ドイツ・バイエルン州の州都はミュンヘンである。
サンジの家は、アウクスブルクというロマンチック街道沿いの町にある。
それなりの地方都市だ。
飛行機と電車を乗り継ぎ、バスに乗り、サンジとゾロと、そしてローがローゼンバインの城に着いたのは、
日本を発ってから丸1日が経過した、その日の午後だった。
城、といっても、よくディズニーランドにある様な、あんなメルヘンチックな雰囲気はない。
ロビンは
「バイエルンならノイシュバンシュタイン城ね?」
と、うっとりと言ったが、ゾロが見ても、それとは程遠いものだとわかる。
まず、想像したような高層の建物ではない。
わかりやすく表現するなら、日本の古い小学校という雰囲気がしっくりくる。
森に囲まれた、自然豊かな場所だ。
だが、お世辞にも整備された庭園とは言い難い。
さすがに樹医。ゾロはまず、そこが気になった。
手入れしたいという欲求が、うず、と蠢き始める。
さらに、入口の脇に駐車された古いベンツのステーションワゴンが、
それなりに趣のある城の雰囲気をぶち壊していた。
「こっちだ。」
ローが、指でゾロを招く。
使用人がいて、ドアを開けてくれるような暮らしではない。
ローが自ら扉を開けると、古いそれは軋んだ音を立てた。
「帰ったぞ。」
ローの声が、エントランスロビーに響き渡る。
がらんとしたホール。
正面に大きな階段がある。
「………。」
確かに、誰がどう見ても、よく手入れされているとは思えない内部。
天井には蜘蛛の巣が張り付いていた。
どこもかしこも殺風景。
行き届かない状況が、ありありとわかる。
ローが、帰ったと声をかけたにも拘らず返事はない。
広すぎて、声が届かないのかもしれない。
「親父の書斎へ行こう。この時間なら、何処かにはいるはずだ。」
ローが言い、正面の階段を上がり始める。
「………。」
これが、サンジが育った家。
きょろ、と見回したゾロに
「…びっくりしたろ?デカくて広いばかりで、なんにもねェ家だ。」
「…あァ…。」
ローが、「親父!」と呼びながら上へ上がって行く。
本当に、何もない家だ。
壁やコーナーに、何らかの装飾品があった名残りはあるが、手放したのか、
台座や、焼けたような痕しか残っていない。
とにかくゾロは、窓から見える雑然とした眺めにさっきからイライラしている。
あんなにいい木をあんな形にしやがって
あそこにあの花があるじゃねェか、日陰になっちまってる
あの色は珍しい、勿体ねェな
「――――っ?」
ゾロの足が止まった。
「帰ったぞ。」
父の書斎。
西側に面したその部屋は、当主の執務室だ。
窓から、眼下に広がる前庭が見える。
庭が手入れされていれば、とても美しい風景が楽しめるであろう場所だ。
ローが入ってくると、窓辺に立っていたローの父は振り返り、まず
「おお!サンジ!!」
駆け寄り、甥の方を抱きしめた。
「ただいま…叔父さん。」
ローの父はうなずき、サンジの髪を撫でながら
「うん。よく帰ってきた。よく聞き分けてくれたな?いい子だいい子だ。」
「…あ、あのな、紹介するよ…。」
「もうすぐ母さんも帰って来るからな!?今日はサンジの好きなものを作るんだと張り切っていたぞ!」
「え、えとね?ゾロを…。」
と、ローの父は丸い目を少し細くして
「…どこにいるんだ?おれには誰も見えないが?」
「!?」
叔父の言葉にサンジは慌てて振り返った。
「あれ!?」
ローも振り返り
「…どこに行った?」
着いて来たはずのゾロがいない。
ローの父は、ひとつ鼻で笑うと
「逃げたか。」
「逃げてねェよ!」
サンジが叫んだ。
「…あのやろ…この中で迷子になったか!?」
「…入口から真っ直ぐだぞ。何で迷うんだ?」
ローの言葉に
「……迷うんだ…それが…探してくる…!」
と
「必要はないっ!!」
叔父が叫んだ。
「叔父さん!!」
「必要はない!!おれは決して認めんぞ!!」
ローが、やれやれという風にため息を漏らした。
サンジは身を翻し、書斎を飛び出す。
「待ちなさい!サンジ!!…ええい!!どこぞで迷ってそのまま野垂れ死んでしまえばよい!!」
昔、サンジとかくれんぼをしていて、丸2日見つけてもらえなかったことがあったな、
とローは思い出していた。
最悪なのは、その事をサンジがすっかり忘れてしまい、両親が勝手にプチ家出と勘違いした事だ。
まぁ、どうでもいい。
「ゾロ!!ゾロォ!」
元来た道を駆け戻り、2つに分かれた廊下をきょろっと見比べる。
と
「!!」
手入れの行き届かない屋敷だ。
積もった埃に足跡。
すぐ脇の部屋に続いていた。
「ゾロ?いるのか?…ったく、ちゃんとついて来い…。」
ゾロがいた。
普段あまり使わない、物置のような部屋だ。
だが小部屋といっても、日本風に言えば10畳ほどの広さがある。
客間のひとつであるから、装飾はそれなりに手が込んでいる。
だが、サンジも滅多に入らなかった部屋。
その奥の、マントルピースの前にゾロは立っていた。
「…おい、何やってんだ…?」
チラ、と、肩ごしに振り返るゾロ。
その手に
「……!!?それ……!!」
両手に、ゾロは細長いを持っていた。
金の糸でできた布に包まれ、縛り口から顔を出していたのは
「……刀か!?日本刀じゃねェか!?」
サンジが叫んだ。
駆け寄り
「…こんなもんがウチにあったのか…?で…なんでてめェはついて来ねェんだよ!?」
「…呼ばれた気がした。」
「はァ…?」
「…なんか呼ばれた気がしてな…来て見たらこれがあった。その暖炉の上だ。」
「………。」
「…形と雰囲気で、刀だと思った。…悪ィ。つい、開けちまった。」
と
「おい!貴様!それに触れるな!!それはローゼンバインの家宝だ!!」
叔父だ。
ゾロは、それがサンジの叔父だと察した。
似てねェな。
第一印象はそれだった。
なんとも面白い、可愛い顔をしている叔父。
白い髭が顔を覆っていて、丸い目が髭の上に乗っかっているようだ。
例えるなら
そう
シロクマ
白熊が、立って歩いているような雰囲気だ。
ローにも似ていねェ。
ああ、似てるわけねェか。
「…すんません。」
白熊のサンジの叔父は、ドイツ語でまくしたてたが、怒っているのだけはわかったのでゾロはさらりと謝った。
謝ったので、とりあえず落ち着き
「…それは…3代前の当主ゼフが日本から持ち帰った物だ。」
「…ゼフ…アレクサンデルの父親が?」
「……と、聞いている。…おい!!勝手に抜くな!!」
ゾロが、錦の袋から刀を出し、すらりと鞘から抜き放った。
ゾロは剣道の有段者だ。
抜いた形があまりにも様になっていて、思わず叔父が息をつくほど美しかった。
「……手入れしてるのか…?」
ゾロの問いにローが
「してねェ。」
「…していなくてこの輝きか…すげェな…。」
ふと、古い書付がゾロの脚元に落ちているのを見つけた。
袋の中から零れたのだろう。
ゾロがそれを拾い上げ、サンジが覗きこむ。
「…古いな…虫も食ってる…漢字だらけだ…なんて書いてある?」
ゾロが、少し間を置き
「…『越 霜月藩 松平大膳太夫源朝臣斉富 庶子…』後は読めねェな…。」
「………。」
沈黙が続く
「…なァ…ゾロ…。」
「………。」
「…これ…もしかしたら…ブルックのじいさんのものだったんじゃ…。」
「………。」
「……アレクサンデルに…贈ったんじゃないか……?」
「………。」
「…これの…代わりに…。」
サンジはポケットから、金の懐中時計を取り出した。
サンジの手術の頃、修理を終え、戻ってきた。
「………。」
いきなり、ゾロは目打ちを勝手に引き抜き始めた。
「何をするか貴様ぁあああ!!」
柄を抜き、茎(なかご:柄に納まる刃の部分)の部分を晒すとそこに
『美濃三阿弥関孫六兼元 和道一文字』の銘。
「関孫六か…!どうりですげェ…。」
「…す、すごいのか…?」
叔父が尋ねた。
「孫六兼元…名刀だ…。」
「おおおおおおおおお!!そうだったのか!いや、実は以前に、マニアが譲ってくれと言ってきたのだが、
『そこそこ』と言われて頭に来たのだ……って!!違う!!いい加減戻さぬかああああ!!」
ローがため息をつく。
善人なのだが、義父は雰囲気にのまれやすい。
「よく売らなかったな。」
ローの言葉に
「…母がこれは売ってはならんとうるさかったのでな…『お父様の大切なもの』と。」
「…アレクサンデル…?」
サンジとゾロは互いを見た。
銘を打った面を返す。
「!!」
ゾロの目が見開かれた。
「どうした?」
「……見ろ。」
銘が打たれた茎の裏面。
カナ釘の文字が打たれてある。
片仮名ばかりなので、これはサンジにも読めた。
「………知ってる…これ…源氏物語だ…。」
サンジが言う。
ゾロが、文字を読んだ。
「契りにしか はらぬ琴の調べにて 絶えぬ心のほどは知りきや。」
サンジの目から、涙が溢れはじめる。
叔父とローが、不思議な顔で互いを見た。
ローが問う。
「…どういう意味だ?」
ゾロは首を傾げたが、サンジが涙をこぼしながら笑い、答える。
「…シチュは忘れた…けど…こういう意味だ…
『約束したときの琴の調べのように、今も変わらない私の心を知っていますか』」
「………。」
ローの叔父が、深いため息をついた。
ゾロが
「間違いねェ。ブルックのじいさんが、お前のひいじいさんに渡したものだ。」
サンジが、漢字だらけの書付を眺め
「…これ…いつの時代の殿様だろう…。」
「さあ…調べりゃわかるだろ…。」
「…もし…この霜月藩最後の藩主なら…ブルックのじいさんの父親かもな…。」
「興味はねェ。」
「……だな…こっちは、ロビンちゃんの管轄だ。帰ったら見てもらうよ。」
柄を戻して刃を鞘に収める。
サンジが、小さく笑い
「…風雅を解する男だったんだな。源氏物語の歌を刻んでここに仕込むなんて…ロマンチックだ。」
「…しかし、この場所じゃ、てめェのひいじいさんは気づかなかったんじゃねェのか?」
「…かもな…。」
と
「おい!2人で自分の世界を作ッとるんじゃない!!説明しないかァ!!」
「…あ…忘れてた…。」
「とにかく許さん!!許さんぞぉぉぉぉ!!」
どうやらこの熊
2人の最大の難関になりそうだ。
しかし、確か心臓の手術をしたとか言ってなかったか?
元気じゃねェか
「要らねェ。」
「持っててくれ。おれがずっと、身に着けてたもんだ。」
「………。」
「他に何も、渡せるものがない…。」
「こんなもの欲しくはねェ。」
「お前が要らなくても、おれは持っていてもらいたいんだ。」
「…こんなもん…お前の代わりにはならねェよ。」
「………。」
「…金に困ったら、売っちまうかも知れねェぞ。」
「いいよ。それでも。」
「………。」
「それで…お前の糧になるなら…それでもいいんだ…。」
「……馬鹿が……。」
「………。」
白い指が、赤銅色の手の上に金の時計を載せる。
シャラン と、涼しい音がした。
「これを。」
ゾロが差し出したものを見て、サンジは仰天した。
「ダメだ!これはダメだ!!」
「持って行け。」
「ダメだ!これはもらえねェ!!」
「おれが持っていても、もう何の役にもたたねェもんだ。」
「刀はサムライの魂そのものだろう!?」
ゾロがサンジに差し出したのは、蓮見屋の屋根裏部屋で見た、あの刀だった。
ゾロは笑い
「…この国のどこにサムライがいる…?」
「ここにいる!おれの目の前に!」
「サムライはもういねェ。戊辰戦争で…その後の西南戦争で、死に絶えた。」
「…でもこれは…お前の親父さんの形見だろう!?」
「ああ、そうだ。だが、おれにはもう必要ねェ。」
「…ゾロ…ダメだ…!」
ゾロは、眉を寄せて呆れたように笑った。
「…そうだな…これはおれの魂だ…。」
「そうだ!だから…!」
「だから、お前に持っていてもらいたい。」
「!!」
ゾロはサンジに、刀を押し付け
「おれの魂だ。」
「………。」
「お前のものだ。」
「――――っ!!」
押し付けられるように手渡され、サンジは「和道一文字」と呼ばれる刀を抱きしめた。
「………。」
想いを、茎に刻んだ。
だが、それは言わなかった。
言えばサンジは見るだろうが
あれほど馬鹿にした源氏物語の歌を刻んだなどと知ったら、どれだけ馬鹿にされるかと刻んだ後で思った。
だから、言わない。
言わなくても、わかりきった事だ。
時計の文字盤の裏に、想いを書きつけた。
だが、それは言わなかった。
言えばゾロは見るだろうが
たどたどしく書いた日本の文字
実は「億」の字をわずかに間違えて「憶」と書いてしまった。
絶対馬鹿にされる。
だから、言わない。
言わなくても、わかりきった事だ。
サンジは、マントルピースに置かれた刀の側に、自分の時計を置いた。
約150年前
恋人達が交換した思い出の品が、また巡り会った。
互いの魂を継いだ2人の目の前に。
その後ろ姿に、ローは静かに微笑んだ。
それから、サンジはゾロを敷地内の教会に案内した。
その教会には牧師がいて、敷地はローゼンバインの所有だが、独自で運営を行っている。
その、教会の裏手に、ローゼンバイン家代々の墓がある。
「…これがゼフ夫妻の墓…こっちがばあさん夫婦の墓…これがおれの親父とおふくろ…
…それが…アレクサンデルだ。」
「………。」
生涯独身であったアレクサンデルの墓は、少し離れた場所に控えるように建てられていた。
その墓碑を、ゾロは覗き込む。
「………。」
書かれている文字に、明らかにゾロが読める部分がある。
「…ヴァルター・アレクサンデル・サンジ・フォン・ローゼンバイン…
おれは、ひいじいさんから名前をもらったんだ。」
「…なるほどな…。」
「…サンジ…おそらく…日本で恋人がそう呼んでたんだろうって…ばあさんが話してた。
死ぬまでずっと、その名を名乗り続けてたって。」
「………。」
サンジが、ゾロに手を差し伸べる。
ゾロが、ポケットの中から袋を取り出し、なかから黒い豆の様なものを掌に転がした。
「それはなんだ?」
白熊が尋ねた。
サンジは叔父に笑い、ローを見て
「藤だよ。あの藤の種だ。」
「……実生から育つのはかなり時間がかかるが。」
アレクサンデルの墓の後ろの地面を掘り、ゾロは藤豆を3個、等間隔に埋めた。
「咲くよな。」
「藤は強ェ。きっと咲く。咲かなかったら、咲かせに来る。」
その言葉に、ローが目を見開いた。と、ゾロは振り返り
「おい、ロー。親父に言ってくれ。この庭、少しいじって構わねェかって。」
「なんだと?」
「こういうぐっちゃぐちゃの庭を見ると我慢できねェんだ。居る間、できる限り手入れする。」
「……だとよ。」
「なんだとぉぉおおおおおお!!図々しいにもほどがあるわああああああああ!!
大体!!そんな金はウチにはないわあああああああああああああああ!!」
「金は要らねェ。ただ、我慢ができねェんだ!!」
言うが早いか、ゾロは袖をまくってまず草ぼうぼうの墓の周りの草をむしり始めた。
こうなると、ゾロはもう止まらない。
「……た、タダか?」
「だそうだ。」
「ま、まぁ…それなら…よい…か。」
「ゾロは名の知れた職人だぜェ?見違えるようにしてくれるぞ?」
サンジの言葉に、白熊が「うううう」と、正に熊の様な唸り声を上げた。
その時
「ああ、もう!やっと追いついた!おかえりなさい!サンジ!!」
「!!叔母さん!ただいま!!」
サンジが駆け寄り、叔母を抱きしめる。
叔母は、ローにも歩み寄り抱きしめ
「お帰りなさい、ロー。ご苦労様。」
「…ただいま。」
「で、あの方がその方なの?」
「ああ。」
「…今…ちょっと燃え上がっちまって…。おい!ゾロ!!叔母だ!ちょっと来い!!」
サンジの声に、ゾロは顔を上げた。
「………。」
あれ?
デジャブ
ローの母親、誰かに似てる
え〜〜〜〜と
もう少し若くて、髪の色が同じで、頬にそばかすがあったら
「……ルージュさん…?」
サンジは気づいていないのか?
ローの母親は、ルージュにそっくりだ。
なんか
嫌な予感がする
「まあ!あなた達ときたら、お茶も差し上げてないんでしょう?困った人達ね!本当に男の子はダメだわ。
ねェあなた!手を休めてきてくださいな!お茶にいたしましょう!」
「………はい。」
違う
イチバンの難敵はきっとこの女性だ。
いろんな意味で
ああ、そうか。
ローがルージュを気にしていたのは、彼女が自分の母に似ているからだ。
本人は気づいていなかったかもしれないが、無意識に、母をルージュの中に見ていたのかもしれない。
ローが笑いながら
「庭を手入れしてくれるそうだ。タダで。」
「まあ!タダ!?嬉しい!助かるわ!!本当によろしいの!?」
「え、ええ…。」
「まああああ!まああああ!助かるわ〜ご覧の通り広いでしょう?
サッカースタジアムが7個くらい入る広さがあるのよ?
とてもとても…助かるわ!ダンケシェーン!ありがとう!」
サッカースタジアム7個
ちょっと
後悔
「がんばれよ。」
「!!!!」
ローが言い、父母の背中を押し一緒に歩き出す。
サンジが
「…言っとくが、言いだしっぺはてめェだからな?」
「…わかってる!受けて立ったらァ!!」
「どのくらいかかるかなァ?3か月くらいかな?」
「………丁度いい…じっくりやってやる。」
「………。」
叔父夫婦の攻略も、庭の手入れも。
きっと、藤の芽が出るのも確認できる。
1週間後
S市にサンジだけが戻ってきた経緯を、誰もが聞いて呆れたのは言うまでもない。
「で、戻ってきたってことはお前ら、許してもらえたのか?」
さらに2か月後の旧廣澤尾田倶楽部銅山記念館。事務室。午後3時。
ウソップの問いにサンジは笑って
「…いやぁ…まだまだ…。」
ブルックが
「ヨホホホホ!100年も前とは違います。今は、行こうと思えばどこへでも行けますし。
帰ろうと思えばどこへでも帰れます。」
「…だよな…?」
ゆっくりでいい
100年以上待ったんだ。
「……て、何言ってんだ。おれは…。」
自分を笑いながら、サンジは藤の木を見る。
アレクサンデルの墓に植えた藤豆。もう芽が出ただろうか
最近ルージュからも、よくメールが届く。
来年藤が咲いたら、またそちらへ行きたいという。
この年齢で自転車の練習を始めたとも。
元気そうで、何よりだ。
「………。」
明日から『尾田廣澤倶楽部銅山歴史館・秋の特別展 銅の山・その栄華と黄昏』が始まる。
なので、サンジは戻ってきたのだ。
ゾロをバイエルンに残して1か月になる。
言葉もろくに通じないのに、うまくやってるだろうか?(ローがまともに通訳してやるとは思えない)
「2人とも、何をのんびりしてるの?動いてちょうだい。」
ロビンが、事務所でまったりしていた2人に喝を入れた。
「うぉっと!!へーい!」
「ごめん!すぐ行くよ!」
準備万端でこの日を迎えたはずだったのだが、あれからまた、少し資料が増えた。
明治初頭の有木坑道の落盤事故の訴訟資料と、その後、足尾鉱毒事件の闘士で国会議員の田中正造の元で、
同じく運動にかかわっていたのが有木の落盤事故で解雇された元鉱夫であったらしいという資料が、
ヒロサワマテリアルの旧史編纂室の資料から相次いで見つかった。
急遽、その為の展示コーナーを設営したのだ。
そして
「そうそう、サンジ。あの書付のお殿様ね。
あなたの言う通り、越前霜月藩の最後の藩主、松平斉富だったわ。」
ロビンの言葉に、サンジはため息をついた。
ブルックの顔を見ながら
「…やっぱり…じいさんのじいさんは…。」
「でも…確証はないわ。斉富は、幕末の混乱期に分家から養子に迎えられて
藩主になった人らしくて、その後の系図が残っていないの。
それに…あの書付が本当に、ブルックのおじいさんの事だという証拠もないわ。推測よ。」
「…そうですか…。」
ブルックが呟くように言った。
「…わずか3年の藩主だったらしいわ…。その後は廃藩置県で、華族になる事は出来ずに
明治政府からのわずかな年金で暮らしていたみたい。家は絶えて、残っていないわ。」
「………。」
「ヨホホ!ではワタクシ、お殿様の子孫かもしれないのですね!
そう考えると、なんですか?こう!背筋がピン!と」
笑いながら、ロビンは「あ」と、声を上げ
「あともうひとつ。面白い推測があるの。これはブルック、あなたにも関わる事。」
「何でしょ?」
「ヒロサワマテリアルの旧史編纂室から借りた資料の中に、廣澤倶楽部譲渡に関わるものが残っていたわ。」
「へェ…。」
サンジが呟いた。
ロビンは少し興奮した様子で
「ブルックのおじい様が廣澤倶楽部を手に入れる事が出来るほど、
資産を増やしたのはどんな手段だったと思う?」
「何?」
ロビンは指を口に当てながら
「ブドウ栽培よ。」
「ブドウ?…ああ…確かにじいさんはブドウ農家だけど…。」
「ええ。私が物心ついた時は、手広くやっておりました。
戦争でずいぶん接収されて小さくなってしまいましたが。」
ブルックが年老いて、果樹園の管理がままならなくなったので、
今は人に貸し付けてブドウの栽培出荷を行っている。
「どうやら、ブルックのおじい様は晩年に差し掛かった頃、この地でブドウ栽培を始めて、
そのブドウでワイン醸造に挑戦して成功したらしいの。国産初期よ。」
「…ワイン…へェえ…。」
「想像してみて、サンジ?ブルックのおじい様に、それを教えたのは誰かしら?」
「――――!!」
驚くサンジにロビンはにっこりと笑い
「…それこそ、推測だけどね?」
サンジも、一瞬呆けたような顔をしたが
「……想像すると…嬉しくなるな。」
「でしょう?」
「ヨホホホ!」
アレクサンデルが、尾田滞在中にブルックの祖父にワインの醸造方法を教えた。
直接でなくとも、ワインはこうやって作るのだと教えたのかもしれない。
そうだとしたら、この地に彼が残したものを、もうひとつ見つけた気分になる。
「…あなたのひいおじい様は…ドイツに帰ってからお医者様になったのでしょ?」
ロビンの問いに、サンジは少し憂いを見せ
「…ああ、医者になったんだ…。よくは知らねェけど…間もなくドイツが統一されて…
数年後には第一次世界大戦だ…従軍もしたらしい。
当時ドイツと日本は敵同士だったから…ずいぶん悲しんでいたって…。」
「まぁ…そう…。」
その時、ウソップが事務室に戻ってきた。
「おい!ロビン!!人の事言っといて、お前ェもサボってんじゃねェよォ!!」
「あら。」
「あはは!悪ィ!!」
ロビンとサンジが立ち上がった時
「帰ったぞー。」
事務所のドアを開けて入ってきたのは、ゾロ。
「ゾロ!?」
「おう。」
「ヨホホホホ!!おかえりなさーい!!」
「まァ、お帰りなさい!」
「うす。」
ビックリはしたが、やはりうれしい。
サンジはゾロと軽く抱擁し
「帰るなら連絡くらい寄越せよ。バスターミナルまで迎えに行ったのに。」
道具の入ったリュックを肩から下ろし、早速軍手をはめながら
「…こっちが気になりだしてよ。向こうの目途が着いたから帰ってきた。」
「目途がついたって…?あの広さだぞ?」
「ああ、あとは親父さんがやるっつーんでよ。」
「はァ!!?」
ゾロは、少しあさっての方向を見ながら
「…庭いじってる間にあーだこーだうるせェんで、あれこれアシスタントさせてたら、目覚めたらしくてよ。」
「なんだって!?」
「東の中庭は全部ローの親父が作ったぜ?立派なもんだ。音楽より庭師の素質あるぞ。」
「……叔父貴が……?作庭……?」
「あらら〜〜〜〜……。」
ブルック
「ウフフ…さすがね、ゾロ。」
ロビンが笑う。
確かに、雰囲気にのまれやすくておだてに乗りやすい叔父ではあるが。
あの叔父が、ゾロにあれこれ指図されて庭をいじっている姿を想像すると、おかしくてならなかった。
「それからこれ、叔母さんから預かってきた。クリスマスに食えとよ。」
ドン!と机の上に置いたのは
「シュトーレンだ!!うわ!こんなに!!」
「まァ!」
「お友達にも分けてね。伝えたぞ。」
「………。」
なんだよ
どっちもすっかり、コイツのペースじゃねェか
「……ローは?」
サンジが問うと
「呼んだか?」
「!!?」
「ヨホホホ!!?これはこれは!ローさん!!」
事務所のドアにもたれ、立っていたのはロー。
「なんで!?」
「……こっちで学会だ。他に用はねェ。」
「だから!!会場は東京なんだろ!?学会なら学会で!
わざわざここまで来るこたねェだろうが!?」
作業用ジャンパーを羽織りながら、ゾロが叫んだ。
ローは至って無表情で
「ついでだ。」
「ついでじゃねェだろ!?あきらかに!!」
「数日世話になる。」
「ヨホホホ!どうぞどうぞ!!」
「他に泊まれ!!」
「………。」
部屋を覗いていたウソップが、ぼそりと言う。
「…気の毒にゾロ…ライバルが増えた…。」
それを聞いたロビンが
「ここにエースが来たら大変な事になるわね?」
「言うなよ!!ホントに来ちまうから!!」
「お――――――っす!!サンジいるかぁ!?」
「ほらキタ―――――――っっっ!!!」
「いたいた!サンジ――――ぃ!!」
「抱きつくな――――っ!!」
もうすぐ冬がやってくる。
夕焼けに照らされた藤の葉にかすかな風
人々の賑わいに、共に笑っているように揺れた。
許される時代に生まれたかった。
それでも出逢い、心を交わせたことは幸福だった。
決して忘れない
絶対に捨てない
この哀しみが癒される日など来ない
いつか なんて、決して来ない。
この想いは、千の夜を、一億の夜を、百億の夜を越えても消えない
だから
百億の夜を越えても、許される時が来たなら
必ず
お前に伝えに行く
「Ich liebe dich あなたを愛してる。」
「愛してるぜ。」
「ああ、よく知ってる。」
来春
また真白の華が降る。
END
BEFORE
【華の名前-百億の夜-】ここまでお付き合いくださり、ありがとうございましたv
ラスト近くでかなりエピソードを詰め込んでしまい、呆れた方もおいでかもしれません;
いや、ローの父親にベポを使おうと考えて、シロクマの叔父さんを書きはじめたらもう楽しくてww
こんなとこ書きこんでどーすんだ!?と、押しとどまりましたww
前作を書いている最中に、こちらの話を書こうと決めていました。
そう思って書きはじめたら、どうにもどんより〜とした流れにしかならなかったので
現代の連中の方も登場させましたですv
やっぱ今、奴らの障害になるのはローでしょ?ローを書くなら今でしょ!?と
ローを嬉々として書きました(そこ)
私は単純に輪廻転生話は近頃好きではないので、まぁそう思ってくれてもいいかな?
的なニュアンスのまま終わりました。
この本編で描くような設定ではないので潰したエピも沢山あります
明治時代のゾロのその後は、ラストのロビンとサンジのやり取りを読んで
想像してくださるとうれしいですvv
もしかしたら、時が流れて後、互いの消息を調べたりもしたかもしれないですね
でも会えずに終わった、そんな気もします。
後日の設定としてひとつだけネタをバラしますと
明治のゾロは一旦尾田を離れます。その後廣澤鉱業による公害問題が起こったりします
尾田に戻ったのはその為です。大気汚染からあの藤を守るためです。
戦争があっていろいろあって生産も落ち、経営不振となった廣澤は贅沢な迎賓館を手放してゆきます。
売りに出された尾田の廣澤倶楽部を、ゾロは強引に奪うかのごとくに手に入れることになります
長いあとがきになりました
ゾロサンでなければ書けなかったお話であると思います
自意識過剰ですかねwww
よく動いてくれました。ありがとうゾロサンwww
ルージュがわたしの勝手な性格設定になっております
どうぞご容赦ください。でも、楽しかったwww
感謝をこめてv
皆様良い新年をvv
(2013/12/31)
華の名前-百億の夜-TOP
お気に召したならパチをお願いいたしますv
TOP
COMIC-TOP