「すみません。あの…1人で、予約もしてないんだけど…食事できるかな?」
そう言って入って来た男を、海上レストラン・バラティエ副料理長サンジは、ギロリと睨みつけるような青い目で見た。
これが、美しいレディのおひとり様なら途端に鼻の下を長くする所だが、サンジは、くたびれた中年男に愛想を振り撒く様な、広い心を持ち合わせてはいない。
だが、先日近海に現れた海賊との?ケンカ?の直後、客足はめっきり減っていた。
予約キャンセルが相次ぎ食材は余っている。
「かまいませんよ、ようこそバラティエへ、クソお客様。」
ぞんざいな口調に男は怒りもせず、にっこり笑って案内された席についた。
(…あれ?…いつ船を着けた?)
桟橋に船が着く前の、見張り当番のコックからの報せがなかった。
振り返り、男を見る。
(…は…あれが海賊だったら、海へ出て3日で死ぬな。)
バラティエの絶品コースを堪能し男は満足げに息をついた。
デザートのソルベまでキレイに平らげ、最後のコーヒーを飲んで「うん」とひとつうなずくと、男はウェイターを呼び止めた。
「おい、サンジ。あの客がお前を呼んでるぜ。」
「はァ?」
「美味い料理の礼が言いたいってさ。」
「おれの料理が美味ェのは当然だ。それに、野郎のテーブルになんざ用はねェ。」
と吐き捨てた。
だが、直後襲ったゼフの無言の一蹴に、サンジは渋々、男の席に向かった。
注文のディジェスティフワインをクーラーに入れ、仏頂面でネクタイを整える。
「いかがでしたか?クソお客様。」
サンジが仏頂面のまま問うと、男は
「ありがとう!とても美味しかった!」
「で、ご用は?」
男は笑う。
「うん、このワインで君と乾杯したいと思ってね。」
「はァ?」
なんで?
声には出さず、サンジは思う。だが男は笑ったまま
「乾杯してくれ。」
と言った。
訳がわからねェ。
だがなぜか
別にいいか。
そんな気持ちになった。
コルクを抜き二つのグラスにワインを注ぐ。
「乾杯。」
クリスタルの高い音がした。2人で同時にグラスを煽る。
「ありがとう。」
男は笑って、サンジに手を差し伸べた。
思わずサンジも手を差し出していた。
握った手は柔らかく暖かかった。
「…またのお越しを。」
サンジが言うと、男は笑いながら首を振った。そして
「もう来ない。」
「………?」
男はナプキンを置き、ゆっくり立ち上がり、テーブルの隅に置いたマルボロを手に取り、ジャケットのポケットに収める。
「サンジ。」
「あァ?」
「サンジ」だ?馴れ馴れしく呼びやがって。
「これからよろしく。」
「…え?」
男は笑い、支払いを済まし店を出ていった。
その姿をゆっくりと追いかけて、背中からサンジは男に問う。
「なァあんた、名前は?」
男は振り返り、笑って白い歯を見せながら答える。
「ヒラタ ヒロアキ。」
「………変な名前だな。」
サンジが呟いた時、そこにいたはずの男の姿は消えていた。
サンジが、ゾロやルフィと出会う、ほんの少し前の出来事。
END
(2011/8/10)
8/7の平田さんバースデーにツィッターに投下したものを修正しました
ひらっさん、おめでとーww
お気に召したならパチをお願いいたしますv
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