今の自分の状況を、悲劇的に考えるつもりは全くない。 ここでこうしてこんな目に遭っていても、仲間はきっと今頃 自分を救い出す計画を練っているだろうし、もしかしたら船長は、 後先も考えずに動き始めているかもしれない。 ナミさんも、ロビンちゃんも、どれだけおれを心配してくれているだろう。 普段は気の弱いウソップも、チョッパーも、きっと勇気を奮い起こしてくれているだろう。 フランキーも、ブルックも そして きっと、ゾロも…。 サンジは、ひとつ息をついて天を仰いだ。 仰いだそこには、青い空も明るい太陽もない。 愛するサニー号のマストも、麦わら海賊団の誇りの旗も、 当然、キッチンの穏やかなクリーム色の天井もない。 あるのは カビに覆われ、煤けた、闇のような暗い天井。 壁もまた同じような色に染まり、まるで、底も果ても見えない暗闇にいるようだ。 だが、それでも孤独を感じないのは、そこにいるのがサンジひとりではないからだ。 暗がりの中に、石の様にうずくまるいくつもの影。 大小さまざまな影は、その空間をびっしりと埋めている。 それが、ただの石でないとわかるのは、闇の中にどんより浮かぶ それぞれ二つの濁った光が、人の目だと見てとれるからだ。 だが、顔を上げ、天を見上げているのはサンジひとり。 そして、明るい色の髪は、その暗灰色の闇の中で一際目立っていた。 そして、共にいる影の中で、サンジは最も体躯が細く儚げな印象を他者に与えていた。 びっしりと押しこめられたこの空間は、澱んだ人の 体温と吐息と臭気で不快な湿気を含んでいる。 ひとりでも人間が少ない方が、楽になれるかもしれない。 そして、『この状況』に陥った人間のほとんどがそうであるように、 概して苛立っていた。 そんな時、弱い人間にその苛立ちの矛先が向かうのは当然のことだった。 些細なきっかけさえあればいい。 サンジが顔を上げ、息をついた。 それだけで十分だった。 「おいてめェ…今、踏んづけやがっただろ？」 「………。」 これだけの人間が密着している空間。 時折襲う揺れはどんなに堪えても体を揺らし、隣の人間同士の肩がぶつかるなど当然のことだ。 その度に起こる小競り合い。 その順番が、回ってきた。 「何とか言いやがれ！」 言葉と同時に拳が襲ってきた。 次の一瞬の事を、あえて語る必要はないだろう。 2年前、シャボンディ諸島で圧倒的な力の前に壊滅させられた麦わら海賊団は、 再び姿を現すまでの今日までを、バカンスに費やしていたわけではないのだ。 覇気を纏ったサンジの蹴りは、目にも止まらぬ素早さと瞬発力で、 殴りかかってきた男を壁際まで吹っ飛ばした。 「………。」 何も言わず、サンジはそのまま冷たい床に腰を下ろし、胡坐をかいた。 いつもの癖で、胸ポケットにタバコを探ったが、 ここへ押し込められる直前に取り上げられたのを思い出し、舌打ちした。 その舌打ちと同時に、黒い影がサンジから距離を置いて離れるのがわかった。 只者じゃねェ…。 どこかから、そんな呟きも漏れ聞こえた。 なんで、こんなに強ェヤツが？ そんな声も聞こえた。 サンジは髪をガシガシと掻き、この状況を知った時の仲間がどんな反応をし、 どんな言葉を吐くか想像して 「………はぁ………。」 再び息をついた。 また クソマリモの野郎に、散々言われちまうなァ…。 事の起こりは昨日。 ある島での出来事だった。 2年前のマリンフォード頂上決戦後、海軍元帥センゴクが引退を表明し、 その後、青雉と赤犬の確執の末に赤犬サカズキが元帥となってから、 海軍の無法者の取り締まりは苛烈さを増し始めた。 特にその近海の海軍支部海兵たちの海賊摘発は常軌を逸し、わずかでも疑いのある者、 海軍や世界政府に反感を示したものは、有無を言わさず捕らえられていった。 半月ほどの間を置いて、抜き打ち的に島々の一斉摘発を行う。 その、一斉摘発に巻き込まれた。 もちろん サンジがひとりであったなら、海兵を蹴散らして逃げる事は十分可能だった。 ナミが一緒だった。 ロビンもチョッパーも一緒だったが、ほんの数分前に本屋の前で別れていた。 町の雑踏の中、何の罪咎もない市民を巻き込んでの一斉摘発。 彼らと、ナミの盾になり、サンジは海兵の手に落ちた。 落ちざるを得なかった。 最後に、自分を呼んだナミの声が、今でも耳に残って胸が痛い。 2人一緒に捕まる方が、脱走の際のリスクは高くなる。 ナミは女性だ。 海軍だ。男女を一緒に護送するとは考えにくい。 逃げるにしても、サンジひとりの方が身軽だ。ナミだけを逃がして、正解だった。 おそらくあの直後、騒ぎに気付いたロビンたちと合流してくれただろう。 すぐに逃げるつもりだった。 逃げられると踏んでいた。 しかし、その考えは甘かった。 「………。」 サンジは、首に嵌められた首輪を、ほんの少し引っ張ってみた。 「…人を犬扱いしやがって…。」 押しこめられている男たちのほとんどが海賊だ。 全員の首に、同じ首輪が嵌められている。 この首輪には覚えがある。 シャボンディ諸島のヒューマンショップ。 攫われた人魚のケイミーら、奴隷オークションにかけられた 奴隷たちの首につけられたものと同じだ。 この首輪と繋がる親の発信機から一定距離離れると、首輪に仕掛けられた爆弾が爆発する仕組みだ。 (…あの時、レイリーはどうやってこれを外したんだ…？ 覇気を使ったのは間違いないが、使い方がわからねェ…クソ…。) これが首にある限り、大元の発信源から離れる事が出来ない。 (かといって、このままインペルダウンはまっぴらごめんだ…。) 押しこめられたこの場所は、護送船の船底だ。 そして乗せられたこの船がどこに向かうのか、ついに知ることはできなかった。 出航したのは朝まだ早い内だった。 腹の空き具合から、今の時刻が夕刻近いのは分かる。 10時間近い航海。 サンジ達がサニーを寄せた場所から、かなり離れたことになる。 だが、別の島に移送されている感覚はない。 船の揺れが、外海のそれに比べて穏やかなのだ。 そしてこの船自体も、サニー号より小さく、メリー号より少し大きなサイズの船だった。 と、いう事は、この船は島の近海を海岸線沿いに航行しているらしいと推理できる。 (インペルダウン直行はねェな…とりあえず、何処かの基地か…。 なら、まだチャンスはある。あとは…。) あいつらを信じて、待つより他ない。 不安はない。 ルフィは必ず助けに来てくれる。 不安など…。 「……はぁ……。」 マジで あのマリモ野郎に どんだけバカにされるんだろう？ 船は、それからしばらくしてかなり荒っぽく、どこかへ接岸した。 少し時間を置いて、閉じられていた船底の蓋が開き、 海兵たちが銃を構えながら「出ろ。」と促した。 ここを出るという事は、いよいよわが身、わが命が危うい時が近づくという事だ。 誰も望んで、我先に出ようというものはいない。 「はい、ちょっくらごめんよ。」 怯む海賊たちを押しのけて、サンジが真っ先に船底から飛び出した。 あまりに軽い身のこなしに、周りの海兵たちは一斉に銃口を向ける。 「ビビんな。」 ニヤリと、白い歯を見せたサンジに、誰もが息を呑む。 およそ海賊とは思えない、色の白い優男。 上の階級らしき兵が部下に 「おい。」 と、促すと、海兵がサンジの手に枷をはめた。 「………。」 長い鎖が下がっている。 鎖は、次に船底から引きずり出された海賊の枷に繋がり、 そこから伸びた鎖はさらに次の海賊に…。 結局サンジと鎖で繋がれた海賊は、全部で8人に及んだ。 （…やれやれ…。） まぁ。 あいつが来れば、こんな鎖はワケねェな。 サンジは、キョロと辺りを見回した。 遠くに、覚えのある稜線が見えた。 よかった。 島を離れた訳ではないようだ。 だが、サニー号が停泊した岬からずいぶんと離れてしまった。 (…さっさと来てくれよ…このむさ苦しい匂い、耐えられそうにねェ。) 「さぁ、歩け！」 小突かれ、サンジは至って普通の足取りでスタスタと歩き出した。 足取りの重い後続が、面食らいながら、引きずられるようについて行った。 「捕らえられた罪人は、みんなこの収容所に連行されるらしいわ。」 ロビンが、町で買ってきた地図を広げた。 皆、一斉に覗き込み、ロビンの指の先を見る。 記録指針に従い、立ち寄ったこの島のものだ。 「この島、おもしろい形してたんだなぁ…。」 ウソップが言った。 確かに、瓢箪の様な形だ。 彼らが船を寄せたのは、南側の小さな港だ。 ロビンの指は、西側の、地図のかなり左の部分を指差している。 ナミが眉を寄せ 「…地図には観測所って書いてあるけど…。」 「表向き、そういう事になっているようよ。 一旦ここに、この海域でとらえた海賊を集めるようね。」 「…一般市民は知らなくていい施設だからな…。」 ウソップが言った。 「なァ、サンジもここにいるのか？」 「だろうな。」 チョッパーの言葉にフランキーがうなずく。 ルフィが 「ナミ、ここまでどのくらいかかる？」 「…風と潮にもよるけど…サニー号なら半日はかからないと思うわ。」 「そっか。じゃ、すぐ行こう。」 決断し、ルフィは腕を組み直した。 ナミがうなだれ 「…ごめんね、ゾロ…。」 小さな声で呟いたが 「何でおれに謝る？」 地図を広げたテーブルから離れ、腕を組んで黙っていたゾロが言った。 「…結果で誰かを責めるつもりはねェ。それに、おれに謝る事でもねェな。」 ナミがぐっと詰まった。 自分を庇ってサンジは捕まった。 当然、ゾロも気が気じゃないはずだ。 「そうよ、ナミ。…あなたのせいじゃないわ。」 「………。」 ナミの肩に手を置き、ロビンが言う。 「行きましょう、ルフィ。明日の朝ごはんに間に合うように。」 ルフィが笑う。 「あっはっはっは！そうだよな！じゃ、サンジ迎えに行くか！！…って ……はっ！？じゃ、今日の晩飯どうなるんだ！？」 「知るかァ！！心配はソッチかよ！？」 ウソップがツッコんだ。 ナミがようやく笑い、ゾロも笑う。 エニエスロビーでロビンを救った。 インペルダウン、そしてマリンフォードからルフィは生還した。 マヌケなバカコックひとり、救い出せない訳がない。 『観測所』と称される罪人の収容所は、1年ほど前に出来た施設だ。 『観測所』と呼ぶのもあながち間違いでもなく、3年前までそこには気象観測所があったらしい。 レッドラインに近いこの海域は、海賊の吹き溜まりのような場所で、 海軍が網を張って待ち構えていれば、いくらでもカモが引っ掛かる場所でもあった。 なので、その場で裁判にかけ、インペルダウンに送られる者、 別の刑務所に送られる者、そしてその場で処刑される者と、篩にかける場所が必要になった。 元が観測所であるから、海と空をよく見渡せる、崖の上にその収容所はある。 桟橋から、サンジらは鎖で繋がれたままの状態で、崖上の『観測所』へ歩かされた。 わざわざ歩かせるのは、罪人を収容するこの場所が、切り立った断崖絶壁の上にあり、 牢を抜け出し脱走したところで脱出は不可能なのだと、思い知らせるためでもあった。 高い塀 三重の鉄の門を抜け、罪人の後ろで鉄の扉が閉じると、繋がれた鎖ごとに先のフロアへ進まされた。 狭い箱のような部屋。 灯りはついているので、そこにいる互いの顔は見える。 罪人たちだけが残されて、扉がまた背後で締まると同時に、何かの音が部屋中に響き渡った。 「な、なんだ！？」 サンジの、２人後ろに繋がっていた男が怯えた声を上げた。 「うわああっ！な、なんだ！？」 誰かが悲鳴を上げた。 「！！？」 違和感に、サンジも思わず目を見開いた。 「水…！？」 水だ。 床が水に浸されていく。 見れば天井からパイプが伸びていて、そこからザバザバと水が噴き出していた。 「うわあああああっ！！」 「溺れ死にさせる気かよぉぉぉ！！」 「やめろぉ！お前らそれでも人間かァ！！」 海賊が何を言うかとサンジは一瞬思ったが 「………。」 水は、どんどん量を増し、すぐに膝まで、腰まで、胸まで上がってきた。 水音と男共の悲鳴が、狭い小屋の中で悲痛な響きを轟かせている。 すると 「…あ…ぁあ…あああ…。」 男がひとり、意識を失って崩れて行った。 「ど、どうした！？」 「おい！しっかりしろ！！…うわっ！！」 崩れ、倒れた男と直に繋がれていた男が一緒に、水の中に足を取られた。 「…ちっ。」 舌打ちし、サンジは鎖を引きあげる。 2人の男が、顔を水面に出した。 「ぶはぁっ！」 「抱えてろ、そいつ能力者だ。」 「ぶえっしょ！…ゲホ！…の、能力者ァ！？」 この水攻めは、能力者の判別というワケか…。 サンジがそう心で呟いた時、水位が下がっていった。 これで、能力者を殺すつもりではないのだろう。 「…くっそ…ぶっ殺してやる…。」 溺れかけた能力者が毒づいた。 排水が終わると、入ってきた方ではない扉が開き海兵が現れ、 能力者の男の足に別の鎖をつけた。 「…ぐう…海楼石かよ…。」 男を小突き、海兵が言う。 「さあ！さっさと行くんだ！海賊！」 「……っ！！」 濡れ鼠のまま、追い立てられながら石の回廊を先へと進んだ。 気温が低い。 濡れた体が一気に体温を失う。 「………。」 寒い。 次の鉄柵の前まで来ると、先ほどの能力者の海賊がサンジらと離された。 さらに行くと、一番年配らしき男が離された。 ブロックごとに、収容するタイプが違うらしい。 後ろから、別のグループが進んでくる気配もあった。 サンジは、最後まで離されることなく回廊を進まされ、 やがて他の数人らとまとめられて広い石壁の部屋に入れられた。 壁際に事務机が据えられ、そこに茶色の髭がだらしなく伸びた海兵が横柄に座っていた。 手に、分厚い書類の束。 手配書だ。 照合をしている。 なるほど、年齢・性別・能力者などの区分けをして効率を高めているわけだ。 「………。」 ペラペラと、紙をめくる音が続き、時折止まり、並べられた海賊の顔と照らし合わせる。 寒い 冷えが、全身を襲う。 激しく震えはじめる者もいる。 暗く閉め切った石の室内で、衣服が渇くはずもない。 「……っ。」 男の手が止まった。 そして、サンジを見た。 「………。」 だが、悩んでいる。 ムリもない。 首をかしげ、角度を変えて、サンジの顔を凝視している。 が、やがて 「…黒足…？」 ようやく、その言葉が口から出た。 まったく、忌々しい手配書め。 いい加減更新してくれ。 男が電伝虫に飛びついた。 抱えながら、隣の部屋に駆け込む。 ざわっと、気配が高まるのを感じた。 「…麦わらの一味がこの島にいるぞ！！」 声が聞こえた。 途端に、男がさらに数人の海兵を連れて駆け戻ってきた。 海兵の銃口が、サンジに突きつけられる。 「麦わらの一味、黒足のサンジだな！？」 「…だったら、どうした？」 うんざりと、サンジは答えた。 「こちらへ来い！別室で尋問を行う！！」 「…へいへい…お手柔らかに頼むぜ。」 隣に立っていた男と繋がれていた鎖が外される。その時男が 「…あ、あんた…あの麦わらの一味なのか…？」 「ああ。」 笑みすら浮かべてサンジは答えた。 男が、ゴクンと唾を飲み込むのがわかった。 世間様は、どんだけ自分たちを恐怖と警戒の目で見ているのか。 いや 自分たちを、ではないな。 おそらくはルフィを、だ。 そして 「………。」 どうにもいけねェ。 さっきから、浮かんでくるのはあの顔だけだなんてな…。 前後左右を海兵に囲まれ、サンジが連れてこられたのは頑丈な鉄格子の岩牢だった。 すえた臭いが鼻を突く。 屠殺場のような匂いだ。 「入れ！！」 開けられた扉を潜ろうと身を屈めた瞬間、銃床で背中を思いっきり突かれ、 サンジは石床の上に転がった。 「…ぐっ！！」 サンジが身を起こすより早く、続いて入って来た海兵が、 身を起こそうとしたサンジの腹を蹴りあげた。 「麦わらのルフィはどこにいる！？」 「………っ……答えが…聞きてェ…なら…答えられねェ様…な…真似…すんなよな…。」 「余計な返答は許さん！！聞かれたことだけを答えろ！！」 「ぐぁ…っ！！」 再び蹴り。 胃の中のものが、逆流してくる不快感。 「磔ろ！！」 上官の命令に、3人の兵がサンジを引きずるように抱え起こし、 岩壁に下げられた頑丈な鎖で縛め吊し上げる。 手首に、直に鎖を巻きつけられた。 「…おい…コックの手を傷つけてみろ…てめェらタダじゃおかねェ…。」 上官の海兵がニタリと笑う。 「海賊が。自分の立場をわかっていないようだな。」 手に、スタッズのついたメリケンサックをはめた。 「…おいおい…まさかそれで殴るってか？ 海兵さんが、ずいぶんチンピラみてェな武器を持ってんじゃねェか？」 「チンピラ以下の海賊が、エラそうな御託を並べるんじゃあ……ない！！」 叫ぶや、海兵の拳がサンジの顔に叩きつけられた。 口の中に血の味が広がる。意識が遠のくような痛み。 覚悟はしていた。 これまで、こんな場面は何度もあった。 ルフィの為に、仲間の為に、命だって捨てても構わねェとすでに覚悟は決めている。 仲間が来るまでの辛抱。こいつが、力尽きるまでの根競べ。 「…さあ！吐け！麦わらはどこにいる！？」 「………言うか…馬鹿……。」 「―――っ！！」 2発、3発、拳が入る。 だが、サンジの唇からは笑みが消えない。 「……おいおい…なまってんじゃねェか…？まだ10発も入れてねぇぜ…？ 息…上がってんじゃねェか…。」 「！！…黙れ！！」 海兵は、メリケンサックを捨てて金属製の警棒を取り上げると、力任せにサンジの体に叩きつけた。 「ぐはぁっ！！」 「言え！！言わんか！！」 「………っ。」 なんでもかんでも、体に聞いた方が早いという連中。 もっとも、前線にも立てず監獄の番人に甘んじているような奴ら。 チンピラとサンジが揶揄したのは、あながち間違いでもなかった。 鎖が、手首に食い込む。 指先が、冷たくなっているのがわかる。 「…クソ…手…外せ…。」 息を切らしながら海兵が言う。 「…コックの手だ…？…笑わせるじゃないか！！」 「…あが…くぁっ…！！…や…め…！」 海兵の手が、サンジの指を握り、あらぬ方向へ捻じ曲げ力を籠めた。 「やめろ！！…く…ああああああっ！！！」 サンジの顔が青ざめ、苦悶に歪む。 海兵の目が、鈍い光を放つ。 任務よりも、嗜虐の念に憑りつかれた瞬間の光だ。 「あああああああああああああっ！！」 人間の、罪悪の快感を呼ぶものは、醜いものが醜悪に歪んでいく様ではない。 美しいものが儚く壊れることほど、愛らしいものが悲鳴を上げることほど、 端麗な顔が歪むことほど、人間の嗜虐を呼び起こすことの方がより顕著だ。 美しいものが醜く歪み、乱れ、みっともなく許しを請う事の方がさらなるそれを呼ぶのだ。 サンジの悲鳴も、痛みに歪む表情も、それでもなお口をつく悪態も、 逆に海兵の血を沸騰させるには十分な材料だった。 「…あ…く…ああ…っ…！」 ミシ と、嫌な音がした。 砕ける―――！ と、取り囲んでいた兵の一人が叫んだ。 「隊長！！やめてください！！理由の如何を問わず、 裁判前の罪人の身体に必要以上の傷をつける事は、懲罰の対象であります！！」 「…ちっ…！！」 はあはあと、海兵の口から息が漏れる。 逆に、サンジの方の呼吸が落ち着いて見えた。 海兵は、静止した部下を睨みつけたが、後の懲罰の方が恐ろしかった。 サンジは口元に、さらに不敵な笑みを浮かべ 「…お生憎さま…。」 「―――っ！！」 勢い、再び拳が頬に入る。 口の中が切れた。 そして 「…連中は…この島の南…サザンプトンの街にいるぜ…。」 サンジは言った。 海兵が色めき立つ。隊長と呼ばれた海兵は、鼻で笑い。 「は…！さすがに観念したか！仲間を売ったか？まさか…嘘か？」 「…嘘じゃねェ…てめェらがおれを捕まえた町の隣の港だ。 ありえなくねェだろ…？ウソだと思うか…？ …まぁ…それはてめェらの勝手だが…？」 「………。」 「…ああ…それともうひとつ言っておく…おれがこういう目に遭ったんだ… �倏�わらのルフィ�瓩蓮腸燭茲蠱膣屬髻塚Г髻賃臉擇砲垢訝砲澄帖�」 「！！」 「…とっくの昔にそこを離れて…ここへ向かってるだろうよ…。」 「何…！！」 血に染まった白い歯を見せ、サンジは凄絶な艶を浮かべた笑みで言い放つ。 「…首を洗って待ってろよ…クソ海軍…。」 滝の様に、海兵の血の気が引く音が聞こえた。 かつて捕らえた海賊の中で、仲間を助けようなどと考えるものはなかった。 そんな愚かな行動をとるのは、かの大海賊白ひげ位のもので、他にそんな命知らず、 海軍や世界政府にケンカを売るものなど…。 だが、思い出した。 そうだ 麦わらの一味は、あのエニエスロビーからニコ・ロビンを奪還し、頭目モンキー・D・ルフィは、 兄ポートガス・D・エース救うためにマリンフォード海軍本部を襲った。 あのバスター・コールから逃れた唯一の勢力。 こんな一地方の収容所など、奴らには数の内に入らない！ 「…う…あ…。」 サンジは息をついた。 気の毒な位、心の弱い連中だ。この『職場環境』では、ムリもないが…。 そして 「海賊だぁあああ――――っ！！！」 悲鳴が上がった。 「…へェ…思ったより早かったな…。」 「！！？」 やっぱり 来てくれた…。 サンジは目を閉じ、ほっと息をついた。 さぁて、ゾロ 迷わずここまで来てくれよ…？ サウザンド・サニー号は、観測所下の桟橋を真っ直ぐにめざして船を寄せた。 なんといっても『元・観測所』、見晴らしがよすぎて死角がない。 それならば 「仕方ないわ！！正面突破あるのみよ！！」 自分の為にサンジは捕まった。 今回ばかりは、慎重臆病なナミも怯んではいられない。 フランキーが叫ぶ。 「ナミ！！桟橋に着けちまっていいんだな！？」 「それしかないわ！上がって行ける場所がないんだもの！！ルフィ！準備はいい！？」 「おう！！行くぞ！ゾロ！！」 「了解！！出るぞ！ウソップ！チョッパー！！」 「おう！がってんだ！」 「今行くぞー！サンジ――っ！！」 「援護は任せて！百花繚乱（シエンフルール）！！」 ロビンの花が咲き乱れる。 「麦わらの一味だぁあああ！！」 状況のつかめない警護の兵は、突然の来襲に慌てふためき、浮足立った。 ルフィが、飛び出す瞬間にナミが叫ぶ。 「ルフィ！！サンジくんをお願い！！」 「わかってる！！ナミ！ロビン！フランキー！ブルック！サニーを頼んだぞ！！」 「……うん！！」 「任せて。」 「スーパー任せろ！！」 「ヨホホホホホ！！みなさん！！お気をつけて――！！」 さらにナミは 「ゾロ――！！」 「…心配すんな。」 ナミは息を呑んだ。 ゾロが 嗤っている 顔は笑ってはいるが、目が―――。 「…気を付けて！！」 「おう…。」 単純に、サンジを助けに行くという図式で突入班にゾロを入れた。 いつも通りの当然の布陣だが ゾロを 行かせてよかったんだろうか…？ ナミは、崖の上の建物を見上げ 「……灰も残さないわね…あれじゃ…。」 呟いた。 NEXT （2013/2/11） (2012ゾロ誕TOPからおいでの方はブラウザを閉じてお戻りください) ZERO‐TOP NOVELS-TOP TOP