海王園でのゾロの仕事内容は、正に「アルバイト」な仕事だけだ。 朝、誰より先に事務所にやってきて掃除をし、木に水をやり、 その日の請負仕事を確認し、道具や機械を揃え、必要とあれば車を回し、 ユニックやユンボを使って石や樹木をトラックに積み込む。 職人たちが出かけた後は、除草をし、事務所で電話の応対をし、夕方になればまた水をやる。 職人たちが戻ると後片付けを手伝い、事務所を片付け、タイムカードを押して帰る。 昨日の様に、松の緑摘みという単純作業でも、鋏を持つことは本当に稀になった。 樹に触れると、樹の声が聞こえる。 巷の樹医がよく言う言葉だ。 だが、ゾロがその声を聞かなくなって久しい。 いや、正確には、聞こうとしなくなって久しいというべきだろう。 同じ海王園の職人たちも、当初は「あの、ロロノアだってよ」 と囁き合ったものだが、今ではゾロの過去に振り向きもしなくなった。 久しぶりに「移植」という言葉を聞かされた翌日。 出勤したゾロが、まだ誰もいない事務所の自分のデスクの上を見ると 「………。」 A4のファイル 半透明のプラスチックの向うに 『尾田の九尺藤』の写真 樹齢180年、広さ250畳 ハンパねェ とてつもねェデカさ ムリだ どう考えても移植なんざ無理だ 藤は移植に強いが、デカすぎる レイリーがあの男から預かって、わざとここに置いたんだろう。 おれに見せる為に そのまま、ゾロはファイルをレイリーのデスクの上に放り出した。 と 「!!」 ファイルの下に、ご丁寧にセロテープで張り付けられたメモ書き。 『T県S市尾田3−2−55 ブルック』 藤ある場所の住所と、依頼主だろう。 剥がそうとした。 その時 「尾田の九尺藤か。」 突然の声に、ゾロは慌てて顔を上げた。 その声に、心臓が爆発するかと思った。 「…社長!!」 海王園社長、ロジャーだ。 滅多な事では事務所になど顔を出さない。 というより、いるのかいないのかもわからない。 だが、業界では超一流の有名人。 「…お、おはようございます…。」 「おう。」 答えながら、目は藤の写真を見ている。ゾロなど眼中にないと言った様子だ。 目が、少しトロンとしている。昨夜の酒が残っているのだろう。 よく見ると、目の下に痣がある。明らかに殴られた痕だ。 おそらく、息子に。 ロジャーには、エースという一人息子がいる。 父親に逆らって、別の造園屋に勤めている。 共に暮らしてはいないが、母親がいる家に時折、父親の不在を見計らって帰ってきていた。 どうやら、昨晩出くわしたのだろう。 そしていつもの様にケンカになり、エースが父親を殴ったのだ。 エースは、思春期にありがちな反抗期を引きずったまま、 他の職人の弟子になり、その職人に心底惚れ込んでいる。 ゾロから見れば、エースの師匠のニューゲートもロジャーによく似た職人で、 どこがどう違うのかと思うのだが、血の繋がりの有無はエースにとって相当大きい事らしい。 そしてゾロが思うのは、逆らうなら、親と同じ仕事など選ばなければいいのに。という単純な疑問。 「気の毒なこった。」 ロジャーは呟く様に言い、ゾロにファイルを押し付けた。 「……!!」 受け取らざるを得なかった。 そしてそのままロジャーは事務所を出ていき、 きょろっと左右を見てからレイリーの自宅の方へ歩いて行った。 おそらく 倅に殴られたと泣き言を言いに行くのだろう。 剛毅な男だが、惚れた女房と可愛い息子にはめっぽう弱い男なのだ。 また、手の中に戻った写真に目を落とす。 「気の毒」と、ロジャーは言った。 高速道路建設予定地にかかり、伐採の運命という事を知っているのだろう。 レイリーは『尾田の九尺藤』も知らなかったようだが、ロジャーは知っていた。 純白の藤 その白が 『あんたに移植を頼みたい!』 その声を甦らせる。 『白蘭清風』が枯れた時に浴びせられた罵声の数々は忘れた。 ゾロの脳裏に残っているのはたった一言。 あの夫人の 『ありがとうございました。』 微笑みながら言った、あの一言だった。 罵ってほしかった。 この人に、感謝されるような結果を残していない。 なのに、弱々しい声で告げられた「ありがとう」は、心の奥に今でも深く突き刺さっている。 デスクの上のメモ紙を剥がし、ファイルに挟み、ゾロはそれを再びレイリーの机の上に置いた。今度は丁寧に。 樹の声を聞くことを辞めても、精一杯向き合う人の心を無下にすることはしてはいけない。 「あら、ゾロくん。おはよう。」 いつ、引き戸が開いたのだろう? 入口に、ロジャーの妻ルージュが立っていた。 「…あ、おはようございます。」 「ご苦労様、ゾロくんはいつも早いのね。」 そばかすの頬がにっこりと笑う。 背の高い綺麗な女性だ。とても、エースのような大きな息子がいるようには見えない。 「ロジャー、見なかった?」 「…副社長ンちの方に行きましたけど…。」 「…また、愚痴を言いに行ったのね?情けない人!」 少し眉を上げて、でも口元は微笑んで 「あら、藤の花ね?まぁ…すごい。立派な樹…。」 デスクの上の写真にルージュも気づき、覗き込みながら言った。 「大きな木なのね…ホラ、家の屋根がこんなに小さい…長くそこにいる木なの? 愛されているのね、そうでなければこんなに大きくならないもの。」 「………。」 「ウチで手入れをするの?」 「…あ…いや…どうでしょう…。」 「来月には咲くわよね…ステキ…見てみたいわ。 連れてってもらえないかしら?遠いの?」 「…T県S市だそうです。」 「まぁ…遠いのね…。」 「………。」 遠い 確かに遠い あの男、各地にあるゾロが手掛けた木を見て回り、樹医はゾロと見定めて、こんな遠くからやってきた。 「ああ!ルージュ!!」 ガラガラと引き戸が開き、レイリーが飛び込んできた。 「エースはずいぶん派手にやったらしいな!」 困り果てた顔をして、それでもレイリーは笑っている。 「ああ、ごめんなさい!今行こうと思っていたの!」 「いや、かまわんよ!今、シャッキーが相手をしてる。悪いが逃げてきた。 さすがのあいつもエースの事となると、後ろめたさが先に立って何も言い返せなくなるらしい。」 「…ごめんなさい…本当に…エースも困った子…。」 同僚たちが話していた。 ロジャーはエースが幼い頃、病気がちだったルージュを日本に残して海外へ行ってしまい、 8年も帰って来なかったらしい。 一度、その病で危篤状態にまで陥ったのに、ロジャーは帰って来なかった。 帰国して、詫びでも言うかと期待してみれば 「死ななかったんだから良いじゃねェか。」 その事を、エースはどうにも許せないでいるらしい。 ロジャー自身は精一杯、詫びたつもりだったのだろうが。 まぁ わかるような気もする 「じゃあね、ゾロくん。騒がせてごめんなさい。」 頭を下げ、ルージュを見送った後、レイリーが自分のデスクの上のファイルに気付いた。 「…見たか?」 「いいえ。」 「…そうか?おや、メモがこんな所に。」 「………。」 レイリーが息をついた。 「…自分を待っている樹がいると、考えたことはないか?」 「………。」 あの男が持ってきた写真を1枚1枚確かめながら 「北海道の達子桜…そろそろ咲く頃だな。 …鎌倉の海棠はひと回り幹が大きくなった…ちょうど花のシーズンだな。 松代の大楠も…緑が深い…洞の腐食が酷かったのにここまで甦った…見事としか言いようがない。」 「やめてくれ…!!」 「………。」 「…やめて…ください…。」 顔を伏せ、背を向けたゾロの耳にまた、レイリーのため息が聞こえた。 「…こんな藤の咲く家に、よくもまぁふさわしい、華やかな青年が生まれたものだ。」 「………。」 ゾロが振り返った。 レイリーは悪戯気に笑い 「…綺麗な人の頼みは断れなくてね。」 「…シャッキーさんに言いますよ…。」 「はっはっは!!」 ギシと音をさせて椅子に腰を下ろし 「ロロノア。」 「………。」 「おれは、お前という樹まで枯らせたくない。」 ピクン と、ゾロの肩が震えた。 「お前という樹が、腐っていくのを黙って見ていられんのだ。」 「………。」 「お前がここに来たいと言い続けていた頃…素直に来いと言ってやればよかったと思うよ。」 「………。」 レイリーは、手にしていたペットボトルの水を煽った。 さすがに、朝からウィスキーはない。 「あの頃のウチにはそんな余裕がなくてな…何よりお前の様な職人がウチに来たら、 ロジャーが調子に乗ってお前にばかり入れ込むのが見えていた。」 「………。」 「…ルージュを泣かせたくなかったのでな。」 「………。」 「それに…。」 トン と、テ―ブルを小さく叩いて 「お前の自負心は…誰かの弟子になって満たされるものではないと思った。」 「…え…。」 「才があり腕があり…育てる自信がなかった。」 「レイリーさん…。」 「…おれのせいでもあるな。」 「違います…!!」 ゾロの言葉に、レイリーは笑った。 「…違います…。」 再びの言葉に、レイリーは小さく、何度もうなずいた。そして ファイルの中から、小さな紙片を取り出しゾロに差し出した。 「引き受けろとは言わない。ただ、話してみなさい。」 「………。」 受け取った紙片には 『 サンジ 080‐××××‐3232 』 「彼の携帯だ。」 「…レイリーさん…!おれは…!」 「話しなさい。」 「……!!」 「話しなさい。それからでも断るのは遅くない。」 「……おれは……。」 肩に置かれた手が、いつになく強かった。 有無を言わさない強い目が、笑みを含んで 「……話しなさい。彼と。」 「………。」 「今日は伝票の整理を頼む。」 「…はい。」 有無を言わさず、レイリーは今日一日ゾロをデスクに張り付けた。 会いたくない。 アイツには会いたくない。 会えば、どうしてもあの純白を、『白蘭清風』を思い出してしまう。 あの夫人の、弱々しい「ありがとう」を思い出してしまう。 自分の弱さと情けなさを、嫌でも思い知らされる、見せつけられる。 苛立ちがピークになったのは、その日の午後の始業時間だった。 バッグの中の、昼飯のコンビニパンさえかじらず向き合っていた伝票が、 最後の最後に帳尻が合わず、無意識に激しい舌打ちと共に電卓を叩きつけた。 その時、事務所の電話が鳴った。 これ以上はないという、不機嫌な声で 「はい、海王園!!」 『……っ!!』 電話の向こうで、相手が怯んだのがわかった。 「しまった」と、慌てて古い黒電話の受話器を持ち直し 「す、すみません!海王園…です!」 『…ロロノア?』 「――っ!!」 アイツだ すぐに、あの顔が脳裏に浮かんだ。 『ロロノアだろ?』 「………。」 答える事が、できなかった。 と、小さな笑いが耳元に届いた。 『あははは!どこの中華屋に電話しちまったかと思った!』 「…う…。」 思わず顔が熱くなった。 『あんたの声カッコいいな。すぐにわかった。』 「……あ?」 『一度聴いたら忘れねェ声だ。』 「………。」 声を褒められることなど滅多にない。というより、初めてだ。 「…どうも…。」 思わず、言ってしまった。 『考え直してくれたか?』 瞬間、解れかけた気持ちが凍った。 「………。」 『切るなよ。』 「―――っ。」 見てんのか? 確かに、受話器を置こうとした。 『昨日は悪かった。』 何故、詫びる? 『いきなり、ぶしつけな頼みをしちまったと思う。じいさんに怒られた。』 小さくついた息が、耳元で聞こえた。 『…諦めるっていうんだよ…ウチのじいさん。』 「………。」 『…自分のわがままで…みんなに…迷惑はかけられねェって…。』 「………。」 『…なんでって思うよ…なんでわざわざ…あの木を通って 道路なんざ作らなきゃならねェ…他だっていいだろ…って…。』 「………。」 『…人間の方が後からやってきたんだ…なのに…退けなんて簡単に言いやがる…勝手だよ。』 「………。」 『自然に朽ちていくなら…諦めもつく…あいつだって本望だろう…だけど…。』 ゾロは、ポケットに突っこんだままだった、レイリーに渡されたメモ紙を取り出した。 『 サンジ 080‐××××‐3232 』 電話の声は真剣で、本当に寂しそうだった。 まるで、自身の命を削り取られるかのような苦しさが、声に強くこめられている。 『…ごめん。』 また、「サンジ」は謝った。 『女々しいな。すまない。』 「…いや…。」 しばらく、沈黙があった。 『あんたのいう事ももっともだ。樹は自分から動きたいなんて思わない。』 「………。」 『…あそこで…見送るのも…アリなのかもしれない…。』 思わず、ゾロは何かを言おうとした。 だが 「…すまん、他に着信が入った。」 『あ…ごめんな。仕事中だな。』 「…このまま待ってろ。」 『…え?』 別の外線を取る。 下請けの植木職人だ。明日の仕事の段取りの連絡で、約束の時間ぴったりだった。 1,2分、用件を済ませてから、またサンジの電話に切り替えたが 「………。」 切れていた。 レイリーが会合で遅くなるというのを幸いに、その日ゾロは早めにアパートに戻った。 上着を脱ぎながら、昼間の電話の事を考えた。 「待ってろ」と、何故言ってしまったのか。 腰を下ろし、滅多に開かないノートパソコンを開けた。 樹医としてバリバリ動き回っていた頃は、ほぼ毎日のように開いていたが、近頃は滅多に開けなくなった。 起動するかも怪しかったが、ブーンと妙な音をさせながらも、 デスクトップに『Window’s Vista』の文字が表示される。 グーグルを開き『T県S市 尾田の九尺藤』を検索する。 すぐに、地元観光協会のHPがトップに出た。 続いて、たくさんのブログの記述。 『尾田の九尺藤 樹齢180年 山白藤 明治初期 廣澤鉱業迎賓館に、プロイセン伯爵ルードヴィヒ公により植樹されたもの。 同地は迎賓館跡地。藤棚脇の小宅が、当時の名残を残しているほかは、往時の華やかさの面影はない』 「………。」 『廣澤鉱業は現在のヒロサワマテリアルです ルードヴィヒ公は技術者のパトロンとして共に来日。 S市の自然を愛して3年の間この地に滞在し、邸宅に多くの花を植えたそうです。 特に白い花が好きで、牡丹や藤や薔薇など、純白の庭をこしらえるほどのロマンチストでした』 『ルードヴィヒ伯爵はここに滞在している間、恋人ができたんだって 藤の木の家のおじいちゃんが話してくれた。 あ、なんかのネタになりそう!』 藤の木のおじいちゃん ブルックとかいう老人だろう そして 『尾田の九尺藤を守ろう!201×年市民決起大会!!』 『高速道路計画の見直しを!!』 藤の花の美しさをたたえるブログの合間に、そんな文字も出てくる。 どのサイトにも、咲き誇る藤の写真が添えられていた。 山白藤 樹齢180年 250畳の藤棚 祖父の家と言っていた。 この花の下で、あいつは育ったんだろうか。 脱ぎ捨てた上着がすぐ脇にある。 手を伸ばし、ポケットからまたあのメモを取り出した。 『 サンジ 080‐××××‐3232 』 何故、電話を切った? 待てと言ったのに。 「…アホか…関わるつもりはねェだろ、おれ…。」 メモをくしゃっと丸め、くずかごに放り込んだ。 だが 「話しなさい。彼と。断るのはそれからでも遅くはない。」 話すことは何もない。 だが引導を渡すなら、早いに越したことはない。 ダラダラと、期待を持たせて先延ばしにするのは嫌だ。 受ける気はない。もう樹医をやめたのだから。 くずかごからメモを拾い、広げ、携帯のボタンを押す。 「…080…××××…32…3…2…。」 少し間があった。 番号を間違えたか?と思うくらいの沈黙があった。 そして、通信会社の名を告げられた後にすぐに繋がり、2回ほどのコールで 『はい、どちら?』 声に なぜかホッと息をついた。 『誰?』 知らない番号からの着信だ、名乗らず尋ねてきた。 「………。」 なんと答えよう。一瞬躊躇した時 『ロロノア!ロロノアだろ!?』 「……っ。」 なんとも明るい、嬉しそうな声。 『そうだろ!?ロロノアだろ?おい、何とか言えよ! …そうか!ついに観念しやがったか!受けてくれるんだな!?』 はァ!? 「バッ…!!誰が引き受けるっつったんだよ!!このアホ眉毛!!」 思わず、怒鳴り返していた。 しまった、と思ったが 『誰がアホ眉毛だ!!この苔玉頭!!』 「こ…!!」 マリモ頭と言われたことはあったが、苔玉頭という比喩は初めてだった。 だが、言いえて妙。植木職人に切り返す罵声としてはかなり上出来。 ゾロの顔が真っ赤になった。 もう、夜も更けてきたがお構いなしで 「…もう、いい!!も、誰がてめェの仕事なんざ受けるかァ!!」 『ンだと!?くらァ!?こっちが頭下げて頼んでんのをいいことに いっぱしにブロークンハート気取りやがって!この負け犬チワワが!!』 「誰がチワワだ!!てめェこそ毛の抜けたキタキツネみてェなツラしやがって!! 何がブロークンハートだ!!ふざけた事言ってんじゃねェ!!」 『毛 の 抜 け た キ タ キ ツ ネ だ ぁああああ!?』 何やってんだ? そんな疑問はしっかりあるが、もう止まらない。 ずっと、コイツに苛立っていたのだ。 これで腹を立てて、訪ねてこなくなるならそれもいい。 「いいか!よく聞け!おれは金輪際!樹医の仕事はしねェ!! てめェんトコの藤がどうなろうと関係ねェ!! もう二度と!!そのツラおれに見せるな!!」 怒鳴った瞬間 サンジは押し黙った 『………。』 「………。」 その沈黙は、5分にも10分にも思えた。 言う事は言った。もう電話を切っていい。 「…力になれず申し訳ない。」 携帯を耳から離し、切ろうとした。 が 『待て。』 声が届いた。 『…頼む…。』 「………。」 『…お前に頼みたいんだ…。』 「……断る。」 『…頼む…。』 「他を当たれ。」 『……頼…む……!』 声に、涙がある。 何故だ? 何故おれだ? 『頼む!!もうお前が最後なんだ!!お前しか…信じられる樹医がいない!!』 「………。」 何故? 『…どうすればいい…?』 「………。」 『…お前が引き受けてくれるなら…おれはなんだってするよ…。』 「………。」 『…なんでも…するから…。』 憐れで、切なくて、つい先ほどまで、自分に悪態をついていたとは思えない懇願。 「…今…おれしか信じられないと言ったな。」 『………言った。』 「おれはお前を知らねェ。」 『………。』 「だが、お前はおれしかいねェと言う。なぜそこまでおれを信じる?」 『………。』 電話の向こうで、大きく息をつき考えているのがわかる。 長い沈黙の後 『お前はおれを知らない…だけどおれは…お前を知ってる。』 「何?」 『樹医のお前をおれは知ってる。お前がどんな樹医か、おれは…よぅく知ってるんだ…。』 「…なんだと…?…おい、待て…てめェ…いつ…どこでおれに会った?」 こんな特徴ある奴、かつて会っていたなら絶対忘れねェ。 ふふ、と電話の向こうで小さな笑いが聞こえた。 『…覚えてねェよ…てめェはさ…。』 「………。」 『…だから…お前しかいないんだ…ロロノア・ゾロ…お前しか…。』 「………。」 『…頼む…。』 「………。」 『…あの樹を…死なせないでくれ…。』 長い沈黙の後、ゾロは黙って電話を切った。 昼の電話がなぜ切れていたのか、確かめるゆとりなどなかった。 NEXT BEFORE (2013/6/11) 華の名前‐TOP NOVELS-TOP TOP