風呂を使わせてもらい、代わりの服まで与えられ、麦わらの一味はようやく食事のテーブルに着いた。

この城の雰囲気に合わせたような、ゴシックな出で立ちになった麦わらの一味。



他の色はないのか?



と、尋ねたくなるほど、クローゼットの中には黒をベースにした色の生地の服が多かった。

裾の長いドレスに魅かれたナミだったが、まだ何が起こるか油断できない。

膝辺りまでの丈の総レースのドレスにとどめておいた。

ルフィはいつものように麦わら帽子をかぶり、腰にサッシュを巻き、

素肌の上に黒いシャツを羽織っただけだが、ウソップなど、

どこで見つけたのか音楽家のような白髪のカツラまで着け、袖も襟もレースで飾り立てている。

ロビンもレースのブラウスに、男物のチュニックズボンをはき、銀の刺繍の入ったチョッキを着て、腰にサッシュを巻いた。

ゾロは襟の立ったジャケットを、ルフィと同じように素肌のまま手を通し、

濡れてしまったハラマキの代わりに、やはりサッシュを巻いている。

サンジは、まるで芝居にでも出てくる貴公子のような、ドレープの大きなシャツ、

黒い革地に金糸の刺繍のベスト。すらりと伸びた足を皮のブーツで覆っていた。

そのふたりの間に立っているチョッパーは、いつぞや『動物王』と呼ばれた時のようなカボチャのパンツにフリルのシャツ。



ゴージャスな装いであるが、若干名を除いては、すぐさま戦闘体勢の取れる姿だった。



さて



どんなに見た目を豪華にしても、すでにテーブルに居並んだ料理を前に、ルフィが我慢できるはずもなく



 「いったっだっきま〜〜〜〜〜〜〜す!!」

 「ちょっと!ルフィ!!」

 「うお〜〜〜!!うんめ――!!」



がつがつがつがつがつ…

ごくごくごくごくごくごく…



ゾロまで、すでに晩酌を始めている。

ウソップもチョッパーも、すでに皿を抱えていた。

サンジが途端に眦を吊り上げ



 「マナーってモノを知らねぇのか!?マリモ!!ホステスを待たずに、なんって礼儀をわきまえねぇヤツだ!!」



普段から、そんなモンは持ち合わせていない。



だがその時



 「よろしいのよ。テスの料理はお気に召しまして?」



と、歌うような声が広い食堂に響いた。



 「え!?」

 「わ!」

 「う…!」

 「……。」



誰もが、一瞬息を呑んだ。



ヘンドリーが恭しく



 「この城の主、バートリ伯爵夫人、エリザベート様でございます。」



と告げた。



食堂にいた使用人たちが、一斉に腰を折って頭を垂れる。



からん、と、何かが落ちた金属音。



ウソップが、持っていたフォークをテーブルに落とした音だ。

チョッパーの丸い目が、もっと丸くなった。

グラスを持ったゾロの手が、宙に止まった。

ナミは、中腰に浮いたまま、呆然と目を見開いた。



エリザベート



そう呼ばれた女の姿を、なんと形容したらよいのだろう。



華麗。



サンジでさえ、メロリンモードになることを、逆に忘れさせてしまうほどの美しさだった。

年齢は、30半ばというところだろうか。

若い娘にはない、妖艶な美しさ。

豊満な白い胸が、襟の大きく空いたドレスの中で窮屈そうにさえ見える。

なのに、腰や首、手足は細く、腹の前で軽く組まれた指は、しなやかでとても美しい。



ごくん



それは誰が唾を飲み込む音だったのか。



目の前の女の美麗を、表現する言葉がない。

だが、それをたった一言



 「スゲェ美人。」



と、ルフィが片付けた。



だが、ルフィが、女性を『美人』と形容した。

思わず、それを口にした。

それだけでも、エリザベートの美を表現するのには十分だったかもしれない。

美が、凄絶に過ぎるのだ。



 「まあ、お世辞がお上手なこと。」

 「伯爵夫人!」



サンジが我に返った。

目がハートだ。

どうやら正気に戻った(?)らしい。



 「今宵はお招きに預かり、光栄の至り。貴女はワタクシ達の命の恩人です…!

  ああ、この感謝の気持ちを、どのように表せばいいのかわかりません…!

  許されるのならどうか、貴女のその美しい右手に、接吻する栄を賜ってもよろしいでしょうか!?」



「アホ」 と、ゾロが吐き捨てた。

それにも、サンジは素早く反応する。



 「あんだと!?クラァ!誰がアホだ!?」

 「テメェだよ、ぐるまきアホマユゲ。」



ゾロのツッコミに反応できるうちは、まだサンジも正気だ。



 「まぁ、ホホホ…嬉しいこと。カワイイ方ね。」



手にした扇を口元に当てて、エリザベートは鈴のように笑った。

サンジを、『可愛い』と形容するあたりがやはり、年の功かもしれない。



 「でも、ありがとう!ホントに助かった!!急な嵐で大変だったんだ!!」



ルフィが言った。

ウソップもようやく息をついて



 「…あの〜〜〜質問してもいいですかぁ?」



エリザベートは、ヘンドリーにエスコートされて椅子に座り、ウソップをまっすぐに見て微笑み



 「何かしら?」

 「オレ達が海賊だって…分かってて助けてくれたんでしょうか…?」

 「ええ。」

 「物好きなこった。」



ゾロの言葉に、エリザベートは、形の良い眉に憂いを含んで



 「わたくしの夫も海で死にましたの…例え海賊船でも、目の前で船が沈む光景など、見たくありませんもの。」

 「そうでしたか…お辛いことを話させてしまいました。許してくださいラ・コンテス(伯爵夫人)。」



サンジが、大仰な口調で言った。

いちいち癇に障る。

ゾロのコメカミに青筋が立つ。



まったくコイツは、どーしていつもこーだか。



 「さあ、どうぞたくさん召し上がって。料理もお酒もたんと。

  よろしかったら、皆様の旅のお話しを聞かせてくださいな。」

 「じゃ!遠慮なくいただきま〜〜〜す!!」



すでに遠慮はしてない船長。

サンジも、料理のひとつに手をつけた。



 「美味い。」



テスの料理と聞いた。

これはプロの腕前だ。



 「テスはわたくしの料理人ですわ。お嫁に来る時、実家から連れてまいりましたの。」



テスが、小さく笑って頭を垂れる。

エリザベートの言葉に、ナミは内心「うへぇ」と、舌を出した。

超セレブって、やることがパンピーと違う。



 「皆様にお部屋を用意いたしますわ。ゆっくり休んで、疲れを癒してくださいませね。」



ウソップが悪党声で言う。



 「おいおい、いいのかぁ〜?オレ達は海賊だぜ?」

 「まぁあ、そうでしたわ。それでは大事なものはどこかへ隠さなければ。」



ころころと笑うエリザベートの顔に、海賊への恐怖など微塵もない。

図太いのか世間を知らないのか。

それとも海賊など恐るるに足らぬほどの、屈強な兵士でも隠しているのか。







食後、麦わらの一味は客室に案内された。

石造りの城の上階の一角、ドアが何個も並んだフロアにヘンドリーは7人を通し



 「お嬢様方はこちらの続きを、殿方はそちらのお好きな部屋をお使いくださいませ。

  明日の朝食は8時に用意させていただきます。

  各部屋お風呂もついてございますので、どうぞご自由にお使いください。

  また、何か御用、ご不自由がございましたら、卓上のベルをお鳴らし下さいますよう。それでは、おやすみなさいませ。」



ふかぶか



思わずチョッパーも、ふかぶか。







 「各自個室ってコト?」



言いながら、ナミが真っ先に部屋のドアを開けた。



 「うわああ!!ステキ!!」



いかにもお城、な調度類。



 「見て見てぇ!天蓋つきのベッド!!シーツも枕もシルクよぉ!!うわ!すごい絨毯!!この毛皮の敷物なにかしら!?

  真っ白よぉ!ふっかふか〜!この時計!すごいアンティーク!!ラリックのお皿!!

  いやん、このティーセット、年代物のウェッジウッドよぉ〜〜!きゃー!クローゼットの中にドレスがいっぱ〜〜〜い!!

  うっわ!この香水!!高いのよ!!それが10オンスも!!きゃーきゃー!!」



 「イったな。」



ゾロがつぶやく。



 「ナミさんカワイ〜〜〜〜。」

 「ウフフ、ホントね。…じゃあ、おやすみなさい。」



ロビンとナミが、並んだドアの向こう側に消えた。

ドアの向こうで、まだナミの悲鳴が聞こえる。



 「じゃ、オレここ!」

 「ん〜〜〜、じゃ、おれこっち!」

 「ふわぁ…おやすみ〜〜〜〜。」



ナミの部屋の隣にウソップ。

その隣にルフィ。

更に隣にチョッパー。



必然的に



 「じゃ、オレはこっちで。」



サンジがその隣に。

ゾロも、黙ってその隣のドアを開けた。



















「眠れねぇ。」



1時間後

誰もいない部屋で、豪華なベッドの中で、思わず声に出してつぶやいたのはサンジだった。

声が天井に届くと、反響してこだまの様に返ってきた。



ごろんと寝返りを打つ。

2回ほど回転してみる。

それで、やっとベッドの端。

見上げると、レースの天蓋。



つーか



この部屋

何か変な空気なんだよな。

なんつーか、もう1人誰かいそうな気配…。



ゾク



 「んなわきゃない。(タモリ風)」



出るワケないし。







保証の限りではないが。







古い城

嵐の夜



シチュエーション満載







サンジは身を起こし、ベッドから降りた。

ドアまで歩き、こっそりと外の気配を探る。



 「ベ、別に怖いワケじゃねぇけどな。」



ウソップのように言いながら、どこか声が震えた。



それと



鍵を掛けていないまま。

なのに



あの野郎

多分もう寝こけているに違いない。



しばらく逡巡して、サンジはドアを開けた。



と、殆ど同時に隣のドアも



 「あ。」

 「あ。」



身長がほぼ同じの2人の視線は、バッチリと合った。



 「…なんだよ。」

 「テメェこそなんだよ。」

 「うっせぇな。部屋が広すぎて眠れねぇんだよ。」

 「へぇ、怖くて眠れねぇのかと思った。」

 「ンなワケあるか。」



だが、ゾロもサンジも、それ以上の悪態はつかなかった。

すっと、ゾロの体が動いて、サンジの体を押し返しながら部屋へ入る。

そのまま、抱きしめてくれるかと思ったが、ゾロはまっすぐベッドへ向かい、その縁に腰を下ろした。



ちょっと、不満。



ゾロは、部屋から持ってきたらしいバーボンの瓶をあおりながら



 「鍵、掛けねぇでいたのによ。」



どこか拗ねたような声に、思わず、サンジは吹きだす。

何だ、お互いに待ってたのか。



 「なら、一言言っておけよ。」

 「言わなくたって、わかっだろ?」

 「アレだけ煽ったから、黙っててもそっちが来るかと思ったんだがよ。」

 「あれが、煽ってるつーのか?ありゃ、ケンカ売ってるつーんだ。」



引き寄せて、ゾロはまだ何かを言いかけたサンジの唇を塞いだ。

何度もキスを交わし、互いの背中に手を回す。



さっきまで感じていた、小さな不安が消えていくようだった。



ゾロの重みが、サンジの体にかかった。

その時



コンコンコン



びくぅっ!!



 「…サンジ…。」



チョッパー



 「…サンジ…起きてる…?寝ちゃった…?」



ガチャ、とドアが開き、チョッパーの影が入ってくるのが見える。



 (バカヤロ!何で鍵かけなかった!?)

 (ごめん…。)



アイコンタクト。



ああ、もう…。



だが2人は、チョッパーには弱い。(ナミにもルフィにも弱い。)

サンジは、襟元を直して起き上がり



 「どうした?チョッパー。」

 「………ウン………。」

 「…………。」



サンジでさえ、妙な感覚に捕らわれて眠れなかった。

チョッパ-は尚更だったかもしれない。

ましてやそこに、動物的感覚が加味される。



ゾロが、小さく溜め息をつくのが聞こえた。

小さくて、おそらくチョッパーには聞こえなかっただろうが、サンジにははっきり聞こえた。

暗闇だ。

そして天蓋に遮られて、チョッパーにゾロの姿は見えないだろう。



 「そっちの部屋に行ってやるよ。一緒に寝よう。」

 「……ありがと!」



テーブルの上のタバコを取り上げ、サンジはチョッパーと部屋を出て行く。

と、チョッパーが振り返り、暗闇に向かって申し訳なさそうに



 「ごめんね、ゾロ。」



と言った。



ベッドの付近から、激しい転落音がしたのは言うまでもない。









サンジと一緒にベッドに潜りながら、チョッパーが言う。



 「ウソップ、鍵かけちゃったんだ。入れなくて…ルフィもグーグー寝ちゃってたし。ごめんね。」

 「うん…まぁ…いいんだけどよ…よくアイツがいるってわかったな…。」

 「ニオイ。」

 「ああ、うん、なるほど…。」



真っ赤。

暗くてよかった。



 「一緒に飲んでたのか?お酒のニオイもした。」



がたたっ



……ガキで良かった……。



「うん…まぁ、…な。」

「何だかんだ言って、2人は仲いいな。」

「ははは…。」



笑ってごまかせ。



 「でも、何で真っ暗な中で飲んでたんだ?」



がたたたたん!!



 「…あ…あ〜〜〜〜〜あのな…その…“闇酒”ってヤツだ!」

 「“闇酒”?」



聞いたことない。



 「グラスにな?こう、持ち寄った酒を、真っ暗な中でテキトーに注いで、飲むっていう…。」

 「ああ!前にみんなでやった“闇鍋”の、お酒版か!?」

 「そうそうそうそう!!それ!それ!メチルアルコールぶち込んだりしてな!!」

 「メチルはダメだ!メチルは!!身体壊したらどうするんだ!?」

 「あー、はいはい…。」



混ぜたとしても、ゾロならおっけー、のような気がする



ごまかせたかな?



 「もー、しょうがないな。今度は医療用アルコールも隠しておかなきゃ。」



よし。



 「ホラ、もう寝ろ。」

 「うん、おやすみ。」



しばらくして、チョッパーが寝入るのを見届けてから、サンジはそっとベッドを抜け出し、自分の部屋に戻る。



 「…ゾロ…?」



気配はある。

ベッドの側に寄ってみる。

と



 「ぐーっ。」

 「………。」



待ちくたびれて、眠ってしまったらしい。

だが、怒る気になれない。

くすっとひとつ笑って、サンジはゾロの寝顔を覗き込んだ。



 「あ〜あ、スキだらけだぜ、大剣豪。」



規則正しい呼吸。



 「…スキだよ大剣豪。」



囁いて、サンジもその隣に潜り込み、目を閉じた。

睡魔はすぐにやってきて、サンジを眠りにいざなった。



互いの体温が、すぐそこにあるせいなのか、ゾロもサンジも深い眠りに落ちていく。

昼間の疲れのせいもあっただろう。

例え何かが、寄り添って眠る2人をじっと見つめているとしても、気がつかないほどに…。





(2007/6/1)



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