凍った時が、ゆっくりと動き出す。
ルフィも、ブルックも、たった今、ゾロが言った言葉が信じられない。
信じられず、ただ呆然と目の前の、血まみれの光景を見つめていた。
太腿を苛む痛みが、これは現実だとルフィに告げている。
「……悪い…答えがよくわからねェ…今…てめェ何と言った…？」
サンジーンは、薄く笑いながら問い返した。
その言葉に、ゾロは
「サンジを殺せ。今、ここで――！！」
「………。」
サンジの青い目が、呆然とゾロを見る。
「…ゾロ…。」
サンジーンを睨みつけながら、ゾロは叫ぶ。
「奪われるくらいなら、ここで！今死ね、サンジ！」
「――――！！」
「ここで！！おれの目の前で！！」
ゆっくりと、ゾロの琥珀の目がサンジに移る。
「…ゾ…ロ…。」
「…奪われるくらいなら…二度と逢えねェってんなら！！今、ここで死ね！！おれを愛したままで死ね！！」
サンジの目から、滝の様に涙が溢れる。
嗚咽に息をつまらせ、天を仰いで、言葉にならない声で号泣する。
「その後…刺し違えてもてめェを倒す！！サンジーン！！これがおれの答えだ！！」
絶叫するゾロの声が、空に吸い込まれて消えていく。
わずかに、東の空の端に光が揺らいだ。
夜明けが、やってくる。
サンジーンの顔から笑みが消えた。そして
「つまらねェ答え。」
「あァ！？」
瞬間、サンジーンはゾロシアの両肩のナイフを抜いた。
「ぐぁあっ！！」
「！！…父さん！！」
鮮血が吹き出す。
どっと、ゾロシアの体が地面に倒れた。
「冷めた。」
サンジーンが呟くように言った。
「！？」
コツ コツ コツ
靴音を響かせ、ゆっくりとゾロに近づく。
「ゾロさん――！逃げて！！」
ブルックが叫んだ。しかし
「てめェ、気にくわねェ。」
サンジーンは、低い、心底不機嫌な声で言った。
さっきまでの、不愉快な笑顔は完全に消えていた。
「殺すよ。」
サンジーンが、言い放ったのはゾロ。
「………。」
「……もう…ゾロシアもジーノの子もいい……てめェが気に入らねェ。」
「………。」
「だから、殺す。」
「上等だ。」
ゾロの答えに、サンジーンは笑った。
だがその笑みは、先程までとは打って変わった、美しく不敵な、冷酷この上ない微笑だった。
くるりと身を翻し、サンジーンは石畳を去っていく。
コツ コツ コツ
靴音だけが、闇の向こうに消えた。
同時に、新しい朝の光が東の果てから顔を出し、惨状を明るく映し出す。
サンジが、ゾロシアへ駆け寄った。
「父さん！！…父さん！ごめん…！」
「………。」
「ルフィさん！待っていてください！今、チョッパー先生を呼んできますからね！！」
「ルフィ！！」
ゾロが、ルフィへ駆け寄る。
「……ルフィ！！」
「…ゾロ…お前…ェ…！」
「………。」
「………。」
「…喋るな、ルフィ…。」
「………。」
朝日が、影を長く落としている。
サンジーノがヴェローナを離れて、フィレンツェの高校に編入したのはそれから間もなくの事だ。
家から、部屋からさえも一歩も外へ出ず、食事さえろくに取らなくなった下の息子を案じた父親が、周囲の勧めもあって送り出した。
上の息子は怒り狂ったが、同時に、その上の息子は軍の士官学校に無理矢理入れた。
初め、何度も逃げ出してきたサンジーンだったが、やがて、おとなしく士官学校での生活を始めた。
その静けさは意外でもあり、そして不気味でもあった。
とりあえず、バラティエには静けさが戻ったと言ってもいい。
片や、ロロノアのゾロシアの方は、ヴェローナの高校に通い、中学時代とは打って変わって真面目に、毎日登校しきちんと授業を受けていた。
だが、その登下校は、ファミリーのボディガードが毎日アルファロメオで送迎するという、いかにもマフィアの息子らしい物々しいものだった。
当然、友人など出来るはずもない。
そして、フィレンツェのサンジーノの方も
もう会う事はできない。
これ以上、友情を深める事は許されない。
初めてできた大切な友。
まるで、もう1人の自分の様な存在だった。
片翼をもがれた鳥は、もう羽ばたく事は出来ない。
足を痛めながら、地をノロノロと行くしかない。
ぽっかりと、心に空いた穴。
寂しい
逢いたい
お前の笑顔が見たい
お前と話をしたい
輝くばかりだった笑顔は陰り、穏やかな笑みを浮かべていた眉は険しく皺を刻む。
酒を覚え
煙草を覚え
だが空虚な心は、どんな喜びも感じる事は出来ない
お前の他に、友など要らない
逢いたいと
願いながら街へ出れば、必ず逢えた。
願っても、ここはヴェローナではない。
サンジーノは、石畳を歩きながら、オレンジ色の屋根の街から空を見上げた。
あまり、外には出なかった。
3日に一度、父が雇った家政婦が、洗濯と部屋の掃除と買出しをしてくれる。
自分で買い物に出る必要はなかったが、それでも時折、目的もなく街を歩く。
本屋で、綺麗な南の海の写真集を見つけた。
鮮やかな色彩に、心が少し慰められた。
遠い、どこかの街並みの写真集。
雨に濡れた石畳が美しかった。
雪を被った山の、ネオンきらめく大都会の、広大な草原の
お前と、歩けたら
遠くで、教会の鐘が鳴っている。
もうすぐ陽が暮れる。
帰ろう
そして眠って
また目覚めて
無為な日を送る…
リーン ゴーン リーン ゴーン
もうすぐ、鐘の音が止む。
ふと、俯いた顔を上げた。
「………。」
「………。」
何故？
そう思ったのは一瞬だった。
夕陽に照らされたその髪は、いつもの鮮やかな緑ではなく、オレンジ色に染まっていた。
涙が、一気に溢れて止まらなかった。
走り出したのは無意識。
名を呼び、呼んで、互いに固く抱きしめ合った。
「ゾロシア―――！！」
「…サンジーノ！！」
何故？
何故？
それしか言えなかった。
「…お前が…フィレンツェに行ったと噂で聞いた…本当かどうかわからねェが…いてもたっても居られなかった！」
「…それだけ…？そんな噂だけで…ここまで来たのか…？」
「…ああ…！だが、大当たりだったな！！」
オレンジ色の、満面の笑顔。
決して狭くは無い街。
出会える可能性など、万にひとつもないものを…。
「…おれ達は…必ず逢えるようになってんだ…。」
そう言って、自分の頬を包むゾロシアの手を握り、サンジーノはうなずくしかない。
ああ
こいつが好きだ
おれは
こいつを
ゾロシアを愛してる…。
サンジーノは、その時初めてゾロシアへの愛に気づいた。
その日の昼前に、Dr,くれはの診療所で、ロビンの手術は終わった。
出血はひどかったが、命は助かるとくれはは言った。
ただ、動けるようになるには、長くかかるだろうとも…。
サンジも、肩を貫通する傷を受けた。ただ神経を傷つけていないおかげで、治るまでに時間はかかるが、後遺症の心配はないという。
ガープ、エース、ウソップは、比較的傷は浅かった。
ロビンの他に重傷なのは、何と言ってもゾロシアとルフィ。
「……あ、ゾロ…サンジくん…。」
モンキー家のシャトー。
ゾロとサンジは、ロビンの様子を確かめてから、シャトーに戻されたルフィの様子を見に戻ってきた。
ルフィの部屋から、着替えを持ってナミが出てきた所を出くわした。
サンジが尋ねる。
「……ルフィは？」
「…まだ麻酔が切れないみたい…さっき、一度目は開けたけど…�狢臂翩廚�？�瓩辰動豸席垢い董牒爐Δ鶚瓩辰童世辰燭蕁弔泙真欧舛磴辰拭帖�」
「…そうか…。」
「…ロビンは？」
「…おふくろもまだ麻酔で眠ってる…。親父がいるから…大丈夫だ。」
ゾロが答えた。
ロビンは病院にいる。
泣き腫らせた眼をしたフランキーは、ずっと手を握ったまま離れない。
ゾロの姿を見て、飛び付くように抱き締めわんわん泣いた。
だが、一緒に運ばれてきたゾロシアを見て、すぐに我に返り。
「…ありがとう…すまねェ…！！」
ゾロシアへ、『息子』を無傷で戻してくれた礼を、何度も繰り返していた。
そのゾロシアは、自身の手術の後、無理を押して2人と共にシャトーに戻ってきた。
万が一を考え、ロビンと同じ場所にいる事を避けたようだ。
「…ゾロシア…大丈夫なの…？」
「…うん…大丈夫…自分の足で歩いてるよ…。」
「…すごいわね…でも…よかった…。」
「……お前は…？」
ゾロの言葉に、ナミは笑い
「あたしは平気！ケガした訳じゃないもの…！！」
「ごめんね…ナミさん…。」
「何でサンジくんが謝るの？悪いのはあいつでしょ？サンジーンでしょ？」
言いながら
「………。」
自分の二の腕を、ナミは強く握っている。
その手が、わずかに震えていた。
「………。」
ゾロの手が、ナミを引き寄せた。
懐に抱え、背中に力をこめて抱きしめる。
「！！」
「……泣いとけ。」
「………ふ……ぅ…うぅ……。」
家を焼かれ、大事なものを奪われ、恐怖に震え、血まみれのルフィを目にして…。
「……うわあああああああああああああああ…っ…！！」
「………。」
「…怖かった…怖かったァァ…！！ああああ！！ルフィが…ルフィが…！！」
「大丈夫だ…あいつは死なねェ…。」
「…うん…！…うん！…！」
ゾロに縋って泣くナミを、サンジは、労わりの眼差しでじっと見つめた。
悲しい目。
「……ごめん…サンジくん…ごめ……。」
「…謝らないで…ナミさん…。」
「…うん…うん…。」
ゾロから離れたナミを、サンジもまた抱き締める。
この細い肩の娘に、何という恐怖を味あわせてしまったか、肩と一緒に心も痛む。
「…よう…戻ったか、お二人さん。」
エースだ。
白い三角巾で腕を吊っている。
「エース…！」
「エース、怪我は！？」
「大丈夫だ。」
そばかすの頬を緩ませて、にっこり笑う。
太陽の様な笑顔に、3人ともホッと息をついて笑みを浮かべた。
「ロビンは？行って来たんだろ？」
「…ああ…酷いが…助かる。」
「よかった…それだけ心配だった。」
ポン、とゾロの腕を叩き
「…ゾロ、今、ゾロシアがジジィんとこで何か話してる。」
「………。」
「父さんが…？」
「……立ち聞きはしたくなかったが…お前さんを連れてここを離れるって話をしてたな。」
「……！！」
「………。」
ナミが、不安げにゾロを見上げる。
「何があったの…？」
「…何もねェ。」
「………。」
と、ベルメールとノジコが、手に毛布や衣類を抱えて、廊下の角から姿を見せた。
「…ゾロ！！」
2人とも、ゾロとサンジの姿を見ると小走りに駆けより
「大丈夫！？あんた、ケガは！？」
「…大丈夫だ…どこも何ともねェ。」
「よかった…！！」
「…あんたまで…どうにかなったらって心配してたのよ…！」
「…すまねェ…。」
ベルメールは、笑いながらうんうんとうなずいた。
昔から、この女性の強い心に、フランキーもロビンも随分と救われてきた。
「ゲンさんは？」
「みんなで、焼跡の片づけしてるわ。もう夕方だから…戻ってくると思うけど。」
「そうか…すまねェ…。」
「謝らないの。」
少し怒ったような口ぶりで、ベルメールは言う。
「悪いのはあんたじゃない。あのトチ狂った男よ。」
「………。」
小さく、ゾロがうなずくと、ベルメールは自分よりずっと大きなゾロの頭を、手を伸ばしてくしゃくしゃと撫でまわした。
不意に、ノジコが思い出したように
「…そうだ、ゾロ。…ガープの旦那が、戻ったら部屋へ来いって言ってたのよ。」
「……わかった。…ナミ、ルフィを頼む。」
「うん。」
「サンジ、行くぞ。」
「あ、ああ…。」
一瞬、サンジはゾロの呼びかけに身を震わせた。
朝のあのやり取り以来、ゾロは、サンジに一言も言葉をかけていなかった。
怒っている。
深く、ゾロは怒っている。
見た目は普段と変わらないが、ゾロは、サンジのあの時の行動に、深く深く憤っている。
今も、その怒りは続いている。
「待って。ゾロ…ガープさんは…あんた一人で来いって言ってるわ。」
「……何故……？」
サンジの問いに、ベルメールは首を振った。
「わかった。」
短く答え、ゾロはひとりで、ガープの居間へ上がって行った。
「………。」
その姿を見送った後
「…サンジ、手持無沙汰なら…おれと少し話さねェか？」
エースが言った。
「…え…。」
「…少し話そう。」
「………。」
シャトーに戻ってから、出会う人のサンジを見る目に、わずかな恐れがある事に気づいた。
無理もない。
今までが平和すぎた。
やはり自分は、この穏やかで平和な場所に、身を置く事は許されないと思い知らされた。
それでも、ベルメールの様に、身を案じ、無事を喜び、出ていけなどとは決して言わない。
しかしそれは、当主のガープが、自分達を庇ってくれているおかげの様な気がしてならない。
気がつけば、もう陽は西に傾き始めている。
また、夜が訪れる。
悪魔が跳梁する闇が、またやって来る。
本当に、モンキー家のシャトーは広い。
エースは、南側の、昔の城主が星を観測する為に作ったという塔の上に、サンジと共に上がった。
サンジは、初めて入る場所だ。
「…すげェ…。」
「スゲェだろ？…あの稜線を越えれば…地中海だ。」
サンジはうなずいた。
地元の警察が、サンジーンを捜索して森の中を行きかう灯りが見え隠れする。
「時々、ナミちゃんがここに上がって星を観測してるぜ。」
「へェ…。」
「来月は流星群がある。そん時も、ここで、みんなで星を見ようって話しだ。」
「…そうか…楽しそうだな…。」
「何言ってる、お前さんも一緒だろ。」
「………。」
サンジは、拳を握り、顔を伏せ
「…ごめん…。」
「………。」
「…謝って…済むとは思ってねェ…けど…。」
「…ああ…謝って済む事じゃねェ。」
「………。」
「…謝る事じゃねェんだよ。」
「……！！」
「…怖いさ…誰だって…あんな狂ったヤツと戦うのは怖い。」
「………。」
「でもな。…いいか？おれ達は、フランキーの一家を…お前を、『家族』と認めた。」
「………。」
「だから、こうしてるんだ。」
「………。」
「ナミちゃんの家だって、すぐにみんなで建て直すさ。思い出はたくさん失ったが、また作ればいい。
葡萄だって、植えればいつか必ず、たくさんの実を結ぶ大木になる。物は無くなっても、記憶は消えねェ。生きてる限りな。」
「………。」
「大事なのは、ここからだ。」
それでも
と、サンジは目を逸らす。
「なァ、サンジ。ひとつ、おれの告白を聞いてくれ。」
「……え？」
「……おれァな…この家の子どもじゃねェ。」
「…え…？」
いきなりの、エースの告白。
「ルフィとおれは、兄弟でも何でもねェ。赤の他人だ。」
「…嘘だ…。」
「ルフィもそれを知ってる。嘘じゃねェよ。ドメンヌの連中みんな知ってらァ。
知らねェのは、ゾロとお前さん位だ。フランキーもロビンも知ってる。」
「………。」
エースは笑い
「ロジャーってのがおれの親父。おふくろの名前はルージュ。それしか知らねェけどな。」
「………。」
「このロジャーっておれの親父がトンでもねぇ極道でなァ…どういう経緯かしらねェが…
おれを身籠ったおふくろを、ジジィに預けて消えちまった。生きて帰って来なかった。」
「……そんな……。」
「ところが不思議なのは、おふくろも、ジジィも、このドメンヌの連中も、誰もロジャーを…親父を恨まなかった。悪く言う奴もいなかった。」
「………。」
「それどころか、この家の子にしてくれて、ルフィの兄ちゃんにしてくれて、みんな可愛がって育ててくれた。感謝してる。」
「…お母さんは…？」
「死んだ。おれが2歳の時だそうだ。けど、ベルメールやパンギーナがいたからな。
母ちゃんは他にもたくさんいた。ロビンもそうだ。」
「………。」
「�爐海貝瓩蓮△修Δい�所だ。」
「………。」
「甘えていいんだよ。サンジ。」
それでも、サンジはわずかに首を振る。
その頬を、エースはがっちりと握り込んだ。
「！！」
「『うん』と言え、サンジ。」
「…エース…おれは…！」
「…ゾロが好きなら…言うんだ。」
「………。」
「……言わねェと、このままキスするぞ。」
「！！」
「あっはっはっは！！」
あっさりと、サンジを放してエースは笑う。
「いいか？お前達の後ろには、いつだっておれ達がいる。」
「………。」
「それだけは…絶対忘れてくれるな。」
「…エース…。」
「…家族の誰かが死んだら…みんな悲しい…だから…生きろよ。」
言い残し、エースはひとり、塔を降りていった。
「………。」
でも
それでも
「……決心は変わらない様じゃ。」
ガープの言葉に、ゾロは小さくうなずいた。
ゾロシアは、ガープの部屋のソファに横になり、目を閉ざしている。
顔が蒼い。
シャツの下の包帯が、まだ血で滲んでいる。
「…守らせてはもらえんのか、ゾロ。」
ガープは、穏やかな声で尋ねた。
「…守ってくれ。だが、それはおれじゃねェ。親父とお袋と……。」
その後の言葉は、口中で消えた。
と
ゾロシアの目がわずかに開いた。
「…ゾロ…。」
「………。」
「…これだけ答えろ…。」
「…なんだよ…。」
「…てめェ…生き残る気はあるか…。」
「当たり前ェだ。」
「………。」
「…死ぬ気で、生き残る。」
ふっと、ゾロシアの唇が緩んだ。
初めて、ゾロシアが笑うのを見た。
ゾロシアが、ポケットを探る。
携帯電話を取り出し、キーを押した。
「……おれだ。」
その一言に
『ドン―――！！？ドンですか！？今、今、どちらに！？』
ギンの声が、携帯の向こうから大音量で響き渡った。
ゾロシアが思いっきり眉をしかめ、ちっと舌打ちして電話を耳から放したのを見て、思わずゾロも頬が緩んだ。
笑える自分が、少し嬉しかった。
「…迎えに来い。」
『はい！！今すぐに！！で、どちらですか！？まだ、コルシカですか！？』
「コルシカだ。…ガープのシャトーにいる。てめェ、場所はわかってるだろ…すぐに来い。」
『わかりやした！！今すぐに！！』
電話を切り
「……国境を越えるからな…すぐと言っても明日の朝だ。」
「…わかった。」
「………。」
それだけを言い、ゾロシアは目を閉じた。
「おいおい！ここで寝る気か！？」
ガープが言うより先に
「…くーっ…。」
がっくり
「まぁ、ええわい…。」
「旦那。」
「……ああ。」
「…親父とお袋を…お願いします。」
「…わかった。」
「……ゾロ。」
「はい。」
「…抱き締めさせてくれんか…。」
言って
ガープはゾロを抱きしめた。
「………。」
黙って、ゾロはガープの胸に額を当てていたが
「うおおおっ！？」
いきなり、抱えあげられた。
まるで
「だ、ダンナ！？」
「おお…さすがに重くなったの〜〜〜〜〜！」
「ちょ…！旦那！！…やめろって！ガキじゃねェんだし！！」
「ガキじゃ！！」
「！！」
ガープの目に、涙がある。
「ガキじゃ！！」
「………。」
「いくつになろうが！！ガキはガキなんじゃ！！このクソガキが！！」
「………。」
「…戻らねば…許さん…！！」
ゾロは、明るい顔で笑い
「はい。」
と答えた。
「……あだだだ！！痛だだだ！！」
足の痛みを思い出した。
そのまま、ゾロの体が落下する。
「痛ェ！！」
「おおおおお！すまんすまん！！がっはっはっは！！」
それでも、ゾロシアは目を覚まさない。
「…がーっ…。」
山狩りの灯りが見える。
おそらく、サンジーンはゾロの動向が伺える場所に、今も潜んでいるだろう。
こちらは大勢が倒れたが、サンジーン自身は全くの無傷だ。
あれだけ強いと思っていたゾロシアが、殆ど手も足も出ない強い敵。
シャトーの中の教会聖堂。
その裏手の庭で、ゾロは和道一文字を振るっている。
あれから、ゾロシアは和道一文字をゾロに返した。
「いいのか？」と尋ねたが、ゾロシアは何も答えなかった。
その代わり、「いい刀だ。おれが使ってやる。」と、秋水を持って行ってしまった。
「何を勝手な！！わしのじゃあ！！」
とガープは怒ったが、当たり前の顔をして、ゾロシアは秋水を自分の腰に差してしまった。
やはり、和道一文字が一番手に馴染む。
ずっと、ブルックが預かっていたゾロシアの愛刀。
ヴェローナでの事件の時、ブルックが柄に発信器を埋め込んだ、あの刀だ。
「和道一文字は…ゾロシアが…懺悔の品として託して行かれました。」
ブルック。
「先程…ロビンさんの所へ行ってきました…まだ…お目覚めにはなっておられませんでしたが…。」
「…ああ…。」
ゆっくりと歩み寄るブルックに、ゾロは尋ねる。
「…懺悔…？…あいつが…？」
「ハイ。」
星を見上げ、ブルックは語る。
「……サンジーノ様が…ボスになった直後…一度…私の教会で懺悔をされたのです…。」
「………。」
「その折…たまたま…本当にたまたま…ゾロシアが…訪れていました…。」
「………。」
「…サンジーノ様は…断ち切れぬ想いに恐れ戦(おのの)いていました…逢いたいと…思う気持ちを抑えられないと…許されぬ事なのに…耐えられないと…。」
「………。」
「当時のワタクシは…もちろんその弱い心に、絶望もしましたけれどね…。」
「………。」
「……ですから…ワタクシはその懺悔を晒したのです…ゾロシアに……。」
「………。」
懺悔室の、聖書に手を添える為の小窓から、いきなり伸ばされた手にサンジーノは戦慄した。
覚えのある、固く強い、熱い手。
『…ゾロシア！？』
『……もう一度言え…サンジーノ！今の言葉をもう一度だ！！』
『……放せ！ゾロシア！！…ブルック…どうして！？ブルック！そこにいるならゾロシアを止めろ！！』
『…放すか！！もう一度、今の言葉を言え！！』
『言わねェ…！！言えねェ！！』
『言え！！』
『……！！』
握る手に、更に篭る力。
爪を立てても、ゾロシアは固く握ったサンジーノの手を放さない。
『もう一度…！今の言葉は神の野郎に聞かせる言葉じゃねェ！！おれだけに聞かせる言葉だ！！』
『…放せ…！放してくれ…！！ゾロシア！！』
『言え！！』
『………っ！！』
ずるずると、サンジーノの体が崩れたのがわかった。
涙を堪える声が、狭い懺悔室に響く。
『…動くなサンジーノ…手を放す。だが逃げるな。』
『………。』
手が、小さな窓の向こうに消えた。
間を置かず、閉ざされていた扉が開く。
そこに
『…サンジーノ！！』
『………っ！！』
飛び込んできた黒い影に、力の限り抱きしめられた。
抱きしめられ、頭を抱えられ、逃れる事を許さずに激しく口付けを浴びせられる。
『……ゾロシア……！！』
逢ってしまえば、触れてしまえば、溢れる激しい想いを止めることなど出来なかった。
神に、許しを請うべき場所で
『……あ…ぁあ……っ…ああ…！ゾロシア……！！』
衣服を半分身にまとったまま、時を惜しみ、全てを忘れ、捨て去って愛し合った。
『…サンジーノ…サンジーノ…！！』
『…許してくれ…許して……どうか…。』
『許しなど請うな…！神なんかどこにもいねェ！！』
『……っ！！…あ…ぁ…あ…！』
苦しくなると、この教会を訪れた。
幸福な時を懐かしむわけではない。
あの秘密の部屋から見えるヴェローナの街を、見たくなるのだ。
そこへ、サンジーノがやってきた。
愛しい笑顔を曇らせて…。
『…懺悔がしたい…。』
『懺悔？あなたが神に…？』
『…神に…ああ…何でもいいんだ…。神でも…お前でも…。』
教会の片隅、懺悔室は人がひとり入るだけの小さな部屋だ。
火もないその部屋の固い椅子に腰かけ、小さな小窓から差し出された聖書に手を置き、サンジーノは語った。
苦しい日々を。
兄を死に追いやった、自分の無力さを。
捨てきれぬゾロシアへの想いを。
『………心の奥で…声に出さずに呟く…それだけで耐えようと思った…でもダメだ…声に出したい…声にして…告げたい…。』
『…逢いたい…逢ってあいつに触れたい…逢いたい…逢いたい…。』
『……この言葉が罪になるのはわかってる…でも…告げたい…。』
『…………ゾロシア………。』
『………………今でもお前を愛してる………。』
その言葉に、耐えられるはずがなかった。
ブルックを押しのけ、サンジーノの手を掴んだ。
畏れに震えるサンジーノの手は、酷く冷たかった。
だが
『……どう…して……。』
身を繋いだまま、荒く細い息でサンジーノが問う。
その頬に口づけて、ゾロシアは黙ってサンジーノを抱きしめた。
『…誓っただろう…もう…おれとお前は…敵にも等しい関係になるんだと…。』
『……ああ、誓った…だが…心で誓った訳じゃねェ……。』
抱きしめた体が震えている。
熱い息を漏らし、受け入れて声を挙げ、身を捩らせても…
『……どうしておれは…罪を重ねてしまうんだ……。』
『何が罪だ…。』
『………。』
『何が罪だって言うんだ！』
『………。』
『今でも愛してる…おれも…。』
『……ゾロ…シア……。』
帰り際、ゾロシアは、その時携えてきていた和道一文字を、サンジーノの前でブルックに託した。
『…これはおれの魂だ。』
『………。』
『…ここに残していく。』
サンジーノは、微笑んでうなずいた。
「……サンジーノ様は…教会を訪れると…その刀を愛しげに抱いて…
秘密の部屋からヴェローナの街を見つめておいででした…。」
「………。」
「…そうして…その刀にキスをされて…お帰りになられたのです…。」
「………。」
「次にゾロシアが訪れた時……ゾロシアがその刀にキスをする…お二人はそうやって…愛を交わしていました。」
「…そうか…。」
ゾロは、和道一文字を空にかざした。
「…そんな刀を…ワタシは申し訳ない事に使いました…。」
「もう言うな…。」
「……あの時…何故ワタシを止めたのです？」
「あの時？」
「とぼけないでください…ワタシが、サンジーンに…サンジーノ様殺しを告白しようとした時です。」
「……必要ねェからだ。」
「…そんな…。」
「……もう、どうだっていい事だ。」
「よくありません…だって…サンジーノ様を手にかけたのはワタクシですのに…。」
「………。」
「……ゾロさん……。」
「……もう、いい。少なくとも…おれにはな…。」
「………ゾロさん。」
「………。」
「明日、ワタクシも一緒に参ります。」
「………。」
「来るなと言っても参ります。」
「………。」
「ワタクシにも、ケリをつけさせてください。」
ゾロが、口を開こうとした時
「おれも一緒に行くぜ。」
サンジ
「………。」
「一緒に行く。」
強い瞳。
ブルックが、「ヨホホ」と笑い
「…お2人で、とことんお話しください！では！おやすみなさい！！」
「………。」
「ああ、おやすみ。」
サンジが、笑いながら言った。
半身を晒して素振りをしていたゾロへ、サンジは自分の羽織っていたジャケットを脱いで渡そうとしたが
「いらねェ。」
「…風邪引くぞ。」
「風邪なんか引くか。」
「………。」
胸に走る、あの時の傷。
サンジは、わずかに顔を伏せながら
「……すまねェ。」
「………。」
「…馬鹿な事を言った…。」
チラ、とゾロがサンジを見た。
「……謝るのはおれかもしれねェな…。」
ゾロの言葉に、サンジは「え？」と顔を上げた。
「…お前の…辛い部分に気づけなくてよ…。」
サンジは笑って、首を振った。
「……悔しかった……。」
サンジが呟くように言う。
「……お前の顔を見た時…本当に悔しかった……。」
「………。」
「…ずっと…親父はおれだけのもんだと思ってたから…。」
「アホ。」
「あはは…そうだよな…そうなんだよな…。」
「…そりゃあ…頭に来るだろ…お前はマフィアの倅で…いろいろしんどい思いしながら生きてきたのに、
おれはコルシカで、フランキーとロビンに守られてぬくぬく育ってたんだ。」
「………。」
「図星だろうが。」
サンジは、観念したようにうなずいた。
「…�爛哨蹲瓩辰道匐，梁減澆鮹里辰浸�…どんな奴だろうって…思ったよ…。」
「………。」
「…羨ましかった…家族がいて友達がいて…みんなに愛されて…なんて幸せな奴なんだろうって…。」
「………。」
「…親父は…おれを大事にしてくれたよ…けど…抱いてもらった記憶もねェし…優しい言葉をかけてもらった記憶もねェ
…それはおれが…あまりにサンジーノに似ているから…辛いのかな…って…そう思って諦めていた…。」
「…羨ましかった…か…。」
ゾロが言った。
「……自分の家族が仮物だと…おれもガキの頃から知ってたよ。」
「……うん……。」
「けどな…まァ、フランキーはああいう性格だからな…怒鳴られたし殴られたし…ケンカもした…。」
「…羨ましいな…おれは…。」
「でも、殴られたろ。」
「………うん。」
「…てめェは…ゾロシアにとって、一番言っちゃいけねェ事を言ったんだ。」
「………うん。」
「おれにとっても。」
「………うん。」
ゾロは、サンジの体を抱きしめた。
「……てめェがいなくなっていい訳あるか……。」
「……うん……。」
ゾロの背中を抱き返した。
「……サンジ。」
「…ん…？」
「…てめェは…実の親父が生きてるおれを、羨ましいと思ってるんだろうが…。」
「………。」
「……おれも…サンジーノがなんで生きていてくれなかったんだと…全てを知ってからずっと思ってた。」
「……え……。」
「…サンジーノが生きていたら…おれは…お前ともっと早く出逢えたんだ…。」
「でも…サンジーノが生きていたら……。」
「敵同士だろうがなんだろうが…おれは…てめェに逢ったら絶対にてめェに惚れた。」
「………。」
「……サンジーノが生きていたら…おれにどんなゾロシアを語ってくれただろう…
お前に、何を言ってやったんだろう……どんな風に、おれ達と一緒に並んでいたんだろう…
…あの野郎…ひとりで自己完結して…勝手に死にやがって……。」
「………。」
サンジの背中のゾロの手に、力が篭る。
「……なんで…ブルックに歩み寄った瞬間……おれを思い出してくれなかったんだ！！サンジーノ！！」
「！！」
「…おれが…バラティエに残されたらどうなるか…！！あの野郎！！父親のクセに思い出しもしなかったんだ！！」
「…ゾロ…。」
「死ぬ瞬間まで…サンジーノの野郎にはゾロシアしかなかった！！」
「ゾロ――！！」
『 ゾロ――― 』
と、言い残したのが、サンジーノの最期の言葉だった。
義理の息子の名を呼んだのか。
それともゾロシアを呼んだのか。
今となってはわからない。
だが、あの瞬間、サンジーノの心の片隅にゾロの存在があったなら
その事だけは、今でもゾロシアは許せない。
自分の存在が全ての罪と、サンジーノは全てを背負って逝った。
わずかでも、自分の死が２人の息子の未来にどんな影響を及ぼすか、想像できないほど愚かではなかったはずだ。
疲れていたのだ。
全てに
愛しているよ、ゾロシア…
他には何も欲しくない。
お前だけが欲しい。
お前に抱かれて、お前にだけ微笑んで
全てを背負うといいながら、全ての原因が自分にあるといい、罪深いのは自分と言いながら
「…一番…自分を押し通して…ゾロシアやおれ達に苦しみを与えたのはサンジーノじゃねェか！！」
「―――！！」
ゾロが泣いている。
頬に、光るものが落ちている。
苦しかったのは
闇に心を捕われたのは、自分だけではなかった。
「…ごめん…ゾロ…。」
「…もう…いい…。」
唇を重ね、そのまま芝生の上に倒れ込んだ。
「……ゾロ…抱いて…抱いてくれ……。」
「……肩…大丈夫か……。」
「…いい…痛くても…今…抱いて欲しい…。」
「…ああ…。」
首筋に顔を埋めて、ゾロも熱い息で言う。
「…おれも…今、抱きてェ…。」
「…ゾロ…好きだ…。」
「……今さら言うな……。」
「……ゾロシア……。」
ゾロシアが眠っているガープの居間で、ブルックはその傍らに腰をおろし、紅茶のカップを揺らしながら、独り言の様に言う。
「……あなたが…ワタクシを斬らなかったのは…そういう理由でしたか……。」
答えは無い。
ゾロシアは、本当に深く眠っている。
ブルックはカップを口元に運び、指で鼻の根元を抑えた。
目の奥が熱い。
「……サンジーノ様は……。」
ブルック
すまない
そう言って、サンジーノは崩れ落ちた。
その唇に、わずかな笑みがあった。
半ば狂っていたブルックの心に、あの時はその微笑の意味はわからなかった。
「…サンジーノ様…。」
サンジーノは
自ら殺されに行ったのだ。
その手伝いをさせられたようなブルックを、ゾロシアが斬れる訳はなかった。
その事に、ゾロも気づいた。
だから、あの時の告白を止めたのだ。
『 ブルック…すまない…。 』
『…………ゾ…ロ……。』
ゾロ
サンジ
ごめんよ…
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（2011/12/23）
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