美しい海だと思った。 ゾロと 肩を並べて見たこの湾は 言葉に言い尽くせないほど美しかった その海が 今、どうしてこんなに憎いのだろう 「サンジ」 窓辺の椅子に腰掛け、目の前の美しい海さえ見ず、ただそこに座り続けるサンジは、 まるで人形のようにピクリとも動かない。 精気を失った瞳は濁ったガラス玉のようだ。 頭の上に降りてきたイチジの声は届かない。 「………」 奥のソファに寝転がり、王子とは思えないガサツさでチョコレートを頬張りながらニジが 「ムダだよムダ。サンジのくせに生意気にスルーだぜ」 「………」 ヨンジが 「イチジ、時間だ。…父上が待っている」 「……頼むぞ」 イチジが言った。 ニジはイラついたように 「さっさと行ってこい。あとから行くからよ」 「うまくやってくれ、イチジ」 「当然だ。……レイジュ」 イチジは、部屋にしつらえてあるマントルピースの脇に立ち、サンジを見るレイジュに 「わかっているだろうが、余計な真似をするな」 「……言ったでしょ…私は分のいい方の味方よ…」 「………」 「どちらにせよ…サンジはもう…何もできないわ…」 「…行ってくる」 「うまくやれよ」 「くどい」 人権会議本会議場、ホテル・パールマリーナ。 騒ぎの後、国連がホテルでも最上クラスの部屋をヴィンスモーク家に提供した。 誘拐されていたサンジ王子が救出された。 その体調をおもんばかってあてがってくれた。 あれから テレビのニュースは「サンジ王子救出、無事」で一色になった。 ここがメディアもある程度規制された本会議場でなければ、もっと騒がしいことになっているだろう。 英虞湾を、ゾロを捜索する警察のヘリコプターや船が行き交っている。 報道の船もヘリコプターも入り乱れ、窓を開けたらかなりうるさいのだろう。 誰も 何も ただ沈黙が続く 畳んだばかりの洗濯物を、ナミはバサバサと床に落とした。 テレビのニュースが、ジェルマ王国の王子を誘拐した『悪徳警察官』テロリストのロロノア・ゾロ警部補が、 英虞湾で船から転落し行方不明、サンジ王子は兄の皇太子によって救出された。そう告げていた。 「…うそ…うそ…うそ…!!」 同じニュースを、東京ステーションホテルで見ていたコゼット。 「そんな…そんな…!サンジ様!!」 泣き伏すコゼットをどうしてよいかわからず、ロビンの後輩バルトロメオ刑事はただオロオロとするばかりだった。 「…ウソだろ…?…そんな…ウソだよな!?ウソだよなァ!?」 賢島まで到着したウソップとフランキー、そしてロビン。 ラジオのニュースで第一報を知り、ウソップは叫び絶句した。 「警護本部へ行きましょう!網島に渡るのよ!」 「おう!!」 「おいっ!!」 ウソップがロビンの腕を掴み 「なんでだよ!?なんで…なんでだ!?」 「落ち着きなさい。まだゾロの死体が上がったわけではないわ」 「…うっ…うう…う…!!」 「慰めたりしないわよ」 「…わァってるよ!」 ウソップは目をこすり 「あいつが…そう簡単に死ぬかよ!!」 フランキーにバン!と背中を叩かれ、押し出されるように走り出した。 本会議場。 すでに開会宣言は終わり、各議題に入っている。 小さな分科会は数日前から各所で始まっており、本会議はその報告を受ける場でもある。 元々、サンジの一件が無ければジェルマの事が表沙汰にされる事はなかった。 文字通り「余計なこと」をサンジはしたのだ。 ジャッジの政策に関して他国が口を出すことは許されない。 それは内政干渉だからだ。 しかしその政策の為に多く、または一部の国民の生活や命が脅かされるのであれば、 当然世界の非難を浴びる。 そうならないように、ジャッジは根回しも怠らなかった。 この20年、全てを排除し己の信ずる政治を行ってきたのだ。 彼の第三王子の甘い理想論で国を営むことはできない。 そんな理想は、ジェルマ王国を全てにおいて豊かに育て上げてから追うものだ。 今ではない。 中世の頃から、ジェルマ王国は強大国に攻められ、侮られ、臣従させられ、 時には国そのものを失い、ようやく取り戻し、豊かさなど知らず、その存在をか細い糸で繋いできた。 幾代も前からジェルマの王は、その苦しみを、悔しさを、悲しさを、次代の王に伝え受け継がせてきた。 時にはあざとく、時に賢く、ジェルマはヨーロッパ大陸の片隅で生き続けてきた。 彼が行ってきた政策に限界が訪れるであろうことは百も承知している。 だからジャッジは4人の息子達を全てにおいて厳しく育て、教育してきた。 それぞれの特性を生かし、戦士として育て上げると共に、王として、文官として、 最高水準の教育を4人に施してきたのだ。 長男イチジは父の期待に応え、次代の王としての知識と力、そして王の矜持を備えた望み通りの皇太子となった。 ニジ、どんな学者と論争しても打ち負かせる程の豊富な知識と応用力を得た。 ヨンジ、並外れた体力と行動力、そして統率力。 サンジ サンジだけがあまりにも「普通」だった。 だが その「普通」の息子を死んだ王妃は最も愛していた。 まるで 自分にあてつけるかのように いや そうではない 秀でた息子たちばかりを贔屓する自分を非難すると同時に、その分まで、自分が母として愛していた。 ソラ 私は「王」だ ジェルマの地位を、少しでも引き上げてイチジに渡すことが私の仕事なのだ。 「父上」 長男の声に、ジャッジは目を開いた。 エレベーターが止まり、扉が開いていたらしい。 「お疲れですか?」 「…少しな…」 「ご心配には及びません。すべて…うまくいきます」 「…頼もしいぞ、イチジ」 そして 「さて…おれたちも見物に行くか」 ヨンジが立ち上がり、窓辺で人形のように座り込むサンジの肩を掴み 「行くぞ、サンジ」 「………」 「面白いものを見せてやる。ジェルマの未来をその目で確かめろ」 「………」 答えないサンジに、ニジがチッと舌を打つ。 「立てよ。担いででも連れてくぞ。ヴィンスモーク家全員揃って、こっちの正当性を訴えるってシナリオだ。 てめェがいなきゃ話にならねぇんだよ」 「………」 レイジュが歩み寄り、サンジの前で膝をつく。 「行きましょう、サンジ」 「………」 「行きましょう」 差しのべられたレイジュの手。 だがぼんやりとしたままサンジは動かない。 やがて、その目にひと筋涙が落ちる。 レイジュはサンジの手を取り、わずかに力を込めて引いた。 ゆらりと、サンジは立ち上がる。 「手間かけさせやがって」 姉に肩を支えられ、サンジはただ機械のように足を動かす。 どうなってもいい もう どうでも だいじょうぶ おまえをひとりでいかせない かならず おまえのとなりにいくから けれど そのまえに… 「…やかましいな…まぁだ探してんのかよ」 ニジが会場に続く中庭に面した回廊で、空を飛ぶヘリコプターを見上げ毒づいた。 サンジの目が、わずかに空を見上げる。 ゾロの捜索はまだ続いている。 足を砕かれ海へ投げ込まれた。 いかにゾロとてその状態で助かることができるだろうか? 目の前に、父に命じられるがままにゾロを海へ投げ込んだヨンジがいる。 それを笑って眺めていたニジがいる。 最終的に、父に抗いきれず沈黙してしまったレイジュがいる。 その後を、サンジは黙って歩いて行く。 幾重にも重なるヘリコプターのローター音。 昼の休憩を挟み、午後の本会議。 その最初の議題として、一連のジェルマ王国に関する今回緊急に提言された案件を図ることになっている。 経緯の説明から、ジャッジの発言に入る段取り。 しかし 「…アメリカ代表が席に着いていない?」 議場を見渡し、ジャッジは怪訝な顔をしながら言った。 確かに、米国政府代表の列が空席のままだ。 いざとなればジャッジの側に味方してくれるはずの大国代表の姿がない。 違和感。 だがイチジが 「…遅れているのでしょう。もっともこちらの主張はすでに伝えてあります。ご心配には及びません」 案内され、ジャッジはイチジと共に席に着いた。 議長達が現れ、着座する。 少し遅れ、ニジ、ヨンジ、レイジュ、そしてサンジが傍聴席最前列に腰をおろした。 サンジにはレイジュが介添えのように手を添える。 サンジの隣に座っていた老人が労りの声をかけたが、サンジは視線を落とし、表情を変えず黙ったままだ。 カン! と、議題の開始を告げる合図の槌を議長が打った。 万座が静まり返る。 少し異様に思える雰囲気。 これだけ大きな会議は、例え会議が始まってもどことなくざわめいているものだが…。 「ジェルマ王国国王ヴィンスモーク・ジャッジ殿」 今回の本会議議長つるは女性で、長く国連で弁務官を務めた人物だ。 穏やかだがよく通る声。 「…まずは、ご子息が無事戻られた事をお喜び申し上げる」 「かたじけない。日本の様々な関係機関に心から感謝申し上げたい」 ジャッジは日本政府の代表席に向かって頭を下げた。 「………?」 午前はそこにいたはずの総理大臣の姿がない。 いるのは外務副大臣だけだ。 「………」 小国ゆえの屈辱。 こういうことは初めてではない。 ジャッジはひとつ息をついた。 つるの 「では…5分間の発言を」 という言葉にうなずき、講談席に移る。 少しざわめきの残る議場。 「…わがジェルマ王国は凍てつく北の果てにあり…」 5分というのは短いようで長い。 ジャッジのスピーチはジェルマ王国の歴史と現状を述べるところから始まり、 最終的には国内の不穏分子の存在そのものを否定することはなく、 政府に対抗する勢力との話し合いの提案をした。 その言葉は、愛する息子を誘拐した相手でも寛大さを持って対話で互いの理解を深めたいと心から願う、 慈愛深き賢王のそれを人々に印象づけた。 ここ数日の報道を見てきた人々が聞けば、感嘆のため息を漏らすであろう発言。 議場にいる参加者の幾人かは、うんうんと同意しながらジャッジのスピーチにうなずいている。 「…さっすが父上…そつが無ェぜ」 低く笑ってニジが言う。 また 明日から いやずっと前から ジェルマの地獄は続く 己の国の理不尽を知らないまま国民は生まれ、生き、死んでいく。 「………」 どうせ 明日には無い命 ならば 「……ふざけんな……」 低く、サンジは呟いた。 呟き、ゆらりと立ち上がる。 「サンジ…!」 レイジュが止めようとしたが、サンジの方が早かった。 つい今まで、心を砕かれ打ちひしがれていたとは思えない速さ。 ニジとヨンジも動いたが 「ふざけんな!!死の王ヴィンスモーク・ジャッジ!!」 サンジの声は議場に響き渡った。 警備員が動きかけたが相手は一国の王子。躊躇う。 「これがジェルマの宿願か!?絶望の今を救わずして何が未来だ!?」 ジャッジの目がサンジを冷たく見つめる。 「…なんということだ…お前は攫われている間にテロリストに何を吹き込まれた?」 「吹き込まれてなんかいねェ!ゾロはテロリストでもねェ!お前達がゾロをテロリストに仕立て上げた!」 「各々、お許しいただきたい!息子は数日の恐怖で正気を失っているのだ!」 「おれは正気だ!!」 サンジが叫んだ瞬間、床に叩きつけられた。 ヨンジだ。 「少し落ち着け、兄上」 「…放せ…!放せ!ヨンジ!」 「………」 「…許さねェ…てめェを許さねェ…!てめェが…ゾロを…!」 「お前を救う為だった」 「黙れ!!」 カンカン! つるが槌を打った。 「三王子殿下、ここは議場…勝手な発言は許されていないよ」 「………っ!」 「…今の発言と出来事は議事録から削除するように」 サンジは歯噛みした。 削除 公式記録に残るのはジャッジのスピーチのみ…。 涙がこぼれる。 頭の上で、ニジの鼻で笑う声がした。 イチジは顔色を変えず、まっすぐ前を見ている。 つるが 「議事録から削除はするが、先ほどの三王子サンジ殿下の発言にあったゾロというのは… 報道されていた日本警察のロロノア・ゾロ警部補のことだね?」 「………」 サンジへの問いだということは誰にもわかる。 ヨンジはサンジを押さえていた手を緩めた。 「…おれを…ここまで守り…導いてくれました…」 「…おかしな話だね?報道では彼の者は、あなたを誘拐し、ジェルマ王国を脅迫したと…」 「全部デタラメだ!!そこにいる男が!大国を通じて日本政府に圧力をかけ、 ゾロを犯罪者に仕立て上げ、その挙げ句…!!」 サンジの叫びをつるは片手を上げて制する。 「サンジ王子殿下、発言には気をつけなさい」 「!!」 つるは姿勢を変え 「…日本政府外務副大臣…今のジェルマ王国第三王子殿下の発言に心当たりはおありかね?」 指名され、外務副大臣は着席したまま 「…心当たり…はて…何のことか」 サンジは目を見開いた。 わかってはいる。 日本政府がそれを認めたりはしないことを。 だが 「ですが…ロロノア・ゾロ警部補に関して、警察庁からの報告が届いております。 彼の警部補の学歴勤務歴に何者かが意図的な改ざんをしたという事実が発覚し、現在内部調査に入ったと…」 一瞬の沈黙の後 外務副大臣の発言に議場がざわめいた。 「では…現在テロリストであると報道されているロロノア警部補は、日本警察内部の謀略で テロリストに仕立て上げられたというサンジ殿下の主張は正しいということかねェ…?」 サンジの目が大きく見開かれた。 涙に濡れた青い目に、わずかに生気がよみがえる。 外務副大臣が 「警察庁、警視庁の幹部数名が現在権限凍結。解任。また取り調べを受けています。 私は外務省の人間でありますので、この場ではこれ以上の発言は控えます」 「十分だよ。…さて、ヴィンスモーク・ジャッジ国王」 つるがジャッジを見た。 「今回の件、説明をお願いしたい」 「説明…?」 いぶかしげに眉を寄せ、ジャッジは 「今回、倅サンジが襲われ、さらに誘拐されたのは我が国の反政府勢力ゲリラの凶行によるもの」 ジャッジの言葉にサンジはピクリと震え、目だけを上げて父の背中を見た。 「それは国内の内紛。今回のサンジ、レイジュの訪問を利用し、日本国内のテロリストと結び起こした犯行であると」 「それはまだ日本警察の捜査段階で起訴もされていない。 加えて主犯とされるロロノア・ゾロ警部補は未発見…また、先の外務副大臣の発言にもあるように、 ロロノア警部補は濡れ衣を着せられたと判断してよいだろう。 …報告では海に転落した際、王子方と揉み合いになったとあるが…」 「その件も日本警察に必要な事はすでに話した。あの警察官は我らに追い詰められ逃げ切れず、 我が息子を盾に取った!それは事実だ!察していただきたい! 我らは愛する家族を取り戻そうと必死だった!あの転落はその上の事故!」 ギリ、とサンジは歯噛みする。 瞬間、隣のニジが、サンジの手首を掴んだ。 「………」 ニジの目は笑っていない。 ジャッジが声を挙げる。 「これは一体どういう場だ?これは人権会議ではないのか?まるで審問だ!!」 「………」 「被害者は我々だ!反政府勢力に息子を攫われたのだぞ!」 つるは答えない。 居並ぶ議長団も無言のままだ。 「サンジ!!」 ジャッジが叫んだ。 荒い歩調でジャッジはサンジに歩み寄り、その腕を掴んだ。 「………っ!!」 砕かれんばかりの力。 わかってはいる。 サンジも、ジャッジの思いはわかってはいる。 理解はできる。 レイジュの中には父の優しい思い出がある。 だから立ち止まってほしかった。 振り返ってほしかった。 暴走するその足を、止める勇気を持ってほしかった。 「……父…上……」 「…お前は…ジェルマを滅ぼす気か!?」 低い叫び。 「……終わりにしてくれ…もう…ここで!!終わりにしてくれ!!父さん!!」 「………!!」 ジャッジの手が振り上げられた その手が振り下ろされた瞬間 「………!?」 けたたましい音が鳴り響いた。 警報ベル。 一般的な火災報知機の音だ。 ベル音と共に 『ただいま館内で火災が発生いたしました。係員の指示に従い落ち着いて行動してください』 合成音のアナウンスが繰り返される。 誰もが天井を仰いだ。 しかしさすがに、大規模な国際会議に出席するメンバーばかり、慌てふためくものは少ない。 つるが言う。 「今、詳細を確認する」 ざわめく議場。出席者たちは手元の物をまとめ始める。 車いすの出席者を、いち早く出入り口に移動させる警備員たち。 その中に、ゾロとサンジが船に密航する時に出逢った老人もいた。 ジャッジは、振り上げた手のやり場に一瞬惑う。 ――――――と 「父上!!」 叫んだ声はヨンジのものだった。 次の瞬間、イチジが傍聴席から飛び出した。 鳴り響く警報音の中、激しい衝撃音が轟く。 「!!」 衝撃に思わず目を閉じた。 体勢を整え目を開く。すると 「………」 「………」 サンジの目の前に広い背中。 左耳に光るピアス。 鮮やかな緑の髪。 見開かれたサンジの目から、大粒の涙が溢れて落ちる。 相対するイチジは父親を背にし、サンジの前に立つ男の拳を受け止めていた。 拮抗する力に、互いの腕が震える。 「ゾロ!!」 肩ごしにちらりとサンジを振り返り、ゾロは白い歯を見せる。 ゾロだ ゾロだ おれのゾロだ! 「ゾロ――――――!!」 生きて… 生きていてくれた… 「ゾロ…!ゾロ!」 背中から叫ぶ。 「遅れてすまねェ」 サンジは何度も首を振った。 旅の間の服装のまま。 ジャケットもシャツもまだ生乾きの状態。 ゾロの全身から潮の香りがする。 腕や顔に、幾つもの傷。 「ゾロ…ゾロ…!ああ!ゾロだ!ゾロ!よく…よく無事で!!」 「…ああ…心配させたかよ?」 憎らしげに笑うゾロに、サンジは両頬を涙で濡らしながら 「したに決まってんだろ!?…もう…もうだめだと…もう…」 「悪かった」 ジャッジはゾロの登場に明らかにうろたえ 「…どういうことだ…これは!?」 傍聴席でニジが笑う。 「タフな野郎だ」 「まだ海を探していると思ったが」 ゾロはニジとヨンジに向かってニヤリと笑い 「…ああ…なんかそうみてェだな」 「余所見をしている余裕はないぞ、ロロノア――!!」 イチジの力の方がわずかに勝った。 だが寸でのところでイチジの拳をかわす。 「このベルはお前の仕業だな。どこまで掻き回すつもりだ」 「こいつが自由になるまで」 「そんな日は永久に来ない」 火災報知機のベル音は止まない。 警察官とホテル警備員が議場に駆け付ける。 ジャッジが叫んだ。 「例のテロリストだ!!」 「違う――――――!!」 サンジが叫ぶ。 イチジとゾロの闘いと火災報知機のベル音に議場は騒然となった。 ニジが 「こりゃ面白れェ!加勢するぜ!イチジ!!」 「無用」 ジャッジがゾロへ 「貴様が火を放ったのか!?」 「ンなワケあるか。お前らの隙が欲しかったんだ」 「貴様…どうやってここへ…!」 「地獄の番人に追い返されちまってな」 「――――――!!」 議場の参加者たちは次々に議場を出ていく。 火災の有無はともかくベルが鳴り続けているのだ、避難が優先である。 その混乱に紛れて、逆に議場に飛び込んできたのは 「サンジィ!!」 その声に、サンジは笑顔をあふれさせた。 「ウソップ!!」 「うわあああああああああああ!!サンジィィィィィィ!!」 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたウソップを受け止める。 「あば!おばべ!あがばらば!えがばばば!!おがっらら!!」 「はは…何言ってんのかわかんねェよ…!」 と 「そこはスーパー察してやれ!!」 「フランキー!!」 「お前ェら!!ったく…ったくよぉ!!うううううおおおおおおおお!!」 「てめェも泣くのかよ…」 男泣きに泣くウソップとフランキーに続き、ロビンが拍手をしながら 「男の友情ってステキね。ゾロ、無事生還おめでとう。あなたがテロリストなんかじゃないって信じてたわ」 ゾロはイチジの攻撃のかわしながら 「ウソつけ!半分おもしろがってただろ!?」 「そうね。あなたみたいなタイプが潜入テロリストだなんて、おかしな冗談を言うと思ったわ …ところで何か手伝いましょうか?」 「いらねェ!!」 サンジがウソップに尋ねる。 「お前ら…どうやってここに?」 「レイジュと別れてから大阪の警察に捕まっちまってよ! フランキーの彼女のおかげで助かったんだ!んで、その権力でここまで来られた!!」 フランキーが真っ赤になり 「彼女じゃねーよ!!」 「そうね。元カノね」 「そういう訂正も要らねェ!!」 「あら?じゃ、今カノでいいの」 「だーかーらー!!」 その時、ゾロの体が吹っ飛び議長席の壇下に叩きつけられた。 壇上のつるはまだ動かず、何事も起きていないかのようにゆったりと肘をつき、ゾロを見降ろしながら 「…あんたたちは誰だい?入場も発言も許したつもりはないよ?」 ゾロは起き直りながら顔だけを上げ 「さっき、あんたの口からご紹介にあずかったロロノア・ゾロだ」 「そうかい?このベルはあんたの仕業だね?」 と、ウソップがビシッと手を上げて 「すいません!!やれって言われてやりました!!」 「なるほど…で、あんたがロロノア警部補だという証拠は?」 フランキーが呆れて 「この状況を見てもそれを言うのかよ」 と呟いた。 ロビンが、議場に響く声で高らかに言う。 「日本警察警視庁管理官、ニコ・ロビン警視です。 彼が警視庁シモツキ署刑事課所属ロロノア・ゾロ警部補であることを証明します」 手に、警察バッジを掲げる。 ゾロも自分のバッジをポケットから出し、掲げ、議長つるに示した。 「なるほど…わかった。認めよう…で、この状況は一体どういう事なんだい?」 ジャッジとサンジが同時に叫ぶ。 「ご覧の通りだ!!」 そしてジャッジは 「日本警察は何をしている!!あの男はテロリストだ!!」 ロビンが流暢な英語で 「その疑いは晴れました。彼がテロリストという事実はありません。 それが捏造されたものだという事は既に証明されています。 そして、その捏造がどうして行われたのか捜査を進めれば判明するでしょう」 「――――――!!」 火災報知機のベル音が止む。 『館内の皆様に申しあげます。ただいまの警報は誤報であるとわかりました。 繰り返します。ただいまの警報は…』 静寂が戻りかけるころ、議長つるは言った。 「ヴィンスモーク・ジャッジ。この議場は世界人権会議。審問の場ではない。 ないが今回の事件はどうやら貴国の人権問題に端を発しているようだ。 依って、査問委員会を設置し緊急に国王である貴殿への査問を行う事とする。 これは参加国参加団体、および議長団の総意として提出されるものとする」 「………!」 ジャッジは呆然と目を見開いた。 つるの発言に動きを止めていたイチジは、髪をかき上げジャッジの傍らに戻る。 それを待っていたかのようにつるは 「貴国に拒否権はない」 「………」 サンジはゾロの元に駆け寄り、ゾロを助け起こし、抱き合った。 「…ゾロ…!」 ゾロはうなずき、サンジの髪を梳く。 自分の背を撫でるゾロの足元にサンジは目を落とす。 確かイチジは、ゾロの足を砕いたと…。 「………」 サンジはイチジを見た。 だが、イチジはまっすぐ前を見つめたまま微動だにしない。 ニジも、ヨンジも。 レイジュだけが立ち上がり、歩み寄って 「…ゾロくん…」 顔を覆い、泣き伏した。 ジャッジがわずかに半身を揺らした。 「査問だと?…これは何の茶番だ!?こちらが説明してもらいたい!!」 その時、ジャッジは気付いた。 日本の総理も、大国の副大統領も、外務大臣もこの場にいない理由を。 「………」 見放された これまで、ジャッジの政策を裏側から支援してきた国から 「…ゾロ…足は…大丈夫なのか…?」 「足?」 サンジがゾロに尋ねた。 「イチジが…お前を海に放り込む時…足を砕いたと言ってたんだ」 「…そんな事言ってたか?いや、砕かれちゃいねェ。歩けるぜ」 「うん…それは見てわかった…?…じゃなんで…」 サンジはチラとイチジを見た。 イチジは議長席のつるの方を向き、サンジを見てはいない。 「…でもよかった…よく…あの海から…」 「少し溺れかけた…だがなんとか海面に顔を出せてよ。そしたらスマホが鳴ってな」 ゾロはポケットからスマホを出した。 「ウソップからだった」 ウソップが「へへ」と鼻を擦って笑う。 「防水機能の高いスマホで助かった。どこにいるかって聞かれたから『海のど真ん中で溺れかけてる』ってな」 「………」 フランキーが 「ウソップの野郎『ゾロが海で溺れてるー!』って大騒ぎになってよ」 ロビン 「すぐに地元警察に船を出してもらって、ゾロのスマホのGPSを頼りに拾い上げに行ったのよ。 間に合ってよかった」 「…そう…か…よかった…」 ゾロの肩に額を当て、サンジは深いため息をついた。 まだ湿っている服。潮の薫り。 「顔を上げろ」 力強くゾロが言う。 「まだ終わっていねェぞ」 「………」 大きくうなずくゾロに、サンジもうなずいた。 そして サンジはひとりでゆっくりと議長席に向かい、つるの前に立つ。 「ジェルマ王国、ヴィンスモーク家第三王子サンジ。発言の許可を求めます」 「……許可しよう」 つるの言葉に、ジャッジはびくりと体を震わせた。 サンジは、つい先ほどまで父が立っていた壇に立った。 殆どの参加者は火災報知機のせいで避難してしまい、会議場には当初の半分も人はいない。 議場に、サンジの声が響き渡る。 「ジェルマ王国で、重大なる人権侵害が行われていることを告発します」 ジャッジは凍りついたように動かない。 イチジもニジもヨンジも、レイジュも。 「私的自由の原則を侵し、国民を監視し、国が国民の身体生命を保護する義務を果たすことをせず、 むしろ危険にさらしています」 この為に、ここまで来た。 「ジェルマでは王権を乱用し、国民の人権を無視し、一方的に支配する政治が行われています。 国民ひとりひとりへの監視、身売りともいえる徴兵、派兵。女性に対する出産の強要…」 つるが問う。 「証拠は?」 その一言に、サンジは詰まる。 「それらの証拠を、提示できるかね?その告発に沿える確たる証拠」 「…そ…れは…」 ジャッジあからさまに息をつく。 「サンジ王子。ただの告発だけでは我々は動くことができない」 「………っ」 「貴殿のその告発の根拠を示してほしい」 ジャッジが呻くように言う。 「そんなものがあろうはずはない!サンジ!お前は家が…祖国が…滅んでしまってもいいのか!」 サンジはギッと父を睨みつけ 「おれの左手首を調べてくれ!!ここに個人識別用のチップが埋め込まれているんだ!! 国民を監視するためのものだ!!」 「個人識別用チップの導入を行っているのはジェルマだけではない!そうだろう!?議長!!」 つるが、激昂する2人を押さえようと手を上げた時 「落ち着いて下さい2人とも。ここは人権会議、話し合いの場であって、議論を戦わせる場所ではありません」 突然の声に、全員がその方向を見た。 「お座りください、国王ジャッジ、サンジ王子」 声の主に視線が一斉に集まる。 議場の入り口に、もうひとり誰かが現れた。 その声の主を見て、サンジはまた目を見開く。 ジャッジも、レイジュも、その人物を見て驚きの表情を浮かべた。 高い背。 骨のように細い体。 巨大といっていいアフロヘア。 細い手に持ったステッキで体を支えている。 傍聴席に立ち尽くしていたレイジュは驚き、次に満面の笑みを浮かべ 「ブルック!!」 その名を叫んだ。 サンジも 「ブルック…?ブルック…!ブルック!」 ふたりの姉と弟は、背の高い骨のような体つきの老人に走り寄り、両側から抱きついた。 ブルック サンジの話に登場していた、姉弟のかつての音楽教師。 「ブルック!ブルック!ブルック!」 「ブルック…!ああ!本当にブルック先生!?先生なの!?」 アフロの老人は恭しく胸に手を当て 「お久しぶりでございます。レイジュ王女、サンジ王子…大きくなられた…」 レイジュとサンジの、幼い頃の音楽教師ブルック。 杖をつき、ふたりが記憶している姿と少しも変わらず、あの頃の穏やかな笑顔と声。 ブルックは、ふたりの背を優しく撫でながらジャッジを見た。 「…お前は…ブルック…!」 「お久しぶりでございます。ジャッジ様」 ブルックはジャッジに対峙する。 サンジはゾロの傍らに立ち、父に歩み寄るかつての師を見送る。 「なぜ…お前がここに…」 「…王妃様です」 ブルックの言葉に、サンジやレイジュだけでなく、イチジ、ニジ、ヨンジも反応した。 「私がジェルマ王国に参りましたのは…あなた様の政治に不安を覚えた王妃ソラ様が 国連の機関に相談を持ちかけられたからです」 「ソラが…!?」 サンジが息を?み 「…母さんが…?」 ブルックはひとつ深呼吸し 「私は国連安全保障理事会の職員です」 「――!?」 「…ソラ王妃の訴えを受けて…ジェルマ王国の内偵を行う為に入国したものです」 レイジュとサンジが互いを見た。 ジャッジが叫ぶ。 「…なんと…なんということを!!ソラ…!!」 「考え違いをなさいますな、国王ジャッジ。ソラ王妃はジェルマ王国と、お子様方、 そしてあなた様の為に訴えをなさったのです。 そのお心にどれほどの苦悩と深い悲しみがあったと思うのです」 「ジェルマ300年の宿願を…恨みを…ソラもわかっていたはずだ!!」 「理解しても、その方法が間違っていることをソラ様は憂いておられました」 「他国者に何がわかる!?」 ブルックはジャッジから目を逸らさず 「…あなた様のご苦労も十分に理解はしているつもりです。大国に振り回され従わされ続け… 勝手な冷戦終結で世界に放り出され…苦しかったでしょう…」 「……っ!」 「かといって…国民を切り売りする政策は20年と保たずに破綻する。 その時の苦しみは今の比ではないはずです」 「………」 「あなた様の政策は、あまりにも非人道的過ぎる」 「…非人道的な政策…?…どこに証拠がある?」 ジャッジの言葉にブルックは眉を寄せた。 「傭兵の派遣も、出産奨励策も、明確な法律があるわけではない。あくまでも推奨策。 国民の愛国精神から行われていることだ!!」 「…では、サンジ様が今訴えられた条項は、全て根拠のないたわごとだと?」 「そうだ!サンジは…そこにいる悪徳警官らのテロリスト思想にかぶれてしまった!」 サンジは声を張り上げる。 「ゾロは関係ねェ!!これはおれの思想でおれの意思だ! おれの命を奪ってその罪を反政府勢力に着せようとし、 ゾロをテロリストに仕立て上げたのはてめェだ!ヴィンスモーク・ジャッジ!!」 「そんな事は知らん!仮にそうだとしても、わたしが関わっていたという証拠があるのか!?」 ジャッジが叫んだ時だ。 「ここまでです。父上」 冴えた声が響き渡った。 ジャッジは、声の主を見る。 イチジ ジャッジの、最愛の息子。 穏やかに、だが凛と、イチジは言う。 「…ここまでです」 イチジは立ち上がり、父の目をまっすぐに見据え 「ニジ」 「おう」 ニジが、ポケットから小さな何かを取り出し、ひらひらと振りながら 「我が国の派兵政策と人口政策に関する過去5年間の全てを記録したSDカードだ。 国連安保理に引き渡す。全部暗号化してある。解除キーはこっちだ」 ジャッジの顔が、一瞬にして蒼白になる。 「な――――!!?」 サンジとレイジュの目が大きく見開かれた。 ヨンジも立ち上がり、イチジの傍らに立つ。 イチジは 「父上」 冷静な声で父を呼ぶ。 「今、この場で、事実を全て明らかにし、速やかに王位を私に譲られますよう勧告いたします」 「イチジ…!!?」 イチジは変わらない表情でブルックに向き直り 「王位は速やかに移譲する。前国王ヴィンスモーク・ジャッジは我が国の法で裁く。 それ以上は内政干渉である」 ブルックはため息をつき 「…仕方ありません。ですが、監視委員会は設置させていただきますよ?」 「承知した」 ジャッジは息子に 「イチジ…お前は…お前は!?」 ジャッジを見下すように見おろし、イチジは 「………」 「お前は父を売るというのか!?」 父を見、イチジは冷たい声で言う。 「…あなたが国民に行ってきたことですよ?父上」 「………!」 ニジが笑う。 「…大国と対等に渡り合おうなんて高望みだったんだよ…ハハハ!」 「このまま行き着く先はたかがしれてる。どう考えてもどんづまりだ」 ヨンジも小さく笑った。 何が起きた? サンジは呆然と 「…イチジ…ニジ…ヨンジ…?」 イチジがチラとサンジを見る。ニジが、サンジに近づきポカッと頭を叩いて 「…ったく余計なことしてくれやがってよ!エラい遠回りで損な真似させやがって!!」 ヨンジが 「お前はお人好しで芝居がヘタだ。最初から我らの計画の内になかった。なのに勝手な真似を次々と…」 「…うるせェよ!!だって…お前ら…お前らは…レイジュ!?レイジュは知って…!?」 レイジュは肩をすくめた。 「…途中からね…ウソップくん達と別れた後からよ」 「………」 「それまでは…イチジがそんなことを考えていたとは夢にも思ってなかったわ…」 イチジはゆっくりとサンジに歩み寄り、言う。 「…お前の日本訪問の申し出がチャンスだと考えた」 「………」 「レイジュが共なら、互いに必死に守り合うとわかっていた」 「………」 「だがそこに、予想外の人物が増えるとは思っていなかった」 イチジの目がゾロを見た。 サンジもゾロを見る。 ゾロは少し渋い顔をしてヨンジを見た。 ヨンジは笑い 「亡霊が現れたかと思ったぜ」 「…気の毒だったな」 そうか だからイチジは、ゾロの足を砕いたと嘘を…。 レイジュが皆に聞こえる声で呟く 「分のいい方についたということよね?」 「………」 再びつるが 「ロロノア警部補。もみ合って船に落ちたというのは本当かい?」 「………」 「…王子達に放り投げられたという目撃証言もあるが…」 ゾロはこともなげに 「おれが勝手に落ちたんだ」 サンジが目を見開く。 「そうかい」 つるは、それ以上追及しなかった。 外務副大臣が立ち上がる。 立ち上がり、沈黙したまま議場から出て行った。 「………」 ブルックは笑いながらサンジに 「サンジ様、本当にがんばりましたね」 「…ブルック…」 「黙っていなくなって…本当にすみませんでした。 私は面が割れてしまっていたので、あれ以上調査の為に残ることができなかったのです」 サンジは首を振った。 「ソラ様が望まれた優しい王子になられた…レイジュ様も。そしてイチジ様もニジ様もヨンジ様も」 「キッシヨ!!キモチの悪ィことゆーな!」 ニジが舌を出す。 ふらりとサンジの体が揺れた。 ゾロは抱きとめ、その耳に囁く。 「お前がしてきたことは無駄じゃなかった」 「…無駄だったよ…おれひとり…ばかみてェ…」 イチジが言う。 「確かに無駄だったな」 「………」 レイジュが息をつき 「サンジ…ゾロくん…イチジがお父様を裏切る最終決断をしたのはつい昨日のことよ」 「………」 「あなた達が足掻くのが…イチジには理解できなかったみたい…」 「………」 レイジュは涙を浮かべ 「…届いたのよ…あなたの声が…」 「………」 首をかしげ、サンジは困ったように笑う。 イチジが 「おれは」 「……!」 「国民がかわいそうだとか、母の想いがどうとか、そんな考えは持ち合わせていない」 「………」 「ただ」 毅然と、次期国王は言い放つ。 「おれはおれのやり方で、ジェルマ300年の怨嗟を晴らしたい。そう考えただけだ」 ジャッジが肩を落とし、床に膝をつき、深く息をついた。 「お父様…」 レイジュがその手に手を添えて 「大丈夫…まだ間に合うわ…」 「………」 「今から償えば…きっとお母様は褒めてくださいます」 「レイジュ…」 「お母様の愛したお父様なら…取り戻せます…」 「………」 レイジュは父の手に頬をあて 「…また東京タワーに登りましょう?今度は6人で」 「………」 ヨンジが 「わたしは行かないぞ恥ずかしい」 ニジが 「どーせ行くならスカイツリーだろ?ダッセ!」 イチジ 「興味はない」 サンジ 「…ったく…かわいげのねェ…」 ゾロ 「さすがお前ェの兄弟だ」 「あァ!?」 カンカン! 槌の音 議長つるが 「この案件は人権会議から安全保障理事会に移すものとする。 ジェルマ王国国王ヴィンスモーク・ジャッジの身柄はジェルマ王国の法の下に置く。 新国王は審理の手続きが済み次第、即刻安保理に出席するように」 「承知した」 イチジが答えた。そして 「…さてブルックD2…議事を進めなくてはならないんでね…お前さん達は別室へ移動しておくれ。 そんなに悠長な会議じゃないんだよ」 「あ。ハイハイおつるさん。失礼いたしました」 ニジがボソッと 「D2?ブルックの野郎そんなにエラかったのかよ…」 「そうなのか?」 サンジの問いにイチジが 「…副事務総長のすぐ下の階級だ。厄介な人物だったわけだ…母上め。儚げなくせに」 「………」 サンジとイチジの目が合う。 「とんでもなく強い女だったな」 「おれ達の母さんだ」 イチジは鼻で笑う。 「そうだな」 イチジの口元が、わずかに微笑んだ気がした。 別室に移るため、議場を出た所でゾロが口元をしかめながら 「で?事の黒幕はどこのどいつだ?ぶんなぐらせろ」 ロビンは肩をすくめ 「それはムリ。長官も刑事局長も事務次官も更迭されたわ。ついでに外務省事務次官もね」 フランキーが 「大国に圧力をかけられた外務省が、与党の派閥を通じて警視庁にねじ込んだらしい。 そこに与党派のメディアを使って、お前をテロリストに仕立て上げたって寸法だ」 「じゃあ、黒幕はてっぺん2人って事かよ?殴ってきていいか?片方はそこにいるよな?」 「残念…総理は先ほどヘリで東京に向かったわ」 ロビンの言葉にサンジが 「…大国の政府代表がいなかったのは…」 「ジェルマを…いいえ、ジャッジ国王を見限ったということね…」 「………」 レイジュに支えられたジャッジの肩がさらに下がる。 片手で顔を覆い、大きな息をついた。 悪い夢を見ていた。 そのことにようやく気付く。 「…冷戦終結とその後のソ連からロシアへの政治変動…元東の大国からも見捨てられ、 今度はアメリカからも見捨てられた」 イチジが言った。 皆振り返り、やるせない表情で息をつく。 「ま。いいんじゃねェか?」 「なんとかなる。それこそ、国が破たんするのを見過ごす国連ではあるまい」 ニジとヨンジが言った。 「ま。おれさまがシンクタンクを駆使してまた金融市場で儲けてやるさ。 今度は大国やお前ら日本の方から『金貸してくれ』って頭を下げてくるようにしてやる」 「雪と氷に閉ざされた国でも適した産業が無い訳ではない。そのビジョンはある」 「頼もしいわ」 レイジュがほほ笑む。そしてイチジが 「…何も考えが無いのはお前だけだサンジ」 「……っ!!」 「お前は国を営む為政者にはなれない。お前は全てにおいて考えが浅く甘い」 「…んだと…」 「お前は王族にふさわしくない」 拳を握るサンジの背中をゾロは見つめる。 そして 「お前はヴィンスモーク家の恥さらしだ」 「………」 「ジェルマにお前は必要ない」 「――――――っ」 言い放ち、イチジは弟達の先に立って歩き出す。 ニジもヨンジも、それ以上は何も言わず、去って行った。 「もう…素直に好きにしろって言えばいいのに」 レイジュが言った。 「…あいつららしいよ…」 ふと、父と目が合う。 「………」 ジャッジは何も言わず歩き出す。 いちばん、妻が愛した子だった。 自分と同じ色の髪を持つ子だった。 あまりに平凡で あまりに非才で まるで、幼い頃の自分のようで 優しさなど要らぬ ただただ強くあれ 非情であれ そうしなければジェルマは生き残れない そう父に教えられ、従い、いつのまにか自分が最も嫌った父のような男に自分がなっていた。 やがて自分は裁かれる。 だが 何も案ずることはない 「レイジュは…どうする?」 サンジの問いに 「ジェルマに戻るわ。あたりまえでしょ?」 「………」 「そんな顔をしないの」 サンジの頬に手を当て。ムニムニと頬をこねる。 「大丈夫よ。幸せになるから」 サンジが家族からの虐待を受け、さらに今回の件で政治的に生命と財産の危険に晒されていることは世間の知るところとなる。 このまま、サンジは『難民』としてこの国に受け入れられることも可能だ。 おそらく、脅しをかければ彼の大国の市民権も得られるだろう。 「ゾロくん」 レイジュがゾロに手を差し伸べる。 応えたゾロの手にまた手を重ね 「ありがとう…約束を守ってくれて」 「最後は情けねェことになっちまったがな」 レイジュは首を振り 「あなたのおかげよ」 「………」 「……あなたがジェルマを救ってくれた」 「そんな大それたことはしてねェ」 「したのよ?わかってないのね?あなた英雄よ?」 「あのじいさんが何年も前から調査していたことが実を結んだからだろう。 英雄は、あのじいさんを国に招いたお前らの母親だ」 レイジュは笑い 「…そうね…でも、あなたもそうよ」 「………」 「絶望するしかなくて、自分の命も捨てようとしていたサンジを救ってくれたわ」 「………」 「ありがとう」 「………」 「本当にありがとう」 レイジュは背伸びし、ゾロの頬にキスをした。 「――――――!!」 ゾロは至って普通だが、驚きに小さく声をあげたのはサンジとウソップ。 レイジュはサンジをチラリと見て 「ごち」 といたずらに笑ってみせた。 「――――――!!」 そして 「ウソップくん!!あなたも!本当にありがとう!!」 「へっ!?」 両頬にキス。 「わ――――――っ!!」 さらに 「ロビンさん?いい?」 「どうぞ」 微笑み、さらりと言うロビンの隣にいるフランキーの頬にも 「!!!!!!?」 「あら?意外にウブね?」 「そうなの」 ウフフ、と女ふたりで笑う。 ロビンからコゼットは無事でいることを知らされ、レイジュは初めて涙をにじませた。 「サンジ様、レイジュ様」 声に振り返る。 ブルックだ。 「ブルック…」 サンジは駆け寄り、ブルックの体を抱きしめた。 「ヨホホホ…サンジ様、痛いです」 「あ、ごめん!」 「それだけ大人になられたのですね…サンジ様もレイジュ様も…ソラ様によく似てお育ちになられた…」 「音楽の先生じゃなかったなんて」 レイジュの言葉に 「いえいえ!ワタクシ、れっきとした音楽教師ですよ?資格もちゃんと持っております! たまたま音楽教師で国連職員というだけです!」 「たまたまでそんな奴いるかよ」 「いますよ?ここに!ちゃんと!」 ブルックはサンジの頬に手を当て 「…ソラ様のお心をちゃんと継いで…母上様はきっと喜んでおられますよ… ですが、自分の命を粗末にする行為はいけません」 「…もう…そんなことは考えねェ…」 サンジはゾロを見 「生きることしか、もう考えられねェから」 ブルックがうなずく。 レイジュも微笑む。 ゾロも、笑ってうなずいた。そして 「あ。おい、ブルック」 サンジが言った。 「はい?」 「ブルック、お前日本のどこの出身だ?富士山を見て育ったって言ってたよな?」 「よく覚えておいででしたね!?そうですよ?ワタクシ、山梨県の出身です!それが何か?」 サンジは関心した顔でゾロを見た。 「ホントだ…すげーな、ゾロ」 「だろ?」 ドヤァ 楽しげに笑うふたりを、皆不思議そうに見た。 (続) 10 BEFOER (2017/12/16) 7Days 海へ TOP NOVELS-TOP TOP