「おっはよー!!」
大海原に響き渡る、元気いっぱいの声。
明るく、少し甲高いその声を聞くと、この船の古いクルーたちは、彼等と彼等の船長の若かりし頃のその声と錯覚する時がある。
その声と、その声の主の元気な足音が、段々こちらに近づいてくる。
キッチンの奥で、この船のコック・サンジは煙草を咥えた唇をほんの少し上げて笑った。
ドアが開き、いつもの声がする。
「おはよー!“パパ”!!メシ!!」
声も、姿も、走り方も喋り方も、何から何まで彼等の船長に瓜ふたつ。
ただひとつだけ違うのは、母親譲りの明るいオレンジ色の髪。
「おはよう、メシの前に顔洗ってこい。」
「“パパ”、今朝のメシ何だ?」
「何だ?って聞く前に洗ってこい。」
「ケチ!」
ぷっと頬を膨らませて、少年は「いーっ」と赤い舌を出した。
少年は、サンジを“パパ”と呼ぶ。
仕方がない。
何せサンジは、この少年が生まれた時から側にいて、猫可愛がりに可愛がって、自分を『パパ』と呼ばせ続けて15年になるのだ。
そして
「あ!“父さん”、おはよ!」
出て行こうとした少年は、ソファの上に寝転がった剣士・ゾロを見て言った。
「…あー…。」
「まぁたここで寝たんだ?」
「うるせェ。」
その時
「おはよう。」
澄んだ声がして、ドアが開いた。
現れたのは、考古学者・ニコ・ロビン。
「おはよう!“ママン”!!」
「おはよう。」
にっこり笑ったロビンに、背伸びをして、少年は頬にひとつおはようのキスをした。
と、ロビンの後ろから現れたのはフランキー。
「おはよ!“アニキ”!!」
「おお、今日はスーパーに早ェな?」
フランキーの言葉に、少年は少しはにかんだ。
ロビンが笑って言う。
「あら、今日は大事な日だもの。」
サンジも言う。
「そうそう。我らが“プリンス”の誕生日だもんな。」
「プリンスゆーな!恥ずかしいよ、“パパ”!」
「あら、だって、王様の子は王子様でしょ?」
「誰が王様だよォ?」
「…お前ェの親父。」
ゾロが言うと少年は
「おれは認めねェぞ!海賊王は、このおれなんだからな!!」
いつものセリフに、皆、小さく笑った。
「笑うな!」
「笑わねェよ。」
「笑う理由がないわ。」
「だがな……あいつを超えるのは並大抵じゃねェぞ?」
「んにゃ!超えてやる!!海賊王におれはなる!!」
オレンジの髪の少年の宣言に、ゾロもサンジも、ロビンもフランキーも目を細めて笑う。
かつて、同じ顔の黒髪の少年がそう言った。
言い続けて、その宣言を現実のものにした。
そして、未だ彼はその位置にある。
この偉大なる、広大なる海で、もっとも自由に海を往く者こそが『海賊王』
と
「だーれーが、海賊王になるってェ?」
ドアの入り口に立つ少年の背中に、大きな影が覆いかぶさった。
その顔を見上げて、少年は「げ!」と声を上げてバツの悪そうな顔をする。
「おー、しっかり聞こえたぜェ?勇ましい宣言だったなァ?」
更にその後ろから、笑いながら言ったのは狙撃手ウソップ。
「それにはまず、“コレ”を倒さないと。」
指差して言ったのは船医・チョッパー。
少年は、少し頬を染めて
「おお!倒してやらァ!!」
と、目の前の黒髪の男へ叫んだ。
「おい、ナミィ。コイツこんなコト言ってるぞー?バカだなー?」
軽やかな足音。
ラウンジに現れた航海士は、男を見て意地悪げに答える。
「あ〜ら?そうやって、アチラコチラの海で、笑われ続けたのはどこのどなたさんだったかしら?」
ソファの上で、ゾロが笑った。
すると少年は、百万の味方を得たように笑って
「そら見ろ!」
「………。」
「おれが海賊王になるんだ!だから!!絶対!!倒してやるからな“ルフィ”!!」
指をつきつけ言い放った少年に、男は大きく溜め息をついて
「……お前、いい加減におれを“とーちゃん”って呼べよ。」
「誰が呼ぶか!!お前はおれのライバルだ!!親父だなんて認めねェ!!」
男―ルフィ―は、サンジを睨み付けて言う。
「お前のせいだ、サンジィ…。」
「当たり前だ、おれだって認めねェ。…なんでナミさんの子の父親がてめェなんだ!?あァ!?」
ぶ然としてサンジは答えた。
ゾロが吹き出す。
ナミが少し頬を染めた。
この船で生まれ、陸を知らずにこの船で育った。
少年の故郷はこの船だ。
クルー全員で育てた。
だから少年にとって、彼等全てが父であり母であり兄弟。
「はいはい、もうバカやってないで、さっさと顔を洗ってらっしゃい!」
「何が“バカ”だよォ!?“かあちゃん”!!」
「あのね、あたしも言いたいんだけど?なんでロビンは“ママン”で、あたしは“かあちゃん”なの?」
「だから、いい加減おれの事も“とーちゃん”で!」
「あんたのせいよね、ルフィ?あんたがあたしを“かあちゃん”なんて教えるからよ!」
「あー、それ、どっちかっつーと、ゾロのような気がする。」
「おれだけかよ、ウソップ?てめェもだろうが?」
「あと、フランキーもだよね?おれはちゃんと、遺伝子上の両親はルフィとナミだって教えたぞ?」
「遺伝子上って…。」
「遺伝子だけでも許せん。」
いつの間にか、少年は言い合う「両親たち」から逃れて甲板に降りた。
そして甲板から身を乗り出し、風に飛ばされないように『麦わら帽子』を片手で押さえながら、波間に漂う仲間へ朝の挨拶をする。
「おはよう!“おじいちゃん”!ラブーン!!」
黒いクジラが、歌う様に答える。
背中の上で、穏やかにバイオリンを奏でていたホネだけの男が少年を見上げて
「ヨホホホ!おはよう!また今朝も賑やかですねェ。」
「うん、みんなバカだから!」
「ヨッホッホッホ!ごもっともです!あ。お誕生日おめでとう、15歳になられましたか?」
「うん!15だ!ありがと!」
「私がイチバンにプレゼントをしてよろしいですか?」
「うん!」
「ヨホホホ!では、アナタの大好きな“ビンクスの酒”を。」
少年は、頬を染めてうなずいた。
バイオリンに合わせて、クジラも歌う。
毎日聞いている曲。
だが、大好きな歌だ。
赤ん坊の頃、この唄を聞くとすぐに泣き止んだと聞いている。
また、海の上で誕生日を迎えた。
だが少年は、海の上がイチバン好きだ。
少年の父が、海へ出たのは17歳の時。
同じ年になるまであと2年。
少年の父と母達が、ここまで辿り着いたのは容易いことではなかった。
本当は、よくわかっている。
でも
だからこそ
超えたいと強く願う。
「おい!」
ラウンジのドアから顔を出して、ルフィは子供のような顔で笑い
「早く来ねェと、サンジのメシ、おれが全部食っちまうぞ?」
今はまだ、敵わなくても。
「―――。」
ルフィが少年の名を呼んだ。
「誕生日おめでとう。」
「………。」
「この船に、生まれてくれてありがとう。」
そして
「来いよ。ここまで。」
その言葉に、少年は白い歯を見せて笑う。
かつて、少年の父が、強大なる敵達に見せたその笑み。
再び来る、新しい時代。
END
(2008/8/2)
60000HITのお祝いに風波Shinサマからいただいたイラストを見て、
悲鳴と共に勢いで書き上げたSSでございます。
なので苦情は風波サマの所まで(こらこらこら!)
お気に召したならパチをお願いいたしますv
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