ゾロシアへの復讐の為に、まず狙われているのは、実の息子ゾロ。
そしてサンジーンという男は、ゾロを殺す為にゾロ自身にも、精神的な苦痛を与えてくるだろうと言った。
それはつまり、ゾロの大切な人々、両親や、ルフィ、ナミ、ウソップと、その家族まで巻き込まれるという意味を持っていた。
「それが…サンジーンという男です。」
「………。」
夜が明けた。
美しい朝日に、葡萄畑が照らされる。
まるで、火に焼かれている様な…。
その光景を、サンジと並んで見つめるゾロにブルックが言った。
「…もうすぐ…ルフィが来るぞ。」
サンジが言った。
「…いつも一番乗りだからな…。」
「………。」
「……ごめんな…ゾロ……。」
「…なんで謝る…。」
「……お前は…何も知らなかったんだ…おれがここへ来たりしなけりゃ……。」
サンジの言葉に、ゾロは真正面を見詰めたまま
「おれに逢わなきゃよかったと思ってんのか？」
「……っ！」
サンジは、首を横に振った。
「…二度とそんな事を言うな。」
「………。」
ブルックが言う。
「…仮に…あなた方が互いを知らずに暮らしていても…あなたがゾロシアの息子である事に違いは無い…
何も知らないまま…殺されることに変わりはありませんよ。」
「………。」
ゾロシアは
ファミリーの誰にも何も告げず、ひとりでここへやってきた。
2人の息子を守りたくて。
「…ゾロシアは……変わったと思っていました……いいえ…ちっとも変っていなかったのですねェ…。」
ゾロ
ほら、来い。
幼い時、差し伸べられた手の記憶。
ゾロは首を振った。
「ブルック。」
サンジ。
「ブルック…教えてくれ…。」
「………。」
「…サンジーンの事を…。」
「……ワタクシが知っていることは…全てお話ししました。」
「………。」
「…ゾロシアとサンジーノ様が愛し合ったことで…サンジーンが行ったことまでは…ワタクシは知りません…
しかし想像はできます…ですがゾロシアも言いました。想像で過去を話す事はしたくありません。」
「………。」
家から、フランキーとロビンが出て来た。
「ガープの旦那の所に行ってくる。」
「………。」
「……おれ達がここから離れて済む事なら…離れなきゃならねェ……。」
ロビンが顔を伏せた。
やっと見つけた安住の地と思った。
ゾロシアとの確執を越えて、その過去が知れる所となっても、ドメンヌの仲間は誰も彼らを拒まなかった。
けれど、今度ばかりは駄目だ。
正面から戦ったら、この美しいドメンヌを、あの悪魔に全て焼き尽くされかねない。
「ゾロォ―――っ！！」
葡萄畑の向こうから声がする。
「サーンジ――っ！！」
エースが運転するシトロエンの助手席から、ルフィが元気よく手を振る。
「………。」
あの笑顔を曇らせたくない。
だから……。
しかし
「何を馬鹿な事をいっとるんじゃ、この大事な収穫の時期に。」
シャトーの領主の居間で、古い安楽椅子に腰かけたガープが不機嫌に言った。
その返事に、フランキーとロビンは顔を見合わせ
「…旦那…今のおれの話を…。」
「それがどうした？そんなトチ狂ったヤツが来ようが来まいが、収穫と仕込みは待っちゃあくれんぞ。」
「…ガープさん…。」
「数年前のヴィニタリーで、ベラ・ロッソ・アレアティコは特別賞を獲った。
今年は本格的にアジアにも出荷する事になっておるだろうが。それを断る訳にはいかん！」
「…旦那！」
ガープは大きく息を吸い
「ゾロシアが戦おうとここへ来たんじゃ！今、お前達がここから逃げてどうする！？」
「！！」
「…20年も前…イタリアから逃げて逃げて…結局はまた、真正面からマフィアと戦う羽目になった事を忘れたか！
ケリはつけねばこの先もずっと、お前達が歳をとって死んで後も、息子2人に付きまとうんじゃ！！今戦わんでどうする！？」
フランキーははっと息を飲んだ。
ロビンの瞳に涙が滲む。
「フランキー、ロビン。」
「………。」
「ドメンヌの者は皆、わしの家族じゃ。」
「………。」
「家族を守るのは当たり前の事じゃ。」
「……旦…那……。」
「守らせてくれ。」
涙もろいフランキーの頬を、滝の様に涙が溢れる。
迷惑をかけてばかりの自分たちなのに、この人は…。
「…迷惑だと思っとったら、20年前のあの時に追い出しとったわ。」
「……ガープさん…すみません…。」
「謝るヤツがおるか。」
ガープは立ち上がり、2人の頭に同時にポンと手を置き
「…親には甘えるもんじゃ。」
「！！」
「…孫がデカクなっても、子供は子供じゃ。」
同じ頃
「…だから…何回言わせりゃわかるんだ？てめェらは！」
「だから何回答えりゃわかるんだよ！ゾロ！！」
「そーだぞ！いちいちそれで逃げてたら、結局回り回ってまた危ない目に遭うじゃねェか！！」
「同じエレェ目に遭うなら、さっさと遭ってケリつけて終わらせた方が得だよなァ？」
「そーよそーよ！損なんか真っ平御免だわ！」
「…でも、やっぱりちょっと怖いかも…。」
チョッパーの発言に、ルフィ・ウソップ・ナミがギロっと睨みつける。
それを制して
「とにかくだ。おれ達は自分の身くらい自分で守れるさ。いつも通りにする。」
「…エース…。」
「…危険なのはわかる。けど、避けても避けられないってんなら、受けて立つしかねェだろ？」
「んん！！兄ちゃん、たまにはいい事言うな！」
「たまにが余計だ。」
ごつっ、と、エースがルフィを殴った。
ウソップが
「な、なァサンジ。」
「ん…？」
「…こう言うのもなんだけどさ…ホラ…お前んちから…応援つーか…ボディガードっつーか…そういうの…。」
サンジは息をつき
「…親父が…ひとりで来たって事は…ファミリーを動かす気がないからだよ…。」
「…あー…そっか…。」
「……旧バラティエ、ドン・ゼフーノの息子サンジーン…それだけで…他のコミッションに目をつけられかねない…
それにロロノアの中にはまだ、ギンの様にバラティエの旧幹部も大勢いるんだ…。傍から見れば、これはただの身内の争い。
逆にそこを付け込まれて…黄猿のようなヤツが出てこないとも限らない。」
「……大変なんだな、お前もゾロシアも……。」
ウソップがサンジの肩をポンポンと叩いた。
「まぁね…マフィアって言っても…結局生活共同体で会社みたいなもんだから…
ただ、いろんな解決策が普通の会社組織より暴力的ってだけでね。」
「その暴力的が困るんじゃないの…。」
「あはは…そうだね、ごめんねナミさん…。」
サンジは笑って
「…本当なら…親父…ゾロシアは会社の社長なんてやりたくないし、苦手な人だと思うよ…。」
「………。」
「…ただただ…守らなきゃ守らなきゃ…って…それだけでやって来たんだと思う…。」
「…で、そのゾロシアはどうしたんだ？」
チョッパーが尋ねた。
「あ。そういや…。」
「あそこです。」
ブルックが指差した。
「………。」
ゾロは、複雑な目で畑の中にいるゾロシアを見た。
とても、北イタリア最大のマフィアのボスに見えない。
キャップを目深にかぶり、たったひとりで、黙々と葡萄の実を摘んでいる。
「…何やってんだ…。」
苛立たしげにゾロが吐く。
サンジは小さく笑い、ゾロの腕を叩いた。
と、ルフィが
「収穫しよう！」
と明るい声をあげた。
「こんな時にかよ！」
ウソップが言うと
「こんな時でも、葡萄は待っちゃくれねェぞ。」
腕まくりしながらエースが言った。
「…そーね、そうよね！あ、サンジくん！朝ごはん作ろう！」
「そうだね。」
「肉たっぷり頼むぞ！ナミ！」
「冷蔵庫に聞いてくれる？穴だらけですごいんだけど。」
「あー…こりゃ買い換え決定だな…ママロビンが泣きそうだ。」
いつの間にか、子供たちが畑の各所でアレアティコを摘んでいる。
ぐちゃぐちゃの家の中で、サンジとナミが食事の支度をしている。
畑の葡萄の樹の間。
あちらとこちらで同じ色の髪が黙々と動くのを見て、フランキーとロビンは同時に穏やかな笑みを漏らした。
ロビンは、トラックの助手席からその光景を見つめ
「…甘えましょう…フランキー。」
「…そうだな…。」
「…ガープさんと…みんなと…ゾロシアに…。」
サンジーン
フランキーがその体内に潜む狂気に気づいたのは、サンジーノがゾロシアと知り合ってから後の事だった。
それまで、気質の冷たい男だとは思っていたが…。
「サンジーノは…。」
「………。」
「自分が…ゾロシアと出会わなければと何度も言った。」
「………。」
「…だが…いつしかそれを言わなくなった。」
「…ええ…。ゾロシアはいつも言っていたわ。�狃舒�った事は喜びだった。それ以外の何もない。�瓩辰董帖�」
「…そうだったな…。」
「…だからこそ…私達は一生懸命2人を応援したのよ…。だからこそ…。」
「………。」
「…ゾロをここまで育ててきたのよ…。」
「…ああ…。」
「ゾロシアはここへ来た…あの人…私たちに手を貸してくれと言っているのよ。口では言わないけれど…。」
フランキーが憮然として
「だから可愛げがねェんだ！！」
「………。」
「あの時も、あの時も、今も！！ちゃんと口に出して言えってんだよ！！」
バン！と、ハンドルを叩いた瞬間、けたたましくクラクションが鳴った。
その音にルフィが
「あ！おかえり！！」
と手をあげて叫んだ。
「おかえりー！ロビン！フランキー！」
ウソップ。
「じいさん、どうだった？馬鹿言ってんじゃねェって怒鳴られたろ？」
エース。
「おれ、今日収穫手伝うぞ！」
チョッパー。
「あ、お帰り！ごはん出来てるわよー！」
ナミ。
「おかえり。」
サンジ。
そして
「おかえり…。」
ゾロが、笑って出迎えた。
ゾロシアは、振り向きもしなかった。
「ただいま。」
「…ああ、スーパー腹減った…！」
いつも通りの、秋の日の朝。
「ここ、空いてるかな…？」
少し躊躇いがちな声に、ゾロシアは顔を上げず、目だけを上げて声の主を見た。
授業が終わり、学校の食堂で昼食を取っていた。（イタリアの学校は午後の授業がない）
もうすぐ、卒業試験。
一発で合格しなければ、中退扱いでスイスの全寮制にぶち込むと、
父親ドン・ミホークから脅されていたゾロシアは、ここのところ毎日放課後、学習室に通っていた。
同じような生徒達が、食堂のあちこちの輪を作っているがゾロシアはひとりだ。
当たり前だ。
マフィアのボスの息子と、進んで仲良くしようという者はいないし、できるだけ遠くに置いて関わりたくないというのが本音だろう。
だから、昼の混雑する時間だというのに、ゾロシアの居る6人掛けテーブルには誰もいなかった。
そこへ
言った少年は、青い目を細めてにっこり笑った。
他のクラスの奴だろう。
見た事がない。
もっとも、ゾロシアはそういった家庭の事情から、まともに学校に通った事がない。
時折、出席日数を稼ぐ為に来ていただけだ。
金の髪。
ゾロシアを知らないのか、少年は少しも臆さず、片手にパスタを載せたトレーを持って返事を待っていた。
「…ああ。」
「グラッチェ。」
短く言って、少年はゾロの斜め向かいに座った。
カバンの中から教科書を取り出し、脇に置いて、まずはとショートパスタを掻きこむように食べ始める。
綺麗な顔をして、豪快な食い方だな。
その時、ゾロシアがその少年に対して思った事はそれだけだった。
数日後、卒業試験の5日前も、ゾロシアは同じテーブルでパンをかじりながら参考書と睨み合っていた。
そこへ
「いいかな？」
声に顔を上げると、この前の少年が立っていた。
今日はベーグルサンドの載ったトレーだ。
「…ああ…。」
「3年生？」
「ああ。」
「あと５日だな。」
こいつも３年生か。
「………。」
今日のベーグルも、少年は形の良い唇を豪快に開けて、４，５回齧っただけで完食した。
その後、数学の教科書を出して、付箋のついた問題のページに取り掛かり始めた。
大きな溜息をつきながら。
ぷ
と、ゾロシアは小さく笑った。
「…今、笑ったか？」
さっき、ベーグルを完食した綺麗な口が毒を吐いた。
「…いや…。」
「…笑ったよな？」
「………。」
金の髪の隙間から、青い目がこちらを睨んでいた。
「……悪ィ、笑った。」
ゾロシアが素直に答えると、少年も「ぷ」と小さく吹き出した。
その日も、それ以上の言葉を交わさなかった。
次の日も
その次の日も
ゾロシアがそこにいると少年がやってきて、「いいかな？」と尋ね、それに「ああ。」と答える。
そして５日後の卒業試験の後も、ゾロシアは用が無くなった食堂に来ていた。
すると
「ここいいか？」
「ああ。」
その日、少年は初めてゾロシアの隣に座った。
今日はトレーでなく紙袋。
「どうだった？」
「…ギリギリってとこだな。後は運だ。…てめェは？」
「……多分……ギリ？」
同時に笑った。
「これ食わねェ？作ってきたんだ。」
少年が、袋をゾロシアに差し出した。
「お前が？」
「ああ、おれ、料理好きなんだ。」
袋の中には、形の良いドーナツがいくつも入っていた。
「おれ、サンジーノ。」
「…ゾロシアだ。」
２人は、なんとか中学校を卒業した。
無事に卒業できたことで、ゾロシアはスイスに行かずに済んだ。
よかった
と、心底思った。
秋からもまたヴェローナで過ごせる。
高校は別だが、やっとできた『友達』と、離れなくて済む。
後で理解した。
２人がそれぞれ、ヤバイ親を持っている事を当時周りの誰もが知っていた。
しかし、それをあえて２人に教えてくれる者もいなかった。
当然だ。
２人には、誰も友達がいなかったのだから。
老人と女と子供はシャトーに避難させた。
男達は自警団を作り、毎夜ドメンヌの見回りをする事にした。
そんな不自由な状態になっても、誰もゾロ達に文句は言わなかった。
家族だ。
協力し、互いを助け合うのは当然の事だ。
どこかで、そんな彼らの様子を伺っている気配を嫌でも感じる。
サンジがヴェローナで、ここへ来るまでの数日感じていた、陰気な湿気の様なあの気だ。
「狙われてる本人が家に残ってどうするんだよ。」
ロビンを家からシャトーの門内へ送り届け、また戻ろうというゾロに、ロビンと一緒に車から降りたサンジが言った。
「…親父が残ってるのにおれがこっちに来れるか。」
「……親父ってどっちの？」
「………。」
「あら、迷ったわ。」
「フランキーだよ！！決まってんだろ！！」
ロビンが肩をすくめ、サンジがため息をつく。
仏頂面のゾロは、ロビンにもサンジにも何も言わず、トラックで元来た道を戻って行く。
見送りながら
「３人で間がもつかな？」
サンジが言った。
「…後からルフィも行くって言っていたし…大丈夫よ…。」
「…ゾロの奴…もう少し折れてくれりゃいいのに…。」
「本当にね…。」
「……ごめん。」
「…気にしないで…。」
ロビンはサンジの髪をすっとひとつ梳いて
「…狙われているのはあなたも同じよ…。」
「…うん…。」
サンジは、少し考えて
「ブルックが…。」
「…ええ…。」
「…想像で過去の事を話したくないって言ってた…。」
「………。」
「…どんな男だったの…？」
「…知りたい…？」
「そりゃ…おれの…血の繋がった伯父だからね…。」
「………。」
「…善意を残し悪意だけを持って生まれた…。」
サンジは、小さく微笑んで
「…おれにも同じ血が流れてる…。」
「サンジ。」
「………。」
「…あなたは違う。」
「………。」
「……違うわ…。」
悲しい顔をする。
その表情で、今、自分たちの幸福を脅かすものの深い闇を知る。
『あいつはおれにも同じ事を言った。』
サンジーンを、かつてゾロシアも手にかけようとした。
それを止めたのがサンジーノ。
悪魔と呼ばれた男でも、サンジーノにとってはやはり兄だった。
だから
その日も暮れた。
襲撃者は夜にやって来るものだ。
サンジが用意していった夕食を早めに終えた後、ゾロシアはさっさと、しかも勝手にワイン蔵からワインを持ち出し、
ソファに足を投げ出して、ひとりでぐびぐび煽り始めた。
その様子を、食器を洗いながらチラ見しソロが言う。
「…勝手に蔵に入れんなよ、親父…。」
「…まァ、いいじゃねェか……しかし、さすがにいいワインをすぐ見つけるな。」
「感心すんなよ！！」
昼間、皆でいくらか片づけたおかげで、何とか寝る場所だけはある。
割れたガラス窓には、とりあえず古い板を打ちつけた。
「…サンジーノの兄貴ってのは…。」
ゾロが呟くように言ったのを、フランキーは聞き逃さなかった。
「お前が知らなくていい。」
「………。」
チラ、と、ゾロシアを見る。
ゾロシアは目を閉じたまま、呑みかけのワインをテーブルに置き、腹の上で軽く指を組んで
「…ぐーっ…。」
「………。」
「…ブルックが言った通りの事しかおれも言えねェよ。」
「…母親の胎内に全ての善意を置き去りにした…。」
「………。」
「………。」
「……その通りだとしか言う他ねェな……。」
フランキーは、ダイニングの椅子に腰をおろした。
軋んだ音がした。
「…ファミリーの中でも外でも…気に入らねェヤツがいると…容赦なかった…。」
「………。」
「ヤツが初めて…誰かの命を獲ったのは１２の時だと聞いた…。」
「…１２…？」
フランキーは少し躊躇い。
「…当時１０歳のサンジーノに、悪さを仕掛けたヤツがいたそうだ…大の大人だったらしいが…ひとりでやったらしい。」
「………。」
「…それはおれがバラティエに入る前の事だ…おれが組織の人間になった頃はもう…
人の命を取る事を、あの野郎は何とも思わなくなってたよ。」
「…狂ってる…。」
「そうだ。狂ってた。誰も…逆らえなかった…。」
「…何故だ…？その頃は…じいさんだって生きてたんだろ？他の幹部だって…。」
フランキーは口をつぐんだ。
すると
「……最初の殺人を犯した後に、ゼフーノはサンジーンを軍の士官学校に入れた。」
ゾロシア
「…士官学校時代…奴はおとなしく過ごして卒業した。だが、兵として軍属になった後…
奴は軍を脱走していきなりヴェローナに戻ってきた。…あらゆる殺人技を身につけて。」
「！！」
「…脱走したその時に、８人殺したと聞いた。」
「………。」
「裏目に出たゼフーノは、もうヤツを自分の手で処分するしかなくなった。
突き出して裁判にかけてムショへぶち込んだ所で、また同じことが繰り返されるだけだ。」
「………。」
「…ゼフーノも…それまでもおそらく�爐修讚瓩鮃佑┐覆�った訳じゃねェ。だがしようものなら何人もの犠牲者が出る。」
「………。」
「…ただひとつ…サンジーノが犯した罪を挙げろと言われたら、『サンジーンを庇い続けた事』だろうな。」
「………。」
ゾロシアの目は、どこか遠くを見ている。
「……あのバカは…サンジーンが歪んだのは、自分を助けようとしての事だと思いこんじまった。」
「…ゾロシア…。」
それきり
ゾロシアは口をつぐんだ。
長い沈黙が重苦しかったが
「やっほー！！ゾーロー！！来たぞー！！」
明るいルフィの声が、こんなにありがたい事は無かった。
「なァなァ、ゾロ！このレモンパイも食っていいか！？」
「ルフィ、いい加減にしろてめェ。夜明けまで食うつもりか？」
ルフィは、サンジが彼用に残していった菓子を、すでに２時間も食べ続けている。
この世の幸福をひとり占めにした様な笑顔でルフィは言う。
「サンジのメシ美味ェよなァァ！いいよなァ、ゾロシアは！！こんな飯毎日食えるんだもんな！」
ルフィの言葉にゾロシアは全く反応せず、ソファの上で葉巻咥えながら寝ころんでいた。
傍らに、既に空になったワインのボトル。
ルフィはお構いなしに、食いながらしゃべり続ける。
小さな農家の異質な存在。
と、風呂から上がってきたフランキーが
「…ゾロ、一昨日搾ったタンクを見て来よう。去年…褐変が起きたヤツだ。」
「ああ…わかった。」
褐変とは、いわゆる腐食による変色である。
リンゴやレモンの切り口が変色するのと同じ現象だ。
原因はさまざまだが、わずかな雑菌でもワインには致命的である。
「ルフィ、皿洗えよ。」
「んんん！わぁーった！」
「どうだかよ…。」
相変わらず、ゾロシアは黙って葉巻を咥えている。
家のすぐ側に建てた小屋。
ワイン樽はここにはない。あるのは圧搾したブドウ果汁を溜める、金属製のタンクだけだ。
甘い、葡萄の香りが鼻をくすぐる。
タンクのふたをわずかに開け、光を落とし、表面の小さな細かい泡を見てフランキーは嬉しそうに笑った。
「…よぉ〜し…いい子だ…。」
父の言葉に、ゾロは小さく笑った。
いつも、彼のワインの扱いは小さな子供と一緒だ。
フランキーの作る『ベラ・ロッソ・アレアティコ』は、大人好みの独特の渋みを持ちながら、わずかに甘く、そして重厚なフレーバーを持っている。
この酒を、世に売りだした直後から、ゾロシアは毎年この酒でゾロの誕生日を祝った。
「………。」
夜の静寂。
裸電球の小さな橙色の灯り。
その下で
「…お前らを両脇に置きたい。ゾロシアが言ったあの言葉は、半分本気…いや望みなんだとおれは思う。」
不意に言った父の言葉に、ゾロは勢いよく振り返った。
「………。」
「……おれは、ゾロシアとサンジーノの、幸福も不幸も全部見た。」
「………。」
「今思えば…どれほどの身を斬られる思いがあったか…図りしれねェ…。」
「…親父…おれは…！」
「ゾロ。お前ェ自分でもわかってるだろ？心底ゾロシアを嫌えねェ自分をよ。」
「…！！」
こぷっ
葡萄の果汁が、わずかに発酵を始めた音がした。
「…おれとロビンが名前を変えた時…本当はお前も名前を変えようと思った…。」
「………。」
「だが出来なかった……サンジーノがつけた名前だ……それを奪う事は…おれには出来なかった……。」
「…親父…。」
「お前は…ゾロシアとサンジーノと…おれとロビンの息子だ…。」
「………。」
「お前を手放すなんざごめんこうむる。だが、紛れもなくお前はあの男から命を継いだ。
継いだ命を生きて、サンジと再び巡り合った。誰よりも、それを喜んでいるのはあいつだ…。」
「………。」
「……話せ……。」
「………。」
「サンジーノの事も、サンジーンの事も、ゾロシア自身の事も…お前が自分で、ゾロシアに問え。」
「………。」
「ゾロシアしか、お前達の存在の意義を知る者はいないんだぞ。」
「話せ」と、フランキーは絞り出すような声でもう一度言った。
そしてゾロを促し、圧搾小屋を出る。
深まる秋の、満天の星の下。
「…忘れるな…お前はおれの息子だ…それは揺らぎやしねェ。
だが、お前とサンジはゾロシアとサンジーノから命を継いだ。その事だけは…何があろうと忘れるな。」
「………。」
首を振ろうとする息子の頭を、フランキーは勢い抱えて肩に抱きとめた。
「……ゾロという名はサンジーノがつけた。愛しい愛しい恋人の名から文字を紡いでお前につけた！」
「………。」
「…おれはあの時のサンジーノの顔を絶対忘れねェ！！」
「……っ！！」
「お前を殺させやしねェ！！あんな悪魔に…めちゃくちゃにされてたまるか！！」
「…親父…！」
「…ちくしょう…ジーン…！！あの野郎どこまで…サンジーノが死んでまで…サンジーノの望まねェ事をなんでしやがるんだ！！？」
フランキーの腕を抱え返して、ゾロは静かに目を閉じた。
この強い父を
ここまで恐怖に陥れる悪魔…
「…親父…戻ろう…。」
「……っ…。」
「いつも親父が言うんだぜ…しかめっ面で仕込んだワインは不味くなるってよ…。」
「………。」
「……戻ろう。」
涙もろい父の眦に、わずかに涙。
「ありがとう……父さん。」
静かに、葡萄畑の夜が更けていく。
反して
今宵、モンキー家のシャトーは賑やかだった。
ドメンヌ中の者が集まったのだ、無理はない。
だが、その輪の中にルフィを欠いている。賑やかさが少し、物足りないと誰もが思った。
若い男達は自警団として、交代で村の中を見回っている。
ウソップ達と入れ替わりに、エースが戻ってきた。
「お帰り、夜食できてるぜ。それとも先にシャワーか？」
サンジの顔を見、エースは心底うれしそうに笑って
「いいもんだなァ、こういう新妻のお迎えってのは。」
「誰が新妻だ。」
「あっはっは！！……あまり気を使わなくていいぜ、サンジ。」
「………。」
サンジは困ったように笑った。
「家族だって言っただろ。」
サンジは小さくうなずいた。
「まァ、メシはもらうよ。そろそろ、お前さんも休んだ方がいい。」
「ありがとう…。」
エースは軽く手を振り、部屋へ上がって行った。
それを見送り、サンジは大きく息をついた。
「………。」
高いホールの天井を見上げる。
18世紀末に作られたという古い城。
初めてここに来た時、ヴェローナの自分の屋敷よりも広大なその城に面喰った。
ここで生まれ育ったルフィやエースですら、まだ知らない空間があるというから驚きだ。
シャトーの敷地の一角、城の一部として立派な教会聖堂が建てられている。
こちらは19世紀半ばの建築だ。
ここが、今のブルックの住まい。
古く、大きな教会と言っても、ブルックが寝起きをしているのは懺悔室の脇の小さな部屋だ。
ヴェロ−ナの教会の方が、まだ広かったかもしれない。
「ブルック。」
古い、厚い木のドアのノッカーを軽く振って、サンジは声をかけた。
手に、熱いミルクとショートブレッド。
「……おや？これはこれは！」
声がして、ドアが開くと
「…ママロビン…いたのか。」
「ええ。」
ドアからまっすぐ正面の窓辺の椅子に腰かけて、ロビンはにっこりとほほ笑んだ。
ブルックは困った様に、だがどこか嬉しそうに
「眠れないと仰って。……ベルメールさんらと御一緒に居られた方がよいと申しあげたのですが。」
「…だな。てめェと一緒じゃ危なくて仕方ねェ。」
「ヨホホホホ！まったくです！！イロイロな意味で！！」
「自分で言うのか。」
「……昔の話をしたかったのよ……。」
ロビンが言った。
少し悲しそうだったが、声に力はある。
「…どんな？」
サンジが問うと
「……ゾロシアとサンジーノ様を逢わせる為に、散々苦労した話です。」
ブルックが答えた。
「………。」
ロビンは小さく笑った。
「……あなたは信じられないかもしれないけれど…
サンジーノと一緒にいるゾロシアは…大きな口を空けてよく笑う男だったわ…。」
「………。」
「…もちろん…普段は…あんなカンジで…いつも眉間に皺を寄せて…にこりともしなかったけど…
サンジーノと一緒にいる時は…まるで子供の様によく笑ったの…。」
「……そう……。」
「…私…あの笑顔が大好きだったわ…。」
「………。」
「…だから…応援したかった…。」
「………。」
「…幸福な結末なんか、決して望めない恋だとは分かっていたわ…でも…。」
「………。」
「幸せそうなゾロシアを…見たかったのよ…。」
わずかな沈黙に、ブルックが静かに
「…あ。いけない。ワタシ、そろそろ城内の見回りの時間でした。」
「………。」
「ヨホホホ！ストーブに火が入ってますので…よろしかったら、ここをお使いいただけませんか？」
サンジとロビンは、互いを見て肩をすくめて笑った。
下手な気の使い方だ。
「ありがとう。」
微笑んで答えたロビンに、ブルックはヨホホと笑いながら出て行った。
ブルックは、ミルクに手をつけずに行った。
サンジは、そのマグカップを両手に包みながら、ロビンの傍らに腰を下ろす。
そして
「……やっぱり…ママはゾロシアのこと…好きだった？」
「……ええ……。」
即答だった。
「……命を助けてもらったのよ…男の人に、あんなに優しくしてもらったのは初めてだった……。」
「………。」
「尊敬してたというのは嘘じゃないわ…尊敬してた…本当に…でも…ゾロシアの心の中にはサンジーノしかいなかった…
…他の女が入り込む余地なんか…なかったわ…。それに…愛してもらえるような女じゃなかった。」
ロビンは静かに微笑んだ。
サンジははっきりと首を振る。
娼婦だった過去を、彼女は今でも忘れてはいない。
「おかしなものでね…私はサンジーノも大好きだったわ…優しくて…気が利いて…何よりもゾロシアを心の底から愛していたあの人を…嫌いになれなかった。」
「………。」
「それにね。」
ふふ、と笑って、ロビンは言う。
「……フランキーが優しくてね……。」
「……はは……。」
「…私の過去の事も知っているのに…それでも…優しかった…。」
「………。」
「…女はずるい生き物よ…優しくしてくれる人が現れると…そちらへふらりと傾いてしまうわ…。」
サンジは小さく笑った。
「…一緒に行こうと言われた時…躊躇いは無かったわ…。私達は…ゾロの親として夫婦を始めたのよ。」
「…うん…。」
ロビンは大きく息をつき、照れ臭そうにほほ笑んで
「…ああ…言っちゃったわ…！…ずっと隠していたのに…よりにも寄って…あなたに話してしまった！」
サンジは明るい笑顔で
「隠してた事にならないよ。」
「…え？」
「…フランキー、わかってたと思うよ…ブルックだって知ってたと思う…。」
「………。」
「…ゾロシアも…わかってたよ…。」
「………。」
「…だから…ゾロを託したんじゃないのかな…。」
ロビンの眦に、うっすら涙が浮かぶ。
「…だったら嬉しいのだけど…。」
サンジは、ロビンの細い指を握って微笑んだ。
「…ゾロ…ゾロシアともっと…話してくれればいいのにな…。」
「…そうね…。」
「…あいつはわかってねェ…ゾロシアがそこにいる…それがどんなに…。」
「…サンジ…。」
ロビンはサンジの頭を抱えて抱き寄せた。
素直にその肩に頭を預け、サンジは囁くように言う。
「…おれはもう…サンジーノに逢いたくても会えねェ…サンジーノが生きていたら…今のおれに何を言ってくれるか…
嬉しい時苦しい時…いろんな時…おれに何を言ってくれるか…。」
「………。」
「…ゾロシアがおれの父親だ…これ以上を望んだら贅沢だ…けど…何度も思ったよ…
おれの本当の父親がサンジーノだって知ったガキの時から、何かがある度にずっと思った。
サンジーノなら、本当の父親なら、おれにどう言ってくれるだろう？
おれにどんな話をしてくれるだろう？どんな話が出来ただろう…って…。」
「…サンジ…。」
「…あいつは…目の前の幸福を全然わかってねェ。ゾロシアは生きてる。生きてそこにいるのに。目の前にいるのに。
逢おうと思えば何時だって逢えるのに…あいつは…意地を張るばかりでちっとも…わかろうとしねェ…！」
ロビンの手に力がこもる。
「…ごめん…。」
「謝らないで…。」
「…みっともねェよな…この図体で…。」
「そんなことないわ…。」
唯一、サンジがゾロに向ける嫉妬。
それは、実の父親を失っていない幸福。
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（2011/11/29）
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