国道を、砂利を積んだダンプカーが往来するようになった。 旧ブルック邸の場所で、高速道路の工事が本格的に始まり、盛り土が開始されたからだ。 それと同時に、インターチェンジの工事も始まり、周辺の道路整備も始まった。 乾燥する時期、埃っぽくて困るわとロビンが嘆いていた。 移送から1か月半月。 3月の半ばになって、水もようやく温み始めた。 それでも、いきなり雪がちらついたりして、まだまだ厚いコートが手放せない。 新しいブルックの家は市街地の一角で、以前のような静けさは望めなかった。 それでも、商業施設や公共施設が近いので、生活はずっと便利になった。 以前の家は明治に建てられた古い建築であったから、最新設備のキッチンや風呂やトイレに、今でも入る度感心している。 「じゃ、行ってくるよ、じいさん。」 「はいぃぃ!いってらっしゃ〜い!」 午前11時 リュックを背負い、サンジがロードバイクを玄関から外へ出すと、玄関先を掃いていた向かいのオバチャンが 「こんにちは!今日もお弁当届けるの?」 サンジは笑い 「はい。ほっとくと倒れるまで食わねェもんで…。」 「世話の焼ける旦那ねェ!あっはっは!」 旦那って 少し頬を染めて、苦笑いしながら「じゃ」と家を後にした。 「おじいさん、心配いらないわよ!ゆっくりしてらっしゃい!」 「ありがとうございます!」 おせっかいな奥さんだ。 でも いい人で助かる 月殿丘陵は、第3セクターの観光公園になる。 移築した後の『旧廣澤尾田倶楽部』は文化財に、『尾田の九尺藤』は市の天然記念物に指定される見通しが立った。 ブルックの以前の家は、外枠はすでに組み立てあがっている。 これから内装を整え、銅山工業の歴史を振り返る博物館になるのだ。 そして 「………。」 尾田の九尺藤 まだ、芽も出ていない。 ゾロがここに移植してから四方の枝を切り、一部の皮を剥ぎ、手入れを繰り返したので、かなり雰囲気が変わっていた。 その藤の木のすぐ脇に、なぜかテントが一張り。 「……おーい、ゾロ!生きてるかぁ?」 テントの中を覗き込む。 「……臭!…おい、ゾロ!!起きろ!てめ、また風呂入ってねェな!?」 と、物が雑然と転がったテントの中で、どん!と大の字になって寝ていた男は 「……っせェな……夏じゃねェんだから、そんな汗かいちゃいねェ…。」 寝転がったまま答えた。 「じゃ、何でこんなに臭ェんだよ!?風呂入りに来い!!今日こそ来い!!メシ運んでくるのも面倒なんだよ!!」 「…っせェ。」 がばっ! 「!!」 起き直った瞬間、サンジの鼻先にずいっと顔が近づいた。 「……わぁった……今日行く…。」 「……おう。」 移植後。 ゾロはここにテントを張って寝起きするようになった。 最初の難関は、藤がこの場所に定着するかだ。 次に根を張るか、その次に養分を含んだ水を吸収できるか。 問題は、次から次に畳み掛けてくる。 サンジが思っているほど、大樹の移植は簡単なものではなかったのだ。 ゾロに、さりげなく今回が特別なのかと尋ねてみたが、「いつもこうだ」とあっさり答えた。 一本、一本、向かい合う樹にゾロは命の全てを賭ける。 だからこそ、答えを得られなかったことが、悔しくて 辛くて 哀しかったのだろう… 「……樹…どうだ?」 「………。」 ガリ と頭をひとつ掻き、ゾロはテントの外へ出た。 サンジも続く。 樹は、少し心細げに見えた。 ゾロが、樹の肌に触り耳を当てる。 「……よくねェ。」 「………。」 根は定着した。 しかし 「…水を吸い上げる力が強くならねェ…。」 「………。」 ポン、とゾロが幹を叩いた。 「……まだ、朝晩は冷えるからな。そのせいかも知れねェが。」 「……大丈夫…だよな……?」 「…大丈夫だ。」 ホッと、サンジは息をついたが 「……4月までに花芽が出ればな。」 「………!!」 「…今年は花を諦めてもいいかと思ったんだが…少しでも…芽が出なければヤベェ。」 「そんな…!」 「枝先まで栄養が回ってれば、時期になれば芽を出す。藤は強いからな…植え替えてもすぐに花をつける。 なのに芽が出る様子がねェ。…養分が回ってない証拠だ。」 「………。」 「そうなると、枝先から枯れていく。…まァ…その時は死んだ枝を落としていくしかねェ。 だが、枝先まで養分の回らない理由が、幹の方にある可能性もある。古木だ。洞もできてる。」 「………。」 ポン ゾロの手がサンジの肩を叩いた。 「…そんなツラしてんじゃねェよ。」 「…でも…。」 「コイツの前で、そんなツラ見せてんじゃねェ。」 「!!」 「…大丈夫だ…。」 言う、ゾロの両手が拳を握っている。 ゾロも、自分に強く、そう言い聞かせているのだ。 移植のその日。 ロジャー、レイリー、白ひげの3人は、気がついた時には姿を消していた。 白髭園の職人たちは、3日後に帰って行った。 エースは、半月ブルックの新しい家に陣取っていたが、 さすがにやるべき仕事が無くなり、しびれを切らしたマルコが迎えに来て 「いい加減にしろよぃ!!仕事が待ってんだ!!」 と、無理矢理タクシーに放り込まれて帰って行った。 「すぐ!またすぐ来るから!!」 と足掻いていたが、マルコがそっとゾロとサンジに 「安心しろよぃ。おいそれと来られねェ様な、メンドくせぇ仕事押し付けてやるから。」 耳打ちしていった。 あれから2か月近く。 本当に来ない所を見ると、かなり忙しいらしい。 そういえば、メールで「作庭の仕事を押し付けられた」と言っていたな…。 あれから、親父さん(ロジャーの方)と話したりしたのかな………ないか……。 「ごっそさん!」 パン!と手を打つ音に、サンジは我に返った。 いつも、飯粒ひとつ残さず平らげる。 そして、上着を手に取ると 「じゃ、行くか。」 「え?どこに?」 サンジが問うと、ゾロは顔をしかめて 「風呂。」 「………。」 「何、笑ってんだよ。」 別に。と、答えてサンジも立ち上がった。 異国に来ているのは自分の方だ。 だから、自分が言葉を覚えなければ、相手と心を通じ合わせることはできないと思った。 沙羅の樹を植え替える作業の間、通訳を入れる事はもどかしく、面倒臭いことこの上なかった。 それに、この地に3年もいるのだ。父の仕事の助けにもなると思った。 「日本語を覚えてェ?」 呆れたように、男は言った。 断られるかと思ったが 「別にいいぜ。だが、お前ェが喋るには、おれの言葉は上品じゃねェ。 あの通訳に教わった方がいいんじゃねェか?」 この会社が雇ったあの通訳に教わるのは嫌だった。 ねちっとしていて、上から目線で、父や会社の人間にはおべっかを使うが、彼の様な人足や村人に対しては、 いつも上から目線で高圧的で、こちらの言葉をまともに彼らに伝えているとは思えなかった。 「変わってんな、あんた。」 笑顔に、心臓が鳴った。 彼への言葉を、他の誰かの声で告げるのは嫌だと思った。 思えば、それが―――。 ゾロがブルックの家で、サンジが「よし!」というまで風呂場に閉じ込められ、 すっかりふやけてようやく上がってこられたのは、夕方の5時を回っていた。 まだ春浅い。陽が落ちるのも早い。 なのに、その日散歩に行っていたブルックは、そんな時刻になってから帰ってきた。 「迷ったのか?」 ゾロが言ったが 「てめェじゃあるめぇし。」 「イエ、迷ってました。」 「迷ってたのかよ!?」 「近道かと思った道が、思ったような場所に出なくて。いや〜参りました! でも、もう大丈夫!!覚えましたよ!!」 胸を張って言うブルックに、サンジが 「覚えたって…どこの道を?」 「墓です。墓のあるお寺です。」 「………。」 「祖父に…どうか藤が、また咲きますようにと。」 どちらも、何も言えなかった。 「今年はムリでしょうか?」 ブルックの問いにゾロは 「咲くぜ。」 「そうですか!あ〜よかった!」 即答したゾロに、サンジは眉を寄せた。 そして夕食後、ブルックが部屋に戻った後、サンジはゾロに酒の追加を出してやりながら 「……いいのか?あんな風に軽く言って…。」 「軽く言ったつもりはねェ。」 「………。」 「咲かなきゃ…いけねェんだ…。」 サンジも、ゾロの向かい側に座る。 前の家の様な、広いダイニングテーブルではない。 手を伸ばせば、相手の手はすぐそこにある。 「………。」 「………。」 互いに見つめ合い、穏やかな声で、サンジは言う。 「…ゾロ…おれ…お前に話してないことがある…。」 「…何だ…?」 「…『白蘭清風』の事だ…。」 「………!」 ゾロの手が、サンジの手を握る。 「…お前の手掛けた樹を…見て歩いたと言っただろ?…『白蘭清風』の古刹にも…行ったんだ…。」 「…ご苦労なこった。…失敗した仕事で、木も無ぇのをわかってただろうに。」 サンジは笑った。 「…お前という人間を、少しでも多く知りたいと思ったから…。」 「………。」 会ったこともない自分を探して、こいつはここまで――。 「……咲いていたよ。」 「…何…?」 「…正確には…『白蘭清風』を描いた絵の中で…だけどな…。」 ゾロが息をついた。 そんなはずはないと、よくわかっている。 「……住職さん…代替わりしていてね。先代の住職さんは…あの奥さんを亡くされてから隠居してしまったらしい。 あの時は自分も哀しみが深くて…この世が『有為転変の里』であることを忘れてしまっていたと言ってたよ…。」 「…『有為転変の里』…?」 サンジも、笑いながら首をかしげて 「…よく、わかんね…でも…世の中は止まらぬ時の中で移り往くもの… 変わらぬもの…滅ばぬものはない…そんな意味だったような気がする…。」 「………。」 「…だけど…牡丹を枯らせてしまったお前を…今でも許せないと言ってた…。 僧職にある身で、許されない事だとも言ってたけどな…。」 哀しげに、ゾロは笑う。 「……あの時…自信がないと言ってくれればよかったって…言うんだよ…。」 「………。」 「…だけどお前は…やると言った…任せてくれと言った…だから信じた… 努力するとか…最善を尽くしますとか…そう言ってくれれば許せたんだって…。」 「……言えるかよ……。」 ゾロの言葉に、サンジはうなずく。 「そうだよ…お前ェは…そういう奴だ…。」 サンジは、真っ直ぐにゾロを見つめ 「……誰よりも…怖いのはお前なんだもんな……。」 「………。」 手を握ったまま、ゾロはそのまま顔をテーブルに伏せた。 「……大丈夫……。」 「………。」 「…何が起ころうと…おれがお前の隣にいる…。」 「………。」 「…いても…いいだろ…?」 答えはなかった。 ロロノア・ゾロという男を、どんな人間かもわからず追い続けていた。 手がけた樹はどれも美しくて、知った人はいけ好かない男だったと言ったが、仕事は真面目で手を抜かなかった。 一切の妥協をしなかったと、その部分だけは誰もが褒めていた。 それらの樹が銘木であってもなくても、ゾロが手がけた後は必ずといってよいほど、 人々に深く愛されるようになっていた。 形がより美しくなり、暖かなオーラを全身に纏い、見上げる人に安らぎを与え、自然と人が集まるようになったという。 どの樹も どの樹も 強く、心優しい。 その精神を、出会う前からサンジはゾロに感じていた。 お前はそういう男だ。 おれはよく知ってる。 そのお前が、たった1度で折れてしまうわけはない。 そして今、ここにいる。 今度はおれが側にいる。 顔を伏せ突っ伏したままのゾロだったが、やがて 「…………。」 首が、縦に振られ 「………いてくれ……。」 ゾロのものとは思えない小さい声が、答えた。 「いるよ。」 「………。」 「おれはその為に来たんだから…。」 出会った瞬間に 探し求めた思いは恋になった あなたも そうだったのか…? 穴の中で鉱石を掘る人夫であるから、部屋を訪れるのはどうしても夜になる。 父の許しはもらっているから、彼は咎められることなく『廣澤倶楽部』を 訪れる事ができたが、何度目かの訪問の折、女中頭に裏口から入れと言われた。 飲み込みの速い生徒だった。 言葉を教え始めてからわずか2か月足らずで、ほとんど支障なく会話を交わせるようになった。 教える方も、元々素質があったのだと思う。 そして同時に、日本語を教えながらドイツ語も学び始めた。 「キ」 「バウム」 「ハナ」 「ブリューテ」 「ホシ」 「シュテルン」 「ツキ」 「モーント……なァ、おれがドイツ語を覚えて、なんの得があるんだ?」 明るい月の下。 笑いながら彼が言ったあの言葉に、何で涙がこぼれたのだろう? 言葉を覚え始めたら、いろいろな人が彼の事を噂するのも聞こえてきた。 元は、士族であったこと。 明治維新の後、廃藩置県で親がそれまでの地位を失い、一家は離散し、彼は当時の使用人に連れられてこの村に辿り着き、 その使用人が人足をしていたから、そのまま彼も穴に入ったのだということ。 言っている事の意味の半分も理解できなかったが、彼が、自分には想像もできない苦労をしてきたのだけは分かった。 だが、労わりは同情でしかなかった。 初め、その事に気付けなかった。 無神経な同情は、彼の誇りをいたく傷つけた。 耐えに耐えていた彼の忍耐を、ひどい言葉で傷つけた。 怒らせた もう会えない 会ってはくれない きっと許してもらえない 哀しい なんて愚かな事をしたのだろう… 苦しい 苦しい 会いたい 会いたい どうすれば、許してくれる? どうすれば… 「詫びる気持ちがあるのなら、自分の足で詫びに行け。」 父の言う事はもっともだった。 間違ってはいない。 何よりも、彼に会いたかった。 滅多な事で、尾田の廣澤倶楽部から遠く離れる事をしなかった。 会社の人間が、「村は荒くれ者の人足ばかりです。あまりお出になりませんよう」そう言い続けていたから。 俥も呼ばず、自分の足で銅山の人夫たちが集まる酒場へ行った。 うらぶれた、だが妙に賑やかな、煤けた町。 酒場、賭場、売春宿が並ぶ。 そんな街を歩くだけで、誰もが自分を振り返る。 だが、誰も声をかけては来ない。 当然だ。搾取する側の人間なのだ。 増して、髪の色も目の色も、自分とは違う異国の人間。 この村に来た時、あれほどの歓待を受けたのに、今ではまったくその様を見せない。 つくづく、あれが会社の人間に強要された歓迎だったのだという事がわかる。 何故、来た?と、顔を見た瞬間凄まじい剣幕で怒鳴られた。 まだ、怒りは深いのだと身をすくめた。 「…これ以上おれをハラハラさせるな!!」 酒場から、ものすごい勢いで手を引かれて駆けた。 ようやく、いかがわしい灯りが見えなくなった辻角で、彼は言った。 困ったような顔で 心底、安堵したような顔で 「…おれを…困らせるな…。」 「……よかった……。」 肩を掴む手が、かすかに震えていた。 また 泣くつもりはないのに涙がこぼれた。 「…泣くな…。」 詫びの言葉を言いに来たのに 口を突いて出た言葉は 「…会いたかった…。」 そして、彼も 「………おれもだ。」 4月になった。 桜が咲いた。 暖かい日差しが帰ってきたが、藤の状態は思わしくなかった。 どうしても、養分を吸い上げる力が足りない。 移植の際、根を切り取る事もした。 思ったよりも、根の力が弱まっていたらしい。 残った根だけでは、土中の養分を吸い上げられないのだ。 このままでは、定着したとはいえ、簡単な刺激で木が倒れる可能性もある。 春先、月殿丘陵は風の強い日も少なくなかった。 ゾロは殆どテントに詰めっきりで、なかなか戻ってこない。 仕方がなく、サンジが自転車で様子見に来る。 そしてその度、ゾロの険しい顔を見るのだ。 それでも、サンジは笑う。 笑うしか、ゾロにしてやれることがない…。 しとしとと降る雨の中、藤の木を抱く様にして耳を木肌にあてているゾロを見る。 眉間に寄せられた皺が、緩むことが少なくなった。 がんばれ がんばれ 呪文のように、口から言葉が漏れている事にゾロは気づいていない。 がんばれ がんばれ 一緒に、樹に語りかける。 頼む せめて一房でもいい 花芽を着けてくれ… 桜が散ろうとしている。 藤の木の眼下に見える『旧廣澤尾田倶楽部』は、再築完了まであとわずかだ。 藤の木を中心に、どんな樹木草木を植えるのか、そろそろ検討に入れ、 新年度で予算もその為にぶんどったと、フランキーが言ってきた。 もちろん仕事は入札になるが、おそらく、ゾロ以外誰も入札はしてこないだろうという。 情に訴える面ももちろんあるが、あまり、実入りの良い仕事ではないからだ。 その為にも、肝心なこの樹が花をつけなければ、これまでの全てが水の泡になる。 わずかに葉をつけている以外、ひとつの花芽もない藤の木は、冬のそれのように寂しい姿を晒すばかりだ。 街の中にところどころある、紫系の藤が咲き始める。 白藤は、紫藤より花が遅い。 だが、この時期にはたわわに蕾の房をつけ、垂れ下がっていていい時期なのだ。 それなのに 「……丸裸じゃねェか……。」 ようやく 仕事を抜け出しマルコの目を掻い潜ってきたエースが、 月殿丘陵で見たものに愕然としたのは、その日の夕刻近くだった。 藤を、ぐるりと一周して見て回る。 樹に触れ、土に触れ、ゾロが、すでにやるべきことは全てやっているにもかかわらず、 今この姿でいる事に驚くしかなかった。 「…ここまで弱ってたってのか…?そんなはずはねェ…!」 ゾロも、ひとりで奮闘していたわけではない。 レイリーや白ひげに連絡を取り、対処法を共に考えた。思いつく限りの処置は施したのだ。 『白蘭清風』の時と同じだ。 やるだけの事を全てやった。 もう、手の施しようがない。 大樹になればなるほど、古木になればなるほど、樹は、些細な環境の変化で弱くも強くもなる。 「…場所か…風や日当たり…その環境が合わなかったのか…。」 「………。」 もう、考えられる原因がそれしかない。 あとは、移送の際に、樹の中で何らかの変化が起きてしまったと見るしか。 「…だが、まだ死んじゃいねェ…こいつはまだ生きてる。」 ゾロが、土の上に胡坐をかいたまま言った。 サンジもうなずく。 エースに「駅まで迎えに来い」と呼び出され、ここまで連れて来たウソップも、苦しい表情でゾロを見た。 「…生きている間は…諦めねェぞ…。」 「………。」 移植をしてから、ブルックは一度もここを訪れていない。 次にここに来る時は、藤が咲いてからだと決めていると言った。 おそらく、ブルック自身、状況が思わしくない事に気付いている。 だから、「散歩です」と称して、祖父の墓に日参するのだ。 「うーん…なんでだ?…悪い条件なんかなかったはずだ…強いて言えば…この樹が古いって事だけだろ?」 エースが言った。 「…だな…。」 疲れた声で、ゾロは答えた。 するとウソップが 「………古いから、皮が固くて出てこれねェんじゃねェの? あの辺引っぺがしたら芽が出るってコトは……。」 ド素人な発言をした。 エースが「はは」と枯れた笑いをもらし、サンジも 「…ふざけるな…。」 不機嫌な声で言った。 「…ご、ごめん…。」 だが 「………。」 おもむろに、ゾロが立ち上がった。 「……皮が固い……?」 「だから、ごめんって!」 その一言に、エースも目を見開いた。 そして 「あの日の雨だ!!」 ゾロとエースが同時に叫んだ。 「え!?」 「な、なになに!?なんだァ!?」 サンジとウソップの驚きを尻目に、ゾロとエースはテントの中からスコップを引っ張り出した。 そして、おもむろに藤の根元を掘り始める。 「どうした!?」 サンジの問いに 「なんてこった…!!おれともあろうもんが!!こんな基本中の基本を!!」 「あーまー!仕方ねェさ!!あん時ァそれどころじゃなかった!!」 「だ、だ、だ、だから!!なんだよ!お前ェらァ!?」 スコップを振るい、根の一部を露出させた。 ゾロが吐く様に言う。 「やっぱりだ…!!固くなってる!表皮が厚い!」 「ビンゴだな!!よーし!!」 サンジが、ゾロに駆け寄り尋ねる。 「…救えるのか…!?助かるのか!?」 「…わからねェ…だが、希望は見えてきた!おそらくこれだ!」 「ど、どういうことだよ!?」 ウソップの問いにエースが 「つまりな?移植は2月だったろ?雨が少なくて、寒い、樹が成長できない時期だ。」 サンジとウソップがうなずいた。 「樹は、水分を吸って成長する。そうすると空気に接した面は表皮になって固くなる。 草木は、根から水分を吸収するだろ?皮からは吸わねェ。」 ゾロが言葉を継ぐ。 「だから大樹ほど移植は冬がいいんだ。樹が眠っているからだ。 寝ている間に移してやれば、移された方は気が付かねェ。ところがあの日、雨が降った。」 あの日の、泥だらけの移植作業が脳裏に甦る。 「…雷雨だった。冬としては気温が高かった。その雨で、コイツはいったん目を覚ましたんだ。 しかも目を覚ました状態になった時、根が空気に晒されてた。菰を巻いてはあったが、幹から上は出ていたんだ。 あの瞬間、ここで土をかぶるまで、コイツは目覚めて成長しちまった。 根をむき出しにしたまま。本来養分を吸収する為の根が、樹皮に覆われちまったんだ。」 ウソップが驚き叫ぶ。 「そんな…たった1日だぞ!?」 ゾロが答える。 「たった1日あれば十分なんだ。水分を多く取る植物ならなおさら、たった1日で変化する。」 サンジの表情に、明るさが浮かぶ。 「…それじゃ…。」 「…救えるぞ…まだ間に合う!!最悪今年の花は望めなくても、来年は咲く!きっと咲く!!」 ゾロとエース、2人で根を掘り返し、固くなった皮を削り落とす。 全ての根に施す訳ではないが、1時間ほどで2人は腰を上げた。 「…さあ…もう後は…コイツ次第だ…。」 額の汗をぬぐって、エースが笑った。 軍手を外し、ゾロも笑い 「………ウソップ。」 「へ?」 「ありがとよ。」 「へ?えっ?えっ?あ!あ〜〜〜〜〜〜〜!!いや!いやいやいや!!いや〜〜〜〜〜言ってみるもんだなァ?」 笑って、サンジがウソップを抱きしめた。 一瞬、「ゾロがキレる!」とウソップは身をすくめたが、ゾロもエースも、少し困ったような顔で笑っていた。 ここを発つのは、あの花が咲いてからでもいいか? もう一度、あの花が咲くのを見たい。 我が子の望みをゼフは聞き入れた。 桜が終わり、牡丹が咲き、やがて、この庭いっぱいにあの白い花が降る。 それまで―――。 想いを告げる事さえ許されなかった。 他の誰かに止められるのなら、そんなものはお構いなしに、告げたかった。 なのに、止めたのは他ならぬお前。 「…言うな…それ以上は言っちゃいけねェ…。」 告げる事さえだめだと言う。 「…おれが…堪えられなくなる…。」 堪えなくていい 奪ってくれていい 何もかもを失ってもいい ここに、お前の手がありさえすれば 「だめだ。」 わかっている お前が誰より優しい事 全てを棄てて、残って、お前と何処かに逃げたとしても この国で生きていくことの難しさを、この3年で嫌というほど思い知った 幼すぎるこの国で 生きていける場所はない 「お前の笑顔が曇るのを、おれは見たくねェ。」 だから生きてくれ 遠く離れても お前が、その明るい笑顔で生きていると思うだけで十分だ おれはもう、他の誰もお前のように想う事は出来ない だがお前は幸せになってくれ おまえが幸福なら おれも幸福なんだ 星が降り摘む下で ただ一度だけ、唇を重ねた これが一生の恋 もう、他の誰もいらない 許される時代に、生まれたかった… (続) NEXT BEFORE (2013/9/24) 華の名前‐TOP NOVELS-TOP TOP