BEFORE


『尾田の九尺藤、移植決定』の記事がT県の地方紙の片隅に載せられたのは、 ゾロがT県に移ってから1か月後の事だった。 満開の藤を見たあの日から10日後、ゾロは再びあの藤の元へやって来た。 その時はもうほとんど花は落ちていたが、名残りの花が、まだ風に揺れていた。 もう、ここまで花が散ってしまえば見物客もない。 ゾロの来訪をサンジもブルックも笑顔で迎え  「2階を使ってくれ。元は客室だから、風呂もトイレもついてる。」 ゾロの手からバッグを受け取り、サンジは指で階上を示した。 意外な申し出に、ゾロは目を丸くし  「…いいのか?」 躊躇いがちに尋ねたゾロに、ブルックが答える。  「ヨホホホホ!部屋数だけはございますから!遠慮なくお使いください!」  「…助かる。できるだけ樹に近い場所が良かったからよ。」  「な?言った通りだろ?じいさん。」 サンジが「ほら見ろ」という口ぶりで、ブルックに振り返った。 ブルックも、肩をすくめてうなずいた。 ふと、ゾロは我に返り目を泳がせた。 と、いうことは こいつと一緒に暮らすって事か? こいつと サンジと そう思った時  「廊下の端。おれの部屋、向かい側な。」  「………。」 そういうことだ。 ヤベェ なんでか 嬉しいとか 困ったとか どうしようとか そんな感情が溢れてくる。 そんなはずねェよ 自分は男で コイツも男で そんな対象には  『綺麗な人の頼み事は断れなくてね。』  『おれ、メンクイなの。綺麗だったらどっちでもいい。』  『ゾロくんの心を解したんですもの、きっと素敵な人ね。』 ヤベェ 心の中で呟きながら、部屋のドアを開けた。 すると  「………。」 名残り藤の房が揺れている。  『ようこそ』 と、告げる声が聞こえたような気がした。 そうだ おれはあんたを、この先も咲かせるためにここに来た。  「じゃ、今日はゆっくり休めよ。」 振り返り、ゾロは軽くうなずいた。 華の笑顔がそこにある。 ああ 本当にヤベェ  「おやすみ。」 それだけを言って、ドアを閉めた。 まずやることは、藤の木の健康状態と移植先の地質調査。 移植のためのスケジュール組みと、それに伴う人員手配、業者手配、 道路使用許可、市や県との折衷…。 そして、早速問題が起きた。 移植先の月殿丘陵の地質調査をしていたゾロ。 わずか2日目で、ばっちり  「…あなた、考古学者向きかも。」  「………。」 微笑むロビンの言葉に、ゾロは仏頂面でそっぽを向いた。 古墳時代の墓の石室の一部を見事に掘り当て、地質調査どころではなくなった。  「未盗掘の石室が出たのは初めてよ。」  「そうかよ。」  「…そんな怖い顔しないで…。」  「…黙って埋め戻そうとしたら、こいつと鼻の野郎、物言いたげにジーっと見てるだけなんだぜ。」  「当たり前だ。ロビンちゃんがずっと調査している古墳だ。んな真似させるかよ。」 ロビンの隣に立っていたサンジが言った。 ゾロはさらなる仏頂面で  「移植を急いでるんじゃねェのか。」 サンジは困った顔をして、ゾロから目を逸らした。  「それは…そうだが…。」 と、ロビンが微笑み  「ありがとう。埋めないでくれて。」  「………。」 ゾロは、座っていた草の上に立ち上がり、ズボンの埃を払うと、 15、6人の市や県の職員や大学の関係者がうぞうぞ蠢く穴を見ながら  「…どんくらいかかる?」  「…そうねェ…。」 ロビンは頬に手を当て  「…少なくとも1か月…。」  「待てねェ。樹は待っちゃくれねェ。」  「こんなに広いのに、あの場所じゃなきゃダメなの?」  「………。」 と、その時  「おい!ニコ・ロビン!!」 声に、ロビンだけではなく、ゾロもサンジも振り返った。 見ると、いかつい大きな体の男が坂を上がってくる。 決して重い足取りではない。 ロビンは男を見ると、小さく笑い  「あら、フランキー。」  「はッはァ!なんかいいものを見つけたって!?」  「ええ、ワクワクしているところよ。」 フランキーと呼ばれた男は、サンジに軽く頭を下げたが、ゾロには何も言わなかった。 サンジもぺコンと頭を下げる。 知り合いなのだ。  「見て。」 ロビンが地図を開き、男に何かを話し始めた。  「石室の入り口が東南を向いているの。  間違いなく、この地方にも仏教の影響が及び始めていた証拠よ。」  「未盗掘だって?何が出た?」  「…橿原の先生が今調べているけど…ガラスと瑠璃がかなりあるわ。」  「文字通り、お宝だな。…よし、任せとけ。」  「ありがとう…お願い。」 言葉を交わし、フランキーはゾロを見て、今度は軽く頭を垂れた。 思わずゾロも、会釈を返す。 発掘現場に、男が昇って行った。ロビンも後を追う。  「…誰だ?」 ゾロの問いに、サンジが答えた。  「…市長だ。」  「は!?」 思わず、振り返って男の後ろ姿を見た。 とても、そんな風には見えないが  「ついでに言うと、ロビンちゃんの旦那だ。」  「あァ!?」  「期待通りの反応ありがとう。そう思うよなァ?美女と野獣だ。」 ふと気づき、ゾロが  「…市長ってことは…いろいろアレか…。」  「そう…いろいろアレだ。」 サンジが笑った。 丘を上がりながら、サンジが言う。  「…フランキーは…藤の移植にも家の移築にも乗り気なんだ。  ただ、議会がうんと言わない。」  「…なるほど…。」  「そんな金があるなら、もっと福祉の充実とか…インフラの整備とか…  よくわかんねェこと言ってたな…。」  「………。」  「ヒロサワマテリアルの旧迎賓館って事もあって、ヒロサワにも働きかけてくれてたんだ。  けど、ヒロサワマテリアルの地元工場…去年閉鎖された…もう、あの会社はこの町になんの繋がりもなくなった。  莫大な法人税収を失って…あの市長も立場が弱い。  じいさんも…家か藤と言われて…悩んで出した答えなんだ。」  「………。」 と、丘の下から数人のスーツ姿の男たちが上がってきた。 ゾロとサンジには目もくれず、ふうふう息を切らしながら行き過ぎていった。 一目見て、行政の人間とわかる姿。市長を追いかけてきたのだ。 その姿を見送って、サンジが言う。  「…なァ、ゾロ…お前…おれと同じことを考えてるか?」  「……だから、この場所だったんだろう?」 ゾロの答えに、サンジは表情を明るくさせた。 ゾロが言う。  「…自費で金かけて移植しても、後に莫大な借金が残る。回収しなきゃ移植の意味もねェ。」 サンジが丘の下を指差す。  「…高速道路ができたら、インターチェンジから尾田町に向けてバイパスが通る。」  「………。」  「インターチェンジの側に商業施設ができる。」  「………。」  「…バイパスから…尾田町から松が峰を抜ける道路も作ってもらえる。  それがこの丘の下のルートだ。」  「……その角度だと、あの場所に藤を植え替えれば、道路から満開の影がチラリと見える。」  「そうだ…。…ああ…観光客の期待を高められる…興味がなくても目に入る…  そうか…それを考えて、あの位置か。」 サンジがうなずいた。 ゾロは腕を組み  「…夏の直射と冬の山瀬を避けられる。あの場所がイチバンだ。なのに遺跡かよ。」  「………。」 笑って、サンジはゾロの背中を叩いた。 結局、遺跡の発掘は本格的に行われることになった。 意気消沈しつつ、ブルック邸に戻ってきた2人を出迎えたのは  「ぃよぉお!!サンジ!!元気か!?」 言うなり、ゾロを押し退けるようにサンジの体を抱きしめたのは  「エース!!よく来たな!!」 笑顔で、過剰なエースのハグにサンジは答えた。 思わず、ゾロのコメカミに青いものが走る。  「よ、ゾロ、元気か?」  「…最後に分かれたのは10日前だ。…何しに来た?」  「っておいおい、ずいぶんなセリフだな。業者の話をしに来たのによ!」  「電話でも済むだろが。」 エースはにやりと笑い  「そこを察するくらいの思いやりは持てよ。」  「生憎だな、持ち合わせはねェ。業者の話をしてとっとと帰れ。」  「お前、それが半日車を走らせてやって来てくれた友達に言う事かァ?」  「誰が友達だ。」  「ホンット面白れぇな、お前ェら!」 サンジが笑いながら、2人を居間へ押し込んだ。  「ヨホホホホホ!お帰りなさい!」 ソファに腰かけていたブルックが振り返り、3人を見て言った。 ゾロは「ああ」と、ぞんざいに答え  「………で?」 ゾロの短い問いに、エースがわずかに首をかしげる。  「で?とは?」  「業者だ。レイリーから、てめェんトコがこっちの業者を手配してくれると聞いた。決まったのか?」  「お前さんの提示したあの額で引き受けようなんて、そんな奇特な業者がいるかよ?」  「………。」   サンジがわずかに肩をすくめた。そして  「…じゃあ、いくらだったら受けてくれる?」  「お前は黙ってろ、サンジ。」  「黙らねェよ。依頼主はおれだ。」 2人のやり取りにエースは笑い  「まぁ、待て待て。こっちの業者にダメ元であちこち当たった。  ほとんどの造園屋はにべもなく断り、倍額ならやってもいいと言ってる業者もいるにはいる。」 エースはブルックの隣に座り  「移植の作業は白髭園で請け負う。」 ゾロの目が見開かれた。  「…お前の独断じゃねェだろうな…?」 ゾロの問いにエースは言う。  「親父がのった。」  「………。」  「…成功させようぜ。」 エースの差し出した手に、ゾロも手を伸ばした。  「ありがとう…。」 サンジも手を差し伸べ  「ありがとう…。」  「どういたしまして。」  「ヨホホホ…感謝いたします…。」  「決めたのは親父だ。おれじゃねェよ。」 ブルックと握手を交わし、エースはその手を握ったまま  「そういう訳で、おれもここに厄介になっていいかな?」  「はァ!!?」 ブルックよりもサンジよりも 激しく反応したのはゾロだった。 ゾロが何かを言うより早く、ブルックが  「ヨッホホホホ!!もちろんですとも!!どうぞどうぞ!部屋数だけはございますから!!」 言ってしまった。 このブルックという老人、人を見るという事をしないのか?  「さ〜〜んきゅ〜〜!」  「って、おい!エースてめェ!!」  「よろしく頼むな、サンジ!」  「こちらこそ。」  「ちょっと待てェ!!移植はまだ先の話だ!!おまけに遺跡が出ちまって、さらに工期は先延ばしだ!!  今てめェがここに引っ越してくる理由はねェ!!」 エースはおもむろに立ち上がり、ゾロの襟首をむんずと掴むと  「……察しろよ?そこは。」  「!!!!!!!!」 見通しの全く立たなくなった仕事の為に、わざわざ引っ越してきていいもんか? よく、白ひげの親父が許したな? しかし  「……気に入らねェ……。」  「あ?なんか言ったか?」 ゾロの低い呟きに、サンジが尋ねた。  「………。」  「……ん?」 覗きこむサンジの顔をじろりと睨み  「……なんでもねェ。」  「………。」 立ち上がったゾロに、サンジは  「部屋戻るのか?メシは?」  「…いらねェ。」  「………。」 エースがすかさず  「おれは食う。いやぁ、毎日サンジのメシか〜幸せだな〜。」 2階に上がるゾロの背中に、エースのでれっとした声が届く。 そのまま部屋に入り、荷物をベッドに放り出した。  「………。」 いくらゾロが鈍感でそういう事に疎くても、今、自分の体の中で渦巻いているものがなんであるか、 もう十分すぎるほどに思い知った。 関係ないのだとエースは言った。 「関係ない」と、一度思ってしまえばもう歯止めは効かなくなる。 だから、堪えている。 認めてしまえばきっと、ここにいるのが辛くなる。 ヤベェ これはヤベェ。マジヤベェ 冷静になれおれ そんな場合じゃねェんだよ… だが  『祖父は、この地で運命の相手と出会ったのです。』 運命の相手 ごろりと横になり、目を閉じた。 ぶっちゃけてしまえば、ゾロとて女性の経験がないわけではない。 荒れた頃に、一通りの悪い事はやった。 その頃に、幾人かの女を知った。 だが、女を知ったからといって溺れる訳でもなく、特定の女に興味を持つでもなく、 ただ誘われれば応じるだけの淡白さしか持てなかった。 心が荒んでいたせいもあるが、女に何かを求めもしなかった。 ロジャーの妻のルージュや、レイリーの妻のシャッキーに、女性の理想を覚える時もあるが、 そういったものを望む気持ちも生まれなかった。 なのに あの笑顔を、独占したいと望む確かな感情がある。 ゾロは薄く目を開き、掌を見つめた。 この手が、あの白い肌に触れたがっているのがわかる。 ヤベェ ふと、窓の外がざわめいた。 思わず半身を起こし、窓を見た。 まだ、カーテンを引いていない窓の向こうに、緑に包まれた藤の木が見える。  「………。」 あの樹の下で、ブルックの祖父は恋する相手を生涯想い続けた。 激しく熱い恋だとゾロも思う。 ―――と  「ゾロ。」 軽いノックと共に届いた声に、ゾロは脊髄反射で飛び起きた。 勢いで、ベッドサイドのテーブルに、しこたま足の小指をぶつける。  「い゛っでぇぇぇぇえええ!!」  「!?どうした!?」 部屋に飛び込んだサンジが見たものは、膝を抱え込んで床を転げまわり悶絶する緑頭の男。  「……何やってんだ?」  「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」  「大丈夫か?」  「……だ、だいじょうぶだ…っ!」 答えに息をつき、サンジは手にしていたトレーをテーブルではなく、机の上に置いた。  「アホか。」  「うるせェ。」  「握り飯作った。…腹減ってんのに、何拗ねてんだよ?」 拗ねてる。 その言葉に、ゾロの頬がわずかに膨らんだ。 まだ床に転がったまま、ゾロはサンジを見上げる。 サンジはゾロを覗き込むように床に腰を下ろし  「…悪いと思ってるよ…まさか調査にこんなに時間を取られることになっちまってさ…。」  「………。」 違う 言いそうになったが、堪えた。 勘違いしているなら、勘違いしてくれたままでいい。 え? 勘違い?  「………。」 そりゃそうだ エースが、何を考えてここに入り込んだかなんて、想像もしていねェだろ。 男同士なんだから  「……それはもういい……覚悟はしてた。」 ゾロの言葉に、安堵したかのように笑う。 その笑顔に  「………。」 思わず起き直り  「………。」 伸ばした手を、サンジは拒まなかった。 触れた掌に、素直に頬を当てて、一度だけ摺り寄せた。 優しい青い目が、真っ直ぐにこちらを見ている。 ああ だめだ そういう事だ だけど  「……おやすみ。」 ゾロは言い、手を引いた。 引いていく手に、引きとめるかのようにわずかにサンジの指が触れたが、 引いた手を床につき、立ち上がり、ゾロはそのまま洗面所に消えた。 しばらくサンジはそのまま床に座り込んでいたが、やがて水音がし始めると、気だるげに立ち上がり  「………。」 何も告げず、出て言った。 T県S市尾田町 明治初期、その地域はT県尾田村と呼ばれていた。 江戸時代、そこは幕府の直轄地であったが、明治の世になってから長州閥の県令が赴任し、 その息のかかった商社が入り込んできた。 そしてその地で起こした会社が『廣澤銅山鉱業』である。 江戸時代は幕府直轄であった銅山を、今度は民間企業が経営する。 そこに、時代の混沌が働いていたのは言うまでもない。 しかし、父祖の代から鉱山で働いてきた尾田村の住民たちにとって、 働いた分だけ報酬を現金で払ってくれる『廣澤鉱業』は、 幕府の代官よりもずっとありがたい存在となった。 産業の発達と共に、文明開化が進むと共に、銅産業は明治国家の理念「富国強兵」の 理念を支える重要な産業となり、国の補助も惜しげなく注がれた。 企業が富を得て、栄えると同時に、その『城下町』も栄えていった。 鉄道が通り、道路ができ、人が増え、その人を養い慰める産業が栄え、 尾田村はT県で最も豊かな町となった。 その産業をもっと栄えさせるのに必要なものは、新しい技術。 掘った銅を、他の真似できないより純度の高い高品質なものにする。 だが、その技術を学べる相手は、海外しかなかった。 技術者が招かれた。 極東の、生まれたばかりの小さな島国へ。 未だ、外国人を『夷敵』と忌み嫌うものも多い、しかしほんの数年働けば、 考えられないほどの高額な報酬を得られる。 小さな田舎の、だが賑やかな産業都市に、精錬技術者ゼフ・ローゼンバインが招かれたのは、 明治17年の冬の終わりだった。 尾田村の人々は、その時初めて『金髪碧眼』の異人を見た。 彼の姿を一目見ようと、列車の終点である『廣澤駅』から、迎賓館である 『廣澤尾田倶楽部』まで、村人が沿道を埋め尽くしたという。 いかめしい表情で蓄えた髭まで金色の男に、誰もが目を見開いた。 だが、人々がもっと驚き、歓迎すべき技術者よりも心を奪われ釘付けになったのは、 当時としては珍しい馬車の中で、ゼフの隣に腰かけていた、やはり金の髪の華の様な人間の方だった。  「………。」 S市図書館尾田分館。午後2時。 ゾロの読んだ、『まんがで読むS市の歴史』の中には、『彼の姿を一目見ようと、列車の終点である 『廣澤駅』から、迎賓館である『廣澤尾田倶楽部』まで、村人が沿道を埋め尽くしました。』 という部分までしか描かれていない。 その『廣澤尾田倶楽部』が、ブルック邸なのだ。 『廣澤倶楽部』と名のつく迎賓館は、もうブルック邸しか残っていないそうだ。 個人財産なので、当然公開はされていない。 それでも、歴史のある洋館に興味を持つ者、洋館マニアと呼ばれる人などが、時折訪ねてくるという。 『まんがで読むS市の歴史』の巻末にある年表に、技術者ローゼンバインの来訪と、 3年後の帰国の事実のみが記されてあった。 だが、彼の存在がこの地にかなりの西洋文化をもたらしたらしく、 年表の欄外に古めかしい顔写真まで載っていた。 仏頂面の、気難しげなゲルマン系の顔。 その写真は家族の肖像写真らしく、腰かけた技術者の隣に、家族らしい人物も映っていた。  「………。」 白黒の写真であるが、おそらくは同じ金の髪。 衿の高いシャツに燕尾服。手に白い手袋。 息子だろう。 何とも美々しい青年  「………。」 どことなく、サンジに似ている。  「おー!待たせたな!ゾロ!!」 声に、ゾロは顔を上げた。 図書館内で大きな声を出してしまい、バツが悪そうに周りを見回しながら 閲覧席のゾロの向かい側に腰を下ろしたのはウソップだ。 二度目に会った時から、この妙に鼻の長い男は人懐っこく、 気が付いたら「ゾロ」と呼び捨てにされていた。  「どうだった?」 ゾロの問いにウソップは手をひらひら振りながら  「保存決定だ。」 ウソップの言葉にゾロは天を仰いだ。 ゾロが掘り当てた古墳の件だ。 だが  「埋め戻して保存だ。土の上は問題ねェよ!」 いつの時代の遺跡もそうだが、保存するのに一番有効なのは『再び埋め戻す』方法だ。 土の中に埋め戻した方が、元の形を最も現状のままに保存できる。  「…持ってくるのは樹だぞ…。」  「あー…根っこってもんがあるよな…。」  「…盛り土が必要になる…土探しか…また先に延びる…。」  「んでも、発掘はだいぶ急いでるんだぜ?」  「わかってる。」 ゾロは立ち上がり  「悪かったな。急がせてよ。」  「いやぁ!全然!…遺物を掘りつくせば、調査は終わりだ。もう少し、我慢な?」  「ああ。」 行きかけて、ゾロはふと振り返り  「…おれァ、そういうもんにあまり興味はねェが、どういうモンが出たんだ?」 ウソップは笑いながら  「おれも、発掘はバイトだからな。詳しくはねェけど埴輪とか須恵器…  ガラスの装飾品が出たんで話題になってる。新聞見たか?」  「ああ、見た。」 サンジが、嬉しそうに見せてくれたな。 ロビンちゃんが綺麗に写ってるとかなんとか。  「あとな、歴史的には『斎串(いぐし)』って、神事に使った木片が出てきたことがすげェらしい。  こんくらいのちっせぇ棒っ切れでよ?そこに、漢字が書いてあった。ロビン、そっちに興奮してたぜ。」  「ふーん…。」 会った時に、文句のひとつも言ってやろうかと思ったが。  「帰るなら、送ってくぜ?ついでだ。」 ウソップが言った。 図書館の外に出ると、強い日差しが直に目に飛び込んできて、ゾロは瞬間目を瞬かせた。 もう、春とは言えない季節になった。 夏の間に移植はできない。 早くて秋。 本当は、来年もう一度花を咲かせてからすぐの方が良いのだが、立ち退きは既に、今年の冬と決まってしまっていた。  「急がねェと…。」 (続)    NEXT BEFORE                     (2013/9/4) 華の名前‐TOP NOVELS-TOP TOP