ある日の昼下がりのことだ。



偉大なる航路−グランドライン−

白い波を蹴立てて大海原を行くは、海賊船・サウザンドサニー号。

天気は快晴。

波は高いが、それもふたつの帆を大きく膨らませ、彼等を夢と野望の高みへと近づける力強い風の起こすものと思えば、心強く、愛しくさえある。

さて、そのサニー号のキッチンに、怪しい人影。



ひとつ



ふたつ



みっつ



よっつ



凸凹としたその影は、キッチンをテリトリーとするコックの姿がないのを確認して、カウンターの奥の冷蔵庫の前に立った。



 「…ホントに大丈夫なんだろうな?ウソップ?」



潜めた声で、尋ねたのは船長ルフィ。



 「大丈夫だって!間違いない!」

 「でも、でも、それでホントに開いちゃったら、サンジ、すごく怒るよな…。」



ウソップの言葉に、チョッパーが少し震える声で言った。



 「ヨホホホ!いや〜〜〜しかし、見れば見るほど厳重な冷蔵庫ですねェ。」



ブルックが、高い背の骨だけの体を折り曲げて縮めながら、冷蔵庫を見上げた。





盗人4人。



今日はこの、警戒厳重な冷蔵庫の鍵を破ろうと、忍び込んで来たのである。



しかし

ご存知の通り、フランキーが製作したこの冷蔵庫は、金庫もかくやという金属製の重厚な扉に、暗証番号機能のついた鍵がかかっている。

ルフィなら、『ギア3』でぶち破るのは簡単だが、それをやったら



















想像するだけで怖い。





 「まったくよー。ナミもロビンも口が固くて参るよなー。」

 「でも、この前、ナミ達も知らない番号に変えたって、サンジ、言ってたぞ?」

 「フェイクだよフェイク!!そう言っとけば、おれ達も諦めるとタカ括ってんだ!」

 「で?アナタが解読したという、暗証番号はいくつなのです?」



ブルックの問いに、ウソップはふふんと鼻で笑って



 「この冷蔵庫を管理してるのはサンジだぞ?『あの』サンジだ。おれの読む所、どーせ、ナミとロビンにまつわる数字に決まってる!」

 「っていうと、何番だ?」

 「もったいぶらずに早くぅう!!」



ルフィが、辛抱たまらんと床を踏み鳴らす。



 「しーっ!バカ!音をたてるな!!他のヤツに気づかれる!!」

 「ヨホホ。そういえば、コックさんは今どちらに?」

 「午前中に仕留めた海王類を捌いて、血まみれになっちまったからって、風呂に行ったんだ。

 多分念入りに洗ってくるだろうから時間もかかる。今がチャンスなんだよ!」



ウォーターセブンを出航した直後から、ルフィとウソップとチョッパーは、

ゴーイング・メリー号の時代には日常茶飯事だった『冷蔵庫襲撃』を、まったく出来ずにいた。



サンジのオーダーに、忠実に従ってフランキーが作った冷蔵庫だ。

不備があろう筈がない。

だが、そうなれば燃えてくるのが盗っ人というものだ。(海賊じゃないのか?)

とにかく、厄介なのは、サンジが設定した暗証番号。

それさえ割り出せば、金庫…もとい冷蔵庫は破れる。

そして、この船で、その番号を知っているのはサンジ本人と、ナミとロビンだけなのだ。



さすがの、『相方』ゾロさえも、その4桁の数字は知らないという。

あえて知る必要もない。



フランキーに、何も方法がないのか尋ねたら



 「おれの作ったモンに、欠陥なんざあるかぁぁあああ!!!」



と、ブチギレされた。



やはり、暗証番号を割り出すしかない。

だが、4桁の数字の組み合わせは、『0000』から『9999』まで、1万通りの組み合わせがあるのだ。

それを、いちいち全てやっていたら気が遠くなるし、当然絶対サンジに見つかる。



第一、やってられっか。



しかし!

ウソップはついに!その数字を発見したのだ!!



 「いいか?ナミの誕生日はいつだ?」

 「7月3日。」



ルフィが即答した。



 「ロビンは?」

 「2月6日だな。」



チョッパーが答える。

するとブルックが、骨だけの手をポン(ブルックの場合『コツン』)と、叩き



 「おお!数字が4つ!」

 「そうか!!『7326』か『2673』のどっちかだ!」

 「すげーぞウソップ!よくやった!!」

 「まーまー、そう褒めてくれるな。これも、天才のひらめきってトコだ。」



鼻の下を擦り、長い鼻をさらに天井につき上げて、ウソップはにんまりと笑う。

そして



 「じゃあ、いいか〜?開けるぞ?」

 「早く!早くウソップ!!」

 「ついに、ついに禁断の扉が開かれるのですね〜〜?ヨホホホホ!」

 「……まずは7……3…2ぃ〜〜〜〜…6!と!!…よっしゃあ!ご開帳ォ〜〜〜!!」

 「おおおおおおおおおお!!」















がごっ













鈍い音がした。

開くと思っていた扉。

だが、引いた取っ手はビクともしない。



 「……あれ?」

 「開かない。」

 「…なんだよーウソップ!!」

 「…えー…あれ?…おいおいおい…ちょっと待てよー?そんなはず…。

 ああ!そうか!!それなら『2673』!!ポチッとな!……さあ今度こそ…!!」





がごっ





 「…………あれ?」

 「…開きませんねェ…。」

 「あ、じゃあさ!今度はその数字をバラバラにしてみたら?」

 「お、おう!そうだな!!じゃあ、月だけ組み合わせてみて…。『7236』!」



がごっ



 「じゃ『2763』!!」



がごっ



 「う〜〜〜むむむ!『2736』!!」



がごっ



 「それなら!!」



がごっ



 「これは!?」



がごっ



がごっ



がごっ









 「あ、開かねェ〜〜〜っ!?」

 「おい!どういうことだよ、ウソップ!?」



ルフィが叫んだ。



 「待て、ちょっと待て…!あ!そうか!!こいつァやっぱり……ゾロだな!!」



チョッパーが、呆れた目をした。



 「『1111』?そうかな〜〜?」

 「ヨホホ…はっきり申し上げて、誰もがイチバン最初に考える数字ではないかと…。」

 「だから、そこが盲点なんだよ!!

 多分サンジは、あからさまにゾロの誕生日の数字を使うことはねェだろうって、おれ達がそう考えると、その逆を衝いたに違いねェ!!」

 「じゃあ、押してみるぞ?…『1111』!!」



ルフィが押した。そしてまた取っ手を引いたが





がごっ





 「………。」

 「…ウソだろ?」

 「ゾロでもない…。」

 「ご自分では?」



ブルックの言葉に、『0302』も打ってみた。

だが、開かない。



 「あ!そうか!ナミひとりだけかも…!!」



 「もしかしたらおれか!?」



 「おれかも!」



 「…オーナーのおっさんのだったりしたら、わかんねェぞ!?」



 「昔の彼女とかー。」



 「ゾロさんとの何かの記念日だったりは?」



 「あー、それはますますわからねェ。…てか、そーゆータイプじゃねェなぁ…。」



冷蔵庫の前で、4人は途方に暮れた。

あまりに熱中しすぎ、あまりに気配を殺すのを怠ったので、背後に、地獄の門番が忍び寄っていた事に、



 「…何をしてるんだ…?てめェら…?」



という、低い、怒りに満ちた声が頭上から振ってくるまでまったく気づけなかった。



4人の心臓が同時に鳴った。(あ、ひとり心臓ないんですけど。)

次には肩を縮め、同時に恐る恐る振り返り、そぉ〜〜〜っと、声の主を見上げた。



すらりとした長身。

優雅な腰つき。

見下ろす瞳に、震えるほどの微笑。

形の良い唇は笑みをたたえ、咥えた煙草からは紫の煙。

まだ、少し濡れた髪が、艶を放って輝いている。

首にタオル。

シャツだけのラフな姿。



皆様よくご存知の、麦わら海賊団のコック、懸賞金7700万ベリー・黒足の……サンジ。



サンジは、タバコを唇から放し、にっこりと笑って



 「おれの冷蔵庫に、なんぞご用で?」



ごくりと、生唾を飲み込んだのはウソップ。

カタカタと、抱きあって震えているのはチョッパーとブルック。

そして、ルフィが言う。



 「冷蔵庫が〜〜〜〜。」

 「冷蔵庫が?」

 「腹が痛いよーって泣いてたからさー。チョッパーに診てもらおうかな〜〜〜〜〜って……。」

 「ほぉ。……冷蔵庫が……ね?」



ふーっと、唇から煙が吐かれる。

ウソップが、がばっと身を起こし



 「そうなんだよサンジ!実はこの冷蔵庫には、ウォーターセブンの悪霊が憑り付いていて、

 そいつはなんと!!生前腹を壊してのた打ち回って死んだ船大工で、そいつが…!!」



必死に、ルフィの言い訳を引き継いで熱弁をふり始めたが



 「んなワケあるかぁ!この盗っ人A・B・C・D―――ッ!!」



アンチマナーキックコースの大盤振る舞い。



 「あああああああ―――――――――ッ!!!(エコー)」

 「ヨホホホホホ〜〜〜〜〜〜ッ!!(エコー)」















 「……まったく、どうしてこの船は、毎日毎日どっかを修理しなきゃならねぇんだ?」



フランキーの作業部屋。

突如、目の前に落下して来た4個の物体を見て、この船の船大工はつぶやいた。





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              (2008/4/5)





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