「…んだよ…まぁだこんなトコか…。」

 「うるせェ、黙れ。今、爆睡から目を覚ました野郎に、発言を許す気はねェ。」

 「………。」



ゾロは、サンジに言われるがまま口を閉ざし、寝惚け眼でフロントガラスの向こう側を見た。

ノロノロと動くワンボックスカーの背中。



 「………。」



サンジはかなり機嫌が悪い。

そりゃそうだ。ゾロは左腕のGショックを見た。

東京を出てから4時間。

なのにまだ、彼らを乗せた車は埼玉と栃木の県境にいる。

ICの看板はすぐそこに見えているが、入り口から出来た車の行列は亀の如き速度でしか進んでいない。



 「…吸っていいぜ。遠慮する事ねェよ。」

 「吸わねェ。煙草の匂いがシートに付いたら女の子を乗せられねェよ。」

 「あー、左様で…。」



ゾロは、倒したシートにまた深く身を沈めた。

ラジオから声がする。



 『交通情報です。東北自動車道鹿沼IC付近で起きた横転事故の為、現在下り線20キロの渋滞です。』

 「…佐野で降りるか…。」



車は完全に止まってしまっている。サンジはナビの設定を一般道優先に変えた。



 「こっちの国道使って…西那須野ICまで下を走るぞ。どのくらいかかるかな…仙台に着くの…夜中になっちまうかも…。」

 「夜中でも構わねェよ。」

 「おれが構うんだよ。」

 「細けェヤツだな。気を遣う様な相手じゃねェ。」

 「あのな…おれァお前の親父さんに初めて逢うんだぞ?初対面から印象悪くしたくねェよ!」

 「…なんだ…それで禁煙してんのか。」

 「うるせェ、もう黙れって。」

 「…一般道降りたらおれが運転代わる。」

 「いいよ!別に疲れてねェ!」

 「運転してェんだよ、代われ。」

 「………。」

 「おれの親父に、それこそ寝不足の酷ェ面見せる訳にはいかねェだろ。」



サンジはしばらく考えていたが、やがて仏頂面でうなずいた。



付き合い始めて5年。

初めて訪れるゾロの実家。



 「一度、こちらへ来てください。」



有無を言わせない穏やかな口調に、思わず「はい」と言ったのは1週間前の事。



 「…お前…親父さんにおれの事なんて言ったんだよ…。」

 「ずっと一緒にいてェ相手。」

 「…カンペキ…結婚相手の表現じゃねェか…。」

 「同じ事だろ。」

 「………。」

 「まさかてめェは違うってか?」

 「……いや…。」

 「………。」



ずっと、一生、一緒にいていい。

それが許される関係なら、とっくの昔に「うん」とうなずいてはいるさ。



けど



夜の夜中に向こうに着いて、そっからさらにひと悶着なんて、それこそそんな最悪な事になるなんて御免だ。

追い返されて東京に戻るなら、せめて新幹線が走ってる時間がいい。

横でぐーすか寝こけてる野郎に、そんな健気な覚悟を知れなんて言わねェけどな。







一般道へ降り、コンビニで一服してから、ゾロの運転で再び北を目指す。



 「……走る前に言っとくけどな…てめェちゃんとナビに従えよ?」

 「おれは命令されるのは嫌なんだよ。」

 「『ナビ』だろ?『ナビゲーション』!助けてくれてるんだよ!いいか!?てめ、自分の迷子癖いい加減認めて、ちゃんとナビに従って走れ!!」

 「だったらてめェが見張ってりゃいいだろ。」

 「ああ、もちろん!てめェが横道逸れねェ様に、しっかり見張って行くけどな!」

 「問題ねェな。じゃ行くぞ。」



コンビニの駐車場を出た時、サンジはナビの横に表示された目的地到着予定時刻を見た。『19時15分』



 (まぁ…なんとかってトコかな…。)



 「ところで、ココどの辺りだ?」



ゾロが尋ねた。



 「……栃木県…佐野市…の辺りか。」

 「…ラーメン食いてェな…。」

 「次来た時な!」

 「ヘイヘイ。」



次



あるといいな…。





1時間ほど、田舎の国道を走った。単調な直進が続く。

ナビもすっかり黙りこみ、ラジオから流れる古いフォークソングはゆるやかで、サンジはいつの間にかウトウトしてしまっていたらしい。

ガクンと車が揺れて、はっと目を覚ました。



 (…ヤベ…寝てた…!)



目だけで、ゾロの横顔を見た。

ゾロは真っ直ぐ前を見て、右ひじを窓枠にかけた格好でハンドルを握っている。

まだ、陽は落ちていない。

だが少し、黄昏が迫っていた。

チラ。と、ナビの時計を見る。

すると



 『到着予定時刻:21時46分』



 「!!?おい!今どこだ!?」

 「お、起きたか。」

 「…っ!!今どこだって聞いてんだよ!?」

 「ナビ見りゃいいだろ。」

 「!!」



ナビの画面には、真っ直ぐに走る一本の道。

だが、その周辺には何の表示もない。

画面の端に、カタカナのゴルフ場の名前が出ただけだ。



 「どこの山ン中だ!?」

 「知るか。」

 「知るかって…!!てめ、ナビに従って走って来たんじゃねェのか!?」

 「ナビなんか信用できるか。」

 「!!……てめェ…!!」



どのくらい寝ちまったんだ?

どこで本来の道を逸れたんだ?

ああ、おれのバカ!!



 「…止めろゾロ!!一旦止めろ!!おれが運転する!!代われ!!」

 「…うるせェな…もっペん寝ろ。」

 「なんでてめェは毎度毎度そうなんだ!?」

 「だから、機械に命令されるのなんざ我慢できねェんだよ。」

 「じゃ、何の為のナビだよ!!そうやって毎度毎度迷子になってたら意味がねェじゃねェか!!」



ゾロはチラリと横眼でサンジを見て



 「……おれが何を言っても聞きやがらねェ信用しねェで、迷い続けてる奴に言われたかねェな。」

 「!!」



乱暴なブレーキ。

軋んだブレーキの音を立てて、車が止まった。

陽が、山の端に落ちようとしている。



 「………。」



沈黙が続く。

ラジオの番組が、男性DJの音楽番組から女性DJのトーク番組に変わった。

後ろから、走ってきた軽トラックが、彼らの車の脇をおっかなびっくり通り抜けていった。



ナビの到着予定時刻がさらに延びていく。



 「てめェ、本当はおれの実家になんざ行きたくねェんだろ?」



ゾロの問いに



 「……ああ。」

 「………。」

 「行けるワケねェだろ…なんて言われるか…どうなるか…わかりきってる。」

 「………。」

 「……お前の親父さんに引導渡してもらえば…諦めもつくか…そう思った。」



その時



 『ルートを再探索します。』



ナビが喋った。

瞬間、ゾロはナビのディスプレイを力任せに殴りつけた。

鈍い音がして、液晶画面がブラックアウトする。



 「!!」

 「てめェは人に言われなきゃ自分の道も決められねェのか!?」



ゾロは叫ぶなり、サンジの襟首を掴んで引き寄せ、



 「んっ…!」



力任せな強引なキス。

いきなり呼吸を奪われて、サンジは激しく身じろいだ。

荒く長いキスからサンジを解放すると、ゾロもまた荒い息のまま



 「誰かにこの先の道を決めて欲しいならおれが決めてやる!!てめェはおれと、この先ずっと一緒に歩きゃいいんだ!!」

 「………。」



サンジの青い瞳に涙が滲む。

こういうヤツだって十分わかってる。

コイツが、おれを裏切ることも、この先の道を迷う事もないって事は…。



 「もし親父が何を言おうと、おれから逃げるなんざ許さねェからな!」

 「…えらそーに…。」

 「あァ!?」



反対車線から走って来た車のヘッドライトで、一瞬我に返った。

気がつけば、薄闇が辺りを覆っている。



 「………。」

 「………。」

 「…なァゾロ…。」

 「………。」

 「…ここ…どこだ?」

 「…さァな…。」

 「…ナビ…逝ったな…。」

 「…逝ったな…。」

 「………。」



息をつき、同時に言う。



 「迷った。」



互いに顔を見合わせ、苦い笑いを零す。



 「前途多難だな…。」



サンジが言うと



 「上等じゃねェか。」



ゾロが答えた。



 「……じゃ、行くか。」

 「おう。」



ヘッドライトを点け、ゾロは勢いよくアクセルを踏む。



 「マジでここどこだよ?」

 「…てめェが起きるちょっと前に、ナビが『群馬県に入りました』つってたぞ。」

 「何ィィィィィィ!!?群馬ァ!?」



サンジが叫んだ瞬間、目の前に現れた表示板。



 『ようこそ片品村へ』



真剣な声でゾロが言う。





 「……片品村ってどこだ?」

 「おれが聞きたいわ!!」

 「ああ、それとガソリンがそろそろ尽きそうだ。」

 「なんだとぉぉ―――――っ!!?」



サンジの叫びが、夜の片品村に吸い込まれていった。



仙台への到着予定時刻:未定。









END

 



(2011/8/15)



ツイッタ―で相互フォローしていただいているカオルさんの呟きから起こった妄想話w

お許しを頂いて書かせていただきました。カオルさんありがと―ww

なんか長くなりそうだった;;必死に自分を抑えました。




お気に召したならパチをお願いいたしますv

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