「……最近?お出かけ?してねェよな?」
ある島に寄港する前の晩、キッチンで皿を拭きながら、ウソップがサンジに言った。
「あ?なんだって?」
「?お出かけ?だよ。ゾロ。最近、島に寄ってもそういうトコに行かなくなっただろ?」
「……そうか?気にしてねェからな。」
「…もっとも、ここんとこ実入りが無ェからなー。」
「…だろ…?ちょっと小金が貯まれば、また行くんじゃねェか?」
「あー、そだな…。」
皿を重ねて食器用の箱に納め、ウソップは言う。
「…おれ…どうせヤルなら、やっぱ好きな子がいいなァ…。」
「だよなァ…おれもそう思う。」
「やっぱ、お前は分かってくれるか!だよな?だよな!?」
「あー、はいはい。そんなに鼻を近づけるな。」
ドアが開いた。
噂のゾロだ。
なんだって最近、このタイミングだ。
「おい、コック。ナミが呼んでんぞ。」
「え!?ナミさんが!?はァ―――い!ヌワッミすわぁ〜〜〜〜ん!ただいまぁ〜〜〜!!」
スポンジを放り出し、泡だらけの手を洗いもせず飛び出していった。
見送り、そのままゾロが冷蔵庫の前に立ち、中から水のボトルを出してそのまま呷った。
「…なー、ゾロ…。」
「あ?」
「…次の島…?お出かけ?のご予定は?」
「無ェ。」
即答に、ウソップはひくっと喉を鳴らす
ゾロは、あらぬ方を見ながら
「…なんか最近、その気にならねェ。」
「……へー。」
「ならねェから必要もねェし。余計な金も使わねェで済む。
何よりコックの嫌味を聞かねェで済むのがいい。」
「…あははははは。そ、そだな…。」
そういうもんなのか。
ウソップが思った瞬間だった。
ドン!と、激しい音と共に、ゴーイングメリー号が大きく傾いだ。
ゾロが、金丁を切りながら飛び出していく。
凄まじい反射神経だ。
ウソップがその後を慌てて追い、甲板に飛び出す。
「敵襲か!!」
海賊ならまだいいが
「か、かかか!海軍だ!!」
帆のマークを見て、ウソップが叫んだ。
見ると、すでにサンジはメリー号の舵を切り
「ウソップ!クソ剣士!敵の軍艦デカすぎる!逃げるぞ!!援護しろ!」
「わ、わかった!」
「ルフィは!?」
「あっちの船へ行った!!」
「はァ!?」
海軍の軍船は、大型の母船1隻と小型の巡洋艦2隻で航行していたらしい。
「こんなに近づくまで、なんで見つけられなかった!?誰が見張ってたんだ!?」
ゾロが叫ぶ。サンジも叫ぶ。
「ルフィだよ!あのアホ船長!メリーの頭の上で寝こけてやがった!!」
ナミが
「風向き、分が悪すぎるわ!!囲まれる前に逃げるしかないのよ!」
「あわわわわわわわわわ!撃ってきたァ!!」
「ナミさん!舵は!?」
「そのまま!取り舵いっぱい!!2時の方向!!」
「ルフィ!!戻れ!!」
敵の巡洋艦の上で、暴れ回るルフィ。
だが、声が届いていないのか、一向に戻る気配がない。
「ルフィ―――!!」
大きく、メリー号が方向を変える。
「ウソップ!!舵頼む!!」
「あわわわ!!」
サンジが大きくジャンプする。
メリーのフィギュアヘッドに「タン!」と足をつき、大きく跳躍すると、ルフィの乗り込んだ巡洋艦の甲板に舞い降りた。
「おー!来たのか、サンジ!」
「来たのかじゃねェ!逃げるんだよ!!こっちに分が悪いんだ!!」
「えええええええええええええええええええ!!」
「えええええええ!じゃねェ!!」
「もっと暴れたいぃぃぃ!!」
「また今度な!!」
オカンか。
「腕伸ばせ!メリーに戻るぞ!!」
「ゴムゴムの――――!」
ルフィが腕を伸ばした。メリー号のマストにグルンと巻きつく
「掴まれ、サンジ!」
サンジがルフィの腰に手を回し、飛ぶその瞬間
「!!」
銃声が響いた。
その音と共に、サンジの体が崩れ、手が離れた。
飛び出すルフィの勢いは止まらず
「サンジ―――――!!」
突然の事に体勢を崩しながら、ルフィがメリー号の甲板に叩きつけられた。
ナミが悲鳴を上げる。
サンジが、敵船の甲板に取り残された。
メリー号が、勢い海軍船から離れて行く。
「サンジ―――っ!」
ウソップが叫んだ。
「ナミ!船寄せろ!!」
「ダメ!潮に乗ったのよ!無理!!」
「もっかい、おれが行く!!」
ルフィが腕を伸ばそうとした時
「おれが行く!!」
ゾロが叫ぶや、甲板を蹴った。
メリー号から、もう一隻の巡洋艦の砲台を足場に、サンジのいる船の甲板に降り立った。
「コック!!」
駆け寄り、うずくまるサンジに斬りかかろうとする海兵を薙ぎ倒す。
「立てるか!?」
「……立て…る…だが…戦(や)れそうにねェ…足を…撃たれた…っ。」
「……っ!!」
サンジのスーツが黒いせいですぐにそうとはわからないが、左の太ももから血が噴き出している。
「…クソ…脚…!」
「掴まれ!!」
言うより早く、ゾロは右手の和道一文字を咥え、サンジを抱え上げる。
「どけェ!!」
サンジを抱えたまま、ゾロは巡洋艦の船べりから海へ身を躍らせる。
「撃て!」「逃がすな!」と叫ぶ海兵たちの怒号が消えた瞬間、2人は船が起こす波に体の自由を奪われた。
しかし
(…放すか…!)
サンジをしっかり抱えた時、流れが2人の体を押し上げた。
「ぷはぁっ!」
緑と黄色の髪が、海面に浮かぶ。
「ルフィ!あそこ!!」
「よっしゃあ!!」
グン!とルフィの腕が伸びてきて、ゾロとサンジの体をメリー号の上に引っ張り上げた。
「逃げるわよ!!」
天才航海士の指示で上手く潮に乗ったメリー号は、足の遅い海軍艦から全速力で逃げ切った。
「…弾丸は残ってないわね…巧く貫通してくれたみたい…サンジくん、動かせる?」
メリー号ラウンジ
応急処置をして、ナミが不安げに尋ねた。
「…痛ェけど動くよ…大丈夫。心配かけてごめんよ、ナミさん。」
「謝る事ないわよ。悪いのはコイツなんだから!」
「痛ェ!殴ることねェだろ!?」
拳骨一発。
「あんた船長なんだから!もう少し状況を読むとかしたらどうなの!?」
「おれに出来るワケねェだろう!」
「威張るな!」
「痛!」
いつもウソップは思う。
ゴムなのに、なんでナミの拳骨だけは痛いんだろう?
「…ありがとな、助かった。…ひとつ借りができちまった。」
「貸しだとは思ってねェ。こっちも助かった。」
しぶしぶ、という風に、サンジはゾロに礼を言った。
が、ゾロの言葉にサンジは不思議そうに目を見開く。
ゾロは、和道一文字を軽く叩いて
「…海の中で口から離れたあの瞬間、てめェが鞘引っ掴んでくれなかったら、申し訳ねェことになってたからよ。」
ウソップが
「よく掴んだな、サンジ。引き上げたら、サンジがゾロの刀を抜身で抱えてんだもんよ、驚いた!」
「下手したら、こっちで大怪我よ?よくどこも切らなかったわね。
サンジくん、しっかり刃を掴んでたわよ?」
「ははは…咄嗟だったから…。」
和道一文字の刃を握っていたのに、不思議と、サンジの掌には一筋の傷もなかった。
まるで和道が、傷つけてはいけない相手を見切ったかのように。
「…なんにせよ、いずれは船医が必要ね。このくらいで済んだからよかったけど、
私たちの応急手当じゃ限界があるわよ。」
「そだな!じゃ、次の島で船医探そう!」
「船医探しはともかくとして、次の島で病院に行きましょ。
ちゃんと診てもらった方がいいわ。脚ですもの。」
「うん、そうするよ。ありがと、ナミさん。」
海軍に追われた後だ。
島は目の前に見えているが、しばらく海域を航行して様子を見る事に決めた。
ケガをした後だというのに、サンジはいつも通り、翌朝の食事の仕込みを始めた。
脚が、思うように動かないのがもどかしく、ウソップが作った急ごしらえの松葉づえが鬱陶しい。
と、トレーニングが済んだゾロが戻ってきて
「…手伝うか?」
「………。」
こんな時間に来ること自体珍しいのに、発言がさらに珍しい。
サンジは目を丸くして、驚きに沈黙した。
「…じゃ、その寸胴、コンロから下ろしてくれるか?」
「わかった。」
軽々と、コンロから寸胴鍋をおろすゾロを見ながら
なんであの時、あいつが来てくれたんだろう?
と、思う。
こいつが、おれを助けに来る理由がわからねェ
「ここで、いいか?」
ゾロの声に、はっと我に返る。
「あ、ああ…サンキュ。」
「他は?」
「あ?」
「他にやることがあるなら言え、ついでだ。」
さらに驚き
「…いや、無ェ。後は自分でできる。」
「そうか。」
そのまま、出ていくのかと思ったら、ゾロは椅子に腰をおろした。
「…ここにいるのか?」
「寝る。」
「………。」
言って、腕を組み、本当にいびきをかき始めた。
「…………………ウゼェ。」
ま、いっか…。
「さて…。」
再び、仕込みを始める。
つい、いつもの調子で動こうとし、思わず
「痛っ!!」
と声をあげた。すると
「大丈夫か?」
「!!」
寝ていると思ったのに。
「…あ、いや…大丈夫だ…。」
「無理すんなよ。」
「う、うん。」
また、ゾロは目を閉じた。
もしかしてこいつ、おれに気を使ってここにいるのか?
「………。」
思わず、ため息をつく。
口元に、笑みが浮かんだ。
まいった…。
どうする?
嬉しい、とか思ってるぜ、おれ…。
食材を切り分ける音が響き始める。
鍋が、沸騰する音がする。
まるで、子守唄の様に心地いい。
この音と、タバコの香りと、時折漏れてくるサンジの鼻歌。
「………。」
?お出かけのご予定は??
ウソップに尋ねられた時、そういえばしばらく、そんな場所に行っていなかったことに気が付いた。
なぜだろう?
そう思った時、思わずサンジの顔を思い浮かべた。
そして
まさか、てめェ金髪のレディが好みか?てか、おれ、危ねェ?
コックを仲間に加えてから、島の花街で相手に選ぶ女は全部金色に近い髪だった。
気が付いたのは、あの瞬間だ。
そして、ふと浮かんだ妄想に体が反応したあの時から、金の髪のコックをそういう対象として見る様になってしまった。
ナミに関しては、『仲間』としての尊厳云々などと言いながら、しっかりあっさり覆してしまった。
そういえば。と改めて思う。
サンジに出逢ってから、花街で選ぶ相手はいつも金髪の娘だった。
無意識に、あの金の髪を抱きたいと思っていたのかもしれない。
気づき、初め「嘘だろ?」と自分に何度も言い聞かせたが、サンジのあの言葉。
?女神が傍らに寄り添う男は―――王だけだ。?
なら
お前は、おれの側にいろ
言いそうになった。
言ったところで本気にもしねェだろうし、逆に「キモッ!」とか言われて、さらに遠のいていくだけだろな。
ヤベェな
こいつに関わる事となると、体が勝手に動く様になっちまった。
海の中で和道一文字が口から離れた瞬間、しまったと思ったが諦めも走った。
なのに、海から引き上げられてこいつを見たら、懐にしっかり刀を抱えていて、
しかも素手で刃を握っていやがって、あの姿見た時は心臓が潰れるかと思った。
普段から、後生大事にしている手で
「………。」
コトン。 と小さな音がした。
ゾロが目を開けると、テーブルの上に、湯気の立ち昇る湯呑が置いてあった。
香りに、ゾロは手を伸ばして口元に運ぶ。
たまご酒
見ると、サンジは背中を向けて、まだ仕込みを続けている。
「………。」
こういう事をされたら、尚更惚れろと言ってるようなもんだぞ、てめェ。
今までが今までだ。
おれが何を言っても本気にはしねェだろ。
伝えるべきか、黙ってこのまま仲間として旅を続けるべきか。
後者はねェな…我慢できそうにねェ。
あんな姿見てたら、ついうっかり、触っちまいそうだ。
おい、こっち向いてみろ。
こっち向いて、笑ってみろ。
じゃねェと、背中から襲うぞこの野郎。
「!!」
「お、起きてたか?」
振り返って
サンジは笑った。
凄まじい爆音に、ルフィもナミもウソップも仰天して振り返る。
「何!?」
「ラ、ラウンジだ…!」
ナミが、「ああ…」と言った顔になる。
だが、爆音はそれひとつで終わった。
「……あれ?」
身構え、次に飛び出してくるだろう衝撃に備えたのに、ゾロもサンジも出てこない。
しばらくして
がちゃ…
静にドアが開いて、サンジが現れた。
「………どうした?」
甲板で身構えていた3人に、サンジは不思議そうな顔で尋ねた。
「どうした?って…今の爆音なんだったの!?サンジくん!」
「あ…。」
タバコの煙をひとつ吐き出し、サンジは笑って
「クソマリモがアホな事を言ったんで、ちょっと体にゆわしてやっただけですよ、ナミさん。」
「アホな事?」
「大したことじゃありません。」
「そ、そうなの?」
ウソップが
「で、ゾロは…?」
「知らね。寝かしつけたから、しばらく寝てっだろ?」
「ええええええええ!?」
サンジは手すりに腕をかけ
「ルフィ、ピザ生地余ったからメキシカンブレッド作ったぜ。食うか?」
「食う!なんだかわかんねェけど、美味そうだ!」
「ナミさんは?マンゴー大目にしたから、甘いよ。」
「あ、いただく♪」
「ウソップ、てめェも食うだろ?サルサを増やしてやるよ。」
「はーい!いただきまーす!」
「じゃ、今そっちへ持ってく。」
再び、サンジはラウンジに戻り
「………。」
床に、大の字になっているゾロを見下ろした。
目を見開き、ゾロは入ってきたサンジを見上げる。
「……てめェも食うか?」
「……食う。」
にっこりと、サンジは笑った。
ゾロの額に、大きなコブがある。
サンジが、つい今しがたつけた傷だ。
「……自業自得だ。エロマリモ。」
微笑むサンジの額に青筋。
トレーに、3人分のメキシカンブレッドを載せて、飲み物を載せて、出て行こうとしながら
「……さっきの………もらっとくぜ。」
言い残し
「おい。」
出て行こうとするサンジを呼び止めた。
「期待していいんだな?」
「………うぬぼれんな…ばーか……。」
ドアが閉まる音を聞いてから、ゾロは半身を起こした。
テーブルの上に、ゾロの分のおやつと飲み物。
振り返ったサンジに、思わずゾロは言った。
「好きだ。」
瞬間、ラウンジは凍りつき、次に、足の痛みも忘れてゾロの脳天に踵を落とした。
「どうした?サンジ?」
ウソップが、飲み物を口に運びながら言った。
「ん?何が?」
「…なんか…嬉しそ…。」
「そうか?」
しばらく、ウソップはサンジの顔を見ていたが、チラ、とゾロが居るであろうラウンジを見上げ、またサンジの顔を見た。
「……?」
すまねェ。と、心の中でサンジは、ウソップに詫びる。
勝手な奴。
ついでに悪態もつく。
「おれ、危ねェ?」と冗談めかして言った時の、あのゾロの反応で、自分もまた思わず本音を言っていたのだと思う。
あの時、海軍船の甲板に、あいつが飛び込んできてくれた時、めっちゃ嬉しかった。
海の中で、あの刀を掴んだ時はほとんど無意識だったが、失ったとなったら、
あいつがどれだけ悲しみ苦しむかわかっていたから、絶対に放すもんかと無我夢中で握ってた。
何となく、意識し始めた矢先に、何の心の準備もないまま、いきなり。
けれど
嫌な気はしなかった。
しなかったから。
もらうだけはもらっとく。
そこから先は、これからの事だ…。
立ち上がり、テーブルに歩み寄る。
ゾロは不敵に笑い、掴むや口に運び、狼のように噛み切った。
「…逃がしゃしねェ…覚悟しとけ、クソコック。」
偉大なる航路
旅は始まったばかり。
END
BEFORE
(2012/12/25)
2012ゾロ誕、ロク★様リク
「野獣だけど意外に紳士的なゾロ」
「サンジが困った時にはいつも助けてくれるゾロ」
「立ち寄った島では娼婦も買うけどサンジには手が出せないゾロ」
ロク様のメールには「ありきたりですけどすみません」とありましたが、
いやもう;こちらこそすみません;;;
なんだろう?そのありきたりな感じが書けませんで…;;
自分的になんですが、サンジに対して自覚を持ったら「ま、いっかぁ」って
花買いには行かなくなるような気がしまして…。
ご満足していただける出来ではないと思いますが、どうかお納めくださいませ…頓首
リクエストありがとうございました!
(時期的にビビちゃんがおりますが、今回の流れにかかわらせたくなかったので泣く泣く無視しました;ゴメン;ビビちゃん)
あるいはそんな恋の始まりTOP
お気に召したならパチをお願いいたしますv
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