BEFORE


その日から、ウソップはゾロの観察を開始した。 正確には、ゾロとサンジの観察を始めた、と言った方がいいかもしれない。 なるほど と思える事は、それまでもたくさんあったのだ。 サンジがやたらにゾロにつっかかるのは、それだけゾロがサンジを見ていてサンジを構うからなのだ。 目が合う度にケンカになる。 そりゃ目も合うだろう。 同じ場に居合わせれば、ゾロは必ずサンジを見ていた。 声をかければすぐにブチ切れる。 そりゃそうだろう。 ゾロのサンジへの声かけは、大概的外れで気分を害する内容が多い。 つまりアレだ。 好きな子をかまって、ついつい意地悪しちゃうガキ大将。  「意外っちゃ意外だったなァ……はァ……サンジかァ……。」 メリーの船縁で釣り糸を垂らしながら、ウソップは息をつく。 もし、ゾロが好きなのがナミとかビビなら、恋のキューピットになってやる気は満々なのだ。 だが、相手はサンジ。 同性というだけでなく、人として、そう、人として、一癖二癖三癖もあるサンジだ。 あの日、ウソップはゾロに尋ねてみた。  『自覚してんだな?ゾロ、お前はサンジが好きなんだって。』  『……自覚は……ある……てか…今、自覚した……。』 見ていたいと思う 話したい 構いたい 触れたい 言葉を交わすのも、触る事も、ケンカでだって構わないと思う。  『触りてェし、話してェし、笑った顔が見てェとも思う…。』  『……恋だな。間違いなく。』  『………っ!』 真っ赤になり、歯噛みしながら、ゾロは頭を掻いた。 そして  『…なんで…あいつなんだ…。』  『………。』  『なんで…。』 間違いなく、恋する男の顔。 わかる気もする…。 この2人はよく似ている。 見た目も性格も嗜好も全く違うけど、そう……こいつらは  (…魂が似てるんだ…。) 魂が近い人間は、寄り添っていて居心地がいい。 だから、ゾロはサンジを求めたのだろう。 ウソップが、溜め息をもうひとつついた時  「おい!!クソマリモー!!メシの時間は守れって何度言ったらわかるんだ、てめェ!!」 ウソップはビクンと肩を震わせて硬直した。 サンジの雄叫び。 しかもゾロへの怒声。 バタン!! 勢い良くドアが開いた。 均整のとれた長身が、ずかずかと船尾甲板へ移動していく。  「あわ!あわ!あわわわわ!!」 慌てて、釣竿を海に落としそうになる。  「待て待て待て!待ってくれ!サンジィ〜〜〜っ!!」 ウソップが、上への階段の一段目に足をかけた時 ドガゴゴゴゴン!!  「っ!!?」  「…ちょっとぉ!!もう、いい加減にしてって言ってるでしょー!?」 追いかけるようにナミが飛び出していった。 まさかナミは、ゾロがサンジを好きだなどとは思ってもいまい。 ゾロは、自分の気持ちに気づいてから、悟られるのを恐れてサンジを避けるようになっていた。 だが、避ける事がさらにサンジを苛立たせる。 かといって、偶然に目が合えば、「何見てんだよ?」と、サンジがゾロの襟首をつかむ。 掴めば 「てめェの面白眉毛だよ!エロコック!」 と、返す。つい、返す。 そして、ウソップはいつもこう叫ぶ事になる。  「船を壊すなァァァ―――!!」 チョッパーが、仲間になってくれて本当によかった。 ケンカの仲裁で絶えなくなった生傷の治療。 自分自身で、ひとりきりでペタペタと絆創膏を貼るのはあまりにも寂しすぎる。  「……ウソップは偉いなー…おれなんかあの2人がケンカ始めたら、絶対側に近寄りたくねェ。」  「…おれだって出来るなら近づきたくねェよ…。」  「…なんで、ケンカばっかりなのかなー…ルフィは“ケンカするほど仲がいい”んだって。」  「あー…そーね…。」 仲が 良くなってくれりゃあいいけどよ…。 あれ? 仲が 良く  「そっか…!仲良くなれればいいんだ!!」 いきなり声を張り上げたウソップに、チョッパーは丸い目をさらに丸くする。 そうだよ! “恋人”になってくれ、じゃなく、まずは“お友達”からで!! まったく!おれ様とした事が、難しく考えすぎちまったぜ! ウソップは勢いよく立ちあがり  「ナミ!!おい、ナミィ!!」 と、狭いメリー号の中を、ナミ目指して駆けだした。 残されたチョッパーは、呆然と首を傾げながら、残った絆創膏を救急箱に片づけた。  「はァ?ゾロとサンジくんの仲を取り持つ?」 ぎくっ!  「そ、そうは言ってねェだろ!?」 “取り持つ”と言われて、瞬間焦った。  「だから、何かきっかけを与えてやれば、あの2人は仲良くなれるんだよ!似た者同士なんだから!」  「そうかしらァ…?」 ナミは、どこか呆れた顔でウソップを見た。 ゴーイング・メリー号、偉大なる航路午後8時。  「お前だって、毎日毎日、あいつらのケンカの騒音を聞きたくねェだろ?  おれだって、こんなくだらねェ事でメリーが傷つくのは、もうごめんなんだよ。」  「…そうねェ…。」 ウソップが、どれほどこの船を大事にしているか、ナミはよく知っている。 だから、このウソップの提案も、ナミは何の疑問も抱かなかった。  「うん、いいわ!協力してあげる!作戦立てましょう!」  「さぁ〜〜〜〜んきゅぅ〜〜〜!!さぁっすが!世界一の策士!いや、航海士!!」  「で、いくら出す?」  「ぅおいっ!!」 数日後 ゴーイング・メリー号はある島に到着した。 記録(ログ)が貯まる日数6日。 故郷アラバスタへ急ぎたいビビにとっては、決して短い日数ではない。 だが、記録を貯めなければ、船は先へ進めない。 ウィスキーピークで出逢った、バロックワークスのミス・オールサンデーが渡した、 アラバスタへの永久指針(エターナルポース)をルフィが砕いてしまったのだから、彼らは、定石通りの旅をするしかないのだ。 だがビビは、海賊の誇りを保ったルフィのその行為を責めなかった。 むしろ、敵に塩を送られるその行為は、王女の誇りも許さなかった。 ビビは、少しも焦らず、心をしっかりと保ち、アラバスタへのこの旅の航路を楽しんでさえみせている。 本当は、不安で仕方がないだろうに…。  「だから、今回はアタシ達、島のリゾートホテルに泊まる事にしたの。」 ナミは、ホテルのパンフレットを仲間に見せながら宣言した。  「ステキでしょー?天然スパにエステ!プライベートビーチ!テーマパークに隣接!  これで楽しまない手は無いわよ〜〜〜?行くでしょ?みんな?」 その言葉に、真っ先にサンジが反応する。 目をハートにして、メロリンメロリンと身をくねらせながら。  「もっちろんです!ナミすわん!!ヤシの木陰で小麦色のお2人と、灼熱の恋を語り合いたぁ〜〜〜い!!」  「ご賛同ありがとw 船長はどう?」 ルフィはニカッと笑い  「メシが美味けりゃ何でもいいぞ!」  「スパってなんだ?ビーチってどんなだ!?テーマパークって!?」  「フフ…そうか…トニー君は初めてなのね?」 チョッパーが目をキラキラさせる。  「じゃ、決まりね!それじゃ!まずお約束の、船番決めアミダ〜〜〜〜!!!」  「って、おい!?それでも船番いるのか!?」 ウソップが叫んだ。 だが、これは予定のツッコミだ。  「当たり前でしょ?アタシ達が何者か忘れた訳じゃないでしょうね?」 しゅん、と沈んだ顔をして見せる。  「船長モンキー・D・ルフィ、懸賞金3000万ベリーのおたずね者。“海賊船”ゴーイング・メリー号。」  「…はい、よ〜〜〜くわかりました…。」  「はい!じゃ、アミダにお名前をどーぞ!」  「…なァ、コレ…なんで5個しか書くトコ無いんだ?」  「んん〜〜〜?いいトコロに気がついたわね?チョッパー?理由が知りたい?」  「うん。」  「それはね。」 ナミは、ずいっと顔をチョッパーに近づけて言う。  「………か弱い女の子に、チョー危険な船番をさせようっての?アンタ?」 か弱いって こういう時に使う言葉だったかな? 後で辞書を引いてみよう。  「はい!じゃ、まずゾロ!」  「………。」 差し出されたアミダくじ。 黙って、ゾロはさらっと自分の頭文字『Z』を書いた。  「…6日もありゃ、何が何でも回ってくるじゃねェか。」  「そんなこと無いわよ?出航2日前には戻るから、うまくすればあんた達の誰かひとりは免れるわね。」  「おれ、当たりませんよ―に!」 ルフィ。  「……アミダの神様っ!」 ウソップ。  「じゃ、おれルフィの隣。」 チョッパー。  「じゃ、残りモノには福?」 サンジ。  「は〜〜〜い!じゃ、行くわよ〜〜〜〜♪」 ナミが、隠した部分を開いてアミダを辿り始める。 サンジが  「おれ、外れてェなァ。そうすりゃず〜〜〜っと!ナミさんとビビちゃんと恋のビーチリゾートライフが楽しめるのに〜〜〜ww」  「………。」 ヤバイ コメカミに青筋3本 ゾロ、怒りレベル3  「じゃじゃーん見事1番を当てたのは、船長モンキー・D・ルフィ〜〜〜〜♪」  「ええええええええええええええええええ!?」  「2番ウソップ、ゾロ3番でサンジくんが4番目ね!おめでとう、チョッパー。あんたは今回ハズレよ。」  「やったァ!!」 サンジががっかりと肩を落とす。  「あ〜あ…まァ、いいか。ラストなら買い出しのチェックも出来るし…。」  「じゃ、ルフィ。よろしくね。」  「ちぇ。いっか。今日だけだ。」  「メシは作ってってやるよ。」  「うは!サンキュー、サンジ!」  「じゃあ、行ってきまぁ〜〜す!」  「またね、ルフィさん。」 ルフィを船に残し、6人はメリー号を降りた。 お目当てのリゾートホテルは、確かに女性が好むタイプの洒落た造りの、個室が独立した建物で、ホテルそのものが小さな集落の様だった。  「あたしとビビは、オーシャンビューのセミスィート。あんた達はこっちのメゾネットタイプ。」  「え?4人一部屋?…格差ありすぎじゃね?」  「嫌なの?」  「……嫌じゃありません。」  「はい、よくできました!メゾネットって言ったって、ちゃんと寝室も2部屋、  ジャグジーもあるわよ?文句ないでしょ?」  「キッチンもあるんだ…全然!文句ありません!ナミさん!」  「よろしい。じゃ、夕食の時にレストランでね。」  「はぁ〜〜〜〜いwww」 ぶんぶんと手を振り、2人を見送るサンジの背中をじっと見ているゾロ。 そのゾロを、じっと見ているウソップ。  (…さぁ、作戦開始だ!) 密かに、ガッツポーズ。 実は あのアミダくじは、すでにデキレースだった。 ナミは、アミダくじを引く時の男連中のクセを見抜いていた。 記名する順番と、書く場所。 ナミは、まず初めにゾロに紙を渡した。 渡されたゾロは、素直に名前を書く。 決まって、右端に。 ゾロが書くと、ゾロのそのペンをひったくるのは決まってルフィ。 そしてルフィは必ず真ん中に名前を書く。 チョッパーは、必ずルフィの隣に名前を書く。 ウソップはこのクジのからくりを知っているから、あらかじめ指定された場所に名前を書く。 そして、サンジはいつも、最後に名前を書いた。 そのからくりさえ分かれば、思う通りに順番に決めることなど、ナミには容易い芸当だったのだ。 船番の3番にゾロ、4番にサンジ。 ここが重要だった。 男連中の部屋は、海に突きだした桟橋の上にしつらえられていた。 部屋を出れば目の前が遠浅の海。 独立した一軒の家の様な部屋なので、大騒ぎしても苦情にはならない。 アジアンテイストな調度もかなり凝っていて、なかなかいい部屋だ。  「寝室2部屋…ああ…メゾネットで一部屋か…。」 サンジのつぶやきにチョッパーが上を見上げる。 メゾネットとはいうが、大きな竹を編んだ“すのこ”の様なフロアを、天井から吊り下げてある。 凝った細工のロープと支柱に、本物のツタが絡まっていた。 自然の木を組んで出来たはしごで、この上へ登るらしい。 チョッパーがはしゃいだ声を挙げながら、登ったり降りたりを繰り返す。  「おれ、ここで寝るー!おもしれェ!」  「じゃ、おれも。…いいよな?」 サンジがウソップを見て言った。  「あ?ああ、いいぜ。」 ちら、とウソップはゾロを見た。 ゾロは、重いブーツを脱ぎ、ソファにごろんと横になる。  「………。」 計画の予定にはないが、ウソップはこっそりとゾロに尋ねてみた。  「……おれ、上で寝たいって言った方が良いか?」 少し間があった。 背もたれ側に顔を向けたゾロは振り返りもせず  「……いらねェ。」  「……そか……?」  「……隣で寝られたら正気じゃいられねェ……。」  「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……。」 って? うわわわわ!  「な、なァ、お前、そこまでしてェの?」  「…惚れてんなら体だって反応するだろ…。」  「…あ…あァ…そ、そーね…。」 真面目な声で、いたって普通の顔で、さらっと言う事だろうか? サンジがふざけてフロアを揺らしたらしい。 チョッパーが楽しげな悲鳴を上げる。 ちら と ゾロが肩越しに上を見る。 唇が、わずかに笑っているように見えた。 そういや  『可愛いんだよな…どっかガキ臭くて…。』 と、あの時の会話の中で、サンジをそう形容したな。 ああ、こういう所か…。 サンジのどこがいいんだ?と尋ねたら、ゾロはきっと、1日中でも喋り続けるんじゃないかと思う。 普段無駄口をしないゾロでも、サンジを語るのに無駄などと言う事は、微塵も感じないだろう。 サンジとチョッパーが降りてきて言う。  「ウソップ、夕食の時間だ。レストラン行くぞ。」  「へ?あ、ああ!」  「ちゃんと着換えろよ。ドレスコードだ。先に行くからな、ナミさん達を待たせる訳にはいかねェ。」  「ん!わかった……あ〜〜〜!!!サンジ!!ちょっと待て!」  「なんだ?」  「あ、あのさ!」 ウソップは、ゾロを見て  「ゾロの服、見てやってくれねェか!?」  「…はァ?」 ウソップの言葉に、ゾロも半身を起して言う。  「…いらねェよ。ガキじゃあるめェし。」 だあああああああああああああっ!! このバカ!! おれの好意を無駄にすんなァァ!! バチン バチン と、ウソップは何度も目配せして合図を送る。 だが、ゾロはいぶかしげな顔をするだけだ。 ど、鈍感過ぎる…っ!! だが  「…ちっ!しょうがねェな!」 珍しく、サンジが逆らわない。 ウソップが転がしてきたスーツケースに、ゾロの服も押しこんである。 それをいくつか取り出して、ハンガーにかけた。  「………?」 コーディネイトをしながらサンジが言う。  「……滞在中はケンカ禁止、ってナミさんに固く言われてんだ。」  「あ、そ、そうなのか!?」 ぐっじょぶ!ナミ様!!  「せっかくのバカンスを、つまらねェ騒ぎで潰してくれるなってな。  …確かに?こんなアホを相手にして、ホテルを追いだされるのもつまらねェ。  ここはひとつ、おれがオトナになってやる。」  「……あァ……?」 青筋4本、怒りレベル4、注意報発令!!  「あ――――――っ!!水平線の向こうに巨大な金魚が―――――っ!!」 窓の外を指さし、叫ぶウソップ。  「え!?どこ!?どこだ!?どこにいるんだ!?」 反応したのは、純真無垢なトナカイのみ。  「ほらよ。こんな感じでいいだろ?」 サンジは、ウソップのホラには全く乗らず、ダークグレーのジャケットとパンツを差し出す。  「………。」  「ああ、そうだ。これだったら、こっちのストライプが海っぽいな。」 どこか上機嫌に、サンジはゾロへ、着替えるように促した。  「………。」 黙って、ゾロはいつものダボシャツと腹巻を脱いで、言われたままの服に袖を通す。  「うん。お前、結構黄色も似合うじゃん?ネクタイ…なんだよ、ろくなの無ェな?…ちょっと待ってろ。」 自分のネクタイを持ってきて、シュッとゾロの首に回し、素早く結ぶ。 瞬間、ゾロの顔が真っ赤になった。 ひくっ、と、ウソップの喉が鳴る。  「おお!やっぱ良いや。コットンだけど、少しラフな感じでもいいだろ?」  「あ、ああ。」  「……ん…いや…少し緩めてみるか……もっと崩した感じで……よし!できた!どーだ?」 ゾロは、自分の姿を鏡で見た。 麻のジャケット、襟の大きめな白と黄色のストライプのシャツ。 群青色の綿のネクタイを、少し緩めて締めた。 イケテル と、思う。 良くわからないけど。 サンジが低くつぶやいた。  「…靴よりサンダルの方がかっけェけどなァ…。」 かっけェ サンジが  そう言った。 その一言を、ゾロは聞き逃さなかったらしく、瞬間ぴっと背筋が伸びた。 わかりやすっ。  「おい、ウソップ…おれにマリモのお守りさせといて、てめェ、まだ着替え終わらねェのか?」  「え?あ?お?…ああ!はいはい!!」  「急げよ。先に行くからな。」  「お、おお!」  「ほら、行くぞゾロ。」  「え?」 ゾロがきょとんとサンジを見た。  「絶対、ひとりじゃレストランに辿りつけねェだろうが。仕方ねェから連れてってやるよ。」  「……うるせェよ……。」 口答えに力が無い。 それどころかどこかに『嬉しい』がある。 ホント、わかりやすっ。    NEXT BEFORE                     (2010/8/6) 恋はドコから始まる?TOP NOVELS-TOP TOP