「ヨッホホホホ!本日はお日柄もよく、このめでたき日を迎えられましたことを寿いで!」
「いよっ!待ってましたぁ!!」
「余計な講釈はいいから、さっさと進めろ。」
ルフィが上機嫌でブルックをはやし立てるのを、ゾロの不機嫌な声が裂いた。
だが、サニー号の水槽(アクアリウム)ラウンジに集った仲間は皆、
ゾロの仏頂面など目に入らないかのように、ブルックに拍手を送った。
「本日3月2日、コックさんのお誕生日。…お誕生日、よい響きです。いくつになっても年に一度のその日を迎える喜びは、
やはりこの胸を期待に高鳴らせます。って、私、心臓ないんですけどーっ!」
「でっひゃっひゃっひゃ!!」
つい先日仲間になったこのホネの、『スカルジョーク』にもいい加減に慣れてきた所だが、
ルフィは相も変わらずこのジョークに全身で大ウケする。
当の本日の主役は、水槽を背にしてソファに座り、煙草をくゆらせながら、楽しそうに笑う仲間を微笑んで見つめていた。
両隣にナミとロビン。
両手に花だ。
テーブルを運び込み、その上にはサンジが自分で料理したディナー。
サンジは、今年の誕生日も海の上で迎えた。
食事の前に、ブルックが一曲プレゼントするという。
バイオリンを番えて、ブルックは背筋を(ないんですけど)伸ばした。
「では、コックさんのバースディを祝って一曲。
これは私の故郷の国の古の国王が、愛する王妃の誕生日に送った曲です。」
旋律が始まると同時に、ルフィもぴたりと騒ぐのをやめた。
穏やかで明るい曲が、部屋中に響く。
「…ああ…この曲聴いたことがあるわ。」
ロビンが囁いた。
「西の海の曲だものね。」
「綺麗な曲だ。」
サンジもつぶやく。
普段は、派手で賑やかな曲ばかり紡がれる、ブルックのバイオリンから出る音色とは思えなかった。
王が作ったというだけあって、上品で格調高い。
「ん〜、まぁまぁだな。」
「はぁ〜、キレイな曲だ〜。」
「うんうん。これがゲージュツってやつだ。」
フランキーとチョッパーとウソップも、静かに耳を傾ている。
ルフィは、ずっと嬉しそうにブルックのすぐ足元に胡坐を掻いて座り、特等席で聞き入っていた。
だが、その曲を、一人険しい顔で聞いている男がいる。
その表情に、サンジは気づいた。
「………。」
曲が終わった。
仲間が一斉に拍手する。
「ブラヴォー!」
「ブルックのバイオリンはサイコーだな!!」
「あんた、そんな曲も弾けるのね。」
「うふふ、私たちまでプレゼントを貰ってしまったわ。」
サンジも立ち上がって
「ありがとうな、ブルック!」
と、手を差し伸べたが、ブルックは一瞬戸惑った顔をした。
ホネなので、表情はないんですけど。
「…ヨホホ。ああ、喜んでいただけましたか!おめでとうございます、コックさん!!」
「サンキュ、さぁ、みんな食ってくれ!!まだまだあるからな!!」
「いつも思うけど、サンジの誕生日なんだから、お前は座ってりゃあいいんだよ。」
ウソップのセリフに
「ばーか。おれの誕生日だから、おれがみんなに思いっきり振る舞うんだろうが!
さあ、ナミさんロビンちゃん、ワインをどうぞ。」
「ありがとう、サンジくん。Happy birthday!」
「おめでとう。」
「ぃよぉ〜〜〜し!おれ様謹製・超特大はっぴばバズーカだァ!!」
ウソップが叫ぶや否や、どこから取り出したのかかなりリアルな造りのバズーカ砲。
そういえば、1週間位前から、フランキーとチョッパーと一緒になってゴソゴソやってたが、これだったのか。
「おたんじょーびっ!おめでと〜ぅ!!」
大音響と共に、炸裂する巨大クラッカー。
七色の紙テープ、金銀のラメ、飛び出す風船、そして鳩まで。
「もぉ!やりすぎよウソップ!!」
「あらあら、スープがラメだらけ。」
「てめェ!責任取れェ!!」
「ごめんなさーい!!」
ルフィとチョッパーが鳩を追いかけまわして、騒ぎがさらにエスカレートする。
明るい笑い。
弾ける笑顔。
調子っぱずれの歌声。
今年は陽気なBGMつき。
サンジの誕生日を祝う宴は、日付が変わる夜中まで続いた。
仲間の誕生日には恒例のことで、来週はフランキーの番だとルフィが宣言して、
ブルックが実は88歳だと知って皆仰天したところで宴はお開きになった。
全員で、下のラウンジから階上のキッチンへ食器類を運んで
(昇降機も使うけど)、おやすみなさいを言って出て行くとき、ナミがゾロに耳打ちした。
「ごゆっくり。」
「うるせェ。」
不機嫌な答えに、ナミは目を丸くした。
いつもの、照れ隠しの悪態と少し違う。
どこか、本気で腹を立てているような声だった。
けれど、ゾロがそのままキッチンのカウンターに腰を下ろしたので、『大丈夫ね。』と、判断してドアを閉めた。
皆を見送り、サンジが袖をまくり
「さて。」
と言ったところでゾロも立ち上がった。
キッチンに入り、サンジの隣に並んで、サンジが洗った皿を黙って受け取りふきんで拭く。
長い沈黙。
水の音と、時折皿やグラスが当たる音だけが響く。
「………。」
パーティが始まった時から、ゾロはずっと不機嫌だった。
仏頂面はいつものことだが、確実に『不機嫌』なのだ。
それは、今も継続されている。
だが、ひとつだけサンジがわかるのは、その不機嫌はサンジに向けられているものではないということだ。
「なぁ…。」
サンジが口を開いた時
…がちゃ…
「!!」
…ぎぎぃぃぃぃ〜…
「………。」
ぬぅ〜〜〜〜ぉ〜〜〜。
「…〜〜あ〜の〜〜…。」
さすがに、慣れたとはいっても、ガイコツ紳士のこの登場の仕方は心臓に悪い。
「わ―――ッ!!」
「ギャ――ッ!!」
ガイコツの方の悲鳴の方がデカかった。
「ああ!びっくりしましたァ!!目が飛び出るかと思いました!!ワタクシ目はないんですけど!!」
「こっちは口から心臓が出るかと思ったわ!!」
「普通の入り方は出来ねェのか!?てめェは!!」
「ああああスミマセン!以後気をつけます…ああ、おふたり御一緒でしたね。
お邪魔して申し訳ありませんが、丁度良かった。」
「…別にジャマじゃねェ…けどよ。」
頬を少し染めて、サンジが吐くように言った。
語尾に、『確かにジャマだ』という雰囲気が見え見えだった。
「で?」
ゾロが言った。
その口調。
まるで、心当たりがあると言わんばかりの。
サンジは、洗剤のついた手を洗い、タオルで拭うと
「…なんだよ?」
と、ゾロに尋ねた。
するとブルックが
「…ああ……ご存知だったのでしょう?申し訳ありません…。お気を悪くさせてしまって…。
ワタクシも、演奏の途中で気がついたのです。…いやはや…そんな事にも気づかなかったとは、音楽家失格です。
船長に知られたら、きっと怒られてしまう。」
骨だけでもブルックはかなり身長が高い。
その高い背を屈めて、ブルックは恐縮した。
「何のことだ?…ガイコツ、何かしたのか?」
「ええ、してしまいました。演奏の途中で、剣士さんと目が合った時思い出しまして、冷や汗が出ました。
あ!ワタクシ目も無いし汗も出ないんですけど!」
何のことやら。
サンジは心当たりが無く、ゾロを見る。
するとゾロは
「何の話だ?」
と、ブルックに尋ねた。
だが、顔は不機嫌のままで、どうやらゾロはブルックに対して腹を立てたらしい。
なのに
「え?」
ブルックはきょとんとして
「…あの…アナタ…あの曲の謂れをご存知で、あんなにワタクシを睨み付けていらしたのでは…?」
「謂れ?おれがそんなもの知るかよ。」
「えええええっ!!?」
ブルックが、顎が落ちんばかりに驚いた。
「あの!では!何故、あんなに怖い顔でワタクシを睨んでいらしたのですかーっ!?」
「睨んでた?」
「ええ!それはもぉ!!ゾンビも逃げ出すような恐ろしげな顔で!!」
「ぶっ!」
サンジが吹き出した。
とゾロは、ちら、とサンジを見て
「ああ…そうだな…睨んでいたかもしれねェ。」
と、言った。
やっぱり、仏頂面の理由があった。
「…お前が、宴会の初めに弾いた曲。」
「はい…。」
「いい曲だってのはわかる。だが、どこかねちっこくて辛気臭かった。
誕生日を祝う曲だって言いながら、妙に暗い感じがしてよ。…なんて曲をチョイスしやがる、そう思った。」
自分の最愛の相手の誕生祝に送られた曲としては、あまりに陰気だと感じ、不機嫌になったのだ。と、ゾロは言った。
もちろん『最愛の相手』などと、ブルックには言わない。
「…だからってよ、ブルックを睨むこともねェだろうが。大人げねェな。」
「…ああ、そうだったな…悪かった。」
しばらく、ブルックは黙っていたが
「…すごいですね…初めて聞いた曲。しかもどこにも暗い音調がないのに、曲の真意を感じ取られたとは。」
「真意?」
サンジが尋ねる。
「…はい。あの曲は、昔のある国の王様が、最愛の王妃に送った曲。
ですが、送られた王妃はその時、既にこの世の人ではなかったのです。」
「………。」
「その王は、若くして死んでしまった、愛する王妃の誕生日に毎年あの曲を奏でさせ、祝ったといいます。」
死んでしまった妻の年齢を毎年数え―――。
「亡き王妃を偲び、悲しみの中で作った曲。いくら西の海ではメジャーな曲だとはいえ、
この船の方々にプレゼントしていいような曲ではなかったですね。…ごめんなさい。本当に。」
本当に、いいヤツだなとサンジは笑った。
「気にすんな。例えそんな謂れがあっても、おれはあの曲好きだぜ。」
「…そう言っていただけると、少し肩が軽くなります。といっても、ワタクシ肩ありませんけど!ヨホホホホ!!」
「みんな喜んでたし、おれも嬉しかった。ありがとうな。」
「本当に、スミマセンでした…剣士さん。」
「…おれに謝ることじゃねェ。」
相も変らぬ仏頂面で言うゾロへ、ブルックは
「ですが、やはり自分の恋人にそんな縁起でもない曲を送られたら、腹も立ちますでしょう?」
その瞬間、2人の顔は、何かが爆発したかと思えるほど目に見えて真っ赤になった。
「こ、恋人!?」
「…何の話だてめ…!?」
「おや?おふたり、“わりない仲”なのではありませんか?」
「な…!?何を証拠に!?」
「誰が言ったァ!?そんな事…!!…ナミか!?」
新しい仲間が増えたからといって、自分達の関係をわざわざ知らせておくような真似はしない。
ビビを仲間にした後に結ばれたこの関係。
チョッパーの時もロビンの時も、フランキーの時も、自分達が『そう』なのだと自分で口にした覚えはない。
チョッパーはルフィとウソップに吹き込まれ、ロビンは初めから見抜き、
フランキーにはエニエスロビーの事件の後、W7にいる間に勘付かれた。
スリラーバークを出て間もない今、はっきり言って『あれ』から、抱きあってもキスしてもいない。
七武海のくまとの一件。
ゾロとのあのやり取り、その後にあんな姿を見せ付けられ、元気になったとはいえ、サンジはゾロに触れさせていない。
そんな気分にもならなかった。
多分ゾロの方も、どこか気持ちが引っかかるのか、言葉ですら触れようとしてこなかった。
自分の誕生日を向かえ、それをきっかけに気持ちがほぐれ、ようやく『今夜は…。』と言う気分になれた。
今夜、ゾロに言おう。
あの時、生きているお前の姿を見て、どれだけおれがそのことに感謝し、また何もできなかった自分を呪ったか。
そして今に至る。
のに
と、ブルックは首をかしげて
「…見てしまったものですから…。」
「見た!?何を!?」
サンジが叫ぶ。
いつ!?
だって、マジであれからキスもしてないのに!!
「スリラーバーク…。」
そこまでブルックが言った時、白刃が踊った。
抜刀したゾロが、和道一文字の切っ先をブルックにつきつける。
ドロドロドロと音が聞こえてきそうな凄みのオーラ。
「…言うんじゃねェ。言ったら、再生できねェくらい粉々にぶった斬る。」
「〜〜〜〜〜〜〜はい。」
カタカタと顎を鳴らして、ブルックは自分の口元を覆う。
「なんだよ!?スリラーバークで何を見たんだてめェ!?」
「いえ、見てません!!ワタクシ、目がありませんから!!ヨホホホ!!おやすみなさいっ!!
あらためて、お誕生日おめでとうございます!!お邪魔しましたァ!!ヨホホホホホホホホホ!!」(逃走)
「あ!おい!!ブルック!!?」
「ほっとけ!!気にするな!!」
「気になるわ!!何があったんだよ!?」
「何もなかったって言ったろうが!?」
「ソッチじゃねェ!!コッチの話だ!!吐け!!マリモァ!!」
「何もしてねェ!」
ぴたっと、サンジの動きが止まる。
そして
「してねェ?」
「う!!」
「して ねェ?……ってコトは…。」
「………。」
「てめェ!!おれを気絶させて何しやがったァァァ!!?」
「見ちった。」と、ブルックが言った。
それは、ゾロと自分と、あの七武海のことのみだと思っていたのだが。
「言え!!ゾロォァァ!!」
「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
ブルックが、ほうほうの体でラウンジから飛び出すと
「ブルーック。」
と、声をかけてきたのはナミだった。
甲板で、ロビンと2人でグラスを傾けている。
ここまで、ラウンジの衝突音が聞こえてくる。
「ああ!お嬢さん方!!」
「あ〜あ、爆弾投げちゃったわね。」
「はい…どうしましょう?」
「うふふふ、さぁ、どうしましょう?」
「いーのいーの、毎度のコトだから、気にしない気にしない。」
「しかし羨ましい。愛する人が側にいるということは、無上の喜びですから。」
「あら!や〜ん、アンタ、もう知ってたの?」
「はい。…本当に、すばらしいコトです。」
「ハッピーバースディ」と、小さくつぶやいて、ナミとロビンはグラスを合わせた。
ブルックの表情のないはずの顔も、嬉しそうに笑っていた。
スリラーバークで、ゾロは当身で気絶させたサンジを瞬間抱きしめた。
くまに、ルフィの痛みを受ける為、場所を変えさせてくれと言った時、倒れているサンジに触れていった。
その表情を
(ワタクシ、一生忘れません。あんな穏やかで満足げで、なのに苦しげな微笑みを…見たコトがありませんでした。)
そんなあなたの大切な人に、あんな曲を…。
本当にごめんなさい…。
この日に生まれ、互いに出逢い、共に歩み、生きている。
今日という日に感謝しているのは、コックさん自身より、アナタなのでしょうね。
「ブルック、一曲リクエスト、いいかしら?」
ロビンの言葉に、ブルックはうなずく
「ヨホホホホ!どうぞどうぞ!!では!あ、♪ビンクスの酒を〜〜♪。」
「リクエスト聞きなさいよ、あんた。」
空に星。
波間に漂う陽気な舟唄。
いつしか喧騒は止んで、夜は静かに更けていった。
END
ブルックさん初書き
ノベルス(2)の方はこの後のゾロサン話
まったく違う展開になります。
そして、誕生日という話ではないです。
(2008/3/2)
お気に召したならパチをお願いいたしますv
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