ただ1人の友だった。



 最初で最後の友だった。



 宝だった。



 だから愛した。



 望まれて、望んで、求められて、求めて、愛した。



 長い交友の果ての最初の交わりが、最後になるのはわかっていた。



 わかっていた、痛いほど。



 お前と、この先の未来を共に存在することを、許されるなどというおこがましい事は、夢にも思っちゃいなかった。



 わかっていたから



 それが正解だった。







 愛している



 心の底から愛している







 だからこそ



 おれはお前の未来を閉ざしちゃいけねェ。



 閉ざしたくねェ。



 この世界のどこかで、お前はあの綺麗な笑顔で暮らしているのだと、信じるだけでおれは満足だ。



 それだけで、おれはおれの世界で生きていける。



 生きていく。



 そして今も、おれは生きているよ。









 サンジ









 「…若!2代目!お目覚めになってくださいやし、若!」



聞き慣れたジョニーの声に、ゾロは目覚めた。

だがすぐには畳から体を起こさず、右手を額に乗せて、今、見ていた真昼の夢を惜しむようにまた目を閉じた。



( 寝直すのか!? )



畳の上に横臥したゾロの体の横で、膝をついていたジョニーは、ぎょっと身を乗り出した。



 「若!」

 「うるせェ。」



低いゾロの声に、ジョニーはぐっと息を呑んだ。

不機嫌この上ない声音。

だが



 「…来たのか?」



と、ようやく体を起こしてゾロは頭を掻いた。



ロロノア・ゾロ。

今年の誕生日を迎えて30になる。

凄みを帯びた琥珀色の目が、ようやく覚醒して光った。



 「へい、仰せの通り仏間に通しやした。」

 「わかった、すぐ行く。」



ジョニーは深々と一礼して襖を開け、出て行った。

足音が遠ざかる。



 「………。」



昔の夢を見ていた。

青臭いガキの頃の夢。



惑いは一瞬だった。



ゾロは大きく頭を振り、勢い立ち上がった。

左の耳の3つのピアスが、しゃらんと鳴った。

黒いスーツの襟を正し、髪を撫で付けて、ゾロはいつもの自分に戻る。



関東虎吼会2代目、ロロノア・ゾロへ。







ゾロは、先代である父と、その妻である母の位牌を納めた仏壇のある部屋へ入ると、

中にいた者たちは一斉に畳の上に手をつき、額づくように腰を折った。

8畳二間続きの仏間。

畳の目が見えないほど、黒いスーツの強面の男達が整然と膝を折り、居並んでいる。



1人、他の者より遅く頭を上げ、遠慮した紫の座布団を後ろへ引いた初老の男がゾロへ



 「2代目、この度は、ウチの者の不始末…。」



全てを言わせず、ゾロはそれを手で制した。

そして、自分の為に空けられている、仏壇の前にどっかりと胡坐をかいて座る。

顔を蒼ざめさせ、わずかに震えてさえいる男へゾロは



 「やっちまった事はもう消えねェ。誰がどうこうより、この先どう落とし前つけるか、そっちの話をしようじゃねェか。親父の前でな。」

 「へ、へい。」



男は、虎吼会の下部組織の組長だ。

自分の手下が、敵対する関西の大組織・伏龍会の息のかかった店に、そうと知っていながら“みかじめ”を要求した。

その店の家主が、転々と渡る債権を手に入れた虎吼会の者であるというのが理由だった。

小さな火種だったが、トラブルは思ったより大きくなった。

最終的に警察まで入ってしまったからには、もう、ゾロの采配なしには収まらないところまで発展してしまっていた。



 「ウチのシマ、駅東側半分…でいかがでしょう…?」



男の言葉にゾロは答える。



 「3分の2。」



男は一瞬逡巡したがすぐに、頭をさらに下げて



 「承知しやした。」



と、答えた。

少し低いその答えに、ゾロは、男の伏せた顔を覗き込むように見ながら言う。



 「…辛いだろうが堪えてくれ。」

 「!!…へい…!!」



男の側に居た手下が、ほっと胸を撫で下ろすのがわかった。











ひとつ仕事を片付け、自宅の奥へ戻りながら、ゾロはもう1人の側近ヨサクに命じた。



 「フランキーを呼んでくれ。奥へ。」



程なく、フランキーはゾロの私室へ姿を見せた。

ゾロより15歳年上のこの男は、先代からこの組の若頭の位置にある。

病弱だった母親に代わって、自身の祖母と共に幼いゾロを育てたのもこの男だ。

ゾロにとっては兄のような存在。

全幅の信頼を、寄せるに値する人間だ。

そして、ゾロのただひとつの思い出を、知っているのもこの男だけだ。



 「お呼びで?2代目。」



大きな体をさらに厳つく見せるような格好で、フランキーは開いた障子の向こうから膝を揃えて頭を軽く下げた。

そして、白い歯を見せて言った。



 「駅東3分の2とは、これまた豪気にくれてやったモンです。」

 「くれてやった訳じゃねェ。その分はきっちり取り返す。巧く行ってるのか?」

 「へい。●●建設が牛耳ってた談合組織、『尚耀会』。あそこにワケありの天下りがおりやしてね。

  ちょいとツツケばすぐに泣くタイプの雀でさァ。今、大和町の公営の施設工事がかかってますが、そいつをそっくり頂戴するつもりです。

  『尚耀会』は伏龍会の息がかかってますが、なぁに、そこんとこは巧くやってみせます。」



サングラスの奥の目が悪戯に光った。

見た目の厳つさとは裏腹に、かなりの頭脳派。

ゾロは満足げに笑った。



この勝算がなければ、あんなけりのつけ方をしはしない。

損得で得の方が勝るのだ。



 「じゃあ、そっちは任せる。頼むぞ。…少し寝る。」

 「ごゆっくり。スーパーにお任せを。」



ゾロは、その場にごろんと横になった。

軽い寝息がすぐに漏れてくる。



 立派な2代目になったもんだ。



ひとり、笑いながらフランキーは思う。



小さな手を引いて、あの遠い町へ連れて行ったのは、すぐ昨日のことのようなのに。





(2007/7/13)



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