「あら、2人ともいい香りね。」
ロビンが言った。
無事に戻ってきたゾロとサンジに、ナミもロビンも小さく息をついて
困った顔をしながらも微笑み、2人を迎えた。
チョッパーが
「梅の花の匂いだよね。」
「ええ?梅?どこに咲いてたの?」
ナミが尋ねる。
「さぁ〜〜〜…どこだったのか…。」
サンジが首をかしげた。
チラリとゾロを見たが、土間に腰掛けて靴を脱いでいるゾロは振り向きもしない。
「……どこだか思い出せないくらい…盛り上がってたの?この寒いのに。」
冷たく言い放つナミに、サンジは大慌てで首を振る。
「そ、そんなコトしてないよ!ナミさんっっ!!
…マジで…!気がついたらウソップ蹴り飛ばしてたんだ!!」
「あらそう?まぁ、気の毒ね、キャプテン・ウソップ?」
「……そう思ったら、少し同情の色を見せろよ。」
「ところで“そんなコト”って何?」
「う!!」
顔面からいったウソップの鼻は、無残に横を向いている。
前歯も2,3本欠けていた。
「…なんか…いい夢見てたような気がするんだけどな…。」
サンジのつぶやきに、ルフィが
「肉の夢か!?」
「アホか。……なんか……とんでもなく優しかったような…。」
「誰が?」
フランキーがツッコンだ。
サンジはかすかに頬を染めて
「…いや、夢だ夢。……一体なんだったんだ?ありゃ…。」
ちらりとゾロを見たが、ゾロは興味もないというように、さっさと奥の部屋へ行ってしまった。
無事に帰ってきたのだから、それ以上のことは何もないというように、
仲間は普段と何も変わらなかった。
ただ、夕飯の時にウソップとチョッパーとルフィが、先を争うように、
何もない雪原の真中で、いきなりサンジを抱いたゾロが現れた不思議だけを追求したが、
ゾロは「お前等の気のせいだ」と、簡単に片付けてしまった。
「…しかし、確かにおれも、お前とコックがいきなり目の前に現れた様に見えたぜ?
まるで、何も無ェ空間から、抜け出てきたみてェだった。」
フランキーの言葉には、ゾロは答えなかった。
目撃者4人の中では、イチバンの大人で常識人だ。
変態だけど。
サンジ自身も、
「…なんか変わった毛色の狐に会って…なんか追いかけちまったんだよな…
で、花の匂いがして…その後は…よく覚えてねェんだよ…
気がついたら、ウソップ蹴り飛ばしてた。」
仲間の視線が一斉にゾロを見る。
だが、ゾロは黙々と料理を口に運ぶだけで、何も答えなかった。
ナミが言う。
少し皮肉をこめて
「…よっぽど人に言いたくないのね。」
「うるせェ。」
その時、チョッパーがひくひくと鼻を鳴らした。
「…外に誰かいるぞ。」
「え?今頃?」
「家主さんかしら?」
「…違う、この匂いは…。」
立っていたサンジが、土間口へ降りて戸を開けた。
すると
「あ。」
小さな叫びに、皆サンジの後ろから外を見る。
炉辺から離れないのは、ゾロとロビンだけだ。
「あいつだよ、ナミさん!おれ、あいつを追いかけて…。」
銀狐だ。
澄んだ夜空に浮かぶ餅のような月の光を浴びて、銀の毛がキラキラ光っている。
サンジの声に、ゾロも立ち上がった。
ゾロが立ち上がったのを見て、ロビンも立つ。
ゾロの姿を見て、銀狐はぺこんと頭を下げた。
「ゾロ、知り合いか?」
ルフィの問いに、ゾロは
「まぁな…。」
と、短く答えた。
するとチョッパーが
「…“ごめんなさい”って言ってるぞ。」
「………。」
チョッパーがゾロを顧みながら
「…見せたいものがあるって…。着いてきてって。」
ゾロは、黙って刀を差し直し、靴を履く。
チョッパーは今度はサンジを見て
「サンジにも…って。」
「おれ?」
するとルフィが
「なぁ、おい!おれ達も行っていいか!?」
と、嬉しそうに叫んだ。
銀狐は、尻尾を振って歩き始める。
「いいって!」
「よし!行くぞ!!」
ルフィが駆けだす。
思わず、みなその後を追っていた。
月明かりの下。
雪の野原を、狐が先導して9人の人が歩く。
地平にかかる、まん丸の月。
青く輝く真っ白な雪。
サクサクと、雪の中を進む音。
「なぁ、おれ達あの狐に化かされてるんじゃねェのか?」
「そういえば、森には人を化かす狐がいると仰っていましたねェ。ヨホホホ。」
「はははは!いーじゃねェか!化かされるのもきっとおもしれェぞ!」
船長の毎度無責任発言に、ナミが深い溜め息をつく。
やがて
「ん?」
「あ。」
「……!」
「わ…。」
「おお…。」
「…まぁ…。」
「わぁ…!」
「ヨホホホ!」
「こいつぁ…。」
「………。」
銀狐が立ち止まり、彼等を振り返る。
胸を張り、まるで何かを誇るかのように。
それを見た時、ようやくゾロは笑った。
そして、呆然と見上げるサンジを見て言う。
「コック。」
「………。」
「褒めてやれ。」
「…え…?何を…?」
「…あの狐に、“よくやった”。それだけでいい。」
「………。」
訳がわからない。
だが、サンジは微笑んで
「…よくやったな…えらいぞ。」
サンジの言葉に、銀狐は胸を反らし、ケーンと高く、一声啼く。
ルフィが一歩進み出て、『それ』を見上げて叫んだ。
「すっげぇぇぇえええええ!!!」
梅の木だ。
木の幹が、フランキーの二抱えも三抱えもあるような巨木だ。
その木が、枝いっぱいに、見事な紅梅を咲かせている。
月の光に照らされて、鮮やかな紅が白い雪に映え、なんとも言えず美しい。
「すごい…!」
「…なんて綺麗…。」
「こんなデッケェ梅の木…見たコトねェ!!」
「…こいつぁ…絶景だな…。」
「ヨホホホ!こんな素晴らしい光景を見ると、ワタクシ、思わず一曲奏でたくなってしまいます!」
「お!いいぞ〜ブルック!!」
ブルックが、バイオリンを番えて弾き始める。
キンと冷えた空気の中に、柔らかな音色が漂い始めた。
すると
テンツクテン
ツクツクテン
ピーヒョロピーヒョロ
ツクツクテン
「なんだ?」
「うわ!!」
「うひょおおおおおお!!」
テンツクテン
ツクツクテン
ピーヒャラピーヒャラ
ツクテンテン
梅の木の周りを、アヤカシ達が踊りまわる。
テンツクテンツク
ピーヒャララ
「ヨホホホホホ〜〜〜♪楽しいですね〜〜〜〜〜♪」
「よぉ〜し!!みんな、踊れ〜〜〜〜!!」
「よっしゃああ!」
「おー!!」
始め、アヤカシの姿に呆然としていたナミだったが
「あたしも!!」
と、踊りの輪の中に飛び込んでいった。
鶴上臈がナミに鈴を手渡した。
音曲が高まると共に、どんどん梅の花が開いていく。
「おい、さすがだな、ブルック!ちゃんとハモってるぜ!」
ウソップが踊りながら言うと
「ヨホホホ!音楽家を舐めてはいけませんよ〜〜♪あ、ホイ。あ、ソレ。ソレソレホイホイ♪」
ロビンは、踊る仲間を見て手拍子を取った。
だが、蛙と蛇の太鼓もちに誘われ、手を引かれて、輪の中に入る。
牛頭が言う
「踊りが善ければ善いほど、春は美しゅう巡りまする。」
「だってよ!みんな踊れ踊れ〜〜〜〜!!」
姿形の不気味さ、存在の不思議さなど気にも止めず、麦わらの一味と妖怪たちの宴が盛り上がっていく。
「おい、ゾロ、サンジ!!お前ェらも踊れェ!!」
ルフィの言葉に、ゾロは皮肉に笑い
「悪ィな。おれは他に用がある。」
「あ?」
サンジが、ゾロの見ている方へ目を上げる。
と
「……ゾロ……?」
ゾロは、腰から和道一文字を抜き放つ。
白銀が、月の光に閃光を放った。
梅の巨木の太い幹の上。
花の色が赤いからこそ、その姿はかなり目立つ。
しかも、全身緑のその体で、あの衣を肩に掛けていた。
「え?」
「誰!?」
「え?ゾロ!?」
「って……おい!見ろ…角だ!!」
「おおおおお!!ゾロ鬼めっけ――!!」
鬼は、木の幹に体を預け、憎らし気な、ゾロそっくりの顔で笑っていた。
緑の肌に、緑の髪、赤い目、2本の角。
身を包む着物は、昔々のおとぎ話に出てくるような。
「鬼若ね…。」
「嘘…本当にいた…。」
「…スーパーだな…しかも…ゾロそっくりじゃねェか?」
鬼は、袖を払い、紅梅色の衣を翻して、雪の上に舞い降りる。
そして、ゾロの隣に立つサンジを見て微笑み、その衣を投げた。
「………。」
言葉はない。
だが、鬼もまた、腰の太刀を抜きはなった。
古い拵えの刀だが、刃の輝きは和道一文字のそれに勝るとも劣らない。
サンジは、受け取った衣を肩に羽織った。
寒いから、貸してくれたんだろうと単純に思いながら。
理由は知らない。
何故こんなにゾロそっくりなんだ?この鬼。
太刀を構え、間合いを取る2人の顔は、とんでもなくそっくりに凶暴な顔をしている。
けど、なんて嬉しそうな顔をしてるんだか…。
そして
刃の交わる音が、雪野原に響き渡る。
音曲は止まず、アヤカシ達も踊る事をやめない。
始め、事の成り行きに驚いた仲間たちだったが、それに気づいたのはブルックだ。
「…このままに。お2人は、曲を奏でておられます。」
「………。」
2人の顔に、緊迫感はない。
刃を交わすことを、楽しんでいる顔だ。
そうこなくっちゃな。
互いに、心の中でつぶやく。
お前がおれなら、こうしたがると思ってたぜ。
鍔迫り合いの音
白銀が交わされる音
雪を踏みしだき、駆ける音
サンジは、2人のゾロの戦いを、目を細めて優しく見つめていた。
花の香に酔って、倒れる瞬間誰かに抱きとめられた。
ゾロだと思っていた。
だがそれは、あいつだったんだな…。
いつの間にか、銀狐がサンジの側に座っていた。
そっと頭を撫でると、銀狐は嬉しそうに尻尾を振った。
「……綺麗な梅の花だ……。」
共に、紅に光る花を見上げる。
「ありがとう。……いい晩だ。」
その笑顔で、充分だと銀狐は思う。
同じ笑顔で、あの方は変わらぬ春を巡らせと言った。
千年
悲しかったけれど
こんなに嬉しいことはない……。
テンツクテン
ツクツクテン
ピーヒョロピーヒャラ
ツクツクテン
夜明けが近づくと共に、アヤカシ達は、ひとり、またひとりと消えていった。
最後に、銀狐が名残惜しげにサンジの前から消えていく。
そして
「…さて、おれも帰るか。」
鬼が、欠伸をしながら背伸びをする。
その姿は、あまりにゾロにそっくりだった。
踊り疲れた麦わらの一味は、雪の上だというのにあちらこちらで横になり、寝入ってしまっていた。
だが、アヤカシ達が全員に毛皮をかけてくれた。
元来丈夫な連中だ、風邪もひかないだろう。
目覚めているのは、ゾロとサンジだけだった。
「面白かったぜ。…楽しかった。」
鬼の言葉に、ゾロは笑った。
サンジも、ゾロの隣で笑う。
「…これ、ありがとう。」
サンジが差し出す衣を、鬼は黙って受け取った。
残り香を楽しむように、鬼は軽く口付ける。
そして
「じゃあな。」
軽い口調でそれだけを言い、鬼は、溶けるように梅の木の向こうへ消えていった。
その姿を見送って、サンジはぼそりとつぶやいた。
「…お前もあの鬼くらい、優しけりゃいいのによ……。」
その一言に、ゾロは激しく反応した。
「優しいだ…?」
サンジはケロッと
「ああ、優しかったぜ?だってよ、てめェおれを運ぶ時、いっつも物扱いじゃねェか?
…せめてベッドに運ぶ時くらいは、もっとこうやさし〜〜〜く……。」
「あいつ…テメェを抱いて運んだのか!?」
「…ああ、そりゃそうだろ?夢だと思ってたんだけどよ…抱きとめて…そっと抱きしめてくれたぜ?
てめェが優しいなぁって…ぼんやりと思った。だから安心して寝ちまったんだよ。
そんな訳ねェんだよなぁ…あいつだったんだ…うん。」
「………あの野郎!?」
おお
初めて見た、スーパーサイヤ人。 (違う)
「何が運んだだけで、何もしてねェ。だ!!?しっかり手ェ出してんじゃねェか!
あのクソ鬼ァァ――!!!叩っ斬っとくんだった!!」
「おいおい。」
サンジは笑って、ゾロの肩に手を回した。
その手を力任せに握り、引き寄せて、力の限り抱きしめる。
「………。」
何があったか、とは聞かない。
ゾロが何も言わないのなら、サンジは聞こうとは思わなかった。
今ここに、互いがこうしているのだ。
他に、何が必要だというのだろう?
「どうした…?ゾロ…?」
「………。」
「…おれはここにいるぜ…?」
心を、見透かされるようなことを言う。
「サンジ。」
「…ん…?」
「………。」
サンジは、ゾロの背中に手を回し
「…大丈夫だ…おれは…お前を独りにはしないよ…。」
サンジの肩に顔を埋めたまま、ゾロは白い歯を見せた。
ゾロを抱きしめて上を見上げるサンジの目に、朝日に輝く紅梅が眩しく光っている。
数日後、サウザンド・サニー号は、梅の香を含んだ風を帆にはらみ、再び偉大なる航路へと漕ぎ出していった。
その、誇らしげな旗を、海を臨む岩山の上から見下ろす。
春の訪れを祝う島人が、彼に奉納していった酒を煽りながら。
「…この生を、宿世を。」
酒器を掲げて、鬼はつぶやく。
「果たせ。」
大江山の深山に、異形がひとり住んでいた。
人でない肌の色。
人でない髪の色。
人にはない、額から生えた2本の角。
それゆえ、人はそれを異形と呼び、また『鬼』と呼んだ。
鬼は異形の姫に恋をして、心を通わせ結ばれた。
人への恋は儚い
だが、鬼は、千年分の幸福を、一瞬のその時に得た。
だから
姫を彼岸に送り、独りとなって時を経ても鬼は
鬼と姫が共に愛し、望んだ四季を巡らせる。
今は昔
それは千年の物語
そして
今より始まる物語
END
(2009/1/15)
BEFORE
『異形二人』続編 と、言っていいでしょうか?
ハッピーエンドだったのに!と怒られてしまいますか?
鬼と人との命の差。
それを思った時にこの話が出来ました。
…ああ、原作で早く再会できますように…
異形二人奇譚TOP
お気に召したならパチをお願いいたしますv
TOP
COMIC-TOP