BEFORE


 「あら!かっこいいじゃない?ゾロ!」 ドレスアップしたナミが、ゾロを見て言った。  「………。」 仏頂面だが、言い返してこない。 どこか、まんざらでも無い顔。 ナミが、「ははーん」という表情で  「サンジくんのセンスね。さすがだわ〜。」  「ありがとうございます、ナミさんww」 鼻の下を伸ばして、サンジが答えた。 ウソップへナミがこっそりと言う。  「……上手くいってるみたいね。」  「…まァ…なんとか…。」  「今回は、ゆっくり陸を楽しめそうねー…ありがたいわv  今日はルフィもいないから、ゆったり食事も味わえそう。」 優雅な仕草で、サンジがナミとビビをエスコートして椅子を引く。 と、ビビの隣に、ウソップが座った。  「おい、ウソップ…そこどけよ、おれの席だ。」 ウソップは一瞬肩をすくめたが  「べ、別にどこに座ったっていいだろー?」  「気を使えよ、てめェ!」  「なんだよ、そっちだって空いてるじゃねェかっ。」  「…おい…!」 ガタン! 椅子を引く、少し重い音。 ゾロだ。 ウソップの向かい側の椅子に、仏頂面で腰掛ける。 と、ナミがすかさず  「チョッパー。あたしの前に座ったら?」  「うん。」 素直に、チョッパーがナミの向かい側に腰かけると、もう空いているのはビビの正面、ゾロとチョッパーの間しかない。  「……ちぇ。」 しぶしぶ ゾロの隣に腰かける。  「………。」 うーわー おいおい、ゾロぉ…。 お前、飲む前から、顔真っ赤だぞー。 ウェイターがやってきて、恭しく一礼する。  「ご注文を承ります。」 ナミが手を挙げて  「全員コースで。」  「かしこまりました。食前酒のご用意は?お飲み物はいかがなさいますか?」  「あたしはミモザを。シャンパンはお任せで。ビビは?」  「わたしも同じものを。」  「かしこまりました。」 ウェイターが、ゾロを見た。  「とりあえずビール。」  「居酒屋のリーマンか。」 すかさずサンジがツッコんだ。 瞬間、ゾロのコメカミに青筋。 でも1本 怒りレベル1 まだ注意報レベル。  「……ん〜……そうは言ったが、おれもとりあえずビールで。」  「!!」 サンジが悪戯っぽく笑って言った。 ゾロの目が丸くなる。 ウェイターも笑って  「かしこまりました。銘柄の御指定はございますか?」 サンジが答える。  「カシスビールあるかな?」  「ございます。」  「じゃ、それを。…ああ、ゾロ。同じでいいか?」 ゾロの顔を、下から覗くように見て、サンジが尋ねた。  「…あ…ああ…。」  「よし。」 サンジが笑った。  「…っ!!」 ゾロが息を呑む。 ウソップも、思わず息が止まった。 笑顔が見たいと思う。 ゾロがそう言っていた。 こう言ってはゾロに悪いが、ものすごくわかりやすく、嬉しそうな顔をしている。 救いは、ナミとビビは会話に夢中で、チョッパーは目の前に置かれたオードブルの色彩に目を奪われていて、 ウソップ以外は誰もそれに気づいて無いことだ。  「カシスビールでございます。」 グラスに注がれた、濃紫の液体。 ビールであるから、グラスを白くきめ細かい泡が覆っている。 せっかくだからと、ウソップも同じものを頼んでいた。 チョッパーは、アルコール抜きのバナナカクテル。  「じゃ、乾杯。」 ナミが軽くグラスを掲げた。 サンジが繋げる。  「ナミさんとビビちゃんの美しさに。」  「ありがと。」 ビビが、頬を染めて困った顔をした。 ナミも言う。  「静かな今宵の席に。」  「ぶっ!」 思わず吹いたウソップ。 チョッパーがつぶやく。  「ルフィ、ちゃんとご飯食べてるかなぁ。」  「食ってるだろ?つーか、もう、食っちまっただろ?5食分残してきたけどな。」 サンジが笑って言った。 そして隣のゾロを見てグラスを掲げ  「そして、マリモが緑である事にカンパーイ。」  「なんだ、そりゃ?」 言い返そうとしたゾロのグラスに、『チン』とグラスを重ねられたので、それ以上は何も言えなかった。 カシスのビール 一口飲んで、ゾロは、唇を引き結んだ。  「甘ェな。」  「カシスだからな。食前酒代わりのビールなら、こういうのがいい。」  「………。」  「おしゃれにデートを進めたかったら、覚えとけよ。大剣豪。」 ナミが笑って  「ですってよ?ゾロ?」  「……ほっとけ。」 「あら?」という顔で、ナミがウソップを見た。 コトは、順調に進んでいる。 ナミとビビが部屋に戻り、男4人も部屋に戻り、それぞれが風呂を使って灯りを落としたのは、日付が変わって30分が過ぎた頃だった。 サンジとチョッパーがメゾネットの上、ゾロとウソップはフロアの寝室。 だが、ゾロとウソップのベッドの上からも、メゾネットのベッドが見える。 チョッパーの寝息がすぐに聞こえた。 しばらくして、サンジの寝息もし始める。 と、うつらうつらし始めたウソップの耳に  「…すまねェな、ウソップ。」  「…へっ…?」  「…悪ィ…寝ちまってたか?」  「うにゃ…。」  「……あんまり…気ィ使わないでくれ……。」  「………。」  「…気持ちだけ…もらっとくからよ…。」  「…そんなに気は使ってねェぞ…。」  「………。」 ウソップは、どこからかこみ上げてくる、妙なおかしさを堪えながら  「…なんか…悪くねェなァって思ってんだよ、おれ。」  「………。」  「……おやすみ……。」 あくびをひとつして、ウソップは目を閉じた。 悪くないと思う。 2人が並んでいるのを見るのは嫌じゃない。 むしろ、ルフィと共に並び立っている姿は、想像するだけでめちゃくちゃカッコイイと思う。 だから、もっと互いを理解して、もっと互いと深く繋がってくれれば、もっとこいつらは強くなるんだろうとも思う。 それに 相手がサンジだからなのかもしれないけど、笑ってしまうくらい初心なゾロを 可愛い って思ってしまう。 それに、こうしている間は、ゾロより優位に立っていられるようで、それもまたこたえ切れない快感だったりする。 …あー…こういうトコなんだな。ナミのSっ気な部分…。 とにかく…船番…明日メリーに戻る前に…上手く手筈を整えないとな…。 ウソップの寝息がし始めた。 寝がえりを打って、ウソップを見る。 肩が、規則正しく上下していた。  「………。」 ゾロ自身、まだ自分が信じられない。 ウソップに断言されて、「そうなのか?」と認識はした。 姿を見ればテンションは上がるし、言葉を交わせれば嬉しいと思う。 夕方の、あのネクタイも  「使ってていいぞ。よかったらやるよ。」 と、機嫌よく言ってくれた。 その時の気持ちを思うと、やはりあいつの事が好きなんだと思う。  「………。」 仰向けになり、メゾネットを見上げる。  「………。」 サンジの白い手が、ベッドの脇から垂れている。 細い、白い指。  「………。」 と  「…え!?」 ゆらり と、何かがサンジの指先をかすめていった。 それが、チョッパーの体だと認識した時、ゾロの体が跳ねた。 ベッドから転がったチョッパーが、メゾネットの低い柵を越えて、ゾロのベッドの上へ落下してきた!  「……っ!!!」 寸での所で、チョッパーの丸い体はゾロの両腕の中にすっぽり収まった。  「……チョッ……!!」  「くーっ…。」  「………。」  「…くーっ、くーっ、くーっ…。」 ある意味大物。 仕方ねェな。 ゾロは、チョッパーを抱えて、メゾネットへの梯子をあがる。 梯子側のベッドに、横になっているサンジ。  「………。」 起こさないように足音を忍ばせて、そっとチョッパーをベッドに横たえる。 また落ちてきては叶わない。 転落防止用の柵を、一段高くしておく。 空中に浮いたメゾネット。 ゾロが動くと、少し軋んだ音を立てた。  「……ん……。」 サンジの声。 ビクン、と身を震わせて、思わずサンジを見た。  「………。」 白いシャツのまま 軽く開いた手が頬のすぐ側に投げ出されている。 少し乱れた髪の先が、唇の端にかかっていた。  「……すー……。」 軽い寝息。  「………。」 薄暗がりの中。 メゾネットにすぐ上にある天窓から、ほのかに月明かりが射しこんでいる。 規則正しく上下する肩。 その肩から、くつろげられた襟の間に目が移動する。  「………。」 白い首筋 胸  「………。」 すー すー すー  「………っ!!」 慌てて、ゾロは梯子を転がり降りた。 勢いで、そのまま外へ飛び出す。 必死に足音を殺したので、誰も起きては来ない。  「……ダメだ…やっぱ…同じ部屋でなんか寝られねェ……。」 反応してしまったバカモノを、服の上から必死で抑える。 咄嗟に浮かんだ妄想の中の相手は、とんでもなく綺麗で色っぽくて艶やかで、  『…ゾロ…。』 熱を帯びた声で自分を呼んでいた。 夕方、ネクタイを結んでくれた時の香りが、薄れるどころかどんどん濃くなっていく。  「……やっぱ…あいつが好きなんだな…おれァ……。」 再認識。    NEXT BEFORE                     (2010/8/6) 恋はドコから始まる?TOP NOVELS-TOP TOP