『大地は神が造った。だが、ウォーターセブンの大地は我らが造った。  父祖が築き上げたこの街は、我らの誇りだ。』 崩れ去った裏町の一角にあるこの石版に、真っ先に気づいたのはやはりロビンだった。 その話をアイスバーグにすると、この島の市長はどこか誇らしげに笑って  「元々ここは広大な湿地帯の島々でな、砂の混じった粘土質の岩盤に無数の杭を打ち、その上に海水に強い岩で土台を築き、  さらにその上にレンガを組んで街を創った。水路は造ったのではなく、もともとの島の形の名残に過ぎない。  ウォーターセブンは我々の先祖の血と汗と涙の結晶なのだ。」 珍しく、ルフィがアイスバーグの話に聞き入っていた。 記録に残るウォーターセブンの歴史。 ロビンもチョッパーもナミも、熱心に聞き入っていた。 だが、過ぎ去った過去の話にゾロは興味がない。 確かに、これだけの繁栄を誇る島が、全て人造的に造られたものと聞けば、その点に関しては感嘆を覚える。 確かに造られた水路なら、もっと規則正しく整然と造られていただろう。 水路や道の複雑さは、アイスバーグの話通り、島の形によるものなのだ。  「気をつけなければ、ここで生まれ育った者ですら道に迷う。  全ての水路や路地を知り尽くしているのは稀だろうな。  ああ、もしかしたら、フランキーのヤツは覚えているかもしれねぇが。」 そんな話。 今思い出してもどうにもならねぇ。 ここに居るのはオレだけだ。  「……ここは何処だ……?」 ロロノア・ゾロ 例によって例のごとく、迷子の真っ最中であった。  「あれ?クソ剣士は?」 そして、ゾロの不在に真っ先に気づいたのは、やはりサンジだった。 昼食の時間 ナミとロビンはショッピング。 チョッパーは、フランキー一家の元へ診察に行った。 一家の頭フランキーは、アイスバーグ等と共に、船造りの最中。 今、『海賊ハウス』に残っているのは、ルフィとサンジだけだった。 口では何だかんだと言いながら、食べさせる相手がルフィとゾロだけでも、サンジは料理の手を抜かない。 テーブルの上のタンドリー水々チキンが、湯気と芳ばしい香をあげている。 その前で『おあずけ』中のルフィが、したたる涎を拭きもせず  「知らねぇ。さっき出てったぞ?」  「さっきっていつだ?」  「サンジがこれをオーブンに入れた頃。」  「1時間も前かよ?…迷子だな…ったく、クソ野郎が。」  「な〜〜〜〜〜〜〜!(辛抱たまらん)サンジ、もう食っていいか!?」  「…お前、ずっと出かけねぇよな?珍しいんじゃねぇ?」  「!!……ん……ちょっとな。気がのらねぇんだ。それだけだ。」 ウソつけ と、心の中でつぶやく。 ここで、『オレが留守番してるから、ウソップが来たらふんじばっておくから。』と言うのは簡単だ。 だが  「仕方ねぇな。食っていいぞ、ルフィ。」  「やった!!」  「…ゾロ探してくらぁ。留守番、してろよ?」  「おう!任せろ!!」  「任せた、船長。」 ルフィはにっこり笑って親指を立てた。 ひとりにするのが少しかわいそうな気もする。 ウソップのことを、言って良かったのか悪かったのか……。 ウソップが、一味に戻るためのシュミレーションをしていたと話した時、ゾロが仲間に言い放った痛烈な正論は、この船長を少し臆病にさせていた。 ルフィはウソップを待っている。 だから、誰が街に誘おうとも決して出かけない。 皆それを理解している。 それに気づかぬ振りをして普通に振舞ってはいるが、サンジだけは、ルフィをひとりにしないように出来るだけ側にいてやりたかった。 しかし それに気づくのもやっぱりゾロなのだ。  「あ。サンジ!」  「あ?」  「ゾロ見つけても、すぐ帰ってこなくていいぞ?」  「…余計なお世話だ。」 頬が染まる。 こっちも、すぐに気づく。  「だってよ、これゾロの分までもう食っちまった!」 かくっ と、サンジの肩が下がる。 煙草をくわえた唇に、苦笑いが浮かぶ。  「じゃぁな。お言葉に甘えてちょっと歩いてくる。」  「…厄介ごとは減らしてくれよ…アホ剣士。」 出掛けに、ガレーラの社員がゾロが本社の南側から出て行ったと教えてくれた。 いよいよもって迷子決定。 サンジは、ネクタイの結び目を少し緩めた。 見上げる空はどこまでも青い。 運河を抜ける風 潮の香り 聞こえてくる槌の音 サンジが歩くと、すれ違う人々が必ず声をかけてくる。 怪我の具合、船長や仲間の様子、不自由がないか、必要なものは揃ったのか、そんなことを尋ねてくれる。 話がふと、懸賞金の件になると、サンジの顔を見て必ず皆笑うのがシャクだったが。 それでも必ず『実物はこんなにイイ男なのに。』と、言ってくれるのがせめてもの救い。 そして  「ああ、“海賊狩りのゾロ”なら、あっちへ歩いていったよ。」 と、教えてくれた。 サンジが尋ねもしないのに。 こんなにゆったりと街を歩くのは久しぶりのことだ。 しかも、首に賞金をかけられたのに、誰も自分達を政府に引き渡そうというものが居ない。 アイスバーグを救った英雄、と誰もが言う。 エライこった そう思う。 そう呼ばれる自分たちが、ではない。 そこまで愛されているアイスバーグが、だ。 こんな島に、何で住み続けているんだ? 大概の人間ならそう思う。 毎年、アクアラグナという災害に見舞われる島に、何故?と。 するとアイスバーグは笑って言った。  「さぁなぁ。」 不意に、視界の端に緑色のものが見えた気がした。  「……ゾーロ……。」 その緑色のものに、サンジは声をかけた。 細い運河の上にかかった小さな橋の上。 欄干に腰をかけて、腕を組み、目を閉じていた男が顔を上げて振り返った。  「…テメェか…。」  「…ルフィじゃなくて悪かったな。」  「………。」 ゆっくりと、橋を渡り、ゾロの隣に立つ。  「ルフィが来るとは思ってねぇよ。」  「………。」  「テメェこそ、よくルフィをひとりにしてきたな。」  「…ちっ、やっぱりお見通しか。」 ゾロが小さく笑う。 ふたりは、欄干にもたれたまま互い違いの方向を見ていた。 両脇の建物が影を落とし、晴天にも拘らず少し暗い通り。 細い運河には船もヤガラも居ない。 人の声も、槌の音も、ここには何もなく、ただ水音だけが響いている。  「よくここに居るのがわかったな。」 ゾロが言った。  「…会う人会う人みんな、テメェがあっちに行ったこっちに行ったって、親切に教えてくれたからよ。  ったく、ひとりで好き勝手に出歩くなよ。迷子を捜すこっちの身にもなれ。」  「誰も探してくれとは言ってねぇぞ。」  「…オレが探したかったんだ。ほっとけ。」 ゾロが激しく咳き込んだ。  「おま…!今、なんつった?」  「探したかった。」  「!!!!」 視線が合った。 合ってしまえば もう、離せなくなる 自然に 引き寄せあい 唇が 重なる 橋の下に繋がれている小船が、揺れて岸にぶつかる音がした。 その音をきっかけに、唇が離れる。  「なぁ…。」 サンジが口を開いた  「ん?」 欄干に腰掛けたまま、ゾロはサンジを片膝に載せた。  「もしウソップが戻らなかった時…ルフィは納得できると思うか…?」  「…できねぇだろうな。」  「………。」  「だがそれが筋だ。」  「わかってる。筋とかけじめとかじゃなく…単なるダチとして…仲間としてって意味だ。…昨日のアイスバーグの話、覚えてるか?」  「この街の話か?」  「ああ。何で、アクアラグナに襲われる島に、しがみついているんだって聞いたら、アイスバーグはこう言った。  『親父の親父のそのまた親父が、石にかじりついて必死になって造った島。  捨てるのは簡単だが、一度捨ててしまったらその捨てたものは二度と戻らねぇ。  島の歴史はそこで終わる。終わってしまったら、親父達が造ってきたものの全てが無意味になる。  そのことを、リクツじゃなく体が、その体内に流れる血が拒んでいる。“大事なもの”が何か、体が覚えている、知っている。  だから捨てられない。だから、愛しているんだ。』ってな。」  「…ロビンと気が合いそうな話だったな。それがどうした?」  「でも、それを捨てるのってのは、意外に簡単なことなのかもしれねぇ。」  「………。」  「けどな…だけど…。…オレ達の体ももう、その“大事なもの”が染み付いてるんじゃねぇかって思うんだよ…。」 サンジは、少し目を泳がせた。  「今、ルフィもウソップも、リクツが先にたって身動きできないでいる。勿論、筋を通さなきゃ話にならねェのはわかってる。  助けてやることはできねェ。それも十分わかってる…。」  「サンジ。」  「!!」  「迷うな。」 見透かされて、サンジは寂しげに笑った。  「お前の言う“大事なもの”が、ウソップの体にも染み付いていると信じるなら……それを信じて待て。」 サンジの眉が、かすかに歪んだ。  「…ったく…つくづくシャクに障るよな…テメェは。」  「………。」  「テメェだって、ビクビクしてるんだろ?ウソップが戻るか戻らねぇか。」  「わかりきったこと聞くんじゃねぇよ。あたりめぇだ。」  「うわ、開き直った。」 その時、鐘の音が聞こえた。  「…意外だな…テメェもマジでビクビクものなんか?」  「…ああ…ああは言ったがな…。参った…。」  「お前にも染み付いちまったんだな、“大事なもの”」 まるで、この島の地下に打ちつけられているという無数の杭のように。  「帰るか。ルフィのヤツ、きっとひとりで退屈してる。」  「帰るんか?」 咄嗟に出た自分の言葉に、ゾロは一瞬はっとなった。 その様子に目を細めて、サンジは  「ん〜〜〜。ルフィは…ゆっくりして来いって言ったけどな…。」 ゾロが、にやりと笑った。  「気が利くようになったじゃねぇか、ウチの船長も。」  「うわぁ…何だよそのヤラシー顔…あのなァ…今、この島でそんなコトのできるような場所があると思うか?」  「探しゃああるだろ?現に今、ここだって、小1時間経っても誰も通りゃしねェぜ? …うぉっ!しまった!まったりしてねぇでヤっときゃよかった!!」  「獣か!テメェは!!」  「テメェこそ溜まってねぇんか?メリー号でヤったのが最後だったんだぞ。 考えてみたらアレから何日……あ。ダメだ。そう思ったらガマンできなくなってきた。  部屋もらったのぁよかったが、あの仕切りひとつ無ェ部屋じゃ何もできねェ。  あれからルフィも居座っちまったしよ……メリー号が恋しいぜ、まったく。」 珍しく饒舌なゾロに、口を挟むこともできない。  「なァ、今ふと思ったんだけどよ?…メリーのヤツ…船で起こった事って、何もかも全て、まるっとお見通しだったんだろうなぁ…。」  「だろうなぁ。テメェのあんな顔もこんな声もあんな姿も、全部全てエブリシングお見通しだったろうなぁ。  ま…今更、誰に何に見られてもいいだろ?」  「ううううううううううう…今度の船…メリーよりデカイとは聞いてるけど、逆にエレェ気ィ遣いそう…。」  「だから、出航前に思いっきしヤっとくぞ!ホラ来い!」  「ぉうわぁっ!!」 サンジの腕を引っ張り、手ごろな路地を物色しながらゾロは言う。  「とっくの昔にお前も、オレの体に染み付いちまった“大事なもの”だ。」  「!!」  「だから迷うな。どんなに入り組んだ迷路のような道でも。オレ達の天辺にはルフィがいて、隣には互いが在る。  それだけ忘れなけりゃ何があろうと迷いやしねェ。」  「…よく言うぜ、迷子の天才がよ…!!」  「ウソップのことも、必ず道は開ける。ヤツはオレ達の仲間だ。心配することは何も無ェ。」  「ああ…!言われなくたってわかってる!」 どんな迷宮も、お前となら、きっと迷わず前へ進める。 だから  「ゾロ、この手、離すなよ。」  「テメェこそ。」 細い路地影に、体を滑り込ませてゾロはサンジの体を抱き締めた。 傾きかけた西日が、足元だけを照らしている。 首筋にキスされ、思わずサンジは顎を仰け反らせた。 見上げた屋根と屋根の隙間から、茜色に染まり始めた青空が見える。 大丈夫 お前がいる 迷っても、必ず道は開かれる。 開かれなければ、切り裂いて、蹴り倒すだけのことだ。 迷宮の中の惑いの午後。 END NHKの世界遺産番組を見ていて妄想が走ってしまいました。 『路地』という異空間が大好きです。 そこに『運河』という付加価値がついたら、もうそれだけで。 この番組で見た中世の造船所が、ガレーラそのものでした。 わくわく いつか行きたい外つ国                        (2007/1/8)
お気に召したならパチをお願いいたしますv

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