三重県志摩市。 ふたりの眼前も広がる美しい海は英虞湾である。 太平洋に面した志摩半島の、リアス式海岸に囲まれた海だ。 大小60もの島が、この湾に浮かんでいる。 サンジは湾を見下ろす高台の展望台に立ち尽くす。 朝日に光る金の髪が風に舞う。 「…きれいだ…夢のような景色だ…」 「そうか?」 「青い海に緑の島々…本やテレビでしか見たことがない…なんて…なんて美しいんだ…」 高台から見下ろす英虞湾の美しい風景。 朝の光に映える波濤。 いくつもの緑の島。 行き交う船 舞う海鳥。 ゾロに振り返りサンジが言う。 「真珠を産む海だよな」 「真珠?」 サンジは呆れた顔をしながら 「志摩の英虞湾といったら真珠だろう?」 「知らん。興味はねェ」 「…彼女にねだられたこととかなかったのか?」 「彼女がいたことがねェからな」 「…ふーん…」 ゾロはにやりと笑い 「…おれの昔の女が気になるか?」 「自惚れんな、バーカ」 背中を向けるサンジの耳が赤い。 その耳に、ゾロは背中から小さくキスをする。 「ひぁっ!」 「これからはお前だけだ」 「…だから…!…ぁああ!ホラ!行くぞ!グズグズしていられねェ!!」 先に立って、サンジがズンズン歩き出す。 あの海に浮かぶどの島が目指す網島なのだろう。 英虞湾の一番大きな島が「賢島」といい、先年先進国首脳会議いわゆるサミットが開かれたことで有名になった。 サミットが行われたことで、この町には大きな国際会議を受け入れる器が整えられ、 今回の人権会議もそういった理由で開催地にここを選んだ。 しかし今回、本会議が行われるのは賢島ではなく、鉄道や道路のない独立島「網島」。 本会議に参加する人々は、主催者が用意した大型のクルーザーで網島に入る。 先進国の政府関係者はヘリコプターで。 「網島?…ああ…今日はダメだ。ナンチャラ会議で関係者以外立ち入り禁止になっとる」 「網島だけじゃねェ。今日はどの島の行き来も規制されとるよ。まったく…漁に出られねぇ。 商売あがったりだ」 町へ降り、ゾロとサンジは地元の漁師や住民に、網島へ行く手段を訊ねたが芳しい答えは返ってこない。 「参加者が乗る船ってのはどこから出るんだ?」 ゾロは、朝食代わりのジャムマガコッペパンを買いながら、小さな商店のおばちゃんに尋ねた。 「観光桟橋からやないの?大きな船はあそこにしか着けんわ」 釣り銭を渡しながら店のおばちゃんが言うと、レジ脇の丸椅子に腰掛けていたさらに年配のおばちゃんが 「息子がボランティアでかり出されてるわぁ…どうせ漁もできへんしって。 なんやら大っきな帆船でエラいさん達載せていかはるみたいやで」 「帆船…」 「ボランティア…」 サンジとゾロが同時に呟いた。 「その港はどっちだ?」 「そこの道まーっすぐ行くと大通りに出るよって、バーッと行くと漁協があって、 そこ左ダーッと行ったら見えてくるわ」 「そうか…ありがとう」 ゾロはうなずいて理解したような顔をしているが、今の説明はサンジには理解不能だった。 店から離れ、サンジが問う。 「バーッと、ダーッとってどういう意味だ…?」 「わからん」 「わかったふりすんなよ!」 「なんとかなる。デカい帆船なら目立つからな」 「…ったく」 海沿いの町。 頭上を賑やかに海鳥が飛び交っていく。 至る所に会議を歓迎する「ようこそ!志摩へ!」のフラッグ。 やがて 「帆船…!!」 「ああ…確かにデケぇ」 人が集まっている。 だがまだ各国要人の姿は見えず、警備の警察官の姿も少ない。 あちらこちらで地元住民や観光客が、帆船を背に記念撮影をしている。 サンジが、船体にある船名を読む。 「…サウザンド…サニー…ヘェ…『千の太陽』か。いい名前だ。希望に溢れてる」 ゾロは、記念撮影をしていた観光客に、務めて笑顔で尋ねる。 「あの船って乗れるんですかね?」 中年の婦人3人。 かなり見映えのよい若い男に声をかけられ、ウキウキしながら 「そう思って行ってみたのよ〜!でもね!なんかの会議のお客さんしか乗せてくれないみたいよ?」 「…なんだ…」 残念そうに言うゾロに 「見学してきなさいよ!あの柵の所まで大丈夫みたいよ?」 「旅行なの?お友達と?」 「写真撮ってあげましょうか?」 ゾロはさらに笑いを作り 「ありがとうございます。行ってみます」 答えて行こうとしたが 「写真撮ってあげるわよ〜!ホラ!」 サンジに手を差し出し、お節介おばちゃん全開モード。 サンジは根負けし 「お願いします」 コーシローのスマホを差し出した。 「ハイ!チーズ!!」 拳ひとつの距離を置き、ゾロとサンジは美しい帆船をバックにカメラに収まった。 「ホラ!きれいに撮れてる!」 自慢げにスマホを返され、サンジも 「ありがとうございます」 と返す。 「お兄さん、イケメンねェ〜……どっかで見たことあるような気がするわぁ…」 「!!」 「ありがとう…!気をつけて!」 サンジの肩を抱きながら、ゾロはにこやかに告げてゆっくり帆船へ歩き出す。 「俳優さんかなんかじゃないの?かっこよかったわね〜」 「そーね!きっとモデルか何かよ!」 「あらっ!サインもらっておけばよかった!?」 結局、3人がふたりの青年の正体に気づくことはなく、女3人のかしましい旅を再開した。 「出航は9時過ぎだそうだ」 「よし、潜り込むぞ」 ゾロの即答にサンジは笑う。 そして 数分後、港の古い事務所のような建物の裏に、ふたりの男が転がっていた。 襲撃者はふたりから『世界人権会議志摩大会ボランティアスタッフ』と染め抜かれた 蛍光グリーンのジャンパーを脱がせ、首からスタッフ証を外した。 「ごめんな」 ジャンパーを羽織りながら、サンジが気絶している男達に言う。 「帽子で髪を隠せ。お前の金髪は目立つ」 「わかってるよ」 ゾロは男の顔から眼鏡を外し、自分にかけた。 度がきついのか、瞬間顔をしかめる。 「行くぞ」 「おう」 ふたりは辺りを伺いながら通りに戻り、帆船サウザンド・サニー号に向かう。 「運行表がポケットに入ってた。運がいい」 ゾロが折り畳まれた紙を開きながら言った。 「…9時を第1便として12時までに3往復…おそらくこの最後の便に要人達が乗り込むはずだ」 「第1便が出て…今停泊しているのは第2便ってことか?」 「だな。これに潜り込む。最終便だとお前の家族が乗り込んできて、 チップの信号をキャッチされるかもしれねェ」 「……だな」 もちろん、ボランティアスタッフが船に乗り込めるはずはない。 しかし、一般の人間が入れないエリアにもこの姿なら入れる。 スタッフ証をチラリと見せて、ゾロとサンジは規制の柵を越えた。 だが、この先は難しい。 桟橋に、パラパラと船に乗り込む人々が集まっていて、ステップの前で身分確認をしている。 あらかじめ渡されているらしいIDカードをスキャンし、カードの写真と照合して乗り込んでいく。 「どうするんだ?」 サンジが尋ねた。 ゾロは答えず、そのまま人々の方に歩いて行き 「お手伝いいたします。お荷物は?」 と 「おお…ありがとう。では、そのスーツケースを頼めるかな?」 ゾロが流暢な英語で話しかけたのは、車椅子の老人だった。 首に、ヨーロッパのNGOの名称が入ったIDカードを下げている。 「お任せください」 ゾロがスーツケースを持ち、サンジが 「ご案内します」 と、車椅子を押す。 老人はニコニコと微笑み 「ありがとう。日本の方は本当に親切で気が利く」 ゾロとサンジは、老人のIDでステップを上がり、そのまま乗船者が集まるフロアまで車椅子を 押していき、船内のクルーにスーツケースを預けた。 「ありがとう!お礼にこれを」 老人は、NGOのピンズをふたりに手渡した。 そして 「幸運を」 手を合わせ、頭を下げた。 ゾロとサンジも頭を下げ、ほんの少し罪悪感を感じながらフロアを出、 足早に物陰に駆け込むやボランティアのジャンパーを脱ぎ捨て、スタッフ証を外し、 その場に投げ捨てた。 ゾロは眼鏡をジャンパーの上に放り投げ 「…ずさんな警備だな」 「お前が言うか」 サンジも笑いながら言う。 やがて、帆船サウザンド・サニー号は密航者2名を乗せてゆるやかに桟橋を離れた。 約40分の小さな船旅。 天気晴朗。 「車が見つかりました」 という警察からの電話を受けたのは、姉のノジコだった。 両親もナミも畑に出ていた。 三重県内のある駅前で、乗り捨てていったという。 「………」 と、いうことは ふたりは今車を失い、徒歩か交通機関で移動しているということだ。 警察の話では、大きな傷もなく、そのまま証拠品として押収されたらしい。 盗まれたのが静岡県内であるから、ある程度の調べが終われば戻ってくるだろうとも言っていた。 ここ数日、テレビをつけるとニュースやワイドショーを見るようになった。 彼らの現況を知りたくて。 そして、今日がいよいよ彼らの目指す日。 「…がんばんなさいよ…」 妹の笑顔が曇るのを見たい姉なんていない。 一方、大阪 こちらは時間を少し遡る。 フランキーとウソップが任意で取り調べを受け、いっこうにらちがあかず膠着状態に陥ったその日の夜。 時間的にはゾロとサンジが、道の駅の温泉でささやかな休息を取っていた頃。 大阪府警某署は、ある人物の来訪に慌てふためいた。 その人物は、フランキーとウソップが押し込められている取調室にまっすぐ向かい、 周囲が止めるのも聞かず扉を開けさせた。 府警の刑事達は驚いたが、フランキーも驚いた。 「ロビン!!?」 椅子を勢いよく倒してフランキーが立ち上がると、幾人もの男を後ろに従えたような姿で、 警視庁管理官ニコ・ロビンはにっこりと微笑み 「久しぶりね、フランキー。取り調べを受ける側の気分はいかが?」 「最悪に決まってんだろうが!って!なんでお前ェがここにいる!?コゼットはどうした!?」 「彼女を東京駅で出迎えて、ステーションホテルに入れてきたわ。その足で来たの。 コゼットはニワトリくんに任せてきたから大丈夫よ」 「ニワトリくん…バルトロメオか…」 フランキーは息をついた。 バルトロメオ刑事は地方出身の西新宿署の刑事だが、ロビンの信奉者、すなわちファンで 「ロビン先輩の為なら!例え火の中水の中草の中森の中あの子のスカートの中! 粉骨砕身ご奉仕させていただきますだべー!!」という男で、それなりに腕っぷしもよい。 「そ。だからコゼットは大丈夫」 「…で?なんでわざわざ来た?」 「あら?そろそろ助けがいるかと思って」 「………」 ロビンは長い黒髪をさらりと揺らして微笑み 「欲しかったでしょ?」 フランキーは、明らかに照れくさそうな顔をロビンから背け 「欲しかった」 「まぁ、あなたも素直になることがあるのね?面白い」 「!!!!!」 コロコロ笑うロビンを見上げ、ウソップは心で思う。 こりゃまだ惚れてんなぁ… 「あのぉ…管理官…」 ロビンの傍らにいた、明らかにこの署でいちばんエラいですといった男がようやく口をはさむ間をとらえて言った。 「今回の事情聴取は…その…本庁からの命令ですが…」 「ええ、そうね?でも本庁の上層部に少し問題が起きたの。 このふたりの件に関しては私に一任されました。引き渡してくださいな」 「いや…しかしそれは…」 ロビンは警察署長を見 「本庁の事務次官と参謀官からの命令だったはず。だったらこの命令は無効。 この命令を下した彼らはすでに解任されたわ」 「かっ!解任!?」 署長とフランキーとウソップが同時に叫んだ。 「さ、もういいわね?フランキー、ウソップ、行きましょ」 フランキーは間髪を入れず立ち上がり 「おう!助かった!」 「ありがとう!ロビン!」 「どういたしまして」 ロビンはにっこりと微笑み 「あとで奢ってね」 フランキーがひきつった笑いを浮かべた。 ロビンは、同行した警察官達に 「このまま彼らと志摩へ向かいます。あなた達はここで監査に入って」 「はっ!」 「監査」と聞いて、署長の顔が青ざめた。 フランキーは警察官から押収された車の鍵や警察官バッジを受け取りながら 「なんでお前ェも来るんだ?」 「私もゾロが心配だわ。それに、行かなきゃならない理由もあるの。私が一緒の方があなた達も楽よ?」 ウソップもガサガサとバッグの中身を確認しながら 「ありがてェ!!頼む!!」 「任せて…上手くいくようがんばりましょ」 「は!?上手くいくようにってどーゆー意味ですか!?」 「そういう意味よ。ね、フランキー?」 「あァ!?」 「失敗したらあなた」 ロビンはこれまでなくにっこりと、恐ろしいまでに明るく艶やかに微笑んで、言う。 「責任、取ってね」 背筋を冷たいものが駆け抜けたのは、フランキーだけではなかった…。 英虞湾40分の船旅。 短い時間だが乗り合わせた人々は互いに自己紹介しあい、名刺を交換し、交流を深め、また牽制しあっていた。 様々な言語が飛び交い、まさに人種の見本市。 「全部タダだとよ。いい酒があった。贅沢な話だ」 「お前…すごい度胸だな…てか、酒って…」 「いらねェか?」 「いる」 甲板に並べられたベンチに肩を並べて腰掛け、同時にグラスに口をつける。 一気に飲み干し、サンジは大きく息をつき 「…いよいよだ…」 「いよいよだな」 サンジは自分の手首を強く握る。 「…きれいな海だ」 囁くようにサンジが言った。 「本当にきれいに見えてるならたいしたもんだ」 「………」 ゾロの言葉にサンジは苦笑いを浮かべる。 「しかしなんだな…どんだけの会議があるのか知らねェが、すげェ人数だ」 「サミットよりは少ないだろ…」 「…いや…サミットより人数は多い…ま…参加する連中全員を見た訳じゃねェけどな」 と、銅鑼の音が鳴った。 間もなく接岸を知らせる合図だ。 前方に、本会議場網島が見えている。 「…さて…どうやって降りるか…」 ゾロの言葉にサンジはまた息をつき 「考えてなかったか…ま…想像はしてたけどよ…」 その時、サンジの目が大きく見開かれた。 ゾロの背後を見て、愕然とした表情をし 「――――――!!」 手からグラスが滑り落ち、床で砕けた。 肩ごしにゾロも振り返る。 そこに 「…ネズミが。こんな所にいたか」 ゆっくりと近づいてくる男。 サンジの表情が一気に青ざめる。 肩が震えだす。 高級そうなスーツに豹のような身を包んでいる、燃えるような赤い髪。 「いい度胸だ。褒めてやろうサンジ」 その手に、スマホのような受信機。 ゾロはそれが何者かを瞬時に察した。 「…ジェルマか…」 「…貴様がロロノアか…なんとも粗野な」 「ほっとけ」 ヴィンスモーク・イチジ ジェルマ皇太子、サンジの兄。 「…なんで…この便に…」 サンジの問いにイチジは答える。 「乗船する人数の都合だ…軽んじられている国の扱いとはこういうものだ」 「………」 「だからこそ…先進国に肩を並べるほどの力を求めるのだ…それをお前はなぜ理解しない?」 「あんな…あんな方法で力を得たって…そんなもの…!本物じゃねぇだろう!?」 イチジは大きく息をつき 「…大きな声を出すな…人が来てしまう」 「―――――!!」 イチジは、2人との間合いを詰める。 ゾロが、サンジの前に立ちはだかった。 「ゾロ…やめろ…!」 「…黙ってろ…」 イチジは笑い 「ほう…いっぱしのナイトのつもりか?」 「………」 「サンジ…手を下すのがこの兄であることに感謝するのだな」 サンジの青い目に驚愕が走った。 イチジは舞台の上の俳優のように語る。 「シナリオはこうだ。ジェルマの王子を攫ったテロリストの警察官は、 直接国王に身代金を要求するためにこの船に忍び込んだが失敗。おれともみ合いになり海へ転落」 「………」 「盾にされたかわいそうな第三王子は巻き込まれ、テロリスト共々海の藻屑となった」 サンジの眉間に深い皺がよる。 怒りと 哀しさ 「やれるもんならやってみろ…」 「…平和ボケした日本のたかが警察官が…おれに敵うと思うのか?」 ゾロの背中でサンジが言う。 「…おれ達は…ガキの頃から戦士として育てられた…イチジは親父の一番のお気に入りだ…」 「ああ、そうかよ。どうでもいい情報ありがとよ」 カチンとした顔をしながらも、サンジはゾロの無鉄砲さに目を見張る。 「イチジは実際に戦場も経験し、生き残って帰ってきた奴だぞ!!」 「ここは戦場じゃねェ。日本だ」 「ゾロ!!」 「おれはまだ警察官だ。目の前で犯罪が行われようとしているのを黙って見過ごせるか」 イチジが笑う。 「…被害者はお前たちではない…我々だ。勘違いするな」 「ふざけんな!!」 ゾロが跳ねた。 だが 「ゾロ―――――!!」 次の瞬間、甲板に叩きのめされた。 速い―――!! 「遅すぎて欠伸が出るぞ、騎士殿」 「―――――っ!!」 「騒ぎになって人が集まるのは困る…」 イチジの拳も蹴りも、まるで鉄の重りを食らったかのように重い。 重い攻撃であるのに、そのスピードは弾丸のようだ。 殴り 蹴り ゾロの体が吹っ飛ぶかと見えた次の瞬間にはその体を掴み、次の攻撃を加える。 叩きつけられたのは最初だけで、まるでぬいぐるみを殴り続けているような、 静かな攻撃が何度も繰り返された。 「やめろ!!イチジ!!」 敵わぬまでも サンジが跳躍する。 しかし 「静かにしていろ」 ゾロを殴り、その返した手で、たやすくサンジを弾き飛ばした。 「ぐぁっ!!」 「てめ…!!」 イチジは、ゾロを片手で吊り上げながら 「…あんまり一方的にお前が傷ついているのも、後でお前の死体が上がった時に面倒だ。 たまにはこちらを殴り返せんのか?」 「……っ!!」 なんて強さだ―――!! 顔を腫れあがらせ、切れた唇から血を流しながら、自分の首を捩じ上げるイチジの手首を握り抗う。 「国家に逆らうなど…己が身をわきまえろ」 「やめろイチジ!やめてくれ!!」 イチジの目が、サンジを冷たく見下ろす。 「では…お前がおとなしく死ぬか?」 「………!!」 「ジェルマの礎となって、その身を捧げるか?」 「………」 「あるいは」 「………」 「父とおれに従い、ジェルマの王族として生きるか?」 「………」 「それならば、こいつは見逃してやってもいい」 「………」 「何もなかったこととして…収めてやろう」 「………」 「…おれにも慈悲というものはある」 「…………ふざけんな…」 震える声でサンジは言う。 「…そんな生き方…誰がするか!!」 「では死ね」 氷のような声が言う。だがサンジは叫ぶ。 「お断りだ!!おれは生きる!!そいつと生きると決めた!!」 イチジの眉がピクリと動く。そして 「…どこまで恥を晒す気だ…」 その瞬間、ゾロの膝がイチジの顎に入った。 甲板に着地する。 「逃げるぞサンジ!!」 「ゾロ!!」 「走れ!!」 ためらわず、サンジは走り出す。 「無駄なことを」 イチジが体勢を立て直し身を翻したが 「させるか!!」 ゾロの拳がイチジの顔面にヒットする。 「スピードがわかりゃこのくらい追いつける!」 「……無駄だと二度も言わせるな…」 「!!」 イチジは両手に銀色の手袋をはめた。 対峙するゾロに向けて殴りかかる。 間合いを取り、直接攻撃を避けた。つもりだった。 「ぐはぁっ!!」 全身を衝撃が走った。 まるで落雷に打たれたかのような痛みと麻痺。 ゾロはその場に倒れた。 「ゾロ!?」 サンジの足が止まる。 そのサンジの前に 「つーかまえーたっ」 現れたのは 「ニジ…!ヨンジ!」 兄と弟に左右から挟まれ、両腕を掴まれる。 さらに 「…レイ…ジュ…」 冷たい目で、自分を見つめる姉・レイジュ。 その後ろに 「………」 サンジの白い顔がさらに青く染まる。 深く息をつき、サンジは歯噛みするように 「……父……上……」 「家族」が揃う。 冷ややかな目で自分を見下ろす父、ヴィンスモーク・ジャッジを精一杯睨み付ける。 「…サンジ…」 「………」 「お前には聞こえないか…ジェルマ国民300年の怨嗟の声が」 「………」 「お前にはわからないか?ジェルマ300年の宿願が」 「………」 「なぜわからない!?」 「わかってたまるか!!」 血を吐くようなサンジの叫び。 「墓に埋められた怨嗟なんざ聞こえねェ!!今を生き!苦しみ嘆く人々の声しかおれには聞こえねェ!!」 「………」 「国とは人だ!!人を人とも思わねェ国を!その国の王を!おれは断じて認めねェ!!」 「…では、お前は反逆者という事だ」 ジャッジは冷たく言い放つ。 「上等だ…!!」 レイジュが固く目を閉じる。 イチジが、全身の痺れに身を折るゾロを力任せに踏みつける。 「ぐっ…!」 「ゾロ…!!」 ニジの手がサンジの顎を掴み、自分の方へ向き直らせ 「どうするんだ、サンジ?死に方は選ばせてやるよ」 「…てめェ…」 ヨンジが言う。 「お前のくだらない革命劇が、この男の命を奪うんだ」 「………」 喉の奥でニジが笑い 「まったくバカな野郎だぜ…!」 と、レイジュが 「サンジ」 弟を呼んだ。 「お父様に謝りなさい」 「………」 「お父様に、息子殺しをさせないで」 「…レイジュ…」 レイジュは歩み寄り、ニジとヨンジに両腕を戒められたサンジの首を抱いた。 「…お願い…お願いよ…」 涙交じりの声。 「……ゾロを……」 「………」 「…ゾロ…を…放してやってくれ…」 「…頼…む…」 イチジの足に力がこもる。 「ぐ…っ!…やめろ…サンジ!!」 「………」 「ここまで来て折れるんじゃねェ!!」 サンジの膝が崩れる。 レイジュに抱えられたまま、サンジは震え、顔を覆い。 「…お願いだから…ゾロを…助けて…」 「余計なお世話だ!!このアホ王子―――!!」 「黙れ」 骨の軋む音がした。 「が…はっ…!!」 「ゾロ―――!!もういい!!…もう…!!」 「何がいいんだ!?まだ終わっちゃいねェ!!」 イチジが深いため息をつく。 「…おれに一発でも拳を入れるとは大したものだが…」 「…放せ…てめェ…妙な技使いやがって…!!」 「ジェルマが開発した電撃グローブだ…もう一発味わってみるか?」 言うが早いか、イチジの拳がゾロの鳩尾に叩きつけられた。 激しい炸裂音と火花。そして煙。 「ぐあっ!!」 「やめろ!!やめてくれ!!」 ニジが哄笑する。 「まったく頭の悪い奴だなサンジ!!ここまで知っちまった奴を生かしておけるわけねェだろう!?」 ジャッジが 「そろそろ人が集まってくるぞ。ぐずぐずするな」 イチジは手袋を外しながら 「ヨンジ。海へ放り込め」 「その程度でいいのか?」 「もう意識はない。片足も砕いておいたから泳ぐことも出来ん」 「ははっ…容赦ねェな!」 ニジが手を打って笑った。 「やめろ…!やめてくれ!レイジュ!止めてくれ!!」 「………」 顔中を涙で濡らし、這うようにサンジはジャッジの足元にすがりつく 「あんたの言うとおりにする!!おれは死んでも構わねェ!だから…! ゾロは…ゾロは助けてくれ!!頼む!!」 「…そんな都合のいい話はない。己の行いを思い出せ」 「……っ…」 ジャッジはサンジの頭を鷲掴みにし 「お前はできそこないだサンジ」 「………」 「お前のような甘い考えで国を導けるか」 「………」 「国家が人のためにあるのではない!国家のために人があるのだ!!」 「違う―――――!!」 「―――――!!」 「母さんに…おれは母さんに、王は人々に尽くすものだと教えられた!!」 「――――」 「民を不幸にする王などあるものか!!」 「ヨンジ――――!!その男を海へ叩き落とせ―――――!!」 サンジの体が翻る。 だが、レイジュがそれを許さなかった。 ヨンジは軽々とソロの体を抱え上げると 「やめろ――――――――――――――――――――――!!」 ゾロは、わずかな意識の底で抵抗を見せた。 しかし 「ゾロォォォ――――――――――――――――――――――――っ!!」 その絶望の音は、あまりにも小さく、遠かった。 「………ゾロ…」 「…ゾロ…ゾロ…ゾロ…」 「…ゾロ…ごめん…ごめん…ごめん…」 「…ゾロ…ごめん…」 「…ゾロ…ゾ…ロ…」 異変を感じた人々が集まり始める。 ざわめきはじめた甲板で、サンジは言葉にならない叫びをあげた。 「ああああああああああああああああああああああああああああああ…!!」 レイジュが、力の限りサンジを抱きしめる。 「ごめんね…ごめんね…サンジ…」 イチジの声、ニジの笑い声、ヨンジの―――そして、父の。 ごめん…ゾロ…ごめん… 待って おれもいく おれもいくから… 「だめ!!だめよ!!サンジ!!だめ!!やめて!!」 無数の手が、サンジの体を絡め取る。 船べりから身を躍らせようとする王子を、居合わせた人々が必死に引き戻そうとする。 その中に、イチジらの姿もある。 それは人々には、弟を必死で守ろうとする兄弟の姿に見えるだろう。 なんとも滑稽な喜劇 幾人もの腕に抱えられ、甲板に引き戻され、イチジの手に抱えられた瞬間、サンジは意識を失った。 気を失う前に見たイチジの顔は、怒りに満ちていた。 誰か 誰か ゾロを助けて 叶わないなら おれを殺して (続) NEXT BEFOER (2017/12/16) 7Days 海へ TOP NOVELS-TOP TOP