「…ん…う…。」



苦しげな声に、ゾロは心地よい眠りを裂かれて目を開いた。

声は、腕の中から聞こえた。

胸に抱きしめた恋人の、白い顔に刷かれた眉が、さらに奇妙な形になって歪んでいる。

眠りながら、荒い息の中から漏らす声。

ゾロは、軽く肩を揺すった。



 「コック。」



小さく呼ぶ声に、すぐに青い瞳が開かれた。

薄闇の中で、その青が自分を捉え、ほっと小さく息をつくのがわかった。

そして、少し恥ずかしそうに微笑んだ。



 「…悪ィ…。」



かすれた声で言うと、サンジはゾロの胸に頬をあてて背中に手を回した。

停泊中のある島。

穏やかな気候のいい島だ。

遠くの山肌は赤や黄色に染まり、東の海の、ゾロの故郷の秋によく似ている。

記録指針(ログポース)の記録(ログ)が貯まるまでの数日間、束の間の休日。

その休日の中で得た、2人きりの大切な時間。

それも今夜で終わる。

記録(ログ)は、昨日すでに貯まっている。

なのにまだ、この島に滞在して入るのは、明日、いやもう今日がゾロの誕生日だからだ。

今夜、ナミやロビンが宿泊している方のホテルで、ゾロの誕生日を祝おうというプランを

ウソップが伝えてきたのは昨日のことだった。

だから、この島でこうしてゆっくりと過ごす事が出来るのは今夜だけだ。



それなのに



 「…妙な夢でも見たか?」



ゾロの問いに、サンジは笑って首を振る。



 「…夢…見たのかも知れねェけどな…内容はよく覚えてねェ…。」

 「うなされてたぞ。」

 「……うん…そうみてぇだな…なんだろな?」

 「………。」

 「…ん…?」



眉を寄せて、険しい顔で自分を見るゾロを、サンジは困った顔で笑った。



 「…そんなツラすんなよ…悪かった…。」

 「…謝る必要はねェだろ?」

 「………。」

 「おれにも言えないような悪夢か?」



こいつは、何でもお見通しなんだな。



 「…いつもの夢さ…あの岩の上の…。」

 「………。」



ゾロは、黙ってサンジを抱きしめた。



 「…ごめんな…。」

 「…だから、謝る必要はねェ…。」



消そうとしても、消えない過酷な体験。

その記憶を消すことは、誰にも出来ない。



風が吹いた。

気づかなかったが、少し強い。

冬を迎える前特有の、不安定な空。

吹き抜ける風が戸を叩く音。木々のざわめきは、岩を打つ波音にも聞こえる。

この音が、サンジに悪夢を見せた。

悪態をついても、海賊や海軍が裸足で逃げ出しそうな目で睨んでも、風が止む訳ではない。

さしもの海賊狩りも、自然の理には勝てない。

彼が出来るのは、腕の中の冷たい体を抱きしめて、温めてやる事だけだ。

抱きしめられながら、サンジも自分を疎む様に笑うしかなかった。

どうにもならないこの苦しい記憶。



それでも



 「ゾロ…。」

 「…なんだ…?」

 「…ありがとう…。」

 「………。」



サンジの目が、ゾロを見て微笑む。

慈愛の微笑みとは、こんな目をいうのかもしれないとゾロは思う。



 「…お前が生まれてくれてよかった…。」

 「………。」

 「…お前が生まれて…おれも生まれて…生きて…生き延びて……出会えた……。」



穏やかな声。

わずかな迷いも、ためらいも無い、真摯な声。

真っ直ぐに目を合わせ、サンジは穏やかな瞳で告げる。



 「…出会えて…一緒に旅立って…何度も冒険して…たくさんケンカして…笑って…

 お互い何度も死に損なったけど…まぁ、ナントカ無事にここまで来て…

 おもしれェこといっぱいあって…すげェものいっぱい見て……。」

 「………。」

 「……お前に…たくさん愛してもらって……。」

 「………。」

 「…生まれてくれてありがとう…。」

 「………。」

 「…愛してくれて…ありがとう…。」

 「………。」

 「…おめでとう、ゾロ…。」



抱きしめる以外に、答える言葉があるのだろうか。

重なる肌から、互いの心臓の鼓動が伝わってくる。

触れ合う部分が熱くなる。



生まれてきてよかった。



人はきっと、こんな瞬間にそう思うのだ。













END







(2008/11/11)





生きてるってステキな事

出逢えたってスゴイ事

出逢った相手を愛せるのはシアワセな事







ゾロ誕2008TOP



NOVELS-TOP

TOP