激しい激突の音がする。
冴えた月の下、剣戟の音が響き渡る。
「…ははっ…！情けねェな！！てめェら４人がかりでおれから一本も取れねェのかよ！？」
「うるせェ！！ケガ人相手に優勢を気取ってんじゃねェ！！」
ゾロの言葉に、ゾロシアとサンジのコメカミに青いものが浮かぶ。
「誰がケガ人だ！あァ！？」
父と子が同時に叫んだ。
「ケガ人ですとも！ご無理なさらず！！」
「うっせ！黙れホネ！！」
「あ。ヒドイ。」
サンジーンが凪いだナイフの刃が、サンジの髪を一筋断った。
「！！」
「邪魔だ。」
冷たく一言告げ
「！？」
凄まじい蹴りだった。
腹に、もろに食らったサンジがはるか後方に吹っ飛び、石壁に叩きつけられた。
「サンジ！！」
「！！」
「サンジさん！！」
「よそ見をしてる場合かよ？」
言葉と同時に衝撃が来た。
「ぐはぁっ！！」
「ブルック！！」
「だから、よそ見をしている場合じゃねェっつってんだろ！？」
左手の銃を撃つ。
寸での所で弾を避け、ゾロは地面を一回転した
瞬時に体勢を整え、地面を蹴る。
「サンジーン――！！」
ゾロをかわす。
同時に
「――――！！」
ゾロシア！ 手に秋水――！
軍用ナイフで鍔競り合う
「……サンジーン！！」
「………。」
「…確かに…おれは…てめェがいなくなった後のサンジーノを、幸福には出来なかった…。」
「………。」
「それは明らかにおれの罪だ…それは認める…。」
「………。」
「だが…てめェはなんだ？サンジーン！？」
「………。」
「…生き長らえていたにも拘らず…遠くから…サンジーノが苦しむ様をただ見ていた…違うか！？」
「………。」
「愛していると言いながら、苦しむ弟を救いもしなかった！！」
「………。」
「いや…てめェは楽しんでいたんだ！！弟が…おれが…！苦しみもがく様を！！」
「………。」
「それでよくも…愛だの可愛いの悲しいだのと…ぬかしやがったな！！」
「………。」
「…てめェは…父親に顧みられなかった自分を哀れんだだけだ！！…失った母親を求めてサンジーノを欲しただけだ！！」
「やかましい――――！！」
サンジーノの表情が一変した。
「…てめェに何がわかる――！！知った口をきくんじゃねェ！！ゾロシア！！てめェ同じ事を言ってみろ！！口から引き裂いて殺してやる！！」
力のせめぎ合いに勝ったのはサンジーン。
弾き飛ばされたゾロシアが、地面に叩きつけられた。
「―――っ！！」
顔が苦痛に染まる。
脇腹に、血が滲み始めた。
「…父さん…！！」
ゾロシアは、脇腹を押え、駆け寄ろうとするサンジを制した。
無意識に、ゾロがゾロシアの前に立つ。
ゾロは刀を中段に構え、ゾロシアの前から動かない。
息子が父を庇うような姿。
まさしく、血のつながりを示す緑の髪。
「………。」
「…サンジーン…。」
ブルックが、言う。
「…サンジーン…ここはあなたが生まれた城です…。」
「！！」
ブルックの言葉に、ゾロもサンジも、ゾロシアも「え？」という顔をした。
「…あなたはここへ還ってきた…。」
「………。」
「…お願いです…もう…これ以上…天国のお母様が悲しむ事をなさらないでください！！」
「………。」
「…サンジーノ様も…悲しまれます！！」
「…悲しみやしねェよ…ジーノはな…。」
「サンジーン…！！」
ゾロシアとサンジーノが、それぞれ子供をもうけたと聞いた時、サンジーンは２人の悲しい愛の結末を哀れみ、手を叩いてその子供たちの誕生を祝福した。
成長を２年待たず、サンジーノが死んだ時、サンジーンは不思議と悲しみを覚えなかった。
何故だろう。
あんなに、愛した弟なのに。
むしろ、気にかかったのは遺された２人の子
バランスの崩れたあの街で、幸福になれる可能性を失った２人の子
なんという悲劇！
この悲劇を、最後まで見守らずにおれようか！
ゾロシア
お前は
ひとりこの世に残され、そして残った２人の子供をどうする？
さあ、見せてくれ。
ファーザーたるお前の矜持を！！
そして案の定、片方の子どもは消えた。
ゾロシアの、実の息子。
残ったのは、愛しいサンジーノの子。
笑わなくなったゾロシアを、それでも父と慕う子が哀れだった。
可哀想なサンジ。
それでもゾロシアに縋るしか、縁（よすが）の無い子。
そして
消えたと思っていた子供が生きていた。
ゾロ
コルシカで、フランコとロビータという義理の親を得て、なんと逞しく、なんと明るく、なんと幸福に充ち溢れた家庭を得て…。
友に囲まれ、明るく笑う顔は太陽だった。
忌々しい太陽が、可愛い哀れな子をその手に抱いて、さらなる幸福を得たという。
ゾロシアさえも祝福し、そのゾロシアは２人の息子を得て、幸福になろうとしている。
許されるものか
全ての不幸を踏み台にして生まれてきたお前達が、笑うことなど許されるものか！！
おれが
望んでも望んでも得られないものを、全て得て、さらに喜びを得ようというのか！！ゾロ！！サンジ！！
�犹笋亙貎討茵�！��
�爐�袋を…よくも！！��
�爛泪泪蹈咼鵝宗宗�！��
サンジーン
サンジーノ
いつまでも
兄弟、仲良くね…
「消えろ―――！！お前たち全部！！」
おれが天国へ逝けるワケねェだろ？
おれは死んでも、一番逢いたい人には逢えない
母が、自分を産み落とした場所。
還ってきても、優しく抱きしめてくれる腕はもうどこにもない。
「…壊してやるさ…何もかも全部！！」
その時
けたたましい爆音が轟いた。
「！！」
４人が一斉に振り返る。
城の、湖に面した一角から、激しい水飛沫が起きている。
「なんだ！？」
ゾロが叫んだ。
すると
「ゾロシア…今この城の主はお前だが…元はおれのウチだと言っただろう？
週末毎に、おれはここで過ごしてた…だが、ただダラダラと過ごしていた訳じゃねェ…
てめェとジーノは…ここで自堕落なセックスに溺れてただけだろうがなァ…。」
「………。」
サンジーンは目を細めて笑った。
「この城はもともと、ナポレオンの南下を防ぐために作られた要塞だ…。万が一…この城が敵の手に落ちた時…どうやってその敵から城内の者が脱出するか…。」
「―――っ！！」
「そんな抜け穴が無数にある。そして、敵に落ちた城を、破壊する術もちゃんと用意されていたんだよ。」
「な―――！？」
「――――！！」
「わずかな細工で…この城は崩れ去るように設計されている…この事は、死んだゼフーノも知らねェ…。」
サンジーンは大きく手を広げ、天を仰ぎ
「さあ！！ショーの始まりだ！！」
湖に迫り出した側の城壁が、まるで砂糖菓子が崩れるようにぼろぼろと崩落していく。
「…しまった――！！チョッパー！！」
チョッパーは、万が一を考え城の奥の一室に待たせていた。
何があっても、４人の誰かが戻るまで出てくるなと念を押して。
「てめェらがここを選んだんだ…！！後悔しても遅ェ！！浅はかだったな！！」
「―――――！！」
風の様に、サンジーンの体が宙を駆ける。
ガキン！と鈍い刃物の激突音。
真っ直ぐに、突っ込んで行った相手は
「ゾロ――！！」
サンジが叫んだ。
同時に
「ゾロシア！チョッパーさんは…！！」
ブルックが言った。
しかしゾロシアは
「…大丈夫だ…ほっとけ！！」
「ですが！！」
ゾロシアはにやりと笑い
「…あいつには為すべき事がある…その約束を果たさねェで、死ぬような真似はしねェよ…。」
「……？」
その頃
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！！！」
崩れていく城の中で、チョッパーは右往左往と逃げ道を求めて駆け回っていた。
手に、しっかりと医療鞄を抱えて。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！！
助けてェエええええええええええええええええええええええええええええっ！！」
いきなり城が崩れ始めたのだ。慌ててパニックになるのも無理ない。
「逃げなきゃ！逃げなきゃ！死ぬのは嫌だぞおおおおお！」
天井が崩れ始める。
巨石を組んで造られた城は、巨大なブロックの集合体だ。
各部屋の漆喰壁が崩れれば、後は剥き出しの石壁。
それが、支えを失ったかのように、ボロボロと崩れていく。
「ああああああああああああああああああああああああああああ！！」
外へ！とにかく外へ！！
４人とサンジーンとの戦場は、城の前庭から中庭へ移動していた。
中世、兵士を集めた場所でもあるから広さはかなりある。
しかし四方の壁や、回廊の柱が崩れたら、この中庭全て埋まってしまう。
「…くそっ…！！」
どんどん足場が悪くなる。
油断すると、落ちてくる瓦礫に直撃される。
「サンジ！！ゾロシアとブルックを連れて外へ出ろ！！ここはもう無理だ！！」
ゾロが叫んだ。
サンジーンは、ゾロだけを相手に戦っている。
隙を縫い、ゾロシアやブルックが攻撃を仕掛けても
「邪魔をすんなァ――――――！！」
無傷であれば、ゾロシアも十分抗し切れる。
だが、いかんせん傷が深すぎる。
「ぐはっ！！」
サンジーンは、傷の深い脇腹や肩を狙うのだ。
サンジに対しても
「うわあああああああっ！！」
傷ついた方の腕を掴み、凄まじい力で石床に叩きつけられる。
背中が軋んだ。
「サンジ――！！」
「うおおおおおおっ！！」
ブルックがゾロの脇を抜けて突進する。
だが
「…てめェが一番鬱陶しい！！」
「！！」
言い放つと同時に、銃を撃った。
放たれた弾丸は、ブルックの腹と足に命中した。
「がはぁっ！！」
「ブルック――――！！」
「サンジ！！急げ！！２人を連れて外へ出ろ―！！」
「ゾロ…お前は――！！」
「……こいつを倒してからだ！！」
轟音と共に、壁が崩れた。
「！！」
巨石が、こちらに向かって落ちてくる。
「うわあああああああああああああああああん！！どこへ行けばいいんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ！！」
走って走って。
「わああっ！！」
突如、床が歪んだ。
ぐらりと大きく傾き、廊下が滑り台の様に斜めになる。
「やだああああああああああああああああああああああああああ！！」
重力に逆らえず、チョッパーの体が転がっていく。
あ。ダメだ。きっと死ぬ…。
一瞬そう思ったが
ガン！ゴン！
何か、赤いものが転がってきた。
「！？」
見覚えあるな。
あれ…は…。
「ルフィのスケボー！！？」
転がりながら、チョッパーは自分が転がっていく方向を見た。
森が見える。視界が開けている。このまま滑り落ちたら、真っ逆さまに瓦礫の上に叩きつけられる。
だが勢いがつけば、その先に見える森の茂みまで、飛べるかもしれない！！
ルフィの真っ赤なスケートボードは、真っ直ぐにチョッパーに向かって滑り落ちてきた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ！！」
スケートボードをひっ掴み、なんとかその上に体をうつぶせに載せた。
腹の下に、しっかり医療鞄。
「飛べえええええええええええええええええええっ！！」
最後の記憶は
満天の星空。
緑の木々。
�猖�身創痍になっても、てめェ治せよ��
…ああ、来なきゃよかった…。
激しく後悔
崩落する砂塵と闇。
互いの姿が見えない。
だが、ゾロとサンジーンの交わす刃の音だけは響き渡っている。
「父さん――！ブルック！！どこだ――！？」
答えがない。
「父さん――！！」
と、足が何かを踏んだ。
「……ブルック！！」
体を抱え、助け起こす。
「…サン…ジ…さん。…私などに構ってはいけません…ゾロシアを…ゾロさんを…！！」
サンジはブルックに肩を貸し、なんとか崩壊の力の及ばぬ場所まで逃れさせた。
砂塵が嵐の様だ。
砂埃が目に入る。
サンジの髪も、ブルックのアフロも真っ白だ。
「ここで待ってろ―！！」
「…サンジさん！！」
「！？」
ブルックは半身を起こし、苦しい息を必死に整え言う。
「…サンジーンの言葉に…耳を貸してはいけません…！！」
「………。」
「…相手の心を揺さぶる話術を…あの男は心得ているのです…。」
「……ブルック……。」
「お可哀想なサンジーン様…お可哀想なサンジーノ様…心の中で…私はそう無意識に思っていたのです…
だから…お２人が歪んでいくのを止める事が出来なかった…！！」
「ブルック…。」
「片方が…この世の不条理を全て他人のせいにし、片方はそれを全て自分のせいにした…！
甘えたサンジーンの屁理屈に、サンジーノ様は踊らされ、それを刷り込まれてしまった！！」
「…わかってるよ…ブルック…。」
「………。」
「…大丈夫…おれはサンジーノと違う。もう惑わない…。」
「…サンジさん…。」
「決めたんだ。この先、何がどうあろうと、おれはゾロと生きていく。」
「……ハイ…ハイ……。」
ブルックが泣き伏す。
顔を両手で覆って。
「父さんも…フランキーもロビンも、ドメンヌの人々もお前も、ゾロシアも…一緒にだ…。」
ポン と、ブルックの肩を叩き。
「待ってろ！！」
「はい！」
サンジは、再び砂塵の中へ駆けていった。
ブルックは、城の高楼を見上げた。
ぐらりと揺れて、今にもへし折れそうに傾いでいる。
「…ゾロシア…！ゾロさん―――！！」
「ゾロォォォ―――――っ！！」
名を叫ぶ。だが答えはない。
聞こえるのは、石壁の崩落する轟音と、かすかな刃の交わる音。
見上げる。
一番高い楼閣が激しく揺れている。
ヤバイ
急がねェと！！
回廊の柱が倒れてきた。
次々に、太い石の柱が倒れていく。
「サンジ――！！」
いきなり、誰かに抱えられ、身を屈めさせられる。
瞬間、目の前を石柱が凄まじい音を立てて倒れてきた。
腕の主はゾロシア。
「…父さん！！」
「ゾロはどこだ…。」
「音はあっちだ…！歩けるか！？」
「…手ェ貸せ…。」
秋水を支えに立ちあがる。
「父さん…。」
呼びかけに、ゾロシアはサンジを見た。
「ゾロはおれが連れて戻る。」
「………。」
「……必ず戻るから。」
「………。」
「…待っていてくれ…。」
ゾロシアの手が、サンジの腕を掴んだ。
「………。」
その手を、サンジは強く握り返す。
サンジーノの身代わりじゃない。
ゾロの身代わりでもない。
この人は、おれをおれとして、愛してくれている。
「…全ての運命に…感謝してる…。」
サンジの言葉に、ゾロシアは目を細める。
息子の腕が、父の首に回る。
「…大好きだよ…お父さん…。」
大きな手が、背中に回る。
サンジの目に涙が溢れる。
あの時は、ゾロと一緒に抱きしめられた。
でも今は
「………。」
答えはない。
だがゾロシアが、心の中で答えた声がちゃんと聞こえる。
おれの息子 お前を愛しているよ、サンジ。
振り向かず、砂塵の闇にかけていく息子を見送り、ゾロシアはその場から脱出した。
ようやく
「…おお！！ゾロシア――！！」
ブルックが、よろめきながら駆けより、ゾロシアに手を貸した。
「こちらへ！！…ああ…酷い血だ…チョッパー先生…無事でしょうか…！」
すると
「ぉおおおぉおお〜〜〜……い…。」
茂みの中から
「おお！先生！！無事でしたか！！よかった！！」
ボロボロの姿。体中擦り傷と打ち身だらけだ。自分が診察してもらいたい。
まだ目を回しているのか、真っ直ぐに歩けていない。
だが、懐にしっかり医療鞄を抱え、片手にルフィのスケートボードを引きずっている。
「ああああ…も、ヤダ…こんなん二度とごめんだ……！…あ！ゾロシア！！」
地面に倒れ込んでいるゾロシアを見て、チョッパーはしゃきっと背筋を伸ばし駆け寄った。
「ああああ！もう！また出血してるー！！うわ！肩もまた開いたぁああ！！」
ゾロシアは自嘲的に笑った。
「…治せよ…。」
「それ以前にケガすんなああ！！」
「…大丈夫だ…もうこれ以上はしねェ…。」
答えて、ゾロシアは目を閉じた。
「ゾロ！ゾロォ！！」
サンジのすぐ側を、また瓦礫が落ちてきた。
だが、崩落は収まってきている。
落ち着いてよく見れば、爆発とは全く違う崩壊の仕方だ。
高楼は、何とか持ちこたえている。
あの楼閣は見張り台の役目を果たしている。おそらく、あの高楼は崩れない。
「確証はねェが…。」
サンジは高楼に飛び込んだ。
階段を駆け上がり、中階の砲台から下を見る。
「…どこだ…！？」
―――― いた！！
無意識に崩落を避け移動したのか、かなり離れた。
湖を囲む街道に繋がる、城からの石畳の道。
林が切り開かれている場所なので、上からもサンジーンの金の髪がはっきりと見える。
湖の向こうが、赤く染まり始めた。
「……っ！！」
再び階段を下り、サンジは駆ける。
わかる
サンジーンの気持ちが痛いほどわかってしまう。
自分だけを愛してくれる誰か
自分だけを守ってくれる誰か
それをずっと求めて生きてきた。
サンジーノさえゾロシアを選んで自分を捨てた。
大人たちの黒い思念の中で育って、どんなに怖かったのだろうかと哀れに思う。
泣き叫ぶ弟を守らねばならないと幼心に決意して、その決意通りに生きてきた。
それを奪われた瞬間に、この男の世界の全ては壊れた
愛した者さえ憎かった
サンジーン
簡単なことだったんだよ
愛した相手が幸福になる事
それを望めば、お前も幸せになれたんだ…
「ゾロォォォ――――！！」
サンジの声が耳に届いた。
だが目は逸らさない。
狂った目で、無言のままで、サンジーンは攻撃の手を緩めない。
対するゾロ、息が荒い。
「……っ！！」
ゾロの体の至る所に傷が出来ている。
特に左の二の腕からの出血が凄まじい。
「ゾロ！！」
サンジの声に、サンジーンがちらりとサンジを見て言った。
「……そこでおとなしく、こいつが死ぬのを見てろ……。」
「！！」
「……その後、ちゃんとてめェも殺してやる。」
「…サンジーン…。」
ゾロが、再び跳ねた。
「安心しろ…そんな真似はさせねェよ！！」
「…いい加減にして倒れろよ…！！」
「誰が――――！！」
響く刃の音、さすがのサンジーンももう武器が尽きたのか、手にしたナイフのみでゾロと戦っている。
どんな言葉も
どんな思いも
この人にはもう届かないのだろう
それなら
「サンジーン。」
穏やかな、優しいサンジの声が、薄闇に響いた。
刹那、互いに飛び退ったゾロとサンジーンは、同時にサンジを見た。
「………。」
「……サンジ……。」
呼んだのはゾロだった。
サンジーンは、ただ沈黙し、サンジを見つめる。
「………。」
サンジの手に、黒く光る銃―コルトガバメント―。
「…親父の銃だ。」
「………。」
「さっき、掠め取ってきた…貸してくれって言っても…貸してくれる人じゃないからな…。」
サンジーンが、嘲るように笑う。
「…へェ…それでおれを撃つって…？」
「………。」
「……サンジ。」
ゾロが、眉を寄せて首を振る。
サンジに、人を撃たせるような真似をしたくない。
例えそれが、この悪魔であろうと。
いや
優しいサンジに、自分の伯父を撃つことなど出来る筈がない。
「…可愛いサンジ…。」
「………。」
「優しいジーノの子…お前にそれが出来るかい？」
「…サンジーン…。」
「…なんだい…？…ジーノの子。」
「おれは、ゾロシアの息子だ。」
「…まだ…自分に言い聞かせ続けるのかい…？」
「違う。」
サンジは微笑んだ。
「おれに、今の幸福を与えてくれたのはゾロシアだ。」
「………。」
「確かに、サンジーノはおれに命を与えてくれた。感謝してる。サンジーノを実の親父だと慕いもしている。
だが、おれの父親は…おれの人生の全てを背負って愛してくれたのはゾロシアだ、サンジーノじゃねェ。」
「………。」
「これからおれは…ゾロを…ゾロシアを…全ての人を愛して生きてく。お前の様にはならない！！」
サンジーノは笑い
「…愛…！？誰が誰を愛してるって…！？」
「………。」
「これほどもろい言葉があるものか！！」
ゾロが口を開いた。
だらり、と和道一文字を下げてしまっている。
「…哀れな奴だな…サンジーン。」
「てめェに言われたかねェなァ！！」
サンジーンは目を血走らせて
「おれがどれだけサンジーノを愛してたか！！」
「………！！」
「………。」
「…ジーノだけが…！！おれの全てだった！！」
「…違う…サンジーン…！！」
「よせ！サンジ！！」
サンジが思わず叫ぶのを、ゾロが止めた。
「ジーノ…おれのジーノ…！！あいつが死なせた…ゾロシアが！！お前達が！！」
「………。」
「………。」
「ゾロシアがいなければ！！お前たちなど生まれなければ！！ジーノは死ななかったんだ！！そうだろう！？」
「―――っ！！」
サンジの眉が険しく寄せられる。
それを
「サンジ！！聞くな――！！」
「……おれの母親は天国へ行けただろう…だがジーノが行ったのは地獄だ…お前たちも送ってやる……親子の再会を…あの世に行って果たせ！！」
「…ああ…行く。いつか逝って、サンジーノに逢って言う。」
「………。」
「…ゾロシアに出逢ってくれてありがとう。生んでくれてありがとう…ってな。」
「………。」
乱れた髪。
血走った目。
青ざめた顔。
ゆらり、とサンジ―ンの上半身が揺れた。
サンジの方に向き直り、ゆっくりと歩み寄る。
歩調に乱れはない。
「…ジーノの子…その銃を寄越せ…。」
「………。」
「いけない子だ…危ない遊びはやめよう…いい子だ…。」
「サンジーン。」
「………。」
「…終わりにしよう…。」
「………。」
「…サンジーン…。」
「…てめェにおれが撃てるのか…？」
「………。」
構えた銃口を、サンジはわずかもぶらせることなく、サンジーンに狙いを定めている。
「…撃てよ。」
「………。」
「終わりにするんだろ…？」
サンジーンは、軽く両手を広げて胸を晒した。
だが、その口元に浮かぶ笑みには侮蔑がある。
サンジが、撃てないと侮ったような笑顔。
「可愛いサンジ。」
「………。」
歩み寄り、サンジーンは両腕を広げた。
「サンジ―――！！」
ゾロが叫び、斬りかかる。
しかし
「！！」
サンジーンの左手に、小型のヴェレッタ。
その銃口を、ゾロに向け、一発を放つ。
「ぐっ！！」
弾は、ゾロの頬を掠めた。
そして
「……サンジ……。」
サンジの背中を柔らかく抱く。
その瞬間
「…サンジ――――！！」
ゾロが叫ぶ。
サンジーンの手が、サンジの背後で大きく振りあげられた。
ナイフを握った右手――！！
だが
その銃声は、ゾロシア達の元まで聞こえた。
「！！？」
「…銃声…！！」
「………。」
空が、白み始めている。
サンジは、自分で引き金を引かなかった。
引き金に、確かに指は掛けていた。
だが、力を込めたのは自分ではない。
「………。」
自分を見るサンジーンの目。
呆然と、ただ一点を見つめている。
ただ一点。
サンジの手。
その瞬間、サンジの手にもうひとつの手が添えられたのを見た。
あり得ない、３本目の手。
長い指の、白いしなやかな男の手だった。
その手の温もりを、サンジも感じた。
誰かが自分の手を握り、引き金を引いたのだ。
銃口から飛び出した弾は、サンジーンの左胸骨の下から飛び込み、両肺を貫いた。
かろうじて心臓はそれたが、衝撃に、肺が破裂した。
「―――――っ！！」
サンジーンの口から、大量に血が噴き出す。
「………っ！」
「サンジ――――！！」
ゾロが駆け寄り、銃を握ったままのサンジをサンジーンから引き剥がす。
「…ゾロ…！」
「お前ェじゃねェ！！」
抱きしめ叫んだ。
「…今撃ったのはお前じゃねェ…！！あれは…！！」
確かに、もうひとつ誰かの手があった…。
サンジーノ
２人の脳裏に、同時に浮かんだ名。
ふらり 揺れて
それでもサンジーンは倒れなかった。
よろ よろ よろ
よろめきながら、林の木々に、何度も身を預けながら、必死に足を踏みしめる。
肺から吹き出す血が止まらない。
「………っ。」
「……ジーノ……。」
サンジーンが呟いた。
ひゅーひゅーと、息が漏れる。
「…ジーノ…どうして…。」
「…ジーノ…あんなに愛したのに…。」
「…あんなに…守ってきたのに…。」
「…ジーノ…なぜ…おれを殺す…？」
半身が崩れる。
胸を抑え、溢れる血を見て、サンジーンは驚愕に目を見張る。
何度も血を吐き、それでも膝をつくまいと、必死で上体を支える。
「…ジーノ…ジーノ…サンジーノ…。」
目が濁り始める。
あちらへぶつかり、手をつき、それでもまだ
「…嫌だ…嫌だ…死にたくねェ…まだ死にたくねェんだ…まだ…まだ…ま…だ…。」
「…死にたくねェ…死ぬのは嫌だ…！」
ゾロが呻いた。
多くの人の命を奪い、脅かしてきた男が――！
「死にたくねェ…！！死んだら…おれは地獄に落ちる…ジーン…あいつはきっと天国にいる…あいつは優しいから…きっと母さんが…掬いあげたはずだ…
…地獄行きのおれは…死んだら永遠に…母さんに逢えない…ジーノに逢えない…。死にたくねェ…！！死にたくねェ！！」
叫びと同時に激しく血を吐き、血塗れた手を呆然と見つめ、サンジーンは
「―――！！」
ついに、倒れた。
ヒクヒクと震え始める体。
「…サンジーン…。」
凄惨な姿にサンジは震え、青ざめる。
と
「…サンジ…。」
サンジーンが、呼んだ。
「――！！」
「…サンジ…来てくれ…。」
ガタガタと震える血まみれの手が、サンジに向かって伸ばされる。
ひゅーひゅーと漏れる息の音。
サンジーンの青い目に涙。
「…サンジ…怖い…怖いんだ…頼む…。」
「………。」
「よせ、サンジ。」
ゾロが止めた。
だが、サンジは
「……ゾロ……。」
「………。」
「……もう……。」
サンジーンは死ぬ。
確実に。
体が、激しく痙攣を始める。
「…サン…ジ…。」
伸ばされた手に、サンジは手を差し伸べ――――。
「サンジ―――！！」
ゾロが叫んだ。
ビクンと、サンジの体が震えた瞬間、サンジーンの体と手が、あり得ない俊敏さでサンジに向かって伸びた。
同時に
「―――――――っ！！？」
ゾロが、和道一文字を一閃させた。
血飛沫が舞う。
呆然と、サンジーンは、手首から先を失った自分の腕を見た。
「………。」
そして、ゾロを見上げる。
「……てめ…やっぱり…気にくわねェ……。」
「………。」
背中から、サンジはゾロに抱きしめられ、呆然とサンジーンを見つめる。
「…さっさと…殺しときゃあ…よかっ…た…。」
「…………。」
「…………。」
ずる
白いスーツが真っ赤に染まっている。
その時、その体はひどく小さく見えた。
「………ジーノ………。」
「……来てくれねェのか……。」
「……ジーノ……。」
「………ジー……ノ……。」
「…………。」
瞼を開いたまま。
最期に呟いた声にならない言葉は、なんだったのだろう……。
NEXT
BEFORE
（2012/1/11）
Alienato RossoTOP
NOVELS-TOP
TOP