関の“元・若殿”ゾロが、長い迷子の果てに関の国・秋水の麦の里に帰還したのは、関ヶ原の戦いから3年が過ぎた秋の事だった。



表向き、『関ヶ原で戦死』した事になっているゾロが城に戻る事は無く、3年待たせた恋女房・サンジと、

麦の里の外れの小屋で暮らし始めて間もない頃、今は関7万石の御藩主様となったチョッパーが



 「お手紙で―す!」



と、言って、小屋の土間口でサンジに一通の書状を差しだした。



それを受け取りながら、サンジは苦笑いし



 「……お殿さま…また勝手に城を抜け出してきたのか?」

 「いいじゃないか。義姉上のご飯が食べたかったんだもん。」

 「義姉上じゃなくて。」

 「あ、ごめん、サンジ。」



3年経ってもまだ、チョッパーの呼び方は変わらない。

でもまだ、その呼び方の中に氷雨が生きているようで、それはそれで嬉しい気もする。



 「…しかし…手紙?おれに誰が手紙を寄越すんだ?御隠居様か?」

 「御隠居様って言うと、父上怒るよ。特にサンジに呼ばれたら悲しむぞ。」

 「そうか?………ぇえ!?」



驚くサンジの素っ頓狂な声に、土間で薪を積んでいたゾロが顔をあげた。



 「どうした?」

 「………。」



困ったように、サンジはゾロを見た。

チョッパーが、事も無げに言う。



 「伊達政宗公から義姉上に。」

 「何ィィィィ!!?」



ゾロが叫んだ。

その瞬間の顔の変化に、チョッパーは



 わー、いつか本で見た、カメレオンみたい。一気に緑から赤になったぞ。



そして



 「…だって。おれ宛への時候の挨拶の手紙だったけど、中にもう一通入ってて、

 その宛名が“黄金(こがね)の宮・玻璃の君へ”ってなってたから。サンジの事だよね?」

 「なんだとォォォォォ!!?」



ひったくろうとするゾロを踵落とし一発で沈め、サンジは恐る恐る書状を開いた。



開いて



読み始めて











見る見るうちに、サンジの顔が真っ赤になっていく。











手紙を顔に近づけ、肩が小刻みに震えだし、指先まで真っ赤になり、

大きく溜め息をつくと、ついには手紙で顔を覆い隠してしまった。



 「見せろ!!あの片目!何を書いてきた!!?」



ゾロが手を伸ばすより先に



 「え〜〜〜〜〜と、なになに?……“ひと時の夢の如き出会いに思い染めし玻璃の君に、言の葉を送りたる悦び”……。」

 「うおっ!?ウソップ!!いつの間に!?」

 「……“儚く散りたるその華の命の短さに涙した日々を思うに、

 我、その黄金(きん)の髪の一筋なりと欲したは、それ君への恋慕にて”…

 …うっわー!恋文だわ!」

 「ナミィ!?」

 「“遠き奥羽の地にて、君、儚くなりきを知るや、この身も絶え絶えに永らえた口惜しさ”」

 「ロビン!!!」

 「“されど、君が健やかなるを知り、心浮き、翼を得て千里を駆けんと欲す”」

 「フランキー!!」

 「“あ〜〜〜〜〜〜、きみが〜〜こがねの〜〜かみ〜〜〜、るりの〜〜〜ひとみ〜

 おも〜〜う〜〜〜たび〜〜〜こ〜〜こ〜〜ろ〜〜〜ちぢ〜〜〜に〜〜み〜〜だれ〜〜”」

 「ルフィ――――っ!!?」



サンジは真っ赤になって、ルフィから政宗の手紙を取り上げようとしたが、それは空しくゾロの手に渡った。



ナミがうっとりとした目で言う。



 「香が焚きしめてあったわよ〜〜〜vvさすがは伊達者ね〜〜〜〜vv

 ……誰かさんも見習ってほしいモノだわ……。」

 「後で最後まで読ませてね、恋物語の様だったわ。」



ロビンが、手に抱いた赤ん坊をあやしながら言った。



 「…いや…無理だと思うよ…ロビンちゃん…。」



瞬間



 「あのクソエロ親父―――――っっ!!」



怒りMAXなゾロの手が、政宗の書状を真っ二つに引き裂いた。



 「ほら。」

 「まぁ。」

 「なんじゃこりゃあ!!?恋文通り越してっじゃねェかァ!!?

 エロ文句ばっかだぞ!!あのドスケベ野郎――!!」

 「えええ!?最後まで読みたかったァ!!」



ウソップの叫びに鉄拳が炸裂する。



 「仙台が遠くてよかったな…このまま戦でも仕掛けかねない勢いだ。」



チョッパーが言った。

サンジは、粉々になった文を拾い集め



 「…そーいや…おれ、まだお前の仙台話聞いてねェな。」

 「う。」



一瞬のゾロの表情の変化に、誰もが多いなる興味を抱いた。

考えてみたらゾロは、今日まであまり、仙台での話をしなかった。

仙台までの事、仙台からの事は話してくれるのに、仙台での話はあまりしたがらない。

サンジはそれが、政宗の『据え膳』を、ゾロがつまみ食ったからだと思っている。



 「…あまり話したくねェ…。」

 「そーか!ぜひ話せ!」



ルフィが言った。



 「そーね、話しなさい。」



ナミも言う。

するとサンジが



 「…ああ…いいよ…浮気の自慢は聞きたくねェし。」

 「浮気なんかするかァ!!」

 「でも食ったくせに。」

 「食ってねェよ!!」

 「ハイハイ。そーゆー事にしとくんだよな?わかったわかった。」

 「!!!!!!」



と、フランキーが、ロビンから子供を預かりながら言った。



 「つーか、ゾロ。お前、伊達の殿に、サンジの事を話したのか?」



その言葉に、皆はっとして



 「話したのか?」



サンジも言った。



 「…話した。」

 「全部?」

 「全部。」



ナミが呆れて言う。



 「サンジくんが男と知っての恋文な訳?…うわー!ライバル出現!!」

 「救いは敵が遠いってことだけね。」



ロビンが笑った。









3年



サンジの知らないゾロの旅



















その日、奥羽7郡の主・伊達政宗は、自身が住む青葉山の仙台城の基礎工事の進捗状況を己の目で確かめる為、

家臣の鈴木重信と茂庭綱元を連れて赴いた。



普請奉行は人足達に手を止めさせて土下座をさせようとしたが、政宗は仕事の手を休める事は無いとそれを制し、

ゆっくりと、満足げに工事の様を見て回った。



そして



ふと



目を止めた。



止めた目を反らし



しばし考え



天を仰ぎ



背を向けた。







 「………。」





今、自分は何を見た?



まさか



いやそんなはずは無い



そんな事があろうはず



ここの所の疲れがたまったか?



いやいや、枯れるにはまだ早いぞ政宗



目はまだまだ効く



しかしあれはなんだった?



いやいや、見間違いだ

見間違いに違いない

だいたい、“アレ”がこんな場所におるはずがない

ここはどこだ政宗?仙台だ

奥州みちのく陸奥の国仙台だ!!

アレの国は山陰のド田舎で、ずっとずっとず〜〜〜〜〜っと遠い!京より遠い西国だ!!

それにアレは、関ヶ原の激戦で死んだと聞いたではないか!アレは関ヶ原で死んだのだ!!

ではアレは何だ?今、目の端にチラと飛び込んできた緑色は何だった!!?

今、おれが見たアレは!!?まさか!まさかまさかまさか!!



落ち着け政宗



もう一度落ち着いて見てみるのだ。



そう



大きく息を吸ってー 吐いてー もう一度吸ってー 吐いてー



よいか政宗



落ち着いて

もう一度振り返って見るのだ。

そうすれば、己の愚かな間違いに気づく!



さぁ



振り返ってもう一度………











 「よぉ。」



 「……なんで貴様がここにおるのだ!?虎――――っっ!!!?」















(2009/10/29)



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