約束をする訳ではない。
けれど、「逢いたい」と思う時にひとり街を歩くと
「あ…！」
「…よう…！」
必ず、２人は出逢う事が出来た。
図書館、雑貨屋、本屋、ピザショップ。
公園に繋がる遊歩道、銀行、住宅街の一角。
なぜ、こうも偶然が重なるのかと、顔を合わせては何度も笑った。
互いが別の方向からやってきても、出会った後はそのまま同じ道を歩いた。
他愛のない会話を交わし、くだらない話に興じ、時にはゲームセンターやボーリング場で遊び、バーでビリヤードに興じることもあった。
特殊な環境に生まれ育った互いの事を、話す機会を持つ事は無かった。
互いに、言えばこの幸福な時間は消え失せると恐れていた。
ただの、悪ガキ・ゾロシアとサンジーノ。
それでよかった。
他の肩書は一切要らなかった、欲しくなかった。
「逢いたい」
そう願うだけで会える。
自分達が、特別な絆で結ばれていると認識するまで、長い時は必要無かった。
だが
互いを『大切』と思うその心が、『深い友情』から『恋』に変わったのは、ある事件がきっかけだった。
ゾロシアは今でも思う。
『あの事』が無ければ、自分は生涯、サンジーノを『そういう相手』として想う事は無かっただろうと。
カタン
小さな音に、ゾロシアは目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
こんな時なのに、ずいぶん深く眠りこんだものだ。
瞬間そう察し、半身を起こす。
「………。」
体に毛布が掛けられていた。
誰が掛けてくれたのか。
ヤバイ
ここは居心地が良過ぎる。
「………。」
フランキーの粗末な家の中を、ぐるりと見回す。
煤けた柱、低い天井、黄ばんだ壁。
だがすっきりと整理された室内。
愛らしいカーテンと、棚の上のいくつもの鉢植え、ドライフラワー。
棚に並んだ白い食器、磨かれた鍋、フライパン。淡い緑のテーブルクロス。
「………。」
暖炉の上の、家族写真。
フランキーとロビンとゾロ
３人の手に、黒いワインのボトル。
初めて、ベラ・ロッソ・アレアティコを完成させた時の写真であろうか。
まだ、ゾロの顔は幼げで、頬がふっくらとしていた。
もっと小さなゾロと、ドメンヌの兄弟の写真。
全身泥だらけだ。
幸せそうに並ぶ、ロビンとベルメールとナミ・ノジコの姉妹。
フランキーと肩を組んで、真っ赤な顔で笑っているガープとゲンゾウとヤソップ。
よく見ると、巨体の間に押し潰されている、ゾロとウソップもいた。
これは更に幼い頃の写真だ。
一番大きいフォトフレームは、剣道の道着に身を包み、メダルを首にかけた誇らしげな、だがちょっと照れくさげなゾロの写真。
こんな生活がしたかった。
サンジーノと
誰も自分達を知らない遠い土地で、２人で、こんな風に畑を耕し、馬や羊や犬を飼い、季節の移り変わりを肌で感じながら、肩を並べて生きていきたかった。
サンジーノを愛していると悟った時に、それを望み、実行しようとまでした。
だが、それを拒んだのはサンジーノ自身だった。
『…できない…全ての人を不幸にして…兄さんの死を踏み台にして…おれだけお前と幸せになるなんて…許されるわけがない…。』
誰の許しを乞わねばならない？
あの時おれはそう言った。
おれ達の一生を、誰が支配するという？
サンジーノ
おれは、お前のそんなアホみてェな優しさが好きだった、そして嫌いだった。
おれだけに優しければいい。
おれだけに、その優しさを注げばいい。
お前がおれに対して、同じ想いを持っているならできるだろう？
何故、他の奴らにまで、その愛を与えてやる必要がある？増してサンジーンに！
暖炉の上の、ゾロとサンジが並んだ写真を手に取る。
ぶっきらぼうに並んだ、ごく当たり前の青年二人が映っている。
背後の風景はどこだろう。
雪をいただいた峰と湖。
ああ、思い出した。
ガルダ湖だ。
そういえば、昨年の春頃に行くと言ってたな…。
サンジの成長は見守ってきた。
だがゾロのそれをゾロシアは知らない。
どんな風に笑いどんな風に泣き、何に苦しみ何に喜んだのか。
知っているのはフランキーとロビン。
そしてこのドメンヌの人々。
自分が、父親などと自惚れている訳ではない。
サンジに対しても、自分は父親ではない。
ただ、ロロノアファミリーのボスであるだけだ。
その生き方を、自分はサンジーノの死を知った瞬間に選んだ。
なのに
「………。」
気が付いたら、ここに来ていた。
来てしまっていた。
サンジーノが見たら、きっと腹を抱えて笑い、からかい、そしてこう言うだろう。
『バッカみてェ！やっぱり心配で心配で仕方がねェんじゃねェか！！』
死ぬまで
お前は自分を戒めたな、サンジーノ。
おれも、そうしなければならないと決めていた。
お前がそれを選んだから。
だがな、ジーノ。
これだけは、おれはお前を愚かと嘲り、勝ち誇って言ってやる。
「…あいつらを絶対死なせやしねェ…不幸にもしねェ…てめェがあの世から何をしてやりてェと気を揉んでも、
死んじまったてめェは何もできねェんだよ。…そこでおとなしく、指咥えて見てやがれ…。」
そして
「…今度こそ…終わりにしてやる…。」
もう、それを止めるサンジーノはいない。
写真を暖炉の上に戻し、ゾロシアは胸のポケットを探りシガーケースを出した。
口に咥えようとした時
「………。」
ゾロが、上から降りてきた。
真っ直ぐ、躊躇いの無い目で自分を見ている。
上から、ルフィのいびきが聞こえてくる。
ゾロシアは小さく笑い
「…あれじゃあ眠れねェな。」
「…まぁな…。」
初めて、言葉を交わした。
初めての父と子の会話としては、あまりに間抜けだ。
しかし、自分の言葉に、ゾロが初めて穏やかに答えた。
自然と、ゾロシアの唇が緩む。
「………。」
「………。」
長い沈黙。
暖炉の前に立つゾロシアと、階段の前で立ちつくすゾロ。
と
「…サンジーノの顔を覚えているそうだな。」
「！！」
沈黙を裂いたのはゾロシア。
思いもよらぬ問い。
「…なんとなくだ…。」
「………。」
「金の髪と青い目…白い手…。」
「………。」
「…それだけだ…。」
「………。」
「…あとは…。」
ホラ ゾロ 来い
差し伸べられた大きな手。
その向こうにあった、力強い笑顔。
教会でのそれは、確かにゾロシア。
だが、もうひとつ
柔らかないい香りと共に、差しのべられた白い手の記憶も
かすかに――
「…覚えてねェよ…。」
「…そうか…。」
その時
「ゾロー！！」
けたたましい足音と共に、上からルフィが駆け降りてきた。
そして、真っ青な顔
「ゾロォォ！！ナミん家が！ナミん家が燃えてる！！」
「――何！？」
「なんか…窓の外が赤いと思って見てみたんだ！あれはナミん家だ！！」
反射的に、ゾロシアと外へ飛び出した。
奥からフランキーも飛び出してきた。
「！！」
「ゲンゾウ！！」
ベルメールと娘達はシャトーにいると言っていた。
今夜、ゲンゾウはひとりだ。
もう、見回りも終えて戻っているはず。
「行こう！」
ルフィが走りだす。
フランキーも、中へ車のキーを取りに駆けこんだ。
「サンジーンか！？」
ゾロの問いにフランキーは
「わからねェ！！だが燃えてる事は確かだ！！ありゃあデケェぞ！！畑まで火が回ってる！！」
「もしサンジーンなら…なんでナミの家だ！？」
「わからねェ！！あの野郎の頭の中なんざわかるか！！」
助手席に乗ろうとするゾロへ、フランキーが叫んだ。
「お前は残れ！！」
「あァ！？」
「サンジーンがあの火の犯人なら、何かを企んでくるはずだ！！お前はここにいろ！！」
「いられるか！！」
「残れ！！」
ゾロシアは何も言わず、森の向こうの夜空を焦がす炎を見上げていた。
「ベルメール！ベルメール！あんたの家だよ！あんたの家と畑が燃えてる！！」
シャトーの石垣の上のテラス。
空を焦がす火の色は、ここからの方が大きく明るく見える。
「…父さん…！！」
ナミが、身を乗り出して叫んだ。
「ナミさん！危ない！！」
ナミの肩を掴んで引き寄せ、サンジはベルメールに
「行ってくる！みんなここを動かないでくれ！！」
「ダメよ！」
叫んだのはロビン。
そこへ、ジャケットを羽織りながらエースが駆けてきて言った。
「おれが行く！ウソップ行くぞ！！」
「おう！！」
エースはサンジの肩をひとつ叩き
「…ココを頼むぜ。」
「エース…！」
サンジが何かを言おうとした時
「…あんた！？よかった！無事なのね！？」
携帯電話を握り締めて、ベルメールが叫んだ。
「いいのよ…！命の方が大事！！逃げられたならよかった！！」
「母さん…父さんなの！？」
「…よかった…！」
崩れるベルメールを、ナミとノジコが支える。
ロビンも駆け寄り、助け起こす。
「…ごめんなさい…。」
「…何であんたが謝るのよ？ロビン…？」
ベルメールは悪戯な笑顔で笑う。
「…大丈夫よ…ちょっとびっくりしたけどね…。それに…ただの火事かもしれないじゃない…。」
「…そんな事があると思う…？ゲンゾウさんが、火の不始末なんてありえないわ…。」
サンジは、ロビンの言葉に歯噛みした。
始まったのか。
心の中で吐き捨てる。
エースとウソップと、数人の男達が数台の車に分乗してシャトーを出ていく。
サイレンの音もする。
街の消防隊も、こちらの通報を受けて出動したようだ。
これはサンジーンの仕業か？
もしそうなら、次に、どう出てくるんだ？
サンジーンのとる行動を、予測できそうな男はゾロシアと…
「サンジさん！！」
「ブルック！！…今行こうと…！」
息を切らしながら駆けてくるブルックに、サンジも走り寄る。
「どこが燃えているのです！？まさかフランキーさん…！」
「ナミさんの家だ！！」
サンジの叫びに、ナミが固く目を閉じ母に縋りつく。
「…ナミさんの…！」
「……ブルック…サンジーンか！？」
「…サンジさん…皆さんと一緒に中へ！ロビンさんも！！出来るだけ一ヶ所に固まって！！不安と心配はわかりますが…じっとしていてください！！」
「…ブルック…！まさか…！」
「…陽動です！！おそらく今頃…！！」
サンジは、暗い葡萄畑の向こうへ目を凝らす。
「…ゾロ…！！父さん！！」
走りだそうとするサンジを押しとどめ、
「ワタシが行きます！！」
「でも…！！」
「ココにいてください！よろしいですね！」
青ざめた顔のロビン。
「…ブルック…お願い…！」
「命に代えましても！！」
「馬鹿野郎！物騒な事言うな！」
反射的なサンジの言葉に、ブルックは振り返って笑った。
「…サンジさん。」
「…え…？」
「…あなたはやはり、サンジーノ様の子だ。」
「………。」
「こんなワタシに…もったいないお言葉です。…では。」
「……ブルック！」
ナミの家は、ゾロの家から東へ2キロほど行った土地にある。
葡萄畑は当然ゾロの家のものより広い。
しかしワインの醸造はしておらず、収穫した葡萄は全てシャトーに納めている。
ルフィとゾロとフランキーが辿りついた時、もう家から上がる火の手は治まりがつかない所まで大きくなっていた。
すでに、近在の男達が集まって、なんとか火の手から葡萄を守ろうと放水をしている。
「ゲンゾウ！！」
「…おお！来てくれたのか！！」
顔を煤だらけにしたゲンゾウに3人は駆け寄り
「何があった！？」
「わからん…休もうと灯りを消したら、外の灯油のタンクが爆発した…！」
「…クソ…！！」
「ルフィ！そっちだ！！」
「任せろ！！」
ゾロとルフィが左右に駆けだす。
そこへ
「ルフィ！！」
「エース！！」
「ポンプ車が来る！そっちの台車と籠の山をどけるぞ！！邪魔になる！！」
「わかった！！」
「ウソップ！！畑の放水に加わってくれ！！」
「了解！！」
「頼む…！奥のカヴェルネの古木だけは守ってくれ！！あれはじいさんが植えた最初の木なんだ！」
「大丈夫！！任せろ！！」
エースは、ゾロと台車を押しながら尋ねる。
「親父さんはどうした？」
「……フランキーなら一緒だったろ。」
「…いちいち突っかかる言い方をするんだなァ。」
「…っ！！」
見透かされている。
「…家にいる。『留守番してる』だとよ。」
「…なるほど…。」
少し、火の勢いが弱くなった。
「フランキーさん！ゾロさん！…ドン・ゾロシア！おいでですか！？」
激しく、ブルックはフランキー家のドアを叩く。
だが、答えがない。
灯りもついていない。
ブルックは戸惑いながら
「やはり火事の現場へ行ったのですね…しかしなぜゾロシアまでいないのでしょう…？…まさか…ゾロシアまでナミさんの家に？…まさか…。」
「…まさか…。」
ブルックは、空を焦がす赤と
「………。」
丘の上に聳えるシャトーの塔を見る。
「……まさか……！！」
「……火が少し小さくなった……。」
ノジコが呟き、大きな溜息をついた。
「……あたしの本…全部燃えちゃったかな…自転車も…服も……。」
ナミが、涙交じりに言った。
「…大丈夫よ。」
ベルメールが、両腕で娘達を抱きしめて、明るい声で言った。
「父さんも元気、母さんも元気、アンタ達も元気！そして葡萄も元気！それだけ残れば大丈夫よ…！」
それでも
声に涙が交る。
ベルメールの背中に、ロビンがそっと手を添えた。
謝りそうな形に開いたロビンの口を、ウソップの母パンギーナが指でふさぐ。
その時、ベルメールの携帯が鳴った。
「はい…！！ああ、ゲンさん…！…よかった…！そう！もう大丈夫なのね！？それで…木は！？…そう…その位なら大丈夫ね…ああ…よかった…！」
ゲンゾウからの電話らしい。
ナミが
「…ゾロ…大丈夫かしら…。」
「…大丈夫だよ…。」
サンジの言葉に、ナミは笑った。
「そうよね…ゾロだもん…。」
「……ああ……。」
と
「………？」
気配に、サンジは振り返った。
誰かが、このテラスへの階段を上がってくる音が聞こえた。
このシャトーに、今多くのドメンヌの住民がいる。
だがこれは、今まで感じた事のない…。
いや
感じた事のある
この
嫌な気配
「…ママロビン…。」
「なに…？」
「……もう…下へ降りた方がいい…もう…大丈夫だから…下へ降りよう。風邪を引くと…いけないよ？」
「…そうね…そうだわ…みんな戻って来る…。」
「あ！お風呂と夜食…支度しなきゃ！」
ナミとノジコとベルメールと
「サンジ、行きましょう。どうしたの？」
動かないサンジに、ロビンが尋ねた。
サンジは笑って
「…一服したら行くよ。」
煙草を摘んで見せた。
「そう。」
笑って
ロビンもわずかに微笑み、ベルメールらと共に足早に下へ降りていった。
「………。」
風の音。
木々がざわめく。
サンジの金の髪が、風に吹かれてひかる。
軽いジッポの音。
口元に浮かんだ小さな赤。
コツ コツ コツ
ゆっくりと
ゆっくりと
近づく足音
サンジの背中を、冷たいものが流れていく。
じっとりと粘りつくような気配。
コツ コツ コツ
「…ロロノアのアンダーボスは、随分お優しい事だ…。」
「………。」
「…さっきの女はニコ・ロビータ…随分と艶を増して美しくなった…。」
「………。」
「…巻きこみたくない…か…やはり…お前はジーノの優しさを継いで生まれたな…。」
「……サンジーン……！」
足音が止まった。
キンと冷えた月の下に、ふたつの黄金が並ぶ。
互いによく似た色の髪、目、何よりもその顔。
「初めましてを言っていなかったな。初めまして、ロロノアファミリーのアンダーボス・サンジ。」
「………。」
「我が甥っ子殿。」
白いスーツのポケットに手を入れたまま。
口に咥えた細い煙草を揺らしながら。
恐怖は無かった。
今のサンジーンには殺気がない。
ただ、ゆったりとそこに立ち、冴えた眼差しでサンジを見つめている。
だが、サンジの中で何かが叫んでいる。
警報は、やかましいほどに体の奥で鳴っている。
逃げなければ。
この男と会話をしてはいけない。これ以上近づいてはいけない。
それは十分に分かっている。
なのに
禍々しかった気は全て消えていた。
そこにはただ静かな水面の様な、穏やかな時だけがある。
ああ
もしサンジーノが生きていたら
こんな風に自分を見つめてくれたのかもしれない…。
「…おいで、サンジ。」
「………。」
「…抱き締めさせてくれ…。」
「………。」
「おいで。」
「………。」
「おいで、ジーノの子。」
「………。」
わずかにサンジは首を振る。
だが、サンジーンの声は静かで、穏やかで、とてもゾロシアやブルックや、フランキー達が語った様な恐ろしい者には思えない。
だが
やはりマフィアという組織の中で育ったサンジはわかっている。
この美しい笑顔の下で、何か別の事を考えているであろう事は。
現に
「……あの火はてめェか……？」
サンジーンは、チラと森の向こうの小さくなった朱を見、だが何の興味もないという顔で
「…さぁ…あァ…火事があったんだねェ…この寒空に気の毒な事だ…。」
「………。」
コツ コツ コツ
踵の音を響かせて、サンジーノは石垣から身を乗り出すようにして辺りを見回した。
「…いい所だ…夜にしっかりと闇が訪れる…都会ではこうはいかない。」
「………。」
「ジーノの子。」
「その呼び方はやめろ…。」
「…なぜ…？」
「…おれはゾロシアの息子だ。」
「……ドン…ゾ…ロ…シ…ア…。」
噛み締めるように、サンジーンはその名を呟く。
「…やめろよ…ジーノの子…自分に一所懸命そう言い聞かせて…辛いだろう…？」
「……！！」
「…そうだろう？だって…本物のゾロシアの子は…あの葡萄畑の中にいる。」
「………。」
「…羨ましいね…彼は何も知らず幸福に育ち…あんなに大勢の友を持ち、たくさんの大人達に愛されて…。」
「…よせ…。」
「……幸せで幸せで…君の苦しみなんか何も知らずに大きくなって……。」
「よせ…！！」
「…なのに君と出会い…そして恋に落ちて…結ばれて…。」
「やめろ！！」
「……今度は実の父親も……。」
「やめろ！！」
「…悲しいのは君ひとりだけだ、サンジ。」
「やめろっつてんだろぉお！！」
飛びかかっていったのは無意識だった。
心の奥底で、ゾロへの愛で蓋をしていた負の感情。
吐きだしたのは、さっきロビンに告げたのが初めてだった。
笑いかけてはくれなかったけれど、ゾロシアが自分を愛し、大切にしてくれているのは十分にわかっていた。
サンジーノの子だ。
最後の熱い夜に得た、たったひとつのサンジーノの形見。
だが、こうも思った。
おれが
サンジーノの子だから愛してくれるのだろうか
ゾロシアは、おれの中にサンジーノの面影を求めて、愛してくれているんだろうか…。
ベラ・ロッソ・アレアティコ
真っ黒なボトルに真っ赤な薔薇。
コルシカで醸造されたというワイン。
初めて見るそのワインを、ゆっくり、ゆっくり、噛み締めるように。
あんな、酒の飲み方をする父を初めて見た。
あんな、穏やかでうれしそうな父を、初めて見た。
葡萄畑に立っていた男の顔を初めて見た時、感じた思いは嫉妬だった。
ゾロ
こいつ
ゾロシアの本当の子
瞬時に全てのピースがハマった。
ゾロシアはずっと、ヴェローナの街からこの親子を、実の息子を見守っていた。
自分の本当の子を
ゾロを
憎しみが燃え上がった。
悲しみが心臓を握り潰した。
おれだけのものだと思っていた父に、おれより大事な存在があった。
なのに
その父によく似た男に、どんどん魅かれていった。
まるで、体の中を流れるサンジーノの血が、あいつの中に流れているゾロシアの血を求めているみてェに、気持ちはどんどんあいつに傾いていった。
熱くて、一途で、おれだけの為に開かれた腕の中が居心地良くて…。
だから求められた時も躊躇いは無かった。
求められるままに受け入れた。
熱い手に、確かにおれは溺れ悦びを感じた。
体を結んでからはより一層あいつが愛しくなった…。
だけど
あの人が
命を賭けて守ろうとしたこいつを
おれが、闇の中に引きずり込もうとしている。
その躊躇いの中に…おれは…。
「…ジーノの子。」
「黙れ！！」
「可愛いサンジ。」
「うるせェ！！」
「甥っ子殿…。」
「……っ！！」
悪魔と誰もが呼ぶこの男と同じ血が、間違いなくおれの中にも流れてる。
だから
あの時の
「快感」は
「黙れ！黙れ黙れ！！」
叫んだ瞬間
サンジは、ふわりと抱きとめられた。
「…サンジ。」
「―――っ！！」
「…ああ…やっと抱けた…。」
喜びに満ちた声。
感嘆の息が、額にかかる。
「……あ……。」
「……サンジ……。」
頬を包まれ
顔を寄せられ、唇の端にサンジーンのそれが重なろうと
瞬間
「――――！！」
けたたましい音と共に、背後の石垣が吹っ飛んだ。
積まれた石のブロックが、ガラガラと音を立てて崩れる。
「！？」
抱えられたまま、体が宙に浮いた。
立ち込める土煙りの向こうに、緑色の…
まさか、ゾロ？
いや…
「父さん――！！」
「………。」
サンジーンの唇が、奇妙に歪む。
「………。」
刀を中段に構えたゾロシアは、無言のままこちらを見ている。
目に怒りの色。
険しく深く、眉間に刻まれた皺。
手にした刀は、ゾロが預かったままの和道一文字。
全身から、激しい気が浮かび上がっているのが嫌でもわかる。
こんな父の姿も、サンジはかつて見た事がない。
「……ゾロシア……。」
「……そいつを放せ。」
低い声に、サンジーンは笑う。
「……お前のものを…ひとつくらいおれが奪ったっていいだろう…？」
「………。」
「…いいじゃないか…お前にはあの子が残る。」
「放せ！！」
跳躍し、真っ直ぐに突っ込んでくる刃。
サンジーンは、サンジを突き飛ばすように放し、自分も大きく跳躍した。
どっと石床に転がるサンジのすぐ脇に瞬間足をつき、ゾロシアはその勢いで再び跳ねた。
「…サンジ！！」
声にサンジが振り返る。
「ガープさん！！」
ルフィ達の祖父ガープだ。
爆音に異常を感じ、上がってきたらしい。
「来るな！！」
「！！」
ゾロシアの叫びと共に、サンジーンの手にした銃から放たれる渇いた連続音。
「何の騒ぎだ！？」
ガープのシャトーは、ドメンヌのどこからも見てとれる。
その一角から銃声が続いている。
「ウチじゃねェか！？」
ルフィの叫びにゾロの目が見開かれる。
そして理解した。
この火事は、シャトーを手薄にする為。
しかもそれはゾロを襲う為のものではなく…。
「…サンジ…！！」
今日のサンジーノはどことなく元気がない。
今日だけではなく、前回会った時も少し笑顔が寂しかった。
あの時は具合でも悪いのかと、少し残念だったが早く別れた。
「何かあったのか？」
ゾロシアの問いかけに、サンジーノは微笑んで首を振った。
顔色も悪い。
「…図書館でも行くか？あそこなら静かだ。」
「………。」
また、首を振る。
ヴェローナの郊外、古いローマの遺跡がある公園だが、冬の最中のそこは彼ら以外に訪れる人もなかった。
「…ゾロシア…。」
「…なんだ？」
「………。」
ローマ遺跡の倒れた石柱に腰かけたサンジーノは、不安げな青い目でゾロシアを見上げた。
少し、胸が詰まる。
「…どうした？」
「………。」
サンジーノが、何かを言おうとした時
「こんな所で逢引きか？ジーノ。」
「！！」
声に振り返る。
するとそこに、スリムなデニムのポケットに手を突っ込み、唇の端に細い煙草を加えた男が立っていた。
サンジーノによく似た顔。
「…ジーン…！何で…？…おれをつけて来たのか！？」
サンジーノが、青ざめた顔をさらに青くして叫んだ。
「…ジーン…？」
ゾロの呟くような言葉に、ジーンと呼ばれた男は憎らしげに笑った。
「初めまして、ゾロシアくん。ジーノの兄、ジーン…サンジーンだ。」
「………。」
「…初めまして…そして�爐気茲Δ覆薛瓩澄�」
「なんだと…？」
「…ジーノ…約束したよな…？」
サンジーノは、苦しげに眼を伏せた。
「…今日まで、弟と仲良くしてくれてありがとうゾロシアくん…。だが、今日限りだ。」
「…おもしれェ事を言うな…。」
「面白い？」
「…何でそんな事をてめェが決める？」
「………。」
太陽が、西に傾き始める。
落ちはじめた陽が、目の前にいる男の、片方だけ露わになっている目を映しだす。
「おい、サンジーノ。」
「…！！」
びくり、と、身を震わせ、恐怖に耐えるようにゾロシアを見た。
「…お前の口から…おれにわかるように話せ。」
「………。」
「……サンジーノ！」
低い、嘲るような含み笑いが耳に届いた。サンジーンだ。
「…酷い事を言う…簡単に言えたなら、ジーノはこんなに悲しい顔をしない。」
「……！！」
「黙っていてくれ…！兄さん！！」
サンジーンは、石柱に座ったままの弟の頭を胸に抱き寄せた。
「！！」
「…優しいお前は言えないだろう？だから、おれが引導を渡してやるよ。」
「…ジーン！！」
その時、ゾロシアは悟った。
バレた。
自分が、コーサ・ノストラ、ロロノアファミリーのドン・ミホークの息子である事…。
「……っ！！」
知られたくなかった。
知られなかったから、友人でいられた。
やっとできた、大事な大事な友だったのに。
だが…もう、終わりか…。
「……言わないでくれジーン！！このまま…このまま黙って終わりにしたいんだ！！」
「…そういう訳にはいかないよ、ジーノ…こういう奴にはね、はっきり言わないとわからないんだ。」
「ジーン…！！」
涙さえ浮かべて、激しく兄を止めようとするサンジーノ。
耐えられなかった。
サンジーノが泣くのを見るのは辛い。
「わかった。」
「……！！」
「…もう…会わねェ…。」
「…ゾロシア！！」
サンジーノの青い目が見開かれた。
滲んでいた涙が、頬を伝って落ちていく。
「……悪かった…サンジーノ……。」
「…え…？」
「…黙っていたのは…お前を騙していた訳じゃねェ…知られたくなかったんだ…お前には…。」
「…ゾロシア…？」
「…ただ…お前と友達でいたかった…。」
「……何……？」
「……悪かった…もう…お前とは関わらねェ……。」
サンジーノの目が、当惑に揺れる。
と
「はっはっはっは！！」
突然、笑い出したのはサンジーン。
「…てめェ…何がおかしい！？」
身を捩り、手を叩いて笑うサンジーンに、ゾロシアは叫んだ。
だが、サンジーンは笑う事を止めない。そして
「…はは…はははは！！そうか…そうだよな！！そうするしかないだろうな！！」
「…何がおかしいんだ、兄さん…！！ゾロシア…お前何を言って…！」
「……サンジーノ…？お前…わかっちまったんだろう…？おれの事を…。」
「お前の…？お前の何…？」
「…え…？」
くっくっく
サンジーンの唇に、まるで2人を小馬鹿にするような笑みが浮かんだ。
その笑みに、サンジーノの眉が一気に吊りあがる。
「…ジーン…？」
「……くく…くっくっく…。」
「………。」
サンジーンはサンジーノの肩を抱き、耳元で囁いた。
「可愛い弟が…どこかへ遊びに行く度に、嬉しそうに帰って来る…どこでどんな奴と遊んでいるんだろう…
まさか…タチの悪い女に騙されてやいないだろうな…？そんな風に…弟思いの兄なら…誰でも思う事だろう？」
「………。」
「…驚いたよ…まさか…まさかおれの弟が…マフィアの倅と友達になっていたなんて。」
「……っ！！」
ゾロシアは固く目を閉じた。
サンジーノの目が見開かれる。
「…なァ…？ドン・ミホークの息子。」
「………。」
「……ドン…ミホ…ーク…の…子…？」
妙だ。
サンジーノの自分を見る目。
まるで、その事を今知ったという様な…。
「……お前が…ロロノアの…子…？」
「…サンジーノ…？お前…まさか…今…知ったのか…？じゃあ…てめェ…何を悩んで…。」
「……ロロノアの……。」
「サンジーノ…？」
サンジーノは、ゾロシアを見つめていた目を逸らし、その鋭い視線をそのまま兄へと向けた。
「…ジーン…知ってたんだな…。」
「………。」
「知って…おれには黙って…。」
「……知ってて…！知っていて！！」
訳がわからない。
突然の苛立ちに、ゾロシアは声を荒げた。
「一体これはどういう事だ！？説明しろ！！」
沈黙。
陽が
沈んだ
「…ゾロシア…。」
穏やかな声で、サンジーノが呼んだ。
立ち上がり、真っ直ぐにゾロシアを見て、静かな声で言葉を紡ぐ。
「おれは、バラティエファミリーのボス。ドン・ゼフーノの息子だ。」
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（2011/12/7）
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