朝もやの中、山あいの道を赤いミニクーパーが走って行く。 運転席にゾロ、助手席にサンジ。 ふたりは黙ったまま、ゾロは前方を、サンジは窓の外の湖を見つめている。 つい15分ほど前に、彼らは『森の学び舎』を出た。 まだ暗い中、コーシローはふたりを校門まで見送った。 「じゃ、先生。また…カタがついたら報告に来ます」 「…気にすることはありません。それよりゾロ…お金は大丈夫ですか?」 コーシローの言葉にサンジはハッとした。 が、ゾロは 「金はあります。大丈夫です」 「そうですか…」 コーシローは笑い、今度はサンジへ 「こんな子ですが、根は真面目な子ですから…よろしくお願いしますね、サンジくん」 「…はい。いや、おれの方こそ…」 「サンジくん、これを持っていきなさい」 コーシローがサンジにIPhoneを手渡す。 「これは…」 「ゾロのスマホが使えなかったり、万が一はぐれたりした時に必要でしょう」 「………」 ふたりに起きている状況が、決して穏やかなものではないとコーシローは察している。 「サンジくん、もう知っているかとは思いますが、この子はヒドい方向音痴でしてね? 迷子は日常茶飯事なのですよ。しっかり手綱を握ってやってください」 「誰が迷子だ!?」 「自覚が無いのが一番厄介です」 コーシローのiPhoneは古い機種だが、丁寧に使っているらしくそんなに傷も汚れもない。 「でも…先生が困るんじゃ…」 「電話は固定電話がありますし、そんなに不自由はしません。 万が一電話が入ったりメールやLINEが来たりしてもスルーしてくださって大丈夫です。 送ってくるような方には山で失くしたと連絡しますから」 「……はい。ありがとうございます」 IPhoneをジャケットの内ポケットに入れ、サンジは 「――――――――っ」 サンジはコーシローを抱きしめた。 コーシローも、優しくその背を抱き返す。 「また、来てください。サンジくん」 「……はい……」 「気をつけて行くんですよ」 「はい…」 優しい笑顔の人だった。 あれが、本当の『父親』だ。 自分の父が、自分にあんな笑顔を見せてくれたことは一度もない。 だが、レイジュは優しい父の記憶があるという。 何をきっかけに変わってしまったのか自分にはわからない。 わかったところで、もうどうしようもないところまで来てしまった。 「ゾロ…」 「なんだ?」 「さっき…先生にお金の事を聞かれてただろ…大丈夫って…」 「ああ…お前の姉貴にもらったからな」 「え!?」 夜が明け始めた。 「お前にジャケットをかけようとしたら、なんか重くてな…探ってみたら分厚い封筒が出てきた。 見たら100万入ってた。お前の姉貴だろ」 「………」 「お前の姉貴の方が準備も覚悟も上だったな」 「…レイジュ…」 「ありがたく使わせてもらう事にした。7日間の旅費としたら贅沢な金額だ。おれにはな」 レイジュ どうしてるだろう… 東京、赤坂。ホテル・オービット。上階スィートルーム。 残ったレイジュは、孤独な戦いを続けていた。 「だから…!サンジが見つかるまでは帰らないと言ってるの!同じことを何度も言わせないで!!」 ジェルマ王国駐日大使は、困った顔を隠さず。 「レイジュ様…これは国王様とイチジ様のご命令です」 「父はともかく、なぜ弟に命令されなければならないの!」 「今回の襲撃事件で公式行事はすべて中止になったのです。 日本にとどまる理由がございません。レイジュ様の身にも危険が及ぶかもしれないのですよ」 レイジュはソファに身を沈め、大使に向かって 「私に危険が及ぶ?へぇ?そうなの?」 「……サンジ様は我々と日本の警察が探しています。どうか…お聞き入れください」 レイジュは険しい瞳で言う。 「では王女として命令するわ」 「はっ…」 「サンジを無事に、傷ひとつつけず、私の前に連れてきなさい」 「…もちろんでございます」 「………」 その時 ロイヤルスィートのドアが開いた。 何の前触れもなく開かれたことで警護の侍従が驚いて身構えた。 しかしドアの向こうにいる人物に、全員がさっと道を開けた。 大使もまた驚き、その人物を出迎える。 侵入者を迎えたレイジュの顔は一気に青ざめ、その名を呼んだ。 「…イチジ…!」 思わずソファから立ち上がり後ずさった。 数人の侍従を従えた鮮やかな真紅の髪の青年。 レイジュの弟、サンジの兄、ジェルマ王国第一王子、皇太子イチジ。 「…どうして…」 つかつかと、イチジはレイジュに歩み寄ると 「――――っ!!」 無言で姉の頬を打った。 余りの勢いに、レイジュが床に倒れる。 だが、レイジュの侍従さえ彼女を助け起こそうとはしない。 「バカな事をしたな、レイジュ」 「………っ」 「おとなしく事を眺めていればよいものを」 レイジュは立ち上がり、弟を見上げその目を睨みながら 「私には、あなたやお父様のしていることの方がよっぽどバカなことに見えるわ!! わからないの!?許されることではないわ!」 イチジは姉を冷ややかに見下ろしながら 「なら、我が国から兵士を買う国々にも同じことを言ってやれ」 「―――――!!」 「需要があるから供給がある。」 「………」 「ジェルマという国を存続させるためだ。些末な事を議論しても無駄でしかない」 「…イチジ…」 「王には王の条理がある!!」 イチジはレイジュの顎を掴み顔を寄せ 「お前もヴィンスモーク家の女なら、王家の義務を果たせ」 「いやよ!!まっぴらごめんだわ!!」 顎を掴む手に力を籠める。レイジュが苦しげに呻いた。 「いい事を教えてやろう、姉殿」 「…っ…?」 「私は、今度の人権会議にオブザーバーとしての出席が決まった」 「――――!?」 「気の毒だったな」 「取引相手の国々に手を回したのね…!卑怯者!!…あっ!!」 勢い、レイジュは再び床に叩きつけられた。 誰もレイジュを助けない。助けられない。 イチジに抗う事は国王への反逆に値する。 「お前たちが日本に旅行したいと言い出した時に、これが目的だとすぐにわかった…浅薄にすぎる。 できそこないの考えそうなことだ」 「…できそこないなものですか…あなた達の中でまともなのはサンジだけよ…!」 「………」 「あなたも!ニジもヨンジも!お父様も!まともじゃない!!狂ってるのはあなた達よ!!」 イチジは無表情のまま「くっ」と喉の奥で笑い 「そうだ…ニジとヨンジも日本に来ているぞ」 「…なんですって…?」 「言っただろう?お前たちの浅はかな計画などお見通しだ。今、ふたりがサンジを追っている」 「―――!?」 「すでに手を打った。…ご苦労だったな」 イチジが言うと、大使が深々と頭を垂れた。 レイジュが愕然と 「…何を…したの!?」 「すぐにわかる…レイジュ、ジェルマへ戻らないというならそれでもいい。 ここでサンジの末路を見学していくがいい」 イチジはぐるりと室内を見回し 「できそこない共にはまずまずの部屋だな。ここですべてが終わるまで、おとなしくしていろ」 侍従たちと大使を従え、イチジは出て行った。 ドアが閉まるのを確かめて、レイジュの侍女が慌てて彼女に駆け寄り泣きながら唇の血を拭う。 「…ありがと…コゼット…大丈夫よ…」 「…うっ…うっ…」 レイジュはコゼットという侍女の髪をすき、悲しげに微笑んだ。 そばかす顔の愛らしい侍女。 彼女はあと4年で26歳になる。 一途にレイジュに仕えてくれる、優しい侍女だ。 この愛しい子を、こんな狂った国の犠牲にしてなるものか…。 「大丈夫よ…大丈夫」 「でも…でも…サンジ様…」 「大丈夫…サンジには今、強い騎士がついているわ…」 ゾロの友人のウソップに、昨日ホテルに着いたと連絡をした。 履歴はとうに消してある。 他の弟たちが来た。そして2人を追っていると伝えたいが…。 ブ ブ ブ ブ いつにない着信。 取材帰りの電車の中で、なんだろうとスマホを開けてみる。 「…っと!王女様…!」 ウソップも、その通信がヤバいくらいの事は察している。 昨夜、レイジュからの突然の電話にウソップはアパートの階段を踏み外すくらいに仰天した。 訳あって、ゾロがサンジを連れて東京を離れる事、そして自分がちゃんと帰り着いたことを 知らせてくれという依頼を簡単に、一方的に告げて電話を切った。 ゾロにも電話をしたが「終わったらちゃんと話す。悪いが繋ぎの連絡係になってくれ」と言われ、 なんでか昨日会ったフランキー刑事の電話番号まで教えられた。 レイジュ王女からの着信はショートメールだった。 『1、2、4 来日 追手』 「………」 しばらく眺め 「???????」 だが、『追手』という文字が気になる。 てか、あの姫様、日本の文字もわかるのか、すげーな。 「…知らせた方がよさそうだ…」 ゾロへLINEを送ろうとアプリを起動させ、立ち上がるのを待つ。 と、電車のドアと上に備えつけられたデジタルサイネージに、 見知った顔が映ったような気がして無意識に顔を上げた。 なんだニュースか… 「……………………え?………ええええええええええええええええええええ!?」 走る山手線内ということも忘れ、ウソップは叫んだ。 昼食時 ゾロとサンジは静岡県内にいた。 途中のコンビニで道路地図を買い、サンジがなんとか読み解いてここまで来た。 ゾロはナビを切ってしまっているので、迷子のくせになぜ使わないのかと文句を言ったら 「ナビのGPSで居場所を知られたら困る」と言われ、サンジも納得した。 「いずれこの車も乗り捨てなきゃならなくなるかもな。レンタカーだ。足がつきやすい」 「…お前、結構考えてるんだな…」 「たりめーだ。なめんな」 マグロの握りを口に放り込み、ゾロは答えた。 サンジが「回転寿司」の看板を見つけ「入ってみたい!」と飛び込んだロードサイドのチェーン店。 昼時のせいか、カウンターはほぼ満席。 「これ美味いな!」 サンジがあん肝の軍艦巻を頬張りながら、嬉しそうに言った。 それを見ながらゾロが言う。 「…お前…本当に外国人か?」 「なんでだよ?だってホント美味いぞ。フォアグラみたいだけどフォアグラより美味い!」 「フォアグラを食ったことがねェからわからねェ」 その時、ゾロのスマホが震えた。通話の着信。 店内はざわついているが、ゾロは席を立ちレジ側へ移動した。 サンジも食べる手を止める。 「ウソップか?」 受けた途端 『ゾロおお!?おまっ…!お前!どこにいんだよ!?』 「…言えねェ。どうした?レイジュに何かあったか?」 『お姫様じゃねェよ!!お前だ!お前!!』 「おれ?」 『テレビのニュース!いやネットでもなんでもいい!!ニュース見ろ!ニュース!!』 「ニュース…?」 ゾロは通話をそのままに、スマホのブラウザを開いた。 通信会社のリアルタイムニュースが羅列される。 その中に 「!?」 確認し、すぐ通話に戻る。 「わかった…ウソップ、これからあまり連絡できねェ。お前からももうかけてくるな。レイジュにも」 『そっ!そのお姫様からさっきショートメールがきてよ…言うぞ? えと、『1、2、4 来日 追手』それだけだ!伝えたぞ!』 「わかった、ありがとう。切るぞ」 『待て待て待て!!ゾロ…!!お前…死ぬなよ!?』 ゾロは笑い 「死なねェよ」 言い置いて、なんのためらいもなく通話を切った。 ゾロが振り返ると、サンジがすでにレジで会計を済ませていた。 「…何かあったんだろ?」 「車で話す」 「ありがとうございましたァ!またお越しくださいませェ!」という元気な声に送られ店を出る。 また、の機会はおそらく無い。 回転寿司屋の駐車場を出、しばらく街を走り、運動公園らしき施設の駐車場に車を停める。 それまで黙っていたサンジが 「何があった?」 「レイジュから伝言だ。『1,2,4 来日 追手』」 「―――!?」 「それとこいつだ…」 ゾロはスマホを弄り、目当てのページを出すとサンジに差し出した。 「――――何!!?」 ニュースの動画。 『一昨日、東京都赤坂のホテルで起きたジェルマ王国の王子王女の襲撃事件に関して新たな情報です。 公安委員会及び警視庁は、警視庁シモツキ署捜査一課ロロノア・ゾロ警部補を重要参考人として 指名手配、行方を追っています』 「どういうことだ!?」 サンジが蒼白になって叫ぶ。 『捜査によると同警部補は大学時代、過激な学生運動グループの一員であり、 今回ジェルマ王国の反体制派と関係があることが判明したという事です。 今回の襲撃事件で同警部補が現場に居合わせたことが明らかとなりました。 その後、署を無断欠勤し、行方不明となっており、ジェルマ王国サンジ王子の失踪と 関連があるのではと、国家公安委員会並びに警視庁は公開捜査に踏み切りました。』 「過激な学生運動って…」 「剣道しかやってねェよ」 「ねつ造か…!?」 ゾロは動画を止め 「お前の失踪もバレた。『誘拐』の罪まで着せられちまったな。 ま、いざとなったらおれひとりが捕まりゃおさまる」 「そんなの…表向きに決まってんじゃねェか!!」 バン!とサンジはドアを叩いた。 「…1,2,4…が来たとレイジュは言ったんだろ…?」 「ああ」 「…1,2,4、というのは…おれの兄と弟だ…まさか…奴ら全員で来るなんて…」 「…なるほど、じゃ、これはそういうことだな」 ゾロは別のニュースをサンジに見せた。そこには 『ジェルマ王国皇太子改めて来日。一連の騒動を謝罪。 加えて20日から行われる国際人権サミットへオブザーバーとして出席』 「イチジが!?人権会議に!?」 「見事に先手を打たれたな。お前が思うよりずっと相手も考えてるってこった」 「………」 ゾロは車を発車させた。 平日の午後、行き交う車は多い。 町の向こうに富士山。 ずっとあの山の姿を右に見ながら走っている。 「…ゾロ…」 「なんだ?トイレか?」 「ちげーよ…」 サンジはしばらく黙っていたが、やがて 「東京に……引き返そう…」 「あァ!?」 「戻ろう。東京へ」 ゾロから顔を背け、こちらを見ずにサンジがつぶやくように言った。 信号が黄色点滅を始めた。 減速し、赤信号に変わると同時に停車した。 「このままじゃ…お前が犯罪者にされちまう…!」 「もう、されてる。戻ろうが戻るまいが変わりゃしねェ」 「わかってねェな!お前が犯罪者にされたってことは、おれと一緒に始末されるってことだぞ!?」 「捕まらなきゃいいだけの話だ」 「頼む…ゾロ…!東京へ引き返してくれ!お前まで…死ぬことはねェんだ!!」 「死ぬ死ぬってさっきから聞いてりゃなんだてめェは!死ぬこと前提にしか考えられねェのか!!」 信号が青に変わる。 ゾロはアクセルを踏み込んだ。 「巻き込んだのは確かにおれだ!だけどおれは、あの先生からお前を奪えない!!」 「…おれの生き方はおれが決める。あの人には関係ねェ」 「でも…!」 「ガタガタうるせェ!!決めたのはおれだ!!おれ自身が決めたことをおれが裏切るか!!」 サンジの目が見開かれる。 なんて奴だ。 なんてバカだ。 「考えろ。これから自分がどうするべきかを」 「………」 「…兄貴が向こうで待ち構えているなら、てめェも策を立てろ」 「………」 サンジの肩が震えている。 「怖ェんか?」 サンジは青ざめた顔のまま笑い 「…ああ…怖い…」 「………」 「おれは…あいつにとってはできそこないの弟だ…」 「………」 「できそこないならできそこないらしく…ジェルマの為に役に立って死ねというのが… あいつのおれへの評価だ…」 「…そりゃあ人を見る目のねェ奴だな」 「…え…?」 「お前は十分やれる奴だ」 「………」 「おれほどじゃねェが」 「…てめェもいちいちひと言が余計だな!!」 ゾロは愉快げに声をあげて笑う。 「そんだけの悪態が出るならまだ大丈夫だ」 「……っ」 「とにかく、先へ行くぞ。富士山よく眺めておけ。直に見納めだ」 「……ゾロ…」 「あァ?」 「………」 「………」 「……ありがとう……」 「……どういたしまして、アホ王国の王子様」 「…は…」 西へ。西へ。 途中、衣料品店を見つけ服を替えた。 田舎の町の洋服屋は全く今風ではないデザインのものばかりだが、 それでもそれなりに整えて店を出た。 そんな店を選んだのは、防犯カメラがないからだ。 現代日本は至る所に防犯カメラがある。 もっともそんなことをしても足はすぐにつく。 わかってはいるが、なるべく人目を避けたい。 国道や県道などの主要道路を避け、回り道と迷子を繰り返すせいで、 日が落ちてもまだミニクーパーは静岡県内を走っている。 「ゾロ、あのスタンドはどうだ?」 「…お〜、いかにも田舎のGSだ。おあつらえ向きだな」 小さな、給油機がひとつしかないオンボロのガソリンスタンド。 酒屋と同じ敷地にあり、どうやら米屋と酒屋、そしてスタンドを経営しているらしい。 ポツポツと灯りが点る小さな集落。 それでも少し先にコンビニの看板がある。 コンビニのせいか、酒屋の方は客足さっぱりといった感の店。 「らっしゃ〜い」 やる気のなさそうな老店主。 こちらが何を言うより先に、もうレギュラーのノズルを持って給油口のキャップを外していた。 「降りていいか」 サンジが問う。 「デカいのか?」 「ションベンだ!!」 デリカシーの無さにつくづく呆れる。 サンジが車を降り、事務所脇の決してきれいとはいえないトイレのドアを開けて 中へ消えるのを見届けて、ゾロは老店主に一万円札を渡し 「釣りはいい」 「もらいすぎだ」 「いい」 「…へい、毎度」 何かを察したか、店主は一万円札を胸のポケットにねじ込んだ。 サンジがトイレから出てきた。 エンジンをかける。 こちらへサンジが歩いてきた、その時だ。 「サンジ!!」 ゾロが叫んだ。 声にサンジが足を止めたとき、その影はサンジに抱きつくようにぶつかってきた。 ゾロが車を降りようとした時 「お待たせ〜〜!!ンもォ!遅いわよ〜〜!!」 女だ。まだ若い。 黄昏の明かりでもわかる鮮やかなオレンジの髪。 女はサンジの腕を取り、絡め、しなだれかかりながら 「もォ!何時間待たせる気だったのォ!?さ!行きましょ行きましょ!」 「え?あ?え?あの?」 「はーやーくー!!間に合わなくなっちゃう!!早く!!」 女はサンジをグイグイと車の後部に押し込み、自分はなんのためらいもなくゾロから隣に座った。 「…誰だ、てめェ!」 「お願い!!助けて!!」 「あァ!?」 「ヘンな連中に追いかけられてるの!!お願い!走って!!」 ゾロが女に怒鳴る。 「これ以上の厄介を増やす気はねェ!!降りろ!!」 「何よ!か弱い女の子が助けてって言ってんのに!それでも男!?」 「本当にか弱い女は自分をか弱いなんて言わねェんだよ!!」 と 「おい!!」 ドンドン!! 助手席側の窓を叩かれた。 見れば、いかにもといったチンピラ3人、車の前に回り込み、 運転席側と助手席側にそれぞれ回って車体を掴んでいる。 「ヤバっ…!」 「おい!なんなんだテメェ!ケガしたくなかったらそのアマ降ろしてさっさと失せろ!!」 「開けろや!ボケェ!!」 「おい!テメェさんざん気ィ持たせやがって!ザけんなクソアマァ!!」 後部座席からサンジが女に 「何をしたんだい?」 「何もしてないわよ…!コンビニに買い物に来て…ナンパしてきたからちょっとノッてやっただけ…! そしたらいきなり車に乗せようとするから…待ち合わせしてるんだってここまで…」 サンジは前に身を乗り出し 「ゾロ」 「…ちっ」 ゾロはエンジンをかけたままドアを開けた。 「おおおお…物わかりがいいじゃねェか」 運転席側の男が、肩をいからせながらゾロを見――――― 「――――――っ!!!?」 およそ、ニュースなど見る事もしないチンピラのガキだ。 目の前に指名手配犯がいたからビビって臆したわけではない。 ただそこに立つだけのゾロに、3人は完全に気後れした。 「すっ…すみませんでしたぁあああああああああ!!」 「…こういうのを『クモの子を散らす』っていうのかな?」 サンジが呟いた。 「『這う這うの体』だな。ほら、行ったぞ。降りろ」 助手席側のドアを開け、女にゾロが言った。 「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」 「何が『え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?』だ!!降りろ!!」 「送ってよ!こんなに暗い田舎の道を女の子ひとりで歩けって言うの!?冷たいわね!!」 「その暗い田舎の道をひとりで歩いて買い物に来たんじゃねェのか!?」 「家は近いの?」 サンジが尋ねた。 女はたちまち表情を一変させ 「近く近く!ここからすぐ!!」 「おい!!」 「送ってあげよう、そんなに時間はかからないだろ? それに、さっきの連中…まだその辺りにいるかもしれない」 「ありがと〜〜〜!こっちのお兄さんは話がわかるわぁ〜や〜さし〜」 「……!!」 「あたしはナミ!よろしくね!お兄さん!」 仏頂面極まれりといった顔で、ゾロは車を発進させた。 コンビニを過ぎたあたりで 「お兄さんたち旅行中?どこ行くの?」 「ああ…日本の面白そうなところをね…行先を決めているワケじゃないんだ」 サンジの答えに 「お兄さん日本語上手ね!それにすっごいイケメン!サンジくんっていうの? さっきこっちのお兄さんがそう呼んでた」 「…あ…うん」 ゾロが自分のしくじりに気づき唇をゆがめた。 「おい。こっちでいいのか?」 「え?うん!そう!まっすぐ!」 アクセルを踏み込む。 一刻も早く、この小娘を降ろすに限る。 「ねェねェ、サンジくん!どこの国の人?ホントに2人は友達?全然タイプが違う。年齢も違うでしょ?」 ナミという娘は、ゾロとサンジを交互に見ながらあれやこれや質問攻めにする。 「まっすぐ」という言葉に従いまだ走っているが 「おい、ナミ!まだまっすぐなのか?近くって割にはもう30分近く走ってるぞ!」 ゾロが言う。ナミが「ああ」と答えて 「言っても怒らない?」 「あァ!?」 「あのね、25分前に通り過ぎちゃいました〜〜〜〜」 「!!!!!!!!!!!!!」 急ブレーキ! 「降りろ!!」 「ええええええええええ!!?」 「ゾロ…!キレんなよ!戻ればいいだろ!?」 「そーよ!そーよ!」 「ふざけんな!!」 「こんな狭い道で止まってたら迷惑よ?ちょっと先に行ったら道広くなるし、戻る道もあるから!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」 なんつーイレギュラーだ!! 再び車を発進させる。 怒りに理性をわずかに失った。 だから 「――――――っ!?」 ゾロの変化をサンジも悟る。 「――――あ!?」 向かう先がやけに明るい。 赤いパトライトがいくつも回転している。 大勢の警官、パイロン、ゲート、灯光器。 「検問だ…」 「………!」 沈黙する2人に、ナミが言う。 「…検問がヤバイの?…ふーん…あんたたち、なんかヤバいことやったワケ?」 「………」 「だったらどうすんだ?」 「え!?マジ!?」 カマをかけたつもりがあっさり認めたゾロにナミは驚き、身をドアに寄せた。 「ちょっと!妙な事に巻き込まないでよね!」 「それはこっちのセリフだ。てめェがいなきゃこの道は走らなかった」 「Uターンすれば!?」 「この距離でやってみろ。途端に追ってくるぞ。それに対向車が多すぎる。無理だ」 「どうするんだ?ゾロ?」 運転席のシートを掴み、前を伺いながらサンジが言う。 「…寝たフリでもしとけ」 「おやすみっ!」 ナミが顔を隠すように背中を向ける。 「なんでお前が」 「そんなんで大丈夫か…?」 サンジが言った。 「なんとかするしかねェ。こっちは手配中のテロリストだからな」 「なんですってェェェ!?」 ナミが叫んで跳ね起きる。 「寝てろ」 笛の音。 点滅する指示棒の前までゆっくりと進む。 ヘルメットの警官が運転席側にやってきた。 「お急ぎのところすみません」 にこやかな中年の警官。 「免許証よろしいですか?」 「ちょっと待ってくれ」 ダッシュボードに手を伸ばし、探るフリをする。 「…お友達とドライブですか?あはは…疲れて寝ちゃってるのかな?どちらまで?」 「名古屋まで…あれ…っかしいな…ここに…」 助手席側から別の警官が、車内を懐中電灯で照らした。 ナミが 「…やん!…なに?まぶし…!」 サンジも後部座席に横になり、ジャケットを肩までかぶって寝入っているフリをする。 「…免許証みつかりませんか…?」 「すんません、いや、確かにここに…」 「…女性が乗っている…」 「車は…」 「後ろは男のようだが…顔が…」 警官の動きが変わった。 「…ねぇ…ちょっと…まずくない…?」 ナミが小声で言う。 ナミに覆いかぶさるようにダッシュボードを探っているゾロにしか聞こえない音量。 「運転手さん、後がつかえてるから…ちょっとこっちに来てもらっていいかな?」 「お嬢さん降りてくれる?」 「後ろの君も、降りてくれるかな?」 サンジの心臓がバクバクと鳴っている。 不意にゾロが 「警視庁からのお達しだ。静岡県警としちゃ、なんとか自分とこのナワバリで確保したいよなァ?」 その言葉に、警官たちがハッと息を飲んだ。 次の瞬間 「わあああああああああああああああああっ!!」 バリケードを薙ぎ倒し、ミニクーパーは激しい爆音を立てて検問を突破した。 「手配の車だ――――!!」 「追え!追え――――!!」 「後ろの男は王子だ!間違いない!」 「女がいたぞ!共犯がいたのか!?」 幾台ものパトカーのサイレンが鳴り響く。 赤いパトライトがいくつあるのか数えるのも恐ろしい。 「い・や――――――――――――っ!!なんでなんでなんでェェェェェェェェェ!?」 「口を閉じてろ、舌噛むぞ」 「帰して!家へ帰してよ!!なんなのよ、あんたたち―――――っ!!」 「うっせェ!!誰のせいだ!?」 「きゃ――――――――っ!!ごめんなさいごめんなさい!!いろいろ悔い改めるから殺さないでェェェェェエエエエ!!」 「大丈夫だナミさん!必ず無事に返してあげるから!!ゾロ!!なんとかしろ!!」 「ったく…!!」 「あんたたち一体なんなの!?何をやったのよ!?」 ナミの問いにゾロがあっさりと 「某王国の王子暗殺未遂、および誘拐。だそうだ」 「ええええええええええええええええええええええええええ!!?」 「ウソだよ!?違うからね!ナミさん!!」 「あ、あんたが王子様ってのは!?」 「まぁ、それは本当なんだけど…」 「はァ!?何言っちゃんってんの!?ありえない―――――――っ!!」 「てめェら黙れ!!うるせェ!!」 背後に迫る赤色灯。 『PC1から各PCへ!手配のミニクーパーを追尾中!マルタイは県道××号線をS市方面へ逃走中!!』 『品川●53 わ 1132 前方の赤のミニクーパー!止まりなさい!!』 「ゾロ――――!!追いつかれる!!」 「…くそっ!!」 その時 「そこ!!ラブホの看板曲がって!!」 ナミが叫んだ。 「あァ!?」 「そのピンクの看板よ!曲がって!!」 指示通りにゾロはハンドルを切る。 ミニクーパーは県道から狭い脇道に飛び込んだ。 「すぐにラブホがあって、そこに脇道!!それ!曲がって!!」 「―――――――!!」 「まだ来るぞ!」 『止まりなさい!止まらんか――!!』 「壊れた自販機!そこ左!!そしたらすぐの道、右!!」 「はァ!?先があんのか!?」 「だいじょーぶ!信じて!!」 「行け!ゾロ!!」 ナミの指示で飛び込んだ道は、田んぼの中の抜ける道だった。 ミニクーパーのタイヤ幅ギリギリの道、それより大きなパトカーたちは当然 『脱輪した―――!』 『わあああああっ!!』 激しい衝突音。 急に脱輪して止まった先行のパトカーに、後からついてきたそれらが次々に突っ込む。 先頭のパトカーは勢いで、脇の田んぼに落ちてしまった。 「ビンゴッ!!」 「やった!!すごいよナミさん!!」 「ふっふーん♪言ったでしょぉ?戻れる道がある、って」 「…こんな道を走らせる気だったのかよ…」 「なーによ!逃げ切れたんだから感謝しなさいよね!高校ン時、通学で使ってた近道よ。 もう少し行ったら、ちゃんとした道になるから」 「助かったよ。ありがとう。ごめんね、怖い思いさせて」 サンジの言葉に 「なんで詫びる?この女が自分から首ツッコんできたんだ」 ナミは憮然と 「結果助かったんだから、ありがとうくらい言いなさいよ」 「ありがとよ」 ニヤッと笑い、意外にもゾロはあっさりと礼を言った。 「助かった」 「でしょぉ?」 ようやくシートの背もたれに体を預け、サンジが言う。 「ナミさん、送っていくよ」 「当然よね」 ナミのナビゲーションでほとんど外灯のない山道を行く。 すっかり山の中という雰囲気。本当に家があるのか? 「あるわよ。もうこの辺りはウチの山。暗いからわからないたろうけど、両脇みんなみかん畑よ」 「ミカン?」 聞いたことのない言葉、サンジが問い返した。 ナミは 「ミカン。知らないの?え〜と、ジャパニーズオーレンジ」 「オレンジか…!これオレンジの木なのか!?」 「オレンジじゃなくてミカン!オレンジとミカンは全然違うの!」 「そ、そうなんだ?」 「そーよ!ウチのミカンは高級品よ〜?今の時期は遅穫りで小ぶりだけど美味しいんだから!」 「そうか…おれの国は北国で果物は穫れない土地なんだ。うらやましいな」 ナミはハッと表情を変えた。 そして 「じゃあ!寄ってきなさいよ!?ウチに!」 「え?」 「父さんと母さんに、あんたたちに助けてもらったって話すわ!」 「…余計なお世話だ」 ゾロが言った。 サンジも申し訳なさそうにほほえみ 「見ただろ?万が一嗅ぎつけられたら迷惑がかかる」 「………」 ナミは頬を膨らませた。それから 「ね。今夜泊まるところあるの?」 「なんとかなる」 「ウチの納屋、パートさんたちの休憩所になってるから寝られるわよ」 「ありがとう。でも大丈夫」 サンジが答えたが 「大丈夫なわけないじゃない。絶対警察が探してるわよ」 「………」 「難しいことよくわかんないけど、あんた、悪い奴には見えないわ。凶悪な顔してるけど」 「悪かったな」 「サンジくんも、この人に誘拐されてるとは思えない」 「うん。ありがとう、わかってくれて」 「だから、今夜はウチに隠れなさいよ」 ナミの申し出に、ゾロは少し悩んだ。 確かに、今表通りに出ては見つかるリスクが高い。 逃げ切って遠方に逃げたと、警察は思っているかもしれない。 もちろん、近所に潜伏している可能性も捨ててはいないだろうが、 とにかく今は身を隠す場所が欲しいのは本音だ。 「…親は大丈夫か?」 「2人とも朝早いから、9時過ぎたら寝ちゃうわ。 みかん畑に防犯カメラとセンサーはあるけど、母屋から入れば映り込まないわよ」 「いいのかい?本当に?」 「いーのいーの!…おもしろそう!!」 はァ、とゾロはため息をついた。 やがて、いかにも昔からの豪農といった雰囲気のある家に着く。 「納屋の前、あたしの車の隣に停めて」 見ると、納屋の庇の下、耕運機の隣にオレンジ色の車が停まっていた。 日産のジューク。 「車があるならそれでコンビに行きゃよかったじゃねェか」 ゾロが言うと 「さっきのコンビニ、その裏の道から出て道路を渡った反対側よ。徒歩7分」 「あ!?戻ってきたのか!?」 「そ。まさか警察も気がつかないでしょ?こっちよ。静かにね」 納屋の扉は施錠されておらず、ナミが引き戸を引くとがたがたと音をさせて開いた。 「掃除はしてあるからきれいよ。そこから出たところにトイレがあるわ。 食べるものは、そこの籠の中のみかんだけしかないから。あしからず」 「え!?これがミカン!?わ!小さい!ナミさんみたいにかわいいね!」 「何それ」 苦笑いしつつ、まんざらでもなさそうにナミは答えた。 「ありがたい…正直助かる」 「あら、ずいぶん素直になったのね」 ゾロも苦笑いを浮かべ 「サンジ、灯りはつけるな」 「あ…そうか」 「ナミ、明日の夜明け前にはここを出る。黙って行くことになるから今の内に言っておく。ありがとう」 それまで浮かべていた笑顔が急に消えた。 ナミはうなずき 「そうでしょうね…気にしないで。無事逃げ切れますように」 「ありがとう。おやすみ、ナミさん」 「おやすみ、サンジくん。元気でね」 戸を閉め、ナミが母屋の玄関へ駆け込むのを確かめて、ゾロは土間から畳の上に上がった。 そして 「少し休め」 「眠くない…みかん、どうやって食べるんだ?」 「………」 端が欠けた座卓の上に置かれた籠の中に満載のみかん。 そこからひとつを取り、ゾロは指で皮を剥く。 「え!?手で剥けるのか!?」 「ほら」 剥いたみかんをサンジに差し出す。 受け取り、まるごとサンジは口元に運び、齧った。 「…美味い…!!甘い!!…それにやわらかい!!すごい!」 「…まるごと食うな。こうやって房を外して食うんだ」 「あ!そうか!指が汚れない…すごいな!」 嬉しそうにみかんを食べるサンジを眺め、小さく笑い、ゾロは言う。 「それ食ったらここを出るぞ」 「え?…夜明け前って…」 「あんな賢しい女の言う事を真に受けるな」 「…疑ってるのか…?大丈夫だよ、ナミさんは」 「…女に甘ェな…レイジュに出し抜かれたのは誰だ」 「こんなに美味いモノ作ってる人が悪人なはずない」 「お前の判断基準は胃袋かよ」 念のため、車のロックはせずいつでも飛び出せるようにしてある。 母屋は雨戸があるせいで明かりが点いているのかいないのかよくわからない。 大きな家だ。 パートを雇っていると言っていたから、かなり大きな農家なのだろう。 田舎の農家の娘にしては派手で垢ぬけた、だが賢い目をした娘だ。 人を疑うのが商売のゾロは、なんでも裏を読もうとする。 人の好意をまっすぐに受け止めるのをためらうのは癖のようなものだ。 「…ゾロも疲れてるだろ?」 サンジが言った。 「この程度の連勤は年中やってる」 「日本人はハードワーカーが多いな」 「人権会議で直訴するか?」 「ははは」 サンジは笑ったが、ゾロはすぐ真顔になり 「…すまん」 「なんで?謝るなよ」 サンジの笑顔はきれいだと思う。 記者会見場にはレイジュもいたのに、人々が魅了されていたのは明らかにサンジの方だった。 人でなしの国に人でなしの王の子として生まれながら、優しさだけで出来たお人好し。 さぞ、自分の国で生きづらいだろう。 優しいだけの男かと思えば、こうして赤の他人の自分を巻き込み、 己の命を賭けても事態を変えようと足掻く強さと無鉄砲さもある。 無邪気な笑顔で、みかんを頬張るサンジに 「…あんまり食うと顔が黄色くなっちまうぞ」 「え?そうなのか?でも美味くて止まらねェ」 ーーーーーー。 同時に、その気配を感じた。 「ゾロ…」 「…靴をはいて車へ行け」 ゾロは気配を殺し、トイレのある側から外へ出た。 「………」 みかん畑 母屋よりずっと奥の一角に誰かいる。 ひとり ふたり 3人 チラチラと、懐中電灯らしき明かりが見えた。 黒い紙を巻き、明かりが拡散しないようにしている。 「………」 ゾロは舌打ちした。 みかん泥棒だ。 頭からすっぽり黒いフードをかぶり、手に軍手、大ぶりのリュックサック。 2秒、悩む。 そして、納屋の農機具が集められている場所から鍬を取り、先を取り外し棒だけを携える。 そこからは、数秒の出来事。 弾丸のように飛び出したゾロが、ひとり、ふたりを打ち据え、3人目を地面に叩きつけ棒で喉元を押さえつけた。 「そこまでだ」 「……ぐっ!―――!!」 「………」 若い男。 口から発せられた言葉は日本語ではなかった。 さて、捕まえたはいいがどうする? その時、母屋の玄関先にある灯りが点った。 ガラガラと勢いよく戸が開き、中から男が飛び出してきた。 「待って!待って!父さん!」 ナミの声。 そして男と、車の側でゾロが戻るのを待っていたサンジが鉢合わせた。 髭をたくわたその男はサンジの顔を見るなり 「この…みかん泥棒がああああ!!」 手に金属バット。 サンジは慌てて身を翻す。 とんでもない跳躍力で、サンジは母屋側に逃げた。 いきなりバットを振りかぶって襲いかかられたら誰でも逃げる。 「ま、待ってくれ!違う!誤解だ!!」 「何が誤解だああああああああ!!ベルメール!ノジコ!警察だ!!警察を呼べ!!」 「お父さん!!違うの!その人は違う!!」 「ナミ!!中へ入っていなさい!!」 「頼むから!話を聞いてくれ!!」 「うるさいわ!!この盗っ人たけだけしい!!」 「おい!おっさん!!泥棒はこっちだ!!」 ゾロが叫んだ。 男が止まり、ゾロの方を見た。 倒れているふたりの男。ゾロが膝で体を押さえつけている男。 だが 「お前も仲間かああああああ!!」 バットを振り上げゾロに向かってきた。 「お父さん!!」 「ゲンさん!!やめなさい、あんた!!」 ナミの声の後に響き渡った声に、男はピタリと止まった。 ナミを追い越すように、女が咥えタバコでずんずんと歩いてくる。 「どう見たって泥棒はこっちじゃないの!!」 懐中電灯に照らされた男達は、夜中だというのに帽子をかぶりサングラスをかけマスクをしていた。 手に軍手。ポケットからは収穫鋏。防犯カメラやセンサーのコードを切るためのニッパー。 「ありがとう!あんた達が捕まえてくれたんだね?……ところで…あんた達誰?」 「…え〜〜〜と…」 サンジが答えに詰まっていると、ナミが突然割って入り 「しょ、紹介するわね!こちらサンジくん!で、あっちがゾロ!」 「こ、こんばんは…おじゃましてます…」 玄関にもたれるように立ってこちらを見ているもうひとりの娘が 「あんたのカレシ?今度は外人?やるわね〜。しかもいっぺんにふたり」 「えっと!うん!そう!カレシ!ごめ〜ん!さっき呼び出したの〜3人で名古屋に遊びに行こうって!」 「あんたしっかりパジャマじゃない?」 「ノジコ黙ってて!!」 「やっぱり泥棒かああああああああああああああ!!」 「ゲンさん!!」 ピタリと止まる。 相当嫁の尻に敷かれているらしい。 ベルメールと呼ばれた咥えたばこの女はマジマジとゾロとサンジの顔を見て、眉を寄せてうつむき、「うーん」と思案して 「ナミ、警察に電話して」 サンジの顔が青ざめる。ナミも 「母さん!!待って!!」 「あんた達、その泥棒そこのロープで縛りあげてくれる? ノジコ、あんたはこいつらが乗ってきた車探してキーを抜いておいで。多分ささったままだろうから」 「おっけー」 「縛り上げたら蔵に放り込んで。そしたらあんた達、母屋に上がって奥の仏間に隠れてなさい」 その言葉に、ゾロとサンジは互いの顔を見た。 「警察、関わりたくないんでしょ?」 「―――――――!!」 ナミがベルメールに抱きつき 「母さん!ありがと!!大好き!!」 「はいはい。わかったから早くね」 ベルメールは2人に歩み寄り 「ありがとう。毎年必ず一、二度やられるのよ…助かったわ」 「いや…」 なるほど、センサーやカメラはその為か。 「黙ってほっとけばよかったのに、お人好しね、あんた達」 「………」 「…おい!ベルメール!」 ナミの父親らしき男が、何か気づいたように焦りを含んだ声を挙げた。 「…ナミがこの人たちを庇ったのよ。理由は後で聞きましょ、ゲンさん」 「…そう…だな…」 「さ、まず駐在さんが来るよ、早く奥へ。靴は部屋まで持っていきなさい」 「母さん!警察電話した!すぐ来るって!」 「ありがと、ナミ!あんたこの人たちの車にそこのブルーシートかけて隠しな!」 「りょーかい!!」 ゾロとサンジは母屋に上がり、靴を抱えて奥へ身を潜めた。 「わ!ゾロ、これなに!?」 サンジが小声で叫び、ゾロの腕をつついた。 「…仏壇だろ?まぁ、見るのは初めてか…」 「仏壇!?すごいなこの金細工…!仏像もとても立派だ」 「はしゃいでる場合かよ…」 言いながら、ゾロは手を合わせた。 「祭壇なのか?」 「先祖の位牌を祭ってるんだ」 「家の中で!?」 「…黙れ。サイレンが聞こえてきた」 とたんにサンジが黙る。 ゾロを真似て、手を合わせ頭を下げた。 しかし こんな時に好奇心を失わねェとは、肝がデカいのかアホなのか…。 声がする。 ゲンゾウとベルメール。ノジコと呼ばれた姉とナミと、そしておそらく警官の声。 ずっと赤いパトライトが回り続け、ゾロとサンジの顔をちかちかと照らす。 「長い…」 「こういうもんだ。もう少し我慢しろ」 サンジが大きく喘いだ。 いつの間にかゾロに身を寄せているせいで、サンジの心臓の音が伝わってくる。 早い鼓動 「………」 サンジの背中に手を回すと、まるでゾロに言い聞かせるように 「大丈夫だ」 サンジが言った。 「…おう…」 小さく笑う。 「何がおかしいんだよ」 「おかしくねェよ」 「笑ったろ」 「笑ってねェよ」 「笑った!」 少し声が大きかった。 思わず引き寄せ手で口をふさぐ。 「アホ!!」 目で「ごめん」と言い、サンジはその体勢でおとなしくなった。 ゾロが抱きかかえるような形。 心臓の音がさらに近い。 しばらくして 「では!明日また伺いますんで!容疑者の車は後程レッカー移動しますから」 「ご苦労様でした!」 「勇敢でしたが無理はしないでください。この次は捕まえるより通報ですよ?」 「はい。わかりました。気をつけます」 「では、これで」 喧騒が遠ざかる。 赤色灯が遠ざかる。 外から聞こえた最後の声は、近所の住人らしい数人とベルメールが交わした「おやすみなさい」だった。 それから5分。 仏間の襖がそっと開いた。 「…サンジくん?ゾロ?」 「…ナミさん!」 パッと、サンジがゾロから離れた。 「お待たせ。大丈夫よ、終わったわ」 ホッとサンジが息をつき、へたり込む。 ナミの後ろからノジコが顔を出し 「おにぎり作ったよ。食べな」 「…ありがとう」 その後ろから今度はゲンゾウが顔を出した。 「警察も帰ったぞ!さあ、説明してもらおうか!」 「…はい」 さらにゲンゾウは、ゾロの前に新聞を突き出した。 この家は、夕刊を取っているらしい。 『ジェルマ王国王子行方不明 失踪中の警部補関与か?』 その見出しに、ゾロは「ああ」とうなずいた。 ゲンゾウが言う 「あんた達だな?」 ジェルマ国サンジ王子の写真はご丁寧にカラー写真だ。 その下に、制服姿のゾロの写真。 「………」 顔を見合わせ、ゾロとサンジはまたうなずいた。 結局。 そこから1時間ほどかけて2人はナミの一家に事情を説明した。 隠しても仕方がない。 妙に隠せばどこかで嘘をつかなければならなくなる。 ベルメールが 「…なんだかドラマや映画の話みたいでイマイチピンとこないんだけど…」 「だから、明日になったら忘れてくれ」 ゾロの言葉を聞いてノジコが言う。 「新幹線の駅まで送ろうか?その方が早く志摩に着けるんじゃないの?」 「バッカね!ノジコ!新幹線の駅なんかそれこそスパイでいっぱいよ!」 「バカとは何よ!失礼ね!」 「はいはい!夜中夜中!!」 ベルメールがパンパンと手を叩いた。 「とにかく!あたし達も厄介事に巻き込まれるのはゴメン… でも、ここまで引っ張ってきたのはウチの娘だし、何より泥棒を捕まえてくれたしね…」 「大体、自分たちがおたずね者なのに、人んちの泥棒を捕まえてるお人好し… 信用するしかないだろうが…」 呆れるようにゲンゾウが言った。 ゾロが頭を掻く。 その仏頂面にサンジは笑う。 「サンジくん、ゾロを信じてるのよね」 ナミが言うとサンジは一瞬驚いた顔をしたが、笑ってうなずいた。 「…人選間違ったかな〜とは思ってるけどね…」 「あァ!?」 「はいはい!夜中夜中!」 再びベルメール。 「とりあえず、今夜はここで寝なさい。で、明日の朝早い内に出て行って」 毅然と、ベルメールは言った。 だが、このくらいきっぱりと言ってくれる方がいい。 「わかりました」 「ありがとうございます」 「じゃ、おやすみなさい」 親子が仏間を出ようとした時、ナミが 「あたし!一緒に行く!!」 「はァあああ!?」 ナミの突然の宣言に全員が驚きの声を挙げた。 「志摩までとは言わないから!どうせ警察には女の共犯者がいるって思われただろうし!」 「なんだとォ!?」 ゲンゾウが叫んだ。 「名古屋までならあたしたくさん裏道知ってるわ!!だから一緒に!」 「…バカを言わないでくれ、ナミさん」 サンジが、冴えた声で言った。 「もう、ここまでで充分だ。これ以上は必要ない」 「サンジくん…!」 と、ベルメールが言う。 「ありがとう、王子様。ナミ、そんなこと許すわけがないでしょ?」 「…母さん…!」 ナミがさらに食い下がろうとしたが 「あんたが足手まといになるんだよ、ナミ」 ノジコが言った。 「足手まといって…あたしは…!」 「ナミ!」 ゲンゾウが強い口調で名を呼んだ。 「だって…あたしがあんなことしなきゃ…あんた達…」 「…過ぎたことだ。遅かれ早かれ、いずれどこかで検問には引っかかった」 ゾロが言った。 「…ごめんなさい…」 「謝らないでナミさん。むしろ、ナミさんの家族を巻き込んでしまって…申し訳ないよ…」 沈黙が流れた。 やがてゲンゾウが 「あんた達、ナミの車を使うといい」 「え?」 突然の言葉にゾロとサンジは同時にゲンゾウを見た。 「乗ってきたあの車、もう手配されてしまっただろう?ここに置いていくといい。 ナミの車を使え。とりあえずリッター車だ」 「…いいのか…?」 ゾロが問うとナミが 「それ!いい!うん!ゾロ!ジューク使って!ガソリン入れたばっかりよ!」 「ありがてェ…!正直車で悩んでた!」 「ありがとう…助かるよ!」 「ただし条件があるわ!!」 ナミが叫ぶ。 「必ず、返して!!」 「――――!!」 「返してね!!」 「……わかった」 笑って、ゾロは答えた。 (続) NEXT BEFOER (2017/9/3) 7Days 海へ TOP NOVELS-TOP TOP