ピンポーン! 来た。 と、この家の主、ロロノアゾロは首をすくめた。 もう、これで何度目だろう? 重い足を引きずって、ゾロは玄関のドアを開けた。 まばゆい光。 今日もよい天気だ。 ドアを開けると、黒い髪の、気の強そうな女が立っていた。 今日は婦警か。 「ロロノア・ゾロさん?」 「…あァ…。」 「マリンフォード市警察、たしぎといいます。」 「………。」 「お宅の“ルフィ”を確保しています。」 「………。」 「窃盗の容疑で、30分前に逮捕されました。西区18番地の家に押し入り、コンセントから電気5600ワット盗んだ疑いです。」 ゾロは、大きな溜息をついた。 「…わかりました…引き取りに伺います…。」 「……心中、お察しいたします。」 「………。」 たしぎ婦警は、ピッと敬礼して道を開けた。 肩を落とし、ゾロは溜め息をつく。 “あいつ”を引き取ってから3年。 これで何度目の警察だろう? 3年 あの日から、もう3年。 「………。」 振り返り、棚の上に置かれたフォトフレームの中の笑顔へ言う。 「……向こうで逢ったら覚えてろよ、てめェ。」 金の髪に包まれた笑顔は、何も答えない。 「行ってくるぜ、サンジ。」 ゾロは、笑ってドアを閉めた。 何も聞こえない。 何も聞きたくない。 何も見えない。 何も見たくない。 「それでも…。」 「あれから3年…。」 「褒めてやってくれ…。」 「お前さんがいたから…。」 「こいつは…サンジは…。」 「3年…がんばれたんだ…。」 「…褒めて…やって…くれ…。」 絶句して 涙もろく、心優しい技術屋フランキーは、身を折って号泣した。 いかつい男の号泣は、病院の白い壁に吸い込まれて消えていった。 大学病院の特別個室。 ベッドに横たわっている、こいつは誰だ? おれの よく知った顔に似ている。 違う 違う アイツじゃない アイツな訳はない “ ゾロ ” “ なァ、ゾロ ” “ おれな ” “ ガンだって ” “ 1年しか、もたねェって ” “ だから ” “ ずっと、お前に隠してたこと、今、言うな? ” “ 告白ついでだ。聞くだけ聞いてくれ ” “ 笑い飛ばしてもいいから ” “ おまえが好きだ ” “ ずっと、ずっと、好きだった ” “ 愛してるんだ ” “ 初めて逢った時からずっと ” “ ごめんな ” “ いつもいつも、憎まれ口ばっかりで “ “ でも ” “ そうでもしなきゃ 耐えられなかったんだ ” “ ずっと ずっと ” “ ずっと ずっと ずっと ” “ 愛してた ” “ だから ” “ お前の1年をおれにくれ ” “ おれがいなくなったその後は ” “ おれを忘れていいから ” “ だから ” ふざけんな 1年だ? 一生だ おれの一生 全部 命ごと お前のもんだ だから 別れも言わず 言わせず こんな姿だけ、見せつけやがって 馬鹿野郎 泣き叫び、遺骸を抱きしめて放さないゾロから、無理やり引き剥がしたのは誰だったか。 サンジの、死の宣告から3年。 彼らは幸福だった。 やがて来る死が与えた、そんな儚い日々でも幸せだった。 だから、終わりが来る事を忘れていられた。 終わりは、来ないと信じていた。 死神が来たら、おれがぶった斬って追い返してやる。 ゾロの言葉に、いつもサンジは笑ってうなずいた。 それが 出来ると信じていた。 だが かなわなかった。 葬儀から半月が経った。 葬儀の直後、黒のスーツとネクタイを、ゾロはゴミ箱に捨てた。 サンジの死を報せる記事の載った新聞は、読みもせずに全て捨てた。 あの日から、この家の時は止まったままだ。 「………。」 窓から海が見える。 海沿いの、高台の家。 この風景が気に入ったと言って、サンジはポンと現金で、この家を購入した。 ゾロとふたりで、最後の日まで暮らす為の家だった。 カーテンも、家具も家電も、選んだのはサンジだった。 2人だけのソファ 2人だけのダイニングチェア 誰かがここへやってきても、座る場所が無い。 必要無い。 2人の為、だけの家。 サンジは、ある大企業お抱えの科学者だった。 年間契約で、その企業の為の研究をし、莫大な報酬を得ていた。 若い、美貌の天才科学者と呼ばれていた。 そんなサンジが、ロロノア・ゾロと出逢ったのは、サンジが卒業した大学のキャンパスだった。 講演を依頼され赴いた大学の構内で、落してしまったライターを拾ってくれたのが学生のゾロだった。 サンジは飛び級で大学を卒業していた。 学生ゾロは、サンジと同い年だった。 翌年、大学を卒業したゾロは、アルバイト時代の縁故から、ある自動車会社のテストドライバーになった。 細かい経緯を語る気はない。 そんな事はどうでもいい。 真実は 2人が出逢い 2人が命がけで愛し合った事だけだ。 好きで好きで 好きで好きで、本当に好きで 愛し合って ここで、それは永遠に続くと思っていたのに。 昨日、サンジと仲の好かった、同じ会社の技術屋フランキーがここを訪れて言った。 「気持ちはわかる。だが、生きろ。サンジも、それを望んだだろ?」 生きてくれと サンジはくどいくらいに繰り返した お前の時間を、1年と言いながら3年ももらってしまった。 だから どれほどおれの死が辛くても、3年は生きろ。 必ず生きろ。 波の音が聞こえる。 3年だ、サンジ。 3年は、約束通り生きてやる。 だが、3年経ったら お前の所へ行くからな お前のいない世界なんか おれはいらねェんだ…。 サンジの作るメシは美味かった。 何を食べても、もう『美味い』と感じる事はないだろう。 それでも、生きる為には食わなきゃならない。 「………。」 窓から離れ、ノロノロと歩き、ゾロはキッチンの冷蔵庫を開けた。 冷凍室に、サンジが作ったカレーがあった。 「………。」 また 涙が溢れてくる…。 その時だ、来客を告げるチャイムが鳴った。 「…また、フランキーか?」 再びノロノロと玄関へ 心優しい、一見ヤクザの様な大男は、親友が遺した親友の恋人が、心配で心配で仕方がないのだ。 インターフォンにカメラはあるが、そんな考えにはならなかった。 機械的にドアを開けると、そこに、黒髪で細身の、背の高い女が立っていた。 フランキーと思った事を一瞬詫びた。 美人の部類。 サンジが見たら「何と美しい!」と、美辞麗句を並べたてそうな女だ。 まぶしいほどの白いスーツ。 ゾロが、見上げて目を交わす女、というのは珍しい。 女は、にっこりとほほ笑んで 「ロロノア・ゾロさんですね?」 「…誰だ…?」 女は、名刺入れから名刺を取り出し、差し出した。 「初めまして。私、ムギワラ・エンタープライズ社の顧問弁護士で、 先日亡くなられたサンジさんの遺言執行人、ニコ・ロビンと申します。」 「遺言執行人…?」 「はい。…よろしければ、中へ入れていただけます?」 「ダメだ。」 「………。」 ゾロの即答に、ロビンと名乗る女弁護士は笑った。 予想通りの答えだと、その表情が言っていた。 「では、ここで。」 「………。」 「ご確認ください。サンジさんの添え書きと、サンジさんと公証人の署名入り、遺言執行依頼書です。」 「遺言…?」 「はい。サンジさんは、ライフ・パートナーであったロロノア・ゾロさんに、遺言と遺産を遺されました。」 「いらねェ。」 「………。」 「…遺産なんざいらねェ。だが、遺言は聞く。」 ロビンはまた笑った。 「…困りましたわ…。」 「……遺言だけ言っていけ。」 「…遺産を受け取らなければ、遺言は申し上げられません。」 「そんなもんいらねェ!!おれは、金目当てでアイツと暮らしてた訳じゃねェ!!…あの野郎…!!」 「遺産は、お金じゃありませんわ。」 「あァ?」 ロビンは、書類の入ったバッグから、一冊のファイルを取り出し、開いた。 「…サンジさんの遺産の総額は320億ベリーです。」 「………。」 莫大過ぎる額。 かえって、ピンとこない。 「遺産の殆どが、財団、基金への寄付となります。」 「…それでいいじゃねェか。」 「ですから、サンジさんはあなたに、この家と、“品物”を遺されました。」 「………。」 「…私では、ここへお持ちする事が出来ないので、ムギワラ・エンタープライズ社へお越しいただけませんか?」 「………。」 ゾロは、黙って部屋の奥へ戻った。 上着を着、携帯と財布をポケットにねじ込んだ。 NEXT (2010/9/14) SCAMPER!-TOP NOVELS-TOP TOP