BEFORE


5月 ゴールデンウィークも終わり、人々が五月病に頭を抱え、あくびを連発する頃。 ようやく会社と学校が始まり、うるさい男どもが皆出払ったのに安堵した向かいのオバチャンは、 その日もいつもの様に玄関先を掃いていた。 コレが終わったら、GW中に行った日帰り旅の時に買ったラスクで、 のんびりお茶でも飲みながらドラマの再放送でも見ようと思っていた。 と、向かいの家の前に、黒いワンボックス車が停まった。 あら、誰かしら?と、顔を上げた時、運転席のドアが開き  「え!?」 見慣れた、だが直には初めて見る顔が降りてきた。 続いて助手席側から降りた、とんでもなくスリムな美人が  「こんにちは。」 と声をかけて来たので  「あっあらっ!まぁ!こ、こんにちは!」 オバチャンでも、並以上の美人というのがどんなものか知っている。 思わずドギマギしてしまった。 すると、運転席から降りてきた見慣れた顔がこちらを向き  「よう!何か困ったことはねェかい?」 と、がらっぱちな口調で聞いてきた。 特に何もない、と言うと  「そうかい!何かあったら遠慮なく言ってきな!」 と、名刺をくれた。 そうして、2人は向かいの家へ  「おお〜〜〜〜い!!じいさん!ブルック!!迎えに来たぜ!!」 すぐに、向かいのブルック老人が一緒に出てきて、その手を取って美人が言う。  「ちょっと出かけてきます。」  「あ、あらっ!そう!?いってらっしゃい!!」  「ヨホホホホホ!いってきます!」 3人は、あっという間に車で走り去って行った。  「………。」 オバチャンは、渡された名刺をまじまじと眺め  「やっぱり…そうよねェ。」 名刺には  『緑と産業の都市S市 市長 カティ・フラム』 と、書かれてあった。 車の中で、ウソップが待っていた。 七人掛けのワンボックスを市長自ら運転し、向かっているのは月殿丘陵。  「…いい、天気ですねェ…。」 ブルックが呟いた。 ロビンも微笑み、窓から空を見上げながら  「本当ね。いいお天気。」  「ピクニック日和だな!!」 ウソップが言った。  「工事現場のど真ん中でピクニックなんざ、まったく物好きな野郎どもめ!」 後ろをわずかに振り返りながら、ロビンが言う。  「…ブルックは幸せね…いいお孫さんを持って。」  「ったくなぁ…じいさん冥利だ。」  「サンジもホントに、じいさんが好きなんだなァ。頑張ったもんなァ。」 と、ブルックがきょとんとした顔をして  「孫?」 と言った。 一瞬流れた不思議な空気に、3人は黙り込んだが、ロビンが  「…ええ…サンジが、いいお孫さんねって…。」  「……孫?誰のです?」 ブルック  「………え?」 ウソップが言った。 フランキーも、前を見ているが神経は後方に向いている。 そして  「……お前の孫だろ?」 とフランキーが言うと、しばらく沈黙して後  「………サンジさんは、ワタクシの孫ではありませんよ?」 大きく上体を揺らし、蛇行したワンボックスカーに、危うく接触しそうになったセダンの運転手が 「バババババカヤロォォォォォォォォ!!」と怒鳴った。 黒いワンボックスは一旦路肩に停車しそこに停まっていたが、5分後、再び走り出した。 あの日 『尾田の九尺藤は』実に9時間もの時間をかけて、ブルックの家からこの地へやって来た。 哀しい恋を 銅鉱山の歴史を 街を 見続けてきた樹 10分も走れば、ワンボックスカーは月殿丘陵の入り口に着く。 ウソップがブルックに  「…ここがエントランス。このルートで遊歩道。桜並木を作るんだとさ。」  「そうですか…スバラシイ。」  「足元気を付けて。」  「ハイ。ありがとうございます。」 ブルックは、ゆっくり丘を登り始める。 厳しかったが、優しい人だった。 村の年寄りの中には、この家を手に入れた祖父を悪し様に罵る者もあったが。 生涯、妻帯もせず、妾も持たず、養子一家と穏やかに晩年を過ごした。 その晩年に、戦争という暗い時代を送ったことは、悲しい事ではあっただろうが。 愛した者の手を放したことを、後悔していないと言えばきっと嘘だったと思う。 それでも祖父は笑っていた。 終戦を迎える前の春、この藤の花の下で祖父は言った。 この家も、この樹も、無理に残そうとしなくていい。 これは、おれの意地だ。 おれが満足したのだから、お前たちがこれの為に、不幸になる事はねェ。 戦で焼けようが、金に困って売り払おうが、邪魔になって壊そうが、それはお前たちの勝手だ。 好きにしていい。 おれは、ここであいつに出逢った。 それだけが、おれの中に残ればいい。 おれが逝ったら、おれと一緒に消えていい。 懐かしい我が家を眺め、ブルックは歩く。 後から、ロビンとフランキー、ウソップが着いてくる。 そしてその先に  「………。」 ブルックの目から涙がこぼれた。 ああ 私は この光景が見たかったのだ… 藤の木の下で、サンジが待っていた。 その隣にゾロがいる。 微笑んで、2人は同時に手を差し伸べた。 見上げるそこに 満開の 藤の白い花 かつての庭にあった頃の様な、盛大な咲き方ではない。 やはり、弱りかけていた樹。力を取り戻してすぐに、多くの花芽をつける事は出来なかった。 それでも  「…綺麗…。」 ロビンが呟いた。 ウソップも、フランキーも、ただただ感激して泣くだけだ。  「…ありがとう…ありがとう…サンジさん…ありがとう…ゾロさん…。」  「………。」 サンジが首を振る。ゾロも  「礼を言うのはおれだ。」  「…いいえ…いいえ…!嬉しいです!…本当に…!」  「…じいさん…。」 サンジにすがって、ブルックは泣く。  「……嬉しいです!嬉しいです!…咲くのですね…来年も再来年も…その次の年も次の年も!!」  「ああ。」  「…咲くよ…ずっと…咲き続ける…。」  「…ああ…ああ…ああ…!」 想いは続く。 この樹がここにある限り…。  「サンジさん…サンジさん…ありがとう…ありがとう…。」  「……じいさん…ありがとう…おれのわがままに…自分の人生全部…預けてくれてありがとう…!!」  「…いいえ…いいえ…!」 崩れる2人を優しく見つめながら、ロビンが穏やかに言う。  「…ゾロ…あなた気が付いていたの…?」 ゾロが振り返る。  「…サンジの事…いつから…?」  「……あの時計を見つけた時に確信した。」 ロビンがうなずいた。 サンジが、ふらりと立ち上がる。  「…ゾロ…。」 ゾロはサンジを見て  「すげェ剣幕だったからな。」  「………。」  「あれが、何を意味しているのかわかってたからだ。  それにエースも…てめェとブルックが全然似ていねェと言った…そうだろうと思った。」  「………。」 ウソップが  「…驚いた…だってよ…すげェ仲いいし…『じいさん』って呼んでたから…。」 その言葉にブルックは  「ワタクシ、サンジさんが孫だなんて一言も言いませんでしたよ?」  「おれがボランティアに入った時には、もうサンジがお前ェの家にいただろうが!?  全然似てなかったけど、じいさんと孫って関係が一番しっくりするだろうがよぉぉ!!」  「ヨホホホホホホ!!イヤ、聞いてくだされば『違う』って申し上げましたのに!」  「聞かねーよ!」 「まぁまぁ」と、フランキーがウソップを抑えた。 すっ  と、サンジは歩みを進め、藤の下に立った。 花は今、満開を誇るかのように、試練を乗り越えた事を誇るように、静かに揺れている。 そして  「……じいさんの家に初めて来たその日に…この樹がもう長くないと知らされた…。」 サンジが、語り始める。  「……冗談じゃねェ…100年の想いを告げに来たってのに…もうすぐなくなる…?  しかも枯れて倒れるならともかく…伐採される…?…たかが道路の為に?  ふざけるな…そう思った…。」 白い手が、樹の肌に触れる。  「……そんな事が…我慢できるか…それでいいのか…じいさんに詰め寄った…じいさんも言った…  辛い…悲しい…せめて自分が生きている間は守りたかった…だったら守れよ…戦えよ…おれが一緒に戦う…  だから…戦えよ…守れよ…!…無茶を言っちまった…とんでもねェのは分かってた…けど…  消えてなくなるコイツに告げるだけ告げて…後は消えていくのを遠くでやり過ごすなんて……耐えられなかった…。」 サンジは皆に背を向けたまま、声を詰まらせる。  「……おれのばあさんも、養女だった。」  「………。」  「6年前、97歳で死んだ…そのばあさんが…今わの際に言ったんだ…  『お父様の言葉を、とうとう伝えに行けなかった』って…。」  「…お父様?」 フランキーが言った。  「……帰国して…ずいぶんと結婚を勧められたと言っていた…けれど拒み通して…  バイエルン貴族の光輝ある名を絶やすつもりかと詰め寄られて…  姉の末娘を養女にして婿を取り…家を継がせたんだそうだ…。」 ウソップが仰天し  「さ、さっきはブルックからそこまで聞かなかったけどよ…!  まさか…サンジのばあさんを養女にしたって人は…!!」 サンジはブルックを見、そしてゾロを見た。 ロビンが言う。  「……精錬技師……ゼフ・ローゼンバインの子ね……?」 サンジは、大きくうなずいた。  「…それが…ブルックのじいさんの相手か…。」 ゾロの言葉に、サンジはもう一度大きくうなずいた。  「…サンジは…サンジはもう片方の恋人の子孫かよ!?」 ウソップが叫んだ。 似ているはずだ。 直系ではないが、血縁がある。 サンジと、あの―――――。  「……そうか…許されねェ訳だ……。」 ゾロの呟きに、ロビンも  「…ええ…そうね…そういう事だったんだわ…。」  「…どういう事だ?」 フランキーが言った。 ブルックも、わずかに顔を伏せる。 ロビンが言う。  「…あなた、見た事ないの?郷土史の本にも載っている、ローゼンバインの写真。子供と一緒に写っているわ。」  「…いや、見た事ねェ…。」 「もう、それでも市長なの?」と、ロビンは言った。 ブルックが  「……男性だったのです。」 と、静かに言った。  「……え?」 フランキーが、ポカンと言った。  「…男の方だったのですよ…。」  「え!?」 もう一度ブルックが言うと、ウソップは仰天し、素っ頓狂な声を上げた。  「…男…?って、ブルックの…お前ェの『じいさん』の恋人だろ…!?…え!?えええ!?」 ロビンが  「だからよ。だから許されない恋だったのよ…。」  「えええええええええええええええ!!?」 ウソップが、ネットでこのロマンスを流そうと言った時、2人が渋い顔をしたのはこのせいだったのだ。 また、ロビンが言う。  「ローゼンバインはドイツ人で、確かルター派教会の会員だわ…そういう意味でも…  息子の愛した人が同性では…なおの事、許せなかったでしょう…。」  「身分違いというだけじゃなかったのか…。」 フランキーが言った。 ロビンもさすが考古学者、歴史全般に詳しい。 ウソップが指を折りながら  「……明治初期のド田舎で、異国人で、貴族と人足で、男同士となっちゃぁ…  …無理だ…そりゃあ土台無理だぁ…。」  「…別れるしかなかった訳だ…。」 ゾロ。  「…悲しいわね…本当に愛し合っていたのに…。」 ロビンが、眉を寄せた。 ブルックが  「…祖父から聞いていなかったことを…サンジさんから知らされました…。」 ゾロが、ブルックを見る。  「…祖父は…想いを決して口にはしなかったのだそうです。」  「………。」  「…?愛?という言葉の無かった時代です…想う気持ちを…表す言葉さえなかった…。」 サンジが言う。  「……想いを口にすることを…決してさせてはくれなかった…そのせいで…告げられなかった…  その事だけが…ゼフの子の心残りだったんだそうだ…。」  「………。」 サンジは藤の花を見上げ、両手で人の肩を抱く様に幹に触れ、額を当てた。  「祖母は…それを養父に聞かされていた…本人は託したつもりはなかったかもしれないが…祖母はそう受け止めたんだ…  託されたが…叶わなかった…叶わないまま…歳を取り…残した想いをおれに託した…  『いつかきっと、あの藤の下で告げられなかったお父様の想いを、その白い花の樹にどうか伝えて』…  …単なるセンチメンタルだと思った…でも…心に残って離れねェ…なら、告げればいいんだ…  日本へ行って、その木に伝えればいい。ただそれだけだと思ったのに…。」 声に涙が滲む。  「………初めて見たこの花が…あまりに綺麗で……。」  「……おれは…この樹の名前を知らなかった…じいさんに尋ねたよ…この花の名を…  そうしたら『藤』だと…まだ日本語をそんなに覚えていない頃で…  おれは『不死』かって聞いちまったけどな……。」  「……おれの顔を見て…じいさんはすぐにおれが誰だかわかってくれた…  …そんで…ありがとうって…泣くんだよ……。」  「ほっとけるかってんだ…。」  「…伐採される…?この樹が無くなる前に…おれが来てくれてよかった…?冗談じゃねェよ…!  聞くだけ聞いて、あとは勝手に伐られて無くなるってか!?まったく冗談じゃねェ!!…だから…!!」 拳で、幹をひとつ叩いた。  「………長かったな……100年かかった……。」  「…『不死』か…そうか…想いは死なない…って…証明したくなった…。」 藤の花を見上げ、その白に頬を照らされながら  「…伝えに来たぜ…。」  「……Ich…liebe…dich……あなたを愛してる……。」 告げた唇を涙が伝う。 そっと、背中から抱きしめる腕。 その腕に、身を託し  「…やっと…やっと…言えた…。」  「…ああ。」  「…愛してる…。」  「ああ。」 腕に、さらに力が籠る。  「おれもだ。」 遠く離れた日本とドイツで 離れた恋人たちはそれでも互いを想い続け、生涯他の誰も愛さなかった。 もちろん、後に得た『家族』は心から愛したが、心の伴侶と定めた相手を違える事はなかった。  「…約束をした訳でもなかったと思うのです…祖父は…そういう人でしたから…  まさか…相手の方まで生涯独身を貫かれたとは…思ってもみませんでした…。」 ブルックが、藤の木の下で、手にした紅茶のカップを揺らしながら呟いた。 静かな、穏やかなピクニック。 しかし、敷地のあちらこちらに重機や機材が鎮座している。 今日は土曜日で、作業が休みだから静かなだけだ。  「…じいさん…相手がどこの誰とも言ってなかったんだ?」 ウソップが言った。  「…はい…ただ…異国の方で男性だという事だけは知っていました。  口さがない村の人が…あれこれしていた噂を聞いていましたから…。」 フランキーがコーラを煽りながら  「…惚れちまったら、相手がどこの誰だろうが関係ねェよなァ。」  「そうよね、あなたもそうだったもの。」  「う。」 聞き逃さなかったウソップが、顔を輝かせて途端に反応する。  「なんだなんだ!?聞かせろよ!!」  「聞かせねェよ!!」  「いいわよ。」  「お!やりぃ!!今度は市長の若き日のロマンスだァ!!」  「言うなああああああああああああああああああああ!!」 若い人はいいですねェ 心の中で呟いて、ブルックはまた藤を見た。  「………。」 黙って、満足げな笑みで互いを見つめ、時に藤を見上げ、酒を交わす2人がまぶしい。 ゾロさん 藤の木の下に立ったゾロさんを見た時、祖父の姿が見えました もしかしたら、あなた 祖父の生まれ変わりですか?  「…………なんちゃって。」  「あ?何か言ったかァ?ブルック!こっち来て話聞けよ〜!フランキーのヤツ面白ェんだぜ〜〜〜〜!!」  「あ〜!ハイハイハイ!!聞かせてください!もう一度最初から!!」  「聞くなってんだよ!!」  「いいわよ?」  「だからぁあああああああああああああああ!!」  「あ!ロビンちゃん!!おれにも最初から!!」  「いいわよ?」  「サンジ!!てめェえええええええええええええ!!」 風が、ゆうるりと花房を揺らしている。 咲き誇る藤の下。 咲いたのだから、もういいだろうという父に、逆らえなかった。 抗う事で父を悲しませ、父を悲しませることで会社の人間がおべっかを使い、彼に障りを起こさせるのは嫌だった。 明日 この家を出る。  「他に何も、渡せるものがない…。」  「こんなもの欲しくはねェ。」  「お前が要らなくても、おれは持っていてもらいたいんだ。」  「…こんなもん…お前の代わりにはならねェよ。」  「………。」  「…金に困ったら、売っちまうかも知れねェぞ。」  「いいよ。それでも。」  「………。」  「それで…お前の糧になるなら…それでもいいんだ…。」  「……馬鹿が……。」  「………。」 白い指が、赤銅色の手の上に金の時計を載せる。 シャラン と、涼しい音がした。  「…同じ時を生きている…そう信じていてほしい…。」  「…ああ…。」 耐えて 耐えて ずっと耐えて 互いの名を呼ぶことさえ堪えてきた。 彼の手に載せられた時計の鎖の端から、指を離せなかった。 繋がっている細い糸。 その指を  「―――!!」 彼の方から、触れてくれたのは初めてだった。 握られた手に、また手を重ね 引き寄せられた。 愛されている 確かな想いが伝わってくる 告げたい この想いを  「言うな。」  「………。」  「…言うな…それ以上は言っちゃいけねェ…。」  「………。」  「…おれが…堪えられなくなる…。」  「……堪えないで…いい……。」  「………。」  「………。」 白い花はまるで星屑のようで、漂う豊かな香りに頭が痺れた。 彼の腕は強く、暖かく、それでいて掌は冷たい。 白い手を銅色の頬にあて、引き寄せた。 目を閉じ 寄せて ただ一度の、誓いのキス 許される時代に生まれたかった。 それでも出逢い、心を交わせたことは幸福だった。 決して忘れない 絶対に捨てない この哀しみが癒される日など来ない いつか なんて、決して来ない。 この想いは、千の夜を、一億の夜を、百億の夜を越えても消えない だから 百億の夜を越えても、許される時が来たなら 必ず お前に伝えに行く サンジが、長い日本滞在を終えて家族の待つドイツへ戻ったのは、それから1か月後の事だった。 ブルックの事は、ロビンも、向かいのオバチャンもいるから心配いらない。 ゾロも、サンジを見送るより前に、海王園へ戻って行った。  「……まァ…キレイ……。」 丘を上がり、咲き誇る白い藤を目の当たりにして、ルージュは思わずため息をついた。  「いやァ…ここまでデカくなるとは…夢にも思ってなかったなァ…。」 エースが言う。 レイリーが  「…見事だ…あれからたった3年でさらに棚が広がっている…大したものだ。」 エースとルージュとレイリー。 あれから3年目で、ようやく母親をここに連れてこられた。 『S市廣澤尾田倶楽部記念公園』は、移植した年の秋に開園した。 年が明けて、梅を咲かせ、桜を咲かせ、そして藤は見事に花開いた。 そして、2年目。 同公園はS市の観光の目玉として、ニュースソースなどで全国的に知られるようになり 3年目  「…しっかしすげェ人だな…ここは渋谷か原宿か?」  「ははは!こいつは…樹の下に行くまで相当かかりそうだな。」  「でも、せっかく来たのですもの側まで行きたいわ。」  「大丈夫か?お袋?」  「平気よ。過保護ね、エースは。お父さんと逆。」  「親父が無神経すぎるんだよ。」 満開。 人出は最高潮だ。 公園の入り口から、旧廣澤倶楽部、そして藤の元まで、長い行列ができている。 人の流れを整理する職員の中に、見慣れた鼻があった。  「おーい!ウソップ!!」 鼻が、振り返った。  「……おー!!エース!!なんだよお前!ひっさしぶり〜〜〜〜!!  はーい!!できるだけ立ち止まらないで下さ〜〜〜〜〜い!!」  「何だよ…お前さん、まだボランティアやってんのか?」  「ボランティアじゃねェよ!こう見えても、S市広報課の職員だ!!今日は、たまたまこっちの手伝い!  かき入れ時なんだよ!は〜いはいはい!小さいお子さんは手を放さないでくださいね〜〜〜〜〜!」  「見え見えの縁故就職だな…。」  「うるせぇよ!!ほっとけェ!!」 真っ赤になった。 図星か。 まだ、フランキーはこの市の市長だ。 確か、年内選挙があるはず。また出馬するんだろうとは思うが。  「…あれ?そちらさん、あん時の!」  「やァ、ご苦労様。」 レイリーが言うと、隣でルージュがにっこりと笑って会釈した。 ウソップは一瞬でさらに赤くなり  「…エ、エースさん?…ど、どちらさま?…か、かわいいな…まさか…彼女か?」  「………………。」 ルージュが  「まァ、嬉しい。……初めまして、ウチのエースがいつもお世話になっております。」  「ウチのエース!?お、奥さんかァ!?」 驚き慌てるウソップを見て、レイリーがため息をつき  「止めなさい、ルージュ。冗談で通じないようだ。」  「ウフフフ。初めまして、エースの母です♪」  「は!?HA!!HA!!!????????」 若い!! めっちゃ若い!! んで美人!!とんでもなく美人!! ちょっとまて!エースの母ちゃんってことは、あん時のあのおっさんの奥さんって事かァ!? おいおいおいおい!! なんだっておれの周りには、美女と野獣のカップルばっかなんだあああああ!? なのに何で!!おれには彼女ができねェんだあああああああああああああああ!?  「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!  世の中不公平だあああああああああああああああああああああああああああ!!」 泣きながら走り去るウソップの背中に、エースが叫ぶ。  「おーい!!後でブルックじいさんとこ行くからなあ〜〜〜〜!!」  「勝手にしろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 小さくなったウソップの後ろ姿を見送りながら  「面白い人。」 とルージュが言った。  「…行こうか。」  「ええ。」 遊歩道を進みながら、レイリーは  「…よくできている…見事なものだ。これなら一年中何らかの花を楽しめる。  配置にも全く無駄がない。」  「……まったくだ…誰が作ったんだ…?腕のいい庭師がいるもんだ…  そういやァ…なァ、レイリー。ゾロのヤツ、どこにいるのかまだわからねェの?」  「…わからんね…。」 藤の移植を成功させて、一度海王園に戻ったゾロは、戻るなり「お世話になりました」と、一言告げて出て行った。 どこへ行くのかと尋ねたが  「やりたい事を思い出したもんで。」 と、笑って答え、出て行った  「…以前の、流れの樹医の仕事に戻っているのだろうとは思うが…。」  「…冷てェよなァ…連絡くらいくれればいいのによ。」  「そういうタイプではあるまい。」  「ああ、ゾロじゃねェ。サンジ。」  「すでにそちらか。」 ルージュが笑った。 あの後、事の流れをウソップが知らせてくれた。 とんでもなく長いメールで、読み終わるまで3時間かかった。 3時間かかったが、事の次第はそれで理解できた。 ウソップのメールはまるで小説のようで、不覚にも最後は泣いてしまった。 そして、その場にいなかった自分と、いさせなかったマルコを恨んだ。 だから 少しして、ゾロが海王園に戻り、サンジがドイツに帰ったという話を聞いた時は「なんで?」と、思った。 そしてそれきり ナシのつぶて  「…おや!?エースさんではありませんか!?」 呼ばれて、エース、ルージュ、レイリーは振り返る。 スタッフジャンパーを着たブルック。手に、ほうきと塵取りを持っている。  「じいさん!!」  「ヨホホホホホホホホ!!お懐かしい〜〜〜〜!!来てくださったのですね!!」  「来た来た!!やっとお袋を連れて来たぜ!!」  「楽しみにしてました〜〜〜〜〜!!で?お母様は?」 キョロキョロっと、周りを見回す。 あれ? 美人がひとりいるけれど?  「初めまして、ウチのエースが…。」 以下略 だが、ウソップと違いブルックはさすが年の功。  「足腰しっかりしてんじゃねェか?じいさん。」  「はいぃ…もー、朝から晩までこき使われてます。ココ、私の土地ですよ?ワタシ、オーナーですよ?  『株式会社廣澤尾田倶楽部記念公園』の会長ですよ!?」  「あー、はいはい。出世したなァ!…楽しいか?」 ブルックは笑い  「ハイ。楽しいです。生きてきて、今が一番楽しいです!ヨホホホホホホ!!」 レイリーが笑う。ルージュも言う。  「何よりですわ。」  「…ところで奥さん。お近づきの印に……パンツ見せていただいてよろしいですか?」 次の瞬間、『株式会社廣澤尾田倶楽部記念公園』の会長ブルックは、遊歩道脇の芝生にめり込んだ。 だが、負けない。  「そうだ!今日は記念館にロビンさんがおいでですよ?」  「本当か!?」  「ええ!」 ロビンは、ブルックの旧邸を改装して作られた『銅山歴史館』の館長になった。 ブルック邸から持ち出した膨大な資料の研究と、観光公園の月殿丘陵の調査を並行してやっている。 まだ、藤の元まで距離がある。 陽射しもルージュには少しきつい。 まず、記念館に入る事にした。 観光公園の入場料(大人300円:小学生以下無料。ただし藤の開花時期は大人500円:子供100円) を払えば、記念館には自由に入れる。 ブルックが、「こちらですよ」と、勝手知った様子で、関係者しか入れない奥へ3人を通してくれた。 館長室は、3年前、ゾロが寝起きに使っていた部屋だ。 窓から、藤の木が見える。  「…まァ!エース!!」  「ロビ―――ン!!」  「久しぶりね。来てくれたの?」  「ああ!すげェな!!ここまでデカくなってるとは思わなかった!!」  「でしょう?座って。今、お茶を持ってきてもらうわ。」  「おかまいなく。」 ロビンはルージュを見てにっこり笑い  「まァ、あなたの恋人?」  「………。」 ルージュはまたにっこり笑い  「初めまして、ウチのエー」 以下略 レイリーは思う。 こりゃあ、上機嫌でご帰宅だな。  「…改めて銅山工業の歴史書を出そうと思って。主に、銅山で働いていた労働従事者の方のね。  生活とか…町の様子とか…そういう物を書いた本にするつもり。」  「難しそうだけど、できたら知らせてくれよ。」  「言われなくても送りつけるわ。」  「ははは!」 ルージュが、ロビンの机の後ろの壁にある額に気付いた。 ロビンが使っている机は、あの時埃にまみれていた紫檀の机だ。 「どうぞ、近くで」と、ロビンが言ってくれたのでソファから机の後ろの壁際に移動し、額縁の中の写真を覗き込む。  「……綺麗な人……。」 額に入っている写真。  「…あら…こっちの人…ゾロくんに似てるわ…。」  「え?」 エースも立ち上がり、母の隣に立つ。  「………。」  「…わかる?」 ロビンが言った。ブルックも、目を細めて笑う。  「…あの時の膨大な資料の中から出てきたの。他にもいろいろ写真はあったけど、それ、たった1枚だけだったわ。」  「……この藤の木だな……。」  「ハイ。」  「…ここに飾るのが一番いいと思って…。」 セピア色の古い写真。 満開の藤。 その樹の下に立っている2人の男性。  「…サンジと同じ顔だ…似てるなんてもんじゃねェ…。」 気取ったポーズをとっているわけではない。 不意に、呼ばれて振り向いた。といった、自然な顔だ。 何気なく撮影されたワンショットという雰囲気の写真。 ルージュが  「ね?ゾロくんに似てるでしょう?」  「…そうかぁ?似てねェよ…ピンボケしてるし。」  「あら、似てるわよ。ね?レイリー?」  「…ふむ…どうかな…。」 ロビンが「ウフフ」と笑い  「私も、似ていると思うわ。」 ブルックも  「ヨホホホホ!ワタシもそう思います!」  「ほら。」 そして  「…あれ?」 エースは、もう一つの飾り額に気付いた。 そちらには、絵ではなく  「………。」 額の中にありながら、それは、正確に ふと、レイリーが  「館長、お尋ねしてもいいかな?」  「はい?」  「…藤棚の見事さもさることながら…この庭園の造作は素晴らしい…  どこの業者がやったのか、教えてはいただけないか?」  「………。」 ロビンは一瞬きょとんとしたが、にっこりと笑った。  「…わかりました。では、この公園の園長と副園長をご紹介しますわね。」 言って、ロビンは藤の木に面した窓を開けた。 下に向かって言葉をかけようとした時、ロビンよりも先にエースが窓に飛びついた。 そして  「―――――ゾロ!!サンジ!!てめェらぁあああああああ!!」 「え?」と、レイリーが言った。 「まァ」と、ルージュが言った。 「フフ」と、ロビンが笑った。 「ヨホホ!」とブルックも笑った。 額の中で、正確に時を刻み続けていたのは、修理され、美しい金の輝きを取り戻したあの時計。 窓から飛び出さんばかりに身を乗り出し、エースは叫ぶ。  「このバカ野郎共ォォ!!」 藤の樹は、今は柵で囲われ根元には誰も入れない。 だが、その下に影がふたつ。 声に立ち上がり、振り返り、窓を見上げ  「………。」  「―――よう。」 エースを見て、同時に笑った。  「あっはっはっは!!なるほど!!」 レイリーが笑った。  なるほど。この仕事はお前だったか。 エースがさらに  「…てめェらが園長と副園長…?て、ことは…あれからすぐに、示し合わせてここに来たって事か!?」  「ああ。」 あっさりと、ゾロが答える。 エースの中で何かが切れかかる。  「おれは、こっちに住むのにビザとかいろいろ手続きが要るから、  一旦ドイツに戻ったんだ。でも、来たのは去年の夏だよ?」 サンジが答えた。  「…おい…ゾロ…てめェまさか…サンジと一緒に住んでんのか…?」  「ああ。」 再び、あっさり。 ブルックが  「ウチで一緒に暮らしてます。もー、ラブラブで!  見ていて恥ずかしいですよ〜?ヨホホホホホ!!」 ブチッ!! 切れた  「納得できるかぁぁああああ!!おれが!マルコにとっ捕まって必死に働いてる間に!!  ゾロ!てめェぇぇぇえええ!!!」  「ああ、悪ィな。が、仕方ねェだろ?コイツがおれに、べた惚れだからよ?」 瞬間、サンジが沸騰した。  「はァ!?べた惚れ!?誰が!?お前がおれにべた惚れなんだろ!?  側にいてくれって言ったのは誰なんだよ!?」  「てめェがいるっつったからだろ?」  「かっち〜〜〜〜〜ん!!あー!ムカつく―――!!」 ブルックが、エースに耳打ちする。  「ねー?ラブラブでしょー?」  「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」 さらに その時、2人の側でモゾと動いた影を見て、またもエースが叫ぶ。  「……は!?親父!!?」  「え?ロジャー?」  「………え?」 窓辺に、妻と息子がいるのを見て、ロジャーは仰天し  「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 言葉もなく  「……まァ、ロジャー。お元気?」  「!!!!!!!!!!!!」 にっこり笑って見下ろす妻の顔を見て、ロジャーは真っ赤になり そして  「逃げんな!親父―――――っ!!」 逃走  「待ちやがれ!!なんであいつがここにいるんだ!?ロビン!?」  「3カ月前に仕事をくれっていらして、ゾロがそれならって、北東の日本庭園の作庭をと。」  「聞いてねぇよ!?…あんにゃろ…家に半年も帰って来ねェで、のこのことこんなトコに!!」  「正確には8か月よ、エース。」  「なお悪いだろ!?なんで笑ってられんだ!おふくろ―――ッ!?」 レイリーが、深いため息と共に  「…海王園のロジャーが仕事をくれとは…帰ってくればいくらでも働かせてやるのに。」  「待ちやがれ!!クソ親父―――――っ!!」 逃げるロジャーと、慌てて追いかけるエースを見送りながら、レイリーが窓辺に寄りゾロに言う。  「…やっぱりお前を、ウチに迎えなくて正解だったよ、ゾロ。」 レイリーを見上げ、ゾロは笑い。  「はい。」 と、答えた。 確かにそうだ。 全てのものが、そうやって巡ってきたのだから。 ルージュが再び窓から顔を出し  「ゾロくん、上がってきて。」  「ルージュさん、ご無沙汰してすみません。」  「いいのよ。それより早く、その方を私に紹介して?名前を教えてほしいわ。」 白い、満開の花の下 その花によく似た肌の頬が緩み、形の良い唇が答える。  「初めまして、フラウ!サンジです!!」  「…そう…あなたが……会えて嬉しいわ!」 サンジはゾロを見て、また微笑んだ。 ここを、互いの生涯の場所と決めた。 もうどこにも行かない。 この手を離さず、ずっと一緒に生きていく。 想いは継がれ、続いていく。 この、花の下 END    BEFORE ここまでお読みいただきありがとうございます 樹医ゾロ あんまりしっくりこない職業かな?と思いながら、書いてしまいましたw ホントは毎度のことながらオールキャストで行きたかったのですが、 ルフィを交えてしまうとどうしても話がルフィに寄っていってしまい、 断念したところ、書き出すまでに数年かかったというこれまた毎度の展開になりました;; このお話に登場する【尾田の九尺藤】にはモデルがあります。 【廣澤尾田倶楽部】にもモデルがあります。 そして過去の恋物語の方は、そちらはそちらでストーリーを考えております。 銅山はぱたの地元県足尾がモデルです。 近いうちに書きたいなと思ってはおりますが…いつになるでしょ; 今回、エロは書かないと決めていました。 過去話の方も結ばれずに終わるのでエロなしです。 謝っておきますごめんなさい;; まぁ、こちらの2人のお初はご想像いただければと… お粗末さまでございましたv よろしければ感想など…                       (2013/9/28) 華の名前‐TOP
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