BEFORE





 虎吼会の先代が、フランキーにこう切り出したのは、フランキーが22歳で、ゾロが7歳のときだ。



 「すまねぇフランキー。コイツをここじゃねぇどこか、遠くの町で、誰か育ててくれるヤツに預けちゃくれねぇか?」



いきなりの無理難題。

だが、その意図はよく理解できた。



当時、関西で大きな抗争が起こっていた。

各地で発砲事件が起こり、連日各所の暴力団事務所が襲われたり、組員が殺されたり、関係者や、

また関わりのない一般市民が巻き添えになって死傷するという社会問題が起きた。



ゾロの母親も病がちで、案じた夫は嫌がる妻を離縁し、実家へ戻した。

そして、2代目であるゾロも、手元に置くにはあまりに幼すぎたのだ。



フランキーにはアテがあった。



自分の祖母にゾロを預けた。

祖母はかなりの女丈夫で、ゾロがヤクザの息子だと知っても嫌な顔一つしなかった。

それどころか、荒れて、人様から爪弾きにされていた自分の孫を、受け入れ、いっぱしの男に育ててくれた先代に感謝し、

快く、ゾロを育てることを承諾してくれた。

その間、フランキーもまた、ゾロの傳役として傍らで過ごした。



ゾロが、高校を卒業するまで。



高校を卒業する時に、ゾロは、その町に残る自分の記憶の全てを消していった。

生活の跡を、一切残さなかった。

卒業アルバムにさえ、名も、写真も残さなかった。



だが、たったひとつだけ、消すことのできなかったものがある。



友



たったひとりだけの友



幼い頃から、ゾロは友を作らなかった。

幼い目で、自分の身の回りに起こるすべての事を見つめてきた。

だから、他人を自分の中に入れようとしなかった。



なのに



ただひとりだけ、その中へずかずかと入り込み、でんと居座ったものがいた。



ワケありゾロのその『ワケ』を、気づき始めて遠ざかるものは多かったが、

そいつだけは、遠のくどころかどんどんゾロに近づき、離れようとしなかった。



自分が『ダチ』と決めた相手を、何があろうと変えないという頑固な信念は、最後まで揺るがなかった。



転校した小学校で知り合い、中学校も共に通った。

高校は離れたが、それでも通う道が重なり、ゾロがどんなに避けても同じ電車に乗り合わせ、当たり前の顔で並んで登下校した。



避けていたが、嫌ってはいなかった。



むしろ好意を持っていただろう。



あの少年といる時のゾロは、当たり前の少年の顔をして、本当に幸せそうに笑っていた。



この町に戻り、父親のあとを継ぐべく若頭となった時、ゾロは全ての思い出を捨て去った。

フランキーが、あの少年の名を口に出すことすらさせなかった。

祖母があの少年から届く便りをフランキーに送り、それをゾロに渡しても、無表情に一瞥するだけで、決して受け取ろうとしなかった。



開封されない手紙の束を、フランキーは今も全て持っている。



だがそれも、ここ数年絶えて久しかった。



連絡の取れないゾロを、諦めたのかもしれなかった。



一昨年から、歳を取りすぎた祖母も施設に入った。

大人になっただろうあの少年が、今、どこでどうしているか、フランキーにも分からなくなった。

目指していた料理人の道へ進み、どこか外国へ修行に行ったらしいという噂が最後の消息だった。



 「………。」



少年の名は、サンジといった。



面白い形の眉毛で、小奇麗な顔立ちで、初めて見た小学生の時は女の子かと思った。

見た目とは裏腹な毒を含んだ子供で、活発で、仲が良いのに年中ゾロとケンカばかりしていた。

思い出しても、2人が一緒にいてケンカにならない日はなかったと思う。



だが、年を経るにつれ、2人の互いを見る目が変わっていったのに嫌でも気づいた。



ゾロにとっては、サンジとの付き合いは刹那的だ。

自分と共にあって、サンジが得する事など何もない。

むしろ、他の友人たちは離れていき、敬遠されてしまう。

それでもサンジはゾロをとった。

そんなサンジを、ゾロが愛しく思わないはずが無い。

そして、どんなリスクを背負っても、ゾロを選ぶサンジの方にもそれ以上の想いがなければ、

これほどまでに深く、ゾロと関わることを選ぶはずがなかった。



そして…





フランキーは、ひとつ深呼吸して立ち上がった。



ともあれ

ゾロは、皆の望む立派な2代目を勤めているのだ。

それでよかった。





数日が過ぎた。

ゾロは、朝食の後、いつものようにその日の新聞を開いた。

ヤクザとはいえ経営者だ。

地方紙を含めて4紙、ゾロは必要な記事に全て目を通す。

その地方紙の一面に、地元大和町にある、市の公営施設工事の入札で、ゾロの所有する建設会社が落札した旨の記事が載せられていた。



昨日のうちに分かっていたことだ。

だが、伏龍会は黙ってはおるまい。

同じ新聞の経済欄の隅に、もと建設省の役人であった尚耀会幹部辞任の記事も載っている。

大きな抗争になるとも思わないが、嫌がらせのひとつくらいはしてくるだろう。

さて、その時どう対応するか…。



と、その時。



 「若!お電話です!!」



ジョニーが、電話の小機を捧げ持ってくる。

新聞から目を逸らさず、ゾロは応対した。



 「…ああ、おはようございます。こんな朝早くからおれなんぞの所へ、何かありましたか?」



とぼけた声。

だが、口元には笑み。

相手は、伏龍会会長だった。



 『…ロロノア…お前さんずいぶんと面白い真似してくれたのう?』

 「さァて?何のこってす?」

 『美濃部に、ワレ何してくれたんじゃ?』



美濃部とは、『尚耀会』の辞任した幹部だ。

先日、フランキーが『ツツク』と言った相手である。



 「さァ?おれには何のことやら見当が。」

 『ザケんなァ!!ワレ、舐めとんのも大概にせいやァァァ!!』



怒鳴り声が、ゾロの元から随分と離れた所で控えているジョニーの耳にもはっきりと届いた。

思わず、びくっと体を縮めてしまった。

だが、ゾロは、至極落ち着いた声で



 『仁義欠いとって、極道の世界が通ると思っとんのかい!ワリャァァ!!』

 「最初に仁義を欠いたのはそちらさんでしょう?

  こちらは仁義を通して、回りに回ってきた証文を買ってくれと申し出たってのに、始めにそれを蹴ったのはそちらさんだ。

  これは欠いた仁義のツケだと思って、収めちゃくれませんかね?」

 『ふざけんな!!さてはテメェ!!はなっからこれが狙いだったな!?』

 「…如何様にもとっていただいて結構。ただ、」



ゾロの目が、金色に光った。

獲物に止めを刺す時の、猛獣の目。



 「あんまりウチを舐めとったらどうなるか、そろそろその足りねェオツムでも分かっていただけたんじゃねェのかい?」



相手が息を呑み、一瞬返す言葉にも詰まったであろう瞬間、ゾロは鼻で笑って電話を切った。

そして、小機をジョニーへ放り投げる。

慌てふためいて、受け取るジョニーに



 「今度の工事の件、フランキーに任せる。下請けへの丸投げは決してやるんじゃねぇぞと伝えろ。下請けにはウチが損しても儲けさせてやれ。」

 「へ?ウ、ウチが損しても…すか?」

 「そうだ。伏龍会につくより、ウチにつく方が得だと大いに宣伝してもらう。下請けの入札には市内の業者を全部呼べ!」

 「!!わかりやしたァ!!」



走り去るジョニーの足音を聞きながら、ゾロは冷めた茶をすすった。



先代の父が死んでから、伏龍会は若いゾロを舐めきった態度に出ることが多かった。

時代に対応し、そんな敵と対等に渡り合うために、ゾロの父は息子に教育を施した。

学歴こそ高卒だが、この家に戻ってからすぐに、父はゾロに最高学府の教育を与えてくれた。

相手が昔ながらの恫喝で来るなら、こちらはそこに理論と策を講じればいい。

ただでさえ、暴力団と呼ばれる組織の生き難い世の中、上手に世を渡りながら勢力を強めていき、

抱えた構成員とその家族達を養っていくのがゾロに与えられた使命だ。



そんなゾロの、心の奥底の優しさを知っている古参の幹部達はこぞって



 「そろそろ奥向きのこともお考えに。」



と、言うようになった。



嫁を取れ、という意味である。



 「極道に好んでくるバカはいない。」



と、ゾロはいつも一蹴した。



皆、不思議に思っている。

ゾロは、どんな状況にあっても女に興味を示さなかった。

時折、幹部が慰めに女を送ってくることがあり、その時は拒まないのだが、

翌日にはいつも誰にも、丁重な礼を述べ寸志を添えるだけで、それ以上の進展は何もない。

それが丁重すぎて、かえって次を躊躇ってしまう。

ある時は、それら幹部の娘などが来ることもあったが、ゾロは幹部の娘や縁者と知ると、絶対に手をつけずに送り返した。

禁欲的(ストイック)かと思えばそうでもない。



 「操を立てた相手でもいるんじゃないか?」



そう、囁くものもいた。









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(2007/7/13)

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