アパルトマン・サウザンド・サニーは、風呂もトイレも共用だ。 その形式は今でも変わっていない。 だが、フランキーは各部屋に、トイレ付のユニットバスを取り付けた。 やはり、アパートとしてはその方がいい。 これからの住人たちはどうかわからないが、今の住人たちはリフォームしてからも殆ど共用の風呂を使っている。 そちらの方が広くて、湯船にゆったりと浸かれるのだ。 しかも、リフォーム後はジャグジーになったので、誰も狭いユニットバスなど使おうとしない。 但し、入浴時間を限定したので、帰宅が遅くなった時はその限りでないのだが。 (管理費を3倍にしていいなら24時間制にしてもいいぜ、とはフランキーの談。) その風呂場から、30分前からルフィとウソップと、サンジとチョッパーの声がする。 はしゃぎ回る声は、家中に響いた。 誰もかれも、久しぶりの集合が楽しくてたまらないのだ。 「…なんですってェ…!?」 ナミの声に、ゾロは顔をしかめて 「…素っ頓狂な声を出すな…。」 食堂。 キッチン。 ナミとゾロとブルックで、食後の皿を洗い、やっと一息ついた時の雄叫びだった。 「…アンタ達…そうだったの!?」 「………。」 「ヨホホホホホ!それはそれは……あ〜〜、なんと申しましょうか……。」 ナミは、口を覆い、今にも爆笑しかねない勢いを必死で抑えながら 「…ヤダ…あんた…それでよく2年もガマンして…!!」 「うるせェ。馬鹿にしてんのか?」 「ううん!むしろ感動よ!!アンタすごいわ!! 今時、なんて珍しいピュアラブなの!!?メモっとかなきゃ!メモメモメモ……。」 「すんな!」 「ヨホホホホ〜〜〜……ああ、そうでしたか〜〜〜……。」 「……だから…今夜はあいつ、5号室に入れてやれ。布団はおれのトコから持ってっていいからよ。 どうしても駄目だってんなら、ルフィの所で寝起きさせろ。」 最後の皿を拭き終わり、棚にしまいながらゾロが言った。 その言葉に、ナミは至って真面目な顔で 「なに言ってるのよアンタ。それなら尚のコト、アンタの所に泊めてあげなさいってば。」 「………。」 「…ルフィさんは喜ぶでしょうが…でも、それではサンジさんはがっかりされると思いますよ…。 何より、傷つかれると思います。」 ブルックの言葉に、ゾロは顔を上げた。 「…あたしも同感よ、ゾロ。」 「………。」 ナミは、少し困った顔で笑い、だが声は真剣に 「…驚いた…まさか、あんた達。」 ゾロが、わずかに顔を赤くする。 「…セックスはおろか、キスもまだだったなんて。今時ウブにも程があるわよ?」 「うるせェな…てめェにとやかく言われる筋合いはねェよ。」 舌打ちして、ゾロはそのまま食堂を出ていった。 階段を上がる音がして、やがてドアの開閉する音がして、静かになった。 鍵をかけた様子はなかった。 ナミは椅子に座りながら 「だって、サンジくんがフランスに行っちゃったら、当分会えないの、わかってたワケでしょ? あれから、今日が一別以来なのよ?信じられないわ、今時の男が。」 そう 実は、ゾロとサンジの2人。 両想いを確認しあったものの、その後、それ以上の進展は何もないまま、サンジはフランスへ発ってしまったのだ。 苛立たしげに上着を脱ぎ、ゾロは万年床の上にゴロンと寝転がる。 (…あれから半月もなかったんだ。) 外国へ、修行留学で引っ越すのだから、その最後の半月がどれほど忙しいものか。 結局、サンジを見送った成田空港でも 『……元気でな。』 『…ああ、お前も頑張れよ。』 『…待ってるからな…。』 『…ああ…。』 そして、差し出された手を握ろうとして その手すら、ルフィに横取りされた。 『元気でなー!!サンジィィィ!!』 『スーパーに頑張れよ――!!』 『サンジくんの門出を祝ってェェ、万歳三唱ぉぉぉ!!』 『バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!!』 『ヨホホホォ!!続いてぇぇ三々七拍ぉ〜〜〜〜子!!』 『がんばってぇvvサンジくぅ〜〜〜〜んvv』 『いってらっしゃい、体に気をつけてね。』 『………。』 あの状況で。 他に何が出来たって? ちら、と、ドアの入り口に置かれたサンジのスーツケースに目をやる。 7日間。 長いようで短い日数。 一方 風呂場のサンジも、同様の事を考えていた。 2年前の、告白からの数日間。 一体、何をしてたんだろう? 記憶を必死で呼び起すが、いくら頑張っても、「忙しかった」ことしか思い出せない。 だからきっと、ゾロがそんなそぶりを見せていたとしても、サンジの方が気づかなかったのかもしれない。 とゆーか 気づかないフリをしていたかもしれない。 だってさ やっぱな? (…どっちかが女の子だったら、意外と簡単だったのかもな…。) まず、こういう場合、問題は『そこ』から始まるのだ。 「したい」のか「されたい」のか。 マズ、攻守の問題が。 いや、こういう場合何てったっけ? え〜と? ナミさんが言ってたのは確か 攻と受? そういやナミさん。 「ナミ?ああ、デビューしたぜ?なぁ、チョッパー、なんってったっけ?ナミが連載してる雑誌。」 「連載じゃないよ。時々読み切り描いてるって。“シルコット”って言ったかな? この前もらった雑誌は“ラピス”だった。」 サンジの問いに、ウソップとチョッパーが、湯船の中から答えた。 「……こういっちゃナミさんに失礼だが…あんまり聞かねェ雑誌だな……メジャーなのか?」 「ははははは!!おれ達の知らない世界だからな!!有名なんじゃねェか?そっちでは!」 ルフィが、背中を洗いながら笑って言った。 「…ああ、そっちでは…。」 乾いた笑い。 「で、チョッパー…お前、読んだの…?」 サンジが尋ねると、チョッパーは笑って 「うん。面白かったぞ。主役がゾロそっくりなヤクザで面白かった。」 「ああ!切れ者エリート刑事に惚れちゃうヤツな?」 ウソップが言うとルフィが 「あの刑事、モデルはサンジだって言ってたぞ。」 「………(汗)。」 どっと旅の疲れが出る。 「…まぁ、みんなそれぞれ頑張ってるんだな…。」 「サンジも頑張ってるんだろ?」 「…ああ、もちろん。ルフィ、今頃で悪いが、大学合格おめでとう。」 「おう、ありがと!」 ルフィは、昨年の春、国立の工科大学に入学した。 チョッパーも、去年無事に医師免許を取った。 今は研修医だ。 実践的な勉強がしたいと、今は都内のERで勤務している。 ゾロは 司法試験には一発合格した。 検事の道を選び、今は司法修習の期間だ。 国際検察局の試験を受ける資格を得るまで、まだ最低でも3年かかる。 (…おれも…また…いつここへ戻ってこられるか…。) 大事な友人の結婚式なのだと、半年前から頼みこんで取った休暇だ。 何より、そうそう帰国する経済的なゆとりがない。 サンジは、実家からの仕送りを受けていないのだ。 留学時代は、大学が全ての資金を援助してくれた。 だが、卒業し、ただの見習いシェフとなってはそうはいかない。 サンジは、修行中であり、もらえる給料は雀の涙だ。 休みは2週に1日しかなく、空いている時間を短時間バイトにつぎ込んで、なんとか食い繋いでいる。 EU各国は物価が高いから、なお更だ。 (…この1週間しかない…。) この2年、ずっと音沙汰がなかった訳ではない。 メールもしたし、電話も、手紙も書いた。 だが、その内容は決して多いとも、濃いともいえない。 互いに 忙しすぎるのだ 半人前の身 フランスと日本は遠すぎる。 そして 『お前が好きだ。』 と告げたのは、あの日、ただ一度きり。 それからは、メールでも電話でも手紙でも、どちらも一言も告げなかった。 けれど 好きだ 変わらず好きだ 再会して、改めてそう思う。 (2年見ないうちに、男っぷりが上がりやがって。…ちょっとおっさん臭くなったけどよ……。) (2年見ないうちに、また美人になりやがった。) だから (この7日間で。) そう、思うのは、悪いことじゃないよな? NEXT (2009/2/17) めぞん麦わら−2号室と5号室−TOP NOVELS-TOP TOP