翌朝も、城から臨む海は荒れていた。

雨は上がり、空は灰色だが、雲は切れている。

無理に出航するのもアリだろうが、一晩、豪奢な部屋で、夢のようなひと時を過ごしたナミは



 「ゆっくりしておいきなさいな。わたくしも、久し振りににぎやかで嬉しいの。」



という、エリザベートの言葉にのっかってしまった。



 「ああ、別にいいんじゃねェか。急ぐ旅でなし。」



ゾロまでそう言うものだから、ルフィも万々歳だ。



 「いやっほ〜〜〜〜!!なぁ、城の中探検していいか!?」

 「ええ、どうぞ。好きなだけ。」



急ぐ旅でなし?

急ぐ旅じゃないのか?ゾロ。



サンジは知っている。



夕べ、不覚にも眠りこけてしまったゾロは、今朝目覚めた時、とんでもなく残念そうだった。

意外に雰囲気重視派なゾロは、こんな豪華な広いベッドでデキるシチュエーションを

逃したのが惜しくてならなかったのだ。



 「まったく、起こしてくれりゃいいのによ…。」



独り言のようにぶつぶつ言いながら、ゾロは朝食の後、広いテラスで筋トレに入った。

そうして昼食の後、タップリ昼寝をして夜に臨むつもりに違いない。

サンジは小さく溜め息をついた。

煩わしい訳ではないが、その気合が迷惑といえば迷惑。



でも、ちょっと、嬉しい                かも。



新しいタバコに火をつけ、サンジはベンチに寝転んでいるゾロの側に寄った。

テラスのテーブルセットでは、チョッパーが城の図書室から借りてきた本を読んでいた。

ちら、と顔を上げて、サンジが何をしようとしているのか、探るように目だけを動かす。



すぅっと、サンジの片足が上がったが、その蹴りが、ゾロの上に落ちることはなく、そのまま床の上に戻された。

サンジは、また息をつく。

チョッパーも、ほっと溜め息をつく。



 「…あれ?ナミさんとロビンちゃんは?」



チョッパーは本から目を離し、顔を上げた。



 「ロビンはさっきまで、一緒に図書室にいたけど、オレ先に戻ってきちゃったから知らねェ。

  ナミはエリザベートさんとどこかに行ったぞ?」

 「ふ〜ん、エリザベートさんと…。」



エリザベートの私室は、城の最上階にある。

その部屋にナミはいた。

エリザベートに誘われるがままに、彼女の宝石やドレスをとっかえひっかえし、

頬をピンク色にしながら着せ替え遊びに興じていた。



 「まぁ、ナミさん。よく似合っていてよ。」

 「こんなステキなドレス、本当に頂いちゃっていいの?」

 「ええ、もうわたくしには、デザインが若すぎるの。貴女の方がよく似合うわ。どうぞお持ちになって。」

 「うわあ!ありがとう!!うれしい!!」



桜色の、ドレープの大きなロングドレス。

確かにナミによく似合う。



 「こちらへいらっしゃい。そのドレスに、その髪は似合わないわ。結ってあげましょう。

  ええと…確かローズクォーツの髪留めがあったはずだけど…。」



金で縁取りされた鏡の前にナミを座らせ、エリザベートは、彼女のオレンジの髪を金の櫛で梳いた。



 「きれいな髪ね、ナミさん。」

 「エリザベートさんの黒髪の方が綺麗よ。憧れちゃう。あたしの髪、潮でバリバリだもの。」

 「そんなことないわ。…肌も滑らかで綺麗…一番若さに華やいでいる時ね。」



こんな風に、ずっと年上の女性に褒められたことがない。

ナミは、少しはにかんで笑った。



 「ナミさん。お生まれはどちら?」

 「東の海(イーストブルー)よ。ルフィとゾロとウソップと、サンジくんも、イーストブルーから来たの。

  サンジくんは北の海(ノースブルー)生まれだけど、育ちは東の海。

  チョッパーとロビンは、偉大なる航路に入ってから仲間になって。」

 「どうして海賊になったの?危ないことも多いでしょうに…。」

 「どうして…そうね…どうしてかな?」



改めて言われてみれば、何故だろう?



それはきっと



 「ああ!ルフィが『オレは海賊だ!』って宣言したから、

  それにつられてアタシもゾロも海賊になったんだわ。」

 「まぁあ。」



エリザベートがころころと笑った。



 「でも今は、それでよかったって思ってるの。これでも立派に海賊やってきたのよ?」

 「すごいわ。わたくしは海賊の事はよく知らないけれど、船長さんはとてもお強いの?」

 「お強いわよ〜〜〜〜。あれでも懸賞金1億ベリーの賞金首よ。」

 「まぁ!1億!」



あまりにエリザベートが驚くので、ナミはまるでウソップのように、仲間の自慢がしたくなった。



 「ゾロは6000万ベリー、ロビンは7900万ベリーで、

  ウチはトータルバウンティ2億3900万ベリーよ。すごいでしょ?」

 「ええ、本当にすごいわ。わたくしには夢の世界のようなお話よ。

  …さあ、出来たわ。この髪留めも差し上げましょう。大事にしてくださいね。」

 「いいの?ドレスも靴ももらっちゃったのに…。」

 「ええ。ナミさん可愛いんですもの。わたくしも、娘が欲しかったわ。」

 「…エリザベートさん、お子さんは?」



エリザベートは、悲しげに微笑み



 「息子が1人…でも、わたくしより先に…神様がお召しになってしまったわ…。」

 「…ごめんなさい。」

 「もう、昔の話。気になさらないで。わたくしこそごめんなさいね、こんな話。」

 「いいえ…!」

 「今日の晩餐は、思いっきり綺麗にしましょう!

  そうそう、ロビンさんも後でお呼びして、好きなドレスを選んでもらいましょうね。」



エリザベートは、鏡の中のナミに微笑んだ。



美しい微笑なのに、何故かナミの背筋が震えた。













 「あれぇ!ロビン!こんな所にいたのか?」



ルフィの声に、ロビンは顔を上げた。

城の地下。

図書室というには空気が湿っていて、本にとっては、あまり環境のよいとは思えない場所。

だが広い。

蔵書の数も、何万冊単位であろう、棚の数だけでも50を越える。

その棚と棚の間で、ロビンはしゃがみこんで本を読んでいた。



 「あら、船長さん。どうしたの?」

 「うん!探検の真っ最中だ!

  ウソップもさっきまで一緒だったんだけど、いなくなっちまったんだよな〜〜〜。」

 「まあ大変。」

 「面白いのあったか?」

 「ええ、色々と。

  どうやらこの本はほとんど、この城を築いたカイエン・バートリ伯爵の蔵書らしいわ。」

 「ふ〜ん。」

 「船長さんは?何か、面白いものあった?」

 「ああ、広くて暗くておもしれェ。いろんな所に変な道があったりしてよ。」

 「変な道?」

 「うん。部屋も何もないのに道だけあって、行き止まりになるだけとか、天井で無くなっちまってる階段とか。」

 「…それは確かに面白いわね。」

 「なぁ?…それにしても、スゲェ本だなぁ〜。」



ロビンは立ち上がり、天井まである本を眺め



 「この本全部、何について書いてあると思う?」

 「さあ?」



意味ありげに笑い、ロビンは答えた。



 「悪魔の実についての記録よ。」

 「!!」



ロビンは、肩をすくめて複雑な笑顔を見せた。



 「興味ある?」

 「難しい話なら、無ぇ。」

 「フフフ…。ねぇ、船長さんが見た変な道って、どこ?」



ルフィは、来た方向を振り返り



 「あっちこっちにあるぞ。でも殆ど、下の方だな。でさ。」

 「はい?」

 「城の外の壁はこの辺りまであるのに、中に入ると、廊下がここで無くなってる…とかさ。」

 「あら。」

 「かと思うと、何でこんな所にってドアがあったり。」

 「まぁあ。面白い、私も行ってみようかしら。」

 「じゃあ、一緒に行くか?」

 「ええ。」



その時。



 「うお〜〜〜〜〜い、ルフィ〜〜〜〜。」



ウソップの声だ。



 「ここだ!ウソップ!」



すぐに、図書室のホールにウソップが入ってきた。



 「あ〜、やっと見つけた!もう、1人でずんずん行くなよ〜。

  あ、ロビンも一緒か、丁度よかった。

  さっきヘンドリーさんに会ってよ、奥様がお前ェを探してるってよ。」

 「私を?」

 「ああ、なんでも?今夜の晩餐は正装だから、好きなドレスを選んでくれってよ。」

 「…わかったわ。…と、いうことは、みんなも正装っていう事かしら?どうするの?」

 「今夜のメシは清掃?それじゃメシ食えねぇじゃん!?」



ルフィが言うとウソップが



 「今、微妙に何かが違ってなかったか?どっかの声優みてぇな勘違いすんなよ。」











 「ぶえっくしょい!!」(声:中井)



いきなりくしゃみをしたのは、剣士ロロノア・ゾロ。



 「誰か噂してやがんな?」

 「風邪じゃないのか?ゾロ?」



チョッパーが本から顔を上げて言った。



 「筋トレして汗かいて、そのままテラスで寝ちゃうんだもん。ダメだよ。」

 「風邪じゃねぇ。そんなモンひくのは、気合の足りねぇ証拠だ。」



広いテラスに、気がつけばチョッパーと2人。



 「…他の連中は?」

 「サンジならついさっき、庭を散歩してくるって出てった。」



他の連中 と、言ったのに、チョッパーは正確にゾロが聞きたい相手の所在を告げた。

ゾロが、それ以上を聞かずに立ち上がり、同じ方へ歩いていったのを、チョッパーは本からわずかに目を離して見届ける。

多分迷子にもならないだろうと、再び本の上に目を戻した。



 「始めから、『サンジは?』って聞けばいいのに。素直じゃないなァ、もう。」



読んでいる本の内容が面白くて、つい時間の経つのを忘れる。

今、チョッパーが読んでいる本は、『悪魔の実の変異点における筋肉の変化』という医学書だった。

側に積んである本も、似たような内容が多い。



 「ここのお城の人、医者だったのかなぁ。おもしれェ本ばっかだ。」



無邪気に、チョッパーは再び読書に耽った。





一方、サンジは庭の小道を抜けて、砂浜へ出、入り江の桟橋に停めてあるメリー号に向かって歩いていた。



 (…う〜〜〜…丸2日もキッチンに立たねぇから、手がムズムズする…

  ここの厨房は、あのテスって女料理長の縄張りだし、オレが荒らすわけにはいかねぇ…。

  ナミさんもここの滞在を喜んでるから文句も言えねぇし…。)



エリザベートも、若すぎる男には興味もないのか、彼女はもっぱら、

ナミやロビンと過ごす方が楽しくて仕方がないという雰囲気だ。

エリザベートにも、ナミにもロビンにも、お茶のひとつも淹れられない。

コックとしての、オレのアイデンティティって一体…。byキートン山田 (いい加減にしろ、作者)



さて、この退屈な時間をどうしたものか。



 「…メリーのキッチンでも掃除してくるか…。」



そして今に至る。

と、サンジの前に、茂みの中から何かが踊り出た。



 「!!?」



思わず身構えるより早く、腕を捕まれて、背中から抱え込まれる。



 「誰…!」

 「どこへ行く気だ?」





一声を聞いて、サンジは大きく溜め息をついた。



……ゾロ。



 「脅かすな…なんだよ、いきなり!」

 「どこへ行く気だって聞いてんだ。」

 「メリーだよ、することねぇから、キッチンの掃除でもしとこうかとおもって…。」



いい加減に離せ。



けど

口にするのがもったいない気がして、サンジは黙って抱えられていた。



 「何か用か?」

 「しねェか?」



一瞬、心臓が鳴った。



んな、ダイレクトに…。



精一杯不満げな声を作って



 「…今…?」

 「今。」

 「夜まで…。」

 「待てねェ。」



ゾロは仏頂面で



 「どうせ今夜もチョッパーに邪魔される。」

 「今夜は来ないだろう?怖けりゃ最初から、ルフィの所にでも行くさ。」

 「いや、あの野郎。多分全部お見通しだ。絶対ェ、テメェんトコに行く。」



そうかな?



そうかも



だとしたら、あの野郎、相当な役者だぜ。



 「…ま、いっか…ヒマだし…。」

 「…暇だからいいのか?」



サンジは笑って



 「…いや…………オレもしてぇ…。」

 「よし。」











(2007/6/1)



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