駅からわずか5分の道 その5分の間 肩を並べて歩けるだけでよかった 花の綺麗な時期がいい。 そう言ったのは花嫁だった。 4月の半ばのある日曜日、ここ、都内某所の洒落た西洋館、アパルトマン・サウザンドサニーで、 管理人ニコ・ロビンと大工フランキーは結婚式を挙げた。 「ううううううううおおおおおおあうあうあうあうおおおおおお〜〜〜〜いおいおいおい!!」 「……ちょっとフランキー……アンタいい加減にしなさいよ。」 「式の始めから終わりまで、泣きっぱなしって……。」 「バカ!泣いてねェよバカ!!えらく花粉が飛んでるだけだ!! ……お〜いおいおいおい…!!」 目も鼻も真っ赤な花婿の顔を、花嫁は困った顔で微笑みながら、自分の為に持たされたガーゼのハンカチで拭ってやる。 吉日 天気は快晴 庭の桜が満開だった。 その桜色の花の下に立つロビンは、胸下で切り換えた、 細身のAラインのアンティークな白いシルクのドレスに身を包んでいる。 オーバートレーンのドレープが美しい。 ベールをかぶらず、髪にバラのヘッドドレスをつけているだけのシンプルな姿。 ゴージャスなドレスではない、ロビン自身の美しさが際立つデザインだ。 隣に立つフランキーは、同じ白いシルクのタキシード。 胸にロビンのブーケと同じバラのブートニア。 ………。 今、想像して吹き出したあなた。 同じ感想を、本日の出席者全員が持ったことは言うまでもない。 ルフィと ナミと ウソップと チョッパーと ブルックと ゾロと サンジと そして、本日の新婦父代役・アイスバーグと 『あれ』から、2年が経った。 オンボロアパート、サウザンドサニーは、フランキーの手で美しく生まれ変わった。 灰色の壁は白く、こげ茶色のすすけたボロボロの屋根は海老茶色の西洋瓦の屋根になり、 窓も、柱も何もかも、かつてのこのアパートの住人が訪れたら、別のアパートに来てしまったのかと錯覚するくらいに。 現に、今日2年振りにフランスから帰国し、ここを訪れたサンジは、ここがサニーだと思わず、 迎えのゾロに「まだ、サニーの場所を覚えられないのか?」と、悪態をついて恥をかき、ウソップに散々馬鹿にされてしまった。 「2年前は、お前ェがゾロを迎えに行ってたくせによぉ。」 「うるっせぇな!“ジャングル”が消えちまってたから、わからなかったんだよ!!」 頬をわずかに染めて、サンジはやり返す。 ナミが 「確かにね〜〜。昔の面影ないものね。」 「はははは!おれ、昔のオバケ屋敷も好きだったな!」 ルフィも笑う。 ブルックがサンジに 「ワタクシも、1年ほど前に来た時、もう外観はすっかり変わっていて、 驚いて目玉が飛び出してしまいました。」 「ンマー、どこにあるんだ?」 アイスバーグの一言に、かつての仲間がどっと笑う。 この中で、イチバン最初にここを出たのはサンジだ。 それからブルックが出ていった。 今日知った話だが、ウソップも今は別のマンションに住んでいる。 ウソップは、なぜかタレントになったのだ。 その話は後ほど語るとして 式は滞りなく(甚だ疑問)終わり、お約束の新婚旅行へすぐに発つことになっていた。 「どこへ行くんだって?」 サンジの問いに、ロビンが嬉しそうに答える。 「水上温泉よ。」 「……って、群馬の……?」 「ええ。」 「ホラ、ロビン!サンジくんだって呆れてるじゃない?」 「いいのよ。贅沢なんかできないもの。…それに、沼田のガラス工場に行ってみたいの。」 「…あ…。」 フランキーが言う。 「こいつが、礼を言ってないって言うもんでよ。」 チョッパーが、口元を隠しながら 「“こいつ”だって。」 とたんにフランキーの顔が真っ赤になった。 「他にも回ってみたい建物があってよ。」 「今頃は花も綺麗だと思うわ。」 「…お二人がお幸せならば、どこでもパラダイスですね〜ヨホホホ!」 新婚旅行なのに。 フランキーとロビンは、徒歩で駅へ行き、電車で群馬へ行くのだ。 だが新婚旅行だから、新幹線のグリーン車利用で。 ささやかな贅沢。 サニーのリフォームを終えた今、2人には新たな夢がある。 サニーを、アイスバーグから買い戻すこと。 「あ。そうだわ…忘れるところだった。」 ロビンが言った。 言いながら、また管理人室に戻り、封筒を持って戻ると 「はい。」 と、それをサンジに差し出す。 「え?おれ?」 「ええ。見ればわかるわ。昨日届いたの。」 「………。」 封筒の表には、ロビンの名と、ここの住所が書いてある。 「じゃあ、行ってくるわね。」 「土産話、スーパーに楽しみにしてな!」 「話じゃなくて、美味いものがいい!!」 「話じゃなくて、物がいいわ!!」 「ロビンさーん!明日のパンツは何色ですかーっ!?」 ブルックが、ナミのハイヒールで地面に沈んだ。 手を振りながら、2人は門の角を曲がり、姿が見えなくなった。 行ってらっしゃい、気を付けて。 ゆっくりたっぷり楽しんできてね、新婚旅行vv 「あ〜〜、行った〜〜〜〜。」 「……な〜〜んかどっと疲れたわね〜〜〜〜。…心地良い疲れだけど。」 「長かったからな〜〜〜〜、今日が来るまで…。」 「ンマー、まったくだ。…本当に、礼を言うよ、君達。…ありがとう。」 アイスバーグの言葉に、みな黙ったまま笑った。 サンジが、パンと手をひとつ打ち 「…さて、じゃあ、お茶でも淹れようか?キッチンは…昔のままかな?」 「綺麗にはなってるけど、昔のままだぞ。」 チョッパーが言った。 サンジは、ロビンからの封筒をポケットにしまいこむ。 今は、みんなにお茶を淹れ、何かを食べさせたくてたくてたまらない。 2年振りだ。 修行の成果を見せてやりたい。 「サンジ!肉食いてェ!!肉!!」 「ちょっとルフィ、サンジくんはフランスから今日帰ってきたのよ?疲れてるんだから、ムリ言わない!!」 「大丈夫だよ、ナミさん!絶対そう来ると思ってたから、気合は充分さ!」 「うほ!やったァ!!」 「うわぁ!久しぶりにサンジのゴハンだァ!!」 「ヨホホホホ!嬉しいですねェ!!これはゼヒ、1曲!!」 「よっ!!栃木交響楽団、バイオリンソリスト!!」 「おい、ゾロ!何ずっと黙ってんだよ!ホラ行くぞ!!」 みんなが食堂へ移動する。 スーツのポケットに手を突っ込み、ずっと黙って立っていたゾロは、その時になってようやく 「…ああ。」 と、短い返事をした。 サンジの背中を見送り、そのまま目線を移し、ふと見上げる玄関ホールの天井。 あの青い鳥が羽ばたいている。 サニーには現在、ルフィとナミと、チョッパーとゾロが住んでいる。 もちろん管理人はロビンで、フランキーはまだ8号室に居座ったままだ。 「引越さねェのか?」と尋ねたら、同じ家の中だからいいんだと、2人声を揃えて言われてしまった。 リフォームが完全に終わるまで、と、ウソップが出ていってからの住人は増えていない。 1人の例外を除いて。 「エース?エースがここに住んでるのか?」 皆の集まる食堂。 かつての石床のままだ。 床に合わせてリフォームされている。 壁もすっきりとした、穏やかなベージュ色になっていた。 サンジが使っていたころの、古いキッチンではなく、今風のシステムキッチンに大変身している。 オーブンレンジも新品だ。 そのオーブンレンジから、フランスで作って持ってきたフォンダンショコラを取り出して、サンジは驚いてルフィに尋ねた。 エースは、ルフィの兄で、航空自衛隊のパイロットだ。 「うん!1年半くらい前に、本省勤務になったんだ!市ヶ谷だからさ。 ここ近いだろ?うはぁ!美味そう!!いったっだっきまぁ〜〜〜す!!」 「ウソップが出た後の4号室にいるのよ。ホントは今日の式にも参列するはずだったんだけど。 ……んん〜〜〜〜vvおいしぃ〜〜〜〜〜vvv」 「小牧っていったっけ?の、基地で、戦闘機が海に落ちる事故があって、急な出張になっちまってさ。 残念がってたな。…おおおお!ほっぺが落ちるぅ〜〜〜☆」 「サンジさんに会えるのを楽しみにしておられましたよ、ヨホホホ。ンマーイですねェ〜〜〜♪」 「やっぱりサンジのおやつ最高ぉ〜〜〜〜vv」 サンジはルフィに 「事故処理が終われば帰ってくるんだろ?」 「うん。」 「じゃ、会えるだろ。おれ、来週まで日本にいるから。」 ちら、とゾロの顔を見て言った。 だが、ゾロの目は正面を向いて、サンジを見ていなかった。 フォンダンショコラに手をつけていない。 ゾロのは、特別にビターに作ってあるのにな。 冷めないうちに食えよ…。 「えっと…今日が4月10日だから…17日まで?」 「店に、19日には出勤するって言ってあるから。時差を入れて、ギリギリ18日まで。」 「実家の店には?」 「…行かねェよ。親父も、おれの顔は見たくねェだろ。」 「またそんな事言う…。お父さんでしょ?」 「………。」 サンジの笑顔は、人を黙らせる力がある。 あまりに綺麗な顔で微笑まれてしまうと、誰も何も言えなくなる。 「そうそう!」 ナミが手を打った。 「サンジくんの荷物、ゾロの部屋に入れといたわよ。」 「え!?なんで!?」 「なんで?」 「…おれの部屋に入れといてくれていいのに…。」 ナミがあきれた顔をした。 「あのね、サンジくん?ここは、アパートなの。ホテルじゃないの。 いくら今、5号室が空いてるからといって、サンジくんを泊めるわけにはいかないのよ? サンジくんの契約は切れてるんですからね。もうサンジくんの部屋じゃないの。」 「…う…。」 管理人代行の正論。 けど 「いいじゃないの。久しぶりに水入らずでゆっくりしなさいよ。 あ、心配しないで。あたし達、聞き耳立てたりなんかしないから。」 「!!」 「ナミさん!!?」 ゾロも、激しく反応して振り向いた。 「もっとも?聞き耳立てたくても、防音がしっかりしちゃって、隣でエースがエロDVD見てても聞こえないけど。 ウソップの時は丸聞こえだったのに。」 「ええええええ!?マジでか!?」 ウソップの目玉が飛び出した。 「うん。あんた、清楚な美女が乱れてくパターンが好きでしょ?」 「ぎゃあああああああ!!言うなァァ!!」 「ネットに書き込もうかしら?今、人気急上昇中のタレント・ウソップの好きなAV女優は(ぴーっ)ですって。」 「ああああああああああ!!やめてェぇぇぇ!!!」 赤くなりながらもサンジがはっと我に返り 「そうだよ!ウソップ!お前、何でタレントになったんだ!?公務員じゃなかったのかよ!?」 半べそをかいてナミにすがりながら、ウソップは 「話すと長くなるぞ?いいか?」 「ああ、そ?じゃ、聞かねェ。」 「聞けよォ!!」 「どっちだ!?」 「別にいらないでしょ?このお話には直接関係ないことだし。」 「え!?そんなのアリ!?」 「そうだよね、ページもったいないし。」 「ひでっっ!!!」 そういうことで。 「うぉいっ!!!」 その日の晩。 食堂でサンジの料理を2年振りに味わった。 学生時代のそれも美味かったが、修行中の身でありながらも、さらに腕を上げ磨きがかかっている。 メインの魚料理には全員が黙りこんでしまい、ウソップやブルックは涙まで流して感動しまくった。 食事の間に、ロビンがナミの携帯に無事に着いたと連絡して来た。 今、サンジのフルコースを堪能していると言ったら、「あら、ずるい。」と本気で拗ねていた。ロビンには珍しい反応だった。 「帰ったら、今日以上のフルコースを用意するよ、ロビンちゃん。」 サンジの声に、ようやくご機嫌を直して電話を切った。 「ロビンちゃん、冗談も言う様になったんだな。」 「ええ、それもかなり毒の強いのを言うのよ?」 「フランキー、年中泣いてる。」 「はははは!!そりゃ見てェな!!」 ちら、とまたサンジはゾロを見る。 末座で、黙々と料理を口に運んでいる。 いつだって、美味いと言ってくれたことはない。 だが、食っているのだから、堪能してくれていることには違いないのだが。 成田に着いて、真っ先にゾロに電話した。 その時の声は明るかった。 同じ国内にいるだけで嬉しくて、電車に飛び乗り、乗り換え乗り換えして、 やっと都電の駅の、あの場所にゾロの姿を見た時は嬉しくてたまらなかった。 抱き付きたかったけど、照れ臭さが先に立って出来なかった。 『よぉ…。』 『……おぅ。』 それだけ。 それが やばかったのか? 5分の道のりの間 ゾロはどんどん不機嫌になっていった。 もちろん、結婚式の間はいつもの笑顔で、心の底からロビンとフランキーの門出を祝っていたけれど、 二人を見送った途端、ゾロの不機嫌は再び戻ってきたらしく、ずっとサンジの顔を見もしない。 まぁ ひとつ 心当たりはあるんだが NEXT (2009/2/17) めぞん麦わら−2号室と5号室−TOP NOVELS-TOP TOP