BEFOER

ふと、目を覚まし腕時計を見る。 23時32分。 あくびをひとつ漏らす。 六本木。某テレビ局前の公園にあるベンチでゾロは2時間寝ていたらしい。 アパートに帰ってまた出てくるのも面倒。 いや、そもそもあんな紙切れを真に受けてどうするんだ? 心の中でぼやきながら、ボリボリと頭を掻く。 そういえば風呂に3日入っていない。 まぁ、いいか…真夏じゃねェし… そろそろ行くかと立ち上がり、平日の夜中とは思えない人ごみの間を歩く。 行きかう嬌声の殆どが外国語。 時折聞こえる日本語もあるが、何を言っているのかよくわからない。 ドンキホーテ六本木店 賑やかな音楽とセールストーク。 24時間営業の店舗は昼よりも明るく賑わっている。 青いペンギンを見上げ、ゾロはけだるげに中へ入った。 寝不足の耳に「ドンドンドン ド〜〜ンキ〜〜〜♪」の曲はかなりツライ。 家電売り場 どこだ? ドライブレコーダーやETCシステムなどが置かれている陳列棚の側で辺りを見回した。 と 「こんばんは。来てくれたのね?」 突然耳元で囁かれた。 吐息がかかり、思わず背筋を何かが走り、あわてて飛び退る。 「あらやだ。そんなに驚かなくても」 コロコロと笑う声。 サングラス。地味なパーカーにキャップ、スカンツ。 かなり雰囲気は違っているが間違いなく 「…お前…いや…!あんた…!いや…!」 ジェルマ王国第一王女レイジュ。 昼間の気品あふれる美しいドレス姿からは想像もできないラフで地味な姿。 そして 「………」 「…悪ィ…」 レイジュの隣にその弟、ジェルマ王国第三王子サンジ。 サンジは帽子こそかぶっていないが、濃い色のサングラスに割と有名なブランドのロゴの付いた ポロシャツにデニム、スニーカーといういでたち。 ごく普通の外国人客のようだ。 だが、オーラが違う。 生まれつき備わった王族の品格は、そんな地味な姿で隠せるものではないらしい。 後ろを通った眼鏡の中年男が、何度も2人を振り返り眺めている。 「驚いた。正直期待してなかったのよ?」 レイジュの言葉にゾロはあからさまに「カチン」という表情を浮かべた。 仏頂面で 「…おれに何の用だ?」 「いやぁね…わかるでしょ?お忍びよ?オ・シ・ノ・ビ。トーキョーの休日を楽しみたかったのよ」 「そりゃあ何よりだ。用が無ェならおれァ帰るぜ。眠いんだ」 「ロロノア…ゾロくんでいいかしら?ゾロくん、ドライブしましょう?近くの駐車場に車を用意してあるの!」 「はァ!?」 サンジが驚いた顔をして 「レイジュ…!!」 「少しだけよ!ほら、シュトコーをぐるっと走るだけでいいの!ね?いいでしょ?」 「………」 レイジュはゾロの腕に自分の腕を絡めた。 そして 「行くと言わなきゃ、今ここで悲鳴を上げるわよ?」 「魔女か!」 「行くわよね?」 チラ、とサンジを見る。 眉を寄せ、困ったように小さく笑った。 「…わかった。首都高一周するだけだぞ」 「うれしい!」 レイジュは右腕をサンジ、左腕をゾロに絡ませ歩き出す。 ためらうことなく夜の繁華街へ飛び出し、どうやって見つけたのか路地裏のコインパーキングにやってくると 「かわいいでしょ?一度運転してみたかったの!」 「運転!?」 コインパーキングにはその車一台だけが駐められていた。 赤いミニクーパー。「わ」ナンバー。明らかなレンタカー。 「さあ!乗って乗って!」 「おい!お前が運転するのか!?」 「大丈夫よ!ここまでだって来られたもの!ホラ、サンジ!隣にいらっしゃい。ゾロくん後ろに乗って」 「これにか!?」 ミニクーパーの後部座席は広くはない。 レイジュに無理矢理押し込まれたが、足の置き場に悩む。 とこで覚えたか、レイジュはサクッと料金を払い運転席に座ると 「レッツゴー!!」 小さな車体に似合わないエンジン音を轟かせ、赤い車は夜の街に飛び出していく。 が、途端に何かの警告音が鳴り響いた。 「きゃー!何!?何の音!?」 「シートベルトだ!ベルトを締めろの警告音だ!」 「へぇ〜さすがお気づかいの国の車ねェ〜」 首都高入口が近づく。 『ETCカードが挿入されていません』 「おい!左のゲートへ行け!右はダメだ!」 「あ〜ETCカード!これがそうなのね!?初めてよ!感動だわ〜」 「感動しなくていいから左だ!レイジュ!」 サンジも叫ぶ。 ケラケラと笑うレイジュにゾロは不安になる。 「おい、まさか酒飲んじゃいねェだろうな…?」 「いや、飲んでない…おれも、こんなレイジュは初めてだ」 昼間、恐怖の体験をしたことで何かのリミッターが外れでもしたか。 「あ!ねェねェ!あれ、スカイツリー!?」 「ああ…そうだ」 「きれいね…あんなものを建てるなんて…人間は本当にすごいわ… あ、ねェ、東京タワーは?東京タワーは見える?」 「東京タワーはとっくに過ぎた」 「全然見えなかったわよ?」 「高いビルが増えたからな」 「どちらでもいいから…登ってみたいわ。ジェルマには高い建物がないの」 勢い走り出したレイジュだが、比較的安全運転。 そろそろ約束の一周にさしかかる。 初め、はしゃいでいた彼女も次第に無口になっていた。 サンジが、穏やかに言う。 「レイジュ」 「…わかってるわ」 沈む声。 どんなにはしゃいでみせても昼間あんなめに遭ったのだ。 忘れろというのが無理だろう。 ミニクーパーの速度は次第に落ち、やがて高速道路だというのに路肩に寄せて停まってしまった。 沈黙が続く。 何台もの車が左側を追い越していく。そのライトの光の中で 「ゾロくん」 レイジュが口を開いた。 「あなたにお願いがあるの」 「断る」 「まだ何も言ってないわよ」 「厄介事だとわかってるからな」 「いいえ、聞き入れてもらうわ」 「………」 振り返るレイジュの手に、小型の銃。 「…まったく…てめえらまともに所持品検査をされねぇのをいいことに何丁持ち込んでいやがる?」 「レイジュ」 サンジがレイジュの銃を持つ手を押さえた。 そして、静かに話し始める。 「すまない…だが話を聞いてほしい」 「………」 「おれたちが日本に来たのにはワケがある。」 「………」 「1週間後、シマというところで国連加盟先進国による人権会議が開かれるのを知ってるか?」 「…知らねェ」 「あるんだ。おれたちはその会議に乗り込みたい」 「あァ?参加するんじゃねェのか?」 「先進国と言っただろ?ジェルマが招待されるワケがねェ」 「半導体事業の買収なんちゃらは」 「…親父と兄貴を丸め込む為の手段だ」 「サンジ」 レイジュが言葉を遮った。 「そんな説明はあとでゆっくりするわ。お願いしたいのは」 「黙ってろ!レイジュ!」 「あなたこそ!お願い!ゾロくん!」 「頼みたいのは!」 2人はゾロへ同時に叫んだ。 「レイジュを連れて1週間逃げてくれ!」 「サンジを連れて1週間逃げてちょうだい!」 2人は互いを見 「サンジ!」 「レイジュ!」 「姉さんの言う事を聞くって約束したじゃない!」 「そっちこそ!」 ゾロは後部座席で呆れたように目の前の天井を仰いだ。 「話し合いができてねェ頼みごとなんざするんじゃねェよ…」 「だから!レイジュを!」 「いいえ!サンジを!」 「黙れ」 ゾロの一言に、姉弟は口をつぐんだ。 その声には深い憤りとあきれはてた色があった。 一国の王子と王女に対する敬意も思いやりも全くない。 だからこそ、2人はゾロを選んだ。 「とにかく車を出せ…つーか、運転替わる。サンジ…だったな。降りておれと替われ。 あんた、そのまま降りずに後ろへ来い」 「………」 「運転席側に降ろすわけにはいかねェ」 「女になんてカッコさせる気?」 レイジュにゾロは強い口調で言う。 「…車から降りたら高速道路を走り出そうって考えてるヤツを降ろせるか」 サンジがハッと息を飲んで姉を見た。 レイジュはため息をつき 「カンの良すぎる男って嫌い」 「勝手に選んで言ってんじゃねェ」 「…レイジュ…」 「…わかったわよ」 後部座席にレイジュ 運転席にゾロが移る。 そして、赤いミニクーパーは再び高速道路を走り出した。 周回は2周目になった。 オレンジ色に映える夜の道を、早くもなく遅くもない速度で走っていく。 しばらく、誰も口を開かなかった。 が 「トーキョータワー」 レイジュが言った。 サンジも、窓から見上げる。 東京タワー。 赤と白の鉄骨の塔 スカイツリーができるまでは、この塔が日本の電波を支えていた。 今では高層ビルに埋もれその高さが際立つことはないが、それでも近くへ来れば 333メートルのその高さは圧巻の一語に尽きる。 「…写真とだいぶ違うわ…暗いし」 「…0時を過ぎた。灯りは落とす。下には普通に生活をしている街がある」 「私、まだ弟たちが生まれる前に父と母と来たことがあるのよ。トーキョーに」 「ほぅ」 「その時…登ったの。トーキョータワー」 「………」 「楽しかった…幸せだったわ。何も知らない子供だったから」 また、沈黙が流れる。 やがて 「ジェルマという国を…この国の人たちはよく知らないでしょうね?」 「そうだな…おれも今度の事で初めて知った」 サンジが 「ゾロはどうしてあそこにいたんだ?日本の警察が…」 「たまたまだ。一緒に居た長っ鼻。大学時代の同期だがあいつが週刊誌の記者でな… おれは昔趣味でカメラをやってたから、手が足りない時に駆り出されてんだ」 「………」 「お前と会ったあん時も、たまたまその頼みを引き受けたとこだった」 「…そうか……日本の警察が…何かしてくれたわけではなかったんだな」 レイジュが後ろから身を乗り出し 「そうよ!この子ったら、私がやっとの思いでホテルから逃がして たまたま来たバスに押し込んで逃がしたのに、戻ってくるなんて!!」 「行くアテもねぇのにどこへ行くんだよ…シマがどこでどうやっていくのかもよくわかってねェって あれほど言ったのに…それに…置いて行けるか…」 「でも、調べてきたんでしょ?」 「…駅まで行って駅員に聞いた。シマが遠いのはわかった…」 「そうなの?」 確かに、サンジに出会ったのは駅の近くだった。 「…お前らが言ってるシマってのは志摩のことか?三重県伊勢志摩の志摩」 「ええ、そう!去年サミットがあったところよ」 「じゃあ間違いない。おれも警備で駆り出された。確かに遠いぞ。 そこでその人権会議ってのがあるのか?」 「あんな重要な国際会議なのに、日本では知られていないの?」 「日本人はそれよりも他に興味のあることが多いんだろうよ。で? そこでお前らが訴えたいのは相当にきな臭い話らしいな。命まで狙われるような」 ゾロはチラとサンジを見た。 合わされた目が哀しげに微笑む。 そして、穏やかな声でサンジは語り出した。 「ジェルマは北の雪と氷に1年の大半を支配された国だ。 昔はロシア帝国の属国で、ロシア革命の折に独立した。 それから程なく国内で良質な石炭が産出されることがわかり、国はそれなりに潤い独立を保った。 だがご存じのように、石炭産業は斜陽の時代を迎え、ジェルマは石炭産業全盛時代の資金を使い 金融業に乗りだした。ところがだ」 白いスポーツカーが、猛スピードで彼らの車を追い越していった。 「金融恐慌が起きジェルマの経済は破綻寸前まで達した。おれたちのじいさんが国王の時だ。 そのじいさんが…とんでもねェことを始めた」 「とんでもねェこと?」 「…軍事産業に手をつけた。ジェルマは国を挙げて死の商人になったんだ」 「………」 「第一次世界大戦で…ジェルマは豊かになった…その後、第二次世界大戦… じいさんは国を救った英雄になった」 「………」 「おれたちの親父が国王になったのは、湾岸戦争真っ最中の頃だ」 「………」 「親父もじいさんのやり方を踏襲し…それだけじゃなく自分が考えた『事業』を起こしたんだ…」 「事業?」 ゾロの問いにサンジは苦しげな表情を見せ、答えをためらった。だが 「人間よ」 後部座席からレイジュが言った。 「人間…?」 「兵士として育てた人間を、戦争をしている勢力に売るのよ」 「……何……?」 車の速度がわずかに下がった。 「人間を売る?」 「ええ」 ゾロは少し考え 「今どきそんな非人道がまかり通るのか?」 「今どきまかり通っているから、人権会議というものがあるんじゃないのかしら?」 「そんな商売が成り立つとも思えねェ。人口が減っていくばかりだろう? それに反対するやつはいねェのか?」 「独裁者が国民を都合のいいように洗脳することは可能だろう?」 サンジが言った。 「………」 「もちろん…自国の矛盾点に気づき異を唱える者もいるさ…だがそれは親父にとっては反逆者だ」 前を向いたままサンジは言葉を続ける。 逆方向を走る車も少なくなってきた。 眼下の線路を電車の灯りが一筋、走っていくのが見えた。 「国民は…生まれ落ちた瞬間からジェルマの商品だ…強く…従順で…死を恐れない… そういう兵士に育てるように洗脳教育が施される…そんな兵士を商品として…売るんだ」 「…だからそこが疑問だ。そんなことを繰り返していたら人口が減るばかりだろう? 売った兵士が全部戻ってくるわけじゃあるまいし。いずれその商売も破綻するはずだ。 湾岸戦争の頃からと言ったな…湾岸戦争…いつの戦争だ?」 レイジュが答える。 「1990年から翌年1月までよ」 「………」 「私が生まれる少し前…父が母と結婚して…即位した年よ」 「27年前か。そこから兵士を送り続けたとして…今お前たちの国にどれだけの若い奴が残ってる?」 「………」 姉と弟はどちらも答えなかった。 が、やがてサンジが重い口を開く。 「…ジェルマには15年前にある法律が制定された…」 「……法律?」 「『ジェルマ国民の女は26歳までに必ずひとり以上の子供を産まなければならない』」 「はァ!!?」 さすがのゾロも素っ頓狂な声を出さずにいられなかった。 「そんなバカな法律があるか!?人権ってもんはどうなる!?」 「だから!!その人権が無いのがおれたちの国なんだ!!」 「――――っ!!」 どこか儚げに見えた王子の形相が一変した。 激しい口調でさらに 「結婚していようがいまいが…26までに子供がいなかったなら強制的に妊娠させられて 子供を産むことを義務とされているんだ…!!」 「………」 「こんな非道があるか!?子供を…女性を…なんだと思ってんだ!?」 「………」 サンジは呻き、肩を震わせ 「…レイジュは…来月26歳になる…」 「…な…」 バックミラーの中のレイジュが哀しげに笑った。 「…王女だろう…?」 ゾロが言うと 「王女だから尚更なんだ…国民の範となれと…ずっと結婚を進められてきたがレイジュは拒み通した… 王女だろうと例外はない。人工授精で妊娠させられ子供を産む。 それを…体がボロボロになるまで続けさせられる…」 「………」 サンジは自嘲的に笑いながら 「おれとレイジュは…5人兄弟だ…」 「………」 「おれ達の母親も…それだけ子供を産むことを強制された…母でさえそうだった」 「………」 「これでわかっただろう?危険なのはレイジュなんだ!頼む…!!」 ゾロの腕を、サンジは思わず握りしめた。 運転中ではあったがゾロは微動だにしない。そして長く黙り込む。 「1週間、お前はどうする?」 「…レイジュは体調を崩したことにして、おれは予定の日程をこなす。… 皇室の訪問はこちらから断った。今日の事があったからな、受け入れてもらった… 皇太子から丁重なお見舞いをいただいた。申し訳ないことをしたよ…」 「………」 「超美人と噂の高いお姫様に会えると思って楽しみにしてたんだけどな」 ハハッとサンジは笑った。 「わかった」 ゾロが言った。 サンジの顔に笑みが広がった。 「……ありがとう!」 「………」 「…ありがとう…恩に切る!」 「…本当に言葉のチョイスがいちいち古いな」 サンジは後ろのレイジュを振り返り 「これで決まりだ、レイジュ」 「………」 「1週間、逃げ切って…会議に行ってくれ!」 「………」 「大丈夫…おれは上手くやる」 と ゾロの耳元で何かが激しく爆ぜる音と 「がっ!!」 サンジの短い悲鳴がした。 同時に、サンジの体がゾロの肩に崩れてきた。 「!?」 一瞬振られた車体を立て直し、ゾロは 「…だから…どうしてそういう物騒なもんを持ってんだ。お姫様がよ」 「護身用にこの子に持たされたのよ」 「…まさか自分に使われるたァ思ってなかったろうよ」 自分の左の太ももに頭を載せ、苦しげな顔で気を失っているサンジを見る。 バックミラーに映るレイジュの手にスタンガン。 「バカな子…」 「………」 「あなたは気づいていたでしょ?ゾロくん」 「………」 昼間の襲撃の時 死んだテロリストが狙っていたのはサンジだった。 使われた武器はボウガン。 矢は1本だけがセットされていた。 サンジを撃ち、直後もレイジュをも撃つのは不可能。 「狙われているのはサンジだけなのよ」 「………」 ゾロは深いため息をついた。 「そこがわからねェ。独裁者の洗脳教育に疑問を持てた連中が反政府勢力になるのはわかる。 だったらコイツはそういう連中の旗印になるだろ。なのにそいつらがなぜコイツを殺そうとする?」 答えるレイジュの声は冷ややかだ。 「そうよ。サンジは父のやり方に異を唱え、逆らい続けている。 他の弟たちは父の洗脳に侵されてしまったのに、サンジだけが… こんなジェルマの在り方を否定し父に意見もした…」 「………」 「ジェルマでの正義は父の思想よ。それに従わないサンジはジェルマにとって異質な存在…」 「………」 「…母は…父のやり方を最期まで憂い案じていた…サンジは…母の最後の希望だったの… サンジだけがジェルマの良心なのよ…」 「あんたもそうだろう」 「…ゾロくんは優しいわね…でも違う。私はコウモリなの…」 「………」 「結婚こそ拒んできたけど…父に本心から逆らえない。 他の弟たちの前では一緒になってサンジを虐げる。そんな女よ」 首都高速道路から東名高速に誘導する看板が現れた。 「なのに…『レイジュがかわいそう』ですって…バカな子…」 「………」 「父にも…兄弟にも…ジェルマに迎合しないことで虐げられ…体も心も傷つけられて… 出来損ないのレッテルを貼られ…それでもこの子は私を…ジェルマを救おうとするのよ…」 「こんなお人好しなバカな子…あんな人でなしの一族の子であるわけがないわ…!あっちゃいけない!」 レイジュは後部座席から手を伸ばし、サンジの髪を撫でる。 「お願い…本当は人権会議なんかどうでもいいの…ただこの子を逃がしてほしい! ジェルマが滅んでもこの子が生き延びて幸せになってくれればいい! この子だけが…母の…私の希望なのよ!」 「……昼間の襲撃の黒幕は、お前ェらの父親か」 「そうよ!!」 レイジュは顔を覆った。 「父は…反政府勢力の仕業に見せかけてサンジを殺し…対する攻撃と鎮圧の正当な理由を得ようとしているの…!!」 「…外道だな…」 「そうよ!父親のすることじゃない!いいえ…!人間のすることじゃないわ!!」 3人のミニクーパーは首都高速から東名高速へ入った。 「…優しい父だった…優しい母だった…父は父で…必死だったのだと思う… だけど…すっかり変わってしまった…もう誰が何を言っても父の考えは変わらない… もう…止まらない…他の弟たちも…優しさをすっかり失ってしまった…」 「………」 「サンジの優しさは…奇跡よ…」 「………」 「今日、いきなり会ったあなたに…こんな重いお願いをして本当に申し訳ないと思う…でも…サンジが…」 ゾロの目と、バックミラーのレイジュの目が合った。 「…昼間会ったあなたのことを…楽しそうに話すのよ…」 「………」 「それでもタクシーに乗せてくれた…お人好しでいいヤツだったって」 レイジュはようやく微笑み 「会見場であなたを見つけてはしゃいでた…だから私が…あなたにお願いしようと言ったの…」 「…おい」 ゾロの呼びかけにレイジュはピクンと震え、目を丸くした。 「おれのジャケットのポケットにスマホが入ってる」 「…スマホ…」 脱ぎ捨てられたジャケットのポケットからスマホを取り出す。 「電話帳を開け。『ウソップ』というやつがいる。昼間会見場にいた記者だ。 記者だが信用できる。そいつの電話番号を覚えろ」 「わ、私のスマホに転送していい?」 「ああ…だができるだけ覚えろ。覚えたら消してくれ。かけた後は履歴も」 「そうね…そうよね。私の連絡先入れておくわ。名前…なんてしておく?」 「…くいな、と入れておけ。おれの死んだ姉の名だ」 「………!」 レイジュは一瞬息を詰まらせた。 この人にも姉が… 「次のSAで一旦止める。そこからおれがウソップに連絡を入れる。 待つことになるとは思うがそこでお前を降ろすからウソップを待ってくれ」 「あ…そういうことね。降ろすだけでいいわ。巻き込む人を増やすのは申し訳ない」 「こいつが目覚めた後に、ただ降ろしてきたと知られたら面倒だ。従ってくれ」 「…わかったわ…やっぱり…あなたを選んで正解だったわね」 レイジュはスマホを操作してバッグに戻し、白い封筒を取り出すと、気づかれないようにゾロのジャケットの内ポケットにねじ込む。 「ありがとう…」 「…しくじっても恨むなよ」 「このまま、ただ運命を享受するよりマシよ」 『港北PAまで2キロ』の表示。 ゾロはアクセルを踏み込んだ。 苦しげだったサンジの眉が、いくらか穏やかになっていた。    NEXT BEFOER                     (2017/8/9) 7Days 海へ TOP NOVELS-TOP TOP