その島は、秋の最中だった。
『秋』、と、ゾロは思ったが、それは自分の故郷の秋に似た気配の風に吹かれ、
青く澄んだ高い空に浮かぶ、羊のような雲を見たからそう感じただけだ。
この島が、偉大なる航路の四季をうつろうどの季節の島なのか、
聞いたような気がしたが、別にどうでもいい。
ただ、野の小道の縁に咲く、赤い、火のような花を見ると、
10年も前に見送った少女の顔を思い出す。
少女を送ったあの日の畦道にも、同じ花が咲いていた。
彼岸に咲く花
だから、ヒガンバナ
その名を知った時、ゾロは、それは現し世と彼の世を分けるという川の、
その彼岸に咲く花なのだと思い込んだ。
長じて、そうでは無い事を知っても、心の隅でそう思い続けていたような気がする。
だから
どこまでも青い空の下
一面の野に咲くその赤
その中に横たわる白い体を見た時、そこが現世ではないような気がした。
沈黙したまま歩み寄るゾロを、青い瞳が捉えた。
虚ろな目
上気した頬
うっすらと浮かぶ、真珠のような汗
はだけられた白いシャツ
そして
「………。」
形のよい唇が、薄く笑ったような気がした。
花の露に濡れたのか、金の髪はしっとりとして、頬や額に張り付いている。
投げ出された手
その手に濡れて光る、とろりとした液体。
問い質さなくても、何をしていたのか一目でわかる。
見下ろされながら、濡れたそれを晒したまま隠そうともしない。
薄く開いた唇から、小さいが、乱れた息が洩れていた。
恍惚の目。
のろり、と。
濡れた手が差し伸べられる。
白く細い指先からぽたりと一雫が落ちた瞬間、ゾロはその手を握りしめながら、
獣が獲物に襲いかかるようにその上に覆いかぶさった。
それまで、まるで力尽きたかのようだった白い腕が、骨も砕かんばかりに力をこめて
ゾロの背中を抱きしめ、頭を抱え、咬み付く様に唇を貪る。
言葉も交わさず。
金の髪が、赤い花の中で激しく揺れた。
唇を貪りあい、舌を絡めあい、互いの唾液で顔中濡れ、
それでも足りないというように、白い手がゾロの顔を鷲掴みにする。
労わりのこもった前戯など要らないというように、腰を押し付け、
まだ服を身につけたままのゾロの腰のベルトに手をかける。
どうした?
聞くゆとりも無かった。
ゾロ自身も一気に高まったその熱を、今すぐに穿たなければ目の前の体が消えてしまうような気がした。
自身の楔で、殉教者の様に白く冷えた体を磔る。
本来、受け入れる為の器でないそれに、挿入するのは容易くはない。
なのに今は、すでに潤って弛緩し、前戯で解さないままでもすんなりと
ゾロのそれを受け入れて締め付けた。
コイツ
自分で
その言葉が喉の奥まで出かかったが、ゾロは何も言わなかった。
いつにない、狂ったように貪り求めて来る行為を止めたくない。
普段の、恥じらいを悪態で隠しながら抱かれるコイツも悪くはない。
だが本当は、こうやって我を忘れて自分に縋りつき、乱れて欲しい。
今、何がそうさせているのかわからないが、赤い花の中に横臥する愛しい体は、
ゾロの望むままに体を開き、求めて、淫らに身をくねらせて狂乱の声を挙げている。
金の糸が乱れて跳ね回る度、白い指が快楽に空を探る度、腰を押し付ける為に足を蠢かせる度、
真っ赤な花はひとつも葉を持たぬ花茎を折られて、その首をうなだれては絡み合う2人の体に纏わりついた。
と
「…あ…ああ…。」
泣いているのかと思った。
そんな切ない声だった。
赤い花を鷲掴みにして、白い指がかすかに震える。
背中に手を回し、抱きしめながら、ゾロは激しく腰を撃ちつける。
脳が痺れ、視界が真っ赤に染まり、次には真っ白になる瞬間が近づく。
背中に回っていた左手は更に力を増して肩を掻き抱き、右手は細い腰を抱え、
自分のそれを奥へと進めた。
根元まで全て受け入れた花央は、注挿を繰り返すゾロにとって極上の感覚を与えている。
奥へ貫く瞬間にキツク締め付けながら、抜く一瞬にはするりと緩む。
その絶妙のうねり。
前触れの触れ合いも無く始まった交合だった。
ゾロは、いつものシャツにハラマキ・ズボンの姿のままだ
ズボンと下着だけを取り去っただけで、真昼間の野辺で男を抱く。
冷静に考えれば、実に恥ずかしい姿。
もし誰かに見られたら、なんとも無様なロロノア・ゾロを晒すことになるのかもしれない。
だがそんな思考は吹き飛んでいた。
いや、ゾロ自身、初めから思いもしない。
すがりついて、ゾロの背中を掻き抱く手に力をこめて、真っ赤な花の野に響き渡るほどの声で、
自分の快感と、その快感の更に高みを求めている、愛しい者とのこの最上の瞬間を、
恥じる心など初めからありはしない。
真っ赤な花の中の、白い顔。
その頬に浮かぶ上気の赤。
快楽に潤む青い目。
濡れた睫。
波打つ金の髪。
赤い花の中の
「…う…ぅ…ん…あ…あぁ…あ…!…っ…あああ…っ…!」
ふと目を降ろすと、金の茂みから屹立したエロスの矢も、
限りなく赤に近い桃色に染まり、その先端から白くとろりとした蜜をとろとろと
溢れさせている。
「………。」
行為の激しさに手折られた花の茎からも、もっと白い液体が溢れて滴り落ちていく。
淫らな花。
死者を弔うが如く咲く、彼岸の花のくせに。
視界の中を漂う赤が、躯の感覚を狂わせる。
半身に集まる熱い感覚。
痺れる脳。
一面の赤に飲み込まれて、精神だけを残して体の全てが熔けてしまったかのような。
なのに、繋がっている部分の熱さと、肌に触れている相手の感覚だけは妙にはっきりとしている。
どちらの感覚が現実なのか、わからない。
もしかしたら
おれ達は、すでに彼岸に渡ってしまっているのだろうか。
渡って
しまったのかもしれない。
こいつに出逢い
こいつを知り
こいつに捕らわれてしまった時にはもう
蜜に濡れた茎を愛撫すると、白い胸が大きく震えた。
唇からは、淫らな悲鳴と歓喜の声が同時に洩れた。
その声を耳に捕らえた瞬間、ゾロの腹が大きくうねった。
一点に集中していた熱い血潮が、震える襞に向って放たれる。
腰を抱え、自分のそれをもっとも深い奥へと突き上げ、一瞬俯き、
精の放出の快感に大きく顎を仰け反らせながら、ゾロも獣の様に低く呻く。
「……――――っ!!」
「…あ…ああ…っ!!…んあ…っ…あ…―――――…っ!!」
『その』瞬間
それまで激しく鳴き、叫んでいた声はぴたりと止んだ。
声が止んだのは、一瞬呼吸が止まったからだ。
全身が震え、背中を逸らせ、白い腹から金糸の茂みにかけて、
白く濁ったものがたらたらと垂れて滑り落ちている。
何より、力尽きたゾロのそれを包みこむ部分が熱く、波立ちながら、
名残の快感にきゅうきゅうと締め付けてくる。
達した証だ。
ほんの少し、ゾロの方が早かった。
交わる、ふたつの荒い息。
「……サンジ……。」
その名を呼ぶと、少しして、青い瞳が開かれた。
「サンジ」と、もう一度呼ばれると、サンジは、小さくうなずいてひとつ大きく
深呼吸した。
汗に濡れた額に手を当て、指で乱れた髪を掬い、その指を頬に向かって滑らせると、
赤く染まった唇がその指先にキスをする。
いつも、この時にサンジはゾロから目を逸らし、つい今しがたの自分の狂乱の様を
恥じて眉を寄せ、名を呼ぶゾロへ悪態をつく。
だが今は、サンジは潤んだ瞳で薄く唇を開き、震わせ、口付けをせがんだ。
仕種の愛らしさへの軽いキスではなく、ゾロは深く唇を合わせた。
激しいキスではない、熱い、深い口付け。
まだ繋ぎあった部分が、ジワリと震えて軽くゾロを締め付ける。
放したくない。
離れたくない。
ずっとこの熱に包まれていたい。
「…コック…。」
「………。」
答えは無かったが、サンジの片方だけの目がゾロを見た。
まだ、蕩けたままの瑠璃色。
「…このまま、もう1回シてェ…。」
囁いた瞬間、サンジの中でゾロのそれがまた、熱を蓄えたのを感じた。
言葉で答えず、うなずく事もせず。
黙って
サンジは一粒涙を零した。
幼さを残した少年のような顔。
まるで、初めて性を体験した処女が、愛する男の求めに精一杯応えようとするかの
ような、どこか怯えた微笑み。
だが、それは一瞬だった。
「…ん…。」
うなずき、サンジは白い腕をゾロの頭に絡ませる。
真っ赤な花の中で、サンジはまた涙をこぼしてゾロに縋り付いた。
「…このまま…抱き殺してくれ…。」
蚊の鳴くような小さな声でサンジは言った。
この野郎
また
妙な幻覚に掴まりやがった。
唇を奪い、暴れる舌で口腔を犯し、首筋へ滑らせながら歯を立て痕を残しながら
滑らせる。
赤い名残が増える度に、サンジは切ない悲鳴を上げた。
どこか、歓喜を含んだ声。
「…ゾロ…。」
「…あァ…?」
「……おれを元に戻せ…。」
「………。」
「…お前がバラティエへやってくる前の…お前とルフィを知らない頃のおれに
…戻せ…。」
「………。」
「…お前は…おれを…越えちゃならねェ河を越させたんだ…。」
戸惑い、半身を起こしたゾロと一緒に、サンジも身を起こした。
荒い息に肩を上下させながら、濁った目でゾロを見つめる。
刹那、戦う時のような鋭い光を放ったかと見えた。
次の瞬間、サンジはゾロのシャツを左右に思い切り引き裂いた。
震える白い手が、ゾロの胸の傷の上をなぞる。
そしてぐっと指を折り曲げると、袈裟懸けに走る誓いの傷に爪を立て、
猫のそれの様に一気に掻き下ろす。
痛みはあった。
常人なら思わず悲鳴を上げるほどの強さだった。
裂かれた皮膚から血が滲む。
だが、ゾロはわずかに眉を寄せ、唇を歪めただけで耐えた。
「…お前達が来なきゃ…おれはずっとあそこで…バカな夢を人に笑われながら
…それでもあそこで満足して生きていたはずなんだ…。お前が…あんなバカな
真似しなきゃ…おれは揺れやしなかったんだ…お前が…おれの目の前で…何度も
何度もバカな真似しやがるから…。」
「………。」
「…お前に…こんなに…捕まっちまったんじゃねェか…!」
最後まで、ゾロは言わせなかった。
唇を吸い、言葉を奪った。
激しく攻めるキスに、サンジは大きく震える。
ゾロのキスは止まらなかった。
片手でサンジを抱きしめ、片手で顔を鷲掴みにしたまま、唇と舌で口内だけを犯し続ける。
「…!……!…ゾ……っ!」
わずかな呼吸の間も与えず。
「…ん…んん…っ!」
サンジの目が大きく見開かれる。
青い瞳に走る、緑色の光。
真っ赤な花の
血の花の中に走る、ひと筋の緑。
その向こうに広がる、青い空。
自分を抱く胸から流れる赤い血。
その胸から漂う海の香と、血の、鉄の匂い。
「…あ…あああっ!!…あ……――――!!」
ビクンビクン、と体が痙攣し、サンジは崩れ落ちた。
支える事を、ゾロはしなかった。
再び、赤い花の上に沈んだサンジの胸に、ゾロは指を這わせる。
3度目の白いそれは、さっきより少し、薄くて―――。
キスだけで…イった…。
「…元に…戻せ…おれを…お前を知らなかったおれに…戻せ…。」
顔を腕で隠した隙間から、口惜しげに噛み締めた唇が見える。
その腕を解いて、ゾロは顔を近づけ
「…戻ったか?」
「………。」
「……コック?」
「………。」
「…おれを知らない頃のお前に戻せるわけもねェ。
おれがお前を知らない頃に戻れる訳もねェ。」
「………。」
「…あの時流したおれの血が…お前まで染め抜いちまったのはわかってる…。
だが、背負うな。」
ゾロの言葉に、サンジは笑う。
薄く。
唇の端に、侮蔑を漂わせて。
「背負うな…。ただ…。」
「………。」
「おれに抱かれている時は、狂え。」
ゾロが、鷹の目との戦いで、青い空と海を自身の真っ赤な血で染めた。
その光景が、サンジの五感を捕らえ、縛めた。
野望と信念を貫く為に流した、あのおびただしいゾロの赤が、
サンジをがんじがらめに縛りつけた。
貫きたくても貫けない意地と夢を、戒めていたサンジの前で、ゾロは命さえ賭けて見せた。
あの血に染まりたい。
あの傷を切り裂いてやりたい。
切り裂いて、血を浴びて、その血を盃で飲み干したい、血の滴り落ちるその肉を喰らいたい。
あの精神を
信念を
ゾロが血を流す度、サンジはあの岩の上の、猛烈な飢えに侵される。
真っ赤な思念の中で、ゾロを知らないはずの幼いサンジは、何度もゾロの胸の傷を
切り裂いてその肉を貪り喰った
理性は冷静に、それが適わぬ妄想である事を訴えながら、心の奥底の飢えは常に
ゾロの肉を食む事を求めて止まない。
だから誘い
体を開き
ゾロを貪り食う
餓えるなら、餓えたままの方がよかった。
叶えられた満腹感が、またすぐに次の渇きを催す。
一面の赤い華を見た瞬間、サンジはゾロを喰らいたくなった。
船の上では忘れていられた渇きを一気に思い起こさせられ、狂気に捕らわれた。
だが、その時ゾロは側にいなかった。
「…ゾロ…。」
「………。」
「…あの時いっそ…お前が死んじまってたらよかったのに…。」
「………。」
「…そうしたら…。」
そうしたら?
心の中でゾロは問い返した。
サンジはそのまま唇を噛み締め、答えなかった。
「コック。」
「………。」
「…戻れるとしても、おれは戻らねェ。」
「………。」
「往くだけだ。」
小さく、サンジはゾロの腕の中で微笑んだ。
そういう奴だとわかっている。
嫌になるほど。
痛いほど。
「………。」
手に触れていた花を、そのまま手折ってサンジは口元へ運ぶ。
と
「止せ。」
ゾロが止めた。
「毒がある。」
「…へェ…そうなん?…知ってんのか?この花。」
「…ヒガンバナ……曼珠沙華……弔い花だ。」
「…腹立つくらい…真っ赤…。」
青い瞳に滲む涙まで
赤い
愛しさと
腹立たしさが同時に襲ってくる。
おれを戻せ と、サンジは言った。
それはおれも同じだ。
お前を知らなかったおれに戻せ。
こんなにお前に狂ったおれを、ただのバカだったあの頃のおれに。
だが戻れない。
戻りたくない。
戻るつもりも無い。
おれは、お前に狂ったまま往くだけだ。
お前と
共に
互いに、渡ってしまった禁忌の川。
その淵に咲く花の中で
「…もう一度…。」
血の花に染み渡っていった切ない声は、剣士のものか料理人のものか。
風が吹き、ざわめく花の群舞の中にふたつの体が沈んで消える。
やがて空も、地を這う花と同じ赤に染まり始めていた。
END
(2007/9/12)
サンジは狂うことを知っているような気がします。
失うことに最も刹那的なのは、あの一味の中でサンジかもしれない。
久々にエロを
花の中Hは割りと好きなシチュエーションで…。
薔薇・桜・彼岸花。
次は何に致しましょう?
お気に召したならパチをお願いいたしますv
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