BEFORE



 高校を卒業する2ヶ月ほど前。



世間はまだ、正月気分に浸っていたと思う。



共通一次試験(当時)を受ける学生達は一喜一憂の冬だったが、卒業して実家へ帰るゾロと、

すでに調理師になる為の専門学校に推薦入学が決まっていたサンジには、まったく関わりのないことだった。



松も取れてしまったが、2人は近所の神社へ初詣に行った。

だがゾロは、社殿の前に立ちながら



 「祈ったことって、無ぇんだよな…。」



と、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、ぼそりと言った。



 「偶然、おれも。」



形だけ、手を合わせて見せて、サンジもにやりと笑って言った。



 「じゃ、なんで初詣に行こうなんて言ったんだよ?」

 「気分だ気分。とりあえず、正月してますって雰囲気は必要だろうが。」



薄く、雪が積もっていた。

空から、ちらちらと白いものが舞っていた。



 「…スキーに行くって言ってただろ?今日あたりだったんじゃねぇか?」



ゾロが言うとサンジは



 「ああ、あれ?うん、昨日だったな。止めた。おれ、寒いの苦手なんだよ。

  好き好んでわざわざ、寒い所なんざ行きたくねぇし。」



ウソつけ。



心の中でゾロは言う。



サンジは、『ゾロも誘っていいか?』と、学校の友人に尋ねたのだ。

誰も良いとは答えなかった。

だが、嫌だとも答えなかった。

だから、サンジは「なら、おれも行かねェ。」と、断ったのだ。



その、町の図書館での場面を、ゾロは彼等から書棚ひとつ隔てた反対側で聞いていた。



 「たまには、神頼みしてみるのもいいんじゃね?」



サンジの言葉に、その笑顔に、ゾロはつられるように手を合わせてみた。

すると、自然に言葉が心の中で湧いてきた。



 ( 一日でも、一分でも、一秒でも長く、コイツと一緒にいたい )



叶わぬ願いであることは分かっている。

叶えてはいけない夢であることは分かっている。



それでも

それでも



今



ここでこうして、肩を並べている。



この時間が、少しでも長く。



サンジには、卒業と同時に、遠い自分の家へ帰ると告げてある。

だからサンジも、少しでも長く、ゾロと共に過ごそうとする。



 「なァ、ゾロ。今からウチに来ねェ?」

 「お前の…?」

 「PSのソフト買ったんだ。新作RPG『幻想水滸伝』。」

 「………。」



沈黙するゾロに、サンジは笑って



 「大丈夫。今日、誰もいねぇ。お袋の実家に行って、今夜は帰ってこない。」







幸せだった。



フランキーが、この町に自分を連れてきてくれた事を、どれだけ感謝したか知れない。

決して、親しい友人を作ってはいけない。

自分の境遇に、巻き込んではいけない。

そう、幼い心で決意したのに、コイツは、その決意をものの見事に砕いてくれた。



だがこれで終わりだ。



楽しかった思い出で、終わりにしよう。



ゾロは、自分がどこに帰るのか、サンジに決して教えなかった。

フランキーにも口止めした。(もとよりフランキーは口にするつもりはなかったが。)

サンジはナントカして聞きだそうとし、あの手この手を尽くしたが、ゾロは決して言わなかった。

その訳を、サンジは誰よりも理解していた。

そして、いつしか言わなくなった。



それでいい



ゾロは何度も自分に言い聞かせた。



 「ヤベ…!も、こんな時間だ!」



気がつけば、冬の日はとっぷりと暮れていた。

ゲームと会話に、夢中になってしまっていた。

すでに、ゾロの家も夕飯の時間をとうに過ぎている。

多分フランキーが眦吊り上げて怒りながら、自分を探しているに違いない。

携帯電話など、一部の人間だけの贅沢品だった時代。



 「泊まってけよ。」



軽く言うサンジの声。



一瞬、ゾロの思考が停止した。



ごく当たり前の友人なら、そういうこともある。

家族も、悪くは思わないかもしれない。



だが、サンジがゾロを泊めたとサンジの家族が知ったら…。



 「いや、帰る。」

 「泊まってけよ。」

 「いや、いい。」

 「泊まれって、せっかく誰もいないんだ!誰も文句なんか言わねぇ!!

  気なんか遣うな、そんなに気になるなら、朝の内に証拠隠滅すっから大丈夫だ!!」

 「そういうワケにはいかねぇよ!」



と、サンジは本気で怒った顔になり、なのにどこか泣きそうな声で



 「なんでただのダチんトコ泊まるのに、そんなに気を遣わなきゃならねェんだ!?」



叫んだ。



しかし、それでもゾロは立ち上がった。

ジャケットを抱え、玄関へ向かおうとした。

が、サンジが廊下に立ちはだかり、



 「帰るな!!」

 「どけ。」

 「嫌だね。」

 「どけ!サンジ!!」

 「そんなにおれと居るのは嫌か!?」

 「嫌じゃねぇ!!」



条件反射のような答え。



喉の奥から絞り出すような声で、ゾロは言う。



 「…頼むサンジ…おれは…。」

 「ヤクザの息子だから何だ?ヤクザの息子のダチになっちゃおかしいのか?

  いけないことなのか?法律違反か?ダチだからなんだってんだ!?テメェのダチになったら、命取られんのか!?

  おれがそんなに肝っ玉の小せェ男に見えんのか!?あァ!!?」



ゾロの襟首を締め上げて、サンジは叫び続ける。

そして



 「…お前が…お前の街に帰るのをおれは止められねェ…それなら…少しでも長く…

  お前と一緒に居たいって思うのを…お前笑うか…?」

 「………。」

 「一分でも一秒でも…少しでも長くお前と過ごしたい…お前と居たい…。」

 「…サン…ジ…。」



サンジの体が、ふらりとゾロに倒れこんだ。

受け止めるしかない。

受け止められたサンジは、ゾロの肩に額を当てて歯を食いしばる。



 「笑えよ…ランドセル背負って…初めて学校でテメェ見た時…コイツと一緒にいようって本能で思った…

  …理屈なんかねぇ…ただ一緒に居たいと思った…周りの誰が何言おうと、信じられるのはお前だと思った…。

  おれはお前だけ信じていればいいと思った…。」

 「………。」

 「そしてお前は…おれのそんな思いにちゃんと答えてくれたよな…?」



ゾロは、サンジの肩を掴んで自分から引き剥がそうとした。

だが、サンジは逆に、自分からゾロの肩を掴み



 「…よせ…サンジ…。」

 「理由がいるか?こういうモンに理由や理屈がいるか?」

 「サンジ…やめろ…止めてくれ頼む!!」



逃げ出そうとした、だができない。

その言葉の続きを、聞き届けたい自分がそこにいる。



 「好きだ!ゾロ!!お前が好きだ!!」



硬く、ゾロは目を閉じた。

噛み締めた歯が、ギリリと音を立てる。

自分を抱きしめるサンジの手は、ぶるぶると震えていた。



 「おかしいか…?笑っちまうか?自分と同じ男に、こんな告白されたら気持ち悪いか?それならそれで構わねぇ…。

  悪い思い出だって、自分の街に帰ったら、さっさと忘れちまえばいい…。でも、おれは…!」



言葉が途切れた。



自分を硬く抱きしめる手に、息が詰まった。



 「バカ野郎が…!!」

 「………。」

 「…言っちまいやがった…おれは必死に我慢してたってのに…!!」

 「………。」



青い瞳に涙を滲ませて、サンジは笑った。



 「はは…ばぁか…言ってやった…驚いただろ…?ざまぁみろ…。」

 「………。」

 「何度だって言うぞ…好きだ…好きだゾロ…好きだ好きだ好きだ…。」

 「…サンジ…。」

 「…いいよ…答えなくていい…答えなくたって知ってる…だからいい…。」



抱きしめる手に力が篭る。

足が震え、崩れて、抱き合ったまま2人はずるずると座り込んだ。



 「引き止めたりしねェ…お前を困らせたりしねェ…お前がお前の世界に帰るのを邪魔はしねェ…

  …だから…今夜は…帰るな…。」

 「………。」

 「残していってくれ…お前を…おれの中に残していけよ…残して…くれよ…。」



堪え切れなかった。

大切な愛しい存在だった。

友だ。

かけがえのない、最上の最愛の友だ。

自分だけを見つめ、自分だけを愛してくれた…。



別れ、時が経てば互いに忘れるだろうか?

忘れることができるだろうか?



だめだ

きっと、できない。



 「サンジ!」



抱きしめ、廊下の冷たい床の上へサンジの体を押し倒した。

サンジの両腕もゾロの背中に回り、絡みつき、背中と頭を力任せに抱えてより深い口付けを求めた。



互いに、セックスは初めてだ。



しかも同性同士の行為の方法など、どちらもまったく知らない。



だがそれでも高まっていく体に、2人は全てを委ねた。



ストーブの上で、やかんがシュンシュンと音を立てている。

その音が、やけに大きく耳に響く。



 「…な…布団…敷くか…?」



サンジが問う。

だが



 「いらねぇ…止めたくねェ…。」

 「ん…。」



明かりは点けたままだった。

ゲームをしていたテレビもつけっぱなしだった。

画面の中から、BGMが聞こえていた。



 「…ゾ…ロ…な…ァ…パンツ…脱がしてくんね…?」

 「…じゃ…足上げろ…どっちだ…?」

 「ん…右…。」

 「…擦り合わせていいか…?」

 「…うん…ん…あ…おれも…したかった…。」



向かい合わせに座り、互いのものを共に握り、ゆっくりと手を上下させる。

瞬間、サンジの方が大きく震えて、わずかに蜜を漏らした。



 「おい…まだイクなよ…!」

 「…あっ…だって…スゴ…イイ…っ…!」



頬を染め、小刻みに震えるサンジを抱きしめながら、ゾロも



 「クソ…どうすりゃいい…?これもスゲェ気持ちいいけど…なんか…もっとよくなれるような気がする…っ。」

 「…あ…ああ…あっ…!」

 「…ああ、ちくしょう…!」



腕の中で、震えるサンジが愛しい。

漏れる吐息を感じるたびに唇を吸った。

裸になって胸を合わせていると、乳首が固くなるのがわかった。

そこに触れると、サンジは大きく震えて切ない声を漏らした。

太腿に手を滑らせると、全身が跳ねた。

白い肌のあらゆる部分に手を触れた。

手足の指、1本1本の間にさえ舌を這わせた。



震えて上向いた体の芯が、何かを求めるように震えているのを見て、ゾロはそれがたまらなく愛しくなった。

赴くままに、それを、唇と舌で捕らえた。



 「ひっ!やぁっ!!ダメ…!!んな、汚ねぇ…!」

 「汚くねぇ。」

 「やっ!!ダメだ!ダメ…!」



悲鳴のように叫んで、そして



 「!」



口の中に、熱い感覚が走った。

それだということは瞬間分かったが、吐き出さなかった。



 「ごめん!!」



顔を真っ赤にさせ、慌ててサンジは半身を起こした。



 「…まさか…飲ん…だ…?」



ゾロは黙って、舌を出して見せた。

サンジの顔がさらに染まった。



 「…意外に苦ェもんだな…。」

 「う…わ…あああああっ!!」



恥じらいに、サンジは顔を覆って突っ伏した。



 「サンジ。」

 「う…ううう…。」

 「見せろよ、お前の顔…。」

 「………。」

 「覚えていく。忘れねェ。だから見せろ。見せてくれ。」



恥じらいと、快感の名残にサンジの体はまだ震えている。



 「…キスするぞ…。」



なんでわざわざ断る?

朦朧としながらサンジが思った瞬間、理由を悟った。



 「あ…!!?」



ゾロがキスしたのは唇ではなかった。

達して、まだ蜜に濡れたサンジのものへ。



瞬間、それはまた小さく震えて、ほんの少し勃ちあがる。



 「う…うう…。」

 「…嫌か…?」



ゾロの問いに、サンジは激しく首を振った。



 「…嫌じゃねぇ!!」



怒ったような声。



 「すまねぇ。」

 「…ゾロ…ゾロ…なぁ…。」

 「どうした…どっか触って欲しいか?…して欲しいことあったら言えよ?」

 「うん…ん…なんか…ヘンで…。」

 「変?」

 「ん…すげ…股が…ふわふわしてる…。」

 「…感じてんだ…ほら…また勃起ってる…。」

 「言うな…恥ずかし…!」

 「………サンジ…?」

 「ん…?」

 「なぁ…ココ…。」



ゾロは、サンジのある部分に指を這わせた。

と、



 「ひゃっ!?…あああああああああああああっ!!?」

 「…!!」

 「あ!ああ…!?あ…!!な、なに…!?なんだよこれ…!!や…あああっ!!」

 「…わかった…そっか…ここだ…。」

 「な、なに…?やっ!!やあっ!!」



ゾロが、触れたのはサンジのアナルだ。

濡れていた指を、そのまま差し込むと同時にサンジの体が大きく震え、揺れた。



 「ゾロ!やめ…!!おかしくなる…!!」

 「…いいんだ…おかしくなっていいんだ!!サンジ!!」

 「…ゾロ…ゾロ…ゾロ…!!ああ…!!」

 「イイか…?…ココいいだろ…?」

 「あ…ああ…や…だめ…。」

 「…感じろサンジ…感じるなら思いっきり感じてくれ…!イイならイイって言えよ!」



気づけば、ゾロは3本の指を根元まで挿れていた。

淫らな濡れた音をさせながら、サンジのアナルが次第に解れていく。



 「う…うあ…ああ…あ…いい…イ…イ…。」



震えた涙声で、サンジが答える。



と



 「あ!!あ―――!!!」



ある部分にゾロの指が触れた瞬間、激しい悲鳴が漏れた。



 「あああああああああああっ!!!」

 「…ここ…か…?」

 「あ!!ああ!!あああああっ!!ゾロ…ォ…っ!!」



理解した。

その瞬間、ゾロは指を引き抜き、代わりに自分の猛り狂ったものを同じ場所へあてがい、躊躇うことなく一気に貫いた。



 「あああ―――――――――――――――っっ!!!」



悲鳴は家中に響いた。

まるで、拷問でも加えているかのような罪悪感が一気に襲ってくる。

それでも



 「ゾロ!!ああ、ゾロ!!イイ…すご…嬉し…嬉しいゾロ…!!」

 「…おれもだ…おれもだサンジ…すげぇいい…お前の中…溶けそうだ…!」



ひとつに繋がった体。



本能が体を勝手に突き動かす。



男同士でも、こんなに感じる。

禁忌の行為でもこうやって結び合い、感じあい、高まることができる。



決して不道徳ではない。

互いを思い合い、より深いつながりを求めての行為。



誰にも裁かせない。



 「ダメだ…もぉ…保たねぇ…っ。」



口惜しげに呻いて、ゾロは果てた。

腹の中へ、熱いものが注ぎこまれるのを感じて、サンジもまた大きく震えた。

初めてのセックスなのに、ゾロを受け入れたその刺激だけで達した。



好きだ



本当に好きだ



これがきっと、愛するってことだ



こんなに



こんなにこんなに好きなのに



愛しているのに



離れなきゃいけないのか?



 「…ゾロ…。」

 「言うな…!」



唇を塞いだ。



おれを、お前の街に連れて行け。



その言葉を、ゾロは言わせなかった。



塞いだ唇を解放しなかった。

激しい口付けだけを繰り返し、言葉を閉ざす。



 「言葉なんか忘れちまえ…おれの名前だけ呼べ。感じた声だけ出せ。」



青い瞳から涙が溢れる。

求めるのは、ゾロを苦しめるだけだ。



耐えて、サンジはもう何も言わなかった。

ただ



 「ゾロ…朝まで…ここにいろ…朝までずっと…こうして…。」



その請いに、ゾロは黙ってうなずいた。













翌朝、サンジが目覚めた時、隣にゾロはもういなかった。



そして、2度とゾロに会うことはなかった。



すでに自由登校だった為学校にも姿を見せず、卒業式にも出ないまま、ゾロはサンジの知らない場所へ帰っていった。



フランキーの祖母も、黙して、サンジに何も告げなかった。







それが、ゾロのただひとつの、誰にも侵されたくない思い出だった。







NEXT





(2007/7/13)

BEFORE



Dear freind-TOP

NOVELS-TOP

TOP