敷地解放の10時になった途端、ブルック邸の庭は人で溢れかえった。 ブルックは、柵で藤を囲うような事もせず、自由に見物させていた。 マナーの良い見物客ばかりではない。 ゾロやエースが見て、眦を吊り上げるような輩もいる。 それでもブルックは 「こんな場所までわざわざやって来てくれたのですから。」 と、ニコニコ笑いながら、行き交う人をテラスから眺めていた。 私有地であるから、洒落たレストランもなければ出店もない。 その為、見物する人々は長居することなく去って行く。 時折、写真を撮ったり絵を描く者を除けば、回転率としては悪くない。 シアワセそうだ。 藤を見上げるどの人の顔も。 「……場所は確保できてるのか?」 不意に、ゾロが言った。 打てば響く様に、サンジが答える。 「ここから8キロの場所に『月殿丘陵』という場所がある。そこに5ヘクタールの土地を確保した。」 「十分だ。」 エースがため息と共に言う。 「簡単に言ったな。藤一本にそんだけの土地を。」 「…ヨホホホ…用地買収と保証費を担保に。」 ブルックが言った。 「…て、ことは…この家…壊されるのか?勿体ねェ。」 「豪勢なだけで、あちこちガタガタなのです。もう修理もできませんしねェ。」 サンジが、和菓子と淹れたての濃茶を運びながら 「市に買い取ってもらう事も考えたんだが…金がねェとよ。」 苦笑いと共に、唇から細い紫煙を吐いた。 「…移動の資金はどこから出る?」 ゾロの問いにサンジが答える。 「寄付金と市の補助金だけだ。だから、樹だけで精一杯なんだよ。」 「…なるほど…。」 「藤か家か…どちらか片方と言われたよ。市としては、家を残してくれた方がよかったようだぜ。」 「いわくつきの邸宅だ。確かに。」 練り菓子を口に放り込み、エースがうなずく。 「…やっぱり…問題は金か…。」 サンジが、小さく笑い息をついた。 「よし、行くぞ。」 と、立ち上がった。 「え?どこに…?」 「移植先だ。」 「月殿に?」 「ああ。」 「…わかった。行こう。」 エースも車のキーを手に立ち上がり 「じいさん、どうする?」 「ヨホホ、私はご遠慮いたします。 満開ですから、今日は部屋で藤を眺めながら音楽を聞こうと決めていたのです。」 「そうか。あー、悪かったなァ。いきなり来ちまって。」 「いえいえ!!」 手を振り、嬉しそうにブルックは言った。 車に向かいながら、サンジが言う。 「…足が利かなくてね…あまり長く歩けないんだ。」 「…そうか…。」 駐車場は、見学者の車で溢れていた。 ボランティアらしき青年が、サンジを見かけ手を上げながら 「おう!サンジ!!」 「おう、ウソップ!お疲れさん!どんな感じだ?」 「国道まで渋滞してるぜ〜。さっき警察が出張ってきた…どちらさん?」 やたらと鼻の長い青年。 ボランティアのジャンパーを着て、手に警棒を持っている。 汗だくだ。 タオルで額から鼻をひと拭きして、ゾロとエースを見比べる。 だが、サンジはそれには答えず 「…月殿に行ってくる。じいさんがひとりだから、頼んでいいか?」 「月殿…?…あ!わかった!おう、いいぜ!任せとけ!!」 察しのいい男。 ウソップと呼ばれた青年は、ゾロに手を差し伸べ 「…頼むぜ!」 「………。」 少しためらいながら、ゾロはその手を握り返した。 『月殿丘陵』という場所は、古代そこに集落があり一帯に古墳が多く点在していることからつけられた名前だ。 斜面が東を向いていて、中秋の頃は月の名所として知られているのだとサンジが言った。 「なるほど。この傾斜地じゃ、もてあます訳だな。」 移植予定地の頂上に立ち、見下ろしてエースが言った。 3人が立っている場所は丘陵の行き止まりに当たる場所で、背後に山を背負っている。そして 「掘れば必ず古墳の遺物が出てくる。出れば学術調査だ。」 「尚更か。」 サンジがポケットから煙草を出して咥え、火を点けた。 煙が風に流されて、ふもとへ降りて行く。 「…冬場の気温が気になる場所だな。」 ゾロが言った。 エースが腕のクロノグラフに仕込んだコンパスで方位を確認し 「…あー…山瀬が吹き下ろすな…こりゃ相当冷え込むぞ。」 「まずいか?」 サンジがゾロに問う。 「…不安はある…実際に冬の気温を測って見ねェことには何とも言えねェ。 …除草してるんだな…薬を使ってるのか?」 「一切使ってない。」 「…この広さを人力で除草か?大したもんだ。」 「いや…元々歴史保存地区だから、市から金が出てたんだ。 今は、地元の考古学部の教授が学生を寄越してくれる。西海大学の教授、美人考古学者なんだ。」 「へー。」 気の無いゾロの返事にサンジはムッと眉を寄せ 「おれ今美人考古学者っつったぞ?食いつかねェの?」 「興味ねェ。美人は毎日見てる。」 サンジの表情が一瞬凍り、だがすぐに眦を吊り上げて 「へええええええええええ!!そら、どうも!お熱いこって!!ごちそーさん!!」 『彼女』のノロケだとでも思ったのか、明らかに不機嫌に叫んだサンジにエースが声を上げて笑う。 「おいおいゾロ!!まさかそりゃ、おれのお袋じゃねェよな?」 「…レイリーがいつも言ってるだろ。社長にゃルージュさんは勿体ねェってよ。」 「…それ、息子に言う?」 自分の勘違いに気付き、照れくささを含みながらサンジが吹き出すように笑った。 しかしゾロは、全く表情を変えないままぶっきらぼうに 「で、発掘調査は済んでるのか?」 少し困惑気味な顔。 「…まだか。」 「大学が勝手に発掘をするとなりゃ大学が金を払わなきゃならねェ。 市の事業なら『掘ったら出てきた』で市が払う。私有地でも市が払ってはくれるけどな。」 「…掘って出てくりゃ否応なしに発掘調査で時間を取られるか…。」 大きく、ゾロが息をつく。サンジもつられるように大きく息を吐いた。 そこへ 「あら、サンジ。来ていたの?」 澄んだ声に、3人は振り返った。 「ロビンちゃん!」 ロビンと呼ばれた女性は、にこやかに微笑みながら丘を上がってきた。 手に、タブレットを携えている。 エースがぺこりと頭を下げると、ロビンも丁寧に頭を下げた。 「ゾロ、今話していた西海大学のロビンちゃ…ニコ・ロビン教授だ。」 サンジに紹介され、ロビンはゾロを見て頭を垂れた。 ロビンはゾロを見て 「…ロロノア・ゾロ先生ね?樹医の。」 「!!」 驚くゾロに、ロビンはフフッと笑い 「サンジがあなたの事を話してくれていたから…。そう、ついに口説かれたのね?」 「………。」 「…ロビンちゃん…。」 「あら、ごめんなさい。」 ロビンは微笑み 「ありがとう。」 ゾロに礼を言った。 ゾロは、それに答える事もせず 「おい、てめェはこの丘のどこに藤を移すつもりだ?」 サンジに尋ねた。 急な問いに少し惑い 「…あ、ああ…できるなら…あの辺りに。」 サンジが指差したのは、丘を登り始めた辺りのなだらかな斜面。 ゾロは無言で、示した場所まで降りて行った。 後をサンジが追う。エースもそれを追い、ロビンも続いた。 エースがロビンに 「サンジが言ってた通りの美人さんだなァ。大学教授よりモデルでもやった方が儲かりそうだ。」 「フフ、ありがとう。」 「今日はなんでここに?」 「個人的に、掘ってみたい場所があるの。下調べよ。ここはブルックさんの土地だけどお許しはもらってるわ。」 「へェ。」 ロビンはサンジの背中を見送りながら 「…早く調査を終えないと…。」 「…なるほど。で?どんなものが出るんだい?おれ、そういうのは詳しくねェんだ。」 ロビンは顎に指を当てながら 「主に副葬品ね…埴輪とか土偶とか…装身具、生活用具…鏡や剣が出た事もあるけど…出てくるのは大概土器。」 エースは「ふーん」と感心しながら 「楽しい?」 「楽しいわよ?」 「何よりだ。」 「フフフ…おかしな人。」 「あーどうも、よく言われる。」 ゾロがこちらを向いている。 だが、エースとロビンなど見ていない。 「…目つきが変わった…そうか…あれが本当のあいつの目か…。」 「…サンジに聞いたわ…辛い事があったそうね。」 「…知ってたか…ま…人から見れば取るに足らねェ、下らねェ話に思うだろうけどな。」 「…そんな事ないわ…自分の仕事に誇りがあればあるほど…挫折は苦しいものよ。」 「…あんたも?」 ロビンは笑い 「あら、そう見える?」 「…経験が無きゃ出そうにないセリフだったからさ。」 「考古学なんて、挫折の連続よ。」 「なるほど…。」 と 「おい!エース!そこ動くな!!」 ゾロが叫んだ。 「指標代わりだ。じっとしてろ。」 「へいへい。」 サンジが問う。 「…どうだ?」 「……なるほど。移植した後を考えれば、絶好のロケーションだな。 この角度なら、空も絶妙の角度で視界に入ってくる。」 ゾロの答えにサンジがホッと息をついた。 「おい。」 呼ばれて、サンジはゾロを見た。 ゾロも、サンジをじっと見つめている。 「…何…?」 「…なんであの時電話を切った?」 「…え…?」 「…待てと言った。あの時だ。」 サンジは少し考え、微笑んで 「…ああ…。」 「………。」 「…怖くなったんだ…。」 「…怖ェ?」 「…あの時…お前が電話に戻ってくるのを待っても…いい返事がもらえるなんて思えなかった…。」 「………。」 「…そしたら…急に待つのが怖くなった。」 おそらくそれは本当だろう。 そして 「…お前…おれとどこで会った?」 ゾロの言葉に、サンジは明らかに震えた。 わずかに顔を伏せ、だがすぐにまた微笑み 「…覚えてねェよ…お前は。」 ゾロが、一歩サンジに歩み寄ると、サンジは逃れる様に身を引いた。 「…おれはT県で仕事をしたことがねェ。 おれの仕事を実際に見て回ってくれたようだが…そのうちのどこかで会ってるのか?」 「………。」 「おれにはお前の記憶がねェ。」 目を逸らしわずかに顔を伏せ、サンジはしばらく黙っていたが小さく笑い 「嘘だよ…!」 「あァ?」 ゾロの眉間に深いシワが寄る。 サンジは呆れたような明るい声を上げた。 「…嘘だよ…ウソ!…ただ…樹医のお前のあれこれを追いかける様に調べて… それでお前を知ってる気分になっただけだ…!」 「……ふざけんな……。」 「…ふざけてねェ…ずっと心当たり探ってた?…はは…悪ィ…。」 「………。」 「…けど…実際にお前に逢えた時は…嬉しかったよ…。」 ピクンと、ゾロの肩が震えた。 「………。」 「…やっと…辿り着いたって…思った…。」 「………。」 「…ごめん…。」 「…もう、いい…。」 と 「おおお〜い!ゾロ!いつまで立ってりゃいいんだァ!?」 エースが叫んだ。 「とにかく、やることは山の様にある。すぐに移植という訳にはいかねェ。」 帰り際、車のドアに手をかけながらゾロはサンジに言った。 もう、陽が西に落ちかけている。 「来週にはこっちに来る。ヤサを探しておいてくれ。」 「…アパートとか?」 「長期戦だからな。かといって、スパンが1,2年しかねェ。」 「わかった。」 サンジはうなずき、車に乗り込もうとするゾロへ 「ありがとう…!」 叫ぶように言った。 深い青い目。吸い込まれそうになる。 「…あまり礼を言ってくれるな。」 「…え…?」 ゾロの言葉に、サンジは眉を寄せた。 「…じいさんといい、あの鼻といい大学教授といい…てめェといい…みんなで礼を言いやがる。」 「………。」 「まだ始まってもいねぇのに。」 「………。」 「…重てェよ…。」 自嘲気に笑うゾロの、ドアにかけたままの手に自分の手を重ね、サンジは穏やかに言う 「…大丈夫…。」 「………。」 「…大丈夫だよ…。」 眉根を寄せたまま、ゾロはサンジを見つめた。 ダメだ やっぱり思い出せねェ こいつは嘘だと言ったが、本当に嘘なのか…? この目も、あの電話の切ない声も、ただ祖父とあの樹を思ってのことなのか? なんだろう この男の事が気になって仕方がない。 重ねられた手を、このまま放したくない衝動が突き上げてくる。 あの牡丹を枯らせてしまったあの日から、ずっと忘れていた様々な感情が、 いきなり一気に噴き出している。 この衝動も、そのせいなのだろうか…。 「大丈夫。」 もう一度言って、サンジは手を放した。 「エース、道中気をつけて。これ、弁当な!」 紙袋を掲げてみせて、笑いながらゾロへと手渡す。 「おお!ありがてェ!…なァ、おれもまた来ていいか?」 「喜んで。」 エースに向けられた花の様な笑みが、なぜかゾロの心をチリリと引っ掻いた。 だが 「ゾロ。」 呼ばれ、サンジを見ると、その花の笑みが自分に向けられていた。 「待ってる。」 「………おう。」 小さな傷は、その瞬間に癒された。 ああ これはヤベェ… エースの軽自動車で、元来た道を戻る。 行きの時とはまるで違い、ゾロの目に闘争心の様な火が宿っているのをエースは横目で見た。 「面白れぇことになったな。」 「…茶化すな…。」 「自信は?」 「あるように見えんのか。」 「おいおいおい…。」 笑いながら、エースは少しアクセルを緩め、一番左端の走行車線へ入る。 追い越し車線を、一気に高級車が走り抜けていった。 「まさか…その場限りの出まかせじゃねェだろ?」 「当たり前だ。」 「だよなァ!……喜んでたなァ…サンジ。」 「…サンジじゃねェだろ…。」 チリ と、何かがまたゾロのコメカミを引っ掻いた。 「…しかし驚いた…藤の精霊かと思った。」 エースの言葉にゾロはまた眉を寄せ 「…乙女か、てめェ。何が精霊だ。」 「…美人だったなァ…。」 「…男だぞ…。」 「だからさ。」 「!!お前…そういう…!?」 S市を出てから初めて、ゾロがエースを見た。 エースはまっすぐ前を向いたまま笑い 「おれ、メンクイなの。綺麗だったらどっちでもいい。 てか、男であんだけの美人、滅多なこっちゃお目にかかれねェ…いいよねェ…。」 「………。」 誰かこれと同じような事を…ああ、そうだ。レイリー。 『綺麗な人の頼みは断れなくてね。』 花の様な そんな安っぽい形容詞はよく聞くが、あいつはまったく安っぽくならない。 藤の精霊…? いや あれは あれはむしろ 「………。」 大輪の 白い肌の 金の花芯の 艶やかな 白蘭清風 「……まさかな……。」 まさか だが 「………。」 おれを知ってると言った。 嘘だと否定した。 あいつが、あの牡丹だとしたら…? ガラではないが、サンジが『白蘭清風』の精霊だと名乗ったら、ゾロは無条件に信じてもいいと思えた。 そしてそうであったなら、つじつまが合うのだ。 もし、そうなら 「……んなワケあるか……。」 「あー!トイレ行きたくなってきた!次のSA停まるぜ!あ?なんか言ったか?」 「……何も…。」 もし そうなら あいつはおれに、恨み言のひとつも言っていい。 だが今度こそ、あの星の様な花を再び咲かせてやる。 あいつの前で、再び。 海王園に戻ってきたゾロが、「受けて来ました」と告げたひと言に、レイリーは大きくうなずいた。 感慨無量という表情ではない。 それが当たり前だとでも言うように、あっさり「そうか、がんばりたまえ」と答えただけだった。 まるで、ゾロが引き受けて戻ってくるのをわかっていたように 「並行して委託業者を見つけなければな。ウチだけでは手に余る。」 レイリーが言うとエースが 「ウチに持って帰っても構わねェか?レイリー?」 「白ひげの親父さんに頼めれば心強いな。ウチはT県近郊に委託できる業者がいない。 その辺りを頼めるかね?私からも、親父さんに連絡を入れる。頼んだよ。」 「わかった。ありがと!そういうことだ、ゾロ。よろしく頼むぜ?」 意味ありげに笑うエースに、ゾロは小さく息をつき、思わず舌打ちした。 と、事務所の流しでお茶を淹れていたルージュが、クスリと笑った。 「何だい?おふくろ?」 「…お父さんが直に関わっていないとはいえ、あなたがウチと仕事をしたいなんて珍しいと思って。」 「……あー……。」 するとレイリーが 「はっはっは!あの華にハマったな?」 「華?」 ルージュは首をかしげ、ゾロを見た。 困ったように、ゾロは指で頬を掻く エースは母の差し出したコーヒーを受け取りながら、(周りにもしっかり聞こえるような)小声で 「…依頼主が、ドエライ別嬪なんだ。」 「まぁ。」 目を丸くし、ルージュはまたゾロを見る。 「そうなの?ゾロくん?」 「………まァ………。」 ルージュは途端に身を乗り出し、目を輝かせ 「歳は?背はどのくらい?お仕事は?花の好きな人なら悪い人じゃないわね?」 息子がこんな話をするのは初めてで、ルージュは頬まで染めて3人に尋ねた。 「…ああ、ルージュ…残念ながら嫁候補にはならんよ。男性だ。」 「あら。」 レイリーの言葉に少しがっかりし、意外な顔をしたものの 「だったら、尚更会ってみたいわ。」 と、見た目のなよやかさとは裏腹な、剛毅な言葉を笑顔と共に吐いて見せた。 さすが、ロジャーの嫁だ。 「ゾロくんの心を解したんですもの、きっと素敵な人ね。」 「………。」 思わず、頬が熱くなる。 「よかったわ。」 ゾロは、黙って頭を下げた。 この人も、口には出さないが、ずっと案じてくれていたのだ。 「見てしまえば心が躍る。惹きつけられる。当然の結果だ。」 エースとルージュが母屋に戻り、2人きりの事務所でレイリーがゾロに言った。 「………。」 「…美しかっただろう?直に見なくてもわかる。 写真でさえあれだけの凄まじさだ。実物を見れば、必ず心を揺さぶられる。信じていた。」 観念したように、ゾロは笑い 「…あいつにしてやられました。」 「はははは!……お前の心の中の火が、消えていなかっただけの事。」 「………。」 「惑うのは、捨てきれないからだ。」 「…はい…。」 「……いつ、行く?」 レイリーの問いに 「来週には。あまり時間がありません。花が終わるのを待って、すぐに準備にかからねェと。」 「わかった。」 レイリーはふっと笑みをこぼし 「寂しくなる。」 「………。」 「仮に何年かかっても、戻る気があったらいつでも戻ってくるといい。」 「ありがとうございます。」 立ち上がり、頭を下げ、ゾロは肩で大きく息をつき事務所を出た。 昼前にここに戻ってきたが、もう空に星が瞬いている。 昨夜から一睡もしていない。 それでも、疲れたとは思わなかった。 バッグを背負い、アパートへ帰ろうとした時 「!!」 ポケットの中の携帯が鳴った。 取り出し、液晶を見ると 『 080‐××××‐3232 』 サンジの携帯番号。 「………。」 『…だから、“ロロノアです”くらい言えねェのか?って。』 笑う声に、ゾロは思わず口元をゆるませる。 『無事に着いたなら着いたって、連絡くらいくれよ。』 「ガキじゃねェんだ。」 『じいさんが心配してんだよ。』 骨の様なブルックの顔が、一瞬脳裏をよぎった。 『遠くまでありがとう。』 「………サンジ。」 名を呼ばれ、一瞬サンジが言葉に詰まったのがわかった。 『なんだ…?』 その問いは、自然に口を突いて出た。 「お前、『白蘭清風』か?」 『…はァ…?』 サンジの答えまで、少し間があった。 アホな質問に、呆れたような間だったが 『…そうだって言ったら?』 「―――っ!?」 『んなワケねェだろ?バーカ。』 「…この…っ!」 サンジの笑いが、耳元でこぼれる。 『結構ロマンチストだな、てめ。』 「…エースだよ…あいつがてめェを藤の精霊だなんていいやがるから…。」 『………。』 「藤より…てめェは…『白蘭清風』に近いと思った…それだけだ…。」 『………。』 再び、今度は照れくさそうな低い笑いが届く。 『…おれは人間だよ…。』 「わかってる。」 『…ゾロ…。』 「………。」 『…待ってるよ。』 「…ああ、待ってろ。」 『………。』 「今度は負けねェ。」 サンジが、笑うのがわかった。 そのまま黙って、ゾロは電話を切り 「………。」 『 080‐××××‐3232 』 液晶に表示された電話番号を、電話帳に登録した。 登録を終えると、無機質な番号は 『 サンジ 』 の3文字にに変わった。 たったそれだけの事なのに 「………。」 胸の奥が、熱かった。 (続) NEXT BEFORE (2013/7/19) 華の名前‐TOP NOVELS-TOP TOP