時々、麦わら海賊団の剣士は思う。 なんだってコックは、おれに対してああも反抗的なのだろうか、と。 2人は俗に言うカップルだ。 だがこの「カップル」という呼称を、ゾロはあまり好きではない。 ゾロは、サンジの事を自分の何かと問われたら「連れ」と答える。 サンジは同様の質問をされたら、ゾロの事を「腐れ縁」と答える。 その答えを聞く度に、何で同じようにサンジが答えないのかが癪に障る。 癪には触るが理由はわかるのだ。 理由は簡単で明白。 ゾロが男で、自分も男だからだ ゾロの方はサンジとの関係を恥じる気持ちは全くないし、まだ19歳の若さではあるが、この先一生を共にする相手だと決めている。 だがそれは、傍から見れば異常な恋で異常な関係であるから、ゾロよりもっと常識的な考えの持ち主であるサンジは、 自分がゾロの生涯の連れだと、胸を張って堂々とは言えないのだ。 だからいつも、お節介な仲間から言われてしまう。 「またかよ、サンジ!」 「もぅ!好きなくせに!」 「もっと素直になれよ!」 「どうしてそういう言い方しかできないのかしら?」 「変なの。好きなくせに。」 「全くひねくれ者が。」 「ヨホホホホ!!御自分のマユゲの様に!!」 壁にめり込むブルックを見て、ゾロも全くその通りだと心の中でうなずく。 そうして真っ赤な顔で、訳のわからない言葉をまくしたてるサンジを見ながらいつも思う。 たまには 素直になってくれりゃいいのによ 何も、仲間の前で甘えてくれと言っている訳ではない。 ただ2人だけの時くらいは、甘えて寄り掛かかってくる事があってもいいじゃねェか。 それでもサンジが頑ななのは、やはり男としての尊厳なのかもしれない。 だから 「……ん……っ……。」 「………。」 「……っ…ふ……。」 「…なァ…声出せよ…。」 「…っ…!」 薄闇の中、ゾロの手に包まれた白い頬が左右に揺れる。 「…船じゃねェんだ…壁も厚いし、隣のルフィ達にも聞かれてねェよ…。」 「……ヤ…っダ……!」 「………。」 小さく、ゾロは溜め息をつく。 その溜め息に、サンジは瞬間眉を寄せた。 「……ひ…ぁ…あぁっ!!」 「…出せるじゃねェか…。」 「…う…くぅ…っ!…苦し…。」 「…けど気持ちイイだろ…?奥、好きだもんな…。」 また、サンジは首を振る。 サンジの足を捕らえ、貫いたまま思いっきり尻に圧し掛かった。 体を腰から二つ折りに畳まれたままの姿勢で、ゾロはグイグイと全身で押し入ってくる。 ベッドの軋む音だけが響いている。 規則正しく小刻みに。 魚人島へ向かう途上の島。記録(ログ)を得る為の寄港。 つかの間の安息、2人だけの空間。 「…はっ…あ…息…っ…。」 「………。」 「…ゾ…ロ…っ…!」 サンジの太ももにかかるゾロの手に、かすかな痛みが走った。 頂に向かう為の動きを止めるほどの刺激ではなかったが、ゾロは痛みの正体を探った。 サンジの手、その爪が、ゾロの手の甲を掻きむしっている。 「…やめろ…やめ…マジ…苦しい…。」 知っている。 サンジがゾロの体を無意識に掻きむしる時は、激しく感じている時だ。 だが、その事をサンジ自身に言った事はない。 言えば、今以上に頑なになって、声はおろか蠢くことさえ堪えてしまう。 まぁ、いいか…。 まだ、この先の人生長ェんだ。 ゆっくり解していくさ。 心の中で呟きながら、ふっとゾロは己を笑う。 長い人生? 海賊のクセに。 「…あ…っ…ああ…っ!…ゾロ…ゾロっ…も…ぉ…っ!」 痛ェ 手首に走る尖痛と同時に、ゾロはサンジの中で果てた。 「フロントで聞いたんだけど、この島って『偉大なる航路』の7本の航路の3本が交わる、珍しい島なんですって。」 翌朝のホテルのレストラン。 ナミが、ビュッフェスタイルのサラダを取りながら、隣でスクランブルエッグを掬っているフランキーに言った。 「はァ?そりゃどういう意味だ?」 「知らないの?…って、ああそっか…あんた、『偉大なる航路』育ちだもんね。」 ウソップが、フランキーの隣でベーコンとソーセージを取りながら 「東西南北4つの海から『偉大なる航路』に入る時、航路を選ぶんだよ。」 「航路を選ぶ?何だ?それ、面白いなー!おれ初めて聞いた!」 さらに隣で、ハッシュドポテトを取っていたチョッパーが、目をキラキラさせて尋ねた。 ナミが 「『偉大なる航路』の島々はね、島それぞれが特殊な鉱物を含んでいて…ハイ、これの説明はコミックス12巻117ページからを参照。」 「なんだよ!ちゃんと説明しろよ!」 「ヨホホホ!ワタシ、知ってます!ラブーンのお話ですね!!」 ブルックが、サーバーからジョッキに牛乳を注ぎながら嬉しそうに言った。 「待っててください!ラブーン!!必ずそこへ辿り着きますからね―!!」 「ブルック静かに、食事中よ。」 フルーツを皿に載せながら、ロビンが微笑んで言った。 と、若い女の声がフロアに響いた。 しかし、麦わら海賊団は誰も、騒ぎの方向には振り返らない。 「お客様!困ります!トレーごと料理をお持ちにならないでください!!」 「え〜〜〜!?めんどくせェんだよー!にしても、このエビグラタン美味ェなァァァ!!おかわりー!!」 仲間全員他人のフリで、ウェイター達につまみ出される船長ルフィを見送った。 「…あら、ゾロ。おはよう。」 レストランの入り口に、おっとり現れたゾロにロビンが気づいた。 つまみ出されるルフィとすれ違いながらも、ゾロも他人のフリを決め込んだ。 ルフィがゾロを呼ぶ声がこだましている。 「あら、サンジくんは?」 ナミが問うと 「まだ寝てる。」 「…無茶させたわね。あんた。」 「………。」 「…余計なお世話だって言われるのは百も承知だけど、起きられない程ってのはいかがなものかしら?」 ゾロは黙って軽くうなずいた。 「あら、素直ね。」 「………。」 ハイ。と、ゾロに取り分け用の皿を渡して 「素直なのはいいことよ。」 ナミがテーブルに戻った時、サンジが様子を伺いながらレストランに入ってきた。 少し頬が赤い。 ナミとロビンに、ぺこぺこ頭を下げながら何か話している。 また、見え見えの言い訳をしているのだろう。 いつもの事だ。 ちら、と、昨夜サンジがつけた手の甲の傷を見る。 白い皿の上をスクランブルエッグの黄色だらけにして、ゾロはその皿ひとつだけを持ってテーブルに戻った。 サンジの不機嫌の八つ当たりを覚悟しながら。 島の名前を聞いた様な気はしたが覚えていない。 ただ、記録(ログ)の貯まる日数が五日だと聞いただけだ。 通り過ぎるだけの島に興味はない。 だが、コックであるサンジには立ち寄る島に必ず用事がある。 食材調達だ。 その日、サンジはサウザンドサニー号を停泊させた入り江に近い、港の市場を歩いていた。 既に時刻は昼を過ぎ、市場を物色するに適した時刻ではない。 早い店はすでに幕を下ろしている。 それでもこういう場所に、自然と足が向くのは料理人の性だ。 買い揃えておきたい物は多い。まずは、調味料、酒、穀物、乾物。 チラ サンジは肩越しに後ろを振り返った。 3歩後ろを、ゾロがついてきている。 振り返った時、ばっちりと目が合った。 ひとりで市場に行くと言ったら何故かついてきた。 (…酒でもねだろうってか…。おれにナンパさせまいとして、見張る為にでもついてきたか?) それとも (荷物持ちでもして、昨夜の詫びにするつもりかよ。) 心の中で呟いて、サンジは瞬間頬を染めた。 何が声出せだ。 何が奥好きだろ?だ。 わかった風な口ききやがって…何様のつもりだ。 てめェはおれの、なんだと思ってやがる。 道端で、サンジは立ち止った。 後を歩くゾロも足が止まる。 素直になれ。 と誰もが言う。 好きなんだから、その気持ちを隠す必要は無いのだと、仲間みんなが言う。 けれど (…この関係が…ずっと先まで続くものだなんて、おれは自惚れちゃいねェ…。) おれも、ゾロも、抱いた夢がある。野望がある。 それを果たす為には、こんな想いは煩わしいだけだ。 …そうだろ? 「…どうしたコック。その店に入るのか?」 ゾロの言葉に、サンジは看板を見上げた。 『豆や』と書かれてある。 『豆』という字の脇に、冗談の様に鳩の置物があると思ったら、それは本物のハトだった。 「…あ、ああ…そうだな…。」 ゾロは息をつき。 「ここで待つ。」 「………。」 入るしかないか。 確かに、豆も買うつもりだ。 まず、店頭にうず高く積まれたヒヨコ豆。 それからレンズ豆、キドニービーンズ、大豆、小豆、白花いんげん…。 「お兄さん、船乗りかい?」 気のよさそうな店の親父が、金時豆を布袋に詰めながら尋ねた。 肉屋の主かと思う程の、でっぷりした腹が揺れる。 「ああ。…と、それからそっちのうずら豆も5キロ頼む。それと…赤飯用のささげ…。」 赤飯を炊くと、口には出さないが喜ぶ男がひとりいる。 握り飯にしてやると、嬉しそうにほおばるヤツがひとりいる。 できるならずっと、そいつに飯を食わせてやりたい。 10年後も、20年後も、あいつを想いながら、あいつの声が聞こえる場所で料理をしていたい。 「………。」 それは、叶うはずのないもうひとつの夢。 (世界一の大剣豪の隣には、海賊王がいればいい。) そして海賊王の傍らには、美しいみかん色のプリンセス。 大剣豪の隣には… (おれじゃない。おれは相応しくない。ゾロが世界に、大声で自慢できる相手じゃない。) でも 今だけ 今だけは その日が来るまでは その日が来たら おれは潔く消えるから その日までは…。 「終わったか?」 のっそりと、豆の入った樽の間を縫って入ってきたゾロに店主は仰天した。 そして、ゾロを指差し 「…ゾロ…!あんた!『海賊狩りのゾロ』じゃないかね!」 「!!」 「………。」 「そうだろ!?その緑の頭…3本刀…!手配書と同じ顔だ!!」 ヤベェ!! サンジは瞬間思ったが 「いやぁあ!すごい!!本物の三刀流のゾロだ!!握手してくれんかね!できればこの辺にちょこっとサインをもらえたら嬉しい!!」 そっち? 興奮しまくる店の親父に、ゾロは少し引き気味だ。 親父が、店先であまりに騒ぐので、人々の視線が集中し 「『海賊狩りのゾロ』だってよ!!」 「うわ!本物!?」 「手配書と同じ顔だ!本物だ!!」 「麦わら海賊団のゾロだ!!」 「スゲェ!!」 「握手して!」 「サインして!」 どうやら敵意や恐怖はなさそうだ。 しかし、ここは3本の航路の交わる島、海軍の人間も多い。 これはマズイ! 「ゾロ!行くぞ!!」 「……!!」 「親父!!荷物は後で取りに来る!!」 「毎度―!!次はサインを頼むよ!!」 「誰が!!」 人の間を縫って走り出した。 サンジの後を走りながらゾロが叫ぶ。 「何で逃げる!?」 「アホ!!騒ぎになって海軍が来たらどうするつもりだよ!?」 「…ああ…そうだな。……にしても、サインは参った。」 「まったくだ!」 「考えてねェからな。」 「アホかてめェ!!する気満々か!!」 「価値出るぞ。世界一の大剣豪のサインだ。」 「言ってろ!!」 笑って、ゾロは速度を緩めた。騒ぎの輪が遠くなった。 「…もう…いいか?」 その様子を振り返って、サンジも止まろうとした時 「きゃあ!」 軽い衝撃と共に悲鳴が挙がった。 「わ!!」 「…アホコック!!」 その衝突は激しくはなかった。 だが、背の低い細身の老婆には、決して小さい衝撃と言えるものではなかった。 手にした籠が弾け飛び、中身がぶちまけられると同時に転倒する。 「あぶねェ!!」 咄嗟に体勢を崩して、サンジは自分の体をクッションにして、老婆が激しく転ぶのを防いだ。 「ごめん!…申し訳ないレディ!!」 こんな時でも、例え年寄りでも、サンジは女性への礼を忘れない。 間一髪で、老婆はサンジの懐で受け止められた。 「何やってんだ、アホ。」 サンジの上の老婆に手を貸しながら、ゾロが吐き捨てる。 「うるせェ!さっきからアホアホ言うな!」 「アホだからアホと言ったまでだ。アホコックがいやなら変えるか?アホマユゲ。」 「同じだろ―が!!なお悪いわ!!」 「(無視)悪かったな、ばあさん。怪我ねェか?」 老婆は、ゾロに助けられながらすっと立ち上がり、笑って 「仲がいいのねェ。微笑ましいわ。」 白、というよりは白銀に近い髪を綺麗に結い上げている。 いでたちも身のこなしもすっきりとして、背筋もしゃんとしていた。 『老婆』、と形容するのは申し訳ない ああ、50年前にお会いしたかった。 一瞬サンジがそう思うほど、老いてはいたが美しい顔立ちだ。 『仲がいい』と言われ、思わず互いに目を丸くする。 老婦人は、にっこりとまた微笑み 「ありがとう…大丈…。」 言った側から、左足が崩れた。 「大丈夫じゃありませんね…申し訳ありません、レディ。」 「…そのようね…少しひねったみたい。」 「お宅までお送りしましょう。ひとりでは無理だ。」 「ばあさん、荷物これで全部か?」 「あらあら…ありがとう…では…お願いできるかしら?」 ゾロもサンジも申し訳なさそうに笑い、サンジが老婦人を背に負った。 「遠いのよ。ごめんなさいね。」 と、老婦人は、サンジの背中で何度も言った。 なるほど、案内された老婦人の家は、町からずっと離れた海を臨む山にせり出した崖の上にあった。 そこに至る道は森が深く、霧が濃く、本当にこの先に家があるのかと不安になるほどだった。 鬱蒼とした林の中に小さな小屋の様なたたずまい。 庭先に小さなポンプ井戸。 海の波音と木々の梢の音、そして鳥の声だけが聞こえる。 霧の中、老婦人をそっと降ろして、サンジは濡れた前髪をかきあげた。 「ありがとう。疲れたでしょう?本当にありがとう、助かったわ。」 「いえいえ!元はと言えば、おれがよそ見してぶつかったせいだ!」 「そうそう、コイツのせいだ。」 「あーのーな!!」 「ホホホ、本当に仲がいい事!」 これが仲間なら、サンジは「ねェよ!」と怒鳴り返すのだろうが。 「お茶でも飲んでいってちょうだい。他に何もおもてなしできないけど…。」 「いえ、そんな!本当ならお詫びをしなきゃいけないのはコチラの方で…。」 「ありがてェ。喉渇いてたんだ。」 「ゾロ!!」 「ホホホホ!どうぞどうぞ!汚い所だけど。」 「申し訳ねェ……ったく…。」 ギロ、とサンジはゾロを睨みつけたが、ゾロは見て見ぬふりをし、さっさと中へ入って行った。 小屋の中は思ったよりもきれいだった。 見た目のみすぼらしさに反して、中はどこか上品ですっきりとした趣があった。 入った2人の目に、真っ先に飛び込んできたものがある。 小さな暖炉の上に掲げられた 「剣。」 呟いたのはやはりゾロだった。 「…すげェ…。」 サンジも思わず呟いた。 大剣だ。 それも2本。 片方は、重厚な厚みのある剣。 鞘も柄も、かなり使い込まれた雰囲気がある。 片方は少し細い、銀の鞘の剣。 だが細いと言っても、ゾロの和道一文字ほどの刀身だ。 片方の剣が大振り過ぎて、その大きさは極めて小さく細く見える。 ゾロが尋ねる。 「まさかばあさんのエモノじゃねェよな?」 「ホホ!まさか…!私の死んだ主人のものよ…。」 「剣士だったのか。」 「ええ、剣士で学者で、船乗りだったわ。」 「触ってもいいか?」 「どうぞどうぞ。」 「ありがとう。」 ゾロにしては珍しく老婦人に礼を言って、壁に交叉して掲げられた二振りの大剣の片方を手に取り、ゆっくりと鞘を払う。 「……すげェ…いい剣だ……。」 ゾロの顔に、白銀の光が反射している。 ふたつの目に、銀色の光が凛として走っていた。 サンジも 「…すごい長剣だな…御主人、相当な使い手だった?」 「ええ。誰かに負けたのを、見たことはなかったわ。」 「へェ。」 「そっちの…少し細い剣も御主人の?」 「ええ。…こちらはね、少し若い頃に使っていた物…私に、結婚の約束にくれたものなの。」 「…へェ…結婚の約束に剣を…。」 老婦人は皺の深い頬を少女の様に赤く染めて 「…家が隣同士で、あの人は10歳も年が上でね…でも、いつも一人前に私を扱ってくれて…側にいたくて、剣を教えてくれって教わりに行ったのよ。 …子供だったわ。思い出すと恥ずかしい。…あら、いやだ…こんな話つまらないわね。」 「いえ!…聞かせてください。」 サンジが声を挙げた。 老婦人は少しはにかんで 「…おばあちゃんの昔話よ…。」 「聞きたいです。…なんだか素敵な恋の話になりそうだ。」 老婦人は、チラとゾロを見た。 すると 「構わねェ。おれも聞きてェ。こんな剣をふるった男が、どんな剣士だったのか興味がある。」 「お茶はおれが淹れますね。おれ、コックですから。」 「あらあら…ありがとう。」 嬉しそうに微笑んで首を傾げた老婦人の顔が、一瞬、年若い少女のように見えた。 (2011/7/7) NEXT 誰が為に鐘は鳴る-TOP NOVELS-TOP TOP