酒を呑め、こう悲しみの多い人生は 眠るか酔うかしてすごしたがよかろう オマル・ハイヤーム ふと、誰かが唇に触れた様な気がして、サンジは目を覚ました。 けれど、今ここにいるのは自分ひとり。 まだ、カーテンの外は灰色の闇だ。 最愛の男は、今、あの明るい島の葡萄畑で収穫前の準備をしながら、もうじきサンジがそこへ行くのを心待ちにしている頃だ。 今年も、アレアティコはよく実っていると、一昨日メールがあった。 ルフィとナミとウソップで、今年は誰がサンジを家に招くかと、毎日無駄なケンカしているとも言っていた。 枕元に置いたスマートフォンを手に取る。 待ち受けに現れた画像は、先月撮ったコルシカ島での家族と仲間の写真。 今年の秋も、サンジはモンキー家のドメンヌのヴァンダンジュとして雇われることになっている。 秋の収穫の時だけは、コルシカに1カ月滞在することを認めてもらっていた。 ゾロ 今年もこの季節が来たな。 画面の、緑色の髪の男に小さくキスをして、 「おやすみ、ゾロ。」 イタリアヴェローナの「コーサ・ノストラ」ロロノア・ファミリーの若きアンダーボス、サンジは、端麗な顔に頬笑みを浮かべてシルクのピローに顔を埋めた。 同じ屋敷の一角。 深夜というにはあまりにも遅く、だが早朝というにはあまりにも早すぎる時刻というのに、街を見下ろす窓辺に立ちつくす男の姿がある。 サンジの父親、ロロノアファミリーのボス、ドン・ゾロシア。 「………。」 咥えた葉巻から立ち上る紫煙。 闇の中で光る金色の目は、どこか怒りに染まっている。 全身にまとわりつく嫌な気配。 この気配に記憶がある。 この凶悪な気配 「………。」 ゾロシアは、ゆっくりと後ろを振り返った。 最愛の息子サンジさえ、滅多に入る事の許されない彼の寝室。 その奥の壁に掲げられたものへ、ゾロシアは厳しい目を向けた。 20年前にゾロシア自身が滅ぼした、敵対する組織バラティエファミリー。 そのボスだった、ドン・サンジーノ。 その、等身大の肖像画。 かつて、命懸けで愛し、今も想いを注ぐ唯一の相手。 サンジの、本当の父親。 この気配。 この凶悪な気。 「……まさかな……。」 「あの時」感じた凶悪な、狂気に満ちた気配。 あの全身を覆った『恐怖』が、全ての始まりだった。 「飯だぞ―――っ!!」 青空の下、響き渡るその声に、真っ先に反応するのはもちろんルフィ。 「やっほーい!メシだ―――っ!!」 「大事に扱えって何度言わせんだてめェは――っ!!」 ゾロの怒鳴る声に、梢の鳥たちが一斉に飛び立った。 ウソップが、バケツの中の葡萄の実をゾロのホッテに空けながら、 「急げゾロ!ルフィに全部食われる!」 「わかってる!」 「ほら!急げ急げお前ら!」 笑いながら、フランキーが息子の頭を小突いていった。 コルシカ島 フランキーの葡萄畑に、今年もアレアティコはよく実った。 数年前に少し広げた畑に作付した木は、今年が初の収穫だ。 フランキーの家の庭に長テーブルが置かれ、そこに沢山の料理が並ぶ。 近在の農家同士、助け合っての収穫だ。 その家の主婦が指揮をとって、手伝ってくれる人々に昼食を振る舞う。 フランキーの妻・ロビンは、額に少し汗を浮かべ、美しい笑みを振りまいて大皿を運んでいた。 「サンジ。チキンは足りるかしら?」 「大丈夫、次がもう焼き上がるよ。」 「サンジく―ん!このソースかけちゃっていいの!?」 「ああ、ありがとう!頼むよナミさん!!」 台所は戦場の様だ。 しかし涼やかな顔で楽しそうに、サンジは料理を作っている。 その姿を見て、誰が彼を、マフィアのアンダーボスだと思うだろう。 「ヨホホホホホホホ!!ではみなさん!!食前の祈りを捧げましょう!!」 「ぅおぅっ!ブルック!このエロエセ神父!いつの間に来た!?」 「5分ほど前に。」 「飯だけにか!!」 「お祈りなんか後でいーよ!!いっただきまーす!!」 ルフィが、高々とフォークをあげて宣言すると、皆一斉に乾杯して料理に手をつける。 フランキーと、ゲンゾウと、そしてヤソップの一家とこのドメンヌの領主一家の息子ルフィと 「美味い!いやぁ美味いなぁ〜!サンジのメシはホントに美味い!」 嬉しそうに、口いっぱいに頬張りながら言ったのは 「おいエース!!おれの肉取っただろ!?返せ!」 「取ってねェよ、お前のは。」 「うおっ!おれのがねェ!!」 ゾロが叫んだ。 エースはモンキー家の長男、ルフィの兄だ。 去年、本土での修業を終えて戻ってきた。 ゾロよりひとつ年上で、ゾロ達がモンキー家のシャトーで生活していた頃、ゾロはエースの格好の『おもちゃ』だった。 であるから 「サンジ、この豆のスープ美味いなァ。おかわりしていいか?」 「ああ、もちろん。」 サンジが、エースの手から皿を受け取ろうと手を伸ばす。 すると 「……エース。おれは皿が欲しいんだが。」 「ああ、悪ィ。つい。」 そばかすの頬を緩ませて、悪びれずにエースは笑う。 しっかりと、両手でサンジの白い手を握り締めて。 すると 「…ゾロ、お行儀悪いわよ。ナイフはチキンを切る為に使いなさい。人の喉笛を切るには刃が弱いわ。」 ロビンが、座が静まりかえる様なブラックなジョークを吐く。 エースもサンジの手を放し 「そうそう。どうせ斬るなら、もっと鋭利な刃物でスパッとやってくれ。」 「お望みとありゃ斬ってやるぜ、エース。格好の刃物がちゃんとある。」 「おお、怖ェ怖ェ。ホントに刀でバッサリは御免だァ。」 「…何年経ってもラブラブねェ、夏はとっくに終わったけど、暑いったらないわー。」 ナミがからかうように言うと、座が再び笑いに包まれた。 顔を赤くして、ゾロはナイフをチキンのグリルに突き立てた。 「…いちいち妬くな。」 「…うっせェ。」 サンジは笑いながら、ゾロの皿にチキンのローズマリー風味のグリルを追加してやる。 幸福な時。 ここにいる時間が一番幸せだと思う。 豊かに実った葡萄畑を、ゾロと、フランキーとロビンと見るのが至福だと、心底サンジは思う。 だが、ヴェローナの父の肩腕になると決めたのは自分。 自分を守り、残った愛全てを与えてくれた父の側にいて、助けたいと願ったのは自分。 修羅の道を選びながら、それでも安らぎとゾロの愛を求めてここへ来てしまう。 ファミリーの中には、そんな甘さを苦々しく見る者もいる。 それを許すドン・ゾロシアを、よく思わぬ者もいる。 わかっている。 この『自由』が『甘え』であること。 いつか この幸福な時間は失われてしまうかもしれない。 それでも、今は…。 「……ん……。」 「………。」 「…ゾ…ロ…ぁ…あ…。」 「……サンジ……。」 「…ゾロ…ああ…。」 共に過ごせる時は ただ互いだけを想って愛し合おう。 そう決めた。 おれ達を生み落としてくれた、2人の父の様に。 だが、この恋は彼らとは違う。 許され、祝福された愛だ。 だから 「……ゾロ…好きだよ……。」 「…ああ…知ってる…。」 無駄のない、均整のとれた鍛え上げられた肉体。 サンジのそれは、なよやかな部分など微塵もないのにあでやかで艶めかしい。 真珠の様に淡く光る肌にキスをする度、まるで天使の翼に口づけているかのような思いに捕われる。 ゾロの手で快楽を知り、開かれていったサンジの体。 初めての時、それから幾度か、ゾロのそれはサンジを苛むだけであったのに、今は 「…ああ…っ…ああっ…!ゾロ…!…ゾロォ…っ。」 「…イイか?…このまま…ケツでイクか…?」 「…ん…っ…んん…っんっ…!」 コクコクと、うなずくサンジの唇を塞いで、ゾロはさらにサンジの奥深くへ身を進める。 「ふ…!ぁああっ…!」 「…おい…あんまデケェ声出すと…下に聞こえる…。」 「…だ…って…てめ…が…すげ……っ。」 「…昼間あんなに働いて…疲れてねェか?てめ…。」 「……そ…思うんなら…いた…われ…っ……あ!」 「…そうは思うんだけどな………ダメだ。てめェがエロすぎんのが悪い。」 「……っ!!」 「……イクぞ…好きな時にイっていいからな……。」 「…ん…っ!ああ…!」 サンジに会えない間はどれほど溜まってもそんな気分にならないのに、会ってしまうと毎晩でも尽きない自分はおかしいのかと思う。 しかし、いつだかナミがこう言った。 「……幸せね、サンジくん。」 少し寂しそうな声だったが。 どれほど激しく抱き合ってサンジが淫らな声を挙げても、翌朝、フランキーもロビンも何も言わない。 許されて愛し合う事がどれほど素晴らしい事か、どれほど幸福な事か、ゾロシアとサンジーノの恋の全てを見つめてきた2人には、痛いほどにわかっているからだ。 「ああっ…!!ゾロォ!」 唇を震わせ名を呼んで、青い目に涙を滲ませて、すがりついて この一瞬がある限り、おれは何も怖くない。 サンジが目を覚ましたのは、まだ夜明けには間がある時刻だった。 この前も、同じような感覚に目を覚ました。 いや、妨げられた。 と言った方がよいかもしれない。 ゾロの腕の中、今度は、本当にゾロが自分の唇に触れたのだと思ったが。 「………。」 毎日の収穫と、サンジを抱いた疲れと至福に、ゾロは深く眠っていた。 胸に、数年前ゾロシアに斬られた袈裟掛けの傷が走っている。 ゾロシアの愛も、恐ろしいまでに激しい。 実の息子を、守るために斬るという行為は、本当に強い心がなければできない事だ。 あんな男に、自分もなりたい。 やがてドンを名乗っても、ルフィやナミやウソップ達も、守れるほどに強く…。 あの美しい町と、この明るいドメンヌの全てと、お前との日々を、おれは守りたい…。 「………。」 なんだろう? この前から、感じている違和感。 全身にまとわりつく湿気の様な、重い空気。 ここに来てからは、嬉しさと楽しさですっかり忘れていたけれど…。 サンジは体を起こし、ズボンを履きシャツを羽織ると階下へ降りた。 静まり返ったリビングを抜けて、キッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを出して喉を潤す。 窓から見える細い月。 森の方からフクロウの声。 ヴェローナの夜は、いつも雑踏の音がしている。 どれほど静かな夜でも、必ずどこかから人間の息遣いを感じる。 広い畑の真ん中にあるフランキーの家には、4人の人間しかいないはずなのに、何か、誰かがいる様な気がしてならない。 「…誰かいるのか?」 答えを期待した訳ではない。 だが、思わずサンジは声に出していた。 「………。」 やはり気のせいか。 そう思いながら、ふと、キャビネットに映る自分の顔を見た。 と 「!!?」 驚き、サンジは慌てて振り返った。 弾みで、ダイニングの椅子が大きな音を立てた。 この音は、確実にロビンが起きてくる。 案の定 「どうしたの?サンジなの?」 「……あ…いや…。」 忍ぶような足音で、ガウンを羽織ったロビンがキッチンに姿を見せた。 ロビンは、労わる様な眼を細めて。 「…眠れない…?……大丈夫?」 「……!だ、大丈夫…!ちょっと、喉が渇いてさ…ごめん、灯りがなかったからぶつかったんだ!ぶつかっただけ!……どこも…痛くないよ。」 息子が、サンジに無体をしているのではないかと無言で案じる母に、サンジは優しく素直に答える。 「もう少し休んで。少し、遅く起きても大丈夫よ。」 「うん。ありがとう…そうするよ。」 ロビンは身をかがめて、サンジの額にキスをした。 優しい、『マンマ』のキスだ。 「おやすみ、ママ。」 「おやすみなさい。」 たった1年だったというが、サンジはロビンに育てられた。 ゾロシアへの忠誠故に、ロビンは生後間もないサンジをその胸に抱いて育てた。 その『母』に、余計な心配は掛けたくなかった。 「………。」 ロビンが、寝室のドアを閉める音を確かめてから、サンジはもう一度キャビネットを見、そしてすぐ後ろにある窓から外を見た。 「………。」 キャビネットのガラスに映る自分の顔の後ろに、誰かがいた。 誰かが その顔は 「………。」 サンジは、自分の頬を撫でた。 あの顔は 「…おれ…?」 おれの後ろに、もうひとりのおれ。 いや、もしかしたら 「まさか…サンジーノ…?」 そんなはずはない。 だが、もし、今見た影がサンジーノなら、一体何を告げたくてここに現れたのか…。 「それ、単純に夢でも見たんじゃないか?サンジ?」 ダイニングで、今しがた怪我をしたヴァンダンジュの治療を終えたチョッパーが、少し呆れたようにサンジに言った。 サンジは、パン生地をこねながら 「…いや…目は覚めてたな…。」 「じゃ、錯覚とか。ガラスの屈折で、自分の影が二重に見えたんじゃないか?」 「…そうかな…。」 「そうだよ!絶対そう!お化けなんかいないよ!暗いトコが怖いと思うから見えるんだ!」 「……チョッパー、お前…幽霊嫌いか?」 ギクッ!という文字がチョッパーの頭の上に浮かぶ。 「バババババババカヤロー!ココココココ怖ェことあるか!!お化けなんか嘘だ!お化けなんかないさ!錯覚錯覚!!あははははははは!!」 怖いのか サンジは笑い 「フランス語上手くなったな、チョッパー。」 「え?そうか?上手くなったかなー。でも、サンジが来るとホッとする。イタリア語喋り倒しちゃうんだ。」 「ブルックと喋ればいいじゃないか。」 「やだよ。あいつとじゃ会話が成立しねェんだ。」 「あははは!なんかわかるな、それ!」 サンジの実の父・サンジーノを殺害した真犯人だったブルック。 それは、すでに皆に赦された。 しかしブルックは、今でも悔恨と贖罪の日々を送っている。 傍から見ると、とてもそうは見えないが、おちゃらけながらも彼は彼なりに、 ゾロとサンジと、フランキーとロビンに尽くすことで、ゾロシアとサンジーノへの罪を贖っている。 サンジーノ自身は、自分の死の瞬間に既にブルックを許していただろう。 今ではゾロもゾロシアと和解(……?)し、サンジも幸福なのだから、サンジーノが今、サンジの元に化けて出る理由もない。 もし、今朝がた見たあの影が現実だったなら、その意味する所は何だろう…。 今、イタリアのコーサ・ノストラは5つの勢力に分かれている。 ゾロシアの牛耳るヴェローナ・ミラノ・ナポリなどの北イタリア一派と、ローマを中心とする一派。 そして南イタリア・カラヴリャを拠点とする一派、プーリャを拠点とする一派。そしてシチリア・サルダーニャの島を牛耳る一派だ。 それぞれのファミリーのドンが名を連ねる組織をコミッションといい、何か、大事が起きた時や何かを計画した時などはすぐにこのコミッションが招集される。 互いの組織を監視し合い、抜け駆けを許さず、持ちつ持たれつの関係を保つための重要な機関だ。 数年前、傘下のゾロシアファミリーを潰して直轄の支配を企んだボルサリーノの暗殺をゾロシアが行った時、 その後の報復がなかったのは、そこにコミッションの了解があったからだ。 金融や石油産業で膨張し続けるボルサリーノを、他のドンは苦々しく思っていた。 止める機会をうかがっていた所、ゾロシア自身が粛清の名乗りを上げた。 渡りに船だ。 ボルサリーノの跡、コミッションのボスのひとりにゾロシアがなってから、大きな抗争も起きていない。 今、サンジが命を狙われるような事案も少ない。 アンダーボスとはいえ、ゾロシアファミリーの中のサンジよりも、首を取って価値のある幹部は他にワンサカといる。 逆に、サンジを害そうものなら、翌日にはゾロシア自身の手で組織が壊滅する事は百も承知だ。 ボルサリーノの件で十分わかっている。 マフィアといっても生活共同体。 平穏に、安穏に日々を送れるに越したことは無いのだ。 わざわざきな臭い事を起こそうなどという組織は、今のところ無いはずだった。 「さて!おれも収穫手伝ってくるかな!」 「診療所はいいのか?」 「今日はドクトリーヌがいるからいいんだ。」 「そっか。じゃ帰る時、レディくれはにこのパン頼むな?」 「ん!わかった!」 チョッパーが外へ出るのを見届け 「さて!」 生地を寝かせようか。 と、生地の塊を持ちあげた時 「うわああああああああああああああああああああああ!!!」 「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」 「ああああああああああああああああああああああああ!!!」 素っ頓狂な悲鳴が響き渡った。 ウソップ、ブルック、チョッパーの悲鳴だ。 「何だァ!?」 サンジが飛び出すと同時に、3人がものすごい勢いで家の中に駆けこんできた。 騒ぎに、外で芋を剥いていたナミとノジコが顔を出す。 「どうしたの!?」 「あああああああああああああああ!!!」 「ちょっ!ウソップ!!どさくさにどこに抱きついてんのよ!?」 「ああああああああ!!きききききき来た!!来たぁぁぁあああああ!!」 「来たって何が?」 「ヨホホホホホホホホホホホホホホホ!!!隠れる所!!隠れる所!!」 「ブルック!!冷蔵庫にもぐりこむな!!」 「ぎゃあああああああああああああ!!出た!出たァァああああ!!」 「お化けか?」 「お化けより怖いぃぃぃぃぃいいいい!!!」 サンジが外へ出ると、ドメンヌの仲間が大きな輪を作っている。 何かを中心に、遠巻きに その中心の片方にゾロ。 その片方に 「……父さん!!?」 サンジが叫ぶと、ゾロが睨みつけている相手の男が目だけでサンジを見て 「……おう。」 と、短く言った。 「父さん!どうして!?」 「来るなサンジ!!中に入ってろ!!」 「ゾロ…何があったんだ?」 「いいからてめェは来んな!!」 サンジを隠すように、ゾロは片手を広げた。 その姿に、ゾロによく似た男――彼らの父親ゾロシアは、白い歯を見せて笑った。 ドン・ゾロシア。 ヴェローナを拠点とする北イタリア最大のマフィアのボス。 が コルシカ島の片田舎の、収穫真っ最中の葡萄農家の昼食の席。 その古ぼけたテーブルの一角でグラスを傾けている図は誰がどう見ても不自然である。 ゾロシアは、何の予告もなく、いたってごく自然に畑の真ん中で、他のヴァンダンジュに混じって葡萄の実を摘んでいたらしい。 ちょっと見で、その姿を誰もがゾロだと勘違いしていたようで、ウソップが「おい、ゾロ。ホッテどこだぁ?」と問いかけたらゾロではなかった、という。 「…父さん…来るなら来るって、言ってくれればよかったんだよ。」 「………。」 ぷかぁ と、葉巻の紫煙を吐き、ゾロシアは黙って息子の顔を見た。 その時 シャトーへ出かけていたフランキーと、買出しに出ていたロビンが一緒に戻ってきた。 ヤソップの妻パンギーナが、駆け寄って事の次第を簡潔に告げる。 さすがに驚いた顔で、2人は呆然と 「…ゾロシア…。」 「…よう、フランコ…いや、フランキー、ロビン。元気そうだな。」 数年前、ゾロシアは一度だけここを訪れた。 ふらりとやってきて、フランキーとロビンと、そしてゾロとサンジを抱きしめて、そのまままた、何も言わずに帰って行った。 以来、訪れることなど一度もなく、手紙も電話もなく、ゾロがヴェローナを訪れても会う事もなかった。 年に一度のワインの取引をするためだけの繋がりしかなかった男が、いきなり、それもひとりでふらりと現れては誰だって仰天する。 「…ボス…いえ…シニョール・ゾロシア…。」 ロビンが、震える声で呼びかけると、ゾロシアはチラと目だけでロビンを見た。 「…何か…あったの…?」 「……チョパリーニ。」 いきなり呼ばれ、チョッパーは「ひっ!」と声を挙げた。 圧搾気の陰に隠れていたチョッパーは、一緒に身を縮めていたブルックとウソップにいきなり突き飛ばされて前に出される。 「なななななな!何…!?」 「……おまえの治療を受けに来た。」 「へっ?」 「お前の紹介した医者。ありゃあヤブだ。役に立たんからクビにした。少し世話になる。」 「…父さん…!どこか悪いのか!?」 「ああ、悪い。」 サンジの言葉にあっさりとゾロシアは吐き捨て、そしてゾロの顔を真っ直ぐに睨み据えると 「気分が悪い。」 「!!!」 ゾロの顔が歪んだ。 瞬間、そこにいる誰もが息を飲んだが、エースだけは「ぶっ!」とたまらず吹き出した。 チョッパーは瞬間溜め息をつき 「……おれに治せる病気じゃねェ。」 「何か言ったか?」 「いいいいいい言ってませんっ!!」 「そういう事だ。しばらく厄介になる。」 言いながら、ゾロシアは家の中に入って行く。 「ちょっと待て!!てめェまさかウチに寝泊まりする気か!?」 ゾロが叫んだ。 「問題があるか?」 「ありまくりだろうが!!」 ずかずかと、ゾロがゾロシアの前に詰め寄った。 「……うわー、やっぱ親子だなァ……くりそつ。」 ウソップが圧搾気の陰で呟く。 「…てめェ、自分が大人げねェとか思わねェか?」 「………。」 実の息子の顔を真っ直ぐに見つめるゾロシアの目に、どこか楽しげな光がある。 ロビンは、隣でうなだれているフランキーの手を握って首を振った。 「………ねェ、ナミ……。」 「なに?ノジコ、今、ちょっと黙ってて。」 「アタシが今思ってる事、言ってもいいかな?」 「え?何?」 ノジコは声を潜めて妹に言う。 「…なんか面白くない?」 「………悪ねェ、ノジコ。…………うん、面白い事になったわー。」 ゾロシアは、自分を睨みつけるゾロを見ながら 「寝るのはソファで構わん。」 とだけ言うと、ずんずんと中へ消えていった。 「ソファも貸すか――――――っ!!」 ゾロがゾロシアを追いかける。 その後をサンジも追って行く。 次の瞬間、ウソップ・ブルック・チョッパーが脱兎の様に逃げ出した。 瞬間、誰もがナミとノジコと同じ事を思ったのは言うまでもない。 だが、やはり大人達は 「…大丈夫?ロビン?」 真っ先に尋ねたのはナミの母ベルメール。 ゲンゾウも 「…何を考えてるんだ?あの男…大丈夫か?フランキー…。」 「……ああ…ちょっと驚いたがな……。」 「………。」 「…まさか…サンジを連れ戻しに来たとかいうんじゃ…。」 ゲンゾウの言葉にベルメールが 「…サンジならわかるけど…まさか…ゾロまで引き取りたいとかいうんじゃないでしょうね?」 「まさか!!」 ぐっ、と、フランキーが息を飲むのがわかった。 だが 「大丈夫よ。ゾロシアは…そんな男じゃないわ…。」 「………。」 「……そうでしょう?フランキー。」 「……そうだな……。」 ロビンはフランキーの手をさらに強く握り 「しっかりしなさい。」 「………。」 「ゾロの父親はあなたよ。」 妻の言葉に、フランキーは大きくうなずいた。 NEXT (2011/10/19) Alienato RossoTOP NOVELS-TOP TOP