「…いい舞台をしつらえたものだ。演出家になれるぜ、ゾロシア。」
城門から続く、メインホール。
城内に続く入り口の前庭に対峙する男達。
サンジーン
それを阻むように立ちはだかる4人。
ゾロシアを中心に、ゾロと、サンジと、ブルック。
「………。」
「…お招きに預かり光栄の至り…と、いっても、元はおれの家だ…。遠慮なく寛がせてもらうぜ。」
いつもの、粋な上質の白いスーツ。
武器は何も携えていない。
だが、体中のあちらこちらに、武器を仕込んでいるはずだ。
武器だけではない。
サンジーンは、あらゆる武術を身につけている。
「…マードレ・ロビータとパードレ・フランコにお別れは言ってきたのかい?ゾロ・ニーノ?」
「…ああ…すぐに帰ると言ってきたぜ。」
「…いい子だ…。」
宣言通り
サンジーンは他の誰も見ていない。
ゾロシアに言葉を告げていた時ですら、目はゾロだけを見ていた。
あれほど執着したサンジさえ、もう目に入っていない。
その濁った視線を真正面から受け止め、ゾロは和道一文字を抜いた。
その様子に目を細め、サンジーンは咥え煙草を揺らし
「……おいで、バンビーノ(坊や)。」
瞬間
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
ゾロが跳ねた。
「……サンジーノに何をした!?」
「…てめェに答える義理はねェ…。」
「!!」
瞬間、ゾロシアの体が跳ねた。
どこから現れたのか、サンジーンの手に刃渡り30センチ以上の軍用ナイフ。
その刃で、ゾロシアの刃を受け止める。
白鞘の大刀。
和道一文字と呼ばれる日本刀だ。
幼い頃に日本の剣道を知り、学ぶことを望み、そんなゾロシアの身分素性を知りながら、快く弟子にしてくれた師がいた。
その師のおかげで、ゾロシアの剣の腕は生半可なものではない。
もう教える事はないと、師がこの刀を、自身の愛刀だったものを、惜しげもなく餞別にくれた。
「……へェ…やるな……。」
「…強さを望んだのは…てめェだけじゃねェ!!」
「………。」
「…サンジーノに何をした!?」
「……わからねェなァ……。」
「あァ!?」
「…ジーノはおれの弟だ…バラティエの人間だ。他人のてめェがジーノの兄のおれに、ロロノアのてめェに、何を言われる筋合いがある?
ジーノがどうなろうが関係ねェだろ?なぁにをそんなに…熱くなりやがる?」
「…!!てめ…!!」
ブルックが、銃を捨て剣を抜き放つ。
「ゾロシアさん!!離れてください!!これはバラティエの不始末!!どうかお下がりに!!」
「うるせェ!!手ェ出すな!!」
その時
「下がれ!ゾロシア!!」
嵐の様な一喝。
思わず、サンジーンも足が止まった。
「…ドン…ミホーク…。」
サンジーンの口から、ゾロシアの父の名が漏れた。
2階のテラスの上、ぐるりと周りを取り囲む男たちの手全てに銃。
その中央に、ミホークがいた。
「…下がれ、ゾロシア。」
「…親父!!これは…!!」
「…その男は先ほど言った。ロロノアをつぶすと。」
「!!」
ブルックが歯噛みする。
「ならば、敵。排除すべきであろう。」
「…親父!!」
サンジーンが小さく笑った。
「…なるほど、正論だ。お父上の言う事は正しいぜ、ゾロシア。」
「あァ!?」
「ならば!!2大ファミリーの戦争と行こうじゃないか!!ドン・ミホーク!!お見知りおきを!!
今日よりおれが!!バラティエ・ファミリーのファーザー!ドン・サンジーン!!よろしくお頼み申し上げる!!そして……。」
「!!」
その動きは速かった。
ほんの一瞬の隙だった。
「う…!!」
「……Arrivedercite(さようなら)……だ。」
深々と
背中を貫いたナイフ。
「ゾロシア―――!!」
「サンジ――――ン!!」
ミホークとブルックが同時に叫んだ。
「撃てェェェ!!」
誰か叫んだ。
だが
「待て――――!!」
ゾロシアだ。
「…待て…待って…くれ…!!」
ブルックが叫ぶ。
「いけません!ゾロシアさん!!もう…もういいのです!!ドン・ミホーク!!私ごと!この悪魔をお撃ちください――!!」
「…そんなことになったら…サンジーノは…おれを許さねェ!!」
「………。」
「ゾロシア――!!よいのです!!もう…よいのです!!終わりにしましょう!!終わらせなければ!!」
「撃つな――!!親父!!」
ミホークの険しい目が見開かれる。
ナイフは、息子の背中に突き刺さったままだ。
「…安心しろゾロシア…父君もすぐに送ってやる…寂しくねェよ?ニーノ?」
「……っ!!」
その時
「やめてくれ!!ジーン!!…ゾロシアを殺さないでくれ!!」
その声に、誰もが振り返った。
重いドアで必死に体を支え、蒼い顔で目を見開いているのは
「…サンジーノ!!」
ゾロシアが叫んだ。
「…ゾロシア…ああ…!!」
ゾロシアの様に、サンジーノは絶望して絶句した。
だが、ゾロシアの顔には堪え切れない喜びがある。
「…サンジーノ…逢えた…やっと…よかった…無事か…。」
「ゾロシア――!!」
ふらつく足で、2人は互いに必死に駆けより、そして
「……サンジーノ……!」
「…ごめん…ごめん…ああ…ゾロシア…こんな…!」
固く抱きしめ、ようやく逢えた喜びに涙した。
「サンジーノ様…!どうして…!!」
「………。」
と
「…ミホーク…。」
サンジーノの後から現れたのは
「…ゼフーノ…生きていたか…!そのなりは!?」
「………。」
上の息子を見、ゼフーノは沈黙した。
「なるほど…そういうことか…。」
ゼフーノの後ろには大勢のバラティエの幹部とソルジャー。
前にロロノア、後ろにバラティエ。
「……ゲームセットか……。」
つまらなそうに、サンジーンがつぶやいた。
ゼフーノは、深く頭を垂れ
「…すまない…ミホーク…。」
「かまわぬ。」
ゼフーノは、しっかりとした礼装に身を包んでいる。
足を失った体を部下に支えさせ、止まらぬ血に床を濡らしながら、息子に歩み寄った。
「……服従の掟に逆らった…その報いを与える……。」
「………。」
懐から、銃を出す。
「………。」
「…最後の情けか?…は…涙が出るねェ。」
額に、父から銃口を突き付けられてもなお、サンジーンは唇から笑みを消さない。
ブルックが、ゼフーノの足元に転がるように駆けより、膝をついた。
「ドン・ゼフーノ…!わたくしが!」
「いらねェ…!!」
「……いけません!!全ての責任はわたくしが!」
「……おれは親だ!!」
突然、サンジーンが顎を反らして笑った。
「あっはっはっはっは!!親!?父親!?」
「………!!」
瞬間、サンジーンの顔が豹変した。
「母親を見殺しにした男が父親なものか――――!!」
「!!」
「母さんが守ってくれなかったら……おれとジーノも死んでいた――――!!」
「…サンジーン…。」
「どこが父親だ―――!!?」
ゾロシアに、固く抱かれていたはずのサンジーノが、刹那その懐から飛び出した。
飛び出し、父と兄の間に手を広げて立ちはだかる。
「ジーン!!」
「…どけ、ジーノ…。」
「…だめだ…いけない…それだけは駄目だ…!!」
「どけ!!どかないならお前ごとこいつを殺す!!」
「!!」
一体どこに武器を隠している。
サンジーンの手に、小型の銃。
だが、至近距離ならサンジーノの体を貫いて、ゼフーノさえも撃てる口径のもの。
バラティエの者達が一斉に声をあげた。
だが中には銃口の狙いを定めるものもいる。ロロノアの者も。
しかしゾロシアが近すぎる。
ミホークが叫ぶ。
「サンジーンだけを狙え!!」
「殺さないでくれ―――!!」
叫んだ声は
「…ジーノ…!」
「サンジーノ様!!」
「…サン…ジーノ…!」
ゼフーノも、ブルックも、そしてゾロシアも
兄を抱きしめ、頬を涙に濡らすサンジーノを呆然と見つめた。
「…殺さないで…!!」
「………。」
「…ジーン…もうこれ以上…誰も殺さないでくれ…!!お願いだから!!」
「…可愛いジーノ…。」
「………。」
「…お前の頼みでも…こればかりは聞けない…。」
「…ジーン…兄さん…!!」
「……こいつらみんな…いなくならなきゃ……。」
誰かが、息を飲む音がした。
静寂の中で、サンジーンは自分に突きつけられている刃を見た。
ゾロシア
血まみれになり、胸を押さえながらも、しっかりと立ち上がり刀をサンジーンの喉元に突きつけている。
「……サンジーノ、離れろ。」
「…やめてくれ…ゾロシア…。」
「…こいつは…救えねェ…。」
サンジーノは激しく首を振った。
「…おれがいる…おれが救う…!!なァ、兄さん…!!おれがいるから…おれがずっといるから…だから…!!」
「言うな!サンジーノ!!」
ゾロシアが怒鳴る。
「!!」
「…てめェの人生はてめェのもんだ!!」
「……っ!!」
ふと、サンジーノは窓から見える月を見た。
覚えている。
よく母が、おれ達の髪を撫でながら
2人はお月さまみたい。
そういって笑っていた。
いつまでも仲良く
兄弟、助け合っていくのよ
でも
母さん
お月さまは
お空にひとつしかないよ…
「ジーノ。」
「………。」
「可愛いジーノ…おれには…他に欲しいものなんかないんだ…お前の他には…。」
ついさっき、父もろとも殺すと言った相手に…。
「…だから…こいつら全員…特にそこの頭の悪いバンビーノ…。」
「………。」
「…殺しておかなきゃ…また、お前を奪おうとするからね…。」
「…ジーン…。」
「…ゾロシアァ…よく立ってるよなァ…てめェ化けもンか…?」
足が震えはじめる。
出血で、寒気がしてきた。
目もかすむ。
それでもゾロシアは立っていた。
刃をつきつけたまま。
背中に、ナイフを突き立てられたまま。
白いシャツが、どんどん血で赤く染まっていく。
がくがくと震える体。
流れる冷たい汗。
死んでしまう…
このままでは、ゾロシアが死んでしまう…!
「……殺さないでくれ、ジーン!何でもするから…!!兄さんが望むならおれは何でもするから!!」
兄に縋り、サンジーノは叫ぶ。
だが、悪魔の兄は
「おれがこいつを殺らなかったら、おれがこいつに殺されるんだ。可愛いジーノ、それでいいのかい?」
「………。」
呆然と兄を見つめ、だが、サンジーノは言う。
「…殺させない…どちらにも殺させない…。」
「………。」
「…どうしても誰かが消えなきゃならないのか…兄さん…。」
「ああ。そうだ。」
「……どうしても…どうしても誰かが消えなきゃならないなら…。」
「………。」
「…おれを殺して…兄さん…。」
「………。」
ゾロシアが叫ぶ。
「…馬鹿を言うな!!サンジーノ!!」
叫び は、か細い声だった。
サンジーノの顔が、かすんで見える。
「…サンジーノ…お前…!」
ゼフーノも
「サンジーノ様!!いけません!!滅ぶのはその男です!!」
ブルック。
「……それも…いいかもしれないな……。」
サンジーンの言葉に、誰もが目を見開いた。
「…おれと一緒に…滅びようか…サンジーノ…。」
「………。」
サンジーノの頬を包み、サンジーンは唇を寄せた。
「!!」
瞬間、ゾロシアの体が動いた。
動いた衝撃で、血飛沫が散る。
乾いた音が弾けた。
「―――――――兄さん!!」
ゾロシアの刀が、サンジーンの左足を貫いていた。
だが、ゾロシアもまた、腹に銃弾を受けた。
「………っ!!」
「………。」
睨み合う、琥珀の目と蒼い目。
「ゾロシアァ―――!!」
サンジーノが叫んだのはゾロシアの名だった。
瞬間
「撃て―――!!」
ミホークとゼフーノが同時に叫んだ。
凄まじい音が轟き渡る。
寸での所で、ゾロシアとサンジーノはブルックとゼフーノにそれぞれ床に叩きつけられた。
銃弾の雨が止んだと同時に、ミホークが、テラスからホールに直に飛び降りた。
そして、息子に駆け寄ると、両太腿と両腕の付け根を縛り上げ
「――――っぐああああっ!!」
背中のナイフを抜いた。
凄まじい出血。
「医者だ!!」
「はっ!!」
「ゾロシア…!!ゾロシア!!」
蒼白の顔で、目を真っ赤にさせ狂乱するサンジーノをゼフーノが押さえる。
叫喚の中、誰かが叫んだ。
「死体がない…!!いないぞ!!」
「まさか…逃げたのか!?」
「追え!!」
「探せ!!」
ゼフーノが、どっと床に倒れた。
ソルジャーが駆け寄る。
「…おれはいい…!ジーンの馬鹿を…追え…!」
「今、ブルックさんが追ってます!!」
ミホークが立ち上がり
「負傷者の手当てを急げ!!ソルジャーはサンジーンを追え!!」
ゼフーノが、続けて叫ぶ。
「…殺してくれ…!!」
「!!」
「……頼む…情けはもういらん…殺してくれ……!!」
「……父さ…ん……。」
「…黙れ…。」
「………。」
「…おれは…あれひとりの父親ではない…!!」
「……っ。」
サンジーノが崩れ落ちる。
床についた、その手を
「………ゾロシア………。」
「………。」
ゾロシアは、黙って首を振った。
だが、サンジーノも首を振る。
「………。」
また、ゾロシアは首を振る。
苦しげだが、目は死んでいない。
鋭い光で、サンジーノを見つめる。
握った手に、力が籠められる。
「……ああ……。」
その手を抱くように握り締め
「……あ…あああ…あああああああああああっ!!」
叫ぶような泣く声。
サンジーンは、足に深手を負った。
その身で、ロロノアとバラティエ双方の追っ手から、逃れることは不可能だった。
両腕を折られ、ズタズタになりながらも、ブルックはサンジーンをアディジェ河畔の岩場まで追い詰めた。
「サンジーン様…!!私もいずれ参ります!!逝って…お母様にお詫び申し上げます!!」
「…馬鹿か…おれが天国に逝けるワケねェだろ?」
「………!!」
ニヤリと笑い、大きく両手を広げ―――。
誰かが、サンジーンに向けて弾丸を一発放った。
確かにその弾はどこかに当たった。
血が舞ったのを見た。
背中から、サンジーンは夜明けのアディジェ川に落ちていった。
1週間
捜索したが、死体は上がらなかった。
しかし死亡届はすんなり受理され、サンジーンはこの世から消えた。
遺体の無い葬儀の前に、バラティエからブルックは追放された。
サンジーンの傅役として役目を果たしきれなかった事、サンジーンを追い詰めたものの、その死を確認できない状態にした事。
そして、ロロノアの屋敷に無断で乗り込み、相手を巻き込んだ事。
最後のひとつが、最も重い罪だった。
「…追放することまで、せずともよかったのではないか?」
弔いの衣装のまま、ミホークは言った。
バラティエの屋敷。
上客を迎える応接室。
「…あれには申し訳なかったが…誰かが背負わねばならん罪だ…。」
「………。」
「本当ならば…おれが…受けねばならん罰だ…。」
この数日で、ゼフーノは10も年をとったように見えた。
片足を失い、車椅子の生活を余儀なくされた。
「…あれは…生まれ持っての資質の問題であろう…気に病む事はない。…といっても…実の子だ…心中は察する。」
「……よく来てくれた…本当はこちらから詫びに赴かねばならんものを…礼を言う…。」
「気にするな。養生して早く治せ。おれとて、ケンカ相手がおらねばつまらぬ。」
後にも先にも、ゾロシアがバラティエの屋敷を訪れたのはこの時だけだった。
父と共に、教会でのサンジーンの葬儀に参列した。
そのまま、サンジーノらと一緒にここへ来たのだ。
奥屋敷のサンジーノの部屋。
あれから半月。
「よかった…元気そうで…。まさか…来てくれるなんて思わなかった…。」
「……ああ…大した傷じゃねェ。すぐ治る。」
「………。」
力強い言葉に、サンジーノは微笑んだ。
メイドが酒を置いて一礼し、出ていくのを見送り、ゾロシアはサンジーノの隣に腰を降ろした。
と、サンジーノが口を開いた。
「……ごめん……。」
「何を謝る?」
「………。」
「…お前は悪くない。」
「………。」
なおも、首を振ろうとするサンジーノの頬を包んで止めた。
「!!」
「自分を責めるな。」
「……お前は何も知らない……。」
「………。」
「何も知らないから言えるんだ…。」
「そうだな…何も知らねェ。」
「………。」
「だが、これだけはわかる。…サンジーンは、てめェにいらねェ鎖をかけ続けてたって事はな。」
「………。」
「自由になっていい。」
「……許されない……。」
「…何が許さねェ…。」
「………。」
「…自由になっていいんだ…。」
俯き、目を反らすサンジーノの顔を上向かせる。
すると
「…駄目だ…ゾロシア…。」
「何が駄目だ。」
「…おれに触れちゃいけない…。」
「なんでだ?」
抱きしめんばかりにサンジーノの手を掴むゾロシアの手を、サンジーノは必死で放そうとした。
だが
「……触るな…触るな…おれは…おれは汚れてる…おれは…汚い……。」
「何が汚ェ?どこが汚ェってんだ?」
「…駄目だ…触っちゃいけない…お前まで汚れる…!」
「汚くねェ。お前は綺麗だ。」
「汚ェよ…!おれは…汚ェんだ…!!」
「汚くねェ!!」
抱きしめ、ゾロシアが叫んだ。
「――――っ!!」
サンジーンに犯された後
痺れた脳が、ようやく思考を取り戻した時、サンジーンがどこへ行ったのか想像がついた。
ゾロシアを殺しに行った。
だめだ
だめだ
それだけは!!
屋敷内の惨状と、父の姿に悲鳴をあげた。
体は痛んだが、構っていられなかった。
ゾロシアが殺されてしまう…!
「サンジーノ。」
「………っ。」
「…自分を殺せなんて二度と言うなよ…。」
「………。」
「お前がいなくなっていい訳ねェ。」
「………。」
「…お前がいなくなったら…おれも生きていられねェ…。」
「…あ…。」
頬を包まれ、視線を重ねさせられた。
熱い瞳。
「…好きだ…サンジーノ…。」
「……ゾ…ロシ…ア……。」
「……愛してるよ……。」
逢いたい
姿が見たい
声が聞きたい
熱い程のあの想いは
「こういう事だったんだ…。」
抱き寄せ、抱きしめて、耳元でもう一度繰り返す。
「愛してる、サンジーノ。」
「―――っ!!」
屋敷に駆けこんで来たサンジーノは、いつもの彼ではなかった。
混乱の中で、ゾロシアは気づいていた。
サンジーノの、黒いスラックスから見える踝に、血の跡があるのを。
出血の源を悟るのに、理由は要らなかった。
相手はひとりしかいない。
サンジーン!兄でありながら――!!
だが、瞬間沸き起こった火の様な激情が、大切なものを奪われた怒りである事をゾロシアは察した。
そして
「サンジーノ…もう…てめェなしでおれは生きていけねェ…。」
「…ゾロシア………おれ……も……。」
ゾロシアの手を包み、それでもサンジーノは身じろぐ。
「…駄目だ…汚い…おれはもう汚れてる…泥まみれだ…お前に…愛してもらえる資格なんか…ない…。」
「…お前のどこが泥まみれだ。」
「………。」
「…お前は綺麗だ…。」
「………っ!」
「…汚れてるってんなら…汚れたままでいい…。」
「…え…。」
激しく口付け、肩を抱き、腕に包みこんで
「……おれが…もっと汚してやる……。」
「………!!」
涙が、滝の様に溢れて落ちた。
耐えきれず、サンジーノの腕がゾロシアの首に絡みつく。
「ゾロシア――!!」
互いに喪服のまま
ゾロシアはサンジーノを抱えあげ、隣の寝室へ駆け込んだ。
時が惜しい。
サンジーンに犯されたベッド。
でも構わない。
もつれ合うように倒れ込み、激しく互いを掻き抱き、探り、キスを交わす。
「…汚してくれ…もっと泥まみれにしてくれ!ゾロシア!!」
「サンジーノ…!!愛してる…!愛してる!」
「…ああ…ゾロシア…!!愛してる…おれも…ずっとずっと愛してた…!」
「…生きよう…一緒に…!」
「………!!」
大きく、サンジーノはうなずいた。
悲しい愛が、始まった。
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(2012/1/7)
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