BEFORE


前日、あんなに帰りが遅かったのに、ゾロはいつもより早く目を覚ました。 起き上がるその気配に、サンジも目を覚ましたが、寝たふりをして背中を向けていた。  「………。」 頭を掻いて、ゾロがこちらを見ている気配がある。  「………。」 心臓はバクバク鳴っていた。 あいつがどう動くか、そう考えたら頭の中はパニックだった。 でも、あんな喧嘩をして、あんな言葉を叩きつけて、絶対にゾロは怒ってる。 けど そっと 指先が額に触れた。 触れた髪を、羽のような感触で撫でると、そのまま静かに立ち上がって、服を着替え始めた。  「………。」 サンジを起さないように。そんな気遣いが伝わってくる。 起きて 「もう、出かけるのか?」って 一言、言って そして 「ごめん。」って……。 なのに ああ、おれはバカだ……。 パタン フランキーが修繕する前のサニーの各部屋のドアは、軋んでいつもデカイ音を立てていた。 けど、今は本当に静かに閉まるようになった。 なのに、眠っているおれに気を遣って、ゾロはそっとドアを閉め、しっかりと鍵をかけて出かけていった。 涙が出る。 自分のバカさ加減と、情けなさと、ゾロの優しさに。 あんな優しいヤツをつかまえて、あのクソ野郎と一緒にするなんて、おれは…。 あいつは、警察から釈放されてもサニーに戻らず、そのまま姿を消した。 未遂だったこと。 ビビちゃんが訴えなかったこと。 逆にゾロを傷害で訴えないことで、全てけりをつけて事件は終わった。 管理人さんが、「自分の無用心が招いたこと。」と言って、ヤツを庇ったおかげもある。 ヤツは管理人さんの目を盗み、合い鍵を盗んでスペアを作ったのだ。 計画性が強かったから、警察は訴える事を強く勧めていたが、ビビちゃんはそうしなかった。 最終的に  「…ゾロさん…どうしたらいいと思いますか…?」 尋ねられたゾロは  「てめェの思うようにすればいい。」 とだけ答えた。 その言葉に、ビビちゃんはうなずいた。 警察から帰る車の中。 ゾロは助手席に座り、おれは後部座席にビビちゃんと座った。 言葉は少なくて、運転する警官もずっと黙っていて静かだった。 だから、頭の中を妄想だけが渦巻いていた。 ゾロが、あんなに激昂した理由。 狂ったようにあいつを殴り続けた理由。 それをずっと考えていた。 もしかしたら もしかしたら ゾロ お前 ビビちゃんの事が すぐ隣に、傷ついているビビちゃんがいるのに、おれの妄想は止まらなかった。 サニーに戻ったその日、おれは初めてゾロに飯を作った。 今でも覚えてる。  「…腹減ったな…。」 サニーの門を潜りながら、ゾロがつぶやいた。  「じゃ、作ってやるよ。」 無意識に、言葉が口から零れていた。 一瞬、驚いた顔をして、次には  ( あ。ガキくせェ嬉しそうなツラ。) ちょっと、おれも嬉しくなった。  「ビビちゃんも、お腹空いてないかい?何か軽く食べる?」  「…ありがとう…でも…少し休みたくて…お風呂にも入りたいし…。」  「…!ああ…そうだね。…じゃあ、サンドウィッチでも作っておくよ。  それともおにぎりとかがいい?」  「…ええ、どちらでも…ありがとうございます。」 昨夜、あのまま服に着替えて警察に行った。 汚い手で触られたんだ、無理もない。  「…ムリしちゃダメだよ?」  「大丈夫、ホントに。…サンジさん、あまり気を使わないで…逆に辛いわ…。」  「…ごめん…!」 管理人さんも顔を出しておれ達を出迎えてくれた。 何度も、ビビちゃんに謝っていた。 ビビちゃんを2階へ見送った後、食堂へ向かいながらゾロに尋ねた。  「何が食いたい?」  「…なんでもいいのか?」  「あまり手の込んだものとか…材料の無ェものはムリだ。」  「…アレ…作れねェか?たまごがドロッとしたオムライス。」 オムライス? ぶっ  「…ガキくせェ。」  「あァ!?」 あ。 怒った。 照れた。  「ジョーダンだ!作れるぜ?半熟オムライスだな?OKだ。」  「………。」  「10分待て。」 素直に、腰かけて待つゾロ。 可愛いと思った。 思っちまった。 10分後  「美味ェ…!」  「そうか?よかった。」  「美味い。マジで美味い。」  「ありがとよ。」  「スゲェな、プロみてぇだ。コックになれるぜお前ェ。」  「………おい、ゾロ?」  「あ?」  「…お前、おれが何の学校通ってるか…まさか知らねぇ?」  「知らねェ。」 怒っていいかな? いいよな?ここは。 大笑いしちまったけど。 アレがきっかけだった。 サニーの住人に飯を作ってやる様になったのは。 サニーの、というより、多分 おれはゾロに飯を作ってやりたかったんだと思う。 飯を作ってやる事を理由に、ゾロと話をしたかったんだと思う。 事件から1ヵ月後、ガン・フォールは管理人を引退した。 ビビちゃんの事件がきっかけだったのは確かだが、それは以前から考えていたのだと笑っていた。 体がいよいよ不自由になってからでは、住人にも家主にも、いろいろ迷惑をかけてしまうからと。 そして、ガン・フォールが次の管理人だと言って、おれ達に紹介したのが  「初めまして…ニコ・ロビンです。」 だった。  「ナミさん?おはよう、起きてるかい?」 漫画家ナミの朝は遅い。  「……起きてるわよぉ〜……あ〜〜〜、ちょっと待ってぇ〜〜〜……。」  「…ごめんよ、後でもいいけど…。」  「んん〜〜〜ダイジョブ……。はい、おまたせ!」 ドアを開けて、髪をかきあげるナミの目が赤い。  「昨夜寝てないの?」  「うん…さっきまで机の上で寝てた…サンジくんが声かけてくれなかったら、原稿に涎垂らすところだったわ。」  「ダメだよ、ちゃんと睡眠とらないと。」  「寝るわよ。これから。…で、何か用?」  「…うん…あのさ…悪いんだけど…5号室に入れないかな?」  「元の部屋?」  「…うん。」  「…サンジくん?」  「………。」 ナミは腰に手を当てて首をかしげた。  「仕方が無いか…昨夜も遅かったみたいね、ゾロのヤツ。」  「2時過ぎてたよ…なのに今朝は6時ごろ出てった…。」  「…うん、いつもあんな感じなのよ…。でも、そんなに気ィ遣うことないんじゃない?」 サンジは笑って  「いや、そうじゃなくて…2年前見ていた風景が見たいなって思っただけなんだ。  今日1日、昼間だけでいいよ。…ロビンちゃんに怒られるかな?」  「サンジくんなら怒らないわよ。いいわ。ちょっと待ってて。管理人室の鍵持って来るから。」 各部屋の鍵も、以前のそれよりずっと性能のよいものになっていた。 前の鍵は、正直あって無いようなものだったからな。 いつだったか、鍵をなくしたルフィが、「ちっくしょ!」と、 ドアノブを回しただけで簡単に取れて、ロビンちゃんが苦笑いしてたっけ。 元のおれの部屋。 けど、あの頃の面影はどこにも無い。 隣のウソップが空けちまった穴もない。 薄汚れた床に、おれがつけちまったタバコの火の痕もない。 フローリングのきれいな床。当然だが家具も無い。 まぁ、あの頃も家具らしいものはなかったけど。 ガラス窓もキレイになって、曇りひとつ無かった。 その戸を開ける。 いかにも西洋館な洒落た窓。 フランキーのヤツ、あんな顔して結構繊細な仕事をするから驚きだ。  「………。」 次の住人を待つ部屋。 今度はどんなヤツが、この景色を見るのだろう。 あの頃は、窓の側の大きな木もただ生い茂っているばかりだった。 葉陰の向こうに見える空。 わずかに臨む高層ビル。 鳥のさえずり。 思いっきり空気を吸うと、懐かしい匂いが鼻をくすぐる。  『 美味ェ 』 おれの飯を食って、ゾロがそう言ってくれたのは後にも先にも1回きりだった。 あとはいつも、当たり前の顔して、仏頂面で、黙々と食うばっかりで。 けど その初めての時 自分で確信しちまった ああ おれ こいつが好きだわ… だから  「何泣いてんだ?」 ゾロに言われて、自分が泣いているのに気がついた。  「…え?…あれ?…なんでだろ…?はは…今頃…安心したつーか…気が抜けちまったのかな…。」  「…泣くな。」  「…ああ、悪ィ…みっともねェな…はは…怖い思いをしたのはビビちゃんだってのに…。」 あの時、ゾロは笑った。 バカにして笑った顔じゃなかった。 ビビちゃんにも見せた、あの優しい顔でゾロは言った。  「笑え。」  「サンジ。」 呼ばれて、ビクンと体が震えた。 一瞬、ゾロかと思った。 そんな訳ねェのに。 エースが、ドアにもたれる様にして立っていた。    NEXT BEFORE                     (2009/3/16) めぞん麦わら−2号室と5号室−TOP NOVELS-TOP TOP