BEFORE


風呂から上がると、ルフィもチョッパーもウソップもブルックも、 「おやすみ〜♪」と、チョッパーの6号室に入っていった。 今夜は4人で寝ると宣言していた。 さぞや窮屈だろうと思うが。 ルフィの1号室でないのは、おそらく、隣の2号室がゾロの部屋だからだ。  「ああ、おやすみ。」 明るい声でそう言い、4人が6号室の中に消えるのを見送ってから  「………。」 『 2 』 と書かれたプレートのついたドアを、睨み付ける。  「…………。」 煙草が欲しくなった。 そういえば、今日は朝から1本も吸ってない。 こんなコトは初めてだ。 緊張 してるらしい  「……………よし。」 ええい なるようになれ コンコン コンコン 返事が無い。  「…………寝ちまったか?」 ありうる。 ドアノブに、手をかけた。 がちゃり 素直に回ったドアノブに、サンジの心臓が跳ねる。 そっと、ドアを引く。 そっと、中を覗く。 すると 水音  「…………。」 ユニットバスだ。 シャワーを浴びている音がする。 思わず、ほっと息をついてしまった。 ゆっくりと奥へ。 意外と綺麗になっている。 そういえば、前のオンボロアパートの時も、ゾロの部屋は割と綺麗だった。 つーか、余計なものがないからな。 あるのは、服がかかったハンガーラックと、プラスチックの衣装ケースと、 カラーボックスの本棚と、敷きっぱなしの布団と、剣道の竹刀と防具。 カラーボックスの上に、およそゾロには似合わないが、コップに差した花が一輪。  「…………。」 この花の意味を、サンジは知っている。 ふっと、それから目を外し、布団の脇に座る。 部屋中、ゾロの匂いでいっぱいだ。  あ。 思わず、サンジは赤くなった頬を叩いた。  今  少し  勃っ… 不思議な感覚があった。 その感覚は、本当に自然に湧き起こってきた。 その妄想も、自然に脳裏に浮かんだ。 抱かれたい  「…あ…おれ…そっち…?えっと…受…?…ネコ…?」  「あ?どこにネコだ?」 心臓が、口から飛び出た。  「!!!!」 振り返ったそこに  「〜〜〜〜〜!!!」 おいおいおいおい!! 野郎の裸だろ!? ゾロのセミヌードなんて、2年前までしょっちゅう見てたじゃねェか!? 緑の髪を拭いながら、ゾロは、卓上型の冷蔵庫から缶ビールを2本出す。  「ん。」 仏頂面で差し出すそれを、サンジは黙って受け取った。 同時に、プルタブを外し  「…乾杯するか?」 サンジが言うと  「何に?」 そっけない返事。 サンジの方を、見もしない。 だが、サンジと同様に、心臓バクバクで、テレまくっているのはよくわかってる。  「ロビンちゃんの幸福に。」  「旦那はいいのか?」  「あの野郎がシアワセなのは、充分わかってんだよ。」  「確かに。」 ようやく、ゾロが笑った。 こちらを見た。 視線が合う。 ああ、やっと笑った…。 こいつの不機嫌は、なんか不安になる…。 ほんの少しの沈黙。 だが、張りつめた緊張が、ふっと解けた。  「それよりも。」 ゾロがつぶやく  「再会に、だ。」  「…………。」  「……会いたかった……。」  「…………。」  「会いたかった。」 繰り返された言葉に、サンジの目から涙が溢れた。 真っすぐに、自分を見ている琥珀色の目。 ゾロの指が、そっと涙に触れる。 その手を白い両手で包んで、サンジは小さく溜め息を漏らした。 そのまま、ゾロはサンジの頭を引き寄せる。 自分の肩に、サンジの頭を寄せて、ゾロはしばらく黙っていた。 強い抱擁ではない。 それでも、サンジは嬉しかった。 改めて、今日までの、今日の、そしてこれからの想いがひとつだったことを確認する。  「…キスしていいか…?」 潜むようなゾロの声に、サンジはうなずく。 堅い両手。 剣道で鍛えた無骨な手。 不器用に、サンジの白い頬を撫で、包んで、顔を寄せる。 ゆっくりと ゆっくりと 唇が近づく 初めての感触は、まるで羽のようだった。 どこか恐れているようで、それでいて優しくて、もったいぶっているようで。  「…サンジ…。」  「…ん…?」 額を合わせて、ゾロが尋ねる。  「…いいか…?」  「…………。」  「…おれが…して…いいか…?」  「……うん……。」 あ、よかった 思ったポジションで一致して って、ああ、もう マヌケだな、おれ。  「サンジ…!」 突然強く、抱きしめられ、激しい口付けがサンジを襲った。 一気に襲いかかる陶酔に、サンジは全ての骨が溶けてしまうかと錯覚する。 瞬時に乱れる荒い息。  「…あ…ああ…っ…!」  「…サンジ…!」  「…ゾロ…ああ……嬉し…!」  「…待ってた…ずっと…!」 サンジは酔いしれる様に目を閉じた。 ゾロの手が、パジャマの裾にかかる。 指先が、腹を辿って、柔らかな乳首の先に触れた。  「……っ……。」 その瞬間  「たっだいま――――っ!!ゼロイチサンロク(01:36)、  ポートガス・D・エース一等空佐、ただいま帰着いたしましたぁあ―――!!」  「!!!!!!!!」  「!!!!????」 サニー中に響き渡る声。 あれは ゾロの腕の中で、サンジが戸惑いの声を上げる  「…え、エース?」  「〜〜〜〜〜〜!!!」  「おい、エースが帰ってきた…。」  「…気にすんな!!続きすんぞ!!」  「って、待て!!おい!!」 ホールに響く、ドアの開く音。 どやどやと飛び出す足音。  「おおお!エース!!」  「いよぉ!ウソップ!!久しぶりだなァ!!ルフィ、ホラ土産だ!!」  「うおおおおおお!!!カニだぁぁ―――!!」  「…ゾロ…。」  「気にすんなっつってんだろ!?こっちに集中しろ!!」  「つっても…!」  「あら、エース。帰ってきたの?」  「ああ、思ったより早く終わってさ!」  「ヨホホホホ!お帰りなさい。」  「ただいま!ところで、サンジは?」  「!!!!」  「……っ!!」  「帰ってきたんだろ?サンジ。」  「ええ、帰ってきてるけど…。」 さすがのナミも、少し声が上ずっている。  「あ〜〜〜〜、サンジ、長旅で疲れてるみたいでさ〜〜〜〜。  もう、早くに寝ちまった!!」 いいぞイソップ!! あ、ちがう、ウソップ。  「なんだよ、つまんねーなァ…サンジがいると思ったから、すっ飛んで帰ってきたんだぜ?  ルフィ、管理人さんキレイだったか?」  「おおおお!そりゃもぉ!!おれも、あんなのがいいな!!」  「ははははは!…あ〜、サンジの顔見てェなァ。どこの部屋だ?やっぱり5号室?」  「あ〜〜〜〜〜……えっと……。」  「…………。」  「…………。」  「…………。」  「……諦めよう、ゾロ。」 困った顔で笑って、サンジはゾロの唇に指を当てて言った。 逆らえない、最強の笑顔。  「…………。」 半身を起こし、ゾロはガリガリと頭をかいた。 パジャマの襟元を直しながら、サンジも身を起こし、髪を撫でつけた。  「……お!サンジ!!」  「お帰り、エース。」 テラスから見下ろすサンジに、エースは満面の笑みを投げると、 ホールの階段を三段飛びで駆け上がり、おもむろにサンジを抱きしめる。  「!!!!」 部屋から顔を覗かせたゾロが、思わず声を詰まらせたのが誰にもわかった。  「お帰り!!会いたかったぜ!!」  「…ああ、おれも。会えて嬉しい。まさか、ここに住んでるなんて知らなかった。」  「ああ、市ヶ谷勤務になったからな。…まったく、空が恋しくてさァ。」 明るく笑い、そばかすの頬をくしゃくしゃにして、エースはサンジを確かめるように何度も肩を叩く。 ルフィと、ナミと、ウソップと、チョッパーと、ブルックの目が、一斉にゾロを見た。 あああああああああああ………(最悪)  「(ひそ)……何で帰ってきたのよ、エースのバカ!」  「(ひそひそ)……一昨日出てった時は、5日ぐらいかかるっつってたよなァ?」  「(ひそひそひそ)……しかも夜中だし……。」  「(ひそひそひそひそ)……遠慮する気ゼロでしたね〜〜〜。」  「(ひそひそひそひそひそ)……あ〜〜、多分あれだ……。」 ウソップの言葉に、5人は小さな声で同時につぶやいた。  「……確信犯……。」 こうして ゾロとサンジの『初めての夜』は、果たされることなくあっけなく幕を閉じた。 ゾロが、水上温泉の方をとんでもなく羨ましく思ったのは言うまでもない。 サンジ再び渡仏まで、後6日。    NEXT BEFORE                     (2009/2/17) めぞん麦わら−2号室と5号室−TOP NOVELS-TOP TOP