BEFORE



気がつけば

ゾロは政宗に拉致されて、伊達の仙台屋敷に連れ去られていた。

政宗は、奥まった居室の一室に自らゾロを引きずっていき、

周りに誰もいないのを確かめるとぴしゃんと襖を閉め、おもむろに



 「貴様!!妻を斬り殺されてなお死地に赴きながら、ようもまぁ、この政宗の面前に生き恥を晒してノコノコと現れおって!!

 そこに直れ!!その素っ首、叩き落としてくれる!!」



と、大太刀を抜くや叫んだ。



 「……まぁ、落ち着け。」



仙台藩主伊達政宗を前に、きらびやかな部屋の真ん中で、

泥だらけの人足姿のゾロは、緑の頭をボリボリと掻きながらうんざりと言った。



 「黙れ!!貴様はあの美しく…聡く…心優しき奥方を見捨てて出奔したというではないか!!

 …鷹の目め…!何も斬り殺すまでせずともよいものを!!…あの麗しい白い肌を断つとは…!!

 あの黄金の髪が血に染まったとは…あの瑠璃の瞳が二度と輝かぬのかと思うと…

 ええい!!腸が煮えくりかえる!!」



いくら人払いをして戸を閉めても、これだけの声をあげれば屋敷の大部分に響き渡る。



 「…綱元殿…お止めせぬのか?」

 「あれを?それがしが?…いや、重信殿!お願いいたす!」

 「いやいやいや!」

 「いやいやいや!」



互いに終わらぬ譲り合い。



 「もはや言い訳は聞かぬ!!貴様のような恥知らずの言など聞く耳持たぬ!!

 さあ、そこに直れ!!辞世の句などいらぬ!!潔くそのカビ頭を差し出せ!!」

 「あのな!いい加減落ち着いて、人の話を聞けよ!!めんどくせェ野郎だな!!」

 「愚弄するか貴様――――っ!!」

 「だーかーら!!」

 「問答無用と申した――!!」

 「だああああああっ!!」



人足姿であっても、腰の物は離さなかった。

斬りかかる政宗に対し、やむなくゾロは3本を抜いた。



 「醍醐のケリ、ここでつけてくれる!!」

 「聞けって話!!」

 「黙れ!!その口から切り裂いてくれる!!」



その時だった。



 「ぐおっ!!」



一言呻いて



政宗は頭を抱えて悶絶した。



ゾロが見ると



 「…殿、慮外も大概になされますよう。」



片倉景綱が立っていた。



 「小十郎!貴様!!主君を殴ったな!!親父にもぶたれた事無いのにっ!!」



あむろ?



 「ゾロ様、ご無事何よりにございます…。」

 「…ああ…ありがとよ。」

 「小十郎…!お前、なんでここに居る!?白石におるのではないのか!?」

 「…細かい部分は突っ込まれませぬな。…いい加減にお気を鎮められて、虎殿の話を伺いましょう。」

 「聞くことなど何もないわ!!」

 「………政宗さま………。」



景綱が「政宗さま」と呼んだ瞬間に、政宗は口を閉ざした。

何か、トラウマでもあるのか?









夜が更けた。

とっぷりと暮れた。



とにかく



薄汚いゾロを風呂場に放り込み、小姓5人がかりで洗わせて、さっぱりさせてから、

政宗と景綱は、私的な居室にゾロを迎えて



 「さあ!申し開きがあるというのなら!!聞いてやろうではないか!!」

 「…申し開きってな何だよ?」

 「一体何がどうして、どうなって、貴様がここにおるのだ!?」

 「そうだ、そこだよ。ここはどこだ?」





はい?





ゾロのその質問には、さすがの片倉景綱も面喰らった。



 「…てめェがいるから…北なんだなって事はわかる。岩出山じゃねェだろ?ここはどこだ?」



















大音声が轟く。

さすがに、景綱も止めなかった。



 「奥州仙台だ―――――!!この大馬鹿者―――――っ!!」



 「仙台?」



ゾロは景綱を見て問い返した。

景綱が大きくうなずく。



その様子を襖越しに伺って、綱元と重信が笑いをこらえながら肩を震わせていた。

さらに



 「仙台!?奥州!!?なんで奥州なんだ!?」

 「それはこちらが聞きたいわ!!」

 「おれは、越前若狭を回って関へ帰るつもりで……なんで奥州だ?そーいや、寒い所だとは思ったんだ…

 …2か月くらい前にキンキラキンの建物がある場所で夜明かししてたら、夏だってのにエラク寒くてよ。」

 「…キンキラキン?」



政宗の震える声の問いに



 「……ああ、こーんな感じのキンキラキン。本物の金だとしたらエレェ贅沢だよな。」



政宗はコメカミを抑え、傍らの景綱に言う。



 「…もしやとは思うが…。」

 「中尊寺の金色堂ですな…平泉の。」

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」



がっくりと、政宗は肩を落とした。

怒りのバロメーターが、どんどん下がっていくのが自分でもわかる。



その頃合いを見て、ゾロは言った。



 「おい、伊達の。」

 「なんだ…。」

 「……氷雨は死んだ。」

 「!!」



ゾロのその言葉に、政宗の怒りは再び蘇り、すっくと立ち上がった。

しかし、今度の怒りは冷静な怒りだ。



 「…しれっとよくも言ってのけたな…。」

 「氷雨は死んだ。おれが斬った。」

 「何!?」

 「だが、氷雨だった奴は生きてる。」

 「は!?」

 「生きてる。死んじゃいねェ。」

 「戯言を申すな!!さっぱり分らぬ!!」

 「……元々、“氷雨”という女がいなかった。それだけの話だ。」



政宗は、ぺたんとまた座った。



 「……生きている?…元よりいなかった?どういうことだ?」

 「………。」



ゾロは語った。

氷雨の、サンジの事を。





 「……信じられぬ……。」

 「…まぁ、信じなくてもいい…とにかくおれは早くサンジのトコに帰りてェ。

 ここが仙台だっていうのなら…今度は南目指して、そこから西に向かうだけだ。」

 「……あの……あの華麗が…男子とは……。」

 「…まだその辺りか…てめ…。」

 「…その者を…男に戻す為の…策であったというのか…。」

 「……何度も言わせるな。あの機会を逃したら、あいつを一生本当の姿に戻せなかった。

 だから、おれが氷雨を見捨てて出て行き、その後、親父が斬ったという事にしたんだ。」

 「……あのなよやかさが…あの雅が…。」

 「…戻ってねェな。」

 「あの綺羅が…あの黄金の姫が…。」

 「おーい、戻ってこーい。」



次の瞬間、ざざっと政宗は後ずさり



 「そなた、男でなくば駄目なのか?」

 「…まぁ、あいつを知ってからは、あいつ以外はいらねェな。それまではどっちでもよかったけどよ。」

 「……うむ…わからぬでもない…あの華麗であれば…心も動く…なんという…あの艶麗が…男子とは…!」



さっきから



華麗だのなよやかだの雅だの



……うん。 合ってるけどな。



と、政宗は再び眦を上げ



 「…生きておるのならば尚の事!!貴様このような場所で何をしておるのだ!!?

 のんびりひとり旅などしておる場合ではなかろう!!第一…貴様が生きていると大御所(家康)が知ったら!!」

 「帰りてェのはやまやまなんだよ!!それがどうーしてか帰れねェから、ここにいるんじゃねェか!」

 「己の無能を棚に上げ、開き直るか!貴様ぁぁぁぁああっ!!」



景綱、もはや止めもしない。

政宗が叫ぶ。



 「綱元!!地図を持ってこい!!」

 「はっ!?なぜ、それがしがここで立ち聞きしていると!?」

 「いいから持ってこい!!」



綱元が、日本地図を抱えて持ってきた。

それを床の上にざっと広げ、仙台の位置を指差し政宗は叫ぶように言う。



 「よいか!?ここが仙台!!ここが江戸!!ここが京!!大坂!!

 美濃・関ケ原はこの辺りで、そなたの国関は、ぐ〜〜〜〜〜〜〜〜っと下ってここじゃ!!」

 「あァ!?なんでこんな遠いんだ!!?」

 「だから、こちらが聞きたいわ!!」



景綱が額を押さえ、大きな溜息をついた。



 …これではあの奥方も、相当苦労しただろう…。



目の前の主君をここまで育てた苦労とどちらが大きいか、思わず遠い空を見上げた小十郎であった。



ゾロは焦った顔を隠さず立ち上がった。



 「こうしちゃいられねェ!いくらなんでも遠くに来すぎた!!」

 「どこへ行く!?」

 「関に帰るに決まってんだろ!?」



言い放ち、出て行こうとするゾロの袴の裾を引っ掴み、政宗は叫ぶ。



 「待て!!待て待て待て!!」

 「もう用はねェだろ!?放せよ!!」

 「待て!話は終わっておらぬ!!それに、このまま行かせる訳にはいかぬ!!」

 「なんでだよ!?」

 「もう秋も更けた!間もなく冬だ!!このままそなたを行かせて、奥羽の山の中で凍死などされたら、

 おれはあの玻璃の君に、何と言い訳すればよいのだ!?」

 「凍死なんざすっか!!」

 「重信!綱元!手伝え――!!」

 「御免蒙ります!!」

 「お前らぁああああああ!!」

 「手伝えぇ!小十郎!!」

 「はっ!……ご無礼!!」



鈍い音がして、ゾロが沈んだ。

景綱の手に、逆手に持った脇差。

柄の部分で思いっきり殴りつけたのだ。



 「痛ェな!!何すんだァ!?」

 「…落ち着かれませ、虎殿。」

 「……っ!」



有無を言わせぬ景綱の迫力に、さすがのゾロも黙りこんだ。



主君を抑え、景綱が言う。



 「……御自覚なされてくださりませ。あなた様は、論外の方向音痴でござります。」

 「う…。」

 「我が主の申す通り、今、あなた様を送り出す訳にはゆきませぬ。

 …世の情勢は、多少はわかっておいででございますか?」



ゾロは、腰をおろしうなずいた。



 「このまま南に向かえばよいと申されたが、真っ直ぐ南へ向かい、

 関東平野に入ればそこからもう、幕府の勢力圏内と思っていただかねば。」

 「………。」

 「あなた様の様に目立つお方、野州に入られた途端に捕らえられましょう。」

 「それはマズイな。」



政宗が、はぁと息をつく。



 「やっとわかったか、この慮外者が!」

 「………。」

 「とにかく…綱元、重信。」

 「ははっ!」



2人が、下手に控えて頭を垂れた。



 「こいつをどこかへ隠さねばならぬ。どこがよいか?」

 「左様でございますな……。」

 「虎哉和尚の元はいかがでございますか?」



景綱の発言に、政宗の顔がぱっと輝いた。



 「円福寺か!それはよい!!」

 「おお!確かに!!」

 「それでは早速!!」





なんだ?



一気に全員、顔が明るくなった…。



って、おい?



なんでこんなに楽しそうだ?



動物的な勘が働いた。



こういうのなんてったっけ?

前にウソップが言ってたな。



え〜〜と



そうだ



 『ナニカヤベーセンサー』





あれよあれよという間に、ゾロは政宗と馬首を並べ、景綱を伴って、仙台から半日の場所へ連れて行かれた。



その途中



 「…何だ…?この匂い…。」



隣のゾロのつぶやきに、政宗はにやりと笑い。



 「…そうか。そなたは山育ち故、この香りは知らぬな。」

 「………。」



風が変わった。

香りも、肌を撫でる感覚も変わった。



 「……これは…海か……。」

 「そうだ。」



政宗が言った瞬間、丘の上に出た。



 「……!!」

 「海だ。」



海を見るのは初めてではない。

瀬戸内の海や、堺の港、海は何度か見た事があった。



しかし



眼前に広がる海は太平洋







 「……なんてデカさだ……。」



 「で、あろう。………人間など、小さき生き物よ。」



 「…これが海か…。」



 「…瀬戸内や、京、大坂の海などすべて内海。これが外海…これこそ正に大海原というものよ。

 ……おれはこの眺めが大好きだ!」



政宗は手綱を握り、馬腹を蹴った。



 「来い!虎!!」



笑って、ゾロも政宗の後を追う。



波打ち際を疾走する。

風は冷たいが心地よい。

馬を駆るのも久しぶりだ。



楽しい



惜しむらくは、前を行く馬の背にあるのが政宗という事だけだ。



サンジ



お前だったら…





青い



青い



どこまでも青い海



ああ、そうか。



お前の瞳の色はこの色だ。



この海から、お前は生まれたのかもしれないな…。





ふいに馬を止め、ゾロは冷たい秋の海に向かって走り出した。



 「虎――!?」



政宗が呼んだが、それを景綱が止めた。



 「…お好きにされますよう…。」









 「うおおおおおおおおおおおおっ!!」





雄叫びを上げ、叫んだのは愛しい名。

己の不手際とはいえ、なんと遠く離れてしまったか。



 「虎。」

 「………。」



政宗は近づいて



 「…春になったら…おれは江戸に参勤する。」

 「………。」

 「お前がよければ、その中に紛れ込ませてもいい。」

 「……ありがてェ……だが、いい。」



そんな危険な真似はさせられねェ。



 「政宗。」

 「なんだ、ゾロ。」



2人は、互いに初めて名で呼び合った。



 「…お前の言う通りにする…。」

 「……うむ。」









政宗がゾロを連れて来たのは、現代でも日本の三大景勝地のひとつに数えられる松島だ。

ゾロ自身気づいていないが、ゾロはこれで安芸の宮島と、天橋立、そしてここ松島を制覇したことになる。

宮島は、毛利家に行く時何度も通った。

京都の天橋立も、ミホークの参勤で大坂屋敷に暮らした時に、チョッパーの母とチョッパーと、3人で訪れた事がある。



その松島の美しい浜を望む森の中に、円福寺という寺があった。

円福寺

瑞巌寺という名の方が有名だ。

政宗が復興させた臨済宗の寺。



 「この寺で、春を待て。」

 「…わかった…。」



いきなりの政宗の参上に、慌てながら寺小姓が出迎える。



 「和尚はおられるか?」

 「はい!方丈にてお待ちいただくようにと。」

 「わかった。…こちらだ。」

 「………。」



大きな寺だ。

こんな大きな寺は関には無い。



大坂城や聚楽第とまではいかないが、装飾の華麗さはさすが政宗と言えるものだ。



寺小姓が茶を運び、喉が渇いていたので飲み干した時



 「おお、梵天!」



入ってきた老僧が、政宗を見てその幼名を呼んだ。



 「和尚!御無沙汰でございます!」

 「まったく!無沙汰も無沙汰!」



言い放ち、老齢の僧は政宗の頭をゴツンと叩いた。



 「…いつまでたっても童扱い。」

 「童じゃ、そなたは。いくつになっても“泣き虫弱虫の梵天丸“よ!」

 「和尚!」



ゾロの前で子供扱いをされ、政宗は笑いながらも憮然と口をへの字にする。



 「さて…こちらはどなたかな?」

 「…西国、関の虎にござる。」

 「…ほぉ…関と言えば…鷹の目の子か?」



ゾロは、頭を垂れた。

政宗が



 「虎哉宋乙…おれの師だ。」

 「………。」



虎哉和尚はゾロを見て、楽しげに笑い



 「この者を、わしに預かれと?」

 「はい。春まで。…この者、見た目の通り脳みそが黴ておりまする。

 このまま旅立たせてはまたぞろ、どこで迷子になって野垂れ死ぬかわかりませぬ故。

 冬を、ここで越させようと思い連れて参りました。」

 「はっはっは!わかった…!お預かりしよう!!」

 「つきましては和尚、その冬の間、このバカに、方向を知る術を叩きこみたいのでござる。」



少し、虎哉は考え、難しい顔をしたがすぐに笑い



 「よかろう。ここを使われよ。」

 「かたじけない。…すぐに、目立たぬ場所に庵を建てさせていただきまする。」



この野郎、言いたい放題言いやがって。



 「小十郎。…常長らをここへ。」

 「かしこまりました。」



ゾロには理解できないやり取りがなされ、それを呆然と見るうちに、政宗がゆっくりと立ち上がり



 「…ゾロ、おれは仙台に戻る。」

 「ああ…いろいろすまねェ。」



政宗は笑って言う。



 「…そなたは運が良い。見つけたのがおれでなくば、たちどころに捕らえられて江戸に送られ、首を斬られるところだ。」

 「てめェだって斬ろうとしたじゃねェか。」

 「はっはっは!!……奥方…いや、玻璃の君が生きているとわかれば、あの方を悲しませる事は出来ぬ。…悪運の強い奴め。」

 「………。」

 「後の事は全て、和尚のお言葉に従え。」

 「…わかった…。」

 「じゃあな。」



笑って、政宗は出て行った。

景綱も頭を下げて、政宗の後を追う。



2人きりになると、虎哉和尚はいきなり声を挙げた。



 「さて!では早速!」

 「あ?」

 「働いていただこうか。」

 「あァ!?」

 「…なんじゃ?お主まさか、この寺でのんびり春まで寝て過ごせると思うておる訳ではあるまいな?」

 「あ?い、いや…それは…。」

 「居候なれば、居候らしく、きっちりと!体で払っていただくとしよう!さ!まずは本堂の掃除からじゃ!」

 「…っ!!?」

 「きびきび動きませい!!虎という名は飾り物かァァァ!!」



方丈の壁が震えるほどの一喝。

ゾロは大慌てで飛び出して行った。



なるほど



あの野郎どもが嬉しそうな顔をしたのはこれか!?



ゾロの、仙台受難の日が始まった。







(2009/10/29)



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