BEFORE

ゼフーノが死んだ。 朝食中の、いきなりの心筋梗塞だった。 2年前に、サンジーンから受けた、切断された足の負担が大きかったのかもしれない。 いや、足の傷よりも、心の傷の方が大きかった。 後継を定めないままの、ファーザーの死。 当然、コミッションの5大ボスらの介入も起こりうる。 バラティエの数人の幹部らの実力は拮抗していて、誰がボスになっても勢力に歪が起こる事も目に見えていた。 それならば  「…嫌なら嫌だと言えばいい。簡単だろう?」  「………。」 葬儀から半月、ゼフーノの墓前。 ようやく会う時間を持てた、ゾロシアとサンジーノ。 だが墓地の外では、サンジーノの身を護るソルジャー達が待っている。 それまで、幹部でありながら比較的自由に行動出来たサンジーノの身辺は、にわかに不穏な、不自由なものになった。  「…このまま…てめェを攫ってもかまわねェ…。」 ゾロシアの言葉に、サンジーノは目を見開き、顔を上げ  「…駄目だ…できない…。」 かすれる声で答えた。  「………。」  「…兄さんの死を…ブルックの追放を…大勢のソルジャーの死を…踏み台にして生きながら…おれだけが…お前に愛される幸せを望むなんて…許されない…。」  「………。」 ゾロシアの拳が、固く握られたのをサンジーノは見た。  「…おれが…ドンになるのが…事が一番丸く収まる…。」  「…それが…本当にてめェの望む人生か…?」  「………。」  「…おれが…それを納得できると思うのか?」  「…わかってくれ…ゾロシア…。」  「わからねェ!わかりたくもねェ!!」 ゾロシアが叫んだ時だ。 ポケットの中の携帯電話が鳴った。 初め、その鳴動をゾロシアは無視していたが、あまりに長い呼び出しに苛立ちながら  「…なんだ!?」 怒鳴った。 だが、その怒りの表情は突然変貌した。 そして  「………親父が………?」 青ざめたゾロシアの顔。 呆然と、サンジーノも立ち上がる。  「ゾロシア…?」  「………。」 電話を切り、ゾロシアはゆっくりとサンジーノを見た。  「………親父が死んだ。」  「…え…!?」 ゾロシアは取り乱さなかった。 と、いうより、状況が呑みこめないというのが本当だったろう。 厳しく、愛想の無い父親だったが、それなりに親らしい部分もあった。 尊敬もしていた。愛してもいた。 昨日、プライベートジェットでシチリアへ赴いていた。 今日の夜に、ミラノに着くと言っていた。 そのジェット機が、地中海に落ちたという。  「…ゾロシア…。」  「………。」 思わず、手を握った。 その手を、ゾロシアも握り返し  「…戻る…。」  「………。」 躊躇いながら、サンジーノはうなずいた。 押し寄せる不安。 その不安が現実のものになるのに、長い時間はかからなかった。 避けようの無い混乱。 逃れようのない運命。 ヴェローナのふたつのコーサノストラに、年若いファーザーが生まれたのは、それからわずか1カ月後の事だった。 その地位に着いてから、2人が初めて顔を合わせたのは、ローマで行われたコミッションでのお披露目の席だった。 ドン・サンジーノ ドン・ゾロシア と、コミッションの長老から名を呼ばれ、ゴッドファーザーである5大ボスに跪き、足に 口付け、2人は正式にそれぞれのボスになった。 サンジーノ 全てを望み、全てを捨て切れず、父の望みを、ファミリーの望みを、兄の望みを、そしておれの望みまで、お前は全て叶えようとした。 出来るはずもねェ。 おれは、お前の様に天使にはなれない。 だが、お前の為におれは悪魔になれる。 だから、自分の心を殺した。 酒宴の後、酒を抜こうとローマの街を歩いていた。 部下はいたが、鬱陶しさに撒いた。 計った訳ではない。 ただ、そうしたかっただけだ。 それなのに  「……どうし…て……?」 目の前の、金の髪が震え、青い瞳が揺れた。 人気のない、ローマ市街の裏通り。 そんな場所で  「………。」 どうして出逢えるのか…。 互いに眉を寄せ、だが堪えられず…。 手を、差し伸べた。  「……サンジーノ…来い。」 天を仰ぎ、震えて、だが白い指でその手を取った。  「…ゾロ…シア…!」 固く抱きしめ合った後、どこをどう歩いたのか覚えていない。 辿りついたのは、ローマの古い共同墓地の穴倉だった。 灯りひとつない、乾いた剥き出しの泥壁、土の地面。 夜明けまで愛し合った。 これが最後だと、サンジーノは何度も言った。 だから、力尽きるまで愛してくれと、何度も熱い声で懇願した。 最後などと、おれは言いたくなかった。 何度でも何度でも 街でお前に出逢えたなら、必ず攫ってお前を抱く。 愛してる、サンジーノ これから先ずっと、おれの心はお前のものだ。 何度も囁き、何度もそれにうなずき、だが首を振りながら  「…愛してる…生涯…お前だけ…。」 おれ達は、必ず逢えるようになっている。 お前はおれの半身なのだから。 逢いたい。 そう願って街を歩けば、必ず出会える。 必ず 必ず 必ず逢える その運命を信じて、サンジを選び、ゾロを手放した。 2人に託した。 しかし運がそれを許さなければ、生涯逢う事はないだろうと覚悟した。 だが、お前達は再び会った。 おれ達の様に。 サンジ お前を初めて見、腕に抱いた時、願った事はただひとつだ。 お前は、天使になどならなくていい。 望むままに生きればいい。 思うままに想えばいい。  「…おおおお…おおおお!…サンジーン様…!!サンジーン様!!許してください…!!許してください…!!」 サンジーンの遺骸に縋って泣くブルックに、ゾロシアが冷たく言った。  「……今だけだ。」  「………っ!!」  「…こいつの為に泣く事をおれは許さねェ。」  「……あなたの許しなど必要ですか!?あなたに何がわかります!!」  「……そうだな…だから今だけだと言ったんだ……。」  「…う…ぅうう…おおおおおお!!」 5歳の時から、ブルックが育ててきたのだ。 愛情が、全て失われた訳ではなかった。 愛していたから、あの時も今度も、自分で決着をつけようと思った。 それゆえに、あの時、あれほどに心を乱し狂っていった。  「ブルック…。」 ゾロが言う。  「…これから先も、こいつの為に泣く様な事があったら…それこそてめェサンジーノと同じになる。」  「……わかっています…!」 一途なブルックの心も、サンジーンは継いでいたのかもしれない。 一途で、純粋過ぎて、逆にどす暗く歪んでいった。 瞳孔の開ききった力ない瞳。 その瞼を、サンジが閉じてやる。 と、チョッパーが、サンジーンの斬り落とされた腕を死体の側に置いてやりながら。  「テトロドキシンだ。」 と事務的に言った。  「………。」 サンジーンが、最後の瞬間サンジを捕らえようとしていた手。 中指にはめられた指輪から、細く小さな針が飛び出していた。 毒針だ。 それも速効性の。 刺されていたら、その場で死んでいた。  「…最後の最後まで…。」 ゾロが歯噛みするように言った。 夜が明けた。 遠くからパトカーのサイレンの音がする。 崩れた城は、高楼のみを残して崩れ去った。  「………。」 自分の生まれた場所を ゾロシアとサンジーノが愛し合った場所を 全て壊して  「…フランキーとママロビンを…招待できなくなっちまったな…。」 サンジが言った。  「帰るぞ。」 ゾロシアが、サンジを叱咤するように言った。 森の向こうの空に、ヘリコプターの機影が見えた。  「―――ああ……!!あなた達……!!」 コルシカ島。 ドメンヌについたその足で、真っ先に診療所へ、ロビンの元へ駆けつけた。 ロビンはベッドから体を起こし、痛む体を忘れて2人の息子を抱きしめた。 フランキーはおいおいと泣き、ゾロの頭をボコボコと殴り、最後には腰を抜かしてまでも殴り続けた。  「ゾロォォォォ―――――――っ!!」 モンキー家のシャトー。 ルフィが、まるで弾丸の様にゾロに飛びつく。 松葉杖でよくできると、感心する素早さだ。 勢いで倒れたゾロに馬乗りになり、フランキーに負けず劣らずわんわん泣いて、やはりボカスカとゾロを殴った。 それ以外に、嬉しい気持ちを表せない。  「サンジ!!」  「エース!ただいま!!」  「うわああああああん!!サンジく――――――ん!!」  「ただいまナミさん!…ああ、泣かないで!!ごめんよ心配かけて…。」  「ゾロォォォ!!サンジィィィィ!!わああああああああああ!!」  「ウソップ…!お前、傷、大丈夫か?」  「そんなもん!!もう吹っ飛んじまったよォォォォ!!  うわああああああああああああああよかったあああああああああああああああ!!」  「おおおおお!!ゾロ!!サンジ!!」 シャトーの門前、杖をつきながら最後に姿を見せたのは  「…旦那…!」  「ガープさん!!」 ガープは満面の笑みで大きくうなずいた。  「………。」 うんうん。と、何度も何度も。 ゲンゾウやベルメール達も、2人の帰りを心から喜んでくれた。  「…そうか…そういう結末だったか…。」 エースが、わずかに微笑んで言った。 シャトーの大食堂。 とりあえず、とお茶を飲みながらの報告会。  「大変だったわね…。でも、無事に戻ってきてくれてよかった…。」 ナミも、形の良い眉を寄せて言い、サンジの手を握る。  「…可哀想な奴じゃったな…。」 ガープが言うと  「可哀想なもんか!馬鹿な奴だ――!!」 ルフィが言った。 ゾロもサンジも、躊躇いながらもうなずいた。 ウソップが言う。  「…けどよ…不思議な事があるもんだな…もう1本の手って…そんな事が起きるなんてよ…。」  「……やっぱり…サンジーノだったのかしら……。」  「………。」 ゾロも、サンジも答えなかった。 あの白い、力強い手を、ゾロは確かに見た。 サンジも見た。温もりさえ感じた。 そして、サンジーンも見たのだ。 もしかしたら、幻だったのかもしれない。  ごめんよ  ゾロ  サンジ  ジーンは  おれが連れていく そんな声が、あの時聞こえた様な気もした。 サンジが小さく笑った。 思い出し笑いだ。  「どうした?」 ルフィが問うと、サンジが  「…いや、この話を父さんに…ゾロシアにしたら…すげェ不機嫌になっちまってさ…。」  「え?なんで?」 ナミが尋ねる。 だが、エースが笑って  「あっはっは!!そりゃそうだろ!!」 ゾロも笑う。 ガープも笑った。 ウソップも「あひゃひゃ!」と笑って  「そりゃあ頭に来るよなァ!!『化けて出るなら、何でおれのトコに出ねェんだ!サンジーノの野郎!』」 ウソップが、下手クソなゾロシアのモノマネをして見せ、全員が大笑いする。  「あ。そういや、ブルックとチョッパーは?」 ルフィが言った。  「今かよ。」 サンジが笑う。 ゾロが  「…ああ、チョッパーからお前に伝言だ。『助かった!ありがとう!』ってよ。ホラ。」 言いながら、ルフィに赤いスケートボードを渡した。  「あ!おれのスケボー!!やっぱあそこに忘れてったんだ!…って、何だよォ!?壊れてるじゃねェかァ!!」  「素敵なお城だったのに…。」  「おれ、散々苦労して修理したのによォ…って、だから!チョッパーは!?何で戻ってこねェんだ!?ブルックも!」  「………。」  「…ブルックは、サンジーンの遺体を処理して…弔ってから戻って来るよ。」  「あ、そか…。」  「……お墓くらいは…家族一緒にさせてあげたいって。」  「…いいの?サンジくん?」 ナミの言葉にサンジは微笑み  「…うん。」 うなずいた。  「だーかーら!チョッパーは!?」  「………。」 ゾロとサンジは顔を見合わせ  「……どうしたんだ?」 エースが尋ねた。 ゾロが  「…ヴェローナに戻るってよ。」  「ええええええ!?」 ルフィ達の叫びに、サンジも  「一度は、荷物やいろんな手続きしに来るけど…もう一度ヴェローナに戻るって…。」  「なんでだよ!?」 ルフィが叫んだ。  「せっかく友達になったのに!!」  「…急な話じゃ…ドクトリーヌも困るじゃろう。」 ガープが言った。 ナミが  「ドクトリーヌが無茶ばっかりさせるから、嫌になっちゃったんじゃないの?」  「まさか…。」 ゾロもサンジも、首を傾げた。 本当にいきなりだった。 ヘリでヴェローナに戻り、全員の手当てを終え、2日の滞在後、明日ゾロとサンジがコルシカへ帰るという話になった時。  「おれ、こっちに残る。」  「ああ、そうか。」  「よかった…父さんの傷が落ち着くまで…頼むよチョッパー。」 サンジが言うと、チョッパーは首を振り。  「ずっとこっちにいる。コルシカは引き払う。ドクトリーヌに話さなきゃならねェし、手続きあるから一度は戻るけど。」  「ええ!?」  「なんでだ!?チョッパー!?」 驚く2人に、チョッパーはケロッと  「ゾロシアの主治医に戻る。」  「ええ!?」  「そういうことだから。」  「そういうことって…!」  「お給料いいしな♪」  「………。」  「ルフィに、スケボー助かったって伝えてくれ!じゃ、おれ、ゾロシアの包帯替えてくるから!!」  「と、いう訳でさ…。」  「えええええええええええ……つまんねェェェェ……。」  「でも、一度は帰って来るって言うんだから…。」  「先生には先生の考えがあるんだろ?」 ルフィの頭をポンと叩いて、エースが言った。  「けどさぁ!こんないきなりぃ…。」 実は いきなり の話でもないのだ チョッパーが、あの時一緒に行くと言った真意。  「…はっくしょん!!…うー;:誰か噂してるな。」 鼻水をすすり、チョッパーはゾロシアの点滴の速度を確認した。 ヴェローナ、ゾロシアの屋敷。 ゾロシアの寝室。 さすがに疲労が溜まったのか、ゾロシアは深く眠っている。 あの後、迎えに来たギンやジョニーやヨサクは、腰を抜かさんばかりに驚いた。 さまざまな事に。 特にギンは、サンジーンの死体を見て仰天し、だが、それだけで全てを察した。  「………。」 静寂に、少し落ち着かず振り返る。 こちらを優しく見下ろす、サンジーノの青い瞳。  「………。」 その頬笑みに笑い返し、チョッパーは眠っているゾロシアに話しかける。  「…ちょっと意外だったよ…。」  「…おれが紹介した医者が言ってた…お前、ちゃんと半年ごとに健康診断受けてるって…。」  「今までおれが、何言ったって聞かなかったのに。」  「どういう心境の変化だよって思った。」  「でも、あん時、おれわかった。」  『おれが満身創痍になっても、てめェ治せよ。』  『おれは100まで生きると決めてる。』  「…生きるんだよね、ゾロシア。」  「100になるまで生きるんだよね。」  「……サンジが、マフィアのボスにならなくてもいい様に。」  「自分がいつまでも、ロロノアのボスでいるんだよね。」  「だから、元気で生きるんだよね。」 チョッパーは、思わず滲んだ涙をぬぐった。  「おれが、100まで生かしてやる。どんな怪我もどんな病気も治してやる。約束する。」  「だから。」  「ちょっとは酒とシガー、減らそうな。」 コルシカ・フランキーの家。 戻ってから初めての夜。 そんな、ゾロシアとチョッパーの思いを、まだ知らないゾロとサンジ。  「ママロビン、明日家に帰れるってな。」  「…ああ…歩けるようになるまでは…辛いだろうけどな。」  「…落ち着くまでは…おれ、ここにいるから…大丈夫だよ。」  「そうだな。」 テーブルの上に、サンジが皿に載せたドーナツを置いた。 黙って手を伸ばすゾロに  「いただきますは?」  「…いただきます。」 バクン  と、半分を一口で食べるゾロを嬉しそうに見て、サンジは言う。  「…美味ェ?」  「美味ェ。」  「……お前、このドーナツ好きだよな。」  「まぁな…甘いもんは苦手だが、お前の作ったこれだけは、なんでか嫌いじゃねェ。」  「ふーん。…なんでだろ?」  「…よくわからねェが…なんか…。」  「………。」  「…懐かしい味…って気がする。」  「……ふぅん……。」  「…なんだよ?」  「………ゾロシアもこのドーナツ好きなんだ。」  「!!」 あの野郎が? ドーナツ? このはちみつタップリのドーナツが? 全っ然!イメージじゃねェ。 残り半分を咥えたまま、妙な顔でゾロがサンジを見た。  「知らない事だらけだろ?」  「………。」  「…おれがさ、初めて作った料理がコレ。ハニークリームドーナツ。」  「…へェ。」  「あんまり美味く作れたとは思わないけど…親父、食ってくれた。全部。」  「………。」  「で、またハニークリームドーナツ作って持ってった。そしたらまた食ってくれた。全部食ってくれたけど。」  「けど?」  「…ぼそっと…?サンジーノの作った方のが美味ェ?。」  「…ぶっ…。」 サンジは笑い、肘をつき手に顎を載せて  「…サンジーノも料理が好きで…親父に初めて食わせたのが、このドーナツだったんだって。」  「………。」  「知らなかったんだけどさ。…ちょっと親父が疲れてた風だったから、どんな甘いものなら食べるかな?ってギンに相談したら、それがいいって言うんだよ。  ギンはその時、それがサンジーノの得意な菓子だなんて言わなかったけどな。  で、サンジーノはゾロシアが?美味い?って一度褒めたら、逢う度逢う度ハニークリームドーナツを作って持って来たんだって。  美味いんだけど、さすがに毎度だとさ…。」  「飽きるわな。」  「そう!で、ある時親父、ついに言ったらしいんだ。?美味ェんだが、出来るなら、次はプレーンドーナツにしてくれ?って。」  「………。」  「そしたらサンジーノ、?やっと美味ェって言ったか?って笑ったって。」  「…はは…。」  「…親父がしてくれた、唯一のサンジーノの話だ。」  「………。」  「それ聞いたら…なんか悔しくてさ…。」  「…アホ。」  「ああ、今思えばそうなんだけどな。で、おれも必死にハニークリームドーナツ作って持ってった。  そしたら食ってくれた。毎日毎日…全部食ってくれて。」  「………。」  「2か月目についに言わせた。?美味ェんだが、明日からはプレーンドーナツにしてくれ。?」  「あっはっはっは!!アホか!!」  「アホだ。」 サンジはゾロを見て、静かに言う。  「お前、サンジーノの味を覚えてるんだ。」  「!!」  「……サンジーノ、お前にも食べさせたんだよ。ドーナツ。」  「………。」  「…親父も…ブルックも、ギンも言った。フランキーもロビンも言った。おれのハニークリームドーナツは、サンジーノの味だって。」  「………。」  「これだけは嫌いじゃない…そりゃそうだ。」  「………。」  「お前…ちゃんと覚えてる…。」  「……っ!!」  「…覚えてるじゃねェか…。」  「………。」  「…サンジーノの事…ちゃんと…。」 ゾロ ほら、こい ゾロ ほら、おいで ドーナツだよ そうだ ブルックの教会 あの秘密の部屋で、4人腰かけて……  「……サンジーノ―――!!」  「………。」 テーブルをひとつ叩き、サンジに縋り、ゾロは声をあげて泣いた。  「父さん―――!」 泣くな ゾロ 男だろ? ふわり と、ゾロの髪を撫でていく手が見えた。 それこそ、幻だったかもしれないけれど。 優しく笑う、父の部屋の肖像画と同じ顔が見えた気がした。 天使の様だったと誰もが言った。 だが、人は天使になれない。 悩む事もし、苦しみもし、悲しみもする。 それでも愛してくれた。 辛い結末の末に生まれたおれ達だけど だからこそ 心の底から愛してくれた 死の瞬間も、サンジーノはおれ達を忘れはしなかった。 託したのだ ゾロシアに 全て託して、全て受け止めて その想いをゾロシアも受け止めて、さまざまな敵に抗いながらおれ達を愛し抜いてきた。  「…ありがとう…サンジーノ…。」  「………。」  「……ありがとう…大好きだよ…父さん……。」 互いの頬を包んで、どちらからともなく唇を寄せる。 もう、離れない。 例え離れて暮らしても、心は、いつも寄り添って生きていく。 それから、宣言通りチョッパーは一度コルシカに戻り、散々皆に文句を言われながらも、明るい顔でヴェローナに戻って行った。 入れ替わって、にブルックがコルシカに帰ってきた。 遺体は火葬に付し、遺骨をゼフーノ夫妻とサンジーノが眠る墓地に納めて来たと言った。 もっとも、元々そこに在った遺体の無かった墓に、ちゃんと遺骨を入れただけなのだが…。 その日のフランキーの家の葡萄畑。午後。 木に残った実生の遅かった葡萄を摘んでいる最中、ブルックはやってきた。  「…それは?」 ブルックが手に大事に抱いた小さな箱を見て、サンジが尋ねた。  「サンジーン様の灰です。」  「………。」  「…どうするつもりなんだ?」 ゾロの問いに  「……抱きしめて差し上げてください……。」  「………。」  「…どうか…救われて…天上に上がれますように…。天国で、お母様とサンジーノ様に逢えますように…。少しでも多くの祝福をと…。」  「………。」  「その後は…教会で私が守って参ります。」 ブルックの言葉にゾロが答える。  「…気休めだ。…あの野郎が天国の門を潜れるとは思えねェ…。…天国があるとしたらだがよ。」  「…気休めでも…ワタクシが救われます。」  「おいおい…それでいいのか…?…わかったよ…。」 サンジが受け取る。  「…もう…何もできねェ…な…。」 箱に、優しいキスをする。 ゾロは、サンジから受け取ったが  「…駄目だ。優しくするつもりにァなれねェ。」  「………。」 サンジは困ったように笑った。  「お!なんだなんだ!?それ!肉か!?」 明るい声と共に、いきなり脇から現れたのはルフィ。 ずいっと手が伸び、ゾロの手から箱を取ろうとした。  「あ!おい!!」  「わ!ったったった!」  「ああっ!」 箱が 宙を舞った 蓋が開き 薄灰色の粉が散った 灰は風に舞い上がり、空へ―――。  「………。」  「………。」  「………。」  「…なんだ?粉砂糖?」 3人の冷たい目がルフィを一斉に見る。  「なんだなんだ!?なんだそのエラク冷え切った目!!おれ、何かしたのか!?」 した。思いっきりした。 だが  「……あいつらしいな。」  「…ホントに最後の最後まで…。」  「…ヨホホホ…天に届くとよいのですが…。」  「だから、なんなんだよぉぉぉ!」 サンジが笑う。 ゾロも笑い  「…全部…葡萄に散ったよな…?」  「…あー…来年、リトルショップオブホラーズみてェな葡萄が実らなきゃいいけど…。」  「ヨホホホホホホホ!!」  「仲間はずれにすんなァあああ!!ゾロォ!サンジィ!ブルックぅぅぅぅぅ!!」 車のクラクションの音に目を向ける。 フランキーとロビンだ。 病院からの帰りだ。  「よぉ!ブルック!!帰ったか!!」  「お帰りなさい、神父様。」  「ヨホホホホホホホホ!!ロビ〜〜〜ンさァ〜〜〜〜〜ん!!たっだいま帰りましたァ〜〜〜〜〜〜!!」  「来んな!!エロ神父―――!!」 ロビンが車から降りるのを、ゾロとサンジ、2人で手を貸す。  「ありがとう。…今日、車椅子を返してきたわ。」  「…頑張らなきゃね。」  「ええ。」 艶やかに、ロビンが笑った。  「さて!食事の支度をするか!…あんまり気は進まねェが、ブルック。食ってくか?」  「は―――い!!いただきまーす!!ドリンクは牛乳で!!」  「サンジ!おれも飯食ってくぞ!!」  「てめェは帰れ、ルフィ。」  「えー!?ヤダ!!」  「そうそう、さっきベルメールの所に寄って来たの。ゾロシアから荷物が届いてたわ。」  「荷物?」 ロビンが首を傾げて笑った。 フランキーも、肩をすくめた。 火事で全焼したゲンゾウの家は、エースの言葉通りドメンヌの仲間ですぐに建て直した。 だが、焼けてしまった家財道具やナミの蔵書、自転車、服などはどうにもならない。 すると、サンジからその話を漏れ聞いたゾロシアが  「本と自転車のリストを送れ。」 と言ってきた。 駄目で元々と、ナミはありったけの記憶を頼りにリストを作り、ゾロシアに送った。 その荷物が、届いたのだ。  「きゃあああああ!すごいすごい!!ビアンキのオルトレよぉぉぉぉぉ!!  すっごい!このカーボンフレーム!!シマノのデュラエース!このホイール素敵〜〜〜〜!!さすがだわぁあああ!!」 おニューの自転車に、きゃあきゃあ言いながら跳ねまわるナミ。 その様子にウソップがツッコム  「お前、どんだけゾロシアにタカったんだよ!?どう見てもぼったくりじゃねェか!!  元の自転車の影も形もねェ機種じゃんかよォ!!」  「精神的苦痛を加味するって言葉、知らないの?ウソップ?」 積み上げられた本を見て、姉のノジコも  「ねェ、父さん、母さん。こんな全集、あの子持ってた?」  「……持ってたんだろ?きっと。」  「持ってたのねェ、きっと。」 ゲンゾウ宅の葡萄の木は、4分の3が無事に残った。 これならば、来年の収穫も大きな減収にはならないだろう。 来年も、またワインは造れる。 その日。 ヴェローナは今年初めての雪が降った。 窓の外をはらはらと舞う白い雪。  「雪か…。」 雪の中に立つサンジーノは、儚げで、雪の中に溶けていくようだった。 どうして、あんなに愛したのかわからない。 どうして今でも、こんなに愛しているのかわからない。 魂の片割れ どんな形で出逢おうと、きっと同じように愛し合った。  「………。」 絵の中のサンジーノは、いつも同じ笑顔でそこにいる。  「…やっぱ…絵は味気ねェ…。」 本物のてめェに逢いてェが、まだそっちに行く気はねェ。 それに、今行ったら、サンジーンの野郎がまたウゼェケンカを売って来るだろうしな…。 …って、おい…もしかしたらあの世に行ったら、またあのアホとケンカか? てか、サンジーノ。  「化けて出るなら、なんでおれんトコに来ねェんだ?」 ウソップが言った通りの事を、ホントに考えていたらしい。 最近、やっと飲酒の許可が出た。 チョッパーめ この頃調子づいて、態度がデカクなってきやがった。 そろそろ釘を刺しとかねェとな。  『 ゾロシア 』  「!?」 あの声に、呼ばれたと咄嗟に振り返る。  「………。」 描かれた顔が、いつもよりもからかっているような笑顔に見えた。 ふっと、ゾロシアの唇に笑みが浮かぶ。 この頃よく笑えるようになったと、自分でも思う。 ドンを名乗ってからずっと、ゾロシアは笑う事を忘れていた。 サンジーノを思い出す事は、辛く苦しい事ばかりだった。 忘れていた。 出逢い、語り、笑い合った日々が確かにあった事を。  「……まだ迎えは早ェぞ、サンジーノ。」  『 わかってるよ 』 憎らしい、笑みを含んだ答えが、聞こえた様な気がした。  「……サンジ―ノ……。」  「悪かったな。」  「死んじまったてめェには、何もできねェだろうなんて言っちまったが。」  「……まったく……見事にやってくれたもんだ。」  「サンジーノ。」  「おれが逝くまで、浮気すんじゃねぇぞ。」  「………。」  「……スル―か!?」 思わず叫んだその時  「ドン・ゾロシア。」 隣室からギンの声がした。  「なんだァ!?」 ガタタッ!と、いきなりの怒号に慌てて、何かにぶつかったような音がした。  「コ、コルシカから、いつもの荷物が届きました。」 ギンの声はどこか嬉しそうだ。 毎年、フランキーが送って来るベラ・ロッソ・アレアティコ。 ギンだけではない。ファミリーの多くの者が、毎年届くこの酒を、ゾロシアが振る舞うのを楽しみにしている。  「……わかった。いつものようにしておけ。」  「かしこまりました。」 届いた酒の内1本を、必ずギンはテーブルの上に置いていく。 ゾロシアはガウンを羽織り、隣の居間へ行った。 が  「………。」 グラスが無い。 酒が無い。  「…あの野郎…忘れやがった。」 かすかに、コメカミに青いものが浮かぶ。 だが、こんなチンケな事で、部下を怒鳴るマフィアのボスもどうだろう。 やれやれ もう一度、ギンを呼ぼうと卓上の電話を取ろうとした。 と  「………。」 ドアの前に  「………。」 その片割れが、微笑んで言った。  「ただいま。父さん。」 サンジ。  「………。」 その隣、手に、ベラ・ロッソ・アレアティコのボトルを持って立っているのは…。 毎年毎年 屁理屈をこねていた。 重いから、と、いつもどかんと船便で送りつけてくるだけだった。 ヴェローナに来ても、ホテルやガルダ湖のあの城に行くだけで、あの一件以来、一度もここへ来た事はなかった。 サンジが、気取って言う。  「…ドン・ゾロシア、ご注文の品、お届けに上がりました。」  「…こんなもんは注文した覚えはねェ。」  「そこは、オプションで。」 ゆっくりとテーブルに近づき、そこに、黒いボトルを置く。  「………届けに、来た。」  「………ああ、御苦労さん……。」 ああ 20年かかると思ったけど、これは40年はかかるかも。 サンジは心の中で溜め息をついた。 まあ、いいか。 ゾロが ここまで来ただけでも大した進歩だ。  「サンジ。」 ゾロシアが呼んだ。  「……シ、ファーザー。」  「……グラスを持ってこい。」  「…かしこまりました、ドン・ゾロシア。」 サンジは、ポンとゾロの肩を叩いて部屋を出た。 ゾロシアが、顎でソファを示す。 その仕草があまりにぞんざいで、不敵で、ゾロは思わず笑っていた。 サンジが、5個のグラスを手に戻ってきた。  「……ロビンはどうしてる?」 ゾロへ、ゾロシアが言った。  「元気だ。もう自分の足で歩いてる。」  「そうか。」  「………。」  「よかった。」  「………。」  「………。」  「…ありがとう…。」  「………。」 5個のグラスに、(必死に笑いを堪えながら)サンジがワインを注ぐ。  「サンジ。」  「シ、セニョール。」  「帰って来なくていいと言っただろうが。」  「…なんでだよ。」  「………。」  「ここがおれの家だ。」  「………。」  「…年が明けたら、コルシカへ帰るよ。」  「…会話が噛み合ってねェ…。」 ゾロが笑った。 注がれたワイン。  「数が妙に多かねェか。」 ゾロシアが言った。  「野暮言うなよ、親父。」  「………。」 父へ ゾロへ サンジーノへ 自分へ そして サンジーンら、ここにはいない『家族』へ  「じゃ、乾杯。」 サンジが言うと  「何にだ?」 ゾロが言った。  「………今日という日に。」 ゾロシアが笑う。 また、ゾロも笑った。  「つまみはねェのか?」 ゾロシアの言葉にサンジが答える  「ハニークリームドーナツはどうだい?」  「「いらねェ。」」 ゾロとゾロシア 同時に答えた。 明るい笑い声 さあ、話そう 時間はたっぷりある それからの事を これからの事を END お疲れ様でございました。 ここまで読んでいただき、誠に感謝いたします。 『Bella Rosso』のゾロとサンジのその後話でした。 当初このような話を書く気は無かったのですが… ご存知のように ええ、サンジーンがね(笑) サンジーンがキちゃったんですよvv どんだけだ、おだっち! ゾサ界では『ジーンとジーノが兄弟』的な設定が定着し、様々なステキ話が描かれておりますvv それに乗っかりました。  みたいな 本当にある日突然『ふっ』と、『狂気』なジーン様が浮かんだのです。 けど、ここまでとことん悪役にすると、かなりそっぽ向かれたり文句言われたりするかもー… と、ビクビクしながらやっちまいましたvv(おい) 根暗いジーン様;; 前に、日記でチラと言いましたが、このジーン様には20年間の裏設定があります。 その中に、ハンゾロウが登場します。 ただ 自分的にこのハンゾロとジーンさんは全く甘やかな関係ではないので、おそらく書かないと思います。 書けなんて言わないでねvv 血みどろなだけですからvvv 今回かなり自分で思い切りました 近親相姦も幼児も書いたことなかったです。個人的に好きなテーマではないのです。 ただ、ここまで持ってくるのにどうしても必要であったので、必死こいて書きました; いろいろ堪忍して下さい;; 途中、どうしてもゾロシアに気持ちが傾いて、主役が交代しかけて焦りまくり、しばらく筆が止まってしまいました。 が、どうにかこうにか完結いたしましてございます。 ありがとうございましたv    BEFORE                     (2011/1/11) Alienato RossoTOP
お気に召したならパチをお願いいたしますv

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