その日
自分がどうやって家に戻ったか、ゾロシアは今でも思い出せない。
自分がそこから逃げ出したのか、サンジーンがサンジーノを連れて立ち去ったのか。
それすらも覚えていない。
ただ
『おれは、ドン・ゼフーノの息子だ。』
そう言ったサンジーノの顔だけが、網膜に焼き付いて離れなかった。
静かな
穏やかな
固く何かを決意した、躊躇いの無い顔
ミホークの子とゼフーノの子
なんてこった
こんな巡り合わせがあるのか。
あんないいヤツに
あんなに綺麗で優しい、気のいいヤツに
なんで友達がいねェんだろうと思った。
そうか
おれと同じ理由だったのか…
嘲るように笑った、サンジーノの兄の声が耳に残っている。
あの野郎
弟さえ傷つけて、おれを笑い物にしやがった。
「父さん――！！父さん！！」
サンジの声だ。
サンジーノではない、あれは息子の声だ。
だが、悲痛な叫びの合間を縫って届く、低い、癪に障る含み笑いはあの野郎のものだ。
何度聞いたかしれない。
同じ声の叫びも、何度も聞いた。
「………。」
サンジーンの手にした銃は、イスラエル軍が使用している『デザートイーグル』だ。
オートマチックの50口径もある銃。
普通の人間では重すぎて、撃つことすらできない。
片手で撃つことなどまず不可能。
その銃を、まるで玩具の様に易々と扱い片手で正確に撃って見せた。
どれほどの頑強な筋肉が、そのスーツの下に隠れているのだろう。
50口径をどこかにくらったら、即死しない場合でもまず立ってはいられない。
その銃弾が、ゾロシアの脇腹を撃ち抜いていた。
返す銃口はガープの右足を貫き、そしてサンジは、ガープが携えてきたサーベルに、左肩ごと刺し貫かれて石壁に磔られている。
「……まだ死んじゃいねェな？ゾロシア？」
「………っ。」
「まぁ…この位じゃてめェは死なねェよなァ？」
サンジの左肩から血が溢れている。
蒼い顔。
このままではサンジが死ぬ。
「……野郎……。」
かろうじて、右膝をつき、気力で身を起こそうとした。
「……おのれ…わしのドメンヌで勝手な真似を……！」
ガープの言葉に、サンジーンは大仰に銃を弄びながら
「申し訳ない！城主殿！だが、諸悪の根源はこの男。…この男を取り込んだ、己の不手際と諦めてもらいたい。」
「………！！」
ガープの歯噛みする音が聞こえた。
コツ コツ コツ
ゆっくりと、サンジーンはサンジに歩み寄る。
そして、白い頬を愛しげに撫で
「…ごめんよ、サンジ…けど、こうしないとお前は逃げてしまうだろう？もう少し…辛抱しておくれ。」
「……っ……！…て…めェ…っ。」
瞬間の激闘の音に気付いた城内の者たちが、この場へ駆けあがってくる音がした。
男の声も女の声も混じっている。
「……皆来るな！！」
ガープが叫んだ。
しかし
「……サンジ！？ゾロシア！？」
真っ先に、テラスに現れたのはロビンだった。
最後に降りていったのだ、最初に異変に気付き、駆けあがってきた。
乱れた息で、彼女が2人の名を呼んだ瞬間サンジも叫んだ。
「逃げて――！！」
「！！？サンジーン……！！」
まるで翼があるかのようにサンジーンは高く跳躍し、ロビンの眼前に舞い降りた。
「！！」
「…やぁ、ニコ・ロビータ。」
「…サンジーン…。」
「フランコは優しい男だろう？幸せなのだね？昔よりずっと綺麗だ…。」
「………。」
「……ゾロを…よく守ってきたね…偉かったよロビータ…ご苦労さま。」
「…サン…ジ…ーン…。」
サンジの目が見開かれる。
ガープも
ゾロシアも
「ママロビン―――！！」
ゆっくりと、ロビンの体がサンジーンの腕の中に崩れた。
腹に
鮮やかな赤
まるで
ベラ・ロッソ・アレアティコの様な…
「ロビータ！！」
その名を叫んだのはゾロシア。
サンジーンの手に、小型のバイヨネット(銃剣)
脇腹から鮮血が吹き出した、だがゾロシアは立ち上がり、和道を突き飛び出した。
その瞬間
「サンジ――――――――――ンっ！！！」
ゾロシアと同時に、サンジーンに斬りかかったもう一つの剣。
「……よぅお！！ブルックじゃねェか！！」
「サンジーン！！サンジーン！！サンジーン――っっ！！」
「…エレェ骨みてェな体になっちまったなァ！！あの頃は伊達でイナセな男だったのに！！」
「許しません！！許しません！！お前だけは！！お前だけは許さない――！！」
「…だったら…あの時おれを殺さなかった、てめェ自身を恨め。」
「どけ！！ブルック！！そいつを殺るのはおれだ――！！」
磔られたまま、サンジもまた頬を涙に濡らして叫ぶ。
「ロビン――！！ロビン―――！！母さん―――！！」
この状態でなお、サンジーンはロビンを抱いたまま離さない。
片手にロビンを抱いたまま、ゾロシアとブルック2人の攻撃をかわし続けている。
強い――！！
「…サンジーン…。」
軍で、あらゆる殺人技を身につけ、脱走する為に8人の人間を殺してきた。
気に入らない人間は、まるでゴミを捨てるかのように命を奪い、まったく罪の意識を感じることもない。
10代の頃から現在に至るまで、どれほどの人間をその手にかけて来たのか。
殺人のプロフェッショナル…いや、殺人が日常の動作のひとつである様な男。
自分に見せた一瞬の優しささえ、なんだったというかのように、躊躇うことなくあっさりと、肩に剣を突き立てた。
……狂ってる……
「ロビンさんを放しなさい！！」
「はっはっは！！…あの頃からいい女だと思ってたんだ…せっかく抱けたのに…放すバカはいねェだろ？」
わずかに目を開けたロビンが、
「…ゾロ…シア…ブルッ…ク…私はいい…サンジを…。」
「……っ！！」
その時
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ！！！」
烈風の様だった。
辺りを覆う闇を引き裂くかのように飛び込んできたのは
「ゾロ――――！！」
ゾロだ！！
鬼神の様に眼を見開き眉を吊り上げ、真っ赤な憤怒の形相で、ゾロはゾロシアとブルックを弾き飛ばす勢いでサンジーンに斬りかかった。
ゾロの手に、見たことのない黒い刀。
「その手を放しやがれ！！」
「……ゾロ……ははっ！！…ゾロ！！ゾロか！？」
サンジーンの表情に、まるで恋焦がれた恋人に、やっと出逢えたような喜びが走る。
「―――ゾロォ！！」
サンジが叫んだ次の瞬間
「サンジ――！！じいちゃん！！」
「ルフィ…っ！！エース！！頼む…！これを抜いてくれ…！！」
「サンジ…！！うわ！！」
一緒に駆けこんできたウソップが、サンジの様子に卒倒しかける。
しかし
「ルフィ！！チョッパーがここにいる！！指示に従って！！」
声に、その方向を見上げると
テラスの一段上にあるフロアの窓から、携帯を手にナミが叫んでいた。
騒ぎに駆けあがってきたものの、足手まといを恐れて別のフロアに移動し状況を見ていた。
ゾロ達に、携帯でここの状況を教えていたのだ。
「ウソップ！！サンジの肩を何かで縛ってから剣を抜いて！！そのまま抜いたら大出血する！！ガープさんも！太ももの付け根を縛って！」
「わ、わかった！！」
「…ゾロシア…それ以上動くな！！血が止まらなくなるぞ！！…って言って、どうせ聞かねェだろうけど…。」
「……あいつがサンジーンか……。」
サンジを助け起こしながら、エースが吐くように言った。
「…エース…ゾロを…止めてくれ…。」
「………。」
「…ゾロシアが…押されてる…あいつ…強すぎる…。」
ルフィとウソップが、ガープを引きずる様に抱えながら、サンジの側に戻ってきた。
「大丈夫か？サンジ…！」
「……ごめん…ガープさん……。」
「何を謝る！！……ゾロの持っとる刀…ありゃわしのコレクションか？」
ルフィがけろりと
「ああ、そうだ！」
「…刃を潰してねェのがアレしかなかったからよ。」
エースもあっさりと答えた。
「…一番高かったんじゃぞ『秋水』…。」
ルフィが憮然と
「じいちゃんが言ったんだぞ！ゾロの和道一文字くらいの名刀だって！！
ゾロだって、前に見せてもらった時『これなら使える』って言ってたからあれにしたんだ！！」
下が騒がしくなってきた。
ゲンゾウ宅の火事が収まり、ドメンヌの者たちが集まり始めた。
そして
「ロビン――！！」
フランキーだ。
その後ろにゲンゾウもヤソップもいる。
フランキーは、その手に双発の銃を携えていた。
銃口をサンジーンに向け
「おれの家族に何をしやがる！？」
「……おぅ…カティ・フランコ……。」
「ロビン！！大丈夫か！？目を覚ませ！ロビン！」
「……ふら…ん…き……。」
ロビンの顔が蒼い。
出血が止まらない。
息も細くなっている。
「お袋を放せ！！」
「…ママロビン…！！」
くっくっく
サンジーンの笑いが、瞬間の静寂の中に響いた。
「……�牴搬沖瓩�揃ったというワケだ……なァ、ゾロシア……。」
「………。」
対峙の中に流れる沈黙。
ゾロとサンジ、フランキーとロビン、ゾロシア、ルフィ、エース、ガープ、ウソップ、ナミ、チョッパー、ブルック……。
「�牴搬沖瓠張侫．潺蝓次張侫．潺螢◆張侫．漾璽罅珍播┐紛舛�だ……。」
「………。」
「……だが……脆い響きだ……。」
「……ロビンを放せ……。」
耳を貸さず、ゾロは言い放つ。
「……てめェの目的がゾロシアへの復讐でおれの命なら…とっとと持って行きやがれ！！」
秋水を、石床の上に突き立てゾロは叫んだ。
「ゾロ――！？」
ゾロシアとロビンを除いた全員が、同時に叫んだ。
「だが！！サンジもロビンも……ゾロシアにも！！もう手を出すな！！」
「……はははははははは！！！」
「何がおかしいてめェ！？」
叫んだのはゾロではなくウソップ。
「……サンジ？聞いたかい？こいつは、君の恋人は、君と愛の日々を生きるより、今ここで散る方を選んだよ？」
「………。」
「…育ての母と…実の父と…家族の命の方が大切という訳だ…。」
「……ああ…そうだ…ゾロはそういう奴だ……。」
サンジは静かに言った。
「……サンジーン……。」
「…なんだい？甥っ子殿？」
「……おれはどうすればいいんだ…？」
「…ん…？」
ゾロが振り向き、サンジを見る。
「…おれがどうすれば…あんたは満足する…？」
「サンジ！？」
全員が叫んだ。
今度は、ゾロシアも叫んだ。
「お前は黙ってろ！！」
同じ声が重なった。
サンジは小さく笑う。
サンジーンは眉を寄せ、囁くような声で言う。
「……そうだね……。」
「………。」
「大事な大事な…弟だったんだ…。」
「………。」
「たったひとりの…家族だった…。」
「………。」
「愛しくて愛しくて…可愛くて…。」
「………。」
「なのに…そいつが…横から奪っていった…。」
銃口で、サンジーンはゾロシアを指した。
「悲しかったんだよ…。」
「ふざけるな…。」
ゾロシアが言った。
「…てめェのサンジーノへの感情は愛じゃねェ…ただの欲だ…！」
「………。」
「自分だけを見ていた弟が、他の奴を見るようになった。それにみっともなく嫉妬しただけだ！！」
銃声
「…ぐはぁっ！！」
「！！？」
「え！？」
「わああああ！！ウソップぅ―――っ！！」
撃たれたのは…
サンジの足元にウソップが倒れた。
「ウソップ！！」
サンジが叫ぶ。
「野郎！！」
ヤソップが飛び出そうとするのをゲンゾウが止めた。
それより早く、ルフィとエースがジャンプしたからだ。
「お前ェェェ！！」
「野郎――！！」
何が起きたのか、誰にも見えなかった。
頭上からのナミの悲鳴で、2人が同時に叩き落とされ、血まみれになっている事に気づいた。
「いやあああ！！ルフィ――っ！！」
なのに、まだサンジーンは涼しい顔で、ロビンをその手に抱いたまま…。
「やめてくれ！！何でもする！！おれが…あんたの望む事なら何でもするから！！もうやめてくれ！！誰も…もう誰も傷つけないでくれ――！！」
ゾロの隣に駆け出し、サンジが叫んだ。
「てめェ…何言って！！」
「あんたの望むようにするから…おれでいいなら…おれがサンジーノの代わりになるなら…！！」
「馬鹿を言え。」
冴えた声。
ゾロシア
「てめェはサンジーノじゃねェ。」
「………！！」
ぐらり、とゾロシアの体が揺れる。
息が荒い。
ボタボタと、腹から血が垂れる。
ロビンも、もう息絶えてしまったかのようにピクリとも動かない。
「…ジーノの子…。」
「………。」
「…おれの望みを叶えると言うんだね？」
サンジは黙ってうなずいた。
「サンジ！！」
「サンジくん――！！馬鹿言わないで！！」
ナミが叫んだ。
次の瞬間、サンジーンは一瞬のためらいもなく、ナミに向けて弾丸を放った。
「ナミィィィ――――っ！！」
血を吐きながらルフィが叫んだ。
「きゃあああああああっ！！」
弾丸はナミがいる窓の真下を破壊した。
外れたのではない、あえて外したのだ。
「うるさい、小娘。」
抑揚のない、氷の様な声。
サンジーンは、殺す相手を一発では殺さない。
�爛咼献優広瓩覗蠎蠅鮖Δ校�でさえ、あえて急所を外し、苦しみ悶え絶命する様を楽しむ性癖があった。
今、血まみれで転がるガープやルフィらを、あえて殺さないのはその癖からだ。
痛みに震え、恐怖し、絶望し、動けない自分の目の前で大切な者が死んでいく姿を互いに見せつける。
潤んだ目で、サンジは叫ぶ。
「やめてくれ…！！サンジーン！！」
「……やめてくれ……？おれはやめねェよ？」
「………！！」
「…なんでもする…そう言ったね。ジーノの子。」
「………。」
「…じゃあ…おれの望みをかなえてもらおう。」
「………。」
サンジーンは
手にしていた大口径の銃をサンジの足元に投げた。
「！！」
「拾うんだ、ジーノの子。」
「………。」
サンジーンは、さらにジャケットの胸元からもう一丁の銃を取り出す。
サンジはその様子を見ながら、恐る恐る銃を拾った。
重い…。
そして
「…撃て。」
「………。」
「その銃で。」
「………。」
サンジーンの、髭を蓄えた唇が笑った。
「ゾロを撃て。」
「！！」
サンジの目が見開かれた。
ゾロシアの目も
そしてゾロ自身も
「…なんたることを…！！」
ガープが、絞る様な声で吐いた。
「…なんて野郎だ…！」
エースも、なんとか身を起こし、サンジーンに撃たれた右腕を押さえながら言った。
「…ルフィ…！大丈夫か！？」
「……大丈夫だ……くそ…痛ェ……。」
ルフィの肩も真っ赤に染まっている。
「何でもする。何でも。…じゃあ、ゾロを殺せ。」
まるで、そこにあるゴミを捨ててくれというような、軽い口調。
「………。」
サンジの目が見開かれる。
「ゾロシアの目の前で。フランコとロビータの前で。家族の前で。…君らの大事なゾロを殺せ。」
「………。」
サンジーンは薄く笑いながら
「構わねェだろ？ゾロはついさっき、家族の為に命を捨てると言い切った。」
「…てめェ…。」
ゾロの目が見開かれ、黄金に光る。
「簡単だよ、サンジ。引鉄を引けばほんの一瞬。…ああ、その銃は重いからね？
足を踏ん張って、しっかり腰を据えて両手で撃つといい。…そうしないと、君の傷がさらに広がってしまうよ？」
優しい口調。
だがその内容の何と凶悪で冷酷な事か。
ゾロシアが小さく咳き込んだ。
口から血が吐かれる。
サンジーンの青い目が、冷たくゾロシアを見る。
「……ゾロシア……。」
「………。」
「おれからジーノを奪った…奪っておいて…てめェはジーノを幸福にしなかった…。」
「………。」
その瞬間。
ブルックの体が跳ねた。
「サンジーン！！」
「………。」
その動きが俊敏で、またも何が起きたか見えなかった。
気づけば、ブルックがサンジーンの足元に転がり
「ぐはぁっ！！」
サンジーンの足に腹を踏みつけられ、呻くブルックの姿…。
なのに、未だにロビンを放さない。
「安心しろ、ブルック…てめェも後で送ってやるよ。…おれは礼を忘れない男なんだ。」
「………っ！！」
さすがに、サンジーノを手にかけたのがブルックである事までは知らないようだ。
知っていたら、おそらく問答無用で真っ先に、ブルックが殺されていただろう。
あの時の事を知っているのは、ゾロシアとゾロとサンジだけだ。
黄猿の一件の事もあり、ヴェローナの人々の間では、『サンジーノを殺したのは黄猿』という説が定着している。
「…目に見えた不幸を選んだジーノは馬鹿だ…だが…てめェがいなきゃ…ジーノは不幸にならなかった…そうだろう…？なァ、ゾロシア…。」
「………。」
「だから…てめェはタダじゃ殺さねェ…目の前で…大切な大切な�牴搬沖瓩�
…殺し合って消えていく恐怖と苦痛を味わえよ…存分に…。」
ゾロシアの呼吸が荒い。
出血が止まらず、ボタボタと石床に垂れている。
青ざめた唇が、ゆっくりと、だが強く
「サンジーン。」
「………。」
「…てめェは狂ってる。」
「…ぁあ…よぅく知ってる…。」
「………。」
「…育てた息子が実の子を殺す…最…っ高の悲劇だね…ゾロシア…？」
サンジーンは、咥えていた煙草を噛み切った。
実の父に、殺されかけた時の記憶でも甦ったのか、足下のブルックをさらに踏み躙る。
「…う…ぐっ…！」
その時
「……サンジ……。」
サンジは、はっと我に返った。
「ママロビン―――！！」
「お袋――！！」
サンジーンの腕に抱えられ、青ざめた顔を伏せたまま、苦しげな声でロビンは言う。
「…大丈夫…だい…じょうぶ…よ…死なせない…ゾロも…あなたも…絶対…に…死なせない…から…。」
「ママ――！！」
「おふくろ！！喋るな！！」
「ロビン―――！！」
フランキーが絶叫した。
「……フランキー……あなた……。」
「ロビン―――っ！！…喋るな…！今助ける！！」
ロビンが顔を上げた。
青ざめてはいる。だが、美しく微笑んだ。
「……サンジーンを撃って……。」
「！！」
次の瞬間。
ロビンはサンジーンの腕を振り解き、そのままその体を抱え、背中の石壁に押し付けた。
「ロビン！！？」
「撃って！！この悪魔を！！私ごと撃って―――！！」
人々が凍る。
誰もが息を飲み言葉を失った。
「撃って！！フランキー！！」
自分を押さえつけるロビンを冷ややかに見つめて、サンジーンは
「……放せよ、ロビータ。」
「放さない…！！…撃って！私はこのままでいい！あなた！！サンジーンを撃って！！」
「おふくろ！！」
「ママロビン！！」
荒い息。
鬼気迫るほどの表情で、ロビンは力を緩めない。
「…あの子たちを死なせない…絶対不幸にしないと決めたの…私は…母親よ！！」
「ロビン！！」
「撃ちなさいフランキー！！あの子たちを…私を愛しているなら撃って―――！！」
フランキーの双眸から涙が溢れる。
「出来るかああああああ！！」
「フランキー！！」
瞬間、ゾロシアがフランキーの銃を奪った。
奪い、サンジーンに狙いを定める。
「！！」
「ゾロシア！てめェ！！」
サンジーンの表情は変わらない。
自分を放さないロビンへ
「…女はうるさくていけねェ…お前だけ死ねよ。ロビータ。」
「……っ！！」
ゾロシアの抱えたライフル銃が火を噴いた。
瞬間サンジは目を閉じ、ゾロは目を見開いた。
誰もが、ゾロシアがロビンごとサンジーンを撃ったと思った。
が
「！！」
ガラガラと音を立てて、サンジーンの真上にあるゴブリンの石像が落ちてきた。
同時に、ゾロシアは、今度はその足元に向けて一発を放った。
「…っ！！」
頭上と足元が一度に崩れ、体勢を崩したサンジーンは、抱いていたロビンの体を正面に突き飛ばし、高く跳躍する。
ひらりと舞いあがった白い体は、ナミ達の居る塔の反対側にある、砲台のバルコニーのテラスの上に降り立った。
「ロビン！！」
フランキーが走り込むより早く、ゾロシアはロビンが倒れる寸前に受け止めた。
間髪を入れず、フランキーに託し叫ぶ。
「行け！！」
「…ありがとう！！…チョッパー！チョッパー頼む！」
塔の上からチョッパーが叫ぶ。
「傷が深すぎる！ココじゃ無理だ！！診療所へ運んでドクトリーヌに頼んで！！おれもそっちへ行く！！」
「わかった！……ヤソップ！女房を頼む！！」
ヤソップに、気を失ったロビンを預ける。出血がひどい。
「お前は！？」
「ガキども残していけねェ！！」
「…わかった！！気をつけろ！！」
その時
「ナミっ！！逃げろぉ！！」
ルフィの声だ。
必死に立ち上がり、外の石段からナミの居る塔へ駆け上がるルフィ。
左腕が真っ赤だ。
サンジーンの腕がゆっくり上がる。
構えた銃口が、狙っているのは塔の上にいるナミ。
「……ひ！」
ナミの腰が抜ける。
と、放たれた一発が、ナミの耳元を掠めていった。
「きゃあああ！！」
必死に石壁の死角に入りこみ頭を抱える。
ゲンゾウが叫ぶ。
「ナミ―――！！」
「…父さん…！！助けて――！！」
走るルフィ。
「おれが助ける！任せろおっさん！！」
サンジーンの唇が嘲笑うように釣りあがる。
引鉄がわずかに動いた。
「させるかァ！！」
ゾロも走る。
「ナミさん！！」
サンジも。
「サンジーン！！行かせません！！」
ブルックがサンジーンを追う。
一方
「…これでよし！！」
駆け降りてきたチョッパーが、ガープとウソップの応急処置を終えて額の汗をぬぐう。
「…痛ェ…チョッパァ…おれ…死ぬのか…？」
石床の上に寝かされ、苦しげに言うウソップにチョッパーは
「うん。…死ぬかもしれねェ。」
「えええええええええええ！！？し、死ぬのかァァァ！！？」
慌てて飛び起き
「しししし死にたくねェェェ！！まだ彼女もいねェウチに死にたくねェよォォォ！！」
と、チョッパーの肩を掴んで激しく揺さぶった。
うん。大丈夫。
石壁にもたれるエース。
そして、サンジーンに不意打ちを食らわせ、ロビンを救出したゾロシアが、がくんと膝をつき、その少し隣へ背中をつき低く呻く。
「ゾロシア…！」
フランキーが手を伸ばすのを、ゾロシアは止めた。
その様子を見たエースが
「先生。こっち先に診てやってくれ…。」
「…あ…。うん、ちょっと我慢しててね、エース。」
だが
「…いらねェ。」
ゾロシアは、ライフルから弾丸を抜き、自分のシャツの袖を引き裂いて腹の上に敷き、火薬を載せた。
「何考えてんだゾロシア！？」
「……ほっとけ。」
「ほっとけるかァ！！」
チョッパーが言うより早く。
「うわっ！！」
ゾロシアはシャツの布にライターで火をつけた。
瞬間、破裂音がしてゾロシアの腹が燃え上がる。
「うぎゃああああああああっ！！！！」
「ああああああああああああっ！！医者ァァァァァ！！って、おれだーっ！！」
ウソップとチョッパーが抱き合って泣き喚いた。
エースも、蒼い顔でその有様を見ている。
「…うし…止まった。」
「そそそそそんな無茶な血止めがあるかァァァァ！！今時野戦病院だってこんな事しねェ！！」
「…戦場なんだよ。」
「！！」
「サンジーンには…この世の全ての場所が戦場だ。」
その時、激しい炸裂音がした。
ナミがいた西の塔が音を立てて崩れる。
「！」
「ナミちゃん！！」
エースが叫んだ。
「あわわわわわわ！！ナミィ―――――っ！！」
ウソップも悲鳴をあげる。
「ナミ――！」
「ナミィ―――！！」
娘を呼ぶゲンゾウの声は絶叫だった。
が、砂塵逆巻く中から、ナミを抱えたルフィが飛び出す。
勢い飛びこむルフィを、フランキーがナミごと受け止める。
スタン！と、エースらの前に降り立つと
「ナミ！ナミ！しっかりしろ！ナミ――！！」
ルフィが、気を失ったナミを揺さぶった。
「…ん……ル…フィ…？…あ…あたし…生きてる……？」
「おう！」
ナミの目から涙が溢れる。
勢い、ルフィの首にしがみつき泣きじゃくった。
「うわああああああああああん！！」
ナミの背中を優しく摩り、髪をすいてルフィは言う。
「大丈夫だ！泣くな！…チョッパー！ウソップ！ナミを頼む！！」
「…わ、わかった…！！」
ナミが、ルフィから離れゲンゾウに抱きついた。
「父さぁあん！！」
「………！！」
言葉もなく、ゲンゾウは娘を抱きしめた。
ルフィがエースの元に駆けこむ。
「大丈夫か！？兄ちゃん！？」
「大丈夫だ…お前こそ大丈夫か？」
「おれは平気だ！！…ロビンは！？じいちゃんは！？」
チョッパーがルフィの肩に手をかけた。
「2人ともドクトリーヌのトコに行かせたよ！ルフィも傷見せて！！」
「今はいい！！ゾロは！？ゾロとサンジはどこ行った！？」
「ブルックと…あいつを追ってった！！」
と、ゾロシアが、チョッパーの医療鞄から勝手に包帯を取り、がっちりと腹に巻きつけ終えた。
和道一文字を手に、地面を踏みしめるように立ち上がる。
チョッパーが叫ぶ。
「ゾロシア…！！その傷でこれ以上動いたら死んじまうぞ――！！」
「死なねェよ。」
「！！」
「……おれは100まで生きると決めてる。こんなことで死にやしねェ。」
「ゾロシア！！」
「……どんな満身創痍でも、てめェ治せよ。」
「無茶言うなァ！！」
と
「ゾロシア！！」
フランキー。
「………。」
ゆっくり、ゾロシアは振り返る。
「……ゾロを頼む！！」
絞り出すような懇願の言葉。
「………。」
答えは無い。
だがわかる。
「ゾロシア！おれも行くぞ！！」
ルフィが叫んだ。
「…勝手にしろ。」
「おう！勝手にする！！」
弾かれるように、ルフィとゾロシアは走りだした。
広大なシャトーの中、高い塀に囲まれた、馬車用の石畳。
「……ホラホラどうした？リーチはそっちの方が長いんだぜ？」
「うっせェ！！」
和刀のゾロと、中型のアーミーナイフのサンジーンのせめぎ合い。
サンジと一緒に追いかけた。
だが、深手を負ったサンジでは追い切れない。今、ここにいるのは
「ゾロさん！下がってください！！ワタクシが！！」
「…てめェはお呼びじゃねェんだよ！！ブルック！！」
サンジーンは、左手に持ったヴェレッタで躊躇することなくブルックを撃った。
「…ぐぅ…ッ！！」
「…おれはコイツと遊びてェんだ。邪魔をすんな。」
「サンジーン…聞きなさい…！！サンジーノ様の死は…！！」
「黙れブルック！！」
ゾロが叫んだ。
叫び、告白を止めた。
「ゾロさん…！！」
「黙れ…！！手ェ出すな！！」
「………！！」
サンジーンの顔には笑みさえある。
どう見ても、ゾロの方の分が悪い。
当然だ。
ゾロの剣は人を斬る為の剣ではない。
以前に、ヴェローナでゾロシアの部下ギンと戦った時、「人を斬った事のないアンタでは、どんなに良い刀でもおれには勝てない。」と断言された。
その通りだ。
あれからもずっと、ゾロは鍛錬を怠らなかった。
和道一文字を預かるようになってから、必ず日に一度振るっている。
だいぶ、真剣の扱いには慣れた。
あの頃に比べれば、真剣を携えての動きは数段上手くなった。
だがやはり、戦うとなると全く勝手が違う。
わかっていた事だが、思うように体が動かない。
「おいおい…まったく…てめェホントにゾロシアの子か？太刀筋がなっちゃいねェ。おれでもわかるぜ？」
「……っ！！」
言うなり、サンジーンは身を沈めた。
視界から消えた一瞬の後、ゾロの懐に入り込んだサンジーンの顔が、目の前に現れる。
「！！？」
瞬間、背筋を駆け抜ける恐怖。
「……ホンットにあの頃のあの野郎そっくりだな……反吐が出る。」
「…うるせェ！！おれはゾロシアじゃねェ！！」
ずい、と、口付けせんばかりの距離に顔を近づけ、哀れを表情に浮かべてサンジーンは言う。
「…可哀想に…言い聞かせないと不安なんだね？ゾロシアの子。」
「何も言うな！知った風な口をきくんじゃねェ！！」
「…ホントに可哀想だね…ゾロシアの子。」
「おれの親父はフランキーだ！！」
「…それを幻というんだよ…砂上の楼閣…儚い夢とでも言おうか？」
「……っ！！」
「…フランコもロビータも哀れな事だ…ゾロシアにいい様に利用されて…。」
「………。」
「……みんな可哀想に……サンジも君も……。」
ゾロの目に、一瞬の惑いが走る。
その時
「そいつの言葉に耳を貸すな。」
声に、ゾロは振り返る。
ゾロシア。
「おやおや…保護者のご登場だ。」
「ゾロ―――！！」
ゾロは、ルフィの姿に目を見開いた。
「てめ…何で来た！？」
「何で？理由なんかねェ！！ゾロがあぶねェから来たに決まってんだろ！？」
歯噛みするゾロ。
サンジーンは感心したように笑い、気だるい拍手をする。
「……友情はかくも美しい。」
「うるせェよ。」
ルフィが吐き捨てた。
面白そうに、サンジーンの目が細くなる。
「…しかしゾロシア…てめェもタフだな…50口径食らってよく走った。褒めてやるよ。」
「てめェに褒められてもうれしかねェな。」
ずい、とゾロシアが一歩前に進み出、ゾロのわずか半歩前に立った。
「…下がれ、ゾロ。」
「おれに命令すんな。」
「こいつはおれの獲物だ。」
「………。」
「下がれ。」
ゾロは動かない。
ルフィまで、そのゾロの隣に立ち、拳を鳴らした。
サンジーンが呟くように言う。
「…あの時もてめェはおれを殺せなかったんだぜ？ゾロシア…。」
「………。」
「…幸せボケしている今のてめェに…余計おれが殺せるかよ…。」
「…うるせェ。ジーノに庇われて、命拾いをしたのはそっちだ。」
「…恋人の涙に負けておれを見逃したと？……いつの時代の映画だよ？」
「………。」
「…見逃した訳じゃねェよなァ…？…あん時も、てめェは今より血塗れで地面に這いつくばってたじゃねェか。」
「………。」
ゾロとサンジが、同時にゾロシアを見た。
ブルックがわずかに顔を伏せる。
ルフィは、ただ真っ直ぐにサンジーンを睨みつけていた。
サンジーンは、そのルフィの視線を真っ直ぐとらえながら、薄く笑いを浮かべた。
そして
「…何でもする…何でもするから殺さないで……サンジは確かにジーノの子だね。ゾロシア。」
「………。」
殺さないでくれ、ジーン！何でもするから…！！兄さんが望むならおれは何でもするから！！
おれがこいつを殺らなかったら、おれがこいつに殺されるんだ。可愛いジーノ、それでいいのかい？
殺させない…どちらにも殺させない…どうしても誰かが消えなきゃならないなら…！！
「…思い出すなァ…あの日も…こんな冴えた月の晩だった……なんて、思い出話をしようか？ゾロシア？」
「………。」
と
「そんなもんはいらねェ！！」
叫んだのはゾロ。
「………。」
「…ロビンを…おふくろを…よくも！！」
途端に、サンジーンの唇から笑みが消えた。
「…なんだ…てめェの怒りはそっちか？」
ぴくん、と、ルフィのコメカミが震える。
動こうとしたルフィの腕を、ブルックが押さえた。
「放せ！ブルック！！あの野郎！ぶっ飛ばしてやる！！」
「…行けません！ルフィさん！！」
不意にサンジーンは、何かを思い立ったというように指を鳴らした。
「ゾロ。」
「！！」
「お前に問題だ。」
「あァ？」
「今、おれがここでサンジを殺す。ゾロシアを殺す。ロビータを殺す。この3人の誰かひとりの命で、二度とお前ェらには手を出さねェと言ったら…さて、誰を選ぶ？」
「！！」
「…な！」
サンジが息を飲んだ。
ゾロの眦が更に吊りあがる。
ゾロシアの表情に、変化はなかったが…。
「…恋人…実の父親…育ての母親……さぁ、どれを選ぶ？」
「ふざけた問題に答えるつもりはねェ！」
「ふざけた問題？おれはいたって大真面目だ。」
「……っ！！」
「証拠を見せようか？」
「何…！？」
石畳を蹴って、サンジーンが跳ねた。
何が起きたか
また、誰も見えなかった。
ただ
「……ルフィ―――――っ！！」
声も出せないまま
ルフィがゆっくりと崩れ落ちた。
両太腿に、黒く光るナイフ。
「……あの小さな医者に見せるなら早い方がいい。ああ、抜く時は十分気をつけな。太腿の動脈まで1センチもねェから。」
「ルフィさん―――！！」
「……ぐっ……うっ…！！」
「ルフィ！！」
サンジが駆け寄る。
だが
「触ってはいけません！！」
ブルックが止めた。
「でも…ルフィ！！」
「ルフィさん！気を確かに！！痛いでしょうが耐えてください！！動いてはいけませんよ！！」
「…く…っそ…わかった…けど…痛ェ…。」
「ルフィ…！！」
「てめェェェァァァァァ――――っっ！！」
ゾロが飛んだ。
サンジーンが、今度は銃をゾロに向ける。
ゾロシアが動こうとした時
「おれを――――！！」
サンジの声が響き渡った。
城壁の石壁に反響し、声が震える。
「おれを殺せサンジーン！！」
その叫びに
「馬鹿を言うな！サンジ！！」
ゾロも叫ぶ。
だがサンジは
「誰も死なせたくない！！殺さないでくれ！！あんたが…誰かの命を奪わなきゃ気が済まないなら…！！
ゾロシアに復讐せずにはいられないなら、おれでもいいだろう！？」
ゾロシアの目が細くなる。
「サンジさん…！！」
ブルックが呆然とつぶやいた。
「サンジ――！てめェ、何言ってんだ！？」
「ゾロ…！選べないだろう！？お前は！！だったらおれが選ぶ！！」
「………。」
「…サンジ！！」
サンジは溢れた涙で頬を濡らし、その涙を散らせながら尚叫ぶ。
「おれなんだから！！…いなくなっていいのは、おれなんだから――！！」
次の瞬間
サンジの体が石壁へ吹っ飛んだ。
いきなりの衝撃に目が眩む。
頬が熱い。
殴られたと察するのに、時は要らなかった。
「………。」
「………う………。」
サンジを殴ったのはゾロシアだった。
凍てついた表情。
怒りを滾らせた目で、サンジを見下ろしている。
サンジを傷つけたのに、ゾロは何も言わなかった。
同じ表情、同じ目で、ゾロもサンジを見つめている。
そして
「……愚かなほどに、愛しい答えだね…サンジ……。」
抑揚のないサンジーンの声。
「……何故…？…ジーノの手で育ったのはゾロなのに…お前はゾロシアの手で育ったのに…何故そんなにお前は……。」
ゆらり
と
サンジーンが一歩をサンジに踏み出す。
「…そんなに…ジーノなんだ…？」
瞬間
「サンジーン―――！！」
「！！」
ゾロシアの体が突進してきた。
わずかな位置で襲撃を受け止める。和刀とナイフでせめぎ合いながらゾロシアが叫んだ。
「サンジーノを殺したのはてめェだ！！」
「………。」
「何もかもが自分のせい…だから自分一人が背負えば終わる。そんな自虐な性格にあいつを歪めたのはてめェだ！！」
「………。」
「てめェがサンジーノを殺したんだ！！」
「……違う。」
低い、氷の声がゾロにも聞こえた。
「……あいつに苦しみを課したのはてめェだゾロシア。てめェがジーノを殺したんだ。」
「ああ、そうだ！！あいつに…こんな裏社会の似合わねぇあいつに…何重もの鎖をつけた！
その鎖の一本はおれ！だがてめェはその内の何本だ！！」
「……うるせェ…まったくてめェは！あの頃も今も！うるせェんだよ！！」
「父さん――――！！」
「ゾロシア――――！！」
低い呻き声。
たちどころに訪れた静寂。
その信じがたい光景に、サンジはついに膝をついた。
足が震える。
目がかすむ。
父に殴られた頬の鈍い痛みが、今でも頬を打っている。
「ゾロシア―――！！」
叫んだ声はゾロのもの。
目の前を、赤いものが流れていく…。
「ゾロシア…！！」
「……！！」
ルフィの、言葉にならない声。
目の前の光景に、ただ呆然とするしかない。
地面に、捩じ伏せられたゾロシア。
その、両方の肩に、30センチを超える軍用ナイフが深々と刺さっていた。
「父さん！！」
「ゾロシア！！」
ゾロが動こうと
「動くな。ゾロシアの子。」
「！！」
刺さったナイフに、サンジーンは両手をかけている。
「…真っ直ぐ降ろせば。心臓まで1センチ。」
「やめろ――――――――！！」
サンジが叫んだ。
「やめろ…！！やめてくれ！！」
にっこりと、ナイフを両手に握ったままサンジーンは笑う。
「…やめてあげよう。ジーノの子の頼みならね。」
「…な…！！」
「…おいで、ジーノの子。」
「………！！」
にこやかな微笑が、悪魔のそれに変わる。
「…おれを殺せと言ったね。」
「………。」
「それなら…おれと一緒に地獄へ落ちよう。」
「てめェ！！」
ゾロが叫んだ。
「…おいで、ジーノの子。」
「………。」
「おれと行こう。」
「………。」
「君がいてくれたら…他には何も望まない。」
「………。」
明らかに
サンジをサンジーノと混同している。
愛する弟を、もう一度この手に抱きたい。
自分よりもなお、愛する者がいる事を許せない。
ゾロシアから、ゾロシアの息子から、最も愛する者を奪い取る。
命ではなく、人生の全てを生きながらに奪う。
これが、サンジ―ンの復讐。
「…………行ったら………2人に……ここの人達に…ヴェローナに……関わらないと約束してくれるのか……？」
サンジの唇から、静かに、穏やかに紡がれた言葉にゾロが激高する。
「サンジ！！てめェ！！馬鹿言うんじゃねェ！！」
だが、サンジは、ゆっくりとゾロに振り返り、微笑んだ。
「…ゾロ…。」
「！！」
「愛してるよ。」
「…サンジ…！！」
「…愛してくれて…ありがとう…幸せだった……本当に…本当に…幸せだった…。」
秋水を握る手が、カタカタと震えた。
「…何を言ってる…。」
サンジは、サンジーンに向かい
「サンジーン。」
「………。」
「約束してくれ。」
「……可愛い甥っ子の頼みだよ…聞かなければサンジーノに怒られてしまう。」
ゾロが叫ぶ。
「サンジ！！」
「…大丈夫…これで終わりにするから…例えサンジーンの今の言葉が嘘でも…絶対嘘にはしないから…。」
嘲笑うように、サンジーンは肩をすくめた。
「…よせ…サンジ…てめェ…本気か…？」
「…大丈夫…おれはもう一生分幸福だった…。」
「…サンジ…。」
「…あんなに愛してもらったんだ…その記憶があれば…何も怖い事なんかない…。」
「…サンジ…！」
「…だから…だから…お前は…ママと…フランキーと…ルフィ達と…。」
「サンジ！！」
「……ゾロシアと…幸せに――！」
「ふざけんなァァァァ―――――――！！」
絶叫。それと共に響き渡る哄笑。
「あ――――――っはっはっはっはっは！！」
ゾロが叫ぶ。
「何がおかしい！！？」
「おかしいじゃないか！！なァ！！ゾロシア！？」
「………。」
青ざめたゾロシアの顔。
息も絶え絶えなゾロシアの、それでも鋭い眼光が息子を睨みつける。
「…ごめん…父さん…！でも…！！」
「………。」
「…でも…大丈夫だよ…ゾロが…ゾロがいるんだから…。」
「………。」
サンジは微笑み
「……殴ってくれてありがとう…初めてだよな……。」
「………。」
ルフィの体を支えながら、ブルックも
「…サンジさん…っ！！」
ルフィも
「…ふざけんなサンジ…おれ達をなんだと思ってたんだよ…！？」
「……友達だよ…大事な大事な友達だ…だから…！！」
「そうだよ！友達だ！！仲間だ！！だからみんな！！命賭けてんだァァァ！！」
「――――っ！！」
カタカタと、ゾロの刀が震える。
恐怖にではない。
怒りだ。
「……サンジ……。」
「……ゾロ……。」
ゆっくりと、サンジはゾロに歩み寄る。
そして、その体を抱きしめ、唇にキスをした。
「……覚えていてくれ…そして信じてくれ…最期の瞬間まで、おれはお前を愛してるよ。」
「サンジ！！」
「……ゾロシアの息子として……最期まで……。」
と
ゾロの手がサンジの頬を打った。
勢い、半身を崩し、だがサンジは倒れなかった。
ゾロシアに殴られた跡をもろに打たれた。
真っ赤に腫れあがる頬に、サンジは指先で触れる。
「サンジーン！！」
ゾロが叫んだ。
「…何だ？ゾロシアの子？」
「…さっきの…さっきの問題の答えだ。」
「………。」
「…まだ、タイムオーバーじゃねェよな。」
サンジーンは、今さらという表情で
「ああ。」
と、気だるげに答えた。
そして
「答えだ。」
静寂
長い、長い沈黙
やがて、ゾロは口を開いた。
「……サンジを殺せ。」
その一言に、誰もが凍りついた。
サンジーンでさえも。
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（2011/12/15）
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