BEFORE


時間を遡る。 2番手の船番ウソップは、船に着いてルフィを見送った後、手筈通りに冷蔵庫の中と食糧倉庫の中の片づけを始めた。 普段、勝手にそれらをいじくったら、サンジが怒り狂うのはわかっているが、今は陸。船番の為の食糧。 もっとも、『ルフィが食いつくした。』という表現も、当たらずとも遠からずで、 予想以上にルフィが片づけてくれていたので手間は半分で済んだ。 もちろん、半日分の自分の食糧は残してある。 初めに「無い!」といって見せてしまえば、他に食糧が残っているとは、ゾロは夢にも思わない。 片づけた、常温保存可の食糧は、女部屋に運び込んでおいた。 そしてナミは、わざとゾロに荷物を持たせ、万が一にもどこかで、食べ物を買う事の無いように仕向けた。  『いい?ウソップ?ここが肝心。あたしがあんたに用を頼むから、その用が、足りない事にするのよ。』  『うん、それで?』  『あんたが困り果てて、町からホテルに電伝虫を入れるのが鍵。時間は午後4時45分きっかりよ?  その時あたしはビビとチョッパーとルフィを連れて、ここの動物園に行ってるから。ホテルにいるのはサンジくんだけ。  そのサンジくんに泣きつくの。これこれこういうワケだって。』  『それでサンジが戻ってくれるかなァ?』  『お腹が空いてる人間を、サンジくんがほっとく訳無いわ。例えそれがゾロでもね。  増して、“コックは船番に寄越さなくていい”なんて言われてるんですもの。  “悪いな”って気になるのがサンジくんよ。』  『ふむふむ。…いやぁ、さすがナミだなァ〜〜。おれだけじゃ、ここまで悪知恵…いや、いい知恵浮かばなかったぜ。』  『うっふっふw』 ナミは笑って  『そして、残る2日間。あいつらが親睦を深めてくれれば、ミッションは完璧よ!  サンジくんの優しさにゾロもちゃんと感謝して、サンジくんも素直にそれを受け止めて、  お互いをよく知って、信頼を高めて、さらに他のモノも高めて、深く深ァ〜〜〜〜〜く繋がってくれたら、作戦は大成功ね!!』 その時 ウソップは気づいた。  『………あの〜〜〜〜ナミさん?』  『なァに?ウソップさん?』  『……お前…もしかして……知っ……。』  『てるわよ?ゾロがサンジくんを好きだって事は。』  『ギャ―――――っ!!?』  『ていうか、なァに?あんた、最近知ったの?鈍感。』  『最近って!?そんなワケねェだろ!?ゾロ自身、認識したのはついこの前の話だぞ!?』  『ああ、そーね。気づいて無かっただけね?あ!気づかせてあげたのね?ウソップ!偉いわ〜〜〜〜ww』 顎が、床まで落ちるかと思った。  『ちょ、ちょっと待て!ゾロがサンジを好きって、お前、いつ気づいたんだよ!?』  『え?バラティエだけど?』  『ババババババ、バラティエェ〜〜〜〜〜っ!?』 バラティエって!? そ、それじゃ!!  『そ!ゾロ、一目惚れ。イエス、フォーリンラブww』  『一目惚れて!?』  『一目惚れ…は、ちょっと違うかなー?でも、初めて逢った時にはもう、あの2人、お互い意識しまくりだったわよ。』  『え?お互い?』  『あ。』 沈黙  『え?』  「…なんで…てめェ…?」 夕陽に染まるメリー号 サンジは、両手に持った食材をゾロの手に預け  「ウソップのヤツが、電伝虫で泣きつくんだよ。ナミさんのおつかいもんが、どうしても1個見つからねェ。  船ではお前が腹空かしてる。どうしよう?ってな。」  「ウソップが…?」  「ナミさん御入り用の買い物が優先だ。どうせ次はおれが船番だったんだ。だから、ついで。」  「…交代は要らねェって…。」  「ああ、ナミさんから聞いた。…余計なお世話だ、クソ野郎。」  「あァ!?」 と、言おうとして、ゾロはそれを飲みこんだ。 チラ、と、サンジがゾロを見たが、息をつき。  「ま、いいか。ホラ、それ運べ。てめェの胃に納まるもんだ。」 手早く、サンジはゾロの夕食を整えた。 わずか30分。 しかし、食卓の上のそれは、30分で出来上がったものとは思えない程の豪華さだ。 ゾロの好みに合わせたメニュー。 ソラマメの塩茹で、牛蒡のたたきゴマ和え、イカの梅肉和え。 鰆の西京焼き、海老しんじょの揚げ物、高野豆腐と野菜の炊き合わせ、湯葉飯、蛤の吸い物、糠漬け。 それと  「ほい、リクエストの生酒。…さすがにこれは、陸の楽しみだよな。」 思わず喉が鳴る。 唾が溢れる。  「いただきます!」 パン!と、手を合わせ、箸を取る。 おもむろに酒に手をつけず、先につき出し風の料理を味わってから、酒のグラスを口に運ぶ。  「……美味い!!」 心底、という声でゾロが言った。  「ホントにおっさんくせェな。」 笑いながら、サンジが言った。 ゾロはぐっと言葉を飲み込んだ。  「うるせェ。……お前は?」  「ん?」  「……メシ……。」  「…食っていいか?」  「…当たり前だ…おれ、ひとりで食ってるのおかしいだろ?」  「…おれの顔見て食うの、嫌かと思ってさ。」  「んなわけあるか。」  「……じゃ、もらう。」 サンジのグラスに、ゾロが酒を注ぐ仕草をして見せる。 素直に、サンジはグラスを傾けた。  「美味い…。」  「ああ、好い酒だ。……ありがとな。」  「…どういたしまして…。」  「乾杯。」 ゾロがグラスを掲げた。  「……何に?」  「お前のマユゲが巻いてる事に。」  「上等…。」 クリスタルのグラスの音は、鈴の様に澄んでいた。 話をした。 考えてみたら、こうして2人きりになることなど無かった。 ビビを交えてからは急ぎの旅。 常にどこかに、バロックワークスの気配を感じている旅なのだ。 そんな緊張感もあるせいか、ふたりで、ケンカ以外で喋ったのは、これが初めてかもしれない。 やはり同じ年齢。 結構共通話題が多い。 おかしかったのは、ガキの頃に好きだったギャグが、同じだったことだ。  「へェ…そうなのか?」  「ほう、そりゃ知らなかった。」 何回も、そんな言葉を交わす。 知らない事が、本当にたくさんある。  「ふーん…お前の生まれた村、そんなに剣術が盛んなのか?」  「まァな…男が生まれたら、祝いに刀を贈る風習もあるし…なんでも昔、高名な剣士がいたとか何とか聞いてるな…。  で、その直系が、おれの先生。」  「へェエ…。」  「お前の足技は、あの料理長に教わったんだよな?」  「ああ。…まァ、海で荒くれ者共相手に店やろうっていうんだから、そんくらいはな。  つーか…なんか、気がついたら体得してたって感じがするなァ…おれ、すぐにジジィに手出し足出ししてたから。  するとな?ガキだろうがなんだろうが、遠慮なくあの足で蹴り飛ばされんだ。そうなりゃ悔しいからよ。  もう、こっちも必死だ。いつか、おれの足技でクソジジィの野郎、ぶっ飛ばしてやる!ってな。  …あ〜…ついに敵わず終いだったなァ。」  「…って、まだ生きてっだろ?」  「ははっ!そうだった!」  「……はは。」 サンジは、ふぅっと煙草の煙を天井に向かって吐き  「……まァ。てめェには確実に勝てるけど。」  「あァ!?」 あ。 思わず。 ゾロの反応に、サンジはニヤッと笑った。  「お、やるか?」  「!!」  「…そうこなくっちゃな。」  「……う……。」 サンジはネクタイを緩めた。  「…そっちの方がてめェらしいぜ。…おれも、ムズムズしてたんだ。」  「………。」  「…やろうぜ?」  「………。」 立ち上がり、刀を脇へ避ける。 目線を反らさないまま、キッチンラウンジから外へ出る。 船首甲板をゾロが顎で示し、サンジが小さくうなずいた。 サンジが、トントンとステップを踏むように靴を鳴らした。 瞬間、黒い影が滑る様に突進してくる。  「!!」 鞭の様にしなる足を避け、ゾロは大きく跳躍する。着地したすきを狙ってサンジの右足が帰ってくる。  「…っ!!」 無言のまま 沈黙の戦いが、ただ続く。 床を鳴らす音 衝突する音 体が激しく転がる音 夕焼けは、すでに群青に変わり、空に、星々が瞬いていた。 船首甲板でのぶつかり合いは、まだ終わらない。  「…ごめんてば…ウソップ…。」 ナミが、珍しくしおらしい顔で、ウソップに小さく手を合わせた。 再び、少々時間逆行。 動物園 猿山前 もうすぐ閉園の音楽が流れている。 その柵に、前向きに寄り掛かり、ウソップは息をついた。  「…なんだよ…いつもいつも、おれひとりがバカじゃねェか。」  「そんなコト無いわよ!少なくとも、ゾロに自覚を与えてくれてよかったわ。どうしようかって思ってたもの。」  「………。」  「ほら、ゾロ、鈍感だから…。」  「…お前、おれまで騙してたわけだな?」  「あ〜〜〜、結果そういう事…?」  「……いつかの借金、棒引きな……。」  「あ〜〜〜、はいはい。了解。」 ウソップはようやく笑い  「…あいつらうまくいくかな…。」  「…互いが素直になれば…いくんじゃない?…あ!賭ける?」  「やなこった。」  「やっぱり?」 と  「おお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い、ナミィ!ウソップぅ!!帰ろうぜェ!腹減ったァ!!」 ルフィが、猿山の向こうから叫んでいる。 数匹の猿が、ルフィを仲間と認識したか、ウホウホとしきりに騒ぎ立てていた。  「はぁ〜〜〜〜〜〜い!今行く〜〜〜〜!!」 星明かりの船首甲板。 メリーの顔だけが、ぼんやりと浮かんで見える。 その中で、まだ、無言の戦いは続いていた。  「…おまっ…い…加減にっ…降参…しろ…っ!!」  「だ、れ、が…す…るかっ!!」 はァはァと肩で息をする。 もう、足元も危うい。 同時に  「!!!」 互いの襟首を掴んだ。 サンジが言う。  「…お前なんかなァ…無愛想で、可愛げ無くて、無神経で、鈍感で、バカでアホでマリモで緑で…。」 ゾロが言う。  「お前ェはな…差別が酷くて、自分勝手で、エエかっこしいで、お人好しで、エロバカでマユゲで黄色で…。」 はァ はァ はァ  「人の気持ちなんか…全然悟ろうともしねェで…。」  「他の奴にも…思う所があるってのをわかろうともしねェで…。」 はァ はァ  「意地っ張りで…。」  「自己中で…。」 はァ  「なのに…。」 その言葉は 同時にこぼれた。  「なんでこんなに惚れちまったか、わかんねェ…。」 こんなに 想いが重なる相手 この広い世界 他の奴らは どんだけ駆けずり回って探して、出逢えるのかな  “おれは運がいいんだ” うん そうだな、ルフィ。 おれ達は すっげェ…運がいい…。    NEXT BEFORE                     (2010/8/11) 恋はドコから始まる?TOP NOVELS-TOP TOP