「ごめんなさいね。こんな所につき合わせて。」

 「いえいえ、ロビンちゃんのお供とあれば、いずこへなりと。」



そう答えたサンジへ、ロビンは微笑を浮かべた。



ある島。

いつもの様に、記録(ログ)が貯まるまでの自由時間。

買出しの下見に、ひとり街を歩いていたサンジは、ひと休みしようと入った街のカフェでばったりロビンに出会った。



 「あれ?ロビンちゃん、ひとり?ナミさんは?」

 「ネイルサロンに行ってるわ。まだ時間がかかるっていうから、ちょっと散歩と思って。」

 「じゃあ、ナミさんが戻るまで、ご一緒させていただいてもよろしいですか?」



ロビンは「ええ。」と答えて、ふと思い立ち



 「そうだわ。ちょっと、つき合ってもらおうかしら。」



ロビンに誘われ、やってきたのは少し離れた通りにある画廊だった。

『画廊』の看板を見て、サンジは慌ててタバコの火を携帯灰皿でもみ消す。

サンジがエスコートしてドアを開けると、女性の店員が優雅に会釈し出迎える。

入り口の狭さに比べて、中はかなり広い空間が広がっていた。

中間色の照明。

壁には、大小さまざまな絵画があり、フロアには彫刻も置かれてある。

ロビンは壁の絵を眺めながら、その女性に言った。



 「少し壁が寂しいから、小品が欲しいの。船室に飾るから、できるだけ落ち着いた絵がいいわ。」

 「かしこまりました。お望みの画家や画風はございますか?」

 「花や海のモチーフがいいわ。でも、あまりシュールやモダンなのは…。」

 「お嬢様の雰囲気ですと、新古典主義時代のものなどよろしいのではないかと…。」

 「作家は?」

 「左様でございますね…当店には今、ミューレル、フォスティーヌなどの小品でしたら、すぐにご用意できます。」

 「あら、ステキ。ミューレルがあるの?」

 「はい、カタログをお持ちいたします。少々お待ちくださいませ。」



『自分の船で旅をしている、金持ちの令嬢』と見たか、女性はにこやかに微笑んで奥の部屋へ消えた。

見送り、ロビンは



 「ダイニングにも、何か飾りましょうか?」



と、サンジに言った。



 「まぁ、その内追々と…。黙ってても、ルフィやチョッパーやウソップの落書きで埋まってっちまうよ。

 メリーの時も、いつも何かしらヘタクソな絵が貼ってあったから。

 それに、どんなにいい絵を飾ったって、あいつらには豚に真珠、猫に小判だ。」



答えて、サンジは壁にかけられた1枚の絵の前に立った。

少し大きな絵。

サニー号の各所のドアより大きい。

明るい色調の、写実的な絵だ。

豪勢な額縁で、どこかの城の壁にかかっているのがお似合いな雰囲気だ。

絵の中央に、木陰のブランコを大きく揺らした少女の微笑んだ姿。



淡い色の髪が光に透けて輝いている。

大きく広がった白いスカートの裾から覗く象牙色の足から、靴が飛んで宙を舞っていた。

赤い頬。

桃色の唇。

木の枝から垂れたロープを掴んだ白い指。



可愛い絵だ。



単純に、サンジはそう思った。

だが妙に、どきりとする少女の表情。



 「その絵が好き?」



いきなり後ろから、ロビンが声をかけてきて、サンジはびっくりして首をすくめた。



 「え?ああ、可愛い絵だなーと、思って。」



聞いて、ロビンはにっこりと笑った。

と、先程の女性店員がカタログを手に戻ってきて



 「ロココ時代の、ヘルミオナ王家の御用画家・ジットォの作品でございましてよ。」



と告げたが、サンジには『ロココ』も『ヘルミオナ』も『ジットォ』もわからない。

ただ



 「へぇ、そりゃすごい。」



と言っとけば後は



 「ありがとうございます。先日ある富豪の方のご依頼で、私どもがサザビーで落札いたしました品でございます。」



と、予想通り、女性は満足げに答えた。

結局、サンジはロビンが絵を買ってその画廊を出るまで、ずっとそのブランコの少女を見つめていた。

他にする事がなかったのと、どうせ待つなら、可愛い女の子の顔を見ているのが楽しいと思った。



なのに



その絵を見つめていて、ふと、あの憎たらしい男の顔を思い出したのは何故だろう?







ロビンがサンジを誘ったのは、買った絵をサンジに持ち帰らせる気が満々だったからだ。

(このあたり、段々ロビンもナミに同調してきた。)

大きな作品ではなかったが、梱包されたそれは倍の大きさになった。

普段持ち慣れない物で結構疲れる。

荷物はその絵ひとつだけだから、頼まれたように女部屋に運んだ。

それから、なんとなく気になって、芝生の甲板に降りる。



ブランコの木。



反対側には滑り台。



遊び心でつけたとフランキーは言ったが、滑り台は緊急時に結構役に立つ。

荷物を上へ上げるにも、滑り台からロープで上げたりするからフランキーは色々考えて作ったのだろう。

滑り台があるから、単純にブランコなのだと笑っていたが。

芝生の甲板は、小さな公園だ。

自然と、みなこの甲板に集まってくる。

緑はやはり、人を寄せ、やすらぎを与える。



日が落ちて、もうあたりは群青色に変わっていた。

今日は、この船に残っているのはサンジだけだ。

みな、陸での夜を楽しんでいるはず。



だがきっと、あいつは戻ってくる。

今夜、おれが船番なのを知っているのだから。



サンジは、ブランコに腰を下ろした。



煙草をくわえ、時折紫煙を揺らせながら、ゆっくりと、ブランコを前に後ろに漕ぐ。



揺らす度に、髪が前へ後ろへ流れる。

頬に、冷たい風が当たる。

普段、ルフィやチョッパーが占領していて、サンジがここに座ったのは初めてだ。

思い起こせば、子供の頃、こんな遊具で遊んだ記憶もあまりない。



 「何やってんだ?」



声が、上から降ってきた。

まっすぐにラウンジへ行ったのか、ドアが開いている。

サンジは力をこめてこぎ続けながら、背を反らして声の主を、ゾロを見上げた。



 「見りゃわかんだろ?」

 「脳味噌まで巻いてきたか?」



言いながら、ゾロは階段を降りてきた。



 「お前、どこまで飛べるかー!なんてやったクチだろ?」

 「だったら、どうした?ちなみにおれは、チャンピオンだ。記録は未だに破られてねぇハズだ。」

 「ガキだねー。」

 「ブランコの真正面に、デッケェ欅の木があってよ。それに衝突したからな。

 大怪我する気がなけりゃ、おれの記録にぁ並べねェ。」

 「……お前、バカだろ?いや、バカ決定。」

 「んなことぁ、わかってる。」

 「おお、開き直った。」

 「おい、いい加減に止めろ。」

 「やーだね。」



次の瞬間、サンジの靴がぽーんと空を裂いて跳んだ。



 「おーおー。」



ゾロが、憎らしげに笑った。

靴は飛んで、向い側の壁に当たって芝生の上に落ちた。

と、サンジは漕ぐスピードを落としなら



 「ほーら、ゾロ。拾ってこい。」

 「誰が。」

 「拾ってこい。」

 「てめェで拾え。」



弧を描いていたロープが、やがて垂直になる。

ブランコが止まる。

サンジは足を組み、ゾロを見上げて



 「拾ってこい。」



と、繰り返した。



 「………。」



ゾロは答えもせず、動きもしない。

ただじっと、サンジを見下ろす。

サンジも、目を逸らさない。

唇に微笑を浮かべて、低い声で、また



 「……拾え。」











ゆっくりと、ゾロが歩き出す。

落ちた靴を、わざわざ膝を落として拾いあげ、またゆっくりとサンジの元へ戻ってくる。



 「…履かせろ。」



太ももに肘をつき、抑揚のない低い声で言う。

命令口調が嫌いなゾロへ、容赦なく。

だがゾロは、逆らわず、ブランコに腰を下ろしたままのサンジの前に膝まづいた。

すぅっと、サンジの足が伸ばされる。



ゾロはその足を、そっと左手で支えると、その指先に口付けた。



 「………。」



キスは、足の指全てに施されて、そのまま足の甲から上へ滑って行った。

靴のない足をそのまま両手で抱えて愛撫し、無言のままのキスが続く。

ゾロの腕は足から腰へ、そして胸へと這い昇ってくる。

シャツの裾から滑りこんだ指が、臍からまっすぐに体の中心を辿っていった。

サンジの両手は、ブランコのロープを掴んだままだ。

ゾロの背中に回ることもなく、かすかに震えながらも力を篭めて握り続けている。



ゾロは意図を察した。



サンジの脇に手を差し入れ、ふわりと一瞬体を浮かせると、サンジを抱えて自分がブランコに座った。

その瞬間、サンジはロープから手を離し、だが両脇のロープをそのまま挟み込むようにしてゾロの背中に手を回した。



 「…ゾロ…。」



耳元で漏れた声に、ゾロは激しく唇を吸い舌を絡めた。

熱い舌が答えた。











 「絵の意味?」



ある高級ホテルの一室。

豪華なディナーと、お洒落なスパを楽しんだナミとロビン。

飛びっきりのナイトウェアで、ベッドに転がったり座ったりしながらワインを傾ける。

寝る前のひと時の話題に、ロビンは今日の画廊でのサンジの様子を語った。

そして、サンジが見ていたブランコの絵には、ある意味があるのだと笑って言った。



ナミは少し考えて



 「わかんない。何なの?」

 「…ブランコの題材は、当時の貴族が好んだのだけど。

 男が女を、女が男を、その絵を飾った部屋に誘うのは、『今夜アナタと寝たい』っていう意味なの。」

 「え…?」



ナミは少し頬を染めた。

飲んでいるワインのせいばかりではない。



 「ブランコが?」

 「ええ。だって、女性が素足を晒して、ドレスの裾を広げているのよ?

 当時の道徳観からいったら、それだけで充分エロチックなの。

 構図やモデルがどうあれ、モチーフは全て女性がブランコを大きく揺らして、靴を遠くへ飛ばしているわ。それはね、

 “靴だけでなく、キミの服も脱がせていい?”“私の靴を拾った男と、今夜寝るわ”。っていう意味もあるのよ。」

 「うわぁああ〜〜、なんかそっちの方が、やたらエッチィ気がする〜〜!!」



ナミは、ベッドの上でクロールをした。

少し酔っている。



 「…サンジくんは、そんなの知らないわよね?」

 「ええ、多分ね。…でも、とても熱心に見ていたわ。

 なんとなく、そんな気分になったとしたら本能ね。人間って、おもしろいわ。」

 「…今日、サンジくんが船番よ?」

 「そうね。」



ナミは顔を赤くしたまま笑った。



 「なんで人間って、妄想逞しいのかしらねー。」

 「だからステキなんじゃない?芸術とか美意識って、みんな妄想から生まれるのだと思うわ。」

 「…ねェ、ロビン。賭けない?」

 「何を?」

 「明日、サニー号に帰ったら、ブランコが壊れているかどうか。」

 「いいわよ。」

 「ノったわね?あたし、壊れている方に1万ベリー。」

 「じゃあ、壊れていない方に1万ベリー。」

 「あら、いいの?」

 「ええ。」









揺れるブランコの、淫らな遊戯。

正面から抱き合い、身を繋げ、ゾロに全身を託して、サンジは綱を両腕に絡めて引き寄せる。

引く度にゾロのものが深くなって、腹から熱い快感が体内を駆け抜ける。



 「…あ…ああ…っ…!」

 「…すげ…わかるか?…てめェ…指まで咥えてんだぞ…?」



もう、サンジは3回もイかされていた。

3度のそれで下半身はもうドロドロになっている。

ゾロが動き、弄くる度に、濡れた音がロープと木の枝の軋む音に混じる。



 「…熱…。」



ゾロが呻いた。

揺れが、脳髄まで揺さぶっているように思える。



 「…おい、お前ェ、どこでこんなプレイ覚えてきた?」

 「…んっ…秘密…。」

 「…ざけんな…吐け。」



言いながら、ゾロは腰をつき上げた。



ビクンと、大きく体が震え



 「…あ…っ!…ヤっ…!!」



叫んだ瞬間―――。



 「…4回目…なんだ、あっけねぇぞ。…まぁ、そんだけ燃えてんだな?…まだいけるよな?」

 「…ん…ああ…や…ぁ…っ…。」



激しく揺さぶる内に。



 「…よし…いい子だ。…また勃ってきた…」

 「ん…も…ォ…ヤダ…。」

 「何言ってる?…誘ったのァそっちだ。」



一瞬、閉ざされたままの目の上の眉毛が、口惜しそうに歪んだ。



 「ガキの遊び道具が何で要るんだと思ったが、…悪くねェな。」



長い口付けの後にゾロが言った。

そして



 「…他愛もねェ…ただ前に後ろに動くだけでも、結構漕いでる内に夢中になっちまう…。ほんの少し遊ぶつもりが、

 いつのまにやら本気になって、興奮して、自分傷つけても漕ぎ続けて、それでももっと興奮したくなる…。」

 「………。」



サンジの耳朶を咬み、ゾロは囁いた。

他に、仲間は誰もいないのに、サンジにすら、ようやく聞こえるような小さな声。



 「お前と一緒だ…。」



刹那、サンジの目から涙がこぼれた。



 「だが、これは遊びじゃねぇぞ。」

 「………。」

 「わかってんだろうけどな。」



サンジがうなずく。



 「…中…出すぞ…。」



サンジの手が、ブランコのロープを離してゾロの首にすがる。

熱い息が耳元にかかった。

ゾロが言う。



 「…動かなくていい…おれが揺すってやる…。しがみついて、ただ、おれを感じていろ…。」



サンジの涙を唇で掬って、ゾロは愛しい体を思いっきり抱きしめた。

ブランコを支える木の枝が、葉を鳴らして揺れた。

切ない悲鳴と長い嘆息が、マストから畳まれた帆の向こうへ消えていった。









翌日、帰って来たナミとロビンが1万ベリー札のやりとりをしているのをサンジは見た。



さて、どちらがどちらに渡したものか?



それはあなたのご想像に任せる。





END





タイトルは毎度の中原中也。

原題は『サーカス』

ゆあーん ゆよーん ゆあゆよん

って、あれです。

皆様も、美術館などで「ぶらんこ」の絵を見たら

そういう意味の絵だとひとりほくそ笑んでください。

確実に変人扱いされます。

でも、ホントの話。



           (2008/3/16)

お気に召したならパチをお願いいたしますv

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