嵐だ!



『偉大なる航路』の気まぐれな天気はいつものことだが、これほどの暗転はさすがのナミも初めてのことだった。



 「帆を畳んで!!持ってかれちゃう!!」

 「うわあ!!側板が吹っ飛んだぁ!」

 「船底の穴、もう塞ぎきれねぇよ!!」

 「三角帆が裂けたーっ!!」



昼だというのに真夜中のような暗さ。

黒雲は切れ目すら見えず、荒れ狂う波間に、小さなゴーイングメリー号は木の葉のように揉まれ続ける。

叩き付ける雨の中、ロビンが叫んだ。



 「航海士さん!あそこ!島が見えるわ!!」

 「島!?ウソ!!だって次の島まで、まだかかるはずよ!?記録(ログ)だって…!」

 「いや、ナミさん!島だ!確かに島が見える!!」



マストに、必死でしがみつきながらサンジも叫んだ。

反対側で、一緒に帆を畳んでいたゾロも



 「見える。ありゃ確かに島だ、見間違いじゃねぇ。」

 「どっち!?」

 「2時の方向!!」

 「船を着けるわ!ルフィ!!ウソップ!!舵切って!!」



人型になったチョッパーが、破れた三角帆を必死に操りながら叫ぶ。



 「がんばれ!メリーっ!!」



答えるように、メリー号は闇の中にかすんで見える島影に向かって進路を変えた。



と



チカッ



島の一部が光った。



チカッ チカッ



 「何だ?」



ルフィがつぶやいた。

するとナミが



 「…島に人がいるんだわ。あたし達が遭難しそうなことに気がついてくれたのよ!あれは、こっちへ来いっていう発光信号だわ!」



チカッ チカチカッ チカッ



 「間違いない!みんな!あの光を目指して!!」



ゾロが言う。



 「随分と奇特なヤツがいるもんだ。」

 「船を見て、海賊船と知って、仰天しなきゃいいけどな。」



サンジが答える。



 「海賊船とわかっていて助けようってのか、それともまったく気づかないでいるのか…。」

 「気がついていて助けてくれているとしたら、随分と物好きね?」



ロビンが笑う。

それにナミが



 「この天気にこの距離じゃ、海賊旗も見えていないはずよ。」

 「いやあ…見えていると思うぜ。旗はともかく、帆のドクロは丸見えだったろう。」



ゾロがつぶやいた。



 「鬼が出るか蛇が出るか。ご同業様か海軍様か…。」

 「とにかく行くわよ!今はそれしかないんだから!」















 同時刻



ゴーイングメリー号が向かった島。

発光信号が放たれた場所は、島と周りの海を一望できる高台に立つ、古い大きな城だった。

巨大な石を組んで、築き上げた城。

3つの尖塔が、黒い空に向かってそびえている。

ここも、空は黒雲に覆われているが、雨は降っていない。

強い風が、城の窓や壁を叩いている。



 「気づいたようです。船はこちらへ向かっております、奥様。」



海に面したバルコニーで、1人の中年の女が言った。

手に、投光機を持っている。

その投光機を、海に向けたままバルコニーの手すりに置く。

あらかじめ、そこにはその機械を固定する金具がついていた。



 「そう、よかったこと。」



奥の部屋から、高い女の声が答えた。



 「テス、お出迎えをね?」



更に、声が言った。

『テス』、と呼ばれた女は振り返り、深々と頭を下げ、部屋を出て行った。



女を見送り、『奥様』と呼ばれた女の方が、代わりにバルコニーに立った。

漆黒のドレスに包まれた細身の体。

蝋のように白い肌。

長く細い指

長い首

結い上げられた黒髪は、カラスの濡れ羽のように光っている。

形の良い唇は、血のように赤い。

凄絶なまでに、妖艶な肢体。



沖から近づくメリー号が、女の目にはっきりと映る。



波間に揉まれる小さな船。

マストで、引きちぎれんばかりにはためく、麦わらドクロのジョリーロジャー。



 「…久しぶりのお客さま…嬉しいこと…とびっきりのおもてなしをしなくてはね?」



女は、頬さえ染めて笑った。











 「うわあ!お城だ!!」



チョッパーが、天に聳え立つ城を見上げて溜め息を漏らした。

ウソップが言う。



 「ドラムの城に似てるな。」

 「うん。でも、こっちの方がデケェ!」



岸壁の上の城

発光信号は、この城の上層にあるバルコニーから発せられていた。

ゴーイングメリー号が、城の下にある入り江に入った後も、まだ光は止まない。

まだかなりの風が吹きあれているが、入り江の中は、岩壁に遮られて、比較的穏やかだ。



 「ルフィ。」



ゾロが顎で何かを示した。



月の様に湾曲した入り江の奥に、桟橋がある。

そこに、男が1人と、3人の女が立っていた。

その内の1人がランプをかざし、こちらへ来いと言っているようだった。



 「行こう、あっちだ。」



ルフィが言った。

ロビンが



 「海軍様ではないようね。」



と、言うと



 「同業者様か?」



と、ウソップが言った。



 「あんな上品なお姉さま方が、海賊なワケあるか。」

 「あ〜ら、わかんないわよ?」



ナミが意地悪げに言った。



 「そうですねぇ、現に我等が女神達も海賊でいらっしゃる。」

 「まあ、向かってくるようならぶった斬るまでよ。」



ゾロが、金丁を打った。

女相手でも容赦ない。



ロビンがナミに尋ねた。



 「航海士さん、記録(ログ)は?」

 「…やっぱり、この島を指してない…どういうこと?」



眉を寄せて、ナミは首をかしげた。



桟橋に船を寄せると、ルフィが真っ先に船を降りた。

すると、先程のテスという女が深く頭を垂れて



 「難儀でございました。皆様、お怪我はございませんでしたか?」

 「ありがとう!おかげで助かった!!みんな元気だ!」

 「それはよろしゅうございました。」



テスは、薄い笑みを浮かべた。

感情の起伏が見えない笑いだ。



 「アナタが、さっきの信号を送ってくださった方?」



ナミの問いにテスはうなずく。



 「はい。ですが、わたくしにそれをお命じになられたのは、この城の主、エリザベート様でございます。」

 「エリザベート、女城主なのか?」



素早くサンジが反応する。

仲間の後方から、ゾロの小さな舌打ちが聞こえた。



 「左様でございます。」

 「ゼヒひとことお礼を!!お目通り願いたいとお伝えいただけませんでしょうかぁ!?」



古い城

女城主

エリザベート



そのキーワードだけで、サンジは早くもメロリンモード発動。

だがテスはまったく動じない様子で



 「はい。主も、皆様をおもてなししたいと申しておりますれば。」

 「え!?じゃ、今夜はお城に泊めていただけるの!?」



ナミがはしゃいだ声を挙げた。



 「はい。こちらにおりますヘンドリーが、皆様をご案内いたします。

  まずは濡れたお体を暖められて、その後、お食事をご一緒に。」



ヘンドリー

唯一そこにいた男の使用人だ。

背はそんなに高くはない。

眼鏡をかけ、首に蝶ネクタイを結んだ、茶色の髪の初老の男。

ヘンドリーも、突然の怪しげな客への不振振りを微塵も見せず、最高の賓客に対する礼で頭を下げた。



 「ご滞在中の御用は、このヘンドリーに何でもお申し付けくださいませ。」

 「ヘンドリーでございます。海賊の皆様、ようこそおいでくださいました。」



とっくに、彼らが海賊であることを承知の上で、この待遇。







怪しい







と、感じたのは、臆病者の勇敢なる海の戦士・ウソップばかりではない。

ウソップは、隣にいたロビンに耳打ちした。



 「なぁおい、大丈夫かよ?」

 「大丈夫でしょ?面白いわ。」



テスとヘンドリー、麦わらの一味、下働きのメイドらしいがトウのたった女2人。

この順番で、長い廊下を案内される。

歩きながらロビンが



 「この城は、いつごろ建てられたものかしら?」



と、彼女らしい質問をした。

ヘンドリーが答える。



 「今から150年ほど前でございます。

  エリザベート様のご主人であられた、故アレクサンデル・バートリ伯爵様から5代前のバートリ伯爵、カイエン公が築かれた城にございます。」

 「……み、未亡人……。」



サンジが思わずつぶやいた。

妄想がどんどん大きくなっているらしい。



 「150年前…そう。」



どこか納得していないようなロビンの顔。



 「城の造りが新しゅうございましょう?」

 「ええ。この辺りの柱は、せいぜいここ2、30年という感じがするわ。」

 「20年程前に、大きな津波がございまして、新しく築いたものでございますゆえ…。」

 「そう、それで。」

 「津波が来るの?」



ナミの問いにはテスが答えた。



 「この島は、古いひとつの列島でございましたが、地殻変動で島が沈み、今もその地盤の変化が起こり続けているのです。」

 「じゃあ、記録(ログ)が示さないのはその為?」

 「はい。おそらくその記録(ログ)は、ここから20海里離れた本島を示しておりましょう。」

 「それでかぁ。ああ、よかった。記録指針(ログポース)が壊れたかと思った!」



テスが、薄く笑った。



 「それより腹減ったぁ〜!!早くメシ食わせろぉ〜〜〜!!」



無遠慮にも程がある船長。



 「皆様が湯をお使いの間に、お食事をご用意いたします。どうぞ、浴場はこちらでございます。」









(2007/6/1)



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