王族を襲われたってんで本庁はメンツがつぶれたようなもんだ。 捜査はするが…ま…テロ未遂事件ってことで終わりそうだな…」 「…テロか…?」 ゾロの言葉にフランキーが 「テロだろう?目撃者の話じゃ『ジェルマ、国民の恨みを思い知れ』って叫んでたそうだぜ」 ウソップが 「あ〜〜〜…あれってそう言ってたのか…『ジェルマー!』しかわかんなかった。 けど…なんでテロが起きるんだ?経済状態が悪いってのは知ってるけどよ」 「さーな。ま、もうここから先は別次元の話だ。警視庁と公安と…ショカツの出る幕はねェ。 あとで報告書出せって事にはなると思うぜ、ゾロ」 「…ああ…」 フランキーが笑いながら、どこか心がうつろなゾロの背中をバン!と叩く。 「おいおい…あの王女様にあてられちまったんじゃねぇだろうな」 「え!?おいおい!ゾロ君!?カタブツで度を越して淡白なゾロ君にも春が来たか!? でもなぁ〜〜相手は小国とはいえ一国のお姫様だからな〜〜これはムリだな〜〜〜〜〜〜」 「そんなんじゃねェ…今日はもういいな?帰る」 ウソップが我に返り 「あ!?そういやカメラ!?お前、カメラどうした!?」 「………さァ?」 「おいおいおいおいおいおいおいおいいいいいいいいい!?」 「…あン時……放り投げたような…」 「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」 ウソップが慌てて記者会見場だった広間に駆け込んで行った。 警察に止められ、荷物が中にと訴えるとロビーに集めた放置荷物の存在を告げられ、 すぐにロビーに走っていき、ほどなく 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!」 無残な結果となっていた。 散々ウソップに嫌味を言われ、それでも中のメモリーは無事だったので「後で覚えてろ!」と捨て台詞と共に別れた。 フランキーとも「じゃあな」と軽い口調で別れた。 ゾロは、ホテルを出て、そのままタクシーに乗った。 バスや電車を使うのがいつもの彼だが、今はそうする理由があった。 「………」 行先を告げ、後部シートに身を沈め、手の中にあるものを開いた。 小さな紙 小さな紙を、さらに小さく折りたたんである それを、ゾロは爪の先で根気よく開いた。 「………」 英文で書かれているかと思った。そこには美しい日本の文字があった。 『今夜0時 ドンキホーテ六本木 家電売場』 「………」 サンジの手から自分の方へ引き寄せ、握った瞬間レイジュが手の中に握らせてきたものだ。 意外な文字に、一瞬ゾロは首をかしげた。 お姫様が? ドンキで家電の買い物? 弟が殺されかけたその日に? 「そんな訳あるか…」 夜中とはいえ六本木の激安店。 外国人がいても不思議に思われない目立たない場所。 これは明らかな呼び出しだ。 地下鉄駅の前でタクシーを降り、地下へ降りるとゾロはまっすぐにトイレに入った。 そして、個室に入り紙片をちぎってトイレに流した。 そのまま便座に座り込み 「…さて…どうしたもんか…」 声に出して呟いた時、脳裏に浮かんだのはレイジュではなくサンジの顔だった。 別れ際のあの笑顔 あの笑顔を、放っておけない気がした。    NEXT                     (2017/8/9) 7Days 海へ -TOP NOVELS-TOP TOP