BEFORE



その年の大晦日

ゾロは昨日からずっと、煤払いで虎哉和尚を手伝っていた。

寺仕事も慣れて来た。

修行僧や寺小姓、寺男たちとも仲良くなった。

元々ゾロは、人を引き寄せる不思議な侠気がある。

だが、年が明け、ひと月もすれば雪が解け始める。



そうしたら、関へ旅立とう。



サンジが待つ関へ…。



あれから、イザベルに旅の術を学ぶ機会はなくなってしまったが大丈夫。あれだけ聞ければきっと何とかなるだろう。



そんな朝、支倉常長がゾロを訪ねて来た。



 「…一緒に、来てはいただけませぬか?」

 「………。」



雪の道を、常長はゾロを連れて、馬で海沿いの道を進んだ。

雪がちらちらと舞っている。

やがて、まるで人目を避ける様な入り江へ下りて行くと



 「…こいつは…!?」



そこにあるものを見て、ゾロは声を挙げた。



見た事もない



巨大な船



常長が言う。



 「サン・ファン・バウディスタ号でござる。」



 「異国船か!?」



まだマストは張られていないが、それは、かつて見た事もない巨大な船だった。

だが、それは当時の大航海時代の船としては小ぶりで、トン数にすれば550トンの小型船だ。

しかし、典型的なガレオン軍艦。



 「スゲェ…!!」

 「政宗さまがお命じになられ、ここで造っております。」

 「……何の為に?」

 「…政宗さまが、世界に乗り出すため…。」

 「………。」



常長は笑い。



 「…と、申し上げたら、いかがなされますか?」



ゾロも笑った。



 「…あいつらしいっちゃ、あいつらしいな。」

 「………。」

 「だが、半分本気だろ。」

 「…はい。」



イスパーニャ=スペイン国王など、ヨーロッパ列強の後ろだてを得て、日本に政宗ありと知らしめて力と財を蓄えようというのが目的だ。

その為に、ルイス・ソテロとイザベルの父ビスカイノなどを手厚く庇護し、帰国の為の手を尽くしながら



 「私はこの船に乗り込みます。」



常長が言った。



 「………。」

 「政宗さまの御為…と言うよりも…私が行きたいのです。私が、この目でイザベル殿の国を見たい。」

 「………。」

 「…何故…イザベル殿があなたの元へ来なくなったのか、おわかりですか?」

 「………。」

 「イザベル殿が言っていました。自分の事を、好奇でなく、真っ直ぐに見たのはあなたが初めてだったと。」



ゾロは、頭を掻いた。



 「…奥方様と同じ異人の姿…不思議を感じなかったのは無理ないのでしょうが…

 イザベル殿は…初めての経験だったと思います。」

 「おれは春にはここを発つ。…それで、文句はねェだろう…。」

 「…想いを…受け入れて差し上げることはできませぬか?」

 「………。」

 「…イザベル殿は…日本で育った…イスパーニャに戻る事を半ば恐れておいでです…。できる事なら…日本で暮らしたいのです…。」

 「………。」

 「奥方様を亡くされて…なんの障りもないはず…いえ、ご正室と言わず…側室でも側女でもよいのだと…イザベル殿は…。」

 「あんた、それでいいのか?」

 「………。」

 「…それでいいのかと聞いた。」



常長は、寂しく笑った。



 「……おれは、イザベルにも言った。おれの妻は死んだ氷雨ひとりだ。」

 「…では…なぜ…関へ帰る必要があります?」

 「………。」

 「関さま…行きませぬか…?」

 「どこへ?」

 「海の向こうへ。」

 「………。」



船を停泊した湾の向こうに、太平洋が広がる。

冬

海は鉛色に染まっていた。



 「…航海の無事を祈ってる…そう伝えてくれ。」

 「………。」

 「…海の向こうへの旅は…次に生まれてからするとしよう。」

 「…その時は…イザベル殿を妻にすると…伝えてもよろしいか…?」



ゾロは、小さく笑い。



 「それは無理だ。」

 「………。」

 「…次に生れた時も、おれはあいつを連れにするつもりだからな。」

 「………。」

 「…今生の幸せは、あんたがくれてやるといい。」



言い残し、ゾロは入り江へ下りて行った。

振り返り



 「見物してもいいか!?」

 「…どうぞ。」



子供の様な笑顔を、常長は憎めないと思った。



冬の最中

建造は中断している。



この船、サン・ファン・バウディスタ号が、『月の浦』という美しい名前の小さな港から出航していくのは、これからまだ数年を待つ。



造りかけの船の中に入り、ゾロは好奇心いっぱいの顔であちらこちらを眺めて歩いた。

フランキーやウソップが見たらさぞや驚き、あちらこちらをキャーキャー言いながら見物して回るに違いない。

ルフィやナミが見たら、それ以上に目を輝かせて走り回るだろう。

チョッパーにも見せたやりたい。

たしぎにも、ブルックにも、ロビンにも…父にも。



サンジにも



こんな船で、青い海を進んで、この広い甲板で、皆で笑いながら旅が出来たら…。







ふと、青い空の下、青い海原に浮かぶ船の上にいる空想が浮かんだ。







 「ゾロ様…。」







空想を途絶えられ、ゾロは声に振り返った。



船室の暗がりの中に揺れる金の髪。



イザベル



手を胸の前で祈る様に合わせ、だが真っ直ぐにゾロを見つめて、震える声で言う。



 「……端女でもよいのです、お側に置いてください……。」



 「………。」



 「…亡くなられた奥方様を…心の底から愛おしんでおいでなのは百も承知でございます…けれど…わたくしは…。」



 「………。」



 「…それが…叶わぬのであれば…。」



 「………。」



 「……どうか…一夜でも……一度でも……。」



 「おれが。」



ゾロの声に、イザベルの心臓は、止まるかというほどに跳ねた。



 「関へ帰るのは、約束だからだ。」

 「約束…。」

 「…必ず帰ると約束した。だから、帰る。」

 「…それは…奥方様との…?」

 「そうだ。」

 「……奥方様は…氷雨様はもういないのに……?」

 「氷雨は生きてる。」

 「………。」

 「関で生きてる…おれが帰るのを待っている。」

 「………。」

 「だから帰る。」



イザベルの、空色の目から涙がこぼれた。



 「…死んだ人には…叶わない…。」



 「………。」



 「氷雨様が羨ましい…。」



 「許せとは言わねェ。」



 「………。」



 「おれの心は、関にある。」

















 「…端女でもいい、お側に置いてください……実にもったいない事をする男だ。この朴念仁が。」



 「………。」



 「…一夜でいいと言うなら、抱いてやれば良いものを。関と仙台で、浮気がバレる事は無いぞ。」



 「…バレねェという確証はねェよ…てめェ、あいつが怒った時の目を見た事あるか?

 スゲェ氷みてェな目で見下すんだぞ?」



雪の中のゾロの庵

差し向かいで碁を打ちながら、政宗はふと眼を宙に泳がせ、空想…いや妄想する。



 「……それはそれで良いな……。」

 「あァ?」



パチンと石を置き、ゾロは言う。



 「…わざわざ、あいつに似た女を寄越しやがったな…。」

 「…そのつもりはなかった。真面目な話、お前に方向を知る術を学ばせるのに、

 一番適していると思ったのだ。他意は無い。…本当だ、信じろ。」

 「………。」

 「罪な男よ…国で恋女房を待たせ、ここで別の女を泣かせる。」

 「人聞きの悪い事を言うな。」

 「……玻璃の君が本当に死んでいたら……。」

 「………。」

 「……イザベル殿を迎えたか?」

 「いや。」

 「そうか。」



お前らしい。



言って、また石を置く。



 「そんなお前が好きだな。」



 「鳥肌が立つようなセリフを吐くな。」





政宗を本堂へ返し、ひとりになったゾロは『氷雨』を鞘から抜き放ち、濡れ縁から雪の光にかざした。



サンジが打った、純粋な鉄の剣。



ほのかに光る紅色の刀身。

美しい刃紋。



恋しくなると



この光を見つめた



愛しい、サンジの魂を打ち込んだ刃





 「…サンジ…。」





小さく笑い、ゾロはつぶやく。





 「…ダメな男で悪ィな…。」





 まったくだ





そんな笑いを含んだ声が、耳元を通り過ぎていく。



純鉄の刃の中の“氷雨”も、困った顔をして笑ったかの様に見えた。





イザベルに、心が動かなかったと言えば嘘になる。

だがそれは、彼女がサンジと同じ人種であったからだ。

彼女を見る度、サンジへの想いの方が強くなる。



思いに応えてやれない男より、全身全霊で思いを捧げてくれる男がすぐ側にいる事に、イザベルもきっと気づくだろう。



それがいいのだ。



 「もうすぐ…帰るぜ…サンジ…。」





















吹く風に、ほんの少しの暖かさを感じるようになった。



ゾロは、虎哉和尚と支倉常長に別れを告げた。

イザベルは、ゾロに会う事を拒み、とうとう礼も言えずに松島を離れたが、

仙台に数日滞在してしている間に、小さな包みがゾロに届いた。



 「なんだ?こりゃ。」



包みを開いて言うゾロに、その中身を覗きこんで政宗が言った。



 「これは磁石だな。」

 「磁石?」

 「そうよ、この赤い針、常に同じ方を向いておろうが。」

 「……お、ホントだ。」

 「これが向く先が北じゃ。…おお、見よ。西の方向に、印がついておる。」



包みには、手紙が添えられていた。

たおやかな文字



 無事、西へ着かれますよう



イザベルだ。



 「…意地でも帰らねばな。」

 「当たり前だ。もう迷わねェ。」

 「これで迷ったら、もう救いようがないぞ。」

 「馬鹿にすんなよ!!」



政宗は豪快に笑った。

そう言いきったが、結局またゾロは、今度は西を目指しすぎて鳥取の辺りまで行ってしまう。



 「…黄金の宮によろしくな。」

 「この前から気になってたが、黄金の宮だの玻璃の君だの、誰の事だ?」

 「サンジ殿に決まっておろう。」

 「気安く呼ぶな!おれんだ!!」

 「…あれからいろいろ考えたのだ。…あの姿で実は男子であった…

 そう考えるとなんとも艶やかに過ぎる…どこか魔性の様で…たまらなく魅力を感じる!」

 「あのな…。」

 「叶うのならば、今すぐ、おれが関へ飛んで行き、あの綺羅を攫ってきたいほどじゃ!!」

 「なんだとォ!?黙って聞いてりゃてめェ!!」

 「虎よ、そなたを友と思うから耐えるのだ!!よいか!?もうこれ以上あの方を待たせるな!!迷うことなく関へ帰れ!!」

 「言われなくてもそうするわ!!」



最後の最後まで、口喧嘩を絶やすことなく、ゾロは悪態だけを残して仙台を去っていった。



大口を叩いて出て行ったが、そのわずか2カ月後。

ゾロは米沢で直江兼続に発見され、同様の目に合う事になる。

そこで、前田なんとかという傾奇者と出会い、ひと騒動起こすのはまた別の話…。



その話を、後に江戸で上杉景勝から聞いた政宗は頭を押さえ



 「…米沢は予定になかっただろうが…あのバカ!!」



と、叫んだという。



ゾロが、徳川親藩の大名に見つからなかったのは奇跡だった。













 「へぇ〜〜〜〜〜〜〜!!そんな大きな船を見たのかァ!!」



ルフィが叫んだ。



 「想像できねェなァ〜〜〜、どんな船なんだァ〜〜〜?」

 「おれ、今度政宗公に会ったら教えてもらうんだ!!」

 「サンジの母上の生まれた国かァ…。」



皆、ゾロの船の話にうっとりとなる。

山育ちであるからこそ、外の世界への憧れも強い。



だが、皆この国が大好きだ。



 「で?その、イザベルちゃんを食べちゃったわけ?」

 「だから、食ってねェよ!!」



ナミの追及にゾロは怒りMAXで叫ぶ。

サンジが冷たく笑い



 「…遠いもんな、仙台…。」



ふっと笑ってゾロを見た目は



ゾロが政宗に語ったあの、『上から見下ろす氷の視線』だった。



 「後生大事に持って帰ってきたあの磁石(コンパス)…そのイザベルちゃんって子からもらったもんだったんだな…。」

 「だから!!いろいろ教えちゃもらったが、そういう関係にはなってねェって!!」

 「“氷雨姫”みたいだったんでしょ?だったら、気持ちが動かなかったなんて嘘よねェ〜〜〜〜?」

 「なんでそう決めてかかるんだ!?ナミ!?」

 「…男ですものね。」

 「ロビン―――!!?」



フランキーが慌てふためき



 「おれはお前一筋だ!ロビン!!」

 「おれもお前一筋だぞナミ!!」

 「おれも、おれもたしぎ一筋だ!!」

 「おれも…って、言ってみてェ〜〜〜〜〜〜!!」



ウソップが泣き伏す。



ゾロは真っ赤になって、サンジの肩を掴み



 「おれも、お前一筋だぞサンジ!!」

 「あーはいはい(棒読み)」

 「なんだ!?その返事はァ!!?」

 「…楽しかったなァ、仙台…それなら、無理に帰ってこなくてもよかったのに…。」

 「あ――の――な――っ!!」

 「…イザベルちゃん…本物の女の子だし…。」

 「おい!!」

 「……政宗公の方が…大事にしてくれそう…。」

 「チョッパー!!兵を貸せェェ!!」

 「ヤダ。」



それまで、黙っていたロビンがいきなり



 「ハイ。全部繋げたわよ、ウソップ。」

 「うおおおおお!!読ませて―!!」

 「読むなァァ!!」



ウソップは、政宗の文を喜々として読み上げる。



 「(以下、口語体でお送りします)…君の美しい髪に触れたい…君の滑らかな肌に触れ…

 その可憐な実に唇を寄せついばみ…君の熱い吐息を頬に感じたい…

 ああ、その感涙を吸い…濡れた瞼と濡れた×××に××して、××の××に××を××……。」

 「きゃああああああああああああああ!!!」

 「聞くなチョッパー!!」

 「××ってなぁに?」

 「ああああああああああああああああ!!」

 「まぁ凄い。文才があるのね。」

 「そこか、ロビン!?」



ゾロは、真っ赤な顔で歯を食いしばり、サンジの肩を力の限り抱きしめる。



 「おれは!!お前だけだ!!」

 「………。」

 「……だから、こんな手紙に揺れるな!!いいか!?お前はおれの…!!」

 「わぁってるよ!」

 「!!」



サンジもわずかに頬を染め



 「……3年ぶりの時…それは十分思い知ったから……。」

 「!!…サンジ…!!」



愛しさ溢れて、サンジを抱きしめるゾロ。

12個の目の前で。



 「何?なんなの?このラブラブオーラ?」

 「ウフフ…。」



 「愛しき玻璃の君…どうかこの想いのかけらだけでも君の褥に沿い寝させたまえ…そして願わくば…。」

 「まだ読んでんのかよ。」

 「薄情な山猫など捨てて、青葉山の私の褥へ来てください。この苦しい恋心、どうか受け止めて…

 ああ、あなたと一度でも契れるのならば、私は、この奥羽七郡、この財産、この命、何もかも全て!

 鬼に捧げても、谷底に捨ててもかまわないっっ!!」

 「………行ってこようかな………。」

 「なんだとォォォ―――――っ!!?」







伊達政宗からサンジへの同様の書簡は、政宗の死の間際まで実に300通を越えたという。



月の浦から出航した支倉常長が後年帰国した時、日本は禁教令が出され、情勢は全く変わっていた。

自分の偉業ともいえる航海が、全て徒労に終わったと知った常長は、失意の中でこの世を去る。

常長と共に、ヨーロッパへ向かったイザベルのその後がどのようなものであったか、ひとり帰国した常長は何も語らなかった。





現在、月の浦には復元されたサン・ファン・バウディスタ号が停泊している。





そして



関城址近くの博物館にも、『関初代藩主へ送られた、伊達政宗からの書簡』が、こんな現代語訳をつけられて、大事に大事に展示されている。



『…(前略)…玻璃殿(たしぎの方の事か?詳細不明)といつでも、仙台にお越しくだされたく。

 その折は、我が藩を上げて歓迎いたしまする。こちらはもう雪も深くなりました。お体に気をつけてお過ごしください。

 虎殿の墓に、花を供えて上げてくだされ。 陸奥守 政宗 花押』



死んだ藩主の兄の墓へ花をと言う、厚いその情が文面に溢れているその手紙は、県の重要文化財であるという。





どっとはらい(笑)





END







中井祭りv

ウソですv



月の浦

美しい名前の地です。

今ではバウディスタ号が復元されていたりして、賑やかな観光地ですが

ワタシが初めて行った時は、石碑がぽつんとあるだけの、寂しい漁港でした。

これが政宗のあの時代だったら…隠れ潜むような浦辺であったのだろうと思います。

初め、ゾロをそこに潜ませようと思ったのですが、虎哉和尚に逢わせたくて(鬼)

政宗さんちは、ホントに楽しい♪



どんなパラレルを書いても、やっぱりワンピのキャラを海とか船に関わらせたくなります。



話が逸れますが

昔、復元されたコロンブスの「サンタ・マリア号」が

世界一周航海をしたことがあって、八戸で寄港を見ました。

とんでもなく!!小さな船!!これで世界一周か!?と叫びましたね。

きっと、メリー号もあんな感じだろうなァと思いながら、

ずっとワンピパロを書いてきてました。



やっぱり彼らは山より海ですw



読んでくださってありがとうございましたw



…おまけです→















(2009/10/29)





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お気に召したならパチをお願いいたしますv

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