『世界人権会議』 は、国際連合・国連の主催で1993年オーストリア・ウィーンで開催された第一回目のそれをいう。 東西冷戦の終結後初めて開催された人権会議であり、その成果は『ウィーン宣言』として残されている。 ここから『女性会議』、『地球温暖化会議(地球サミット)』が派生的に生まれ、 これらの会議は、国際的な参加、協議、政策形成を促す方法として、また国際社会の方向性に影響を及ぼしていた。 二極化していた国際情勢の均衡が崩れたのち、この会議は世界の方向性を決め、 国連の位置づけを改めて示すためのものであったが、20年を経て得られた結果は 決して芳しいものとはいえなかった。 1993年のウィーン宣言の後も、侵攻・内紛・内乱は続き、21世紀を迎えてもなお 地球上から戦火は消えず、環境破壊も止まることはなく、人類は自ら進んで滅亡への道を 歩いているとしか思えない混沌とした世の中。 この会議は定例会議ではない。 『世界人権会議』と呼ばれる本会議が開かれるのは任意の時期であり、 今回サンジが乗り込もうとしている人権会議はその分科会のひとつである。 それでも、世界150か国の代表700人、NGO合わせて6000人もの人間が参加する国連主催の会議だ。 アメリカの副大統領ら先進国の首脳、EUの大統領、中国首相、中東首長国の皇太子などなど いずれも国家のトップからナンバー2の人物が出席し、日本からもホスト国として 総理大臣が出席し、開会宣言は日本の皇太子が行う。 それだけ国際的な重要会議。 しかも今回中国首相が参加することは国際的に異例中の異例。 だが、当の日本国内での知名度も盛り上がりも今ひとつ。 話題なのは、出席する中東のオイルダラーの国の皇太子とカナダの首相が イケメンということくらいで、「なんだかよくわからないけどすごいらしい」 くらいの認知度だ。 もちろん、今回の会議に興奮し期待を抱くものもいるにはいる。 それでも日本国内は今、不祥事を起こして雲隠れを続ける議員や、 W不倫で下手な言い訳を繰り返す芸能人を追いかける方が楽しいらしい。 だがもうひとつ 先日、テロ事件に巻き込まれ、テロリストのひとりに誘拐されて行方不明のジェルマとかいう 国の王子の話題がここ数日ワイドショーをにぎわせている。 午後のワイドショーの時間 ナミの家はこの時期いつも遅い昼食の時間となるので食事の後、 お茶を飲みながら茶の間でドラマの再放送を眺める。 いつも『相●』の再放送を観ているベルメールは近所のママ友(かなり昔)と ランチに出かけていていない。 ゲンゾウがつけっぱなしで放置していたので消そうとしたのだが ナミは、普段あまりテレビを観ない。 だが、たまたま知った顔が映っていれば見てしまうだろう。 隣の和室では父がいびきをかいて昼寝をしている。 『…と、いうことはですね、この警部補はそういった目的で警察に入ったという事ですかねェ? だとしたら恐ろしい話ですよねェ?』 『警察に入ってからの思想の変化というものはなかなかチェックできませんから…今後の課題になるでしょう』 テレビって本当のことを言わないっていうけど 「ホンット!ウソばっかりね!」 世の中のいう事だけを信じたら、ゾロは金融業で金を貯め込んだジェルマ王国に、 テロ活動のための資金を提供しろと王子を誘拐し、一国を脅迫する大極悪人という事になる。 本当の事を知るって、大変な事なんだ 身を以てそれを知るナミ。 2人は今、どの辺りにいるだろう 「……悔し紛れに買った車とはいえ…傷つけたりしたら承知しないわ!」 その時、スマホが鳴った。 相手を見て、ナミは慌てて居住まいを正し電話に出る。 「はい!はいそうです!…はい…はい…はい!はい!ありがとうございます!! はい!20日ですね!はい!伺います!ありがとうございました!」 スマホを切り 「…ぃやった――――――――――――っ!!」 立ち上がって両手を突き上げる。 ゲンゾウが慌てて起き上った。 「ど、どうした!?」 「受かった――――!!」 「!!…そうか!!受かったか!!」 「うん!」 「おめでとう!!」 「ありがとー!!さすがあたし!!」 苦笑いしながら、ピョンピョン部屋を飛び跳ねる娘を見つめる。 新しい就職先。 かなり厳しいと聞いていたが合格した。 また、東京に行くという。 このままここで、一緒にみかんを作って婿でもとってくれればと思ったが、こんな田舎でおさまる娘ではないようだ。 さびしくなるが、この笑顔を見たら何も言えなくなる。 ゲンゾウがテレビの内容に気がついた。 「…上手く逃げ切ってくれるといいが…」 「大丈夫よきっと。あたしが上手くいったんだから、ツキはこっちにあるわ」 「頼もしい限りだ」 テレビのキャスターは、ふたりが北へ行ったとか、日本海側へ行ったとか適当な事を言っている。 その時、玄関のチャイムが鳴った。 さて その大極悪人テロリストの手先となって、ジェルマ王国の王女を攫ったテロ集団のメンバーウソップは、 その片棒を担いだ悪徳警官フランキーと、王女の侍女コゼットと、なぜか大阪にいた。 所は皆様よくご存じ、世界最高をお届けしたいあのテーマパーク。 「…おれたちさ…こんなところでこんなことしてていいワケ…?」 「いいんじゃねェか?休息も必要だ」 「って、休息ばっかりだろ!?なんで大阪まで来ちまったんだ!?」 「すみませんすみません…」 「コゼットが謝ることじゃねェよ…もぉ…いいや…」 東名高速を走行中、『大阪80キロ』の表示を見たレイジュが突然 「ユニバーサルスタジオジャパンに行きたいわ」 と言い出した。 「はあああああああああああああああああああああああああ!!?」 ある意味逃亡のさなか。 さっきも立ち寄ったサービスエリアで30分もパウダールームから出てこず、ウソップをイライラさせた。 「メイク直しよ。ここにコンビニがあってよかったわ。やっとルージュが塗れたの」 と、悪びれずに答えてウソップをブチギレさせた。 その上さらに、いきなり何を呑気な事をと誰もが驚いた。 だが 「まぁ…時間はあるが…まっすぐ三重県に入るよりいいかもな」 とフランキーが言ったので、なぜか大阪。 「ディズニーリゾートにも行ってみたかったけど!関西ならUSJよね!」 と、レイジュはウキウキはしゃぎながらパークへ突っ込んで行った。 「フライングダイナソー300分待ちですって!すごーい!」 「並ばねェぞ!!」 「え〜〜〜〜〜〜〜」 「え〜〜〜〜じゃねェェ!!」 「お腹すかない?」 「自由か!?」 「ちょうど昼時だ、どこも混んでるぞ」 「わ、私何か見つけて買ってまいります!!」 コゼットが駆け出す。 「おーい!ここで待ってるからな!」 「はいっ!」 コゼットはチュリトスのワゴンを見つけ人数分を買い、戻ろうとしてきょろっと周りを見回した。 その時 「ぃよォ…コゼット。楽しそうじゃねェか?」 瞬時に、コゼットは激しく震え、顔が蒼白になった。 手から、何本かのチュリトスが滑り落ち、手に残った分もコゼットは潰れるほどの強さで握りしめる。 足が震えて動けない。 ガタガタと歯を鳴らしながら、コゼットはようやくその名を言った。 「…ニジ…さま…」 なぜ ここに 「よゆーだなァ?気楽なもんだぜ」 「……っ!!」 高い身長を折りながらコゼットを上から威圧する。 ニジの後ろにヨンジ。そして数人の侍従兵。 「驚いたなァ…こんな所でこいつがレイジュの反応を示した時はウソだろと思ったぜ」 ニジが手にしていたのはスマホのような端末。 呼吸を乱し、コゼットはふらふらと後ずさる。 と、ニジは、コゼットの腕を掴んだ。 「ひぃっ!!」 「おい!レイジュ―――――――――――――――!!」 ニジの声が賑やかなパークの中を響き渡る。 周囲にいた人々が一斉に振り返った。 ざわめきと、ニジの声はレイジュらの元まで届く。 「――――っ!!」 「コゼット!?」 ウソップとフランキーが走り出す。 騒ぎの元へ行ってみると 「嬢ちゃん!!」 「な、なんだお前ェ!?」 レイジュが、2人の後から現れその状況を目の当たりにして目を見開いた。 「レイジュ様!いけません!お逃げください!!」 「………」 フランキーが問う。 「ジェルマか!?」 同時に 「…やっぱり。あなた、こういう場所が大好きですものね?ニジ」 冷ややかにレイジュが言った。 ウソップが仰天し 「ニジ…!?お、弟…王子か!?」 「よぉお!姉上!!ご機嫌うるわしゅう?」 「…コゼットを放して、その子は私の侍女よ」 「元はおれのだった」 「…サンドバッグと侍女の区別もつかないくせに」 いつの間にか、人々が周りに輪を作っている。 何事が起きているのか興味津々といった顔だ。 「移動しましょう」 「このまま、一緒に来てもらおうレイジュ」 ヨンジが言った。 「わかったわ」 レイジュは至極普通に答えた。 コゼットがさらに青ざめて 「レイジュ様!!」 「その代り、行くのは私だけ。この人たちには手を出さないで。もちろんコゼットも」 「王女さん!!」 「おいおいおい!!」 「ダメです!レイジュ様!!」 ニジが笑う。 「思わぬ拾い物したぜ!!こんなところになんで来た?マヌケにもほどがあるぜ?」 「………」 フランキーが 「…あんた…まさかわざとここに来たのか?」 「えっ!?」とウソップとコゼットが叫んだ。 ウソップが声を震わせながら 「…な、なんで…なんでだよ…!?」 弟たちの元に歩み寄り、肩ごしに振り返り、レイジュは冴えた笑顔で 「…言ったでしょ?私はコウモリだって…」 「………」 「分がいい方に味方するのよ」 「分がいいって…まだなんにも始まっていねぇじゃねェか!?」 ウソップが叫ぶ。 そして 「サンジに伝えて」 「………」 「無駄な事はやめてあきらめなさい。尻尾を巻いて、さっさと逃げる事ね」 「おい!!」 「ジェルマにあなたの居場所はないの。日本でのたれ死にすればいい」 ニジとヨンジが声を挙げて笑う。 「…本気かよ…」 ウソップの声は怒りに震えている。 コゼットは、ボロボロ泣きながら肩を震わせた。 レイジュは肩をすくめ 「ニジの事だから、隙を見てこういう場所に来てるんじゃないかと思ってたの。 大当たりだったわ。イチジが知ったらなんて言うかしら?」 「ほっとけよ」 「ウソップくん、フランキー、ここまで連れてきてくれてありがとう。 ねぇ、ニジ、ヨンジ、このまま無事に会議が終われば、サンジなんか放っておいてもいいでしょう?」 「…まァ…あいつがバカな真似をしなきゃな…これからもジェルマは続く」 「そういうことよ。ごめんなさい、2人とも。これで終わりにしましょう」 「ちょっと待てェ!!これで終わりって…じゃあゾロはどうなるんだよ!?」 レイジュは深く息をつき。 「そこは責任を持って誤解を解くわ。それでいいでしょ?」 「ふざけんな…!!」 ウソップが食ってかかろうとした時、フランキーがその肩を掴んで止めた。 そして 「…おれたちはこのまま志摩へ向かうぞ」 「…ご勝手に」 「あんた、これでいいんだな?」 フランキーの言葉にレイジュは微笑み 「いいもなにも…本心よ」 「………」 「楽しかったわ!映画のようだった!ありがとう」 「…レイジュ…さ…ま…」 コゼットがしゃくりあげながらレイジュを呼んだ。 レイジュは困ったように笑い 「この人たちと行きなさい」 「………っ!」 「ジェルマとは関わりない世界で、幸せになるのよ」 「ダメです!!レイジュ様!!ダメです!!」 と、ニジが 「あー!クソ!ハリーポッター乗ってねェぞ!!」 「会議の後でまた来ればいい」 「そーだな。そのくらいの休暇は許してもらえるよなァ?ホラお前ら!レイジュを連れてけ!」 侍従たちがレイジュの両側につく。しかし 「もう逃げないわ。逃亡者ごっこは終わり」 笑いながら だが 「…王女さん…!!」 ウソップが呼ぶと、レイジュはグッと唇を噛みしめた。 その時、まさかとウソップは思った。 レイジュの本来の目的はこれだったんじゃないか サンジとコゼットを、どこかの国に亡命させる 「ダメだ!!レイジュ!!」 ウソップが叫んで飛び出そうとしたが、瞬間、ヨンジに叩きのめされた。 「ぐはぁっ!!」 「ウソップ!!」 「ウソップさん!!」 ヨンジは軽く腕を振りながら 「聞き分けろ。もうお前たちの企みは終わった」 「―――――――!!」 レイジュがちらりと振り返り 「ご苦労様」 スタスタと、2人の弟を従えるように歩いていくレイジュの後ろ姿にウソップが叫ぶ。 「おれ達はこのままゾロを追いかけるからな!!」 「……好きになさい」 レイジュ様レイジュ様とコゼットも叫ぶ。 パークのスタッフが集まってきた。 フランキーがウソップを助け起こしながら 「ウソップ!行くぞ!」 「でも…!」 「人が集まりすぎだ!ヤベェ!出るぞ!!」 「…レイジュ様…!レイジュ様ァァ!!」 「あきらめろ!とにかく行くぞ!!」 3人が、人垣をかき分け消えていくのを見送り、レイジュはホッと息をつく。 「…ヘッ…無駄な事を」 ニジが言った。 「…会議が終わるまでは放っておきなさい」 「…いいおもちゃだったのによ。手放すならおれに返せ」 「もう遅いわね。行くわよ」 「急かすなよ。まだ時間はある。ハリーポッター乗らねェか?」 レイジュは眉を寄せて冷たい笑顔を浮かべ、ヨンジを見上げて笑う。 そして 「…到着は何時?」 「夕方の飛行機だ。直接志摩へ向かうと」 「わかったわ。行きましょう」 大勢の人がざわざわと見守る中、彼らは悠然と出口に向かって歩き出した。 「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!チクショー!!」 「うるせェな!!」 ワンボックスがUSJの駐車場を出て高速に向かう。 高速の料金所を抜けるまで、ウソップは助手席でずっと先の叫びを繰り返していた。 コゼットは後部座席でレイジュの名を呼びながら泣きじゃくるばかりだ。 「だってよォ!!あれはねェだろ!?いきなりUSJなんてワガママ言ったかと思ったら、 突然他の弟たちが現れて態度豹変させやがって!!ホントにゾロの事責任取るつもりかよ!? もー!信じられねェえええ!!」 「…そこなんだが…なんだっていきなりあんなワガママ言いだしたんだ?」 「だ!か!ら!あいつはもともと日和見で、分のいい方にコロッと寝返る性悪なんだよ!!」 「レイジュ様を侮辱しないでください!!そんなお方ではありません!!」 コゼットが怒った。 「いきなり態度が変わった…なんでだ?」 フランキーが独り言のように言う。 その時、車内を古い黒電話の着信音が鳴り響いた。 「アウ!おれの携帯だ。ロビンだな」 「はい!もしもーし!?こちらウソップ!!」 『あら、ずいぶん不機嫌な声ね。何かあったの?』 「あったもなにも!!」 『ごめんなさいウソップ。まず大事なことを報告させて。あなたの話はそれから聞くわ』 出鼻を挫かれてウソップはぐぅと喉を鳴らす。 『ジェルマ王国。とうとう国王までやってきたわ』 「―――――――――――――!!?」 コゼットがまた顔を青ざめさせ、口元を両手で覆う。 『国王ジャッジが、今日の夜の到着便でセントレアに着くの』 「こ、国王様が…?」 「つ、ついにラスボス登場かよ…」 『警察に入った話では、『最愛の娘が行方不明になりいてもたってもいられず』 だそうよ?貴方たちが原因ね』 「えええええええええええええええええええええええええええ!?」 ウソップが叫ぶ。しかしフランキーが 「ウソつけェ!!今夜着くってことは予定の行動だろうが!おれ達がレイジュを連れだしたのは昨日の昼だぞ!!」 『あら』 「あら、じゃねェェ!どこまで腐ってんだ!!」 そこで、フランキーがハッと気づく。 「…サービスエリアにいる時に…レイジュに電話かメールがあったんじゃねェか…?」 「だ、誰から!?」 「親父本人か弟たちからか。親父が日本に来るってよ。あの長ェトイレはそれだったんじゃねェか?」 「…え…?」 「…まさか…」 フランキーが舌打ちし 「USJで落ち合う約束をしたんだ…わざわざシナリオを作って」 「………」 「どんなことを言われたのかはわからねぇが… おそらく、おれ達やゾロの事を引き合いに出されたんだろう」 「…そんな…レイジュ様…!」 「ウソップ、電話をおれの耳につけろ」 「お、おう!」 「おう!ロビン!」 『なァに?』 「今から王女の侍女を新幹線に乗せる」 「え!?」とコゼットが驚く。 「このまま連れて行くのは危険だ。王女自身もコイツに危険が及ぶのを懸念してた。 今から新大阪に行って東京行きの新幹線に乗せる。お前、東京駅まで迎えに来てくれ!!頼む!!」 『わかったわ。発車時刻を知らせてね』 「おれのスマホを持たせる。行き違いになったらスマホにかけろ」 『大丈夫よ。ホームまで行くわ。安心して』 「よし!スーパー頼んだぜ!」 「いやです!私も行きます!連れていってください!!」 コゼットは前のシートにすがりつき叫んだ。 「ダメだ!!あんたに万が一のことがあったら、それこそレイジュが悲しむぞ!!」 「でも…でも!私だけなんて…!レイジュ様とサンジ様がひどい目にあっているのに…私だけ…!」 「はっきり言う。アンタは足手まといだ」 「……っ!」 「聞き分けてくれ」 「………」 それからコゼットは新大阪駅に着くまで泣きじゃくり、それでも列車に乗るときは毅然として 「レイジュ様とサンジ様をお願いいたします」 そう言って、ドアが閉まっても深々と頭を下げていた。 列車が走り去ってから、フランキーはロビンに電話をかけ 「今、こっちを出た。のぞみ34号だ」 『のぞみ34号。了解』 「とんだ回り道になったが志摩へ向かう。そっちの様子はどうだ?」 『本日20時。開会宣言が出されるわ。今夜はレセプションと晩餐会のみで本会議は明日から。ジャッジ国王は晩餐会に間に合わない為、そちらには皇太子イチジが出席。 明日の本会議に国王と皇太子で参加するようよ。その会議の中で、5分のスピーチをするらしいわ』 「オブザーバーじゃねぇのかよ?発言権があるのか?」 駅構内を足早に移動しながらウソップが尋ねる。 『国連が認めたようよ。何を言うつもりかしらね』 「どっちにしろ、自分たちの保身だろ?ゾロを悪者に仕立て上げてな」 『それと…ちょっと不思議な事が起きたわ』 「不思議なこと?」 『警察庁の事務次官と参謀官2名、今日いきなり自宅待機を命じられたわ』 「はぁ?どういうこった?なんの関係がある?」 『鈍いわね。ゾロの件に関しては彼らの謀略でなければ説明のつかない事態よ? そして彼らにそれを命令したはずの警察庁長官は今日の午後首相官邸に呼び出されてそれきり戻ってこない。 総理が志摩へ向かったのは、その後の事よ』 「おいおいおいおい…マジで何が起きてる?」 『予測がつかない…政治的な事が絡んで来たら私もお手上げ。けど、このままで終わるはずはないわ』 「わかった!とりあえず嬢ちゃんを頼んだぜ!」 『任せて』 電話を切ったタイミングで、駐車場に着き車に乗り込む。 「警察幹部の連中、更迭とみていいのかな…」 ウソップが言った。 「さぁな…結果が出ないことにはなんともいえねェ」 「…とにかく…ゾロを追うだけだ!行くぞ!スーパーーーー!」 「ぎゃあああああああああああああああああ!!」 左右に激しく揺れながら、ワンボックスカーは大阪の街を後にした。 時間を少し戻す。 ゾロとサンジはあれから休憩することなく車を走らせた。 すでに三重県内。 内陸部を走り、まだ山中にいるが、あと数時間走り続ければ海に出る。 ひたすら東名自動車道を西に走り途中南下すれば、一日でたどり着く土地ではあった。 その距離を6日かけやってきた。 奈良県との県境近く。 田舎だがそれなりの地方街。 ここまでの旅でずいぶんお世話になってきた道の駅。 オレンジのジュークはその駐車場に入った。 「今夜はここだな」 「…結構人がいるぞ」 「かまわねェ」 ゾロは構内の施設案内看板を見上げ 「サンジ。温泉があるぞ」 「えっ?風呂入れる?」 「ありがてェ。行こうぜ」 ゾロが先に立って歩き出す。 温泉施設への坂道を歩きながら 「お前の兄貴ら、おそらくお前が志摩に入るまでは仕掛けてこねェ」 「…え…」 「お前の腕の発信機のことを考えたら、とっくの昔に捕まっていてもおかしくねェ。だが捕まらなかった」 「………」 「通報される可能性はあるが、人間はそうそう目の前に指名手配犯が居るとは思わねェ。 堂々としてりゃかえって気づかれにくい」 「…だといいけどな…」 道の駅の温泉施設。 箱根のコーシローの宿のそれとは格段に設備が違った。 サンジが想像していた「ザ・日本の温泉」がそこにある。 「すげーーー!!」 「…おい…前隠せ…」 明らかに困惑した表情でゾロは顔を背け湯を浴びる。 「お前だって先生のところでマッパで廊下走ってったじゃねェか」 「他の客もいるだろ!?カンタンに肌を見せんな!!」 「……ったく…細けェ……」 悪態をつきかけて、サンジはハッと我に返る。 「………外の風呂入ってくる……」 「……おう…滑んなよ…」 露天風呂。 岩風呂と檜の風呂がある。 サンジは檜の方に入り、水面に顎がつくまで体を沈めた。 頬が熱い。 そうか 箱根の時はそうじゃなかったから平気だったけど。 そうだよな 好きな相手の体を見たら、そりゃ…。 全てが終わったらお前を奪う ゾロはそう言った。 あれは、そういう意味も含んでいる。 「………」 と 「おやおや外人さんかね?こんな田舎に珍しい…どこの国から来なさった?」 湯船の端から声をかけられた。 「…あ…えと…」 「ははは…何を言ってるかわからんわなァ…」 老人だ。 しかも 「…ケガ…?」 老人の肩に大きな傷がある。 ゾロのような傷だ。 日本にはこんなに刀で斬りつけられるような事件が多いのか。 だが 「…ああ…戦争じゃ。わかるかの?太平洋戦争。これはラバウルでな…」 「戦争…」 「…敵に斬られた…といえたら名誉の負傷じゃが…味方に…同じ日本兵に斬られたんじゃ」 老人は、戦場で恐怖のあまり身動きができず、「味方の士気が下がる」と上官に斬られたのだといった。 「じいちゃん」 見上げると、三十前後といった年齢の男が湯船に入りながらサンジに軽く会釈した。 「そろそろ上がろうか。子どもら飽きちまって」 「ああ…そうかい。じゃ、行こうか」 男に助けられながら老人は立ち上がる。 よく見ると、背中から腰まで凄まじい傷痕があった。 「………」 見送り、戦場にあった老人を思う。 怖かったはずだ 悲しかったはずだ 誰が望んでそんな場所へ行こうと思うだろう。 そんな異質なことを疑いもせず、サンジの国の民は今も赴いているのだ。 救いたい自分がいる。 投げ出したい自分がいる。 投げ出して、どこか遠くへ。 こんな山奥の誰も知らないような里でゾロと暮らせたら その時 「長湯だな。のぼせてぶっ倒れてるかと思ったぜ」 「ぶっ倒れてなんか…」 ゾロの声に慌てて勢い振り返った瞬間 「ーーー!!」 「サンジ…!!」 視界が暗くなった。 気が遠くなる。 湯船に倒れ込むかと思ったが、ゾロに支えられた。 「…今…のぼせた…」 「見りゃわかる。教えただろう。温泉はヌルくてものぼせやすいってよ」 「ごめん…」 ゾロはヒョイッとサンジを抱き上げ、浴槽の淵に腰掛けさせた。 「水持ってくる」 「…ん…」 脱衣所にサーバーと紙コップがある。 小さな紙コップに水を注ぎ、ゾロは露天風呂まで戻ってきた。 「ほら」 「…ありがとう…」 「立てるなら内湯へ戻るぞ。今度は冷えちまう」 「うん」 せわしく立ち上がるゾロの後を追い、サンジも立ち上がる。 ゾロはまったくサンジを見ない。 めちゃくちゃ意識をしているのがわかる。 必死に自分を抑えているのも 他に客がいなかったら、と、そんなことを考える。 人間は浅ましい。 ついさっき、老兵をいたわり故国の民を思ったそのすぐ後に。 黙々と体を洗い、ゾロはサンジに声をかけもせず 「先に出る。ロビーで待ってる。大丈夫だな?」 「…ああ…大丈夫。すぐ行く」 出て行くゾロの背中を見上げる。 きれいな背中だ。 大きくて、広くて。 「………!!」 サンジは頭から水を浴びた。 体が、芯から熱い。 サンジが脱衣所に上がった時、もうゾロはいなかった。 少し不安になり、慌てて服を着、髪を乾かしてロビーに向かうと、 ゾロはロビーのソファとひとつに腰をおろし、険しい顔でテレビを見ていた。 サンジが来たのにも気づかない。 ふと、サンジもテレビを見る。 そこに 「………!!」 ゾロの険しい表情の理由がわかった。 テレビは、人権会議の開会宣言を伝え、華やかな晩餐会の様子をライブ中継していた。 そこに映し出されたのは (…レイジュ!!?) ウソップ達と共にいるはずのレイジュが映っていた。しかも 「…イチジ…」 略式礼装の兄イチジが、ドレス姿の姉レイジュをアメリカ副大統領と総理大臣の間にエスコートしていた。 「…連れ戻されたな…」 「…ウソップ達…大丈夫なのか!?」 「………」 姉よりウソップ達を案ずるサンジにゾロは小さく笑う。 「さぁな…」 「さぁなって…」 「こっちから知ることのできねェ状況だ。ただ、あいつらの応援は望めねェだろうってことは確かだ」 「………」 テレビのキャスターが言う。 『一時、レイジュ王女が誘拐されたという情報が流れましたが、誤報だったようです』 『情報が錯綜していますね』 『サンジ王子の行方はまだ明らかではありません。ご心痛のことと思いますが…』 「…行くぞ」 ゾロは言い、ソファから立ち上がる。 サンジは、凍りついたようにテレビを睨み付けていたが 「サンジ」 肩を抱えられ、俯き、外へ出た。 そのまま車に向かい、再び走り出す。 闇が落ち始めた山道を往きながらゾロが言う。 「お前の父親が来たそうだ」 「!?」 こちらを向いたサンジの顔が青ざめているのが薄暗がりでもわかる。 「ニュースで、明日の午後スピーチをすると言っていた」 「………」 サンジの中で、まだ父親が来たという衝撃が処理しきれていない。 ゾロは少し間を置き 「戦えるか?」 その問いに、サンジは 「戦える」 穏やかに、力強く、はっきりと答えた。 「戦う」 「よし」 戦って、勝つことがゾロとの未来。 レイジュが連れ戻され、コゼットを東京に向かわせたフランキーとウソップのコンビ。 どれほどゾロ達に追いついたかというと 「………」 「………」 ここは大阪 某警察署取調室 フランキーとウソップは、5人の府警の警察官に囲まれ膠着状態に陥っていた。 あの後、新大阪駅から大阪の市街地を避けて南下しようとした矢先、白バイの追尾を受けた。 停車させられ、任意同行を求められた。 東京赤坂のホテルから、ジェルマ王国王女レイジュを拉致して 逃げたワンボックスカーとして割り出され手配されている。 任意同行してくれなければ逮捕と告げられ従うしかなかった。 「フランキー警部補…そろそろ話してもらえんかね?」 「…話すも何も、これは任意の取り調べだろう?帰りてェ時に帰っていいハズだが?」 「君も刑事なら、こちらの真意はわかっているはずだ。ロロノア警部補は今どこにいる?」 「なんのこった?おれァただゆーえすじぇーに遊びに来ただけだぜ」 「しらばっくれるのも大概にしろ!!」 若い刑事がバン!と机を叩く。 ウソップは内心ハラハラしながらも「カツ丼は出してくれるのかなぁ」と現実逃避な思考をする。 「だいたいお前ェら、今回の事件を本気でロロノアのテロ行為だと思ってんのか?」 「それを決めるのはこちらじゃない」 壮年の刑事の言葉に、フランキーは 「はァ?裏も取らずにただ警視庁や公安の言うこと真に受けてこれか?」 「そんな組織じゃないことはキミもよくわかっているだろう?」 フランキーは椅子にふんぞり返り 「ロロノアをとっ捕まえて生け贄にして、得をするヤツぁどこのどいつだ?おれに殴らせろ」 「………」 刑事はハーッと深い息をついた。 ウソップは怯えながらもイライラしている。 こんな所で時間を食うワケにはいかないのに。 それはフランキーも同じらしく、任意同行なのだから返せと言い続けているが、大阪府警もなかなかに強情だ。 その時 「班長」 ドアが開き、制服の警官が入ってきた。 若い警官はチラとふたりを見て、壮年の刑事に何かできる耳打ちした。 フランキーは眉を寄せ、その様子を見ていたが、やがて 「ロロノア刑事が逃走に使っている車が割れた」 「………」 ウソップが目を見開く。 「静岡ナンバーのオレンジの日産ジューク。県内の農家の車を盗んだらしい」 「盗…」 「代わりに手配されていた赤のミニクーパーを乗り捨てていったようだ。 農家の農機具小屋に隠してあった」 「………」 再び、ナミ。 ナミは家族と共に、自宅で事情聴取を受けている。 採用通知の電話を切った直後警官がやってきて、ナミのジュークがちゃんとあるかどうかと問われた。 「…だから!あの車は腹いせに買った車だから、気に入らないときは あのガレージに入れっぱなしにすることがあるのよ! まさかあんな車に変わってたなんて、想像もしてなかったわ!」 ナミが、決して冷静ではない様子で、だが理路整然と筋の通った話を警官たちにする。 ノジコが 「…ねェ…あの時じゃない?みかん泥棒の入った日!あの騒ぎに紛れて盗まれたんじゃないの?」 「ああ…そうよ!きっとそう!!」 ゲンゾウもベルメールも、わが娘達ながら上手い芝居をするもんだと思う。 もしかしたら自分たちも、この調子で今まで何度か騙されていたのじゃないかとため息をついた。 「では…この2人にも見覚えはないと?」 警官が、プリントアウトしたコピー用紙のような紙を広げて見せた。 ゾロとサンジ 新聞で見たのと同じ写真だ。 「あ!これニュースでやってる王子さまじゃない!」 「へー!」 ナミが取り上げようとした紙を警官は慌てて引き戻す。 「こんな美男子、見かけたらソッコー逆ナンしちゃうわよね!」 ナミが言った瞬間、座卓の下でベルメールの指がナミの脇腹をつねった。 余計な事をしゃべりすぎたらかえって怪しまれる。 「とにかく…そんな事情の車でもウチのなんで…取り戻せるのかしら?」 ベルメールの言葉に警官は気の毒そうに 「いやぁ…なんせ逃げてる最中ですからねェ…事故とか起こさなければですが… 証拠隠滅に乗り捨てられる可能性も高いんで…」 「参ったなァ…」 ゲンゾウが腕を組んで首をかしげた。 まったく 芝居の上手い一家である。 「とにかく、手配はされたので。何かわかったらお知らせします」 警官が立ち上がった。 ゲンゾウ宅の農耕機のガレージにゲンゾウがしまいこんだ赤のミニクーパー。 ゲンゾウが動かす時は軍手をして動かした。 万が一の事を考えて洗車し、車内も掃除して指紋もすべて拭き取った。 ナミが乗っていた証拠はないはずだ。 警察が来て、自分の家の敷地から『犯罪がらみ』の車が運ばれていくのを見るのは2度目。 「…逃げてる人たちって…捕まってない訳よね…?」 ナミが問う。 警官が 「そうですね…お宅の車がNシステムに引っかかったのが三重県内で…」 「………」 「できる限りのことは」 出来る限り それならどうか あの2人を前へ進ませてあげて 祈りながら、赤いミニクーパーがレッカー車に牽かれていくのを家族で見送った。 Nシステムとは、警察が日本の道路に設置した走行中の車のナンバープレートを 自動で読み取り、手配中の車のナンバーと照合させるシステムのことだ。 Nシステムという名は俗称で、正式名称は「自動車ナンバー自動読取装置」という。 交通取り締まりのオービスとは違い、車のナンバー、運転手、助手席の同乗者まで しっかりと撮影することができる優れものだ。 予め手配されたナンバーの車を発見すると、すぐに管轄の警察署に一報が入り、 出動するまでの時間はわずか数分といわれている。 今回の場合、Nシステムがランダムに撮影した画像を、ゾロとサンジの顔写真で 画像検索をかけどの辺りを走っているかを割り出したものだ。 公共交通機関を使っているのではという追手の推測ははずれ、 悪徳警官は別の車を使って移動していた。 ナンバーと車種で、すぐにナミに辿りついたのだ。 フランキーのワンボックスはナンバーがばれていたのですぐに手配の網に引っかかった。 ゾロとサンジが使用しているオレンジのジュークはただちに手配された。 ゾロが、主要幹線道路を避けて志摩へ向かっていたのはそういう理由が大きかった。 それでも、Nシステムは至る所に配備されている。 全てを避けていくのは不可能だ。 ジェルマの王子サンジを拉致した『テロリスト』であるゾロの狙いが、 志摩で開催される人権会議であることは間違いない。 警察と公安は三重県内を中心に、ナミの静岡ナンバーのオレンジのジュークを追い始めていた。 山間の道の駅で夜を明かそうと考えていたが、そんな呑気な状況ではなくなった。 それらを全て脳内で組み立て、ゾロは一刻も早く志摩へ向かって移動することを選択した。 「行ける所まで行く。途中で車を捨てることになるかもしれねェ。歩く腹づもりでいろ」 「覚悟はできてる。この車を傷つけるよりいい。ナミさんにちゃんと返すって約束したもんな」 夜の山道を走り、谷あいの小さな町をいくつか抜け、都市部に近づきはじめた頃 「…サンジ」 「なんだ?」 「…見えるか?道路の上に四角い箱が並んでるだろう?」 「…うん。時々見かけたよな…あれがどうした?」 「Nシステムという」 ゾロは、Nシステムの仕組みをざっくりと話した。 「…それじゃ…」 「…そろそろこの車が警察に割れてもおかしくねェ…覚悟しろよ」 「…わかった。来るなら来い」 Nシステムのカメラはオービスのそれと違いフラッシュが光ることはない。 だが確実に、明解に、車と運転手と助手席の人物を捉える。 「日本の道路を走る限り避けて通れねェシステムだ。地元警察が優秀なら5分とかからず追っ手が来るぞ」 「………」 「怖ェか?」 んなコトあるか と、答えるかと思ったが 「ちょっとな」 軽い口調の意外な答え。 「けど」 「………」 「お前と一緒だ」 「おう」 車は市街地の4車線道路に入る。 そして 「ゾロ…!」 「…へェ…優秀だな」 2台のパトカーが、赤色灯を回転させ、サイレンを鳴らしながら 『静岡551「か」の7373。日産ジューク。左に寄せて停車してください』 「おいでなすった」 「…どうする…?」 「捕まっていいのか?」 「まさか」 「だよな」 激しいエンジン音。 ジュークが一気に加速する。 『前のジューク!停まりなさい!』 パトカーも追尾のサイレンを鳴らしスピードを上げた。 「馬力とスピードじゃ負けちまうな」 ゾロが言った。 細い道に逃げ込んだあの手は使えない。 都市部の路地は住宅地だ。どこから人が出てくるかわからない。 「ゾロ!!前!!」 反対側からも赤色灯が見える。 パトカーが増えた。 「ちっ!!」 比較的大きな交差点にさしかかる。 ためらわず、ゾロはハンドルを右に切った。 左には歩行者がいた。対向車がいたがすんでの所ですり抜けた。 激しく鳴らされるクラクション。 曲がる寸前に、ゾロはチラッと頭上の道路標示を見上げ 「車を捨てる」 「…わかった!」 追われながら、サンジは胸のポケットのコーシローのスマホを確かめた。 ジュークは今の右折で少し距離を稼いだ。 追うパトカーが、サイレンにもかかわらず侵入してきた車輌に阻まれていた。 道路標示に駅の標示があった。 ゾロは駅前のロータリーに飛び込み、ブレーキをかけ急停車する。 瞬間、サンジが風のような素早さで車を降り、脇目もふらず駅のホームへの 階段を駆け上がり、ゾロもそれに続いた。 駅前にいたタクシー運転手が「どこに停めていくんだ!?」と叫んでいるのは聞こえたが、 ふたりは振り返らず駅の構内へ駆けていく。 自動改札を飛び越えホームへ駆け降りた。 『3番線、21時37分発〇〇行きドア閉まります』 ホームにいた列車が、煌々とライトを光らせてホームを離れていった。 同時に 「…やられた…!!」 「おい!緊急配備だ!!」 「次の駅で確保するぞ!!」 「鉄道会社に連絡を!!」 喧騒と怒号 慌てふためく警察官達の足音 驚く人々 その有様を撮影しSNSにアップする者 「追うぞ!大失態だ!」 「次の駅に配備を!」 バタバタバタバタ…… …………… 静寂 ホームにいつもの日常 『え、4番線に〜××行き各駅停車が参ります。黄色い線の内側でお待ちください』 ホームの、別の階段上から、ゆっくりとふたつの影が降りてくる。 ゾロとサンジ ふたりは黙ったまま、ホームに入ってきた先の列車とは反対方向に向かう列車に、 何事もなかったように乗り込んだ。 『4番線、××行き発車いたします。閉まるドアにご注意ください。ドア閉まります』 パアァァァ…ン 警笛と共に、列車が走り出した。 車内にほとんど人はいない。 ふたりはボックスシートに肩を並べて座り、同時に息をついた。 サンジが笑いながら 「…お前ホントに警察官か?ゾロ?」 「そっちこそ、お城の王子様とは思えねェ逃げ足の早さだぜ」 「言ってろよ…なァ…これでどこまで行く?」 ゾロはポケットから観光マップを取り出した。 温泉に寄った道の駅で手に入れた地図だ。 それを眺め、列車のドアの上にある路線図を見ながら 「車掌が来たら厄介だ。次の駅で降りる」 「わかった…」 8分後、次の駅でふたりは列車を降りた。 数人の乗客がホームに降り立ち、パラパラと駅舎から去っていく。 静寂だけが出迎える駅前。 「…いよいよ逃亡っぽくなってきたな」 「覚悟しろ」 「おう」 夜の帳の中へ、2人は歩き出した。 「へェ…なるほどねェ…やるじゃねェか、サンジのヤツ」 志摩 英虞湾に浮かぶ島のひとつにある高級リゾートホテル。 今、周辺のホテルは殆どが人権会議関係者で埋まっている。 このホテルのワンフロアを、ジェルマ王国の政府関係者が貸し切っていた。 そのフロア、王族たちの部屋の一室。 第二皇子ニジが、5分前にかかってきた部下からの電話に答えていた。 「車を捨てて逃げたらしいぜ。それもなかなかに策士なやり方で」 ヨンジはバーにしつらえられたビリヤード台に上半身を載せ、キューをひきながら 「どうせここへ来るのはわかってるんだ。ほっとけばいいものを。日本の警察は律義なことだ」 カン!! ボールが弾け、数個がポケットに落ちる。 「ちっ…残した」 「ヘタクソ!こうやるんだ」 ニジは見事にワンショットで、9のボールをポケットに入れた。 「へっへー」 「ちぇっ」 ニジが差し出した手に、ヨンジは紙幣を叩くように置いた。 その時 「イチジ様がお戻りです!」 侍従の声と同時に扉が開き、礼装のイチジが現れた。 「よぅお!おかえり」 「どうだった?晩餐会は?」 弟たちの質問にイチジは眉ひとつ動かさず 「どうもしない。ただの食事会だ」 「根回しはしてきたんだろ?」 イチジは眉を寄せ 「選挙後のアメリカは扱いにくくなった」 「…とはいえ…経済界から出てきた大統領は、儲け話さえ匂わせればすぐに食いつくもんだ」 ヨンジが 「レイジュはどうした?」 「知らん」 「あァ?ひとりにしといたらまた逃げるぜ?」 ニジの言葉にイチジは表情を変えず言う。 「その心配はない。父上が到着された」 「……」 「ハハ…おいでなすったか」 「出迎えるぞ」 3人は廊下に出、エレベータールームへ向かう。 その頃、ロビーエントランス。 車寄せに高級ハイヤーが停まる。 予定外の賓客に、日本側が用意した精一杯の高級車だ。 ベルボーイがドアを開けると、出迎えるホテルの担当者が深々と頭を下げた。 同時に、居並ぶジェルマ王国の関係者たちが一斉に首を垂れる。 ひとり、毅然と顔を上げ続けているのは王女レイジュだ。 招かれざる客は車から降り立つと、ひとりこちらを見つめるレイジュに 「レイジュ」 笑みを浮かべ、両手を広げ歩み寄り、その体を抱きしめた。 「ようこそお父様」 「無事でよかった。案じたぞ」 傍から見れば、久しぶりの父と娘の再会。 そして 「父上!!」 「ようこそ日本へ!父上!!」 「お疲れではありませんか?」 ヨンジを先頭に、ニジとイチジが父を出迎える。 「おお…!最愛の子供達よ!」 大きく手を広げ、子供たちを順番にハグする。 ホテルの従業員たちは、一国の王家でありながら普通に仲の良い一家に口元をほころばせた。 ジェルマ王国第17代国王、ヴィンスモーク・ジャッジ サンジの、実の父親 実の息子を、謀殺しようと企む首謀者 「長旅でしたでしょう。まずはくつろいでください」 「そうだな…お前はよく気の利く子だ、イチジ」 レイジュの背に手を添え、ジャッジは歩き出す。 明るい笑い声。 誰が見ても、それは愛情あふれる家族の図。 だがそこに、もうひとりの存在はない。 エレベーターホールへ向かいながら、ジャッジがレイジュに言う。 「悪ふざけも度が過ぎる」 「………」 「とにかく明日だ」 レイジュの歩みがわずかに遅くなる。 その背中をイチジが押す。 「…こちらの主張が先にメディアに流れれば、世論はこちらを信じる。 今度こそおとなしくしていてもらうぞ」 「………」 「ま…もう手も足も出ねェだろうけどな…」 ニジが喉の奥で笑う。 サンジ サンジ 来てはダメ このまま逃げて どうか… パトカーの多さを、志摩市と周辺の住民たちは人権会議のせいだと思っているだろう。 もちろん、人権会議のせいだ。 ゾロとサンジは列車を降り、夜通し徒歩で志摩市英虞湾を目指した。 春先の夜の気温は低い。 歩く方が体が温まる。 だが深夜の歩行者は怪しい以外の何ものでもない。 しかも迷子癖のあるゾロ、サンジが油断しているといきなり姿が消える事が何度もあった。 迷いながらパトカーをやり過ごし、ひたすら海を目指し歩く。 「疲れたか?」 夜半、ゾロがサンジに尋ねた。 「そりゃ疲れるさ」 「素直でよろしい」 「…腹減った…」 「おれもだ」 人里を避けた寂しい道を進んでいる。 コンビニなどは期待できない。 その時、サンジの服のポケットに入れた、コーシローのスマホが鳴った。 着信 サンジは慌ててスマホを取り出し画面を見る。 『自宅電話』の文字。ゾロが 「先生だ」 「………」 ゾロがうなずく。 「…はい…」 サンジが出ると 『サンジくんですか?私です』 「先生…」 『よかった…無事ですね?ゾロは?』 「ここにいます」 『ケガはしていませんか?』 「していません。大丈夫です」 『よかった…安心しました…』 「………」 側に警察がいるのだろうか? 『安心してください。ここには私ひとりです』 サンジがホッと息をつく。 『…ニュースもワイドショーも…君たちの事一色です』 「………」 『サンジくん…王子様だったんですねェ…』 「すみません…黙ってて…」 『…テレビの話と…今の君たちの状況がどうしても一致しないのが不思議でなりません』 「…先生…すみません…すみません…」 『何を謝るのですか?』 「…ゾロを…ゾロをこんな目に…」 と、ゾロが後ろからサンジの後頭部をゲンコツで叩いた。 『気にしないでください。あの子が望んでしている事でしょうから』 「………」 『あの子の行動を、私は信じます。ですから』 コーシローは小さく笑い 『元気で帰ってきてくださいね』 「――――はい」 『それだけを、言いたかったのです。どうか気をつけて』 「はい…先生も十分に用心してください」 『……はい。ありがとう』 すでに、『森の学び舎』はニジとヨンジによって手荒なことをされていた。 今日は稽古日だったが、休みにした。 こんな時でさえ、君は人の事を心配するのですね。 通話を切り、切った後でサンジはハッと目を見開き 「お前…話したかった?」 「…切ってから言うセリフか?」 「ごめん」 「替われと言わなかったんだろ?」 「うん」 「ならいい」 「………」 「行くぞ。もうすぐ夜が明ける」 差しのべられた手に、サンジは手を伸ばす。 強く握られた手を引き寄せられ、一瞬、肩を抱かれた。 東京に来た時は、命を捨ててもいいと思っていた。 けど今はそんな考えは微塵もない。 長い坂。 だらだらと続く峠。 「そろそろ頂上だ」 「…はっ…うん…はぁ…」 「がんばれ」 空が群青色に変わっていく。 夜明けが近い。 車を捨てて、どれくらい歩いたのだろう。 夜を徹して歩いた。 確実に、近づいているはずだ。 もう少し きっともう少し 先を行くゾロが峠の頂上で立ち止まる。 サンジは、乱れる呼吸に肩を上下させ、ようやくゾロに追いついた。 ゾロの呼吸も荒い。 「――――見ろ、サンジ」 「――――――――」 夜が 明けようとしている 水平線を、まっすぐに走る光の帯 「着いたぞ」 ゾロが言った。 「海だ」 7日目 本会議開幕 (続) NEXT BEFOER (2017/11/20) 7Days 海へ TOP NOVELS-TOP TOP